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組織運営部会(第5回) 議事録

1.日時

平成25年10月29日(火曜日)14時~17時

2.場所

文部科学省3階3F1特別会議室

3.議題

  1. 大学からの個別ヒアリング(長崎大学長及び広島修道大学学長)について
  2. 大学のガバナンスの在り方について
  3. その他

4.出席者

委員

(部会長)河田悌一部会長
(副部会長)北山禎介副部会長
(委員)帯野久美子,北城恪太郎の各委員
(臨時委員)奥野武俊,樫谷隆夫,金子元久,清家篤の各臨時委員
(専門委員)赤松洋子,有川節夫,石原多賀子,上山隆大,黒田壽二,小林雅之,田中愛治,森脇道子の各専門委員

文部科学省

上野文部科学大臣政務官,布村高等教育局長,小松私学部長,常盤高等教育局審議官,中岡高等教育局審議官,大槻総括審議官,浅田高等教育企画課長,里見大学振興課長,豊岡国立大学法人支援課長,森私学行政課長, 田中高等教育政策室長,白井大学振興課課長補佐 他

5.議事録

(1)大学からの個別ヒアリング(長崎大学及び広島修道大学)について

 片峰長崎大学長及び市川広島修道大学長から,資料1及び2に基づき説明があり,その後,意見交換が行われた。
 また,公開に関する規則に基づき,意見交換終了後から会議が公開された。

(2)米国と英国におけるガバナンスの在り方について,田中委員から資料3に基づき説明があり,その後,意見交換がなされた。

【河田部会長】  それでは,ここから会議を再開ということで,組織運営部会の第5回を開きたいと思います。
 今日はまず,米国と英国の大学のガバナンスの在り方をテーマに,田中愛治委員から御説明を頂きます。田中委員は早稲田大学の政治経済学部を出られた後,オハイオ州立大学でPh.D.を取られて,アメリカの大学のことに非常にお詳しい方であります。最近,アメリカの主要な大学かつ英国の大学を訪問されて,大学のガバナンスについての調査をなさいました。昨年もお話を頂きましたが,今回更にそれがブラッシュアップされましたので,このことにつきまして,資料3に基づきまして御説明をお願いしたいと存じます。

