参考資料

小林(2005年4月25日)

Postdoctoral Appointments: Roles and Opportunities: A Report on an NSF Workshop, May 11-13, 2003, National Science Foundation
日本語仮訳、抜粋

 ここ数十年で、博士課程修了直後から専任の職位に就くまでの間のポスドクの雇用は、学界と産業における多くの仕事において事実上の必要条件となった。わが国のキャンパスにいるポスドク科学者(「ポスドク」)の数は大幅に増加し、今ではポスドクが国の科学研究の相当な割合を行うところまできている。だが、ポスドクのこうした激増に対し、計画、綿密な調査、学術機関の監督はほとんどなされないままである。
 職業的な向上のためのこうした任命の役割と意義は、分野ごとに異なる可能性があり、また実際にそうなのだが、一方でいくつか共通の要素もある。主な共通点は、大学院研究とは対照的に、研究に関して一般に常勤が重視されている点である。ほとんどのポスドクは、産業界や政府の研究活動の場またはマネジメントにおいて、教育にほとんどまたはまったく参加していない。産業界や国の研究所における一部の職位と同様、ポスドクが教師として働く職位も多少はあるが、それらは少数派である。

 それまでに受けてきたトレーニングの量と仕事の責任の重さと比較して、ポスドクの平均的な給与水準は非常に低い。大学教育の現場で働くポスドクの平均年収は、約30,000ドルであると報告された。また、化学部門の給与水準は平均を下回りがちだという。さらに、多くのポスドクは、健康保険、退職金、児童手当、その他の手当を受けていない。そして、多くのポスドクが家庭を持ったり、家族を扶養したりする時期に、経済的なプレッシャーがかかってくる。出席者の指摘によると、産業界や政府の研究室に配属される場合、概して賃金は高めであるが、一般的に他の職業に就いた仲間と比較して、ポスドクの賃金はずっと低い。
 給与水準が低く、手当がないことから、多くの人はポスドクとして就職する意欲を失ってしまいかねない。ワークショップに出席した、ポスドクの経験を持つ常勤の学術研究者数名は、ポスドクの雇用には経済的に魅力がなかったため、もう少しで他のキャリア・パスを選ぶところだったと述べた。ポスドクの期間中に、別の財源に頼ることができるポスドクもいる。そうした財源を持たない人々は、経済的にさほど厳しくない職業ルートを選ぶかもしれない。

 経済的な負担以外にも、自分たちが必要とし、受けるに値する尊敬または知名度が得られていないと感じているポスドクも多い。地位が過渡的で標準化されていないため、多くのポスドクは、自分の属する学術機関で目立たない存在だと感じている。実際、多くの大学は自校のキャンパスで働くポスドクの数や特徴をほとんど把握していない。基本的に、確立した立場としてのポスドクの数は激増したと認識されているが、ポスドクにふさわしい認知度と尊敬は、それに見合って上昇してはいない。

 多くの学術機関は、ポスドクの雇用や待遇に関してほとんど基準を持っていない。ポスドクは、年次業績評価、苦情処理制度、または著述業指針の恩恵を受けることがほとんどないと報告している。扶養家族のいるポスドクの必要に応える規定を備えた学術機関は非常に少ない。ポスドクが十分なガイダンス、指導、能力開発を受ける権利を持つことが明確にされているケースは稀である。
 最後に、ほとんどのポスドクは、自分たちの職務がきわめて不確かなものであると感じている。ポスドクの主たる目的は、若い研究者の間に主体性と創造性を育てることだが、多くのポスドクは、この目的を遂げることは難しいという。アドバイザーから十分なガイダンスを受けられなかったり、他のポスドクと協力することができなかったり、プロジェクトに対する貢献が十分に認められなかったり、能力に釣り合った責任が与えられなかったりする。多くのワークショップ参加者が、多くのポスドクの雇用に特徴的な緊張関係を指摘している。すなわち、アドバイザーはポスドクができるだけ多くの研究を生み出すことを願っているのに対して、ポスドクは研究以外にも目標を持っているのである。
 ポスドクの雇用で決定的な技能を育てることができなかったために、大きなマイナスの結果が生じることがよくある。ポスドクの雇用期間を満了した人々の雇用主がよく口にすることだが、そうした雇用期間を終えた人の多くは、大学教員または政府や産業界の研究者として成功するために必要な資質を身につけていない。ポスドクの期間を満了した人は、技術的には熟達し、科学の特定の分野に精通しているかもしれないが、その一方で、科学の担い手として必要な創造性、主体性、順応性、協調性、コミュニケーション能力を欠いている場合がある。研究に割く時間が減るという対価を支払うことになったとしても、ポスドクの経験によって、これらの能力が養成されるのでなければならない、とワークショップの参加者は語っている。
 ワークショップの参加者は、ポスドクの経験において欠如している要素があるために失われている機会がほかにもあることを指摘した。具体的には、(そうした欠如がなければ)ポスドクは米国の研究インフラの強化において現状よりもはるかに大きな役割を果たすことができると思われるのだ。たとえば、米国の学部生の半数がコミュニティ・カレッジに入っていて、小中高校の教師の4分の3が受ける唯一の科学教育はコミュニティ・カレッジで受けていると、ワークショップのある参加者は指摘した。これらをはじめとする学術機関の研究プログラムその他の活動にポスドクを活用すれば、学術機関にとって多くの点で有益であり、多くのポスドクが現状では身につけることができていない技能に習熟できるようになるかもしれない。

