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研究活動の不正行為に関する特別委員会(第7回) 議事要旨

1.日時

平成18年8月8日(火曜日)15時30分~17時45分

2.場所

三菱ビル964、965会議室

3.出席者

委員

石井主査、中西主査代理、磯貝委員、金澤委員、坂内委員、末松委員、寺西委員、村井委員

文部科学省

小田科学技術・学術政策局長、吉川科学技術・学術総括官、戸渡政策課長、江企画官

4.議事要旨

(1)研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書(案)について

 事務局から資料3~6について説明があり、意見交換が行われた。(○:委員、△:事務局)

○ 資料6の2ページ、3ページの「(経費支援申請)」や「(経費支援者への報告)」の括弧はあまり意味がないのではないか。前の文章を説明したわけでもないので、この項目が不要ならば消した方が良いし、必要ならば、括弧は取った方が良いと思う。

△ 2ページで言えば、研究の立案・計画・実施・成果の取りまとめという括弧を除いたものが原則であるが、競争的資金によって支援されている研究のサイクルには、括弧の中のものも入ってくるのではないかということである。

○ 括弧を取って「立案」、「計画」、「実施」、「成果の取りまとめ」及び、場合によっては「経費支援申請」、「経費支援者への報告」というように、「場合によっては」を加える文章とする。9ページの2の1の対象とする不正行為のただし書きの「根拠が示されて故意によるものではないと明らかにされたもの」という文章は、ややこしい感じがするので、「故意によるものでないと根拠をもって明らかにされたものは」と言う方が良いのではないか。

○ 同じことを考えていたが、もう少し言うと、「故意によるものではないことが」の方が分かりやすいと思う。

○ 10ページの(2)の改ざんであるが、「データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものにしたり、それを記録すること、又はそのような真正でない」云々と書いてあるが、文章がよく分からない。「それを記録すること」というのは、改ざんに当たるのであろうが、必要か。

○ 記録するということに、どこまで重点が置かれるか。逆に言うと、捏造について記録という表現がなくて、改ざんの方にだけあるということがアンバランスではないかなとは思うが、今、電子的な形で実験のデータや何かが記録され、それをどこか認証する機関というのか、それを業とするものがあって、そこに一度送ると認証して、そこでもう改ざんできないようにして、それを記録しておくところがあると聞いたが、そうだとすると、「記録」というのも、その関係で、表現が適切かどうか分からないが、必要ではないかということである。

△ (1)の捏造で、「作成したものを記録したり報告または論文等に利用したり」とあるので、そういうことと並びで記録となっている。

○ 2行目に「記録したり」と書いてあるので、それに(2)のほうを合わせたと思うが、「記録・登録」としてはどうか。ただ、「登録」の方は、「記録・登録」と両方並べるのも1つの方法かと思うがどうか。

○ そうすると、「捏造」の方にも「登録」が入る。アメリカの特許は先願主義ではなく、先発明主義であるが、先発明主義の時は、実験室ではデータの余白がないように、だれかがサインしなければならない。電子媒体もそういうニーズが非常に多くあるだろうが、日本では今のところは、我々研究者があまり聞いたことがないほどポピュラーではなく、特許関係でやっているかどうかは知らない。

○ 実験データ等は、一々書き写すのは大変だし、逆に過ちも起きやすいので、機器等から直接コンピュータに入って、そこへ蓄積されて、それをそのまま登録して認証できれば、ニーズが増えていくと思う。

○ だから、日本でも、そういうことを想定して文言を入れておくことは良いと思う。「登録」というと少し狭くなるが、一般的な「記録」という用語でも良いのか。

○ だから、記録を残して「記録・登録」としては、いかがか。

○ これは確かに難しい。記録すること自体は捏造にならないのではないか。むしろ、それを真正のデータとして使おうとする意図に基づいての行動が問題なので、それをどのようにしたら良いのか、よく分からない。記録することまでは、捏造とは言えないのではないのか。勝手な行為であるから、これを正確に言おうとすると、大変難しい。