【田中委員】  御紹介いただきました早稲田大学の田中でございます。
 私以上にイギリスやアメリカの大学にお詳しい委員の方も多いので,お恥ずかしいのですけれども,私なりに見てきたところ等を少し御報告しておきたいと思います。
 近年において,随分変わっているところもありますので,そういうことも少し視野に入れてと思っております。
 資料をめくっていただきまして,御紹介する項目というところがありますので,まず最初にアメリカの大学のお話,それから,2番目にイギリスの大学のお話をして,Oxbridgeを主にお話をします。
 イギリスの大学というのは,オックスフォードとケンブリッジはイギリスでは例外中の大学であって,ほかの大学と非常に異なるやり方をとっているということでございますので,違うようでありますが,ただ,日本の大学の多くはオックスフォードやケンブリッジ,若しくはアメリカの大学をモデルにしてきた例が多いので,御紹介させていただければと思っております。
 そして,3番目にその大学のガバナンスにおいて必要な点というのを感じ取ったことを申し上げたいと思っております。
 3ページ目は,私自身のヒアリングの経験で,今,御紹介いただいたように,私自身が大学院で見ていた,人事をどのように行っているか,研究室で教授たちがひそひそ話をしているのもずっと聞いておりましたので,根回しというものがアメリカにもあるということはよくわかりました。そういうことも見た上で少しお話しできればと思っております。
 あとは近年2009年,11年,13年と4回にわたってヒアリングに行ってまいりましたので,そのお話ということであります。
 4ページ目になりまして,アメリカの大学のガバナンスでありますが,序論ですけれども,学生の所属と教員組織の形ということで,本当は私はこちらの方を主に見たくてヒアリングに行ってきたのですけども,その中でガバナンスについては非常に驚くべきことをオックスフォードで聞きまして,アメリカと非常に対象的だったということがあって,今回お話しさせていただきたいと思いました。
 その「序」のところですけれども,御存じの方も多いと思いますが,アメリカではDepartment方式という形で,いわゆるDistribution方式と言っておりますけども,disciplineごとにDepartmentがあります。そこでは教養部というものはありませんので,学部の1年生を教える先生も准教授・教授もその助教授もAssistant,Associate Professorがそのまま大学院の博士課程まで教えるということですので,教養と専門の区別がないということがございます。
 学部生は,2年生若しくは3年生のところで専攻を宣言することを行いまして,その後はどこのDepartmentの先生が自分の先生か,どこのDepartmentが自分の所属するDepartmentかというアイデンティティが強くなると見えております。
 本題の方になりますけれども,5ページ目に入りまして,アメリカの大学のガバナンスでは,Provost officeが予算と教員数を決める権限を持っている。学長の直属の筆頭の副学長というところです。ファーストエグゼクティブ バイス プレジデントである場合が多いと思うのですが,アカデミック・アフェアーズ担当の副学長がProvostでやっているということでありますので,各Departmentは社会科学とか自然科学とかのスクールごとのディーンとも交渉しますけれども,最終的にはプロボーストオフィスと交渉して,承認を得て新しい人事採用の交渉を始めると聞いております。
 ここのところハーバードは少し独特で,御存じの方も多いと思いますが,いわゆるFaculty of Arts and Sciences,そこのディーンのBachelor of Scienceの権限が非常に強いということで,プロボーストオフィスが弱い,新しいオフィスであるということであります。
 そういう意味で,ハーバードは非常に分権的である。短期的な例でいいますと,サマーズ氏がハーバードのプレジデントのときに,ディーンのBachelor of Scienceとぶつかりまして,結局,抗議をしてディーンのBachelor of Scienceは辞任をされました。その後,その半年ぐらいでサマーズ氏は学士プレジデントを降りることになりますので,そのプレジデントの首を変えるぐらいの力があるというのがハーバードのサイエンスのBachelor of Scienceのディーンということですので,かなりその意味で分権的であろうと思っています。
 コロンビアではProvostの権限はもっと強く,イエールではその間でございましたので,下にありますようにハーバードとイエールとコロンビアの3点が違う。したがいまして,アメリカの大学のその中央集権的な仕組みといっても大学によってかなり違っているということ,かなり細かいところまで,イエール,ハーバード,コロンビアで聞いてまいりましたけれども,まさに人事においても微妙には異なっておりました。
 ただ,一様であるのは,学部長もプレジデントも選挙で選ばれているわけではないということです。学長は,サーチコミュニティという選考委員会ができてそこが候補者を絞り,それがカウンセルの承認を得てお決めになるということのようでありますので,日本と大分違っているようでありますけれども,ただ,学問の独立ということが随分守られているということも感じましたので,そのこともお話ししたいと思っておりまして,人事の公平性について,1-Bというところになりますけれども,6ページ目からお話ししますと,アメリカの教員人事は基本的には公募で行っています。ハーバードは一本釣りもあると若干聞いておりますが,私が見てきたところでは,フルプロフェッサーでも一本釣りではなく,複数の候補者を競わせている。オハイオ・ステート・ユニバーシティで見ていたときも,もうほとんどこの人で決まるだろうと思うような,政治学において最高水準のジャーナルの「American Political Science Review」というものがあります。それのマネジメディターが候補者に入っていたときですら公募でございました。
 応募してくると言っているわけですけれども,公募で70人とか80人の中から一人選んでいるということをしております。そのかわり公募といっても,ただ単に公募して待っているわけではない。各教員がこれぞと思う人に声をかけて応募させる。ですから,自分の顔がつぶれるということは一切ないというか,もうつぶれるのは当たり前で,自分が推して君,ここに出してください,AssociateとかAssistant professorに,公募に応じてくださいと言っていても,あなたが選ばれるとは限らないということは言っているはずです。
