航空科学技術委員会

航空科学技術分野の研究開発について‐第4期科学技術基本計画の策定に向けて‐

1.基本認識

1‐1 航空科学技術分野を取り巻く諸情勢の変化

○第3期科学技術基本計画(以下「第3期基本計画」という。)の策定(平成18年3月)以降、航空科学技術分野を取り巻く主な情勢変化は、以下のとおりである。
○とりわけ、昨今の世界的な経済・雇用情勢の悪化、地球環境問題、資源・エネルギー問題の顕在化、中国等新興国の台頭、国内の人口減少・少子高齢化、行政コスト縮減などへの対応が求められる中、航空科学技術分野においては、特に、YS‐11以来、約半世紀ぶりとなる国産旅客機開発が決定され、着実な進捗への期待が高まっている。
○他方、航空分野の国際技術標準を策定するICAO(国際民間航空機関)は、交通量が増大する中、環境、安全面での基準(国際標準)を制定・強化し、各加盟国に対してその適用を求めるとともに、将来交通システムへの移行を求めている。

【第3期基本計画策定後の主な情勢変化】
(1)開発・製造分野
■国産旅客機開発

 世界的な航空旅客需要の増大が見込まれる中、旅客機開発事業においては、主要国である欧米、カナダ、ブラジルに加え、新たに中国、ロシアもリージョナルジェット機市場に新規参入する等、競争が激化してきている。
 我が国においては、YS‐11以来、約半世紀ぶりとなる(ジェット機としては初の)国産旅客機の事業化が決定(平成20年3月)し、平成26年の市場投入が予定され、現在、企業において実機の開発試験等が進められている。
 現在開発中のこの旅客機は、我が国が得意とする炭素繊維複合材技術や世界最高レベルの性能を有するスーパーコンピューターを活用した機体設計・解析技術をはじめ航空最先端技術を取り入れた世界トップクラスの低燃費・低騒音性能を目指した航空機であり、平成15年度以降、開発企業を中心として、関係省庁(経済産業省、国土交通省、文部科学省)及び産業界、研究機関、大学機関、関係自治体等が連携して進めてきたものである。

世界の航空旅客予測

■次世代SST(超音速輸送機)実用化検討

 環境適合性を有し、陸域飛行を可能とする次世代SST(Supersonic Transport)の実用化構想が、米国NASAにおいて発表(小型SST;2020年頃、大型SST;2030‐35年頃)される等、昨今、欧米やロシア、カナダ等の開発企業及び研究機関において概念検討や研究開発が進展しており、これを受けてICAOでは次世代SSTの環境基準(ソニックブーム、騒音、排気ガス)が議論され、ソニックブームの新基準策定に向けた検討が進められているところである。
 また、我が国でも、平成20年1月にSSTの実用化に向けた最終目標や役割分担等を協議する場として、官民等関係機関が一堂に会する「超音速輸送機連絡協議会」が設置されたところである。

■低CO2/脱化石エンジン、バイオ燃料

 運航コスト低減や地球環境問題への対応の観点から、欧米の開発企業では、エアラインや研究機関等と協同で、バイオ燃料による商用機飛行実証試験や将来に向けた水素をエネルギー源とする燃料電池を利用した脱化石エンジンシステムの研究開発等が相次いで実施されている。
 我が国においては、メタン及び水素燃料といった脱化石燃料を用いたエンジン技術開発の蓄積がある(地上用水素・酸素ガスタービン、高速航空機用メタン燃料エンジン技術開発、水素燃料予冷却ターボジェットなど)。また、バイオ燃料については、航空以外の分野において基礎研究が行われているところであるが、我が国エアラインがバイオ燃料による商用機飛行実証試験を実施する等、当該分野への関心は高まっているところである。

(2)運航・利用分野
■民間航空輸送

 世界的に航空交通量が増大する中、地球環境問題や重大事故の発生等を背景として、ICAOは国際基準を継続的に見直し、航空機による騒音やNOx等排出物の抑制、ヒューマンエラーに起因する事故予防策等、環境面と安全面における規制を技術の進歩等に応じて段階的に強化している。
 また、ICAOは、将来の航空需要に対応するためには、現行の航空交通システムでは限界があるとし、2025年を目標とする「グローバルATM(航空交通管理)運用コンセプト」を提唱し、各加盟国に最新の航空技術を取り入れた衛星航法をはじめ、将来の交通管理システムへの移行を求めている。
 現在、欧米を中心として、各国、各地域の実情に応じた新しい航空交通システムへの移行計画が検討されており、その実現に必要となる技術の研究開発等があわせて進められている。
 我が国においても、今後とも我が国の管理空域内における航空交通量の増大が予測される中、より安全かつ効率的で環境に配慮した新しい運航システム、とりわけ衛星を利用した高度な運航方式の技術開発や普及等が求められており、現在、国土交通省主導の下、産業界、研究機関等が連携して、欧米と協調した施策の検討や要素技術の研究開発が進められている。

