2.「原子力・放射線」部門の設置

新たな技術部門の設置に当たっては、社会的必要性、既存技術部門による対応可能性、当該技術部門の技術士の活用イメージ、関連する産業界における技術者数等の観点から、その必要性及び成立性を検討する必要がある。
かかる観点から検討を行ったところ、「原子力・放射線」部門の設置について、次の結論が得られた。

1.以下に掲げる喫緊の社会的需要を踏まえ、原子力技術に係る新たな技術部門として、「原子力・放射線」部門を設置することが妥当である。

(1)部門名称および対象技術分野

本部門の対象技術分野は、原子炉システム技術および核燃料サイクル技術と放射線に関する原子力技術分野とする。原子力技術は放射線に係る内容も含むことから、「原子力」部門という名称であっても、放射線利用等に係る内容を包含しうるが、放射線利用等に係る技術者をも対象とする技術部門であることを明確にするために、「原子力・放射線」部門とする。

(2)原子力技術に関する社会的認識と視点の変化

本部門を設置するに際して、なぜ今、技術士「原子力・放射線」部門の設置が必要となったのかという理由を整理することは重要である。
このため、これまでの原子力技術に関する社会的認識や視点の変化について、以下の通り整理を行った。
従来、原子力技術に係る資格については、許認可等原子力・放射線規制上の要請に対しては、原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者などの規制法上の必置資格で対応するのが通例であった。
従って、電気事業者などでは、技術者個人としても、事業所運営上必須なものであるがゆえに事業体が報奨金を払って奨励するこれらの必置資格の取得に強い関心があり、これらの資格の取得により本人の技術能力を事業体内でアピールすることができた。
また、原子力施設に係るビジネスにおいては、その商品規模が巨大であるが故に、発注者も製造者も限定されており、この市場で発注者が製造者を選ぶ場合は、海外の原子炉メーカーとの技術提携の状態や、研究体制の充実、設計・製造の実績、工場の規模・能力、サービス部門の大きさ、歴史的な取引経験などが評価の主な観点であった。
しかし、近年の原子力システム関連のトラブル、不祥事の発生と社会環境の変化を考え合わせた時、これまでの国や組織としての安全性等の担保にあわせて、技術者一人一人が組織の論理に埋没せず、常に社会や技術のあるべき姿を認識し、意識や技術を常に向上させていく仕組みが必要であるとの結論に至った。
また、事業体と社会とのリスクコミュニケーション等社会としての受容に必要な業務を推進していくためにも、社会から信頼される個人としての技術者の存在が不可欠である。
この新たな仕組みとして、原子力技術関係者が、技術者倫理を始めとした技術者に必要な事項を審査するとともに、継続的な能力開発が求められる技術士の資格を取得することが、効果的である。

(3)「原子力・放射線」部門の必要性

1.原子力技術の社会的役割

現在、我が国においては、52基の原子力発電所(実用発電用原子炉)が稼働し、我が国の発電電力量の約34%を占めている。
今後は、新たな原子炉の建設に加え、デコミッショニング(廃止措置)等の業務の増加が想定されるとともに、核燃料サイクルに関する業務等もあいまって、我が国の原子力のエネルギー利用に係る産業は、着実に発展し続けるものと想定される。
また、放射線利用に関しては、高分子材料の改良、医療器具の無菌化、がん治療、核医学検査、農産物の品種改良、害虫駆除、非破壊検査等の多岐にわたる産業分野で利用されている。このような現状と今後の技術開発を考えると、医学・医療、農業、工業等における放射線利用は、益々進展することが想定される。
さらに、放射性同位元素、放射線発生装置に係る使用許可・届出事業所数(放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律に基づくもの)は、約5000事業所にのぼり、放射線利用に係る産業の経済規模全体では、約8.6兆円(平成9年度)(出典:旧科学技術庁委託調査)に達する。
これら原子力産業の基盤を支える原子力技術を、今後とも継続的且つ安全に維持・向上させていくのは我が国の重要な政策課題である。そのため、原子力技術に関する計画、設計、運営等、各業務を遂行するため総合的な専門能力を持った技術者の育成に資する公的資格を設定する意義は大きい。