 実際に何人もの教授たちが自分の推した者が通らないと言っていることもあれば,推した候補者よりも違う候補者の方が良かったということもあるように聞いておりますので,相当純粋に公募をやると見ています。
 その意味では,談合人事が日本ではよく行われているような私も印象としては持っておりますけれども,それをしないような文化,価値観を共有するように努めていると見えます。
 それから,ジュニアのポジションでやるのは,Assistant Professorのポジションは,必ずTenure trackかTenure trackではないか,Non-Tenure trackかの区別をしていて,任期つきで終わる方とnon-Tenure,そのTenureを取るまでのTenure-trackですけれどもTenureがない間のAssistant Professorの間には競争相手は自分になる。自分がある基準に達した場合にはAssociateになってTenureがもらえるということで,もう一度公募に応じることはない。
 しかしNon-Tenure trackの場合には,任期が来れば公募に応じることはできても,約束されているわけではないというような,そこは厳しいものがあると思っています。
 詳しくお話を聞いていくと,Assistant Professorの公募のポジションよりもAssistantからAssociateになるTenureを与えるときの審査の方が厳しいように聞いています。
 例えば,推薦状ですと,外の公募のときには3本であるとか8本ということですけれども,AssistantからAssociateになるときには,ハーバードでは15本の論文を要求していく。ハーバードの場合は,唯一Associate ProfessorはTenureは持っていなくて,ProfessorだけがTenureがあるというのがハーバードの特徴のようです。ほかはAssistantから途中でTenureが来るわけですけれども,15本の論文に推薦状を集めるというような厳しい審査をして,専任教員を決めていくということをしていると聞いております。
 このような中で,若干違いがあると思ったのは,イエールとコロンビアではかなり異なっておりました。イエールでは,候補者の優劣には口を出さない,手続だけを見ている。すなわち最後のA,B,Cが残ったときにAがいいとは言わない。また,Bを選んだけれども,その説明がおかしいときには差し戻す,例えばBを選んでいる選考委員会の中にB のメンターがいるではないか,指導業者がその中に入っていてはだめだといって差し戻すというようなことはあるようであります。
 それから,推薦状が足りないとか,手続上については非常に厳しくしているようですが,差し戻す回数は非常に少ない。2年か3年に一遍ぐらいと聞いておりますので,1年に一遍はないと言っておりました。ただ,戻さないわけではない。
 それからコロンビアの場合には,かなりAをとるとかBをとるということは言わないそうですけれども,Aが選ばれたときに,このAは足りないということは言う。それはスクールのDeanとか学部のDepartment Cheerがその判断を下して,そのSearch Communityの結果判断を下したものに対して手続がおかしいというだけではなくて,クオリティで足りないという,論文はこれでいいのかということまで見るということはコロンビアでありまして,イエールと若干違っていました。ハーバードがもっと分権的なようであります。ただ,このあたり,なぜそんなにSearch Communityの意見を重んじるかというのは,後でオックスフォードに行って聞いたところで大体符号するのですが,同じ考え方があるようで,学問の最先端の分野は自分たち,そこの分野のものが一番わかっているというのがこれらトップレベルの大学での共通認識のようであります。
 これが全ての大学に適用できるわけではないと思うのですけれども,私が伺ったところ,ハーバード,イエール,コロンビアとオックスフォード,ケンブリッジでは同じような考え方をしていました。少し飛ばしますが,9ページ目にいきまして,ハーバードでは,Presidentが話しても,学内では誰も聞いていないと言っていました。ハーバードのPresidentが話すと世界中が聞いてくれるかもしれないけれども,学内の教授は誰も聞かない。ただ,1点だけ共通点があると言っていて,世界中でベストの教員と学生を獲得するということについては,エネルギーと時間を惜しまないと言っています。Full Professorを呼び込むときには,3年ではまず短くて,最低3年から5年かかっている。Full Professorを埋めるのになかなか候補が決まらなくて5年ぐらいかかる。Assistant,Associate,Tenureがない人をハーバードで選ぶときでも最低3年はかけると言っておりましたので,非常にやはり厳しい審査をしているということ,そのときに各大学等にトップレベルの大学は一番いい人事を行いたいと思っているということであります。
 私自身がおりましたOhioStateでは,ちょうとランキングが上がっているところで見ておりました。政治学では,私が就いたときに23位でありましたが,いる間に18位になりまして,私が卒業してPh.D.を取った後に数年で10位に上がりまして,90年代の終わりには4位まで上がっております。相当の上昇をしておりますが,そういう中でどういうことをしていたか見ておりますと,私がいる間にAssistant Professorが6人のうち半分しかTenureが取れておりません。3人しか取れていなかったと見ております。残った方はやはりそれなりに相当の学術業績を残っている方でありました。というような審査をしているように見えます。何人もの方に審査に大学院生も,研究発表とか模擬講義を聞くことができまして,拝見しておりましたけれども,我々の一致点は,票もカウントしていましたが,多分0.1票ぐらいだったと思いますけれども,そんなにウエートはなかったと思いますが,大学院生の意見も聞いた上で,教授会の方で進めていました。
 続きまして,イギリスの方にまいります。