ポスドクの経験を変えるための提案

A.「従来型」のポスドクの強化

  1. 大学院生の全員がキャリア・ガイダンスを受け、そのなかで、選択できる進路の範囲、ポスドクの長所と短所、研究以外の技能を身につける必要性に関する説明を受けるべきである。大学院生は、自分がポスドクとして雇用される道に進むべきなのかどうか、そして、経験を通じて何を達成する必要があるのかを理解すべきである。このキャリア・ガイダンスはポスドクの期間中ずっと継続し、期間中に利用できる学習の機会をフルに活かすことができるようにすべきである。
  2. ポスドクの就職斡旋が、常勤研究者との個人的接触を通じて行われる場合が多い。個人的な推薦に頼ることで、科学の分野に人材の輩出が少ない少数民族を含め、同等またはより優れた志願者が見落とされてしまうおそれがある。ポスドクの求職者を一覧にまとめた集中管理方式のデータベースは、今日、多くのそうした就職機会を生み出す自己充足的なネットワークの開拓に役立つ可能性がある。
  3. 大学教職員が個人的な指導者として果たす任務は、大学院生にガイダンスを提供する任務と同様に、自らが監督するポスドクのキャリア開発を導く上で、決定的に重要である。しかし、大学教職員は通常、学問の世界については非常に詳しいが、他の進路についてはさほど詳しくない。そのため、大学院生やポスドクのキャリア情報の入手先は、大学教職員のみに限定すべきではない。学部会議、学術機関のポスドク協会、地元や地域のワークショップ、大学院生とポスドクの会合も、経験を蓄積し、情報を共有する機会となり得る。大学院生やポスドクが学会に出席するための交通費補助は、彼らの教育の必須要素をサポートするのに役立つ。そうした会議の中心テーマは科学になるだろうが、一方で、教育、学術機関のガバナンス、研究プログラムの運営、職業倫理、その他、ポスドクが仕事のなかで出会う多数の課題を扱うセッションも含まれるだろう。これらのテーマをプログラムに組み込むように強く働きかけるべきである。
  4. ポスドクとして雇用される時点で、ポスドクとアドバイザーの双方の期待する内容を何らかの契約の形で細かく規定すべきである。正式なものかどうかに関係なく、そうした文書には、財政支援や手当の資金源、著作権や知的所有権に関する方針、研究およびその他の活動の両方に関する責任と機会などの課題を盛り込むことができる。これを助けるために、たとえば専門職協会や資金調達機関が定型書式を作成して学術機関に配布し、各々が特定の状況に合わせて調整するとよい。契約は、定期的に予定された評価と進行状況の報告の際に、双方の合意によって見直しと修正を行うことができる。また、そうした見直しや評価によって、資金調達機関やその他の機関に、特定のポスドクが経験した成果について情報を提供することができる。
  5. 学術機関はまた、職業相談、経営能力または指導技術、倫理的な注意事項、知的所有権の注意事項への対応、その他の課題など、ポスドクの専門能力の開発に一体化して取り組む必要がある。そうした取り組みを推進する1つの方法として、NSFなどの資金調達機関がポスドクの助言に特化した助成金を学術機関や学部に提供することが考えられよう。
  6. キャンパスにおけるポスドクの監督に関しては、学術機関のなかで目の利く職員に担当させるべきである。ワークショップ参加者の1人が指摘していたように、ほとんどの学術機関は、ポスドクよりも、研究に使用する動物の状態のほうに多くの注意を払っている。この権限は分担すべきだが、研究そのものよりもポスドク関係の業務に最終的な責任を負う人材をひとり定めるべきである。そうした地位と任務を定める学術機関の数は増えつつある。同時に、ポスドクは、とくに学術機関の委員を務めることで、組織のガバナンスに関わるべきである。こうした経験を踏ませることが、科学コミュニティのなかでリーダーシップを育てるための一助となり、ポスドクが持っている関心事を学術機関の隅々に周知させる方策ともなる。
  7. ポスドクには、組織内および組織同士で形成されたポスドク協会への参加を奨励すべきである。こうした協会を通じて、連帯意識が生まれ、支援活動や教育のためのメカニズムができる。
  8. 現在、NSFの助成金の更新を申請する研究者には、「科学と工学の分野における人材開発に対する貢献」を説明することが要求されている。NSFのサポートを受ける研究者は、社会、教育、少数民族の諸問題に関する研究案の「広範な影響」に関する情報も提供しなければならない。NSFは、ポスドクのサポート申請書に、申請者の研究室における過去のポスドクの指導内容と成功内容の記載を義務付けることで、提案依頼書とレビューにおいて、この「二次基準」の使用を力説し、精力的に施行する必要がある。そうした要件は、研究者がポスドクに対して有力な指導者およびアドバイザーとして行動する動機となるだろう。助成金の交付申請書にも、ポスドクの経験の中で教育的な部分を強化することを目的とする組織的プログラムに関するセクションを設けてもよいだろう。
  9. ポスドクの給与や手当の水準、および地位を引き上げる必要がある。ワークショップの参加者は、NSFがポスドクが公正な報酬を受けられるようにする方針を強力にサポートすべきだと考えていた。NSFはまた、すべてのポスドクに健康保険その他の手当が確実に支給されるための取り組みをすべきである。また、ポスドクとしての仕事と家族に対する責任の板ばさみを軽減する方策を定める必要がある。たとえば、夫婦が同じ場所で生活できるようにするなどの対策である。ワークショップ参加者のひとりが語っていたように、「ポスドクも人間」なのである。ポスドクの人口と科学技術分野の労働人口を確実に多様化するには、報酬と手当の問題に対し十分な取り組みを行う以外にないというのが、ワークショップ参加者たちの意見だった。

