第1章 基本認識

 平成7年に「我が国における科学技術の水準の向上を図り、もって我が国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献することを目的とする」との高い理念の下、科学技術基本法が制定された。
 同法に基づき、平成8年に科学技術基本計画(以下、「基本計画」という。)が策定され、その後4期20年にわたる基本計画の下、政府研究開発投資目標の下で投じられた研究開発投資や科学技術システム改革の実行等により、我が国の大学、公的研究機関等の研究環境の改善、人材の蓄積、画期的な成果の創出が図られてきた。
 他方、国内外の社会経済は大きく変化してきている。情報通信技術やグローバル化の進展、知識基盤社会の本格化等が社会のルールを大きく変化させている。また、国内の課題、世界の共通課題は増大し、かつ複雑化してきている。そのような中、新興国も含めた諸外国は科学技術への投資を拡大し、科学技術における我が国の存在感は相対的に低下し始めている。
 今後の中長期的な科学技術イノベーション政策を提示するに当たり、国内外の社会経済の状況及び変化、諸外国の科学技術イノベーション政策の動向、そして、この20年間の基本計画の実績も含めた我が国の科学技術イノベーションの現状及び課題を踏まえることが不可欠であり、以下に基本認識として整理する。

1.社会経済の状況・変化

 近年、我が国を取り巻く社会経済は大きな変革期にあり、科学技術イノベーション政策の在り方にも大きな影響を与えている。このため、まずは近年の主な社会経済の状況及び変化を挙げ、今後の我が国の中長期的な科学技術イノベーション政策への影響を整理する。

<人口減少と社会の成熟化>

 我が国では急速に少子化が進んでおり、総人口は平成23年(2011年)から減少に転じている。今後の我が国の総人口は、平成42年(2030年)には1億1,662万人、平成60年(2048年)には1億人を割り9,913万人になると推計されている。18歳人口も、数年横ばいで推移したのち、平成30年(2018年)以降は再び長期の減少過程に入っていくことが予想されている。少子化の進行と、それに伴う人口減少は、我が国の経済規模や国民の生活水準の維持、向上に対する大きな脅威となっている。
 また、社会が成熟化し、国民のニーズが変化してきている。単なる物質的な豊かさだけでなく心の豊かさが重視されるようになり、人々の関心は「モノ」から「サービス」へと拡大している。今後、このような価値観の多様化は更に進んでいくことが予想される。

<グローバル化の進展>

 情報通信技術の進展、交通手段の発達による移動の容易化等により、グローバル化が進展し、地球上の空間と時間が急速に縮まっている。様々な活動が国境を越えて展開され、情報や人の移動が活発化し、社会は日々刻々と変化している。そして、その変化のスピードも速くなっている。
 また、グローバル化が進展する中で、世界に広がる様々な知識・技術や優れた人材の能力をいかに活用するかが、競争力に大きな影響を及ぼすようになってきており、国際的な頭脳獲得競争が激化している。
 民間企業は、急速に進むグローバリゼーションの中で、企業活動を世界で積極的に展開している。その一方で厳しい国際競争にも晒されている。グローバル企業の合併や買収等が進行することで、我が国の持つ重要技術や知的財産の海外流出の発生、国内の高付加価値生産活動の低下などへの懸念が指摘されている。

<知識基盤社会の本格化>

 21世紀は、新しい知識・情報・技術が社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」の時代である。知識には国境がないことから、知識基盤社会では、グローバル化が一層進むとともに、知識は日進月歩であり、かつ、新しい知識は旧来のパラダイム転換を伴うことも多いことから、社会の変化のスピードが速くなる。
 21世紀に入り、先進国は知識基盤社会へと移行し、日々新たな知識が生み出され、情報通信技術の飛躍的な発展、普及とあいまって、それらの知識が瞬時に世界に伝達され、多くの人がそれらの知識を活用できるようになってきている。こうした知識の活用により、近年、先進国のみならず、新興国においても知識基盤社会への移行が始まっており、知識基盤社会が本格段階に進展しつつある。
 こうした中で、知識や価値の創出の在り方も変化しつつある。知識・情報の量が加速度的に増加しており、求められる知識や技術の全てを個人で備えることが難しくなっている。このため、異なる知識、視点、発想等を持つ多種多様な人材が結集し、チームとして対応することが求められている。
 同様に、民間企業においても自らの組織において、イノベーション創出に必要な全ての知識や技術を持つことが困難になってきている。近年、我が国では、多くの民間企業の研究開発が短期化傾向にあり、人材や技術を育む土壌を失いつつあることもあいまって、外部の資源を積極的に活用する「オープンイノベーション」の重要性がますます高くなっている。