 11ページになりますが,オックスフォードとケンブリッジで両方のところで非常に印象的でしたのは,カレッジの伝統というものが非常に,900年と800年の伝統を持っている両大学でカレッジの独立性が高い。聞きましたところ,90年代の初頭までは非常に停滞していたということです。12名ぐらいのエグゼクティブ・ボードメンバーといいますか,理事会はカレッジの代表が集まってくるが,何を決めるわけでもなく,何も決まらない。カレッジの伝統で動いていたということです。ネームバリューでいい先生が来ていたということのようでありましたが,2000年の頃に両大学ともに大きく変わったとおっしゃっています。アメリカのDepartment制を導入しているということになります。ただ,オックスフォードはビックバンだと言っておりますし,ケンブリッジは非常にスムーズだったと言っています。
 ただ,共通しておりましたのは,卒業生には900年と800年の伝統が守られているように見えていて,カレッジは何も変わっていない。しかし,中身は変えたと言っておりました。教員はDepartmentに属する,Departmentがリクルートする,大学院生もDepartmentでリクルートする。しかし,学部生はカレッジがリクルートするということを言っております。
 つまり,学部教育はカレッジが,大学院以上はDepartmentがというように分かれていると言っていました。
 13ページ目にまいりますが,オックスフォードでびっくりしたことがありましたのは,12と13をまとめてお話ししますけれども,Divisionというのがオックスフォードで四つありまして,HumanitiesとMath,Physical,Life Sciences,自然科学,それからMedicalがあって,Social Sciencesとありますが,そのSocial SciencesのDeanが16Departmentを束ねているのだそうですが,これはケンブリッジでは,Deanが予算も教員数も握っていると言っていましたが,オックスフォードのSocial SciencesのDeanは全てを学部に分けたと言っていました。自分に持っているリソースがないので,おねだりに来るものはいないということです。
 何をしているかというと,学費も教員数も全部自分たちで決めると言っている。それで,つぶれたDepartmentはないのかといったら,オックスフォードでつぶれた,破産したDepartmentはないと言っておりました。それはそれだけの意識が高いということだと思うのですけれども,オックスフォードのSocial Sciencesが分極化の極致のように見えまして,アメリカとは非常に対象的,コロンビアの在り方とは全く対象的なように見えました。
 なぜ,そういうことなのかというのは,実はこれをおっしゃった方は,ロジャー・グッドマンという日本の教育も専門にしている社会学者でありますが,日本の大学の教授会のことにお詳しかったので,このようにおっしゃっていました。
 教員の採用権限とカリキュラムを決める権限を教授会が持っていて,サバイバルな責任を負っていなければ真剣な改革はできない。権限と責任は一致をさせなければならないということを言っていました。そこが一致すればサバイバーは自分たちで考えるということをおっしゃっていました。これはオックスフォードだから言えることなのであって,全ての大学に適用できることではないのかもしれないのです。
 15ページになりますが,では,あなたはなぜ,その方は社会学ですけれども,anthropology,economicsに口を出さないのかといったときに,各学問分野の最先端の動向を知っているのは,その分野の教員である,その自信を持っているということです。それだけの人間を選んでいるということを言っておりまして,その教員たちが選ぶ人事には口は出さないと言っております。ここはアメリカと若干違うようですけれども,ただ,そこのレピテーションが落ちれば,その者たちの責任だということのようです。ですから,透明性と競争性は非常にはっきりとさせているようですけれども,権限は完全に分権しましたと言っていました。これは,オックスフォードのSocial Sciencesに限っているので,ケンブリッジはそれほどではないということになります。ただ,バイス・チャンセラーという学長はシンボリックであるということはケンブリッジ,オックスフォードともにおっしゃっていまして,やはり各Divisionのヘッドが非常に権限を持っているということを言っています。
 まとめとして,これは私見になりますけれども,日本の大学の教授会は,教員の人事とカリキュラムの編成権,そして,入学者の選抜の三つの権限を持っていますが,結果に対しては責任を持っていないということがあるかと思います。権限を持ちながら責任はないので,改革はできないというのがロジャー・グッドマン氏のコメントでありました。
 オックスフォードではこれを打ち立てたと言っています。このことを極端に二つ書きまして,これが今の日本の大学でできるとも思えないのですけれども,ただ,突き詰めて考えますと,各学部若しくは研究科の教授会が,その部局の成功と失敗の責任をとるということならば,分権化ということは意味があろうと思います。
 そのときにはそこの教員たちが,大人しい人事をしないとか,談合しない,本当にその部局のレベルを競争力のあるものにするという価値観を共有しているときにはできるのだろうと思います。もしそういうことができないと思うならば,教授会に運営の責任を任せられないならば,学長が権限を行使する必要があると思いますが,ただ,学長が権限を行使するだけではなく,責任も取っていただく必要があるのだろうと思います。
 私のようなものが言うのもおこがましいですけれども,学長が理事会の決定の下である学部を作って,その学部が失敗した場合には,それはやはり学長に責任がある。ある学部が二つの学部にするといって,御自分たちのイニシアチブで分けたときにはそちらの学部に責任があるということだと思いますが,そこの責任がはっきりしない限りは,本当に競争力は出てこないであろうと,それがアメリカとイギリスの大学,トップ大学ですので,全ての模範にはならないかと思いますけれども,その彼らの覚悟というものを見てきたところで感じたのはそこのところでございました。ですから最初,この部会の第1回目で,河田部会長も清家委員もおっしゃっていた,その学長の暴走を止めるガバナンスと学長のリーダーシップを発揮させるガバナンスとおっしゃっていたのですが,まさにその両方のことをこの英米のトップ大学では考えているように見えました。
 以上でございます。