図:将来の航空交通システムの構築(代表施策例:衛星航法)【出典:国土交通省航空局資料】

図:将来の航空交通システムの構築(代表施策例:衛星航法)【出典:国土交通省航空局資料】

■災害救援機

 首都圏直下地震防災・減災対策等において、災害対応時における防災関係機関による迅速かつ効率的なヘリコプター等による救援活動が求められている。

1‐2 現状認識(第3期基本計画期間中の主な取組と成果、課題)

(1)主な取組と成果

○文部科学省においては、特に第3期基本計画における「社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術」の基本姿勢を踏まえ、「分野別推進戦略(平成18年3月策定)」に基づき、「航空科学技術に関する研究開発の推進方策(平成18年7月策定)」を策定し、実施機関であるJAXAを通じて、研究開発及び関連する設備整備等を進めてきている。
○特に重点的に進めている研究開発課題(いずれも戦略重点科学技術に該当又は戦略重点科学技術を含む)とこれまでの主な成果は以下のとおりであり、全体としては、概ね順調に進捗しているところである。
○いずれも現在進行中のものであるが、研究開発過程で得られた要素技術等の一部については以下のように、企業等(開発メーカー、エアライン、海上保安庁、消防庁、航空局等)において利活用される等、順次、実用にも供しているところである。

【第3期基本計画における重点課題】
  1. 旅客機高性能化技術の研究開発 (H16~H24年度)
  2. クリーンエンジン技術の研究開発 (H16~H24年度)
  3. 運航安全・環境保全技術の研究開発 (H16~H24年度)
    [うち戦略重点科学技術:全天候・高密度運航技術]
  4. 静粛超音速機技術の研究開発 (H18~H20年代後半頃)
    [うち戦略重点科学技術:静粛超音速研究機の研究開発]
<主な成果(一例)>

(1)旅客機高性能化
‐機体設計に係る低燃費・低騒音化に資する先端技術(騒音・燃費低減・評価技術等)を開発

(1)旅客機高性能化

数値シミュレーション
<民間企業において利活用> 

(2)クリーンエンジン技術
‐燃焼器の要素試験でNOx排出の国際基準値を大幅に下回る世界最高レベルを達成

 (2)クリーンエンジン技術

(エンジンの概念図)
 <民間企業において利活用>

(3)運航安全・環境保全技術
‐小型機用の国産アビオニクスとしてGPS受信機とINS(慣性航法装置)を複合した世界最高水準の精度を誇る超小型航法装置を開発、実用化(無人機用)

 (3)運航安全・環境保全技術

超小型航法装置(Micro‐GAIA)
<民間企業が商品化>

(3)運航安全・環境保全技術

飛行データ解析プログラム(DRAP)
<運航者において利活用>

(2)課題(当面の取組課題)

○今後は、特に、第4期計画期間(平成23~27年度)にかけて、各研究成果を総合的に確認するための飛行実証等の実証試験が本格化してくることに加え、1.~3.の3課題については事業完了時期を迎える予定であることから、成果還元の観点から、関係機関との密接な連携の下で実証試験等の体制を整備していくとともに、ユーザー側の利用形態に沿った技術改良や国際基準化活動への貢献など、国際情勢の変化等を踏まえ、実用化に繋がる取組をより強化していくことが課題となっている。
○また、全体の進め方として、これら各課題への取組を通じて、我が国全体の航空技術力、ひいては旅客機の開発能力の向上に繋がるような進め方が求められており、国内関係機関との役割分担に基づく、国全体での効率的かつ効果的な研究開発の仕組み・体制作り、意識改革が重要となっている。
○また、4.の研究開発については、世界的に優位となる超音速機技術の獲得に向けて、平成22年度から24年度にかけて研究機による飛行実験を計画しており、今後、本格的に研究開発を進めていく予定であるが、その進め方については、産業界への成果還元の視点に加えて、特に、我が国の将来を担う航空技術者の人材育成の場を提供する観点から大学機関等学界との協力関係も充実強化し、産学間の知的・人的交流や研究資源の集約、相互利用を促進する枠組みの構築を含めた取組を行っていくことが求められている。

1‐3 航空技術の将来展望(将来のあるべき姿と課題)

○我が国が旅客機開発国として成功するとともに、将来に亘り持続的・安定的に発展し、国際社会において確固たる地位を築いていくことが求められている。
○航空機の開発・製造、運航・利用、技術者の各視点から、具体的に、以下のような事柄が期待されている。