<超サイバー社会の到来>

 近年、デジタル情報機器、センサー技術やネットワーク技術の著しい発展と普及により、サイバー空間に大量かつ多様なデジタルデータ、いわゆるビッグデータが生み出され、ネットワークを通じて大量に発信、流通されるようになっている。また、携帯電話やスマートフォンの爆発的普及とSNS利用者の拡大、センサーネットワークの進化により、世界中のヒト同士、更にはヒトとモノ、モノ同士が、常にネットワークで繋がるなどサイバー空間が急速に拡大している。
 こうした中で、サイバー空間は人々のあらゆる活動に不可欠なものとなり、サイバー空間と実空間の一体化、融合とあいまって、サイバー社会(※1)は急速に変化している。また、最近では、ビッグデータを基盤としてデータ工学や機械学習等の高度な発展によりサイバー空間における知的な情報処理が実行され、アンビエントサービス(※2)と言われる新たなサービスが発展しつつあり、新しいサービスや価値の創出にサイバー空間の果たす役割が増大している。
 さらに、サイバー空間における知的情報処理の発展は、従来のロボット技術を革新するとともに、ロボットの概念を拡大しつつある。ネットワーク、センサー、知的情報処理機能及びアクチュエータ(※3)が繋がり、実空間の状況やその変化に対応し、自律的機能を果たすシステムは、今や広い意味でのロボットと捉えることができ、今後の更なる発展が期待されている。
 一方で、サイバー空間と実空間は様々な形で結び付いていることから、個人情報の漏えいなど、サイバー空間での様々な活動が、実空間である現実の社会経済に大きな問題をもたらす危険性を有している。また、今後、サイバー空間による判断の法的責任や人間活動との両立など新たな社会問題が起こることも予想される。さらに、こうした新しい社会の到来は、データ科学やシミュレーション科学の発展、サイエンスのオープン化など、科学の方法論に対しても大きな変化をもたらしつつある。
 このように、サイバー社会は劇的な変化を遂げ、「超サイバー社会」と言うべき社会に移行しつつあり、こうした状況に的確に対応していくことが求められている。


  • ※1 情報通信の高度な利用により、距離・時間の制約を取り払い、現実社会の活動を補完、さらには代替し、全体として新しい社会経済活動が実現している社会(出典:「情報通信の多面的展開とサイバー社会-通信・放送の融合を超えて-」(平成10年5月郵政省))
  • ※2 人の状態や希望を自動で察知し、先回りして有用な情報・知識等を提供するサービス
  • ※3 油圧や電動モーターによって、エネルギーを並進または回転運動に変換する駆動装置

<我が国と世界が直面する課題の存在>

 東日本大震災からの復興再生は道半ばであり、今後も着実に対応していく必要がある。また、資源に乏しい我が国は、依然としてエネルギー安全保障に大きな課題を抱えており、世界のエネルギー需要が今後増加していくことも踏まえた上での解決策が必要となっている。
 高齢化や都市化、それに伴う地方の活力低下といった課題は、成熟国家における共通課題となっており、課題先進国である我が国は世界に先駆けて新たな解決モデルを提示せざるを得ない立場に立っている。一方で、その解決モデルを通じて世界の市場を獲得していく機会も有している。
 大規模地震や火山噴火をはじめとする自然災害のリスクは常に我が国の脅威であり、高度成長時代に整備されたインフラの老朽化の問題も深刻化している。加えて、我が国を取り巻く地政学的情勢も変化してきているなど、我が国の安全保障環境が変化してきている。
 世界を見れば、世界人口は今後も拡大し続け、食料、エネルギー、水資源の不足が深刻化してくる。グローバル化の進展は、感染症やテロに対する世界の脅威を拡大させている。地球温暖化や気候変動といった環境問題にも世界が協調して取り組んでいく必要がある。

<社会との関係の変化>

 東日本大震災や研究不正の発生等により、科学技術や科学者等に対する社会の信頼が失われつつある。東日本大震災では、原子力発電をはじめとする科学技術が、社会からの期待に十分に応えることができず、また、科学者や技術者に対する信頼度の低下も招いた。
 また昨今、研究活動における不正行為や、研究費の不正使用が社会的に大きな関心を集めている。科学研究における不正行為は、科学の本質に反し、科学への信頼を揺るがすものであり、国内のみならず世界から見た我が国の科学全体への信頼度に影響を与えている。