【河田部会長】  ありがとうございました。一つだけ教えてください,オックスフォード,ケンブリッジもProfessorは一人だけで,あとの教員ポストはみんなLecturerですか,それともAssociate Professorに相当するReaderとかProfessorの人員は増えたのですか。大体何人ぐらいでしょうか。

【田中委員】  増えて,Social Sciences Division Headとお話ししたところ,その話をすると一日では終わらないので,今はやめてくれと言われまして,言っていたのは,リーダーというポジションを廃止したとおっしゃっています。Professorが一人ではなくなっている。それでAssistant Associate Professorというものを,今,作ろうとしているが,まだ反対にあってなかなかできていない。レクチャーがReader,Professorとあって,レクチャーとReaderどちらが上かというのも,これはどうも部局によって違っているらしくて,これを説明すると一日もかかるとおっしゃっていました。
 Readerを廃止したということだけをおっしゃっていました。非常に複雑であると,アメリカのようにシンプルになっていないということはおっしゃいまして,私もちょっと聞く勇気がもうなかったので,それでも,その方とは約1時間,2時間近くお話しして,次の方と2時間お話ししたのですけれども,それでもこのぐらいまでが限度だというお話です。

【上山委員】  大変貴重なお話をありがとうございました。
 私はこの問題を考えるときに,多分一番日本の中で欠けているのは,個々の部局とか大学のガバナンスの問題をマネジメントの根底である財務の問題と切り離しているということだと思うのです。例えば,イギリスが分権化をしている,各学部にこうやってデシジョンメーキングをかなり任せているということです。そのとき日本でも,例えば各学部が独立採算制でやっていいということになれば,これは相当厳しい人事決定と将来構想を各学部が出してくるでしょう。それをほとんど一律的に,運営費交付金の中から分配してこれでやりなさいという形でほとんど財務的な心配がないわけです。あるいは,それについてのビジョンを持つ必要がない形で,分権化ということをやっていると今のような非常に停滞した形になる。
 一方でこれをやりますと,例えば人文系は余りお金を取れない,外部資金を取ることは非常に難しい,授業料だけで自らの活動を維持しなさいというと,これまた結構かなり厳しいことになってくる。そこの中では,そうすると恐らくそれを完全にやってしまうと,人文系のようなところはどんどん縮小していきます。
 アメリカの大学がやっていることは,総合大学でやる限り全ての領域において,例えばハーバードはトップの学者を選ぶということをやっているのです。そうすると,哲学であろうが,インド哲学であろうが,ほとんど役に立たないと思っている学問であろうが,その本部が必ず守るということです。守るための財務として権限を大学の本部に集中している。大学の本部に財務を集中させていて,そこが大きな予算を持ってそういう外部資金を取れないところを守っているのです。
 その守っているということは,それによって大学の中に非常に複雑で多様な知識の形態を導入していて,そして,それこそが大学の中の多様なものの中のせめぎ合いによって新しいのが出てくる,カルチャーを作っていくという考え方が根底にあると思うのです。したがって,その大学のガバナンスとかマネジメントがとても重要であり,どのような形でそれを維持していくための外部資金を取ってくるかということに常に神経を集中しているということだと思うのです。
 しかも,またアメリカの大学のおもしろいところは,極めてそれが多様であるということです。先生がまさにおっしゃったように,ハーバードもイエールもコロンビアも全然違うのです。しかも,それが財務の形でも違うということにおもしろさがあって,例えば,私が知っているところで言うとプリンストンは,プリンストンのそのエンダウメントからも収入が実にオペレーションのパジェットの50%を超えているのです。つまり,大学が自らのエンダウメントで稼いできたお金で,そして,大学の中の組織運営で行っていることが多い。
 例えば,カルテックとかMITですと,理工系の大学なので,自然科学系だから外部予算もたくさん取れるわけです。そういうところは,恐らくは50%以上,政府からのお金です。下手したら70%ぐらい政府からのお金で,そこからの間接経費でやっていくことがあるのです。ということは,プリンストンはなぜ自分でお金を取らなければいけないということは,あそこはもう人文系の非常に強いところの古典的な学問を守ろうしているところ。そういうところでいうと,自らの力でお金を稼いできて寄付金も含めてそこを拡大していかなければならないというプレッシャーが常にかかっている。
 そういう意味で財務の形態も実に多様で,その多様な大学がこのリサーチユニバーシティという同じカテゴリーの中で争っている。むしろ,そういうような環境を作ることが大学システム網の全体のアカデミーを守ることだというコンセンサスが恐らくあるのだと思います。
 それを翻って言うと,イギリスのようなこの分権型をやるのであれば,それは先ほども言いましたように,財務の面も完全に分けてやらなければいけないです。やらないでもしコンプリヘンシブ・ユニバーシティを守ると,総合大学を守るということであれば,これは大学の中の本部が相当財務的な力を持って,予算獲得できるところと獲得できないところも含めた大きな絵を描いてマネジメントをやっていかなければいけないということになると思います。
 その辺の切り分けをきちんとした上で,日本にはどういうシステムがあり,アメリカのところのこの部分を入れることができるけども,日本だったらどういう形でそれをデフォルメしていくべきかという議論が,恐らく次の段階として必要なのだろうと思います。

