第4章 科学技術イノベーションによる社会の牽引

 科学技術イノベーションにより、我が国及び世界の持続的発展を実現していくためには、国内外の課題解決に貢献する新しい価値の創出と、それによる社会の変革を牽引していくことが必要である。特に、民間主導で速やかに進めることが困難な課題については、政府主体による政策課題の設定を通じた研究開発等を進めていくことが重要である。
 また、世界の持続的発展のためには、地球規模問題の解決をはじめ国際的な諸問題の解決が不可欠である。我が国が、科学技術イノベーションを活用し、国内のみならず国際社会の平和・安定・繁栄に貢献していくことは、世界有数の科学技術イノベーション力を有する我が国の責務であり、また、国際的な研究ネットワークの強化等を通じ、我が国のイノベーションシステムの強化にも資するものである。このため、科学技術外交を戦略的に進めていくことが重要である。
 さらに、社会の中で科学技術イノベーションがそのような役割を発揮するには、社会からの理解、信頼、支持を獲得することが不可欠であるが、科学技術と科学者への信頼が近年低下しつつある中で、科学技術イノベーションと社会との関係を再構築していくことも求められる。
 これらの活動を通じて、「目指すべき国の姿」の実現に向けて、科学技術イノベーションが国内外の課題解決、そして社会の変革を牽引することのできる国づくりを行っていくことが、政府の重要な役割である。

1.課題設定を通じた科学技術イノベーション

 科学技術イノベーションを通じて課題の解決を図っていく際、国として重要性が高く、民間のみに任せていては迅速な課題解決を目指すことが困難なものについては、第4期基本計画で提案されたように、政府が主体となって取り組むべき政策課題を予め設定した上で、関連する取組を一体的、総合的に推進していく必要がある。
 課題設定を通じた科学技術イノベーションの推進は、総合戦略において5つの政策課題を定め、府省横断的な取組が行われているところであるが、最近の社会経済の状況・変化を踏まえ、サイバー社会の劇的な変化への対応や、長期的・戦略的視点から国が獲得、保持、蓄積すべき技術の研究開発についても新たな課題として認識し、迅速に取り組んでいく必要がある。

(1)社会の重要課題への対応

 総合戦略2014においては、現下の喫緊の課題である経済再生を強力に推進するため、科学技術イノベーションが当面取り組むべき政策課題として、
 【課題1】 クリーンで経済的なエネルギーシステムの実現
 【課題2】 国際社会の先駆けとなる健康長寿社会の実現
 【課題3】 世界に先駆けた次世代インフラの構築
 【課題4】 地域資源を活用した新産業の実現
 【課題5】 東日本大震災からの早期の復興再生
 の5つを掲げ、アクションプランの策定や戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)等を活用し、総合科学技術・イノベーション会議の主導の下、府省横断で取組を進めている。
 これらの課題はいずれも重要な課題であり、引き続き、総合科学技術・イノベーション会議主導の下、時間軸と目標を明確に定めた工程表に基づき、着実に推進していくことが望まれる。その際、確実な社会実装を目指し、民間企業の人材や資金をより有効に活用するための方策についても検討されることが期待される。

(2)望ましい「超サイバー社会」の実現に向けた変革

 総合戦略2014では、ICT(情報通信技術)を課題解決のための分野横断技術として位置付けて推進している。しかしながら、サイバー社会が急速に進展し、それが社会の在り方や科学技術イノベーションの進め方に変化を生じさせつつあることを踏まえると、情報通信技術を単に一技術分野として捉え振興を図るだけではなく、人文学・社会科学を含め関連する諸分野を包括し、喫緊の重要課題として、望ましい超サイバー社会の実現に向けた変革に取り組んでいく必要がある。
 超サイバー社会の到来は、新しいサービスや価値の創出の在り方を変えつつあり、我が国が「科学技術イノベーション立国」として国際競争力を維持・強化する観点から、サイバー空間を活用して新たなサービスや価値を創出するために必要な技術やサイバー空間をより活動しやすい空間とする技術の研究開発を推進していくことが必要である。
 また、サイバー空間が実空間と一体化する中で、サイバー空間における活動の拡大は、サイバー攻撃のリスクの増大や個人情報の漏えいなど、実空間である現実の社会経済や人間活動に大きな影響をもたらす可能性を有している。こうした技術の発展に伴い生じる諸問題に対し、技術的な対応とともに、人文社会科学的な視点を含めた様々な調査・研究を行い、迅速な社会制度の構築に繋げていくことも求められる。
 さらに、サイバー空間の発展は、新たな社会を創造するのみならず、あらゆる分野において、データ科学やシミュレーション科学の発展、サイエンスのオープン化など、科学的手法に変革を起こし、科学技術イノベーションの進め方そのものに大きな変化をもたらしつつある。こうした変化に適切に対応し、我が国が世界の科学技術イノベーションを先導していくことが重要である。
 一方、こうした領域への我が国の投資や人材育成は、これまでハードウェア分野が中心であり、諸外国と比較して、ソフトウェアやサービス創出という分野においては十分に実施されてこなかった。特に人材に関しては、データサイエンティストを含め大きく不足している状況にあり、望ましい超サイバー社会の実現に向けた人材の養成・確保が急務となっている。