B.新たなモデル

 近年、ポスドクのあり方に新たなモデルが生まれている。産業界や政府の研究室にポスドクの職位を設けたり、複数の学術機関に複合的に配属するなどの形式である。ポスドクのこうした多様化は、普及・強化される必要がある。また、新たなモデルは、個人、学術機関、そして国全体のニーズに応えるための有益で貴重な方法として支持されるべきである。だが、ある参加者が指摘したように、ポスドクのためのどんなプログラムでも、そのプログラムによって人々にどんな準備をさせるのか、参加者にどんな職業の進路を開くのか、そして、参加者が社会、知識、およびその他の分野に対してどのような範囲の貢献をなし得るのかを踏まえておく必要がある。

  1. 今日、多くの人が、政府や産業界の研究室においてのみならず、学部課程を主とする学術機関、独立した研究組織、その他の研究集約的な大学以外の学術機関でも、ポスドクの職を持っている。こうした非伝統的のポスドクは、ポスドクの経験のベースを広げたが、同時に、米国の研究、および研究集約的な大学以外のより広い科学インフラを強化した。複数の学術機関での経験を組み合わせるポスドクの雇用(たとえば、12か月を産業界で過ごした後、大学で12か月を過ごすなど)も、同様の目的を果たすことができる。そのようなポスドクは、連邦政府機関の財源を利用し、伝統的ポスドクにはできない国家目標の達成に貢献することができる。
  2. 研究集約的な大学以外を職場の一部とするポスドクの雇用は、博物館、コミュニティ・カレッジ、裁判所、立法府、シンクタンクなど、数多くの大学外組織で行われた場合にも同様に有益なものとなり得る。そうしたプログラムは、重要な未対応のニーズに対する、独自性に富んだ融合的な技能の育成につながるかもしれない。この種のプログラムには、科学的専門知識がとくに有用となり得る社会領域に知識をもたらす可能性もある。ポスドクの雇用が行われる学術機関と、ポスドクが交流を持つ学術機関のどちらに対しても、そうしたプログラムが重要な影響を与えるには、大型のプログラムである必要はない。
  3. 複合的なポスドクの雇用は、複合的なキャリアにつながる場合が多い。ワークショップの参加者たちがしばしば指摘していたように、ポスドクが得た経験を携えて、教育、立法府、裁判所、ジャーナリズム、ビジネス、および社会のその他の領域に進出するなら、社会は利益を受ける。同時に、複数の学術機関で経験を積んできたポスドクは、学生や大学教職員の視野を広げることによって、学術的な仕事において大いに提供できるものを持っている。そうした理由から、研究集約的な大学の教員に応募する資格を、非従来型のポスドクとして雇用されていた人から奪うべきではないと、ワークショップ参加者は強く主張した。
  4. ポスドクのための新たなモデルは、現在NSF内で話し合われている「ディスカバリー・コー・フェローシップ」の明確な焦点のひとつとなるだろう。ポスドクの雇用はすべて、研究を中心とすべきである。だが、「ディスカバリー・コー・フェローシップ」では、研究にポスドクの価値を高める最低1つの研究外活動を組み合わせた形式の雇用を重視することが可能だ。これらのフェローシップには、さまざまな構造が考えられる。「ディスカバリー・コー・フェローシップ」には、学術機関、学部、個人の研究者、中堅科学者、または大学院生からの申請が可能になろう。