【田中委員】  上山委員には教えていただくという形だと思いますけれども,おっしゃったとおりだと思います。
 やはり財務まで責任をとるのか,そこは本部が責任をとるのかによって,ガバナンスの形が随分違っているように見えました。それから,オックスフォード,ケンブリッジともにカレッジというものがあるのは,また内容を複雑にさせまして,非常におもしろかったのが,オックスフォードでは卒業生に寄附をもらいにいけるのはカレッジの権限で,Departmentが行ってはいけないことになっている。Departmentは卒業生ではなく,ほかの企業であるとか財団とかからお金をもらうことになっている。カレッジに行くこともできるのは,そのカレッジのある意味では似ているのは,カレッジだけであるというのです。
 ケンブリッジは特別な許可があればDepartmentも卒業生のところに行けるが,基本的にはカレッジがその権限を持っているとおっしゃっていました。そこら辺がまた少し複雑であります。ただ,そういう財務とそういう責任と学生のリクルート,教員のリクルートが常に一体化しながら,緊張感を持って動いているという印象を持ちました。

【小林委員】  まずは,その多様性が重要だというのはそのとおりで,これが一番基本だと思います。アメリカの大学だけではなくて,イギリスの大学もかなり多様性を持っていますので,オックスフォード,ケンブリッジというのはかなり特殊な大学で,それ以外の大学とは相当違っているということは頭に入れておく必要があるかと思います。
 その上で共通項として,きょう田中委員と上山委員から出てきたことなのですけど,権限と責任が非常に明確になっているということは,そこだけは共通していると思うのです。これは私,前回の中教審でアメリカの大学のガバナンスを報告したときにそのことは申し上げたのですけれども,権限と責任というのはセットになっていて,それが人ともの,人事と予算にくっついてくるということです。そういう形式になっているということで,そこが日本の大学は非常に曖昧であるのです。どこまで権限があるか分からない,したがって,責任があるかどうか分からない,そういう形式になっているということだろうと思います。
 特に財務のことですけれども,これは前回の中教審の最後でも,ガバナンスと財務はセットだということを私はずっと申し上げていたのですけど,きょう上山委員にも言っていただいたとおり,やはりガバナンスのことで議論するのでしたら,財務の強化ということは是非議論しなければいけない問題であろうと思っています。
 それから,私は,一つ分からないので教えていただきたいのですけれども,スタンフォードでは,ストロングプロポストと言って,プロポストが多分このコロンビアよりも強い形式だろうと思うのです。ただ,聞いてみますと,プロポストは人と金を握っているのですけれど,一旦権限が委譲されると,そこから先はものすごく分権的なのです。ですから,非常に機動的に各Departmentが動けるというシステムを持っています。これは,ですから,分権とか集権とかという日本語では片付けられないのではないかと思うのですけど,私はそれ以上分からなかったので,もし上山委員にお分かりでしたら教えていただきたい。