<我が国の科学技術イノベーション政策への影響>

 上述した社会経済の状況・変化を踏まえ、今後の我が国の科学技術イノベーション政策の在り方に、特に大きな影響をもたらす主な事項を以下にまとめる。

  • 人口減少を克服する持続的な経済成長や雇用創出、国内外が直面する諸課題の解決に向けて、科学技術イノベーションを推進することが今後も重要である。ここで、科学技術イノベーションとは、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」である。この本来的意義に立ち返り、科学技術政策と、科学技術に関連するイノベーションのための政策とを総合的に推進していくことが必要となる。
  • 若年人口の減少に加えて、熟練の研究者・技術者等の退職、国際的な頭脳獲得競争の激化といった状況が影響し、我が国における科学技術イノベーション人材の量的拡大は今後一層困難になることが示唆される。人材力を高めることなくして科学技術イノベーション力を高めることは難しく、今後特に、人材の質の向上に重点を置いた取組が必要となる。
  • 人々のニーズの多様化と社会変化のスピードの高まりは、今後新たに生じ得る課題が一層多様化し、その予見が不確実になっていくことを示唆している。民間企業におけるイノベーション活動が一層短期化していくことが予想される中で、今後生じ得る多様な課題に対して、スピード感を持って機動的・弾力的に対応していくためには、基礎研究、応用研究、製品開発と段階的に技術を育てていく産学官連携のリニアモデルから転換し、持続的にオープンイノベーションに取り組める新たなモデルを提示することが不可欠となる。
  • 超サイバー社会の到来は、社会や科学の在り方に大きな変化を与えつつある。一方で、我が国の対応は立ち遅れており、特に、ソフトウェアやサービス創出の分野に対する投資や人材育成が極めて不十分であったこと等の課題がある。これらの課題に迅速かつ的確に対応し、望ましい超サイバー社会の実現に向けて変革を促していく必要がある。
  • 地政学的情勢をはじめとする安全保障環境の変化やグローバルな環境での競争激化等の状況は、国が責任を持って獲得、保持、蓄積すべき技術について、戦略的かつ長期的視点に立って研究開発を推進していくことへの重要性を示している。
  • 東日本大震災や研究不正の発生等で低下した科学技術や科学者等に対する社会からの信頼の回復に向けて、迅速かつ真摯に取組を進めていかなければ、我が国の科学の将来に大きな禍根を残しかねない。

2.諸外国の科学技術イノベーション政策の動向

 諸外国の状況を見ると、主要国はいずれも、科学技術とイノベーションの政策を国家の発展のための重要政策と位置付け、近年、投資の拡大を含めて一層の強化を図ってきている。以下にその動向を概観する。

<米国の動向>

 米国オバマ政権の政策は、「米国競争力法」と「米国イノベーション戦略」に基づいて推進されている。2007年8月のブッシュ政権時代に成立した米国競争力法では、研究開発によるイノベーション創出や人材育成への投資促進、これらの取組のための大幅な予算増加が措置されており、2011年1月にオバマ政権はこれを引き継ぎ、時限立法の期限延長がなされた。
 米国イノベーション戦略とは、政権の政策指針の取りまとめであり、持続的成長と質の高い雇用の創出が目標として掲げられ、政策はイノベーション基盤への投資、民間におけるイノベーション環境の整備、国家的優先課題の取組に分類されている。特にイノベーション基盤への投資として、研究開発投資(民間と政府の研究開発費合計)を対GDP比3%とする等の目標が設定されるとともに、イノベーションの担い手を育てるための科学・技術・工学・数学(STEM)教育や官民パートナーシップの強化も重視されている。
 2004年12月のパルミサーノ・レポート以降の米国の政策の特徴は、米国の競争力維持のために、基礎研究への継続的な支援が必要であるという考え方が貫かれていることである。このため、近年減少傾向の国防関連研究開発予算の中でも基礎研究は現状維持から増加傾向で推移している。また、国防高等研究計画局(DARPA)の成功に倣って、国防以外の分野にも、ハイリスク・ハイリターンの研究支援方式が適用拡大されているのが最近の特徴である。

