情報科学技術委員会

第4期科学技術基本計画における情報通信分野の重点事項について

1.背景

 第4期科学技術基本計画の策定に向け、本年4月28日、科学技術・学術審議会の下に基本計画特別委員会が設置され、審議が開始された。これを受け、情報科学技術委員会においても、第4期科学技術基本計画における情報通信分野の計画の策定に資する議論を集中的に行うとともに、構成員からのヒアリング等を実施した。本ヒアリング結果や、総合科学技術会議において実施された第3期基本計画の中間フォローアップ調査結果などを参考として、情報通信分野における重点領域を整理した。

2.第3期科学技術基本計画のフォローアップ

 総合科学技術会議が実施した第3期科学技術基本計画の中間フォローアップ(平成21年5月)においては、情報通信分野に求められる役割として、1.社会が直面する多様な課題の解決という「社会」面、2.国際競争力の維持・強化という「産業」面、3.情報通信技術の深化や多分野の研究開発活動の加速という「科学」面、4.利用者が安全・安心を実感できる情報通信基盤という「安全・安心」面という4つの役割を設定し、各項目について第3期基本計画策定後、すなわち平成18年以降、情報通信分野を取り巻く環境がどのように変化したか分析している。
 さらに、これらの現状分析に基づき、将来の情報通信システムのあるべき姿と社会への展開・活用に向けたシナリオを明確化する必要があるとしている。特に政府として、世界的課題である少子高齢化問題をはじめ、環境問題や非常災害対策等を含む国際安全保障上の課題等の解決に向け、より高い視点から目標を設定した総合的取り組みが必要であるとしており、課題解決のために特に配慮すべき観点として、幅広い分野での情報通信技術の利活用専門家の育成や分野連携・融合の強化、新しい技術領域を拓く基礎・萌芽的研究に対する政府の取り組み強化、国際競争力につながる新たな研究開発の取り組み強化などを挙げている。
 このほかにも、次期科学技術基本計画の検討の下支え等を目的として取りまとめられた「第4期基本計画で重視すべき新たな科学技術に関する検討」(平成21年3月文部科学省科学技術政策研究所)や、政府全体の情報通信分野の中長期的戦略を定めた「i-Japan戦略2015」(平成21年7月IT戦略本部)においても、情報科学技術により経済社会全体を改革して新しい活力を生み出す必要性や、基礎研究も含めた科学技術の総合的振興の必要性に言及している。

3.重点課題設定にあたっての基本的考え方

 わが国を取り巻く世界情勢を俯瞰すると、第3期科学技術基本計画が策定された平成18年以降、世界同時不況の発生にはじまり地球温暖化問題や環境問題、エネルギー資源枯渇の深刻化など、複雑かつ困難な状況が一層顕在化しており、これらの社会的問題の解決に向け情報通信技術への期待はますます増大しつつある。また国内においても、少子高齢化の進展とともに、社会の活性化と安心をもたらすユビキタス社会への期待は非常に大きい。第4期科学技術基本計画の対象時期となる2011年からの次の時代を展望すると、このような環境問題やエネルギー資源問題、少子高齢社会への対応といった様々な課題がさらに深刻化し、大きな社会的問題として顕在化していくことが懸念される。このような課題の解決に向けて官民挙げて、社会・経済・文化・科学といったあらゆる観点から次世代の発展に向けた抜本的な構造の変革を図っていく必要がある。とりわけ、科学技術分野を所管する文部科学省としては、交通、物流、エネルギー、環境、医療分野等におけるあらゆる社会活動の基盤となりとなりつつある情報科学技術の潜在力をさらに集約、結集して、新しい時代の到来に対応した総合的な情報科学技術政策を講じるとともに、その成果の社会還元を効率的効果的に展開させていくためにも、2011年以降の向こう5年間に可及的速やかに講じるべき施策の洗い出しと重点化を行うべきである。
 特に第4期科学技術基本計画においては、科学技術の発展のみならず、その成果を還元して、社会全体のイノベーションにつなげていく視点が重要であり、その観点から今後の社会システムを構築する上で重要な基盤となっている情報科学技術の果たすべき役割は大きいと考えられる。
 具体的な重点化の検討にあたっては、第一に情報科学技術の効果的な利活用によって社会システムが再構築され、社会全体の効率化や生活の質の向上が実現されるという効用に着眼すべきである。すなわち、情報科学技術の利活用を通じて世界的な環境問題やエネルギー問題などのグローバル課題を解決し、文化など新たな価値を創出していくとともに、安全・安心な社会生活の基盤を構築するという視点に立脚した重点化を行うべきである。
 さらに、このような視点に加え情報科学技術そのものを高度化していくという視点も不可欠である。情報科学技術は、研究開発において理工系の他分野のみならず、生命・生物系、人文社会系の多くの分野にとっての「礎の学」であり、多様な分野の研究開発や産業競争力の基盤となる情報科学技術のさらなる高度化を促していかなければならない。また、21世紀は天然資源に代わり知識そのものが資源となり、膨大なデータを活用し知識に変換するという面で情報科学技術の重要性は一層増す。
 加えて、これらを支える横断的課題に対する取組も必要である。特に、情報科学技術があらゆる分野の社会基盤であることを踏まえ、幅広い分野での情報通信技術に対応し、分野連携・融合を図ることのできる人材の育成や、景気減速により民間投資が減衰している中での国による基礎・萌芽的研究の推進等についても検討を加えたうえで2011年以降の歩むべき方向性を明確化すべきである。

4.情報科学技術分野における重点課題

 このような基本的考え方に基づき、第4期科学技術基本計画に盛り組むべき重点項目について、以下のとおり整理を行った。なお、検討にあたっては、情報科学技術の各分野におけるわが国の国際的な位置づけなどを勘案する必要があり、JST研究開発戦略センターが実施する科学技術・研究開発の国際比較等を参考とした。

