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中央教育審議会

  


第1部  今後における教育の在り方


  今後、我が国の教育はいかに在るべきか、また、その際、学校・家庭・地域社会の役割と連携はいかに在るべきかについて検討するには、今の子供たちの生活の現状や、それを取り巻く家庭や地域社会の現状はどうなっているか、そして、子供たちが成人するころの社会はどのようなものになり、そこではどのような教育が必要になるであろうかが検討されなければならない。そこで、我々は、まず、このような点について検討を行った。

(1) 子供たちの生活と家庭や地域社会の現状

  戦後、我が国は新しい教育理念に基づく新しい教育制度を出発させた。その後、50年が経過し、今日に至っている。
  この間の経済の成長、交通・情報通信システムの急速な整備など、様々な分野における進展は我が国社会を著しく変貌させた。確かに人々の生活水準は向上し、生活は便利になったが、その反面、人々の生活は[ゆとり]を失い、慌ただしいものになってきたことも否めない。家庭もその有様を変貌させ、地域社会も地縁的な結びつきや連帯意識を弱めてしまった。
  このような社会全体の大きな変化の中で、子供たちの教育環境も大きく変化した。経済水準の上昇、高い学歴志向等に支えられて高等学校・大学への進学率は急激な上昇を見、教育は著しく普及した。また、食生活や生活様式の変化などを背景に子供たちの体格は大いに向上した。しかし、子供たちの生活は大人社会と同様に慌ただしいものになった。
  このようにして、現在の子供たちの生活を見ていくと、過去の子供たちにはなかった積極面が見られる一方で、様々な教育上の課題が生じてきている。また、子供たちを取り巻く家庭や地域社会についても様々な教育上の課題を指摘することができる。

[1] 子供たちの生活の現状

(ゆとりのない生活)

  まず、現在の子供たちは、物質的な豊かさや便利さの中で生活する一方で、学校での生活、塾や自宅での勉強にかなりの時間をとられ、睡眠時間が必ずしも十分でないなど、[ゆとり]のない忙しい生活を送っている。そのためか、かなりの子供たちが、休業土曜日の午前中を「ゆっくり休養」する時間に当てている。また、テレビなどマスメディアとの接触にかなりの時間をとり、疑似体験や間接体験が多くなる一方で、生活体験・自然体験が著しく不足し、家事の時間も極端に少ないという状況がうかがえる。
  このような[ゆとり]のない忙しい生活の中にあって、平成4年及び6年のNHKの世論調査においても、「夜、眠れない」、「疲れやすい」、「朝、食欲がない」、「何となく大声を出したい」、「何でもないのにイライラする」といったストレスを持っている子供もかなりいることが報告されている。

(社会性の不足や倫理観の問題)

  次に、友人や兄弟姉妹について見てみると、友人、兄弟姉妹ともに、その数が減少する傾向が見られる。例えば、厚生省の「児童環境調査」によると、小学校5年生から中学校3年生の「よく遊ぶ友人の数」は、昭和61年に「2〜3人」が27.2%、「6人以上」が32.4%だったのが、平成3年には、「2〜3人」は32.5%に増え、「6人以上」は26.7%に減少している。兄弟姉妹の数についても、国民生活白書によると、昭和37年に、「4人以上」が62.2%、「2人」が11.5%、「1人」が 5.0%だったのが、平成4年には、「4人以上」は 5.1%に減少し、「2人」は57.9%、「1人」は 9.0%に増加している。また、友人は、同年齢の者の割合が大きくなってきている。友人との付き合い方について、平成4年のNHK世論調査を見ると、「親友」との付き合い方であっても、「心の深いところは出さないで」と「ごく表面的に」と答えた者の合計は、中学生で35.1%、高校生で29.3%に上り、「普通の友達」との場合は、中学生で84.3%、高校生で90.2%の者がそう答えている。こうしたことを背景に、生活体験や社会体験の不足もあって、子供たちの人間関係を作る力が弱いなど社会性の不足が危惧される。
  民間の教育研究所の調査では、中学生の規範意識に関して、「放置してある他人の自転車に乗る」、「他人の体育館ばきを無断で使用する」など、すべての調査項目について、「悪い」と思う割合が昭和58年の調査よりも平成7年の調査の方が低下していることが示されており、子供たちの倫理観についての問題もうかがえる。

(自立の遅れ)