<欧州の動向>

 欧州連合(EU)では、2000年3月に経済成長戦略である「リスボン戦略」が策定され、その後、EUの研究開発投資を2010年までに対GDP比3%に引き上げる等の目標が掲げられるとともに、欧州研究圏(ERA)の実現が目指された。また、2010年3月に新戦略「欧州2020」が発表された。欧州2020のうち、研究開発・イノベーションに関する戦略は「イノベーション・ユニオン」と呼ばれ、当該戦略を実現するフレームワークプログラムとして、2013年12月に「Horizon 2020」が採択された。そこでは、「卓越した科学」、「産業界のリーダーシップ確保」、「社会的課題への取組」が3つの柱として掲げられ、今後重点投資が進められる予定となっている。
 ドイツでは、2006年8月に策定された「ハイテク戦略」を、科学技術イノベーション政策の基本戦略としている。同戦略は、2010年7月に「ハイテク戦略2020」として更新され、今後ドイツが力を入れていく5つの分野と各分野を横断した「未来志向プロジェクト」が挙げられた。2011年12月には、第4次産業革命を掲げた「Industrie4.0」が未来志向プロジェクトの一つとして新たに提案され、製造業の高度化に向けた産学官共同のアクションプランとして推進されている。その後、2012年度に研究開発投資GDP比3%が達成され、2014年9月に発表された第3次の「新ハイテク戦略」においても、引き続きイノベーション推進の姿勢が打ち出されている。また、2008年10月に「クオリフィケーション・イニシアチブ」が発表され、ドイツが将来にわたって産業を維持し、雇用を増大させるためには教育が最重要であるとの認識に基づき、数学・情報・自然科学・技術(MINT)教育の強化等が打ち出されている。
 英国の政策の中核は、2011年12月に発表された「成長のためのイノベーション・研究戦略」である。同戦略では、英国がグローバル経済の中で生き残るために、産業界の研究開発活動を促進することに重点が置かれている。また、政府全体として緊縮財政下にある中で、2014年度までは2010年度と同水準の予算を科学研究に投資することが決定されたことも重要な点である。
 フランスでは、2012年の政権交代を契機として、2013年7月に「高等教育・研究法」が施行され、Horizon2020との整合性を重視した「France Europe 2020」という基本戦略が策定された。また、これらを受けて、科学技術政策立案体制に関する大きな組織改変がなされた。

<アジアの動向>

 中国では、2006年2月に15年計画である「国家中長期科学技術発展計画綱要」が発表され、2020年までに中国を世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション駆動型国家とするために、研究開発投資の拡充(2020年までに対GDP比2.5%)や重点分野の強化等を通じて、自主イノベーション能力を高めていくことが掲げられた。また、2011年3月に発表された国全体の方針を示す「第十二次五カ年計画」においては、科学技術分野の政策の多くが中長期計画の内容を踏襲しており、その上で新たな施策として、科学技術の新興領域と新興産業とが融合した未来の産業としての「戦略的新興産業」の創出が掲げられた。
 韓国では、2013年の大統領交代を受けて、同年3月に大規模な省庁再編がなされ、創造経済を牽引する中核として「未来創造科学省」が新設された。2013年7月には「第3次科学技術基本計画」が策定され、科学技術と情報通信技術の融合による新産業創出や国民の生活の質向上等のための具体策として、5つの戦略分野の高度化(「High5戦略」)が掲げられている。投資目標に関しては、5年間の政府研究開発投資を前政権の約1.4倍とすることや、政府研究開発投資の40%を基礎・基盤研究へ充てる等の数値目標が設定されている。

3.第1期科学技術基本計画からの実績と課題

 我が国の科学技術イノベーション政策については、上述の通り、平成8年に第1期基本計画が策定され、その後4期20年にわたり基本計画の下で取組を推進してきた。現在と20年前とを比較すれば、大学や公的研究機関等の研究環境は大きく改善され、人材も蓄積されてきた。例えば、第4期基本計画期間中の2012年(平成24年)にヒトiPS細胞、また、2014年(平成26年)に青色発光ダイオードを対象とする研究がノーベル賞を受賞したが、これらの研究成果は、ノーベル賞受賞の各博士の長年にわたる努力と、それをサポートする継続的な研究費支援や研究環境整備、産学連携支援等の取組の蓄積からもたらされたと言える。
 一方で、近年は、政府研究開発投資の伸び悩みと、我が国の立ち遅れた社会システムの変化の影響等もあり、我が国の科学技術イノベーションを巡る課題は山積している。世界の主要国が科学技術イノベーション政策を国家の重要政策として重視し、とりわけ新興国の発展が著しい中で、我が国が、これまでの20年間で先行してきた取組の蓄積を最大限活かしながら、山積する課題に真摯に向き合い解決し、我が国から科学技術イノベーションが次々と生み出される環境を作っていくことが求められている。
 このため、第1期基本計画から蓄積されてきた実績も含めた、科学技術イノベーション政策を巡る現状と課題を整理し、今後特に改善すべき点などを中心に指摘していく。