○ 研究結果等を作成することは不正行為になるか。捏造の文章の「存在しないデータ、研究結果を作成すること」はまだ不正行為にならない。

○ 不正行為ではないが、捏造である。

○ 「不正行為」は、捏造、改ざん、盗用となっている。故意によるものではないだけに、これは違う。

○ 捏造であると言うと、不正行為なのか。

○ 捏造、改ざん及び盗用によって研究成果と称して発表するとそうなる。確かにそこをきちんと整理しなくてはいけない。捏造、改ざん、盗用については、発表とか利用したという文言を削り、その前の9ページで、「捏造、改ざん、盗用の手段を用いて報告または論文等を作成すること」とする方が良いかもしれない。それで、(1)、(2)、(3)のほうは、単純に捏造、改ざん、盗用という言葉の定義だけを記すということにして、先ほどの記録のところ、記録の後に登録をつけ加えてはどうか。

○ 先ほどの改ざんのところで、「それを記録すること」という言葉の「それを」という言葉が、文章の流れで読んでいくと、「得られた結果等を」と読めてしまわないこともない。「真正でないものにして、それを」という意味だろうが、文章のつながりでいくと、単純に「結果等を記録する」としてはどうか。

○ 言葉の問題で、盗用のところでデータを入れたのは非常に良いと思うが、「他の研究者のアイディア、研究過程、データ、研究結果、論文又は用語」とある中で、「研究過程」だけ少し曖昧に思う。言葉の問題であるが、「手法」など、何か良い言葉はないか。

○ 研究過程というのが研究結果と並んであったので目立たなかったが、間にデータという非常に明確な言葉が入ったので、過程という方が逆にぼんやりしていたものが鮮明なって浮かび上がった。「研究過程」と入れる必要があるかどうかということになるが、いかがか。

○ これは方法論のことを言っているのか。

○ 方法であると思う。方法論と言うと、別なものになってしまい、研究方法と言うと、範囲が広過ぎて困る。

○ 日本学術会議でも、これは定義していない。データと研究結果というのも、どう区別したら良いか分からないところもあり、少し考えなければいけない。

○ 研究過程ではなく、分析・解析方法ではどうか。理科系の先生方、分析と解析は区別するか。社会科学者は解析という言葉はめったに使わないが、差し支えないと思う。また、「研究結果」を使うのが一番多いが、如何か。

○ 広くしておいた方が良いので、「研究結果」で良いと思う。

○ 「捏造、改ざん、盗用」の盗用に関しては、最後の用いるところまでが文章に入っている。盗用というところに「研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること」と、用いるところまで書いてある。これは、「もしくは」というのは、研究者の了解がなくても、適切に表示すれば使えるという意味で良いか。

○ 盗用ではないので良いと思う。本人の了解があれば、「適切な表示なく」とも、例えば、隣の机の人の実験の結果を、見せられて、「それじゃ、これ使って良い?」と聞いて、「うん。いいよ」と言われて適切な表示がなく使うケースは良いのか悪いのか。

○ (1)、(2)、(3)の定義だけを後ろに書いて、その前の対象とする不正行為、9ページのところに、そういうものを公に使うことを不正行為の対象とする、そういうまとめ方にすると、それは研究の報告、論文作成、発表というのは、前のほうに行くことになる。だから、そこは論文になったものだけではなくて、普通の研究の報告や学会等の発表も全部入る。本人の了解があれば使えることについて、そこだけ確認しておきたい。

○ 仮に当該研究者の了解があったとしたら、それをきちんと表示をして謝辞を書くのがマナーだと思う。ただ、それを書かなかったから不正行為と言えるかどうかというところが非常に難しい。一応、了解があれば許されるというか、罰するというところまではいかないということで、並べておく。「捏造」、「改ざん」は、その物自体をつくり出すこと、ないし、変造することで、「盗用」というのは、既にあるものを使うわけであるから、もうそこで利用するという概念が、その中に入ってしまうので、「捏造」、「改ざん」とは表現がどうしても違わざるを得ない。ただ、「盗用」は、その手段を用いて研究発表するということであるから、そのように整理したい。