仮に申請者が大学院生なら、フェローシップは移動が可能となり、おそらく、ポスドク後に初めての職に就いた段階まで延長できるだろう。申請者が学術機関、学部、または研究者である場合は、フェローシップを受ける要件として、その方針に沿うように設けられたガイドラインに従うことが求められるかもしれない。このように、フェローシップは、組織の変化を支援することを通じて、ポスドクの文化を変える一助となり得る。この種のフェローシップ・プログラムには、多くの利点が考えられる。キャリア開発を充実させ、科学面でのリーダーシップを育て、通常はポスドクによる貢献がない組織内の特定のニーズを満たすという利点である。また、ポスドクの経験のマネジメントを改善し、ポスドク・プログラムの構築方法について、新たなアイデアを与えてくれるかもしれない。最終的に、学術機関は画期的なプログラムの情報センターから文書化された成功のモデルを受け取り、自らのプログラムを他のプログラムに照らして評価できるかもしれない。
  5. ワークショップの参加者は、現在学界内にある地位の序列と流動性を強化するのではなく、緩める必要性(その序列がポスドクに影響を与える場合はとくに)を幾度か指摘した。ポスドクの新モデルに参加する者は、特定の職位について、自動的に検討の対象から外されるべきではない。これはとくに、女性、人材の輩出が少ない少数民族、および障害者など、供給の少ないコミュニティにとって懸念される問題である。こういった人々を評価の低いキャリア・パスへ追いやるべきではない。
  6. 非伝統的ポスドクとしての雇用を受け入れる個人の多くは、非伝統的キャリア・パスを選ぶ可能性が高い。それでも、すべてのポスドクは定期的に他の科学者と情報をやりとりし、自分の専門分野で時流について行き、有力な研究プログラムを維持する必要がある。学術機関同士の協力関係は、可能な限りとぎれのないものにすべきである。今ある区別が際立つのではなく、不鮮明になるようにするのだ。ポスドクのための新たなモデルに対するNSFのサポートは、これらのプログラムを正当化し、推進するために役立ち、プログラムは成功に必要な敬意を受けるようになるだろう。

C.ポスドクの経験に関する情報の必要性(省略)

Toward a New Paradigm for Education, Training and Career Paths in the Natural Sciences: Report on a Meeting held in Strasbourg, France, November 29-30, 2001 on International Training and Support of Young Investigators in the Natural Sciences, HFSP & ESF, 2002
日本語仮訳、抜粋

<要旨>

幹と中間部の枝

 幹は、大学での最初の学位から大学院、博士課程修了後の研究までの科学の教育訓練の全レベルを表している。幹は中間部の枝につながり、その枝の広がりには、実に幅が広く評価の高いキャリアが含まれているが、学術界や産業界における科学研究に直接関わるものはその一部にすぎない。むしろ科学教育は、科学が必要とされる多種多様なキャリアにつくための優れた準備であると考えるべきである。

