大学における社会人の受入れの促進について(論点整理)

平成22年3月12日
中央教育審議会大学分科会大学規模・大学経営部会

1 問題意識と現状

(1) 社会人入学者数

 18歳人口だけでなく,我が国の人口が減少期を迎えた中,成熟した社会において,社会人や高齢者等の多様な人々のうち,どの程度が大学で学ぶようになるか想定することは,今後,大学として必要とされる量的規模,又は政策的に妥当とされる規模を検討していく上で重要な論点である。
 しかしながら,大学入学者のうち25歳以上の者の割合は,OECD平均では21%であるのに対し,我が国は2%にとどまる。
 我が国では,大学学部への社会人入学者数のピークは,平成10年度の5,228人,通信制を含めると平成13年度の18,340人であり,以後,減少傾向にある。社会人入学者数は,通信制の方が,通学制よりも多い。
 ただし,大学院への社会人入学者数は,近年は増加傾向にあり,平成20年度は18,799人である。そのうち1,200人程度が通信制への入学者である。全入学者に対する社会人入学者の占める割合は,近年,17~18%である(平成20年度には,修士課程が12%,博士課程が34%,専門職学位課程が41%)。

(2) 社会人の大学での学修ニーズ

 就業者を対象とした調査によると,勤務時間外の学習のために活用したことがある教育機関として大学を挙げた者は約6%にとどまる。
 また,大学卒業・大学院修了の就業者のうち,「機会があれば大学院修士課程に修学したい」者は約15%,「関心はある」者を含めると約49%である。
 しかし,学修を妨げている要因として,「業務が多忙」や「雇用者の理解が得られない」のほか,「職業生活と学修の両立のための費用や学修時間の確保が難しい」や「魅力的なカリキュラムがない」が挙げられている。
 なお,学修を妨げている要因に関連して,事業所の人事担当者を対象とした調査によると,在職者の大学院への修学(学位未満の短期履修を含む)について,約43%が「原則として認めない」という方針を採っている。

(3) 社会人の受入れを推進するこれまでの取組

 これまでの大学審議会や中央教育審議会の答申を踏まえて,大学制度の弾力化をはじめとして,以下のような改革が講じられてきた。

  1. 大学設置認可における抑制の例外(昭和51年より平成14年まで)
  2. 大学制度の弾力化
    • 社会人学生の入学資格の弾力化(平成元年等)
    • 夜間大学院(修士課程は平成元年,博士課程は平成5年)
    • 昼夜開講制(学士課程は平成3年,修士課程は昭和49年,博士課程は平成5年)
    • 「メディアを利用して行う授業」の明確化(平成10年)
    • 大学院修士課程の短期在学コース(平成11年),長期在学コース(夜間大学院は平成元年,その他の修士課程は平成11年)
    • 早期卒業(学士課程は平成11年,修士・博士課程は平成元年)
    • 長期履修学生制度(平成14年)
    • サテライトキャンパスの制度化(平成15年)
  1. 通信教育の充実
  2. 科目等履修生制度(学士課程は平成3年,修士・博士課程は平成5年)及び履修証明制度(平成19年)

(4) 社会人の学修に係る負担の軽減

 社会人の学修に係る経済的負担の軽減として,次のものが挙げられる。

  • 奨学金事業や授業料等の減免制度
  • 教育訓練給付制度における指定講座制度の活用
  • 社会人を大学に派遣する企業等の経済的負担軽減策として,中小企業が雇用者を大学等に派遣する場合の法人税額控除

 また,大学修学のための休業制度として,平成12年には,公立学校の教員が専修免許状を取得するための「大学院修学休業制度」が創設された。国家公務員の場合は,平成19年に,大学等での修学や国際貢献活動を希望する職員のための休業制度が「国家公務員の自己啓発等休業に関する法律」により導入された。
 これらと類似の制度を設ける国立大学法人も見られる。

2 社会人の受入れ促進の意義

 大学が,社会人の学修動機に応える魅力ある教育プログラムの実施や社会人に配慮した学修環境の整備等を通じて社会人の受入れを促進することは,以下の(1)~(3)に示したとおり,学習者個人の要請に応えるだけでなく,社会的要請に応える取組でもある。また,各国の動向をみても,社会人就学が大学教育の現代化に寄与し,経営上も効果的であると考えられる。
 大学の機能別分化が進む中,とりわけ,大学院修士課程,学士課程における幅広い職業人養成等に重点を置く大学,短期大学では,産業界や地域と密接に関わりながら,社会人等の需要に対応した学修内容・方法を開発,提供していくことが期待される。

(1) 社会的要請に応えること

 就業者が,専門的知識・技能を獲得する,あるいは知識・技能の高度化・現代化を図ること。
 高齢者が職業生活で得た知識・技能や人生経験を生かして,あるいは新たな専門的知識・技能を獲得し,地域の経済・社会活動に参画すること。
 就業していない者が専門的知識・技能を獲得し,就業や社会参画の機会を得ること。
 これらのことが,社会の成長,経済の活性化を支える上で必要であり,特に少子高齢化社会にあっては不可欠。

