科学技術イノベーションに資する産学官連携体制の構築 ~イノベーション・エコシステムの確立に向けて早急に措置すべき施策~

平成23年9月16日
産学官連携推進委員会

 1.はじめに

 平成23年8月19日に「第4期科学技術基本計画」が閣議決定され、科学技術政策を総合的かつ体系的に推進し、イノベーションを促進する方針が示された。
 この方針を具体的に推し進めていくには、大学、大学共同利用機関、高等専門学校(以下、「大学等」という。)において独創的・先進的な研究成果を継続的に生み出し、その「知」を産業界における「価値」へと発展させ、新たな市場を開拓すること、そして、この科学技術駆動型イノベーションを支える人材を育成・確保することが必要不可欠である。
 科学技術・学術審議会 産業連携・地域支援部会 産学官連携推進委員会(以下、「本委員会」という。)としては、こうした観点から、日本の強みを生かしたイノベーション牽引構造の見える化の強化に取り組むとともに、早急に措置すべき産学官連携施策について、以下のとおりとりまとめた。

2.イノベーション・エコシステムの確立に貢献する産学官連携の方針

 科学技術駆動型のイノベーションは、基礎研究、発明、研究開発、製品化、市場投入、量産化に至るまでの一連のプロセスにおいて、基礎研究の成果をイノベーションにスムーズに連結する必要がある。そのためには、関連する各機関が各々の特徴を活かして活動することが重要であり、生態系システムのように、それぞれのプレーヤーが相互に関与してイノベーション創出を加速するシステム(「イノベーション・エコシステム」)を構築していくこと及びそれに資するイノベーション牽引構造の見える化の強化が必要である。

3.政府資金(競争的研究資金)の必要性とその効率的運用

 イノベーション・エコシステムを構築するにあたり、大学等において独創的・先進的な研究成果を継続的に生み出し、その「知」を産業界における「価値」へと発展させるために、大学等の研究成果(シーズ)が市場に結びつくことなく死蔵されてしまう、いわゆる「死の谷」を超える「明日に架ける橋」を築きあげることが必要である。

(1)科学技術イノベーション実現のための競争的研究資金制度の必要性

 科学技術イノベーションの創出のためには、基礎研究に関する支援だけでなく、基礎研究の成果を事業化につなげるための研究開発支援等が不可欠である。基礎研究の成果を事業化につなげるための研究開発段階においては、「死の谷」といわれる研究資金が不足する段階が存在する。この段階は、民間資金を投入するにはまだリスクが高く、民間の資金投入が容易には進んでいない状況である一方で、基礎研究段階に比べれば民間資金が容易に入り込めるのではないかとの考え方も存在し、政府の研究資金が十分に投入されていないのが現状である。
 政府の研究資金を投入して創出した研究成果の死蔵を防ぎ、事業化に導くためには、このようなシード、アーリーステージにおいて、十分な政府の研究資金による支援と、民間資金の投入を促すための取組が不可欠である。

(2)競争的研究資金制度による政府資金の効率的・効果的活用の仕組み

 事業化に向けた政府の研究資金の効率的・効果的な活用を進めていくためには、研究の成果を効率的・効果的に事業化に結び付けていく必要がある。そのためには、民間資金を呼び込む役割を担うベンチャーキャピタルや公的事業投資機関との更なる連携の強化が重要であり、これらの機関が、支援を受ける研究課題に積極的に関わり、将来の事業化の可能性を高めるとともに、民間資金を呼び込んでくるような取組が必要である。また、政府資金の効率的な運用及びその後の民間資金の投入段階における公的事業投資機関、民間機関への円滑な移行を図るためには、国が、優秀な人材、場の提供に資する支援を行うことも重要である。