<人材システム>

 第1期基本計画では、研究者等の養成・確保に関する二つの主要な取組が掲げられた。一つはポストドクター等1万人支援計画であり、もう一つが任期付制度の導入である。前者については、第1期基本計画期間中に達成され、それ以降、ポストドクター等の人数は約1万5千人程度で推移している。現在もなお、優れたポストドクターは、我が国の科学技術の発展に大きな貢献をもたらす重要な存在となっている。また、後者については、大学等の研究機関で広く導入され、特に若手研究者において定着が図られ流動性が高まった。
 これらの取組を通じて、我が国の研究者の量的規模は一定程度拡大し、ポストドクターを含む研究者の厚みは増したと言える。また、研究者間の競争や流動性も高まり、研究者が世界に伍して切磋琢磨する環境自体は整いつつあると言える。
 一方で、我が国特有の雇用慣行等の影響もあり、この20年間で蓄積した人材の能力が最大限活かされていない状況にある。
 例えば、任期付制度は、その後の任期を付さない職(テニュア職)の前段階の位置付けで導入推奨されたものであるが、大学や研究開発法人の基盤的経費が減少したこと等を受けて、若手向けの安定的なポストが大幅に減少し、任期後のキャリアパスを見通せない任期付きの若手研究者、特に、特任助教等の若手大学教員が増加している。一方で、任期付制度がシニアには定着しにくいこともあり、「流動性の世代間格差」とも言うべき状況が発生し、あらゆる世代の人材が適材適所で活躍できていない要因の一つとなっている。
 また、第3期基本計画からは、若手を自立的研究環境の中で育成し、適切な評価に基づきテニュア職へと選抜するテニュアトラック制の導入が図られ、当該制度の導入機関は着実に増加してきている。しかしながら、大学の人事制度の主流とはなり切れていない。また、大学、公的研究機関の若手研究者について、キャリアパスの段階に応じた自立状況が不十分であり、その能力が十分に発揮されていないという指摘もある。
 さらに、主に第3期基本計画以降、博士課程修了者が社会の多様な場で活躍できるよう、大学院教育の実質化のための取組や、博士課程修了者の多様なキャリアパス開拓のための取組も進められてきた。リーディング大学院等の産学官連携による博士課程教育が近年進みつつあり、キャリアパスの多様化の兆候が見られつつある。しかし、民間企業における博士号取得者の割合は依然低いままである。特にこのキャリアパスの問題は、分野によって大きな差があり、特に需要供給ギャップの大きなバイオ系において抜本的な改善取組が必要な状況となっている。
 以上のようなキャリアパスを巡る様々な問題に加えて、博士課程学生への経済的支援が十分でない問題、博士課程修了後の処遇の問題等により、近年、優れた学生が博士課程(後期)への進学を敬遠している状況にある。この状況は、我が国の持続的な科学技術イノベーションの推進にとって、深刻な課題であると言える。

 また、女性研究者や外国人研究者の活躍のための環境整備も第1期基本計画から進められてきた。その結果、女性研究者や外国人研究者の割合は年々着実に増加してきている。しかし、諸外国と比較して割合は低く、特に女性研究者に関して指導的立場の女性が少ないことは課題である。
 さらに、第1期基本計画から研究支援者の重要性が指摘され、第4期基本計画においてもリサーチ・アドミニストレーター等の専門人材の重要性が指摘された。このような人材への重要性に対する認識は徐々に高まってきており、人材確保の動きも見られる。しかし、大学等でのキャリアパスが確立されておらず、その配置状況は十分でない。研究者や大学教員の支援体制が諸外国と比較して十分でないことは、近年の大学教員の研究時間の減少傾向にも繋がっていると示唆される。

<基礎研究>

 第1期基本計画から継続的に基礎研究(※4)が推進されてきたこともあり、今世紀に入り、我が国からノーベル賞受賞者が数多く輩出され、自然科学系では世界第2位の実績を生み出している。また、著名雑誌での論文数シェアが着実に増加するなど、世界から見た我が国の基礎研究力に対する評価は依然極めて高いことが示唆される。科学研究費助成事業(以下、「科研費」という。)や戦略的創造研究推進事業(以下、「戦略創造事業」という。)等からは、世界が注目する革新的成果が毎年継続的に生み出されてきている。
 他方、我が国の論文数全体を見ると、国際的シェアは低下傾向にある。急激に政府研究開発投資を拡大する中国の影響が大きいものの、量的観点からの我が国の国際的地位の低下は見過ごせない事態である。また、大学等の基盤的経費の減少、研究の評価の改善が十分でない状況等を理由として、基礎研究の多様性が低下し、さらに、研究者の意識が短期的になりリスクを取らなくなりつつあるとの指摘もあることは、今後の大きな課題である。