 こうした状況に鑑み、1.超サイバー社会を先導する研究開発の推進、2.現実社会にもたらされる影響への対応、3.科学技術イノベーション推進手法の革新、4.望ましい超サイバー社会の実現に向けた人材の育成・確保、の4項目に重点を置いた取組を進めていく。

1.超サイバー社会を先導する研究開発の推進

 サイバー社会の急速な進展に伴い、「21世紀はビッグデータの世紀」と言われるほど、国際的に流通する多種多様なデジタルデータ量は飛躍的に増大している。こうした大量のデータに誰しもが接し、有用な情報として活用できる社会になったことにより、サービスの提供や価値創出の在り方が「情報のコントロール」から「情報の活用」に重点が移るなど大きく変わってきている。
 また、ビッグデータを基盤としてデータ工学、機械学習、言語理解、解析・推論技術等の高度な発展や統計数理等の理論研究の進展が結び付くことにより、サイバー空間における知的な情報処理が大きく発展している。これにより、ネットワークを通じた社会インフラ等の効率的・効果的な管理制御や、人の状態や希望を自動で察知し、先回りして有用な情報・知識等を提供するアンビエントサービスが発展しつつある。
 このような状況の中で、今後の我が国の競争力を強化していくためには、サービスや価値の創出にサイバー空間の活用が不可欠となっており、そのために必要な技術の研究開発を推進していくことが重要である。
 サイバー空間を活用して新しいサービスや価値を創出するには、多種多様なビッグデータの利活用技術が基盤となることから、政府は、そのための先端的な技術開発や、それらの技術の背後にある数理的理論の研究等を推進する。また、今後、サイバー空間の知的情報処理の活用が新しいサービスや価値創出の中核となると予想されることから、人工知能技術(AI)やセンサー活用技術の研究開発を推進し、サイバー空間の知的情報処理を先導する。
 さらに、ビッグデータやサイバー空間の知的情報処理を社会の様々な課題に適用していくため、実社会から情報を集約し、最適な解や方向性を導き社会にフィードバックできる統合的なシステム技術、様々な課題解決へ適用を促進するためのプラットフォームの開発を進め、具体的な成果を創出していく。
 また、新しいサービスや価値の創出の基盤となるサイバー空間をより使いやすいものとする技術も重要である。このため、爆発的に増大する情報流通・情報分析等に対応可能なITシステムの超低消費電力化を実現するアーキテクチャやそれを活用するアルゴリズム、災害に強いレジリエントな情報システムを構築するための基盤技術、人とコンテンツのインタラクションを促すヒューマンインターフェース技術の研究開発等を推進する。

2.現実社会にもたらされる影響への対応

 超サイバー社会の到来により、サイバー空間を活用した新しいサービスや価値が創出され、我々の生活がより便利に快適になることが期待される。一方で、超サイバー社会では、サイバー空間内において、センサー等を通じた多様で大量の情報の生成、ビッグデータを基にした自動的な判断、ビットコインの流通に代表される独自の経済活動など、現実社会を超える様々な活動が自立的に行われ、現実社会に大きな影響を及ぼすことが懸念される。
 例えば、AIが搭載されたロボット等による事象に対する責任や、ネットワーク上の個人情報を削除する権利の問題など、新たに生じている問題への適切な対応や、サイバー空間が実空間と一体化する中で影響がますます大きくなっているサイバー攻撃への対応を進めていく必要がある。また、サイバー空間には、国、国民の安全・安心の確保に関連するデータ等も流通しており、我が国として、こうした情報の取扱いについて、今後の検討が求められている。
 こうした状況を踏まえ、サイバー空間を安全かつ安心に活用するための研究開発を進めるとともに、サイバー空間における多種多様な活動が現実の社会に及ぼす影響に関する研究を推進し、そうした影響に適切に対応するための技術開発や社会制度の構築を行うことが必要である。
 このため、政府は、パーソナルデータの利活用を促進するための制度を早期に構築するとともに、匿名性を担保するための技術等の研究開発を推進する。また、増加するサイバー攻撃に適切に対応できる革新的なサイバーセキュリティ技術の研究開発を進めるとともに、現存のシステムのセキュリティ強化を適切に図る。
 さらに、サイバー空間の知的情報処理の進展も含め、サイバー空間の急速な発展により新たに生じる倫理的・法的・社会的課題に関し、人文社会科学分野の専門家の参画を得た分野横断的・学際的な研究・検討を推進し、超サイバー社会に必要な制度の検討や技術の研究開発に反映していく。
 なお、パーソナルデータの利活用に当たっては、一般的に、国民は、自らの行動からデータを採取されることに抵抗感があることも踏まえ、国民との十分な対話に基づいた適切な法制度の整備と安全・倫理等の問題への対応が必要である。