  また、日常生活や自分の将来について調べた調査では、子供の自立が遅くなっている傾向が見られる。例えば、小学生(4年生から6年生)について、NHKの世論調査の昭和59年と平成6年を比べてみると、「自分の身のまわりや部屋のかたづけをする」は、43.7%から34.4%へと、「将来、何になりたいかを決めている」は、39.6%から32.6%へとそれぞれ減少している。中学生・高校生についても、同世論調査の昭和57年と平成4年を比べてみると、「将来、何になりたいかを決めている」は、中学生で40.2%から35.9%へ、高校生で49.8%から42.7%へとやはり減っている。

(健康・体力の問題)

  身体的な面については、身長・体重など体格面での着実な向上が見られるとともに、戦前には多かった結核などの感染症なども著しく改善されている。また、歯磨きなどの基本的生活習慣の改善により、最近では、むし歯も着実に減少している。しかし、肥満傾向を有する者の増加や視力の低下など新たな健康問題が生じており、適切な生活行動についての知識や、それを実践する力が子供たちに不足しているという指摘もある。体力・運動能力については、敏しょう性は向上する傾向が見られるものの、瞬発力、筋力、持久力、柔軟性などは全般に低下傾向にある。これらは、日常生活において、体を使っての遊びなど基本的な運動の機会が著しく減少していることに起因すると考えられる。

(現代の子供の積極面)

  一方、昭和63年の東京都の世論調査では、大人は、今日の青少年について、「人生を楽しく過ごすこと・遊び心」、「センスの良さ・スマートさ」、「異なる文化を受け入れる頭のやわらかさ」、「自分の意見を率直に述べること」、「国際性」、「感性の豊かさ」などの点について、自分の青少年期よりも優れていると考えているという報告がなされており、平成6年のNHKの世論調査でも、かなりの親が自分の子供時代と比べて今の子供は「流行に敏感である」、「メカに強い」と答えている。
  また、平成3年度の文部省調査では、64.8%の子供が「日本と外国の関係や外国に関することがらに関心がある」と答えているほか、国際交流に関して今後やってみたいこととして、相当数の子供が「外国に旅行したい」(70.7%)、「外国人と友達になりたい」(49.8%)、「外国で仕事をしたい」(23.4%)と答えるなど、国際交流に積極的な面のあることが示されている。
  さらに、今日の子供たちには、社会に対して積極的にかかわっていこうとする気持ちを強く持っている傾向もうかがわれる。例えば、昭和46年の総理府の調査では、20歳代の若者で「地域や社会のための活動や奉仕活動をしてみたいと思う」と答えた者が27.5%であったのに対し、平成2年の総理府の調査によると、「社会参加活動に参加してみたいと思う」と答えた者が39.4%に増加している。また、平成7年1月に起こった阪神・淡路大震災の際にボランティア活動に参加した人の中では、10歳代から20歳代の若者が多くを占めるなど、社会参加や社会貢献に対する意欲は強いものがあると思われる。

(学校生活をめぐる状況)

  次に、子供たちの学校生活をめぐる状況を見てみると、平成6年の文部省の調査によれば、学校の生活に「満足している」、「まあ満足している」と答えている者が、小学生では91.2%、中学生では70.6%、高校生では64.3%となっており、全体としては、学校生活を楽しいと考えている子供たちが多いものの、中学校、高等学校と進むにつれて学校生活への満足度が減少してくるという傾向がうかがえる。
  小・中学生の通塾率は、次第に増加し、平成5年においては、小学生で23.6%、中学生で59.5%が通っている。塾に通う理由は様々であるが、過度の塾通いは子供らしい生活体験・自然体験や遊びの機会を失わせる等見過ごすことのできない問題を持っている。その要因とされる過熱化した受験競争については、本来の学ぶ目的を見失わせたり、子供の発達や人間形成に悪影響を与えたりすることが懸念される。特に、今日、その低年齢化が進んでいる状況は教育上の大きな課題と言わなければならない。
  いじめや登校拒否の問題も極めて憂慮すべき状況にあると言わなければならない。平成6年度において、いじめの発生件数は、小学校2万5,295件、中学校2万6,828件に上っている。また、登校拒否の子供の数は年々増加し、30日以上欠席した登校拒否の子供の数は、平成6年度において小学生1万 5,786人、中学生6万 1,663人となっている。特にいじめについては、これを苦にしたと考えられる自殺事件が相次いで発生しており、憂慮に堪えない。