○ 12ページに新しく加わった8に、「告発・相談を受けた機関が内容を確認・精査し」とあるが、これは後にある研究機関が行う内容に対応する言葉が入ってきているのか。調査機関や研究機関が行う項目が、後に告発を受けた場合の作業として書かれてあるが、これに対応する言葉は従来は考えてなく、それはここだけ入れれば、この問題は片づくのか、後の方も直さなくても良いのか。

△ 8の最初の3行の表現は、その上の7の相談のところの表現がかなり引用されている。だから、考え方としては、7の相談と8の確認・精査というのは、やり方が同じであると考えている。

○ 調査まではいかないということで良いか。

△ 調査までいかなくて、その前の段階で、「やはりこれはまずいのではないか」ということが、ある程度分かるところまでやるということである。

○ 13ページの5で、研究機関は、新たに「悪意に基づく」という言葉が入って明確になったが、その言葉が入ると、その後ろの「単に」という言葉はどういう意味になるのか。前は「単に」という言葉で、そのことを説明していたのだと思うが、こういう語句を入れると、この「単に」という言葉が要らないのか、何を意味するのかというのが、よく分からない。

○ あっても邪魔にならない程度に思っていたが、どうか。

○ この「単に」という言葉を除いてしまうと、非常に読みにくい文章になる。

○ 6にも「単に」が入っているが、口癖みたいなものだろう。

△ 12ページの8の4行目に「被告発者の所属する機関でないとき」とあるが、例えば、マスコミはどうかとか、これを受けて大学がガイドラインを作った場合に、文部科学省のテリトリーにない機関は、どういうふうに捉えれば良いか。この委員会の範疇でないかもしれないが、少し気になった。

○ この告発・相談を受けた機関というのは、当然、研究機関だという想定だと思う。新聞社等の場合だと、いくらガイドラインを作っても、らちが明かないということになるかもしれない。また、意見募集でいただいた意見を読んで気になったのは、予備調査と本調査の関係というのは、予備調査をしっかりやれば、本調査はほとんど形式的なものになってしまうのか、その逆はどうなのか。どの程度、予備調査をやれば良いのかというのはなかなか難しいし、一般のご意見の中には、むしろ予備調査をしっかり行い、本調査を第二審のようなものにして、「予備」と「本」という関係よりも、むしろきちんとしたものを最初に持ってきて、それをきちんと確認するような二重構造にしたほうが良いのではないかという意見もあったが、そこまで普通の研究機関でやれるのか、そもそも予備調査というものをどういうふうに位置付けるかというのが、ここでの非常に大きな論点と感じたが、いかがか。最近の実際にあった例では、予備調査というのを、報告書案に書いてあるようなものとして行った方が多いと思っていたが、いかがか。

○ そのとおりで、最近の例では、予備調査は非常に短期で、本調査に入るかどうかの決断だけが行われた。

○ それで特に問題がないとすれば、これで良いか。

○ 特に問題はないと思う。いろいろな告発の仕方があるので、予備的にこれは受けて、本格的にやらなければいけないかどうかを、「予備的」に見ることで、問題はないと思う。実際にそういうことを行った方であれば、これは予備的であることは分かると思う。簡単に済ませれば良いという場合もあるし、もう少し見てからの方が良いというものもあるし、いろいろある。予備的なものがなくて、最初から全部本調査をしなければいけないということの方が、むしろ問題だと思う。

○ この件に関しては、原案どおりとして、次に、この再実験等の機会を保障するという15ページの下の方の「再実験に長い時間を要する場合もあるのではないか」、「莫大な金をどうするのか」という指摘もあったが、チャンスはきちんと保障するということだと思うが、いかがか。「再実験に要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)」と書いてあるが、経費も保障して良いか。それから、つけ加わったところとして、17ページの一番下の「なお、認定の際は、被告発者の研究体制、データチェックのなされ方など様々な点から故意性を判断することが重要である」という文章は、これで十分意を尽くしていて、問題がないと判断して良いか。