3.科学技術イノベーション推進手法の革新

 サイバー空間の急激な発展は、社会の在り方のみならず、データ科学やシミュレーション科学の発展、サイエンスのオープン化など、科学的手法に変革を起こす駆動力となっている。その変化は、ライフサイエンス、物質・材料科学、環境、ものづくり等の研究分野から交通、医療、教育、防災、エネルギー等の社会応用分野に至るまで広範にわたっている。こうした変化を先取りしつつ我が国の科学技術イノベーションを加速し、望ましい超サイバー社会を実現していくことが求められている。
 このため、政府は、サイバー空間を活用した様々な研究開発活動の革新を支えるライフラインとなる学術情報ネットワークについて、今後の増大する需要と海外の研究情報ネットワークの通信回線速度を勘案しつつ回線の強化を図るとともに、ビッグデータを適切に流通させるネットワーク技術の確立やクラウド基盤の構築の取組を進める。加えて、バイオインフォマティクスやマテリアルズ・インフォマティクスなどのデータドリブンイノベーション創出のためのデータ科学や、エクサスケールコンピューティングに向けた次世代スーパーコンピュータ及びアプリケーションの研究開発などを進め、科学的分析・解明・予測の技術の高度化など我が国の科学的手法の革新を図る。
 また、研究成果の共有・利活用において、主たる発表の場である学術雑誌の高騰により、世界的な共通課題となっているオープンアクセスの促進を図るとともに、我が国の国際的な知的存在感を高め、優れた研究開発力を持続的に維持するための、研究成果に関する情報の受発信力の強化を図る。
 さらに、近年新しい潮流となっているオープンサイエンスの基盤である研究データのシェアリングは、研究データの再利用による新たな研究の展開に資するとともに、研究成果の社会との共有、成果の再検証という観点からも重要である。欧米では既に様々な試みが行われており、国際的な検討状況や我が国の国益という観点も踏まえつつ、研究データのシェアリングの促進を図る。

4.望ましい超サイバー社会の実現に向けた人材の育成・確保

 超サイバー社会が到来する中で、我が国が国際的な競争力を維持・拡大していくためには、サイバー空間に必要なインフラの発展を支え、また、その活用により新たなサービスや価値を創出できる人材が不可欠である。しかしながら、我が国は欧米等と比較し、データ分析の才能を有する人材や統計科学を学ぶ人材が少なく、我が国の多くの企業が情報通信分野の人材不足を感じている状況にある。
 このため、政府は、データサイエンティスト、セキュリティ専門家、システムデザイナーなど超サイバー社会において我が国が持続的に発展していくために必要となる人材を育成・確保する。その際、単に情報通信分野の専門家を育成・確保するだけではなく、その知見を活用し課題解決やサービスの創出を図れる人材の育成・確保を重視する。
 まず、既存の研究者・技術者を活用することが重要であり、民間企業、大学、公的研究機関等において、急増するニーズに対応するため、米国での取組等も参考にしつつ、ポストドクターや他分野の中堅研究者・技術者に対するデータ解析、HPCプログラミングに関する講習等が実施されることが求められる。
 また、大学等においては、最先端の情報通信技術の利活用を先導する高度専門人材の育成を進めるとともに、産業界等との連携やインターンシップ等も通じ、サイバー空間を活用し社会の諸課題の解決や新サービス創出ができる人材などの多様な人材の育成・確保を行うことが求められる。あわせて、ロボット、人工知能、ビッグデータといった文理融合分野等を対象に、優秀な若手人材が交流・集結し共同研究を実施する場の形成を進めていくことも求められる。
 さらに、大学、公的研究機関、民間企業等においては、データ科学、計算科学等の専門人材のキャリアパスの明確化や経営者層の意識向上等により、この分野の職の魅力向上を図るとともに、超サイバー社会における社会の様々な活動に必要となる情報モラルやセキュリティを含む基礎的な知識・技能を多くの人が習得する機会を確保する。政府は、これらの人材の育成・確保の取組を促進する。