(1)様々な課題の解決や社会・生活基盤の構築

1.様々な社会的課題の解決や安全・安心な社会基盤の構築

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 少子高齢化の進展等により、わが国社会の活性化と安全・安心をもたらすユビキタス情報社会に対する期待が増大し、エネルギー、環境、医療など社会全般にわたり情報科学技術を用いたシステムの役割が増大しつつある。
  • さらに、あらゆる分野の社会基盤となりつつある情報科学技術を用いて、様々な社会的問題の解決に貢献するとともに、社会システム全体の効率化や生活の質の向上を図り、社会システムのイノベーションにつなげていくことも必要となる。組み込みシステムについてはこれまでわが国の強みの源泉といわれてきたが、今後は、大規模なサイバーフィジカルシステム(※1)の実現に向けたソフトウェア開発への戦略的投資が不可欠。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 様々な社会的課題の解決に貢献するとともに、社会全体の効率化を図り、そのイノベーションにつなげていくための基盤システムに関する研究開発
  • 新たな価値創造につながる大規模なサイバーフィジカルシステム等の研究開発
2.低炭素社会の実現

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 経済活動を促進する情報科学技術の高度化やユビキタス環境の拡大等に伴い、エネルギー消費が飛躍的に増大するため、情報関連システムの消費電力低減化や革新的技術の高度化により、環境負荷の少ないシステムを構築していくことが不可欠。
  • また、我が国はデバイス、ソフトウェア、アーキテクチャを横断するような研究開発力に乏しく、各技術を統合し現実の環境に応じてシステムを最適化する技術の開発が不可欠。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 革新的技術であるスピントロニクスを基盤として、高機能・低消費電力な情報処理を実現させる研究開発等の推進
  • クラウドコンピューティング等の高度利活用による情報処理の効率化や最適化の実現
  • 情報科学技術を活用した環境負荷の少ないシステムの構築

※1 航空、自動車などの交通、物流、エネルギー、環境、医療等の社会活動の基盤となるシステムでは、実世界に広がる組み込みシステムと、当該システムからの情報を収集・解析し社会システム全体を効率化するサイバーシステムから構成される。サイバーフィジカルシステムとは、これら両者を機動的に統合し新たな価値を創出するソフトウエアシステムを指す。

3.人間とITの融合・調和、文化の発信など豊かさの創出

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 現在のユビキタス環境が、人間にとって真に快適で恩恵を被るものにするため、情報科学技術が生活空間に溶け込むことで環境と人間が調和するようなアンビエント環境を創出し、生活の質を向上させていくことが必要。
  • 言語、スキル、ハンディキャップなどに関わらず、誰もが同じように働けるよう、情報科学技術のユニバーサル性を深化させていくことが必要。
  • 未来へつながる価値観の創出や心豊かな社会の実現に向け、文化に貢献する観点からの情報科学技術の振興が必要となる。我が国のソフトパワーは海外で高く評価されているものの、産業の発展には十分にいかされておらず、我が国ソフトパワー産業の海外展開の促進が必要。
  • その他、人と人をいかに結びつけるかなど、心豊かな社会の実現に向け情報科学技術がどう貢献できるかについての検討が必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • コンテンツやインターフェイスの個人化技術をはじめとした、環境に調和して自然に情報を提示するインターフェイス技術
  • 同一の情報環境、同一の情報メディアをそのまま言語、スキルやハンディキャップなどに依らず、誰もが同じように使うことができるユニバーサル情報科学技術
  • 日本文化のアーカイブ化や情報発信・創出、教育等への情報科学技術の活用
  • アニメ・ゲームなどコンテンツ制作分野における我が国の優位性の確保・持続
4. 情報通信システムの高信頼化

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 近年の情報通信システムの大規模化、複雑化に伴い、システムを構成するソフトウェアの不具合等が多大な社会的混乱を引き起こす可能性が顕在化。安心安全で信頼性の高いシステムを効率的に構築できる手法や信頼性に関する評価指標等の確立が不可欠。
  • マルチメディア化に対応したプライバシーに対する保護技術やサイバー攻撃に対応するインターネットセキュリティ等の研究開発が世界的に進展しており、わが国においても、信頼性やプライバシーを保護したデータベース利用技術やWebシステムにおけるプライバシー問題等に関する検討が必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 高信頼化・生産性向上に向けたソフトウェア開発手法の確立など、ディペンダブルな社会情報基盤構築のための技術体系の確立
  • 量子コンピュータ等の新しい計算科学理論に基づく情報の秘匿性向上技術
  • プライバシー技術や情報セキュリティ技術等への研究
  • 多様な利活用を許容し、信頼性・運用性の高い技術やシステムの構築

(2)多様な分野の研究や産業競争力の基盤

1.e-サイエンスを支える研究情報基盤構築

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 21世紀の科学技術イノベーションを起こす上で、分野横断的視点での展開を戦略的に図っていくことが重要であり、多様な研究分野にとっての「礎の学」としての観点から、高度で先進的な情報基盤を構築し、最先端科学と情報技術の融合をさらに発展させていくことが必要。
  • e-サイエンスは、理論、実験、計算(シミュレーション)と並ぶ新しい科学の方法論として世界に急速に進展している。我が国の研究をより強化し、研究分野や国・地域を越えた連携を推進していくためには、科学の方法論としてのe-サイエンスのパラダイムシフトを図っていくことが必要であり、e-サイエンスを支える最先端の研究情報基盤の整備充実が不可欠である。
  • 我が国の研究開発を一層活発なものとするとともに、国際的にもより開かれたものとする観点から、人類にとっての共通の知的財産である学術研究成果の内容を、必要とする全ての人がアクセスできるようなオープン・アクセスを一層推進させることが必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 最先端学術研究を支える学術情報ネットワークなどの情報通信基盤の整備・充実や、それらを維持する体制の強化
  • より広い範囲で計算資源の効率的な活用を支援するグリッド関連技術
  • 研究に不可欠なサイエンスデータベースや学術コンテンツ等の整備や電子化
  • コミュニティの形成や実験プロセスの支援など、研究者等が行う研究開発を支援する技術の開発
  • 計算科学とデータ中心科学の統合・発展
  • 融合領域の様々な対象をモデル化する理論・技術の研究
  • 学術研究成果に関するオープン・アクセスの推進や機関リポジトリの充実
2.巨大集積情報の利活用