【上山委員】  やはりスタンフォードは本当にプロポストが強くて,特に60年代にあの大学が大きく変わるときの原動力になったのがプロポストという職を作ったというか,そこに権限を集中してその大学の学長は対外的なことをやるという,要するに内部のことはほとんどそこに任せてしまうという,二分構造みたいなのを作ることによって,かなり機動的に組織変革が行われることになったと思うのです。日本にはそれがないのです。
 ただ,おっしゃったように,人のあるいは予算の権限も相当持っていて,それから,人事についてもかなり介入をしていく。大体,学部の方から出てくるような人事は一番トップランクで絶対守らないといけない人事と,そこそこのものとこれはどっちでもいいという三つぐらいのランクを分けてプロポストの方へ持っていって,そのうちで絶対守りたいと思うところは学部は必ず守って取ってしまうという意味では,学部のデシジョンメーキングに全くリスペクトがないということはそんなことはないのです。
 そこのところで言えば,本部であるプロポストと各学部の間に強い緊張関係を常に持っていて,そして,プロポストの方は今後,スタンフォードはどういうようなビジョンで動いているのであるから,それに合致したような人事をやってくれということを常に言い,学部の方ではそれだったらこういう形で自分は変わっていけるという形の提案をしながら,人事というのは遂行されていくという意味では,確かに小林委員がおっしゃったみたいに全てが集中してそこでやっていくというよりは,ボトムアップとダウンというのがちょうど連携する形でできている。
 ただ,そこにはやはり大学の多様性が非常にあって,プロポストの考え方がハーバードとスタンフォードでは大分違う。それは多分ハーバードはやはりヨーロッパの影響をかなり受けていて,一番古い大学ですから,オックスフォード,ケンブリッジの影響をとても強く昔から受けている大学なので,そのトレンドをなかなか変えることができない。そこでもカリキュラムの変革でもう常にもめていて,その歴史の繰り返しです。そういう意味では,ああいう伝統的なのもなかなか変えられない。
 おもしろいのは,そういう伝統的な大学がいる一方で,新しい大学,ハーバードとかあるいはカルテックとか,そういうのを次々と作っていくことによって,伝統的なことを守っているところと,そうではないところが互いに牽制し合うような知識の構造体みたいなものを意図的に国は作り出していって,そして,そこが競争し合うというシステムなのだと思います。そこが多様性を作ってきているという意味では,本当に大学のガバナンスとかマネジメントも各大学で相当違うということ,そこが利点だとは思います。

【金子委員】  まず,最初にオックスフォードの場合ですけど,独立性が強いとおっしゃいましたけれども,どちらかというとアカデミック・デビジョンの方からいっているので,もともとはあそこは独自でカレッジでできている大学ですので,ディビジョンはアカデミックなプリンシプルの原理の分け方なので,この二つの分け方が交錯しているわけです。ですから,非常に集中分離というのがなかなか言いにくいところがあると思います。資産も全部ほとんどカレッジに帰属しているわけですから。
 ただ,基本的な問題としては,大学全体を集中的に管理するというべきなのか,あるいは一定の責任部局に分けて,そこがいろいろな責任をとるのと同時に収入も得るという形で管理するのがいいのかというのは,これは一般的な問題としてあると思います。ただ,これは日本も実際には学部の権限はかなり強いので,実は学部の権利が強い一つの原因は,ほとんど学部が独立採算みたいに,財政的になっているケースが非常に多いということが学部の権限が強いということになっている原因で,私は教授会と学長との関連がいつも問題にされてきているのですけれども,私はむしろ問題はそこにはないのではないかなと思います。財政的な権限はどこにあるのかということが非常に基盤になっているので,そこのところをどう考えるのかということが基本的には重要だと思います。それは今おっしゃったとおりです。
 ただ,それについてこれも絶対解はなくて,アメリカでも部局の独立,バジェットセンターとかプロフィットセンターとか言って,そういったことをいろいろなところで試しているわけですが,必ずしも一時は分権がはやっていたのですけど,この頃は必ずしもそうでもないと思います。それはなぜかというと,特に教育に関しては,やはり大学全体で掛けなければいけないコストが非常に強いからです。図書館とか教育に関して,特にアンダーグラデュエイトの教育を改善するには,大学全体としての施設といいますか,条件整備は必要なので,そういった意味では,部局だけで何かできるということはまずないかなと思います。
 ただ,今のお話で少し出ていたのですけど,はっきり認識しなければいけないのは,そういった意味で実は中央統制化,分権化というだけではなくて,その他にどのぐらい競争といいますか,いろいろなリソースをどう確保して,それをどのように配分していって,それがどういうインセンティブを与えるかというところが非常に重要な要件として入っていると思います。日本の学部学科制度の最大の問題は流動性がないことです。それなりに競争はしているのです。ポジションを獲得するときは大変な競争をやるわけです。それこそ本当に大変な騒ぎになったりするわけですけれども,しかし,一旦入れてしまえば教員も非常に流動性は少ない,最大な問題は学生です。学生の獲得に関して,入学試験で入れてしまえばほとんど競争はない社会です。学部で取り囲んでしまいますから,学部間の流動性はほとんどないですから,もうこれはここの人たちが来たらば自分たちの学生で,自分たちの存在理由があるということになるわけです。
 アメリカの大学は,一応カレッジで入りますけれども,最初のときはどこの専門に行くか分からないわけで,ある程度市場原理が働いているわけです。どこの授業に学生が多くなるかということは,やはりポジションの配分に非常に大きく関わってくるわけで,そういう意味での前向きの競争原理が働かないというところに,一つのエネルギーが出てこない最大の原因は,私はあるのではないかと思うのですけれども,むしろ問題はそういうところを学ぶべきだと思います。
 どこかに権力が集中して思い切って何か改革ができるとか,そういう問題だけではむしろなくて,中からのエネルギーをどうやって使うのかということも最大の問題だと思います。