(3)国主導で取り組むべき基幹技術(国家戦略コア技術)の推進

 総合戦略では、重要課題の設定において、民間主導による経済成長の実現を主眼に置き、課題達成のための時間軸と目標が明確な、目に見える課題を中心とする課題設定を行っている。
 しかしながら、近年、我が国を取り巻く地政学的情勢の変化をはじめとする安全保障環境が変化し、また、グローバルな環境での競争激化に伴い我が国が持つ重要技術や知的財産の海外流出が懸念されている等の変化がある。
 そのような変化の中、国自らが戦略的かつ長期的視点に立って研究開発を推進し、国主導によって技術の獲得、保持、蓄積を図っていくべき分野領域が存在しており、これを「国家戦略コア技術」として位置付け、重点的な取組を進めていく。なお、国家戦略コア技術に該当する具体的技術の選定方法及びこれらの技術の推進方策の基本的な事項としては、以下のようなものが考えられるが、今後、第5期基本計画策定時までに、総合科学技術・イノベーション会議において、具体的な技術やその推進方策について更なる検討が行われることが望まれる。

(国家戦略コア技術の選定)

 我が国が持続的に発展していくためには、我が国の成長の原動力となり、かつ安全保障の観点も含め国及び国民の安全・安心を守るために不可欠な国家存立の基盤となる技術を獲得・保持・蓄積し、我が国の自立性・自律性を確保していくことが必要である。
 こうした技術のうち、長期性、不確実性及び予見不可能性を伴う研究開発は、採算性又は規模、期間、リスクの面から民間の自主的な研究開発に期待することが難しいものであり、政府が主導的に取り組み、技術の獲得、保持、蓄積、更に発展を図っていくことが重要である。
 このため、国家戦略コア技術としては、「自立性・自律性」と「長期性・不確実性・予見不可能性」を基本的な要件とし、国としての戦略性の観点から、国際的に高い競争優位性を有している、又は有する可能性が高いかどうか(競争優位性・独自性)、様々な分野への波及効果が高いかどうか(発展性)を勘案して選定することが適当である。
 こうした技術としては、将来の科学技術の予測調査等から、自然災害観測・予測・対策技術、ハイパフォーマンス・コンピューティング技術、宇宙探査技術、次世代航空機技術、海洋資源調査技術、データ駆動型材料設計技術、生命動態システム科学技術、AI・ロボティクス技術等が考えられるが、今後、専門家等の意見も踏まえながら政府として検討し、決定していくことが求められる。

(国家戦略コア技術の推進)

 国家戦略コア技術の推進に当たっては、第5期基本計画や総合戦略においてその方向性について明確に位置付け、国として戦略的に実施していく必要がある。また、国家戦略コア技術の性格を踏まえると、国立研究開発法人の主要な役割として、法人の設置目的に応じて国家戦略コア技術の戦略的推進を位置付け、国の計画を踏まえて、法人の中長期目標・計画等に具体的な推進方策を規定し進めていくことが適切である。加えて、それぞれの技術に応じて、各政策領域における基本方針との連携、整合性を図りながら推進していく。
 具体的な推進方策については、個々の技術の特性を踏まえ、国立研究開発法人が果たす機能の在り方、技術の発展段階を踏まえた政府と産業界の役割分担、技術の性質に応じたオープン・クローズ戦略や国際協力体制の構築、他の分野への波及・発展の在り方等を検討し、適切な推進体制を構築していくことが考えられる。

2.科学技術外交の戦略的展開

 激動する世界の情勢の中で、我が国やそれを取り巻く世界の社会経済が持続的に成長・発展していくため、また、我が国が世界の中で確たる地位や信望を維持するため、外交において科学技術イノベーションの果たす役割は大きい。科学技術と外交を連携させて、「科学技術外交」として戦略的に取組手段を講じることがとりわけ有効と考えられる。
 このため、第3章1.(1)で取り上げた「外国人の活躍促進」や「国際的な人材ネットワークの構築」に加えて、グローバル社会における科学技術イノベーションの在り方として、科学技術外交に戦略的に取り組んでいく必要があり、以下に具体的取組を提示する。