(2) 学習者の要請に応えること

 学習者が,各自の学ぶ目的を具体化すること。
 それぞれの学習目的は,職業上の専門的知識・技能の獲得やその高度化・現代化,職業生活等で得た経験の理論化を通じた職業上の能力向上,就業や社会活動参画等を目的とした専門的知識・技能の獲得など,様々であり,かつ個人にとって明確。

(3) 大学教育の現代化を図ること

 各国の動向をみても,社会人をはじめ多様な学生が就学することが,大学教育の現代化に寄与。また,少子高齢化社会にあっては,従来型の学生像にとらわれず幅広い層から学生を受け入れることが,経営上も効果的と考えられる。
 なお,国際的な動向をみても,上に示した社会人受入れ促進の意義に鑑みても,我が国の大学教育が社会人の受入れ規模を一層拡大することが求められるが,これは,我が国の大学教育の規模を検討するに当たって大学数等についてどう考えるかという議論とは区別されるものである。したがって,大学教育に対する多様な要請や期待に真摯に応える努力や,教育の質の向上の努力を怠る大学があるならば,淘汰を避けることができないことには変わりがない。

3 検討の方向

(1) 全国的かつ横断的な観点からの検討の方向

 これまで,大学制度の弾力化をはじめ,社会人の学修に係る負担軽減を図る施策が講じられてきたが,依然として,学修目的に合った教育プログラムの不在や,職業との両立や時間・費用が大学就学を妨げる要因となっている。
 大学ごと,地域ごと,分野ごとに,状況は多様であり,それぞれに応じた取組が求められるが,全国的かつ横断的な観点からは,1.大学教育の充実,2.学修成果の評価,3.大学就学に係る負担の軽減,の3つの方向からの検討が考えられる。

  1. 大学教育の充実
    大学教育の内容を,社会人の学修目的,とりわけ職業生活上の要請に的確に応えるものとしていくこと
  2. 学修成果の評価
    学修成果が職業生活等で適切に評価され,学習者個人の目的にとどまらず,社会や経済の発展のために活用されること
  3. 大学就学に係る負担の軽減
    社会人の就学に係る具体的な支障や負担(学習環境,経済的負担,就労環境等)を取り除くこと

(2) 社会的要請に応える観点から特に大学就学が期待される学習者層

 これまで,社会人のリカレント教育や生涯学習機会の提供を目的として各大学で社会人向けの教育プログラムの実施が行われてきた。今後は,社会の成長,経済の活性化を支える知的資本としての成人層への能力向上のための学修機会の提供という,社会人受入れ促進に対する社会的要請に応えるという観点を特に重視した取組が広く行われることが期待される。
 このため,特に以下の学習者層の学習目的に応じた教育プログラムの編成・実施を促進することが考えられる。

  1. 就業者のうち,企業研修等で組織的に学修する者,及び自主的に大学に就学する者
     学習目的は,専門的知識・技能の向上,業務の高度化・現代化に伴う知識・技能の獲得(情報化,国際化,労働集約化,新規立法・制度への対応等),企業経営の中核を担うための職能開発など。
  2. 入職後,短期間で離職した者や,高等教育修了後に就業機会が得られなかった者など,職業生活への移行に困難をきたしている20~30代の若年層
     学習目的は,就業に必要な職業知識・技能の習得など。
  3. 子育て等に従事する女性のうち,就業を中断後,復職等を希望する者(特に,医師,看護師,保育士等の資格職業への復職希望者)や,新たに就業を希望する者
     学習目的は,復職希望者にあっては自らの職業に係る知識・技能の現代化,就業希望者にあっては就業に必要な職業知識・技能の習得など。
  4. 定年退職等を迎えた高齢者
     学習目的は,職業経験を生かした起業(営利目的,社会貢献目的の双方を含む)・就業の準備や,地域参画活動の準備など。

 また,就業等を希望しない者においても,生き生きとした生活を送るため,いわば生活の一部として継続的な学修機会を求める者が想定される。

(3) 社会全体での取組の促進

 (2)で述べたとおり,人口構造・産業構造・社会構造が大きく変わる中,大学における社会人受入れの促進は,我が国の知的資本としての成人層の能力向上という,我が国社会全体の課題への対応策として取り組まれるべきである。
 このため,大学と産業界や地域社会が一体となって,成人層が恒常的に大学で学び,その成果をもって,職業生活や地域社会でさらに活躍できる社会を目指し,大学と産業界や地域社会が一体となって取り組むことが重要である。

4 具体的方策(例)