○ 内容は問題ないと思うが、文章上、その前文の「証拠の証明力は」以下が、少しがたがたしているので、「なお」が気になる。むしろ、「判断にゆだねられるが」、その後はアンダーラインのところ、「認定の際は」云々が「故意性を判断することが重要である」とした上で、なお「被告発者の自認を」何とかということを付け加えてはどうか。

○ 「証拠の証拠力は、調査委員会の判断に委ねられるが、その認定に際しては、被告発者の研究体制、データチェックのなされ方等様々な点から故意性を判断することが重要である」、そして「なお」と、そして「自認を唯一の証拠として」というふうにするということか。

○ その方が日本語として良いのではないか。

○ その方が素直である。後からつけ加えたのを、後ろに付けただけなので、うまく本文の中に組み込んだ方が良いかもしれない。次に、「5 告発者及び被告発者に対する措置」において、コレスポンディング・オーサー等の表現はいかがか。

○ 23ページの3の2で、不正行為に関与したと認定されないが、不正行為があったと認定された研究に係る論文等の主たる著者は、いわば一蓮托生である。この文章で気になることは、筆頭著者やコレスポンディング・オーサーが責任をとるというのは良いと思うが、論文作成の中心になっていない人というケースが結構ある。しかし、責任はとらなければならないという範疇に入れるべきだと思う。この文章では、そこは漏れてないと思う。

○ 「論文作成の中心となった」という表現が、コレスポンディング・オーサーに常に妥当するかということか。

○ 特に「作成」という言葉である。大変忙しい教授で、論文の作成にはタッチしていないが、論文には必ず名前が入ってアスタリスクが付くということはある。だから、この文章でいくと、「僕は作成していないのだ」と言って逃げられる可能性はあるが、「など作成の中心となった」と言うと、他人がやったのだと、かえって逃げ道を用意したような形になってしまう。

○ コレスポンディング・オーサーというのが、一義的ならば、これは括弧の中から出してしまえば良いのではないか。

○ 前のこの委員会でこの部分は随分議論して、結局、分野によって論文の書き方がいろいろあるので、こういう表現にしておこうという話で、原案はこうなったと思うが、それを明確にするように言われて、筆頭著者とコレスポンディング・オーサーに説明をつけたので、かえって限定的になってしまったということである。「筆頭著者もしくはコレスポンディング・オーサーなど」で切ってしまった場合、「など」とは何だと質問されることになる。

○ 「筆頭著者など論文作成の中心となった者及びコレスポンディング・オーサー」としては、コレスポンディング・オーサーは論文作成の中心になっていることが一般的であるから、出してしまってもいけない。

○ 前に、この委員会で、コレスポンディング・オーサーというのは、やはりそれなりの責任を持った人がやっていると発言したが、逆の見方もあって、コレスポンディング・オーサーというのは、要するに、雑誌との代理通信人であるという考え方の人もいる。だから、例えば、指導教授がラスト・オーサーに入っていて、トップ・オーサーに若い人がいて、セカンド・オーサーがコレスポンディング・オーサーというのは、数多く例があると思う。それから、ラスト・オーサーが指導教授でもあり、イコール、コレスポンディング・オーサーという例も数多くあるから、コレスポンディング・オーサーというのは、やはり重たいものだという、何となくの認識はあると思う。ところが一方で、コレスポンディング・オーサーというのは、見た目でちゃんと論文の作成に関与しているが、単なる通信人であると考えている人も、少なからずいると思う。だから、結局はシロだった人はシロで、クロだった人はクロと認定するというふうになっていないとおかしいのではないかという議論も、蒸し返すわけではないが、あると思う。要するに、コレスポンディング・オーサーだといっても、その人がクロだと認定されないのであれば、その人を罰するべきではないというのが考え方としてある可能性があるし、外国の研究者であれば、恐らくそういうふうにシロはシロ、クロはクロと認定され、クロと認定された人だけが罰せられて、シロと認定された人は罰せられないと思う。