(1)国別の特性を踏まえた国際戦略の展開

 我が国が積極的に科学技術イノベーションを推進し、社会経済の発展等を目指すとともに、地球規模課題の解決において先導的な役割を担うためには、諸外国と戦略的に国際協力を推進することが重要である。
 その際、多国間協力と二国間協力を効果的に使い分けつつ、各国の特性(目的、対象層、対象分野、効果、規模等)を踏まえた国際戦略を基に、様々なプログラムの効果的活用及び有機的連携を図ることが必要である。

 こうした状況に鑑み、1.国の特性別の協力方針を踏まえた国際戦略の検討、2.国際戦略に機動的に対応しうる関連事業の再構築、の2項目に重点を置いた取組を進めていく。

1.国の特性別の協力方針を踏まえた国際戦略の検討

 戦略的な国際協力を進めるためには、協力のねらい、各国の状況等を勘案して国別の方針を策定し、それらの方針に基づき、適切な方策の効果的活用及び有機的連携を図っていくことが必要である。
 国別の方針の策定に当たっては、政府は、「我が国の研究開発力強化、科学技術の進展」、「社会実装・イノベーションの実現」、「共通の社会課題・地球規模問題の解決」、「研究人材の確保」、「外交・地政学的なニーズ」、「協力の障壁となる要因」等の観点を踏まえ、協力のねらい、重要性及び障壁要因について明確化を行う。その上で、対象国の科学技術力や人材等の特性、経済・市場、外交関係等を総合的に分析し、協力のねらい等に照らし合わせて、協力の具体的内容や重要性を検討しつつ、方針を策定する。

2.国際戦略に機動的に対応しうる関連事業の再構築

 上記の国際戦略を踏まえて国際協力を進めていくに当たっては、機動的に対応出来るよう、対象国に応じて、以下のような視点で国際的な科学技術・学術活動を重点化しつつ、関連する事業の再編、パッケージ化、メニュー化等を図っていくことが必要である。
 具体的には、政府は、近年成長著しい新興国を中心とし、将来の科学技術の更なる発展が見込まれる国、地域との関係を重視し、幅広い分野での人材交流・共同研究を推進する。その際、新興国の進んだ部分を柔軟に取り入れるとともに、将来を見据えて、相互に有益なwin-winの協力関係を築くことが重要である。
 また、急激な発展を遂げるアジアの新興国・途上国については、互いの科学技術、人材育成の強化を通じ、社会インフラや環境問題、水・エネルギー資源といった、アジア諸国が発展する際の共通課題に科学技術力で貢献していくことが必要であり、政府はこれらの取組を推進する。その際、研究ネットワーク構築の観点から、活力と向上心に満ちた優秀な若年層を抱えるアジア諸国に対して、我が国の科学技術の魅力を積極的に発信する取組を実施する。
 欧米を中心とした先進国については、我が国と相手国のそれぞれの強みを活かしながら、win-winの関係で科学技術イノベーション全体の進展を図る。また、国際的に競争力のある研究グループが展開するところに、今後は資源を重点的に配分し、我が国の科学技術水準の更なる向上に繋げていく。
 その他の新興国・途上国については、科学技術を活用した地球規模課題への対処のため、国の特性に応じて、将来に向けた人材養成や人的交流、研究協力等の戦略的な対応を検討する。

(2)国際協力による研究開発活動の推進

 科学技術外交の推進に当たっては、地球規模課題の解決で我が国が先導的な役割を担い、また、我が国の科学技術の強みを活かして、他国とwin-winの関係を築けるよう国際協力を推進していくことが重要である。このため、各国共通の社会的課題、地域・地球規模問題の解決に向けて、共同研究や社会実装を行うためのオープンイノベーション拠点の構築が求められる。
 また、科学技術と外交の相乗効果という観点から、先進国あるいは国際機関との連携協力の下、先進的な科学技術に関する研究開発活動を推進し、これらを我が国の外交活動に積極的に活用していく必要がある。特に、一国では取り組むことが出来ないような最先端大規模プロジェクトの国際協力は、参加各国で役割分担し、強みを活かしながら効率的・効果的に推進できるとともに、我が国の科学技術力の向上、新たなイノベーションの創出といった観点から重要であり、今後とも積極的に対応していくことが必要である。