4.イノベーション・エコシステム拠点の構築と推進に向けて

 科学技術イノベーションの創出に資する大学発研究成果の事業化について、既存の市場への展開は、既存の企業やベンチャーキャピタル等によって、その取組がなされている。その一方で、既存の企業等では、リスクが比較的低いコアビジネスに関連する技術の事業化が主となり、日本ではリスクの高い新規マーケットへの事業化展開が十分行われていないのが現状である。この新規マーケットへの事業展開を考えるに当たって、大学発ベンチャーの役割は重要である。大学発ベンチャーは、大企業ではリスクの取れない技術を活用するため、ラディカルイノベーションの担い手となり得る。しかしながら、大学発ベンチャーが担う技術はアーリーステージゆえにリスクが高い上、実用化されるまでに長い時間を要するため、昨今の日本経済の停滞により大学発ベンチャーに対する投資は敬遠される傾向にある。現在の日本では、新産業・新規マーケットを開拓するためのシステムが存在せず、科学技術イノベーションによる新産業創出が困難な状況である。
 このような状況を打破するためには、大学発ベンチャーの起業前段階から政府資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わせることにより、リスクは高いがポテンシャルの高いシーズに関して、事業戦略・知財戦略を構築し、市場や出口を見据えて事業化を目指す日本版のイノベーション・エコシステムを構築することが必要である。
 また、政府支援としては、研究開発・事業育成の一体的推進に資する研究資金及びこの政府資金を有効に活用し得る事業化ノウハウを持った人材(事業プロモーター)の関与が必須であり、このような人材に適切な権限が与えられるとともに、産学官連携コーディネーター等産学官連携を進める上で重要な役割を担っている人材と連携して事業育成、さらには人材育成を行うような仕組みづくりが重要である。

(1) 事業化ノウハウを持った人材(事業プロモーター)の資質

 事業プロモーターには、自らの事業化経験や構想等を踏まえ、資金、成果をマネジメントする能力が必要である。例えば、研究開発計画やパテントマップ等を用いて、大学等のシーズを投資家に見える化できる能力や技術的専門性、知的財産に関する広範囲な知識等を備えていることが求められる。特に、事業プロモーターは自らポテンシャルの高い研究成果を発掘すると同時に、単なるアドバイザーとしてではなく、プロジェクトに入り込み、事業を育成していく、いわゆるハンズオンを行う必要がある。また、研究成果の事業化に向けては、必要となる専門人材を結集し、専門家チームのもとで事業育成を推進することが求められる。このような事業プロモーターが、その役割を最大限発揮するためには、その活動を厳格に評価しつつ、十分な権限が与えられるとともに、事業プロモーターにとってのインセンティブが維持されるような仕組みづくりが必要である。また、我が国において事業プロモーターの役割を担える人材を増やしていくため、世界の新産業・新規マーケット開拓等で活躍している人材のアドバイス等を受けながら、時間をかけて事業プロモーターを育成していく等の視点も必要である。

(2)事業プロモーターに対する助言や評価を行う人材の必要性

 事業プロモーターに政府資金の権限を委ねる場合、事業プロモーターのパフォーマンスを評価するだけでなく、コンプライアンス等をチェックしながら事業全体を総括する役割の人材(スーパーバイザー)が不可欠である。また、スーパーバイザーは、事業プロモーターを育成していく上で、重要な役割を果たす必要があり、そのためにも世界の技術移転市場等で十分な経験のある人材が含まれることが必要である。

(3)地域性を持たせる仕組みの必要性

 東京に一極集中しているリスクマネー等の事業化資金や人材等のリソースを地方へ誘引するシステムづくりにより、地方の優れたシーズを育てることが重要である。このような仕組みにおいては、地域性を考慮しつつも、地域が限定され過ぎるとシーズが必要以上に限定されてしまう可能性も勘案し、緩やかに地域性を持たせる等の配慮が必要である。

(4)リスクの高いシーズの事業化に挑戦する仕組み

 リスクは高いが、社会へのインパクトが大きく、ポテンシャルの高いシーズの事業化に挑戦する必要がある。このため、例えば、各事業プロモーターが複数のシーズを同時にマネジメントする、いわゆるポートフォリオの概念を導入し、そのポートフォリオ毎に評価する仕組みを導入すること等により、事業化に必要な資源を効果的・効率的に活用しながら、リスクの高いシーズの事業化に挑戦できる仕組みが必要である。

(5)利益相反

 また、事業プロモーターは自らプロジェクトに入りこみ、事業を育成するケースや起業したベンチャー企業に対してエクイティ投資を行うケースが想定されるため、事業プロモーターと事業全体を総括する組織(スーパーバイザー)等との権限を切り分ける等、利益相反に対応するための仕組みが必要である。

 上記の考え方を踏まえ、イノベーション・エコシステム拠点の構築と推進を図ることは、科学技術政策を総合的かつ体系的に推進し、イノベーションを促進する上で必要不可欠なものである。また、拠点の構築を推進し、持続的なイノベーション・エコシステムをつくりあげていく上では、研究者や事業プロモーター、スーパーバイザーだけでなく、大学等関係者が組織全体として取り組んでいくことが不可欠である。さらに、そのような取組とあわせて、経験・知見の蓄積、人材育成を含め、持続的なイノベーション・エコシステムを構築していく上で重要な役割を果たす各地域の大学等の役割・機能等の在り方についても議論していくことが求められる。