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 大規模・大量のデータを蓄積・利用し、知識資源を創出するなど、情報科学技術を活用した新しい研究方法を確立し、社会の様々な複雑で困難な現実問題への応用を目指した研究を推進することが必要。
  • ウェブからセンサ情報へのシフトの過程において情報爆発が加速化しつつあり、データセントリックな価値創造を推進し、社会全体の生産性向上等に繋げていくことが必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 大規模かつ大量の情報に対する高度・高速処理のための計算科学やデータ中心科学を推進し、多領域において異種データを解析、有効利用する環境の構築
  • セマンティクスに踏み込んだデータの処理アルゴリズム
  • 観測された様々なメディア情報から意味のある情報を抽出する技術、特にパターン認識技術
3.ハイパフォーマンス・コンピューティング技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • スーパーコンピュータに代表される高性能計算技術は、科学技術のあらゆる分野において新たな発見や真理の探究を効率的に実現するために重要な基盤的技術となりつつある。今後、研究活動や社会活動が必要とするコンピューティング処理量は飛躍的に増大することが予想されるため、スーパーコンピュータのさらなる高性能化や低消費電力化が課題。
  • スーパーコンピュータ等のより効率的な活用を可能にするための利用技術の高度化のための研究開発が重要。
  • スーパーコンピュータのさらなる高性能化をはじめ、ライフサイエンス分野やエネルギー分野等への幅広い応用の促進により、成果の創出や産業競争力の強化につなげていくことが必要。
  • また、高度な半導体技術などの開発により、様々な産業分野の基礎となるIT産業の強化につなげていくことも必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 高性能コンピュータと高速ネットワークから構成されるエクサフロップスクラスのハイパフォーマンス・コンピューティング技術
  • 量子コンピュータなどノイマン型コンピュータとは異なる新しい情報処理原理を実現するハードウェア技術
  • 最先端シリコン半導体や新しい原理に基づく素子の開発
  • 達成すべき科学技術の目標・方向性と連携したスーパーコンピューティング技術
  • アーキテクチャ技術、超並列技術、各種シミュレーション技術等の高度化

(3)基礎研究の推進、人材の育成 

1.基礎研究の推進

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 景気減速による民間部門の研究投資の大幅縮小という環境のなか、将来の技術立国を支える知的財産の創出のためには、基礎研究の推進・強化が不可欠
  • 予期せぬ新発見や革新的技術の創出機会が増すよう、異分野融合や異端、前衛を排除しない開放性のある研究開発を推進することが必要

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 革新的なコンセプトにより新たな潮流を引き起こしたり、新しい技術領域を拓くような萌芽的研究や、これまでの延長線上では解けない問題を解決していくための挑戦的研究に対する取り組み強化
2.人材の育成

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 情報科学技術のグローバル化の進展に伴い国際情報化戦略が重要になりつつあり、国際レベルで活躍できる研究者・技術者の育成など、高度な情報科学技術分野の人材や国際標準化に貢献できる人材の育成が急務
  • このような情報科学技術分野における人材の育成とともに、情報科学技術の成果を用いて様々な社会経済活動において高い付加価値を創出したり、新たなイノベーションを起こすことのできる人材の育成が不可欠

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 国際レベルで活躍できる研究者や標準化人材の育成に向けた取り組み強化
  • 産学官連携による高度な情報通信分野の育成や、e-サイエンスを推進するため「対象となる学問分野」と「情報科学分野」の両方について深い知見を有する人材の育成の強化
  • 大規模プロジェクトのなかで、若手研究者が幅広い専門性を習得し、高度研究者として成長していくような人材育成の強化
  • 情報科学技術の成果を利用する幅広い分野における深い理解を持ち、高度な利用を図ることのできる人材の育成、情報科学技術についての分野連携・融合を促進できる人材の育成

5.重点項目推進にあたっての取組方策

 以上のとおり、第4期科学技術基本計画の対象時期となる2011年からの次の時代を展望したうえで、重点化すべき項目として、3つの大きな柱を軸として整理を行った。これらの各重点項目の推進にあたっては、2011年以降の国際社会情勢や情報科学技術分野を取り巻く研究開発環境等の動向をはじめ、以下の視点を勘案したうえで取り組む必要がある。その過程で、既存の研究推進方策のなかでも時代の潮流に沿わないと考えられるものや方針の見直しが必要なものがあれば、国としてもあらためてしっかりと検証し、時代に対応した新しいシナリオを描いていかなければならない。それによって、これらの重点項目の円滑な実施が期待できるとともに、2011年以降の5年間により効果的かつ効率的に研究成果の質の向上や、研究開発投資の効果の最大化を図っていくことができるのである。さらに、少子高齢化問題をはじめ、環境問題や安全保障といった今後わが国が抱える様々な社会的問題の解決に資するとともに、我が国の幅広い分野の科学技術の進展や産業競争力の強化につながる「礎の学」としての情報科学技術のさらなる進展が期待される。

(1)関係機関の連携強化

 情報科学技術分野で推進される政府のプロジェクトは、文部科学省のみならず各省庁にまたがっており、関連性のあるものについてはこれまでのような縦割りではなくお互いに連携させることにより、社会的により意義の高い大きな成果が得られたり、大型プロジェクトの推進につながっていくことが期待される。
 また、情報科学技術が社会システムの基盤となっていることや社会経済の様々な分野で利活用されていることに鑑みても、情報科学技術分野の研究の推進に当たっては文部科学省のみならず、他の省庁や関係機関との連携を一層強化する必要がある。
 さらに、我が国の情報科学技術分野の研究の推進に重要な役割を果たす大学や独立行政法人、その他の関係機関の特徴や取組方針等を十分勘案し、連携強化や役割分担の明確化を図ったうえで、効率的かつ効果的な重点化項目の研究開発が実現されるような環境整備を図っていくべきである。

(2)社会のイノベーション実現に向けた取組

 第4期科学技術基本計画の推進に当たっては、科学技術の発展のみならず、その成果を還元して社会全体のイノベーションにつなげていくことが期待される。特に、情報科学技術は社会システムの重要な基盤となっており、情報科学技術の発展により社会システム全体の一層の効率化を図るとともに、社会全体のイノベーションにつなげていくことが求められるが、その際にはイノベーションを実現する上で関連する制度面についても検討することが重要となる。