○ そういう考え方は確かに分かる。それに加えて、チームリーダーが該当する。その研究を許可し、推進してきた人は、やはりアウトで、罰せられるべきだと思う。

○ それはコレスポンディング・オーサーとは必ずしも一致しないので、プロジェクトリーダーという書き方にして、「著者として加わった者」という書き方にせざるを得ないと思う。

○ だから、実質、著者に入っている場合も、アウトだと思う。プロジェクトリーダーだったら、実質ではないか。そうではなく、その研究室で単に主宰しているというだけで入る人が多い。その人はアウトで、それに歯どめをかけなければ、そのチームは良くならないと思う。

○ 筆頭著者というのは、大抵は不正行為に関与していると思っていたが、そうとは限らないこともある。直接の不正行為を行った人を表現する言葉は何かないか。

○ 「または」や、「もしくは」で繋いでいけば良いのではないか。それは判断の余地を残して、調査委員会が判断すれば良いのではないか。かなり関与していれば、それは責任があることになる。

○ コレスポンディング・オーサーは入れておくとして、もう一つの、チームリーダーはどうか。

○ 研究グループの責任者であるが、チームリーダーと言うと難しく、責任者、主任研究者という表現をしている。

○ 教授、助教授という肩書を並べ出すと切りがないし、プロジェクトリーダーでもないと思う。何と言ったら良いか。

○ 「研究グループの責任者」が良いと思う。その表現は、教授も助教授も含むことができる。「研究グループの主宰者」になると、助教授が外れることがある。

○ 教授が一番上にいて、実際には采配を振るっているのは助教授の場合、例えば、教授が非常に優れた人で数多くの研究のプロジェクトがあり、その中の1つないしは2つは助教授が実際には采配を振るっている場合、主宰者ではないが、その責任者である。しかし、何を基準に、それをクロと言ったら良いのか分からない。「不正行為に関与したとは認定されていないが、不正行為があった論文の、その論文等の主たる著者」というのが、この本文なのである。それの例示を括弧の中で並べているが、そもそも本文の部分が、これで必要にして十分な表現になっているかどうかが1つ問題になると思う。

○ その「主たる著者」というのは全部含んでいると思う。ただ、明確にしようということで、この筆頭著者、コレスポンディング・オーサーは良いと思う。

○ 筆頭著者、コレスポンディング・オーサー、それに研究グループの責任者をつけ加え、「など論文作成の中心となった者」としてはどうか。

○ 「作成」の定義をどうするか。グループが大きくなってくると、論文が出たことすら知らない責任者がいる場合がある。

○ 「内容に責任を負う者」で良いか。

○ プロセスの問題ではないと思う。でき上がった内容について責任を持つべき者と言うことになると思う。

○ その場合、コレスポンディング・オーサーというのは別立てで書くのか。つまり、「公表内容に責任を持つ者」と書くと、コレスポンディング・オーサーのところに質問が来るわけである。コレスポンディング・オーサーというのは、本来そういうものであるから、国際的にそれを公表して、その内容に責任を持つ人でないと、コレスポンディング・オーサーになってはいけないので、「公表内容に責任を持つ著者」と書き変えた方が良いと思う。その論文に書いてあるすべての内容について責任を持つ者と言うと定義が曖昧になるが、実際にはコレスポンディング・オーサーだというだけで、なぜ罰せられるのかと考える外国の研究者は結構いると思う。本人が直接関与していなくても、見過ごしたことをきちんとチェックすることが本来の目的であり、公表内容に責任を持つようにすべきである。

○ 「論文等の内容に責任を持つ者」と書いておいて、例示は一切書かないという方法もある。

○ ただ、コレスポンディング・オーサーとは、そういうものだと認識しているが、世間の人に分かってもらえるかというのもある。

○ つまり、自分はその実験等に立ち会ってないし、現場にいなかったが、このグループがきちんと出してきたものだったら中身は保証できるからというので、ジャーナルに紹介したというケースを想定しているのか。