2.総合技術としての原子力技術

原子力技術は、機械、電気、化学、金属、土木、建築等多分野の技術体系にまたがる技術であるとともに、その中核として中性子、放射線などを利用するための技術として原子力工学という固有の技術体系をもっており、更に技術士の既存の技術部門では明示されていない安全工学等の技術をも含めた総合技術である。
現行の技術部門では、原子力技術分野の技術者に必要な事項が多岐にわたる部門に分散しており、原子力プラント建設時の土木基礎工事等に携わり「建設」部門の技術士を取得する技術者以外では、原子力技術分野の技術者が技術士を取得するのは事実上困難となっている。
原子力技術分野の技術者に必要な、総合的な専門能力を確認するには、既存の技術部門の選択科目を一部手直しするだけでは不十分であり、原子力工学の他関連した技術体系を幅広くカバーする独立した技術部門を設置することが必要である(別図参照)。

3.原子力システムの安全性との関わり

原子力システムは社会から高い安全性が求められるという特徴を持ち、その要求に対応するために規制法により所要の必置資格が整備されている分野である。
原子力技術に係る新たな部門を設置するに当たっては、原子力・放射線部門の技術士(以下、「原子力・放射線技術士」という)が、社会の要求に答える位置付けを明確にするとともに、原子力システムの安全性確保に果す役割、及び既存の必置資格との関わりを整理することが必要である。
かかる観点から検討した場合、次に掲げる理由により、原子力・放射線技術士を創設することにより、原子力システムの安全性の向上につながることが期待される。

ア.原子力技術分野の技術者のレベルアップ
原子力技術分野の技術者が自己研鑽を行うに当たっての具体的目標を設定することにより、個々の技術者の総合的な能力の向上、ひいては技術者が属する事業体の技術水準の向上につながり、原子力システム全般の安全性強化を図ることが可能となる。

イ.事業体における安全管理体制の強化
現在、技術的事項についての責任は組織としてとる体制になっているが、技術的事項に関する総合的な判断を求められる立場にある者にあっては、原子力・放射線技術士の資格を取得することが望まれる。
また、建設コンサルタント業においては、プロジェクトの管理・審査に責任を持つ者として技術士が活用されているが、原子力・放射線技術士においても、類似の活用がなされることが期待される。
具体的な適用例としては、メーカーの作成図書の内、特に安全上重要な機能に関する設計図書・図面には、原子力・放射線技術士が署名を行うことにする、あるいは電気事業者など原子炉設置者が行う検査における検査成績書に、原子力・放射線技術士が署名を行うことにするなど、事業体の安全管理体制強化の手段として活用することも考えられる。
また、技術士が、組織内において法令上規定された所定の役割を果すことが求められる必置資格ではなく、計画、設計等の業務を個人として責任を持って遂行する能力を有することを保証する属人的な資質の高さを表す資格であることから、事業体内において技術的事項に対する組織中立的な意見を述べる役割を果す者、例えば技術監査役のようなものとして活用されることにより、原子力技術に携わる事業体への信頼性の向上につながることが期待される。

ウ.原子力システムに関する安全規制への活用
検査、審査、企画立案等に携わる国等の行政機関担当者にあっては、原子力技術に関する総合的視野を踏まえた業務遂行をより一層促進するために、原子力システムに関する規制・技術体系を幅広くカバーする原子力・放射線技術士の資格を取得することが望まれる。

エ.国民とのリスクコミュニケーションの充実
技術士第一次試験においては、信用失墜行為の禁止、公益確保等に関する技術士法上の規定を遵守する適性があるかどうかが確認されるが、原子力・放射線技術士にはこれに加えて、個々の事例に即し、安全、倫理、社会との関わりについて、技術論に立脚した明確かつ高度な見識が求められる。
科学技術の高度化・総合化に伴い、社会とのコミュニケーションが必要になっており、原子力技術においては、国民とのリスクコミュニケーションが重要な課題となっている。原子力技術に関する高い専門能力と安全、倫理、社会との関わりについての高度な見識を持った原子力・放射線技術士が、リスクコミュニケーションにおいて重要な役割を担うことにより、国民に対する説明責任を果すことが可能となる。