 会議参加者は、科学の訓練やキャリアの枠組みを考え直さなければならないことで意見が一致し、下記の提言を行った。

  1. 学生には最初から、幅広い基盤をもつ科学のカリキュラムを通じて多彩な分野を探り、自分の才能と関心がどこにあるのかを試す機会を与えるべきである。
  2. 多くの大学が古典的に定められた分野を基本にした訓練を行っている。科学の新たな課題に応え、将来の種々様々なキャリアにより良く備えさせるためには、学部を隔てる壁を取り払うべきである。助成機関は、複数の研究分野や大学にまたがる訓練プログラムを支援することにより、この変革を促すことができる。
  3. 学生を学外の種々の仕事の環境に触れさせ、教育を受けている間にそうした環境を経験する機会を与えるべきである。
  4. 訓練プログラムは対象となる学生の国籍、人種、マイノリティであるという境遇などとは無関係に、すべての才能ある個人に対して開かれるものでなければならない。さらに訓練プログラムでは、女性科学者が科学でのキャリアと家庭での責任を両立させることができる仕組みを提供する必要がある。
  5. 博士号への踏み台としてしか見られないことも多い科学の修士号を、多様で重要なキャリアに適した準備を行わせる正規の科学的訓練の正式な一つの終着点として評価すべきである。
  6. 独立したばかりの研究者を含めたあらゆるレベルの学生のための、助言制度と職業指導を重視すべきである。学生には純粋な科学研究のスキル以外にも、授業や人事・財務管理など、将来の教師、管理者や研究所長などにとって一様に役立つスキルの訓練を施すべきである。
  7. 大学にはキャリアの様々なチャンスについて学生を指導する責任がある。政府や民間の助成機関は訓練プログラムに関するガイドラインを通じて、正規の教育領域には多くの終着点があり、そのどれもが優れた職業チャンスへとつながる可能性があるのだということを、明確に示すべきである。
  8. 博士課程と同課程修了後の学生の訓練や雇用に関して、助成機関は、学生への助言や著作者の取り扱いの際には必ず最高の倫理基準をもって行わなければならない。大学、研究機関および助成機関は科学研究に対する一般の信頼を確保するため、すべてのカリキュラムの一部として、倫理的に研究を実施する訓練が必ず行われるプログラムを組まなければならない。
  9. 多くの国では、高度の訓練を受けている科学者が同じ研究職に長期間にわたってとどまって、報酬や保障、手当ての少ない長期臨時職員や「恒久的ポスドク」として処遇される例が珍しくない。メンバーとしてチームに属し、独立性のある研究チームのリーダーの地位についていない研究者を支援するために、より強固で安定性が高く、より倫理的なキャリア構造を開発する必要がある。英国学士院の定めた協定が、このモデルとなり得る。
上方の枝

 科学の訓練の系統樹の上方にある枝は、科学者が博士課程修了後の訓練を終えてからのさまざまな機会を表している。自然科学の諸分野の訓練に当たるごく一部の人々は独立の研究職を得て、学術界での階梯を上がっていくことができるだろう。残りのグループにとっての選択肢には、産業界で研究を行うこと、研究チームのメンバーを務めることや、官民部門で高次の管理職に就くことなどが含まれよう。

 多くの国々では独立性のある研究職の数が限られているため、研究というキャリアに特別優秀な青年を集めて引きとめ、画期的な研究を促すために下記の提言がなされた。

  1. きわめて有能な若手研究者には、独自の研究の方向性を決める自由を与え、画期的な新規プログラムの策定や雇用慣行の変更などを通じて柔軟性を高めることによって、こうしたチャンスをサポートする。雇用慣行が変えられない場所では、内部的な「移動と独立」のプログラムを設けるべきである。
  2. 新規にグループリーダーが任命される時に際してだけでなく、博士課程履修時の段階から、若手研究者に適切な管理スキルをもたせるための実質的で計画的な努力が必要とされている。
  3. 研究結果をこれまでより幅広く科学界、政治指導者、そして一般大衆に効果的に伝えるため、すべてのレベルの科学者に、コミュニケーション・スキルの訓練を行うべきである。
  4. 昇進や賞の授与にあたって制度的な基準が必ず活用されるようにすること、出版物の量だけではなくその卓越性と独創性を重視することが重要である。昇進のための評価に当たっては、教えるスキルをもっと高く評価すべきである。
  5. 助成機関は、有能な人材、特に女性を集め、引きとめ、支援するために、家庭人の働きやすいインフラの整備を研究機関に促す仕組みを作らなければならない。