○ そうである。実際、そういうことは、例えば、自分の研究室では、自分がそれを直接見るわけであるが、グループが大きくなった時のコレスポンディング・オーサーや複数の機関で全体を取りまとめるコレスポンディング・オーサーがいる。そこで何か問題が起きたときに、どう考えるかということがあると思う。内容に全責任をとれる人が1人いないとまずいということである。

○ 本当にチェックしているかどうかは別にして、その人がコレスポンディング・オーサーとして印がついた以上は、世間に対して、その顔を使って論文を発表しているわけだから、顔を貸した人が責任を問われても仕方がないということか。

○ そうである。

○ 2の「不正行為に関与したと認定されていないものの」というのが、気になっている。それを外して考えると、1が実際に不正行為に関与した人である。しかも、これは著者の1人である。著者ではないが、関与した人が3にあり、そうすると、残るは、結局、論文作成に責任がある人である。実際に書いた、あるいは直接指導したとか、あるいは若い人がそういう不正行為をしたとすれば指導者である。論文の著者になっていようがいまいが、何らかの責任があると思うが、そこの部分を、この2で言おうとしているが、少し無理があると思う。つまり、その論文を書いた人であれば、必ずチェックしなくてはいけないところをチェックしていなかったという責任がある。それから、その人をきちんと指導できていなかったという責任と、これは別なのである。それが一緒になっていて、しかも「不正行為に関与したと認定されていないものの」というのが付いているので、非常におかしなことになっている。ここはある意味では極めて大事なところなので、2つに分けたほうが良いのではないか。あるいは、関与の仕方は委員会に任せ、委員会がきちんと判断すべきだとするかだと思う。

○ 拡大解釈の恐れがあるから削除すべきだという意見をいただいているが、これは実質的に残し、1と3を結びつけた方が良いということか。

○ 1つの提案であるが、そういう意味では、2が明らかに異質であるので、1と3を1番、2番という形で並べ直してはどうか。1と3というのは、本人や不正行為に関わったと認定された人であり、その意味において、同じである。2というのは、「不正行為に関与したと認定されていないものの」というところで2つのものが混ざっているので、そこを指導責任といった形で、同様に責任あるということを別立てに書いた方が、良いのではないか。

○ 2は、ずらずらと並んでいる著者たちの中に名前が挙がっている人と限定して良いか。

○ 内容に責任が入っているから良いと思う。

○ そうすると、実質かどうかは別にして、無責任に名前を並べた人がいけないというもので、しかし、それが全部ひっかかるわけではなく、それを調査委員会がしっかり調べた上で罰する。そういう理屈づけというか、筋立てで良いか。1はそのままで、3を新しい2、2を新しい3と整理する。「不正行為に関与したとまでは認定されないものの、著者の一人として、論文の内容について責任を負うものとして調査委員会によって認定された者」としてはどうか。ただ、そうすると、調査委員会が認定という言葉が、ここだけに出てくるという不揃いになるが如何か。

○ 調査委員会は省いても良いと思う。

△ 少し整理をして、「不正行為に関与したと認定されていないものの、著者あるいは共著者として当該論文の内容について責任を負うものとして認定された者」で良いか。

○ これを多少いじるかもしれないが、これをもとに成文化して、先生方に後でご意見をお願いする。「不正行為に関与したとまでは認定されていないものの」という方が良いかもしれない。

○ 21ページにも、それに該当する挿入文があるので、同じように直せば良いと思う。

○ コレスポンディング・オーサーというものを、いろいろ専門の方々に聞くと少しずつ違っているが、いかがか。

○ これは結果としては、研究機関に細則、運用を預け、きついところがあったり、きつくないところがあったりということはあると思う。

○ それは仕方がないと思うので、コレスポンディング・オーサーとしてアスタリスクが付いていても、この認定から外れる人があることはやむを得ないこととして、想定される。

○ 25ページに、研究費は研究機関から返すという内容が入っているが、これは研究機関と研究費を与える機関が契約する場合のことで、例えば、科研費のような場合は、これを別に読めば、本人が返すと読めるか。