4.国際的な活用

我が国の原子力産業は、これまでの欧米で開発された原子力技術を導入する時代から、アジア諸国への原子力技術協力の時代へ移行しつつある。
また、WTO、APECエンジニア・プロジェクトなど、技術者の国際的な流動性を高める機運が盛り上がっている。
技術者資格の国際相互承認を促進するためのAPECエンジニアに認定されている技術者資格は、我が国では一級建築士と技術士のみである。
APECエンジニアに加盟している米国の技術者資格(Professional Engineer)には、既に原子力部門が存在する。APEC域内における原子力・放射線利用の動向を踏まえると、将来的にAPECエンジニアに原子力技術分野が設置される可能性がある。
我が国においても、技術士の中に原子力・放射線部門を設立することにより、我が国の原子力技術者の国際的な認知が可能となり、APEC域内において我が国の原子力技術者が活動を展開するに当たっての有力な手段となる。

(4)「原子力・放射線」部門の成立性

新たな技術部門を設置するに当たっては、技術士試験における安定した受験者数を確保するために当該技術部門に係る一定数の技術者数が存在することが必要である。
原子力技術に携わる技術者数は、約4万人(出典:「原子力産業実態調査報告(2000年度)」社団法人日本原子力産業会議等)存在し、原子炉の更新や高度化需要、放射線利用の進展等を考慮すると、将来的にも必要とされる技術者数に大幅な変動はないと考えられる。
また大学教育においても、大学及び大学院における原子力技術を専門とする卒業生約800名を、継続的に輩出している。
以上、原子力技術に携わる技術者数を踏まえると、当該部門は新たな技術部門を設置するには、充分な規模があると考えられる。

2.「原子力・放射線」部門の設置に当たっては、以下の点に留意する必要がある。

(1)制度の基本設計

原子力・放射線技術士の制度設計に当たっては、今後産業界、政府機関等で、幅広く活用されるものとするために、原子力・放射線に係る法規制・技術体系を網羅するものである必要がある。
これにより、事業体における安全管理体制への活用が可能になるとともに、国等の検査担当者に求められる資格の一つとして位置付けられる、あるいは原子炉設置許可・変更申請の審査に当たって、原子炉施設の設置及び運転に関する技術的能力に関する説明書に記載される有資格者の一つとして位置付けられるなど、原子力システムに関する安全規制への具体的な活用が可能となる。
なお、事業体としては、規制法上必要とされる原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者などの必置資格取得を優先させることが想定されることから、必置資格と原子力・放射線技術士との間で相互に一部試験免除を行うなど、原子力・放射線技術士資格取得のインセンティブを持たせる方策を検討することが必要である。

(2)安全、倫理の取扱

1.に述べたように、原子力・放射線技術士には、安全、倫理について、社会的関心も高く、より高度な見識が求められる。
そのため、第一次試験専門科目及び第二次試験必須科目において、安全、倫理について、技術論に立脚した高度な知見を有するかどうかを確認する出題を行うことが必要である。ただし、第一次試験専門科目においては、適性科目における出題とのバランスを考慮する必要がある。

(3)第一次試験専門科目

4年制大学の自然科学系学部の専門教育程度とする必要があることから、現在の原子力技術に係る大学のカリキュラムに基づき、「原子力」、「放射線」とする他、エネルギーに関する技術全体の中で原子力技術をとらえることができるように「エネルギー」を範囲に含めることとする。

(4)第二次試験選択科目

各々の選択科目の設定にあたっては、技術者の今後の発展性を考慮し、専門特化しすぎないことが必要である一方、あまりにカバーする技術体系が広範にわたり、受験生に対して過度の負担を強いるものにならないよう配慮する必要がある。
以上を踏まえ、第二次試験選択科目及びその内容は下表のとおりとする。

第二次試験選択科目とその内容

二次試験の選択科目 選択科目の内容
原子炉システムの設計及び建設
原子炉の理論、原子炉・原子力発電プラントの設計・製造・建設・品質保証、安全性の確保、核融合炉、その他原子炉システムの設計及び建設に関する事項
原子炉システムの運転及び保守
原子炉の理論、原子炉・原子力発電プラントの運転管理・保守検査、安全性の確保、原子力防災、廃止措置、その他原子炉システムの運転及び保守に関する事項
核燃料サイクルの技術
核燃料の濃縮・加工等、使用済燃料の再処理・輸送・貯蔵、放射性廃棄物の処理・処分、安全性の確保、保障措置、その他核燃料サイクルの技術に関する事項
放射線利用 放射線の物理、化学、生物影響、工業利用、農業利用、医療利用、加速器、その他放射線利用に関する事項
放射線防護 放射線の物理、化学、生物影響、計測、遮蔽、線量評価、放射性物質の取扱い、放射線の健康障害防止、その他放射線防護に関する事項

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