(3)国際的取組の強化

 情報科学技術分野におけるグローバル化の進展に伴い、研究開発を推進するうえでの国際的戦略の重要性は一層高まりつつある。このため、欧米における情報科学技術分野の予算規模動向をはじめ、資源配分方針、標準化動向等について、海外機関との連携や海外調査報告等も参考としながら、十分かつ綿密な調査分析を行ったうえで、重点項目等の推進を図っていくべきである。さらに、これらの分析等を踏まえて、少子高齢化問題や食糧自給率問題、レアメタル等の資源的課題など我が国固有の課題と、地球温暖化問題や環境問題といった国際的共通課題の解決について、各々における長期的戦略や展望を描いたうえで研究開発を進めていく必要がある。我が国固有の課題であっても、その解決が国際協調に繋がっていくことも想定されることから、各重点項目を取巻く国際動向については入念な調査分析を行い、国際協調と国際競争の間のバランスにも考慮した戦略的な取組が求められる。このほか、厳しい国際競争において我が国がイニシアティブを得られるよう、政府としても産学官連携や国際的連携にも十分留意し、これまで以上に国際標準化活動への積極的寄与を進めていく必要がある。

(4)基礎研究の重点的推進

 すでに述べたとおり、景気減速による民間部門の研究投資の大幅縮小という環境のなか、将来の技術立国を支える知的財産の創出のためには、基礎研究の推進・強化が不可欠であり、国として長期的視点からの基礎的領域等における情報科学技術分野の研究開発全体を主導していく必要がある。また、新しい原理に基づく技術革新を予感させる基礎研究の中から、実用化に繋がる可能性をきちんと見極めたうえで、次のステップに進めるべきものを選択し、プロジェクト化するという姿勢・視点をしっかりと持つべきである。

(5)若手研究者育成のための研究推進体制

 我が国の情報科学技術が世界を牽引し、発展させていくためには、情報科学技術の将来を担う優秀な若手研究者の養成が不可欠である。競争的・流動的な環境のなかで、独創性に優れた若手研究者をしっかりと育成し、この分野における知的資産を持続的に創出していくためにも、情報科学技術の研究分野の特徴を踏まえた評価方法等を含め研究推進体制全般のあり方について検討を深めていく必要がある。

  • 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 情報科学技術委員会委員

情報科学技術委員会における審議の過程

●第59回(平成21年5月19日)

  • 「高機能・超低消費電力コンピューティングのためのデバイス・システム基盤技術の研究開発」中間報告
  • 「革新的実行原理に基づく超高性能データベース基盤ソフトウェアの開発」中間報告
  • 「知的資産の電子的な保存・活用を支援するソフトウェア技術基盤の構築」事後評価の審議
  • 「ソフトウェア構築状況の可視化技術の開発普及」中間評価の審議
  • 第4期科学技術基本計画に向けた審議

●第60回(平成21年6月15日)

  • 「次世代スーパーコンピュータプロジェクト」中間評価進捗状況の報告
  • 「高機能・超低消費電力コンピューティングのためのデバイス・システム基盤技術の研究開発」中間評価の審議
  • 「革新的実行原理に基づく超高性能データベース基盤ソフトウェアの開発」中間評価の審議
  • 平成22年度の情報科学技術分野の研究開発(検討中の課題)について報告
  • 第4期科学技術基本計画に向けた審議

●第61回(平成21年7月15日)

  • 「次世代スーパーコンピュータプロジェクト」中間評価について審議
  • 第4期科学技術基本計画に向けた審議

●第62回(平成21年8月21日)

  • 「次世代スーパーコンピュータプロジェクト」中間評価結果について報告
  • 平成22年度における情報科学技術分野の重点事項の事前評価について審議
  • 大学図書館の整備及び学術情報流通の在り方について報告
  • 第4期科学技術基本計画に向けた審議

●第63回(平成21年9月30日)

  • 第4期科学技術基本計画に向けた審議

(参考)各重点項目を取り巻く社会情勢や技術動向等

1.様々な課題の解決や社会・生活基盤の構築に資する情報科学技術の研究開発の推進

(1)様々な世界的・社会的課題の解決や新たな価値創出に資する情報科学技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 少子高齢化時代の到来等により、わが国の社会の活性化と安心をもたらすユビキタス情報化社会に対する期待が増大
  • あらゆる分野の社会基盤となりつつある情報通信技術を用いて、社会システム全体の効率化や生活の質の向上を実現することが必要
  • 情報科学技術システムの社会インフラとしての役割の増大に伴い、さらに使いやすいデバイス、ソフトウェア、センサなどの技術が求められるため、人間が意識して入力する情報だけでなく、生体情報や環境情報等を収集し、マイニングするための技術が必要

《5年後のわが国の展望等》

  • 社会全般にわたり、情報科学技術を用いたシステムの役割が増大。特に、食品の安全性、生活環境の保全、健康維持・医療機能向上、安全・安心を確保するセキュリティ、少子高齢化社会を支援する高度ロボットシステム等に対する需要が増大
  • 情報科学技術システムの社会インフラとしての役割が飛躍的に増大することにより、情報分野だけでなく、流通や金融、公共システムなどの異分野の専門家との連携が強化

《国際動向》

  • 身近な家電製品、自動車から発電所,飛行機,宇宙ステーションまで、組込み制御システムが大きな比重を占めており、組込み制御システムとネットワーク技術の連携による大規模分散組込み制御システムが実現されつつある。このような状況の中、2008年米国では、サイバーフィジカルシステムと呼ばれるポスト組込み制御システム技術の開発プロジェクトが始動。EUにおいても同様に産学連携の超大型プロジェクトARTEMIS(Advanced Research & Technology for Embeded Intelligence and Systems)が実施されている。組み込みシステムについてはこれまでわが国の強みの源泉といわれてきたが、今後は、このような大規模なサイバーフィジカルシステムの実現に向けたソフトウェア開発への戦略的投資が不可欠。
  • オバマ大統領は米国のイノベーション戦略の一環として、広域高速インターネットアクセス網等の活用により、テレワークを通したエネルギー消費の減少をはじめ、オンライン遠隔教育、リモート医学モニタリング等を実現し、次世代のイノベーターを育てることを提案しているほか、医療ミスの削減やヘルスケアの質の向上、コストの削減を実現するヘルスITを主張。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 社会システム全体の効率化を実現するための戦略的なソリューション指向研究開発
  • 大規模なサイバーフィジカルシステムへの新たな価値創造を実現するための研究開発
  • 物理学と情報学を統一する新たなサイバー物理システムのための科学技術
  • 交通システム、エネルギーシステム、医療システム等の社会活動の基盤となる社会システムの付加価値を高める研究開発
  • 生物医学の多様な情報を扱うメタインフォマティクス
  • 地球規模の環境情報実時間でトラッキングするシステム
  • 気候変動が地域に及ぼす影響を予測するために必要なモデルの開発に関する研究