 こうした状況に鑑み、1.国際協力によるオープンイノベーション拠点の国内外における構築、2.国際協力による大規模な研究開発活動の推進、の2項目に重点を置いた取組を進めていく。
 なお、科学技術外交は政府主導で行っている取組に加え、大学、公的研究機関、民間企業や非営利団体等も様々な活動を行っている。こうした状況を踏まえ、オールジャパンで国際戦略の取組の強化を図っていくために、関係府省、産業界、大学、公的研究機関等の国内関係者による意見交換の場を持つなど、産学官が一体となった取組を進めていくことが求められる。

1.国際協力によるオープンイノベーション拠点の国内外における構築

 政府は、各国共通の社会的課題、地域・地球規模問題の解決に向けて、共同研究や社会実装を行うためのオープンイノベーション拠点を相手国に設置・運営するとともに、相手国の拠点に呼応するサイトを国内に設置し、我が国の「顔が見える」拠点作りを推進する。
 その推進に当たっては、既存の研究協力により得られた成果の上に、課題を共有する周辺国やイノベーションの担い手(企業・NPO等)といったプレーヤーも参画させることにより、垂直展開(研究フェーズの進展、研究の深化)と水平展開(周辺国への裨益、異分野融合)の双方を目指すことが基本である。
 また、相手国に所在する「顔の見える」拠点という特性を活かし、相手国政府や自治体、企業等のステークホルダーの参画・協力を得つつ、社会科学的視点も踏まえ、課題解決に向けて、相手国の地域社会に根ざした形での社会実装に貢献していく。さらに、相手国及び我が国に設置した研究拠点を中核に、国内外の多様な研究者交流を積極的に推進し、国際的な頭脳循環のハブとなることを目指す。
 こうした取組を行うことにより、協力関係を一時的ものではなく、我が国の「顔が見える」持続的な協力形態に発展させる。

2.国際協力による大規模な研究開発活動の推進

 現在、我が国が参画している国際協力による大規模な研究開発活動として、ITER、LHC、ISS、IODP等が進められており、国際的な約束に則り、政府は引き続き、これらの活動を着実に推進する。その際、各研究領域における我が国の国際的な位置付けも勘案し、特に我が国が強みを持つ領域や関心の高い領域については、リーダーシップが発揮できるよう取り組む必要がある。
 国際的な大規模研究開発活動への参画は、我が国における科学技術のレベルを高めるとともに、世界における我が国の地位の向上に貢献する一方で、長期にわたり相応の財政負担が伴うものである。このため、こうしたプロジェクトへの参画の在り方について、長期的な見通しと基本的な方針を検討していく必要がある。その際、政府及び学界の双方が、それぞれの分野における我が国の国際的な位置付けや科学的意義、科学的検討の熟度、当該プロジェクトに関する国民の負託と社会還元との関係等を勘案した上で、国際的に主導的な立場を担うべきか、国際社会の一員として一定の参画にとどめるか議論と判断を行うことが重要である。

3.科学技術イノベーションと社会との関係強化

 科学技術イノベーション政策を今後とも強力に進め、社会を牽引していくには、社会からの理解・信頼・支持を獲得することが大前提である。基本計画ではこれまでも、第1期基本計画で「科学技術に関する理解増進・関心喚起」、第2期基本計画で「社会とのチャンネル構築、倫理と社会的責任」、第3期基本計画で「社会・国民から支持される科学技術」、第4期基本計画で「社会とともに創り進める政策の展開」を施策の一つの柱として掲げ、社会からの理解・信頼・支持を獲得するための取組を推進してきた。
 しかし、東日本大震災や研究不正等の発生により、科学技術と科学者等への信頼が近年低下している。このため、「社会とともに創り進める」視点の中でも、とりわけ「社会からの信頼回復」の視点を重視していくことが必要であり、以下に具体的取組を提示する。

(1)社会からの信頼回復

 これまで我が国の科学技術は、公害を克服し、高い安全性を誇るインフラを社会に送り出してきたことにより、社会からの一定の信頼を獲得していた。しかし、平成23年3月に発生した東日本大震災とそれに続く東京電力福島第一原子力発電所事故では、科学技術は社会からの期待に十分応えることができず、科学技術と科学者・技術者に対する信頼度は低下した。科学技術・学術に従事する者が、必ずしも社会の期待に十分には応えることができなかったことを率直に反省し、社会との信頼関係を再構築していく必要がある。
 また、昨今、社会的に大きな関心を集めている、研究活動における不正行為や研究費の不正使用については、科学そのもの、また、研究開発に関わる者への信頼を揺るがすものであり、その公正性の確保が一層強く求められている。
 加えて、生命科学やサイバー社会の急速な発展によって顕在化してくる様々な問題への対応もますます重要となっている。