  • ※4 研究の性格による分類として、研究の段階(基礎-応用-開発)と研究の契機(学術-戦略-要請)の2つの観点によって整理される。「基礎研究」とは、研究の段階に基づく観点によるものであり、「特別な応用、用途、目標の有無の如何を問わず、知の礎となる仮説や理論を形成するため又は現象や観察可能な事実に関して新しい知識を創造するために行われる理論的又は実験的研究」と定義される。他方、「学術研究」とは、研究の契機に基づく観点によるものであり、「個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や科学知識の応用展開、さらに課題の発見・解決などに向けた研究」と定義される。

<研究基盤>

 第1期基本計画以降、大学、公的研究機関の施設・設備の充実が図られてきた。第4期基本計画期間中においても、大強度陽子加速器施設(J-PARC)、X線自由電子レーザー施設(SACLA)、スーパーコンピュータ「京」といった最先端の研究施設が次々に供用を開始しており、これらの施設が一定の地理的近接性を持って一国に整備され、産学官による活用拡大が進んでいる状況は、我が国の科学技術における大きな強みである。
 他方、近年の大学、研究開発法人の基盤的経費の減少等も影響して、整備した研究施設・設備が十分に運転時間を確保できず、また施設・設備を支える技術支援者等も不足している状況にある。また、大学等の施設の老朽改善の遅れは、教育研究活動の弱体化、ライフラインの事故増加や教育研究活動の中断といったリスクを増大させている。加えて、あらゆる研究活動等の基盤となる学術情報ネットワーク(SINET)の回線速度が主要国よりも低く、学術雑誌等を通じた研究成果の国際的な受発信力が弱いなど、我が国の情報基盤は、諸外国と比較して遅れを取っている。
 そのような中で、大学や公的研究機関が保有する「公共財」とも言える研究施設・設備を、積極的に外部に開放していこうとする取組は必ずしも十分には実施されておらず、また、研究現場で用いられる先端的な研究機器の外国産割合が増加傾向にあるなど、研究基盤の効果的・効率的利用に向けた課題が残っている。

<産学官連携、事業化支援>

 第1期基本計画以降、産学官連携・交流促進のための各種規制緩和や制度改正、支援取組が実施されてきた。国立大学等の法人化と国立試験研究機関の独立行政法人化もあり、大学・研究開発法人と民間企業との共同研究件数、大学・研究開発法人の特許保有件数や特許実施等収入は着実に増加し、産学官連携活動はこの20年間で大きく活性化した。社会にインパクトをもたらした成果事例も見られている。
 しかし、本格的な産学官連携の取組は一部にとどまっている。近年は、センター・オブ・イノベーションプログラム(COI)等、研究開発課題の設定段階から産学官で連携する取組が開始されているが、産学官連携事業全体を見ると、例えば産学共同研究1件当たりの受入れ金額は約半数が100万円未満であるなど、人脈形成を目的とするような初期段階の取組が多い。産学相互における知的財産や研究成果の取扱いに関する意識の相違などがあり、大学等で生み出された知識・技術が国内企業に十分に活用されていない状況にある。また、産学官のセクターを越えた人材流動がほとんど起こっていないことも大きな課題である。
 なお、産学連携事業においては、大企業よりも、意思決定が早くリスクを取りやすい中小・ベンチャー企業において、その投資をより効率的に事業化に結び付けている傾向にある。しかし、第2期基本計画から設立が促進された大学発ベンチャーは、資金調達や販路開拓の難しさ、ベンチャーの経営を支える人材の不足等を背景として、新規設立数が大幅な減少傾向にあり、活性化が進んでいない。また、中小企業支援の取組も停滞している。
 地域におけるクラスター形成等の科学技術振興の取組は、成果の商品化等を通じて地域経済に一定の効果をもたらしてきた。しかし、地域内のプレーヤーだけで連携を完結しようとする傾向や、地域における資金・人材・情報等の不足などにより、地域に形成された科学技術拠点が我が国の成長センターとして大きく発展するまでには至っていない。
 知的財産戦略も継続的に重要視されてきた。その結果、我が国の特許出願件数は世界2位、登録件数は世界1位であり、我が国は「特許大国」の地位を揺るぎないものとしている。一方で、イノベーションの実現企業は諸外国と比較して少なく、我が国が抱える強みをイノベーションに結び付けるためのシステムが必ずしも十分に構築できていないことが示唆される。