△ もともと競争的資金の返還については、最終的には不正を行った研究者が責めを負うことになるが、委託研究等の場合は、そこに機関がかなり深く介在しているので、まず機関にお願いする。ただし、個人補助のようなものについては、個人が直接お払い下さいという趣旨である。

○ 例えば、科研費の間接経費というものも、本人が払うということになるか。

△ 間接経費も、その研究の推進に必要だということで交付され、研究機関において使われるので、間接経費も一緒に返していただくことを考えている。不正行為に係る(3)の1行目に、「研究費(間接経費もしくは管理費を含む)」としているので、ここで言う研究費は、全部含んでいるということである。

△ これは、実際は一部といっても、裁判所に決めてもらう以外にないような状態である。というのは、論文の話なので、一部分返せと言う場合に、その根拠がほとんどないわけである。全部返してくれというのは言いやすく、求めやすいが、そういう意味では、間接経費も含んで全額返して下さいということである。後は、裁判所でどこまで返すかを判断してもらうしかない。

○ 25ページの上から2行目、「(3)において同じ」というのは、研究費と言ったときに、ほかを含んでいるという意味か。

○ この項の(3)の部分についてのみ同じということを言っている。だから、この(3)は、数字だけではなくて、項目のグレードが示してあれば、「本節において」や「本章においては以下同じ」となるが、数字だけで表現されているので、もう少し工夫した方が良いかもしれない。

○ 研究費の返還は、過去の研究費でもありうるか。

△ 昔のものも認定される。つまり、3年前のものが認定されれば、返すということであり、全部終わったものでも、返すことになる。

○ 「当該研究費」という概念や配分された研究費と研究プロジェクトという問題が出てくる。非常に大きな研究費があって、代表者に交付され、さらにそれが色々なシステムで、帳簿上、あるいは帳簿でなくて分けられているケースの場合、研究費を返還するというのは、どのレベルの部分まで返還するという概念で整理するのか。大変ややこしい問題が現実には出てきてしまう。一貫して、研究費と研究成果とか、1対1でしか対応していないケースは分かり易いが、複数のケースについては、今まで十分議論してなかった。現実的には、それも調査委員会に任せるということに最後はなると思うが、そういうケースはあまり想定されていないし、議論されてきていないので、そのことだけ調査委員会に任せるということの確認をしておきたい。例えば、非常に大型の研究費の場合、ほかの関係ない研究をやっていたところまで返すのか、当該の研究のところだけを返すのかという意味で、その研究費の代表者と研究計画、研究費の支給の代表者と論文の責任者関係は、明確な議論をされてなかった。だから、返すといったときに、どこのレベルで返すかという部分はどうするか。

○ 競争的資金だとすれば、あらかじめ申請書や計画調書が提出されているが、その中で、この部分であると特定できない場合があるということか。

○ 例えば、研究費が研究分担者に分配されていないケースがある。代表者のところで経理しているなど、色々なケースがあり得るが、非常に複雑なケースが現実にはある。だから、そのプロジェクトの中で、この研究をやるというのは確かであるが、それにかかった経費が特定できるかどうかという問題は残っている。

○ 研究分担者として、そこのプロジェクトの責任者の名前が出ていることがある。それが、例えば、1億円の中の2千万円なのか3千万円なのかというのが、書類の上では一切出てない場合がある。

△ 多分、研究費を返すという場合は、資金配分機関側が実施をしなければならないので、この分が不正論文に関するものだということを逆に言わない限りは、すべての研究費を返せということにはならないと思う。裁判をやっても、そういうことになると思うので、逆に非常に難しい。

○ そのことだけを確認しておきたかったので、それで結構である。議論がされていなかったということで指摘しただけである。

○ 結局、今までの不正行為を見ていると、あまり複雑なものはなく、意外に単純なものが多い。ただ、実際に起こり得ることは、今のように非常にたくさんのことを考えなければいけないので、ここまで知恵を絞って書いたわけであるから、議論はもう大体このぐらいにして、場合によっては見直すという項目を入れるので良いと思うが、いかがか。