(2)低炭素社会の実現に資する革新的技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • コンピュータその他のネットワーク構成機器の増大や、処理能力の向上、ネットワークトラフィックの増加等が消費電力の増大を招いており、環境やエネルギー資源に配慮した社会基盤の構築が不可欠
  • スピントロニクスやクラウドコンピューティング等の革新的技術を高度化し、環境負荷の少ないシステムを構築していくことが不可欠

《5年後のわが国の展望等》

  • 経済活動を促進する情報科学技術の高度化やユビキタス環境の拡大等に伴い、エネルギー消費が飛躍的に増大。未来のエネルギー状況を勘案し、省エネルギーが研究開発の最優先課題となる。

《国際動向》

  • 情報関連システムの消費電力低減や情報科学技術を活用した環境問題への対応が積極的に進められており、特に、半導体の低消費電力化に関する研究開発が加速。我が国はデバイス回路について国際的に見ても最高水準にありアーキテクチャ研究も盛んであるが、デバイス、ソフトウェア、アーキテクチャを横断するような研究開発力に乏しく、各技術を統合し現実の環境に応じてシステムを最適化する技術の開発が不可欠。
  • 一方、データセンターの低消費電力化も進んでおり、米国企業がシステム全体の消費電力を分析し、モデル提案を実施している。わが国においても、データセンター、スーパーコンピュータ等では省電力研究で優れたものも存在するが、今後の取り組み促進が必要。
  • 米国においても地球環境保護と温暖化対策に向け、ITとエレクトロニクスの導入による電力の効率的利用を図る「スマート・グリッド」構想(smart grid)の導入の加速的推進を重要な政策課題に挙げている。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 革新的技術であるスピントロニクスを基盤として、高機能・低消費電力な情報処理を実現させる研究開発等を技術要素としたデバイス技術
  • クラウドコンピューティング等の高度利活用による情報処理の効率化や最適化の実現
  • 情報通信技術を活用した環境負荷の少ないシステムの構築
  • Sustainabilityに貢献する情報通信/デバイス技術
  • 持続可能な地球環境に貢献するモニタリングやシミュレーション技術
  • 生体原理に基づく人間と環境に調和する省エネ情報システム
  • 論理回路とメモリーの密結合や、それに基づく革新的機能再構成チップ、量子コンピュータなど、ノイマン型コンピュータとは異なる新しい情報処理原理を実現するハード・ソフト技術
  • 超低消費電力ハイパフォーマンス・メニーコアプロセッサシステム技術

(3)人間と調和し、文化などの発展・継承に資する情報科学技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 現在のユビキタス環境が、人間にとって真に快適で恩恵を被るものになるようにするため、情報科学技術が生活空間に溶け込むことで環境と人間が調和するようなアンビエント環境を創出し、生活の質を向上させていくことが必要
  • モバイル・ユビキタス環境のグローバル展開による国際競争力強化が必要
  • 未来へつながる価値観の創出や心豊かな社会の実現に向け、文化に貢献する観点からの情報科学技術の振興が必要
  • 言語、スキル、ハンディキャップ等に関わらず、誰もが同じように働くことができるよう情報科学技術のユニバーサル性を深化させていくことが必要

《5年後のわが国の展望等》

  • 我々の身の回りには多種多様なセンサがネットワーク化された形で配備され、状況に応じて個人に必要な情報サービスが提供されるような環境が実現。また個人をセンサネットワークを介して見守る事で、特に社会的弱者に対する安全安心な環境の提供が実現。
  • VR やAR(※1)により、あたかもその場にいる高臨場感コミュニケーションの実現、さらには人間が入り込めない空間に入れたり、より感動的にコミュニケーションができる超臨場感コミュニケーションが実現。
  • これらの技術の導入により、より高度な遠隔会議、遠隔医療、遠隔教育などが実現され、環境問題、地域格差、高齢化など様々な社会的課題が解消。
  • 情報科学技術を用いた新たなメディア芸術や伝統文化の継承が加速化し、これらを駆使するクリエータの育成、ビジネス創出に向けた課題が顕在化

※1 AR(Augmented Reality=拡張現実感)とは、現実世界と仮想世界をリアルタイムで継ぎ目なく融合し、仮想現実と実世界を一体化する空間を作り出す映像技術。従来のVR(Virtual Reality=仮想現実感)はコンピュータによって仮想的な世界を作りだすものであるのに対し、ARはこれに現実の世界を取り込んでリアルタイムに融合するもの。

《国際動向》

  • コンピュータシステムやネットワークシステムとのヒューマンインタラクション向上のための取組みについては米国が圧倒的な強さを持つ一方、わが国はヒューマンインタフェースのハードウェア開発やコミュニケーションロボット分野が強み。今後、コミュニケーションの基礎研究としての人間理解(意図や感情推定など)や、多言語・マルチモーダルコミュニケーション、ユニバーサルデザイン等への研究の期待が増大。
  • 我が国のソフトパワーは海外で高く評価されているものの、産業の発展には十分にいかされていない点もあり、我が国ソフトパワー産業の海外展開の促進が必要。
  • 米国では、生活の質の向上や未来の産業基盤構築の実現に向け、家庭教師の導入と同等程度有効な教育用ソフトの導入や、より多くの学生が使用過程において改良を図ることのできるオンラインコース、すべての子供が簡単に使用できる対話的デジタル図書館の実現を提案。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • コンテンツやインターフェイスの個人化技術をはじめとした、環境に調和して自然に情報を提示するインターフェイス技術
  • 今後の発展が期待されるモバイル・ユビキタス環境に関し、グローバル展開を視野に入れた研究開発に対する重点化
  • 同一の情報環境、同一の情報メディアをそのまま言語、スキルやハンディキャップなどに依らず、誰もが同じように使うことができるユニバーサル情報科学技術
  • 極めて高い水準の感性情報の取得・提示を可能とする多感覚・知覚情報のセンシング技術等
  • 言語の壁を越える情報・知のグローバルプラットフォーム
  • ヒューマン・マシン・インタフェース等の人間の心理・行動を理解する技術
  • 自動翻訳技術
  • 人間と共生する人間型知能ロボットの研究開発
  • 最先端の学習情報基盤支援システムの構築
  • 長い伝統を持ち極めて高い水準にある日本文化のアーカイブ化や情報発信・創出、教育などへの情報科学技術の活用
  • アニメ・ゲームなどコンテンツ制作分野における我が国の優位性の確保・持続
  • ウェブ情報、学術情報、文化的資産等のコンテンツのアーカイビング、公開の推進に必要な技術開発等