 3(2)に示した社会的要請に応えるという観点を特に重視した教育プログラムの編成・実施が広く行われるためには,3(3)に示したとおり社会全体での取組が求められる。例えば,企業等における人材育成において大学教育をより積極的に活用することが期待される。
 ここでは,求められる取組のうち,大学に期待される取組を以下(1)に,それらへの国の支援策を以下(2)に整理し,提言するものである。

(1) 大学に期待される取組

  1. 大学教育の充実及び学修成果の評価
    (ア)社会人の学修動機に応える学位プログラムの編成

     学修を通じて修得できる知識・技能の明確化を図るとともに,授与する学位の分野を教育内容に則したものとする取組を進める。あわせて,教育に関する情報を積極的に公開する。
    (イ)履修証明制度の活用の促進
     履修証明制度を活用し,地域の需要に対応した人材育成教育プログラムの実施や,地域の企業等の産業界や自治体による各種の研修事業との連携を進める。
    (ウ)大学間連携による地域の人材育成需要に対応した教育プログラムの実施
     施設設備の共同整備や各大学の教育資源の効率的・効果的活用を促進しつつ,地域の産業界,自治体,関係機関と連携し,地域の人材育成需要に対応した教育プログラム等を実施することを目的とする大学間連携を進める。
     これにより,地域の大学群全体で人材育成機能・基盤の強化を図る。
  2. 大学就学に係る負担の軽減
    (エ)情報通信技術等を活用した多様かつ柔軟な学修形態の提供

     情報通信技術や,授業の方法,授業の時間・場所,修業年限等に係る諸制度等を活用しつつ,社会人に配慮した多様かつ柔軟な学習形態を提供する。
     こうした多様かつ柔軟な学習形態の提供を可能とするための学内体制や学校運営体制を整える。
    (オ)経済的負担の軽減
     社会人,高齢者等の多様な学習者を対象とする経済的負担軽減策の充実を図る(入学料免除,単位制授業料,授業料分割納入制度,授業料減免措置,奨学金制度等)。
     あわせて,履修や経済支援に関する情報提供・相談を行う体制を整備する。
    (カ)大学就学と職業生活の両立を図る学習環境の構築
     企業・産業界との連携を強化し,企業等の人材育成における大学教育の活用を促す。また,地域の産業界,自治体,関係機関と連携した地域の需要に対応した人材育成,コミュニティ形成支援等の取組を進め,「地域で学び,地域で働く」環境を構築する。

(2) 国の支援策

  1. 大学教育の充実及び学修成果の評価
    (ア)社会人の学修動機に応える学位プログラムの編成支援
     学修を通じて修得できる知識・技能の明確化を図るとともに,授与する学位の分野を教育内容に則したものとする各大学の取組を促進する。
     あわせて,各大学の教育に関する情報の公開を促進する。
    (イ)履修証明制度の活用の促進
     現在の活用状況等を踏まえつつ,履修証明制度の改善を図る(制度面,運用面)とともに,履修証明制度と他制度等の連携を図る(ジョブ・カード制度との連携強化,教育訓練給付制度の活用等)。
    (ウ)学校種を超えた,教育プログラムや修得技能レベル等の認証システムの構築
     諸外国の資格枠組み制度も参考に,学校種を超えた技術教育等の教育プログラムや修得技能レベル等の認証システムを構築する。
     これにより,履修証明制度の職業能力等の証明としての活用を支援・促進する。
    (エ)大学間連携による地域の人材育成需要に対応した教育プログラムの実施支援
     各大学の経営・教学の両面の相談への対応や,大学間連携や大学と産業界,自治体,関係機関との連携の媒介役の機能を有する体制の各地域での整備等により,地域の大学群による人材育成需要に対応した教育プログラム等の実施と,大学群全体の人材育成機能・基盤の強化を図る取組を促進する。
  2. 大学就学に係る負担の軽減
    (オ)通学制と通信制の在り方の見直し

     情報通信技術を活用した多様かつ柔軟な学習形態を可能とする観点から,通学制と通信制の区分の在り方を,区分の存続の是非も含めて見直す。
     あわせて,学位の分野ごとの教育内容の標準化や共通教材の作成を進めるとともに,公民館等の教育施設を活用して地域住民に身近な場所で大学教育を提供し,多様な形態による学修と,こうした学修の累積による学位取得を可能とする。
    (カ)経済的負担の軽減
     社会人,高齢者等の多様な学習者を対象とする経済的負担軽減策の充実を図る(各大学の取組の促進,奨学金制度,税制優遇措置等)。また,企業の人材育成投資の促進を図る(人材投資税制の拡充等)。
     あわせて,各大学における履修や経済支援に関する情報提供・相談を行う体制の整備を支援する。
    (キ)大学就学と職業生活の両立を図る就労環境の構築
     雇用者の大学就学と職業生活の両立を図る企業の行動指針を策定するなどの取組を,産業界,自治体等と一体となって進める。この取組により,大学就学を希望する社会人の支援や,企業等の人材育成における大学教育の活用を促進する。

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