 こうした状況に鑑み、1.研究活動における不正行為、研究費の不正使用への対応、2.リスクコミュニケーションの強化、3.倫理的・法的・社会的課題への対応、の3項目に重点を置いた取組を進めていく。

1.研究活動における不正行為、研究費の不正使用への対応

 科学研究における不正行為は、研究活動とその成果発表の本質に反するものであり、科学そのものに対する背信行為であるとともに、人々の科学への信頼を揺るがすものである。また、国民の税金を原資とする公的研究資金における研究活動の不正行為やその研究費の不正使用は、研究開発及びそれに関わる者に対する国民の信頼を裏切るものである。研究開発活動に関わる者及び機関は、こうした点を強く認識し、研究活動における不正行為及び研究費の不正使用について厳しい姿勢で臨むことが必要である。
 また、政府としては、研究活動における不正行為や研究費の不正使用に関するガイドラインを策定し、適時改正等を行うとともに、当該ガイドラインに基づき、大学、公的研究機関等の研究機関を挙げてこの問題に取り組むことによる不正防止等への対応の徹底、研究倫理教育・コンプライアンス教育の徹底や不正と認定された事案についての調査結果の公表の徹底など、取組を強化する。なお、研究者は、ガイドラインの整備と遵守によって、研究活動の自由が支えられているとの認識を持つともに、研究コミュニティ全体で「責任ある研究活動」(RCR:Responsible Conduct of Research)の風土を浸透させていくことが重要である。 

2.リスクコミュニケーションの強化

 東日本大震災では、科学技術コミュニティから行政や社会に対し、その専門知を結集した科学的知見が適切に提供されなかったことや、行政や専門家が、社会に対して、これまで科学技術の限界や不確実性を踏まえた適時的確な情報を発信できず、リスクに関する社会との対話を進めてこなかったことなどの課題が指摘された。
 社会には、いまだ震災の影響による、又は震災により惹起された様々な不安、行政や専門家に対する不信があり、社会に存在するリスクと我々はどう向き合っていくのか、が今問われている。
 こうしたことを踏まえ、科学技術の社会からの信頼回復に向けて、科学技術には限界や不確実性があり、想定外の事象が起こりうることも含め、科学技術のリスクのより適切なマネジメントのために、社会の各層が広く互いの立場や見解を理解し合った上で、対話・共考・協働を通じ、多様な情報及び見方の共有を図り、それぞれの行動変容に結び付けることのできる活動、すなわち共感を生むリスクコミュニケーションを強化していくことが重要である。
 具体的な取組として、政府は、社会が直面する具体的な問題解決に向けたリスクコミュニケーションを実践する際にステークホルダーが主体的に参加できる場の構築を促進する。また、リスクコミュニケーションを円滑に実施するために、ステークホルダー間の連携や調整、トレーニング等の実践能力を職能として身に付けた人材の育成を推進する。さらに、リスクに関する科学技術リテラシー、社会リテラシー(※1)の向上に向けた取組等を実施するとともに、レギュラトリー・サイエンスや社会が直面する問題に関連する成果を社会で活用するための、地震・降水モニタ、防災マップ、気候変動予測ツールの開発などを推進する。


  • ※1 一般国民が、科学技術に対し何を求めているのか、また、科学技術に関する情報をどのように受け止めるのかを、一般国民の価値観や知識の多様性を踏まえつつ、適切に推測し、理解する能力。また、こうした多様性に配慮しつつ、科学技術に関する情報を適切に発信できる能力

3.倫理的・法的・社会的課題への対応

 科学技術が社会からの信頼を獲得するためには、研究開発の推進とともに、その結果生じる可能性のある倫理的・法的・社会的課題(ELSI)について、幅広い視点から調査・検討し、社会との共有、ルールの制定等を行っていくことが重要である。特に、従来から取組を進めている生命科学分野に加え、サイバー社会の急速な発達が社会や人間活動に大きな影響を及ぼすことが懸念されることから、この分野の取組を強化していくことが必要である。
 このため、政府は、研究開発プロジェクトの資源の一定割合をELSIに取り組むことに充てる等の方針を策定するほか、研究者、プロジェクト関係者などに対し、ELSIへの理解を深め、浸透させるための教育研修を推進する。