(4)情報通信システムの高信頼化や情報セキュリティ技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 近年の情報通信システムの大規模化、複雑化に伴い、システムを構成するソフトウェアの不具合等が多大な社会的混乱を引き起こす可能性が顕在化
  • 大規模、複雑化したシステムを高信頼かつ効率的に構築する手法や信頼性に関する評価指標等の確立が不可欠

《5年後のわが国の展望等》

  • 超大規模ソフトウェアでは提供機能数も膨大になり、多くのユーザやステークホルダが関与するようになるため、システム障害の影響が極めて広範囲に及ぶようになる。障害の発生や影響拡大を未然に防ぐためのセキュリティ面への配慮や、システムディペンダビリティの実現などが社会的課題となる。
  • 性能や電力に関しては万人が納得できる社会共有単位が存在する一方、信頼性に関してはいまだわかりやすい指標は確立されておらず、信頼性に関する評価指標等の確立に向けた動きが顕在化。

《国際動向》

  • 社会活動の根幹を支える重要インフラの防衛・保全の見地から、現在最も活発に研究が進められている悪意及び人為的フォールトに対処する技術については、米国の研究水準が高い。ディペンダビリティのモデリング、計測、ベンチマーキングを含む評価技術の分野では欧州がリード。ディペンダビリティの評価指標の確立や、ベンチマーキングのためのテストベットとデータセットの構築が今後の国際的課題。わが国では伝統的にハードウェア・アーキテクチャの研究者が多く、ソフトウェア分野が少ないことから、本分野の価値向上と人材育成が必要。
  • 情報システムのディペンダビリティやセキュリティに関する重要研究領域の投資に関し、EU及び米国の連携が開始。
  • 米国では近年、政府や一般市民を含めた幅広い層においてITインフラをデータ管理や金融サービスに利用することが浸透しており、安全性や信頼性が重要な課題となりつつあることから、サイバーセキュリティ分野における政府予算の重点化が加速。
  • マルチメディア化に対応したプライバシーに対する保護技術やサイバー攻撃に対応するインターネットセキュリティ等の研究開発が世界的に進展。わが国では国家レベルで情報の質に関するプロジェクトが立ち上がったものの、信頼性やプライバシーを保護したデータベース利用技術についてはまだ弱く、Webシステムにおけるプライバシー問題等に関する検討が必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 高信頼化・生産性向上に向けたソフトウェア開発の形式手法の確立をはじめとするディペンダブルな社会情報基盤構築のための技術体系の確立
  • ディペンダブルな社会情報基盤の実現に向けた統合アーキテクチャの開発
  • 量子コンピュータなどの新しい計算科学理論に基づく情報の秘匿性向上技術
  • プライバシー技術や情報セキュリティ技術等への研究
  • センサ情報を含む低速・多数なローエンドユーザから高速・少数のハイエンドユーザまで、多様な利用者を許容する高信頼システムの構築
  • 上流工程に適用する形式手法的な技法やモデル指向などのディペンダブルソフトウェア開発技術
  • 変化に適応するシステム
  • 個人情報保護技術や情報セキュリティ技術

2.多様な分野の学術研究や産業競争力の基盤となる情報科学技術の研究開発の促進

(1)e‐サイエンスを支える最先端の研究情報基盤の構築技術、基盤の整備

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 21世紀の科学技術イノベーションを起こす上で、分野横断的視点での展開を戦略的に図っていくことが重要であり、多様な研究分野にとっての「礎の学」としての観点から、高度で先進的な情報基盤を構築し、e‐サイエンスを通じた最先端科学と情報技術の融合をさらに発展させていくことが必要
  • 我が国の研究開発を一層活発なものとするとともに、国際的にもより開かれたものとする観点から、人類にとっての共通の知的財産である学術研究成果の内容を、必要とする全ての人がアクセスできるようなオープン・アクセスを一層推進させることが必要。
  • 21世紀においては、天然資源に代わり知識そのものが資源となり、知的資源の創生と発掘・活用を促すための情報科学技術の推進が必要
  • 計算科学またはデータセントリックサイエンスを推進する過程で、科学者等が互いに連携することにより大量のサイエンスデータを扱うための新手法や新機能の開発等が不可欠

《5年後のわが国の展望等》

  • 多数のコンピュータやそれを支えるデータベース、アプリケーションの連携により、人々の社会生活を豊かにする新たな付加価値をもったサービスが次々と創出
  • 計算科学またはデータセントリックサイエンスを推進する過程で、科学者等が互いに連携することにより大量のサイエンスデータを扱うための新手法や新機能の開発等が促進