○ 入れるとすれば、第1部の「本ガイドラインの目的」に書き込むことは可能かもしれない。色々な実例によって、このガイドラインそのものを見直すことも考えられるぐらいの文章を入れるということでいかがか。

○ 事例として、この手の不正行為というのは、歴史的に各国で様々に起こっていて、様々な例が出ているが、あまり複雑なものは、それほどない。10 年かかってやっと分かったというものもあるが、事は本当は単純なはずだと思う。だから、色々な人が色々な思惑でやったのが見抜けなかったのが2つ3つあるぐらいで、大体は結論は比較的早く出ていると思う。

○ そういうものである限り、このガイドラインで何とか網はかぶせられていると思うが、そうでないものが出てきたときには見直しが必要になるかもしれないという趣旨と理解している。

○ 1ページの(4)で、科学研究が盛んになった背景の中で、このような中、我が国では昨今、科学研究の世界において、データの捏造等の不正行為が相次いで、この「我が国では」の「は」が、我が国がこれに先駆けて不正を行っているという印象を受ける。アメリカもヨーロッパも不正の先進国であるから、「我が国でも」とした方がよい。

○ それから、韓国の例を、わざわざ国の名前を挙げてまで書くこともないと思うが、いかがか。ただ、これを入れないと、我が国で起きたように読めてしまう危険もあるが、そもそもES細胞とまで言う必要があるのか。また国際的にもいろいろあると、こういう文章にしてしまったほうが良いのかもしれない。「また、昨年」というのではなくて、「また、国際的に」という文章の方が良いのではないか。

○ 20ページの2のアンダーラインの調査結果の公表について、悪意に基づくということで、悪意かどうかは、グレーゾーンがあると思うので、ここで言う場合は、はっきりした悪意と思って良いか。

○ もちろん、そうだと思う。そうであるが、そもそも、悪意に基づくということの理由まで公表する必要があるか。そういう意見が寄せられたことは事実であるが、これに対応する必要があるのかと疑問に思っていた。公表するとなると、逆に認定側に負担が重くなるような気もするが、いかがか。原案に戻って、「氏名、所属を併せて公表する」としてはいけないだろうか。ここまで、だれそれが悪意でやったという、そこまでやるということをもって抑止効果を期待するのが良いかどうかということであるが、如何か。

○ こういうことを専門に調べているわけではないが、実際にこれが行われる場面というのは、明らかにあると思う。悪意に基づくことを実際に公表しなくてはいけない状況は、そんなにたくさんないと思う。つまり、これからガイドラインが出て、こういう状況のもとでの告発は、多いと思わない。むしろ、これは抑制効果があると思っている。ただ、これが実際に抑制効果がなかった時に、どういう形で働くのかというのは、分からない。例えば、10年かかってやっと分かったアメリカのボルチモアのケースなども、調査委員会としては、きちんと出したとは思うが、公表して、色々なところに文書を配ったかどうかは分からない。そういうことではなく、調査報告書を作ることは必要かもしれないが、悪意に基づく告発の理由について、公表の義務づけをするかは、疑問がある。だから、端的に言うと、削ってしまうか、「公表することができる」ということにするか、どちらかではないか。

○ 告発者の氏名、所属は公表して良いか。

○ これは、やはり抑止力としては、公表しなければならないと思う。

○ それに限っておいた方が、かえって抑止力があると思うので、下線部分を削除することとする。

 以上の審議を踏まえた報告書の取りまとめは主査に一任されるとともに、取りまとめの日付は会議の日付をもってすることが確認された。

(2)今後の予定について

 事務局より、取りまとめられた報告書は、9月に開催される科学技術・学術審議会総会に報告される予定である旨説明されるとともに、第7回の議事概要は委員の確認後、主査の了承を得て公表することが確認された。

(3)主査の挨拶等

 石井主査より挨拶及び事務局を代表して小田科学技術・学術政策局長より謝辞があった。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

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