<研究開発の重点化>

 第2期基本計画で掲げられた4分野(※5)への重点化は、第2期基本計画期間中の資源配分の比重を変化させ、当該4分野の研究者層に厚みをもたらした。第3期基本計画においては、「分野別推進戦略」に基づき「戦略重点科学技術」が選定され、それぞれの分野内における個別の研究開発に対する資源配分の重点化が行われた。
 第4期基本計画では、科学技術政策を科学技術イノベーション政策へと転換すると同時に、その政策の推進に当たって、分野別に方向性を提示するのではなく、我が国や世界が直面する課題(※6)を予め特定した上で、課題達成に向けて科学技術を戦略的に活用していくべきとされた。
 その後、平成25年6月に「科学技術イノベーション総合戦略(以下、「総合戦略」という。平成26年6月に「総合戦略2014」として改訂された。)」が策定され、5つの重要課題(※7)が特定され工程表が定められた。また、同戦略では、総合科学技術会議の司令塔機能強化についても定められ、これを受けて、平成26年4月に内閣府設置法が改正され、同年5月、総合科学技術会議は「総合科学技術・イノベーション会議」へと改組された。また、平成25年度以降、戦略的イノベーションプログラム(SIP)、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)等の新たな取組が開始されており、今後の成果が待たれるところである。


  • ※5 第2期基本計画では、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料が「重点4分野」として設定された。第3期基本計画では、これらの分野が引き続き「重点推進4分野」と設定された上で、エネルギー、ものづくり技術、社会基盤、フロンティアが「推進4分野」として設定された。
  • ※6 第4期基本計画では、最重要課題として、「震災からの復興、再生の実現」、「グリーンイノベーションの推進」、「ライフイノベーションの推進」が設定された。
  • ※7 総合戦略では、科学技術イノベーションが取り組むべき課題として、「クリーンで経済的なエネルギーシステムの実現」、「国際社会の先駆けとなる健康長寿社会の実現」、「世界に先駆けた次世代インフラの整備(総合戦略2014では「世界に先駆けた次世代インフラの構築」)」、「地域資源を‘強み’とした地域の再生(総合戦略2014では「地域資源を活用した新産業の実現」)」、「東日本大震災からの早期の復興再生」が設定された。

<国際活動>

 第1期基本計画から、外国人研究者の受入れと我が国の研究者の海外派遣が推進されてきた。近年、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)のような先進的事例の進展により、国際活動の重要性や研究活動に及ぼす好影響の認識が増しており、また、大学等の国際化を促進する取組が増えていることからも、大学、研究開発法人における外国人割合は漸増傾向にある。しかし、諸外国と比べて国際化はいまだ不十分な状況にある。また、国境を越えた人材流動性の低さも課題であり、一般的に良く言われる若者の「内向き志向」は近年若干の改善傾向にあるものの、海外派遣者や留学生の数は十分でない。このように、我が国の研究活動のグローバル化はいまだ十分とは言えず、我が国が国際的な研究ネットワークの中核から外れてきている傾向も見られる。
 また、大規模な研究開発活動が国際協力により推進されてきている。我が国も、国際熱核融合実験炉(ITER)、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)、国際宇宙ステーション(ISS)、統合国際深海掘削計画(IODP)等の国際プロジェクトへ参画し、当該プロジェクト分野における国際競争力及び科学技術外交における我が国の優れた存在感の維持、向上に資するとともに、世界の科学技術の発展や人類の進歩に貢献してきている。

<科学技術と社会>

 第1期基本計画から科学技術と社会との関係は重要視され、科学技術に関する国民の理解増進、倫理問題への対応、科学技術政策への国民参画の促進などに向けた取組が実施されてきた。基本計画上もその重要度は徐々に高められてきている。しかし、社会が大きく変化する中で、社会の変化を捉え、その期待や要望に応えるための取組が十分に実施されてきているとは言い切れない。科学技術コミュニケーション活動について、政府、研究機関、研究者、一般市民それぞれによる取組が実施されてきたものの、科学技術や科学者と社会との距離はいまだ遠いとの指摘がある。