<議論>

2.幹と中間部の枝:バラエティ豊かなキャリアに向かって科学者たちに準備をさせる

 幹と中間部の枝は若手科学者の形成を示している。全行程のうちこの部分では、学生たちは多くの研究分野やキャリアの機会に接し、それらの科学分野の中で、現状よりもっと広い範囲から職業を選べるように自分たちの才能を生かすマッピングができることが望ましい。大学での訓練プログラムを構成する際にも、各集団のあらゆる社会的、人種的グループの学生たちを自然科学にひきつけて、スカウトできるような構成にすべきであろう。
 多くの科学研究、特に生命科学では、その経路は従来の研究分野の境界を越えているということは今や広く知られている。このことは、研究の訓練がより広い教育の基礎を必要とし、単一の研究室や研究部門を越えた経験を要するということを意味している。多くの大学では古典的に定義された研究分野に基づく訓練を学生に提供しているが、そのような伝統的な科学教育や訓練のモデルは、今後ますます時代遅れになっていくと考えられる。研究分野を複数とし、学部間の障壁を壊すことを強調することによって、学生たちが複数の科学分野に接し、分野から分野に移動することが容易になってくるはずである。現在の生命科学の革命は物理学、化学、情報工学、エンジニアリングの分野で開発された新しいツールを使うことで大いに推進されてきた。大事なことは、自然科学全体が生物学に収束集中している今、科学者たちが伝統的な研究分野を越えた訓練を受けることが真に必要とされているということだ。
 多くの助成機関は異なる研究部門出身の教授陣による学際的な訓練を授けるモデル・プログラムを用意しており、産業界における設定も含む、多種多様な研究の場で経験が積めるチャンスも設けている。また、生命科学の文化において早急に変えられなければならなかったこと、すなわち学生を共同研究のメンバーとしてではなく独立した研究者になるように訓練してきたことについても、これらのプログラムによって取り組みが始まったところである。プロテオミクス、ゲノミクスなど、生命科学における大型研究が伸びてきたことにより、複雑な生体系の多くの局面を共同で探求しようとする大規模な学際グループの数も増えている。この新しい大規模かつ学際的に行われている生命科学の諸問題へのアプローチは、長く物理科学の特徴だったアプローチであるが、すでにいくつかのモデル・プログラムに取り入れられており、生命科学の学生たちのための訓練のオプションとして強力な構成要素になるはずである。研究の訓練や経験を積む際に、たとえばNSF IGERTプログラムやマックス・プランク国際リサーチ・スクールなどのプログラムのように、異なった研究分野や研究機関を結集させるよう配慮されているプログラムは、優秀な学生をひきつけ新しい学際文化を育成することに成功してきている。このレポートではそのようなプログラムの成功例と科学訓練のための新しいパラダイムが提示されており、これは対話を促してやがてこれからのプログラムにおいて科学教育を再構成することになるだろう。
 過去20年にわたり、科学訓練のプログラムを強化、構築し、科学以外の分野にも触れさせ、指導と支援の機構を改善しようと人々は協力して努力してきた。同時期に、世界が科学やテクノロジーの革新や好機により影響を受けて動くことが増えた。産業界、政府、管理、教育、ジャーナリズム、その他多くの分野からのニーズにこたえるためにも、科学教育を十分に受けている人間の需要はこれまでにないほど高まっている。助成機関によっては管理、教育、倫理などの訓練をも含む訓練プログラムをサポートして、科学研究の活動を活発にし、新しいタイプのキャリアのための土台を築こうとしているところもある。しかし、そのような広範囲の訓練は大抵の大学や国の研究機関では標準的なものではない。訓練プログラムはできれば教育の初期の段階で、学生たちに大学環境の外での研究や訓練の経験ができるようにすべきなのである。また、このようなプログラムでは学生たちにキャリアについての助言を与えるべきである。一般には博士号への踏み台と見なされている科学修士号に関しても、正式な科学訓練の中で修士号自体を価値のある終着点と見るべきあり、教育、管理、産業などの様々な重要なキャリアへとつながるものだということを明確に伝えなくてはならない。