《国際動向》

  • 欧米においては、E‐サイエンスが研究開発方法論の大変革をもたらすものとして重要視され、2005年以降、国家レベルの最先端のCSI(Cyber Science Infrastructure)構築の計画が開始。欧州ではEUがリーダーシップを発揮し、E‐サイエンス向けのグリッド基盤を構築。米国では、米国科学財団(NSF)が中心となってTeraGrid プロジェクトを推進。わが国においては、国立情報学研究所(NII)を中心としたCSI構想が推進されており、NAREGI等の実運用に基づく研究グリッドなどが推進されており、今後さらなる応用研究が必要。
  • また米国NSFでは、「サイバー活用の発見・イノベーション(Cyber‐enabled Discovery and Innovation‐ CDI)」として、コンピューターの概念、手法、モデル、アルゴリズム、ツールなどに関するトランスフォーマティブな複数分野における科学工学研究への支援に予算を重点配分。
  • 学術論文のオープン・アクセス運動については、欧米では政府、研究助成機関等が直接的に学術情報流通に関与をはじめたことを契機に関心が集まりつつある。国内では、欧米の学術出版社からライセンスを受けた電子ジャーナルの価格高騰問題が顕在化しており、欧米の学術情報の確保という観点からも、解決に向けた早急な検討が必要。さらに、文献情報のオープン・アクセス化という国際的潮流を踏まえた対応も喫緊の課題。
  • 米国グーグルが全米等の大学図書館の所蔵図書を電子化し、米国内での商用活用に向けた検討を開始。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • コミュニティの形成や実験プロセスの支援など、より広い範囲でサイエンスのアクティビティを支援するグリッド関連技術をはじめ、クラウドのようなシステムに対応する仮想化、分散化などのアーキテクチャ検討
  • e‐サイエンスや最先端学術研究を支える学術情報ネットワークなどの情報通信基盤の整備・充実や、それらを維持する体制の強化
  • 研究に不可欠なサイエンスデータベースや学術コンテンツ等の整備や電子化、オープン・アクセスの推進及びそのための国レベルの総合的な体制作り
  • 機関リポジトリの充実を通じた学術情報の速報的な発信力の強化
  • 計算科学とデータ中心科学の統合・発展
  • SINETのようなネットワーク、スーパーコンピュータ、クラウド、e‐science基盤等のインフラ整備、維持
  • 膨大な情報を一元的に利活用できるデータベースの整備・運用
  • データセントリック処理向けの総合的グリッドシステムの構築
  • 計算科学とデータ中心科学の統合、モデリングの強化
  • クラウドのようなシステムに対応する仮想化、分散化、スケーラビリティ等のアーキテクチャ
  • サイエンスデータベース、学術コンテンツなどのデータ共用を実現するためのオープン・アクセス化
  • サイエンスのオートメーションに資するエージェント技術や各種の自動設計技術等
  • 社会生活の基盤として利用できる次世代ネットワークの構想と技術開発
  • 研究に不可欠なデータベース等の整備や全研究者への公開

(2)巨大集積情報の利活用

《社会的背景、解決すべき課題》

  • ウェブからセンサ情報へのシフトの過程において情報爆発が加速化しつつあり、データセントリックな価値創造を推進し、社会全体の生産性向上等に繋げていくことが必要
  • 様々なメディア情報が容易に取得できる環境が整備されるなかで、社会情報基盤としての情報技術・情報処理技術を発展、普及させていくことが必要
  • 大規模・大量のデータを蓄積・利用し、知識資源を創出するなど、情報科学技術を活用した新しい研究方法を確立し、社会の様々な複雑で困難な現実問題への応用を目指した研究を推進することが必要

 《5年後のわが国の展望等》

  • 多数のコンピュータやそれを支えるデータベース、アプリケーションの連携により、人々の社会生活を豊かにする新たな付加価値をもったサービスが次々と創出
  • より高度な知的領域における情報科学技術の新たな利用が進展。さまざまな情報を総合して意思決定をサポートするシミュレーション技術や多数の人間の知を集約して予測や意思決定を行う予測市場等のように、これまで人間の介入が不可欠とされていた領域においても、新たな情報科学技術の導入が展開

《国際動向》

  • 巨大なデータを自由に操作可能なデータ管理・処理基盤の構築やWeb情報システムについては米国企業の取組みが進んでいる。我が国においてはWeb上のあらゆる情報を対象としたデータベースシステム技術やデータマイニング技術等については先端的であるが、収集したデータベースの公開・再利用促進のための信頼性やプライバシーを保護したデータベース利用技術で米国に劣る。超大規模データ領域に対しての研究は大学等では容易ではなくメガ企業に閉じた形で進展しており、国が先導して新しい研究形態を工夫する必要がある。
  • 自然言語処理については、意味を取り扱うセマンティックコンピューティングへの志向が高まりつつある。研究グループの質量ともに世界最高水準であるが、多言語処理では後れをとっており、また長期にわたる研究開発目標が希薄である。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 大規模かつ大量の情報に対する高度・高速処理のための計算科学やデータ中心科学の発展を推進し、学術・技術・社会といった多領域における異種データを解析、有効利用していく環境の構築
  • セマンティクスに踏み込んだデータの処理アルゴリズム
  • 観測された様々なメディア情報から意味のある情報を抽出する技術、特にパターン認識技術
  • 高度(高速)並行処理ソフトウェア技術
  • 超大規模情報処理システム設計・運用論
  • 情報分析技術と高度分析を可能とする超高性能データベース
  • 超大容量データ管理・解析システム
  • 超高信頼ソフトウエアシステム構築論
  • 次世代超多センサ情報融合システム
  • 融合領域の様々な対象を的確にモデル化する理論・技術
  • 異種情報の統合、普遍的知識と個別的情報の統合技術
  • ICT(モデリング、無自覚的センシングを含む)を活用した人間行動・応答・満足度の把握法の研究
  • 集積化技術 ・多様なセンサ情報の融合とその利活用技術

(3)最先端科学に不可欠なハイパフォーマンス・コンピューティング技術

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • スーパーコンピュータに代表される高性能計算技術は、科学技術のあらゆる分野において新たな発見や真理の探究を効率的に実現するために重要な基盤的技術となりつつある。今後、研究活動や社会活動が必要とするコンピューティング処理量は飛躍的に増大することが予想されるため、スーパーコンピュータのさらなる高性能化や低消費電力化が課題
  • スーパーコンピュータ等のより効率的な活用を可能にするための利用技術の高度化のための研究開発が重要
  • 多数のコンピュータが有機的に連結した巨大システムが安定したサービスを提供できるようにするための技術やセキュリティ面に関する技術的進化が不可欠

《5年後のわが国の展望等》

  • 社会活動が必要とするコンピューティング処理量が飛躍的に増大し、ハードウェアシステムの高性能化や低消費電力化への要請が増大。スーパーコンピュータのさらなる高性能化や低消費電力化が重要な課題となる。
  • 計算機技術や情報処理技術の継続的な進化の結果、分散コンピューティング技術を応用した新しい形態の情報処理サービスが誕生し、現在の数十台から数百台といったレベルの計算機の連携ではなく、1 億台といった非常に多くのコンピュータが一体となって管理され、それらが多様なデータベースやアプリケーションにアクセスし連係動作することでサービス提供を実現する形態が常態化。