<研究開発機関>

 第2期基本計画期間中の国立大学等の法人化と国立試験研究機関の独立行政法人化は、各機関の柔軟な研究運営を可能とした。また、第4期基本計画期間に入り、国立大学改革プランが策定され、同プランを受けて国立大学のガバナンス改革や人事・給与システム改革等が進みつつある。加えて、平成27年度からは、新たな研究開発法人制度が発足し、研究開発成果の最大化を目的とする法人は「国立研究開発法人」として類型化される。さらに、今後、世界トップレベルの成果を生み出す創造的業務を行う法人を「特定国立研究開発法人(仮称)」として位置付ける方針も定められている。このように、大学及び研究開発法人の改革は大きく進展してきている。
 一方で、大学と研究開発法人が、科学技術イノベーション振興の観点からの役割を最大限発揮できている状況とはなっていない。大学に関しては、運営費交付金の減少等により、安定的なポストが減少していることに加え、適切な大学間競争が起こっていない等の指摘もある。また、研究面に関して、若手教員を中心に研究時間が減少傾向にあることなども課題として挙げられる。また、研究開発法人に関しては、予算や評価の仕組み等における様々な制約や、運営費交付金の減少等により、研究開発法人としての優れた特性を活かした役割が十分果たせていないとの指摘がある。

<政府研究開発投資、研究開発資金>

 第1期基本計画で政府研究開発投資目標として17兆円が掲げられ、目標は達成された。しかし、その後の第2期基本計画では目標24兆円に対して実績約21.1兆円、第3期基本計画では目標25兆円に対して実績約21.7兆円と、投資の拡充が目指されたものの目標達成には至らなかった。第4期基本計画においては、平成26年度当初予算までの実績は約18.6兆円であり、第3期基本計画と比較して実績は上積みとなる可能性が高いものの、25兆円という目標達成に向けては更なる努力が必要である。

 また、大学や研究開発法人における運営費交付金等の基盤的経費については、基本計画でも継続的に当該経費の充実が掲げられてきたが、少なくともこの10年間程度は大幅に減少している。基盤的経費の減少は、ここまでに掲げた様々な問題を生み出す要因の一つとなっている。
 一方で、第1期基本計画で拡充とされた競争的資金については、第3期基本計画までは順調に予算額の増加を続けたものの、近年は、競争的な性格を有する経費全体で見て、ほぼ横ばいで推移している傾向が伺える。競争的資金制度の運用改善は継続的に進められ、特に平成23年度の科研費の基金化は、研究開発の効果的・効率的な実施に大きく役立っている。
 最後に、第2期基本計画から導入が開始された間接経費は、競争的資金に着実に措置され、大学等の研究機関の研究推進機能の充実に貢献してきた。しかしながら、平成22年度に競争的資金の要件が厳格化されたことを受けて、研究費であっても30%措置されていない事業が見られている。このため、「研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費を手当てし、研究機関間の競争を促し、研究の質を高める」という間接経費の導入の趣旨が十分に達成されていない懸念がある。

<まとめ>

 以上を総括すると、第1期基本計画からの20年間にわたる科学技術への投資によって、科学技術イノベーションを進めていくための環境は着実に整備されてきており、特に、研究者や特許等の量的規模、基礎研究や研究基盤が有する国際競争力は、世界における我が国の大きな強みであると言える。この強みを一層強化していくとともに、イノベーションシステムの中で有効に活用していくための取組が必要である。
 他方、これまでの基本計画において、様々な取組が検討、実施されてきたが、それらの取組が、我が国特有の社会構造の中で必ずしも有機的に結び付いておらず、基本計画開始から20年経過した現在、多くの課題が顕在化してきている。特に、若手をはじめとする人材を巡る課題は極めて深刻であり、我が国の旧来型の人材システムを一刻も早く改革していかなければならない。
 また、上述した内容に加えて、科学技術イノベーション活動の実行主体を担う大学や研究開発法人の改革強化の取組や、あらゆる活動を支える資金改革の取組が、全ての取組と有機的な繋がりを持って実行される必要がある。特に大学は、高度人材の育成や基礎研究の推進に大きな役割を担っており、我が国の科学技術イノベーション力の強化の観点からも大学改革の着実な推進が期待される。
 以上の状況を踏まえると、これまでの20年間の投資効果を最大化できるか否かは、これからの科学技術イノベーション政策の成否に大きく委ねられていると言える。このため、今後5年間の実行計画となる第5期基本計画は、我が国にとって極めて重要な役割を担うものとなる。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

学術政策第1係
電話番号:03-5253-4111(内線3848)
ファクシミリ番号:03-6734-4008
メールアドレス:shingist@mext.go.jp

(科学技術・学術政策局政策課)

-- 登録:平成27年06月 --