(2)社会とともに創り進める科学技術

 1999年7月にハンガリーのブタペストで開催された世界科学会議で「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」が採択され、「社会における科学と社会のための科学」という考え方が示された。同宣言の前文には、「今日、科学の分野における前例を見ないほどの進歩が予想されている折から、科学的知識の生産と利用について、活発で開かれた、民主的な議論が必要とされている。科学者の共同体と政策決定者はこのような議論を通じて、一般社会の科学に対する信用と支援を、さらに強化することを目指さなければならない。」と記されている。
 科学技術イノベーションによる社会の牽引に当たっては、こうした考え方を十分に踏まえ、社会に定着する意味のあるイノベーションを創出するために、国民の期待や社会的要請を的確に把握し、政策の企画立案及び推進に適切に活かすとともに、政策の成果や効果を広く国民に明らかにし、社会に還元していくことが求められる。
 また、イノベーションは社会の変革を伴うものであり、その実現には、自然科学系の科学者のみならず、人文学・社会科学系の科学者による協力が不可欠である。このため、科学技術イノベーションの推進に当たり、自然科学、人文学及び社会科学の分野を超えた科学者の協働を図っていくことが重要である。

 こうした状況に鑑み、1.国民の科学技術イノベーション政策への参画促進、2.科学技術コミュニケーション活動の推進、3.人文学・社会科学と連携した取組の推進、の3項目に重点を置いた取組を進めていく。

1.国民の科学技術イノベーション政策への参画促進

 「社会とともに創り進める政策」の実現に向けて、政府は、政策の実施主体、達成目標、成果などをより明確にし、国民との対話や情報提供を更に進めることにより、国民の期待や社会的要請を的確に把握し、政策の企画立案及び推進に適切に活かすとともに、政策の成果や効果を広く国民に明らかにし、社会に還元していくことが重要である。
 このため、課題設定から解決まで、国民、政策担当者、研究者等のステークホルダーが参画・協働できる常設的な場や円滑な対話を実現する仕組みを構築する。また、研究開発プロジェクトの企画立案及び推進に国民の幅広い意見を取り入れる取組や社会との対話に関するシンクタンク機能、対話支援を行う仕組の整備についても引き続き推進する。
 さらに、近年、インターネットの発展と普及に伴い、研究データのオープン化とそれらのデータを活用した新しい知識生産やデータ整備への市民の直接参加等のオープンサイエンスが進展しつつある。オープンサイエンスは、研究開発活動の発展のみならず、成果の社会との共有、成果の再検証等を含め、科学技術活動に市民の直接参加を可能とするものであり、メリットデメリットを見極め、諸外国の取組も参考にしつつ、関連する取組を推進する。

2.科学技術コミュニケーション活動の推進

 科学技術を社会とともに創り進めていく上で、科学技術の成果や課題を発信するとともに、それらを踏まえ、将来の社会の在り方やリスクとベネフィットの両方の側面を持つ科学技術の在り方そのものについても、社会の幅広いステークホルダーがそれぞれの立場から知識・情報を共有するとともに、対話・共考、協働などを通じて、双方向で相互作用的なコミュニケーション活動を推進していくことが重要である。
 このため、政府は、研究開発プロジェクトの資源の一定割合を科学技術コミュニケーション活動に充てる方針を継続し、それに基づく取組を促進する。また、研究者の評価への科学技術コミュニケーション活動の反映、研究機関等によるアウトリーチへの組織的取組等を促進する。さらに、社会が直面する問題に対し、多様な見解・意見をファシリテートできる能力などの高度な能力を持つ科学技術コミュニケーターの養成に取り組むとともに、科学館、学校等を活用した科学技術コミュニケーション活動等を推進する。その際、グローバルな視座に立った対話を行う機会の創出の観点に考慮する。また、国民が、科学技術に関する知識を適切に捉え、柔軟に活用できるよう、国民の科学技術リテラシー向上の促進を図る。

3.人文学・社会科学と連携した取組の推進

 イノベーションは社会の変革をもたらすものであることから、科学技術イノベーションを推進するに当たっては、あらかじめ実現する社会像を構想し、その社会を実現する上での障壁や必要となる様々な社会制度等についても、人文学・社会科学とも連携し、検討していくことが重要である。
 具体的には、科学技術の進歩を有効に活用した社会システムの構築等について、人文学・社会科学と自然科学とが協働を目指したフューチャー・アース構想のような統合的プロジェクト、社会問題の解決などを目指した社会技術研究開発、コミュニティ・ベースド・リサーチなどを推進する。

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-- 登録:平成27年06月 --