1. 航空機開発・製造の視点

 我が国が得意とする複合材や電子機器等を活用した燃料・排ガス削減に寄与する環境技術で世界をリードし、新技術を普及するために必要な国際標準(ICAO基準等)の策定にも、今後、積極的に貢献していくこと、また、航空機産業で培われるハイテク・集積技術により、他産業、ひいては我が国経済を牽引していくことが期待されている。
 欧米等の航空機開発の先進国では、航空機産業を国家レベルで育成しているが、その売上高を対GDP比でみると、主要国では1%前後を占めるまでの産業となっているのに対して、我が国では0.2%程度にとどまっているところである。
 航空機の開発には、高度かつ広範囲な要素技術及びそれらを統合化する総合技術力(ハイテク、集約・統合技術)が必要であり、その点からも、航空機の開発・生産活動は、他産業と比べて技術波及効果が高い(例えば、自動車産業の4%に対し、航空機産業は90%;民間調べ)ことや、世界市場が一時的な停滞はあるものの今後20年程度先まで年平均4%台後半の成長が予測されている等の特徴があることから、関係各界からは、自動車に次ぐ我が国の基幹産業化といった経済面からの期待や低燃費な航空機の普及を通じた低炭素社会作りへの貢献をはじめ、我が国が抱えている諸課題の解決策の一環として、特に旅客機開発国としての今後の成功と将来に亘る持続的発展が期待されているところである。

2. 航空機運航・利用の視点

 航空輸送分野については、我が国にとって今や、観光やビジネス、貿易や宅配等の国民の日常生活に欠かせない重要な社会インフラとしての重要性が高まっているところである。
 輸送機関としての航空は、既に国民生活を支える世界最高レベルの社会インフラとして発達してきているが、今後さらに、天候等に左右されず安全で欠航や遅延がほとんどない安心して快適に使える輸送手段として、さらにCO2排出や騒音など環境にも配慮した交通機関として構築されていくことが望まれている。

3. 航空技術人材の視点

 今後、我が国が旅客機開発国として持続的・安定的に発展していくため、より一層高度で広範囲な航空技術力の蓄積と醸成が求められている。
 また、市場の将来性も見込まれている分野であることから、今後将来に亘り、我が国の次代を担う優秀な航空技術人材(技術者、研究者等)の確保、拡充の必要性が高まっており、総合工学の先進分野としての航空科学技術は我が国の優秀な技術人材を育成していく土壌としても有望視されている。
 そのため、航空技術分野に優秀な若手が集まり、関係機関あるいは技術者間でのデータ蓄積等にとどまらず産学官での実用に繋がる仕組みが構築され、日本の英知が結集される社会全体のシステムが構築されていくことが望まれている。
 とりわけ、JAXAに対しては、産学官の幅広い機関との連携を通じた人材育成の機能拡充、中核機関としての発展に期待が寄せられているところである。

【将来への期待・ニーズ、課題等】
・航空機開発・製造
 国の成長・戦略産業としての期待の高まり
[自動車に次ぐ基幹産業、技術波及効果大]
・航空機運航・利用
 社会インフラとしての重要性の高まり
[安全安心、エコ(CO2・騒音低減)、快適等]
・航空技術人材
 次代を担う優秀な技術人材の必要性の高まり
 [求められる技術力が、より高度・広範囲化]

図:他産業への波及(出典:(社)日本航空宇宙工業会資料)

図:他産業への波及(出典:(社)日本航空宇宙工業会資料)

1‐4 航空科学技術が果たすべき役割

○以上の航空技術の将来展望に対して、航空科学技術分野(文部科学省及びJAXA)には、以下の役割や貢献が期待されている。

【航空科学技術分野に求められる役割・貢献】

(1)先進的な航空機の研究開発の推進
 ‐社会が求める新技術の研究開発・産業界による適用への誘導(技術移転)
 ‐最先端の供用インフラ(試験設備等)の提供
(2)次代を担う人材の創出
 ‐技術者、研究者の育成
 ‐産学官をつなぐ人材育成の拠点整備
(3)開発機に対する安全証明(型式証明等)の的確な実施【※技術協力(貢献)】
 ‐新技術に対応した各種実証試験・証明方法の確立
(4)継続的な安全性・環境性の向上【※技術協力(貢献)】
 ‐航空事故・トラブル対応の継続的実施
 ‐国際標準化活動