5.イノベーション・エコシステムの基盤強化に資するリサーチ・アドミニストレーターを育成・確保するシステムの整備

 平成22年9月7日に科学技術・学術審議会 技術・研究基盤部会 産学官連携推進委員会においてとりまとめられた「イノベーション促進のための産学官連携基本戦略~イノベーション・エコシステムの確立に向けて~」等において、国は、研究開発に十分な知見を持つ優れた人材(博士号取得者や法律・経営等の専門知識を有する人材等)を、競争的資金の申請、採択後のプロジェクト管理支援、知的財産の戦略的マネジメント等を行うリサーチ・アドミニストレーターとして育成・確保する施策を具体化し、大学等が必要とするリサーチ・アドミニストレーターの育成・確保を支援することが必要である旨が提言され、平成23年度は、リサーチ・アドミニストレーターに必要な能力を標準化した「スキル標準」等を作成するとともに、5機関程度を対象として、リサーチ・アドミニストレーターの配置支援を行うこととされている。

 大学等におけるリサーチ・アドミニストレーターの配置は、効果的・効率的な研究マネジメント体制の確立に資するとともに、研究者が研究に専念できる環境整備を進めることにつながると考えられる。さらに、将来、リサーチ・アドミニストレーターが大学等に定着していくことにより、若手科学技術人材のキャリアパスともなり得るものである。
 現在、一部の大学においては、リサーチ・アドミニストレーターの設置、教員・職員と並ぶ第三の職種である「中間職」制度の導入等研究マネジメントに関する先行的な取組を行っているが、こうした取組の成果も踏まえつつ、今後は、各大学等の特色や実態に応じて、リサーチ・アドミニストレーターの効果的な配置・活用について調査・研究を進める必要がある。その際、各大学等におけるリサーチ・アドミニストレーターの位置付けや処遇、キャリアパスの在り方についても検討する必要がある。

 リサーチ・アドミニストレーターのこのような役割や意義を考えると、最終目標としては、将来、各大学等の自主的な判断でリサーチ・アドミニストレーターが配置・活用され、全国規模で定着していくことが望ましいが、未だリサーチ・アドミニストレーター導入の初期の段階であり、その導入に当たっては、大学における研究推進体制等のシステム改革が必要となることにかんがみ、当面は、政府の配置支援によりリサーチ・アドミニストレーターの成功事例を作っていくことが重要である。このため、平成23年度から新たに着手する配置支援を先導的取組と位置づけることが重要であり、今後も一定規模のリサーチ・アドミニストレーターの配置により体制整備を図る大学等を配置支援対象としていく必要がある。
 その際、全国の大学等は、その規模や立地条件、学部・研究科等の構成、設置形態や組織体制等が極めて多様である上、その中・長期的な将来構想も様々であることから、リサーチ・アドミニストレーターについて、配置支援対象大学等にもある程度のバリエーションをもたせ、多様性を確保していくことが重要である。
 また、各大学等においては、研究力強化に向け、独自にリサーチ・アドミニストレーター等の専門人材配置・体制整備等の構想を作成・公表する等、中・長期的に確立したシステムとして運営・定着されることが望ましい。

 そして、今後の配置支援に当たっては、制度の趣旨に沿ってリサーチ・アドミニストレーターの育成・確保に努力しようとする大学等が適切に支援を受けられるようにすることが重要であり、応募する大学等側、審査側の双方で活用できる理想的な取組等の例について検証し、可能なものから可視化を図る等の検討も必要である。更に、順次整備が進む「スキル標準」、「研修・教育プログラム」との連携強化だけでなく、例えば、これらのプログラムを通じて徐々に形成されていくリサーチ・アドミニストレーターの階層性とそれらに求められるスキルの関連付けや、さらには、対応する能力認定の在り方等も検討していくことが求められる。

 これらを通じリサーチ・アドミニストレーターの育成と確保を進めていくことは、科学技術人材育成の強化を通じたイノベーション創出システムの推進、即ち、日本のイノベーション・エコシステムの構築と強化に重要な役割を果たし、科学技術創造立国への投資効果を高める政策に他ならない。

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科学技術・学術政策局産業連携・地域支援課大学技術移転推進室

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(科学技術・学術政策局産業連携・地域支援課大学技術移転推進室)