 博士号の研究をしようとする学生たちは科学にとっても社会にとっても極めて貴重な人材である。助成金による研究プロジェクトに取り組む学生たちの場合、より幅広い教育的目的があるというよりは、概してひとりのアドバイザーの研究目標を達成するだけというケースが多く、当の学生にとってそれが長い目で見て最善の道だとは限らないということも多い。大学としては科学方面のキャリアをめざしている学生たちにキャリア開発のための適切な指導と助言を行い、正式な教育的終着点というものは多数あって、そのどれもが素晴らしい職業へとつながる可能性があるのだということを明確に教えるべきである。学生だけでなく科学関係の仕事にたずさわる人間は皆、研究の際の倫理的行動についても訓練を受け、科学が大衆から信頼されるようにしなければならない。科学に進む人間の数が減少している事実は、国籍や性に関わらず全ての才能ある人間に対し、科学のキャリアを必ず開いておくこといかに重要かを示している。更に、プログラムは、女性でも男性でも、科学の仕事をしながら同時に家族に対する責任を果たすことをも可能にするような仕組みでなければならない。
 博士課程終了後の訓練期間は科学者(特に生命科学の科学者)が独立した研究ポジションを取得する準備として必要欠かせないものとなった。このときに研究経験の幅が広くなり、新しいテクニックやスキルを身につけ、新しい科学的手法やアプローチにも触れることになるため、この時期の訓練は重要である。一般的に若手科学者が、自分たちのやる気を証明する最善のチャンスを得、独立したよいキャリアをめざす準備をするのは、この博士課程終了のフェローである期間である。しかし、実際には、しばしば見受けられるケースは、博士課程終了のフェローは、訓練中の科学的知性の持ち主というより、ただ高い技巧を持ちよく働くテクニカル・アシスタントとして扱われていることが非常に多い。更に、博士候補をモニターする学問的メカニズムは存在するものの、その後で、博士課程終了のフェローたちを指導する同等のメカニズムは滅多にないのである。ポスドクターのための学生本位の訓練環境は健全な科学活動のためにも緊急に必要とされているものである。ポスドクター向けの特別な指導プログラムの開発は、ペンシルバニア大学を始め多数の研究機関で開発されており、重要なニーズを充たしているが、これらはインターネットをベースにしたテクノロジーによって簡単に応用できるはずである。助成機関は助成を授けるすべての研究機関に対し、全米科学アカデミーから最近出された報告書 にまとめてあるような種類の指導と訓練を行うことを要求すべきである。
 インターネットは科学教育や指導においては依然として未開発の資源であると言えよう。個人にとってはウェブサイト上で各自が経験した情報を交換することができるし、助成機関を含む研究所や諸組織にとっては研究訓練の途上にある者にオンラインでアドバイスすることができる。たとえばNext Waveのように職業協会や助成機関などがスポンサーとなっているサイトや、あるいはマリー・キュリー・フェローシップ協会のように学生やフェローのグループが支えているサイトでは若手科学者たちに巨大な情報源へ即時アクセスできるようにしており、これらは地球レベルの重要な資源と言えよう。