2.今後の研究開発の方向性

2‐1 今後の重点化のあり方

○第3期基本計画における「社会・国民に支持され、成果を還元する」視点での取組は、今後、第4期計画期間にかけて、我が国が旅客機開発国となり、国に求められる役割や期待が更に増すことから、第4期は、より一層の成果還元と戦略性が重視される。
○また、今後将来に亘り、我が国の航空技術を担う人材育成への取組も重視されている。
○これらの情勢を踏まえ、第4期における研究開発については、第3期と比べて、特に、以下の考え方に主眼に置いて、JAXAにおける先端的・基盤的な研究開発、及び関連施設・設備整備、推進策の戦略的重点化を図っていくことが適当であると考えられる。

  1. 「出口志向の研究開発プロジェクト」
  2. 「戦略的な基礎・基盤研究」
  3. 「人材育成の中核機能」

2‐2 重点的に推進すべき領域

○第4期計画期間中においては、国産旅客機が市場投入される予定である。これは、我が国にとって旅客機開発国の地位を築く上で非常に重要な立ち上げの時期であり、航空科学技術分野においても、国として求められる役割、責任を確実に果たしていくことが重要である。
○第4期計画では、上記2‐1の基本的考え方(1.、2.)に基づき、特に、旅客機開発国として、文部科学省及びJAXAによる貢献が期待されている行政課題対応型の研究開発課題を重点的に推進していくことが重要と考えられる。

【重点的に推進していくべき領域】

■JAXAが実施する研究開発に対しては、特に、社会ニーズに応えていく観点から、「環境」と「経済」を両立させる視点での取組、そして航空機のライフサイクル全般に亘る取組などが求められている。

(1)航空機のライフサイクルを通じて「低環境負荷(超低CO2、低燃費、低騒音等)」、「低コスト」な先端的・基盤的技術
(2)航空機の特性である「高速性」を活かしつつ、かつ高い「安全性」、「利便性」、「快適性」を兼ね備えた先端的・基盤的技術

■重点的に取り組むべき具体的な事項(例)として、次のようなものが挙げられる。
(参考:関係各界からの期待・ニーズ[別添参照])

[研究開発]

1.環境技術に一層注力
 例:超低CO2航空機(脱化石燃料適用含む)に向けたエンジン関連等技術低騒音・低燃費設計に向けた新しい機体形状を含む革新技術の広範適用エンジン小型高出力化のためのタービン高温化対応技術(耐熱材料等)

2.輸送量増加および旅客利便性向上のための航空輸送の利便性の追求
 例:運航システムの高度化による運航の効率化
 航空機の高速性向上

3.製造から運航までを含む航空機ライフサイクル全般を意識した取組の強化
 例:炭素繊維複合材の検査技術に代表される構造評価技術の高度化
 超軽量・知的(自己診断機能等)複合材技術

[技術協力]

4.安全性向上のための行政ニーズへの対応強化
 例:型式証明に関する技術支援(試験技術/評価法の先行開発等)
 環境・安全基準策定への技術支援(基準・ガイドライン案作成、根拠データ取得等)
 大規模災害時における災害救援機の運航の安全性・機動性の向上

[技術基盤(施設設備整備)]

5.飛行試験機を含む基盤設備利用促進
 例:ジェットFTBを利用した先進技術(ハード/ソフトウェア)の飛行実証

<研究開発課題のイメージ;JAXAにおける検討例>

  • 旅客機機体/エンジンの高付加価値化技術
  • 全天候・高密度運航技術
  • 超音速機技術
  • 先進的燃料利用・推進技術 【新規(基礎研究から発展)】
  • 防災システム・環境技術           

2‐3 推進にあたっての留意事項等

○第4期計画では、特に、上記2‐1の基本的考え方(3.)に基づき、我が国における研究開発の中核組織として、産学官の連携強化と航空技術人材の育成に貢献する取組を重点的に推進していくことが重要と考えられる。

【推進にあたっての留意事項等】
(1)航空機開発活動を円滑に行っていくための新たな産学官連携体制の構築

‐我が国の産学官のポテンシャルを結集したオールジャパン体制
‐関連研究機関による、

  1. 産学ニーズと研究シーズのマッチング、マーケティング、
  2. 研究開発ロードマップの作成と産学官での共有化、
  3. 産/学間の人的・知的交流を促進する開かれた研究活動、
  4. 研究の計画段階から実施に至るまでの産学官の最適連携

‐材料等他分野の研究機関との連携
‐地方公共団体等との施策連携、地域産学官連携の取組支援

(2)研究資源の効率的・効果的な運用、質的・量的拡充

‐国内産学官間の資源の集約化・相互利用、他国/他産業等との連携

(3)優秀な人材の確保、創出

‐航空技術者を目指す若者等への魅力的で実践的な教育機会の提供

(4)国民的合意形成

‐戦略的な広報活動

新たな産学官連携体制の構築(イメージ)

お問合せ先

研究開発局参事官付(宇宙航空政策担当)

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(研究開発局参事官付(宇宙航空政策担当))