《国際動向》

  • 米国の2009年度情報通信関連予算において、ハイエンドコンピューティング分野が最も優先度の高い分野として位置付けられており、2010年までにペタスケールコンピューティングがDOE科学局及びNSFにより開発予定。エクサ、ゼッタフロップス級を目指す検討についてもDOD、DOEを中心に組織的な検討を開始。
  • トップ500スーパーコンピュータにおける国別のシェアを見ると約60%が米国内にあり、この傾向はさらに強まると予想される。わが国では、次世代スーパーコンピュータプロジェクトにより技術向上に取り組んでいるが、今後ともこれを持続させるための施策が必要であり、さらに産業技術力の観点から、欧米に比べて比較的高い開発コストやシステムコスト等の改善が必要。
  • クラウドコンピューティングが今後のコンピュータ利用の大きな潮流になると予測されており、そのプラットフォームを支配することがこれまでのOSのように覇権を握ると考えられ、米国大手IT企業を中心に開発が進められている。日本でも大きな関心が寄せられてきているが、米国の後追いを始めたという段階。
  • EUではFP7の枠組みにおいて、異なった管理ドメイン、ITプラットホーム、及び遠隔地間で、複雑なITサービスの大規模なスケール展開と管理を可能とするプロジェクトRESERVOIR (Resources and Services Virtualization without Barriers)を実施。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • エクサフロップスクラスの高性能コンピュータと高速ネットワークからなる高度で先進的な情報基盤を構築するためのハイパフォーマンス・コンピューティング技術
  • 量子コンピュータなどノイマン型コンピュータとは異なる新しい情報処理原理を実現するハードウェア技術
  • 達成すべき科学技術の目標・方向性と連結したスーパーコンピューティング技術
  • 最先端シリコン半導体や新しい原理に基づく素子の省エネルギー実用化、アルゴリズム開発
  • エクサフロップスクラスシステム等の高性能計算技術
  • サイエンスやテクノロジーの目標・方向性と連結したスーパーコンピュータの開発・整備
  • 論理回路とメモリーの密結合や、それに基づく革新的機能再構成チップ、量子コンピュータなど、ノイマン型コンピュータとは異なる新しい情報処理原理を実現するハード・ソフト技術
  • スーパーコンピュータやグリッド関連技術の開発、シミュレーション技術、並列化技術等の計算機科学関連の基盤技術開発
  • ナノ領域での光・物質融合によるデバイス技術の高度化
  • 集積化CMOS‐MEMS技術の研究開発
  • LSI開発競争力の再構築に向けた設計技術基盤の推進

3.情報科学分野を支える基礎研究の推進、人材の育成や環境の整備 

(1)基礎研究の推進

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 景気減速による民間部門の研究投資の大幅縮小という環境のなか、将来の技術立国を支える知的財産の創出のためには、基礎研究の推進・強化が不可欠
  • 予期せぬ新発見や革新的技術の創出機会が増すよう、異分野融合や異端、前衛を排除しない開放性のある研究開発を推進することが必要

《5年後のわが国の展望等》

  • 我が国景気は回復基調に向かうものの、研究開発に対する民間投資は依然厳しい状況が続くことが予想される。産業競争力の維持やさらなる拡大に向けた研究開発投資の必要性が加速。
  • 欧米では、よりデマンドプルに主眼を置いた研究開発に一層シフトしているが、国際競争で生き残り、国民生活を維持するためにも、わが国の強みを有する基礎研究力を活かし、国際社会で特色を発揮する国づくりが必要。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 革新的なコンセプトにより新たな潮流を引き起こしたり、新しい技術領域を拓くような萌芽的研究や、これまでの延長線上では解けない問題を解決していくための挑戦的研究に対する取り組み強化

(2)人材の育成

《解決すべき課題(社会的・技術的ニーズ等)》

  • 情報通信技術のグローバル化の進展に伴い国際情報化戦略が重要になりつつあり、国際レベルで活躍できる研究者・技術者の育成など高度な情報通信分野の人材、e‐サイエンスを推進する人材の育成が急務

《5年後のわが国の展望等》

  • 国際的な頭脳獲得競争の激化による人材の流動性が高まるなか、我が国が研究者にとって国際的に魅力ある国となることが求められる。国際研究・人材ネットワークの確固たる一角を占め、多様な人材を輩出する国への変貌が期待される。
  • アジア諸国は博士課程を中心に大学院生の拡充を図っており、少子高齢化が進むなか、我が国の将来を支える人材を育成するうえで、大学院の質の向上を確保しつつ、国際的に遜色ない水準を目指すことが不可欠。
  • 技術変革の加速化とともに、国際標準化の重要性が一層高まり、国際標準化に貢献できる人材の育成が急務となる。

《重点的に推進すべき研究領域・課題等》

  • 国際標準機関等の国際レベルで活躍できる研究者や標準化人材の育成・確保に向けた取り組み強化
  • 産学官連携による高度な情報通信分野の育成や、e‐サイエンスを推進するため「対象となる学問分野」と「情報通信分野」の両方について深い知見を有する人材の育成の強化
  • 情報科学技術分野が「礎の学」であることを学生に対してきちんと伝達、理解させることができ、学生がこの分野に期待を持てるような教育の実現
  • 研究成果の実用化にあたって国際標準化は不可欠であり、研究から規格化作業、その支援作業を一元的に担当する機関の設置が必要
  • 若手の優秀層を海外の先進研究拠点に派遣して国際的にもまれること、国際的なネットワークを形成することが重要
  • 融合領域の発展に向け、IT分野の専門家が融合領域に進出するだけでなく、他分野の専門家に高度IT技術を効率よく教育することも重要。そのためには、大学の全学教育(教養課程教育)、中高における情報教育を充実させることが必須であるほか、最先端IT分野の教育をコンパクトにまとめつつも、質を落とさないようなマイナー・コースの提供も大学の課題
  • 大規模データを活用した研究を推進できるT型人材、モデラー、研究コーディネータの育成
  • 国際的レベルでの競争を展開し、国内だけのガラパゴス的研究とならないためにも、国際レベルで業績が認められ世界的に通じる人材をプロジェクトのトップに起用すべき。
  • 情報技術分野は一般にはわかりにくく、身近にありながらブラックボックス化しているため、技術ポテンシャルの維持や一般のリテラシー向上のためにも、科学技術広報活動にはもっと力を入れるべき。
  • 予算規模にもよるが、例え少し分野が異なったとしても国際的な業績のある国内海外の研究者を評価ボードに招くべき。

以上

お問合せ先

研究振興局情報課

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