3.上方の枝:優秀な若手科学者のための独立した研究キャリア作りを促進する

 科学の木の上方の枝はこれまでの伝統的な科学のパイプラインの多くの終着点を示している。これらの枝では博士課程終了後の訓練を終え、自分の研究室を持つ独立したポジションにまで到達した優秀な若手科学者たちがいる。科学者という職業の地位がいったん確立されると、通常は純粋な研究だけでなく、大学の様々なレベルの学生を教えたり、大学院やポスドクターの学生を訓練したり、またしばしば学科長や研究所所長などの多種多様な管理業務も引き受けることになる。最近では産業界での試みが優秀な科学者たちをひきつけており、将来は学会と産業界の共同作業が、研究コミュニティにとってより重要度を増していくことが期待される。もうひとつ忘れてならないことは、科学の指導者たちがたとえば国立の科学アカデミーなどで政府のためのアドバイザーとして働いたり、またしばしば政府機関の中で重要な任務に就いたり、政府のメンバーとして選出されたりしていることである。最後に、このツリー構造のあらゆる段階で、科学者たちはジャーナリズムや法律など別のキャリアに移ることもあるということも付け加えたい。
 科学が大きな発展を遂げるのは主として上方の枝においてである。独立した研究者あるいは科学研究グループのリーダーという地位に就くのは、自然科学の訓練を受ける学生のうちほんの少数の者だけである。しかし、多くの国において取られている、組織に関する政策がこの問題を悪化させている。ひとりの部門リーダーに財政的、科学的に依存しているような大研究グループを中心にして科学事業を構築する国からは、独立した科学者はなかなか生まれてこない。そのため、たとえ第一級の若手科学者でさえ ?博士課程終了後のフェローシップやそれと同等のものを立派に終え、資質、技術、知的鋭敏さ、独創性、想像力が豊かであることを示している者たちでさえ? 独立した地位をなかなか得られない事態になっている。これにより、創造力に富む才能が無駄になってしまうだけでなく、「頭脳流出」に拍車をかけることにもなってしまっている。せっかくその国の活力となるような才能があるのに、優れた若手科学者達は、自分の研究進路を決定する機会や自分の科学チームを組ませてくれるような機会を与えてくれる他国へと移っていってしまうのだ。
 これの問題はよく認識されている。実際、ストラスブール会議に出席した国々では皆この問題を取り上げ始めており、自国のもっとも有望な研究者たちが独立した地位に移行しやすくする革新的なプログラムを作り始めていた。そのような助成の賞では多くの場合、外国での一定期間のトレーニングを受けてから自国に帰るという訓練内容を組み入れている。新たに認定された若手研究者たちは新しいスキルを学んで科学の新分野を探求していくチャンスを与えられるだけでなく、これから国を越えた共同研究を行うために必要になる重要な人とのつながりを築くことにもなるわけである。
 マーキー・トラスト、マックス・プランク・ソサエティ、EMBL、フォルクスワーゲン財団などが設立したプログラムはどれも、独立への移行を促しグループリーダー的ポジションの人々を支援するもので、すでにヨーロッパや北米で第一線の独立した研究者たちの一世代が世に送り出されている。これらのプログラムは他の国でも見習われ始めている。また、管理構造のために新しい地位が制限され科学者の可動性に乏しいところでは、たとえばフランスのL'Avenirのようにそれらの障害を回避するように工夫した新しいプログラムが企画されている。
 研究チームのリーダーシップをうまく取れるかどうかは、研究のスキルだけでなく、相当額の財政資源と人的資源をうまく管理できるかどうかにもかかっている。このような活動をうまく管理するためには、小規模な会社を経営するのに必要な多くのスキル ?企画、財政管理、社員の能力開発、折衝、外部組織との連絡や協力など? が必要とされる。会議参加者は、若手科学者に適切なマネージメントの訓練を与えるよう、内容のある計画的努力をすべきであると呼びかけた。すでに述べたように、そのような訓練は新しくグループリーダーに任命されてから初めて受けるのではなく、博士号前の訓練からすでに訓練し始め、キャリア開発を通じてずっと続けられるべきである。また更に、科学者はどの段階にいる者もすべて、自分の発見を広い科学コミュニティや政治指導者たちや一般大衆に効果的に伝えることができるように、コミュニケーションのスキルを磨く訓練もすべきである。
 学術的な研究における昇進は、出版物や助成その他の受賞など多くの評価ポイントに基づいて決められる。これらの評価基準は定量化できるものであるが、研究達成のもっとも重要な判断基準である科学的思考の質や独創性については充分に査定できないこともある。またそういう評価基準では、家族生活に関しては、家庭を切り盛りする人、特に女性を差別することになる可能性もある。昇進や賞の授与に関して研究機関が採用する基準が、単に出版物の数などではなく、優秀さと独自性を重視するものであることが大切である。助成の要綱などを通じて助成機関は研究機関に対し、家族にやさしいインフラを開発し、才能のある人々をひきつけ、つなぎとめ、サポートしていくように奨励すべきであろう。
 教えることは科学のキャリア開発のすべての段階を通して重要なものであり、大学コミュニティでの生活の鍵となる要素である。昇進や評価の際にも高い価値を認められるべきであろう。多くの国においては教えることは大学教員の主要な仕事であるが、一方、最高の科学者というと学生、特に大学での訓練を始めて間もない学生との接触がないような研究所にいる印象も強い。そのように分離されている結果として、学生たちは最高の科学に接する機会が持てなくなってしまい、そのため上級の科学の学位をめざそうとする人間の数の減少にも反映してくるかもしれない。HHMIの例は、助成機関が最近認識するようになったひとつの解決方法である。ここでは研究者は給与と研究支援を受けるが、同時に大学環境の中にとどまっている。このようにして学生たちは最高の科学者たちと接することができるのである。

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