[2] 家庭や地域社会の現状

  次に子供たちを取り巻く家庭や地域社会の現状はどうであろうか。

(a) 家庭の現状

  まず、家庭についてであるが、核家族化や少子化の進行、父親の単身赴任や仕事中心のライフ・スタイルに伴う家庭での存在感の希薄化、女性の社会進出にもかかわらず遅れている家庭と職業生活を両立する条件の整備、家庭教育に対する親の自覚の不足、親の過保護や放任などから、その教育力は低下する傾向にあると考えられる。
  平成5年の総理府の世論調査では、家庭の教育力が低下していると思う点としては、「基本的生活習慣が身についていないこと」が、最も多くの者から指摘されており、家庭の教育力が低下していると思う理由としては、「過保護・甘やかせ過ぎな親の増加」や「しつけや教育に無関心な親の増加」が、多くの者から指摘されている。また、親が子供と一緒に過ごす時間については、諸外国に比べて、特に父親が少ない。
  しかし、平成5年の別の総理府の世論調査によると、「10年前に比べて、家庭を重視する男性が増えている」と感じている人の割合は72.1%に達し、また、20歳代から30歳代の人々の80%以上は、「今後、男性が子育てや教育などに参加して家庭生活を充実し、家庭と仕事の両立を図るためには、企業や仕事中心のライフ・スタイルを変える方がよい」と考えている。このように、国民の多くが仕事中心から家庭や子育てを大切にする生活へと意識が変わってきていることもうかがえる。

(b) 地域社会の現状

  次に、地域社会については、都市化の進行、過疎化の進行や地域社会の連帯感の希薄化などから、地縁的な地域社会の教育力は低下する傾向にあると考えられる。例えば、平成5年の総理府の世論調査を見ると、自分と地域の子供とのかかわりについて、「道で会ったとき声をかけた」36.3%、「危険なことをしていたので、注意した」35. 8%、「悪いことをしたので注意したり、しかったりした」28.3%、などの一方、「特にない」は29.9%となっており、約3割の人が地域の子供とのかかわりを全く持っていないと答えている。しかしながら、平成6年の文部省の調査において、子供の健全な成長のために地域の大人たちが積極的に子供たちにかかわっていくべきと思うかどうかについて、子供たちの保護者に尋ねたところ、「積極的にかかわっていくべきだと思う」、「どちらかといえばかかわった方がよいと思う」と答えた者の合計は89.3%に上り、保護者の意識の上では、地域社会が子供たちの成長にかかわっていくべきであると考えていることが分かる。
  また、平成2年の総理府の世論調査は、地域活動、子供会やスポーツなどの指導、社会福祉活動等といった、いわゆる社会参加活動については、「参加している、あるいは参加したことがある」と答えた者が増えていることを示しており、さらに、平成5年の総理府の世論調査では、特にボランティア活動に対して、地域社会の人々の参加意欲が高まっていることが示されている。

  以上、家庭と地域社会の現状について見てきた。
  こうした家庭や地域社会に見られる教育力の低下は、大きくは、戦後の経済成長の過程で、社会やライフ・スタイルの変容とともに生じてきたものと言わなければならない。例えば、家庭については、これまで企業中心の行動様式が広く作り出されてきたこと、民間企業などから提供される多彩で便利なサービスを享受することによって家庭の機能を代替させえたことなどが大いにかかわっていると言えるし、地域社会については、都市化や情報化の進展によって、かつては息苦しいとまで言われた地域社会の地縁的な結びつきが弛緩していったことなどの事情が大きくかかわっていると言えよう。
  このように、家庭や地域社会の教育力の低下の問題は、日本人のライフ・スタイルや現代社会の構造そのものにかかわる問題であり、その新たな構築を図ることは容易ではないであろう。
  しかし、今、人々は、家庭や地域社会の本来の機能を外部にゆだねたり、喪失させてしまうことによって、一見快適な生活を送ることができるようになったことが本当に良いことだったのか、また、それで果たして本当に幸福になったのか、ということを問うようになってきた。このことは、単に子供たちの教育の問題だけでなく、我が国の国民生活の様々な問題に取り組む上でも重要な課題である。我々は、今こそこの問題を社会全体で真剣に考え直してみなければならないときだと考える。



(大臣官房  政策課)




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