【北城委員】  田中委員の資料の9ページに,Ohio State Univの政治学のランキングが上がったと書いてあります。アメリカでは大学の学部単位で評価をしている情報をよく目にします。日本でも,いろいろな雑誌が大学のランキングを書くのですが,アメリカではこれが学部単位のランキングとなっています。それが社会的に認知されて,本当に正しいかどうかは別としても,ランキングや評価がされています。これはどこが行って,どのようにファンディングして運営されているのでしょうか。上山委員が御存じなのか,田中委員が御存じなのか分からないのですけど,少し教えていただきたいと思います。

【田中委員】  私が知っているところでは,当時はアカデミア・オブ・サイエンスのところで行っています。当時30分野と言っていました。各分野でPRレピテーション,上山委員からまたいろいろと教えていただけると思うのですが,PRレピテーションで300人のその分野のリーディングな研究者に聞いて,主観的な評価としてはどこの学部が,例えば政治学なら政治学,経済なら経済で一番教育の質が高いかというのと,それから,教員の質が高いか。この二つはほとんど相関が0.98でと同じだと言っていました。そういう評価もしていながら,サイテーションとか教員一人当たりの論文のレフリチャーな論文の数とかも比べています。もちろん教員と学生の数も比べている。それをずっと何十項目かにおいて分野ごとにやっている。
 私が日本に帰ってきて意外に思ったのは,大学のランキングというものを随分日本では出していて,例えばワールド・ニューズ・アンド・レポートなどでも大学のランキングは出ていましたけど,私がアメリカにいたときの印象では学部ごと,分野ごとのランキングしか見ていなかったので,ハーバードは何々が高いがこちらは高くないとか,スタンフォードの方がこの分野はずっと高いというようなことをよく聞いておりました。
 その大学のカレッジというか,アンダーグラデュエイトからの総合力のランキングがこんなに注目されるようになるとは夢にも思わなかったというのが,私がアメリカにいるときの印象でございます。大学というものは分野ごとに違うので,総合的にハーバードよりスタンフォードの方が上だということは言えないと思っていたのですけども,今はどうも世の中そうではないみたいです。

【北城委員】  そのあたりは権限と責任を論じるときに非常に重要です。責任といったときに,こういうランキングがあると結果が出たか出なかったのかが分かるのですが,日本の場合には権限がある一方で責任がよく分からないままに大学運営を議論するところに問題があると思います。このあたりをこれから考えるべきではないかと思います。

【上山委員】  今のランキングに関してほとんど田中委員おっしゃってくださったそのとおりなのですけれども,問題は評価ということが,評価をする機関というものの力が日本はとても弱いです。要するに,今,大学に関しても自己評価をさせているわけです。それは大学の教員が自分をどう思っているかということであって,まさに例えば日本学術振興会ですか,アメリカでやっているように各学部単位に関して,そういうところが本当はやらなければいけないです。
 恐らくアメリカの場合は,ワールドランキングの大学をほとんど多分意識してないと思います。USランキングの中の各学部の自分たちはどこかということは意識している,ここがアメリカの傲慢ということなのでしょうけども,それは恐らく,でも,彼らはもう何十年にわたって自分たちのどの大学のどの学部が強くなっているかということを意識して50年ぐらいやってきているので,今さらワールドランキングでスタンフォードが何位だというようなことは,ほとんど考えもしないような感じではないでしょうか。それだけ,アカデミアの中での内部評価というものです。互いの同僚というかピアに対する評価というものの信頼が強い。ですから,日本でももっとそういう機関がやるべきだとは思います。

【田中委員】  今の御意見と同じですけども,同じ大学の中,例えば,私が言ったOhioStateの中でも,競争はDepartment間での競争がある。つまり,ジオグラフィは4番目であると,政治学は18番目であると。一応,コロンビアと並んだとか当時言っていたのですけど,やはりジオグラフィはすごいという,そのDepartment間の競争で,その分野のランキングがありまして,その中でどう関わっていくかということを常に考えていたように思いました。
 大学間の競争というのはそのトータルなものであって,そう一概には言えないという。ですから,大学院生も社会学に行くならば,例えばシカゴがいいけれども,政治学だったらミシガンがいいとか,そういうことを言っておりましたので,そこら辺もかなり明確だったと思うのです。

【金子委員】  別に反対ではないのですけど,ここで明確に区別しておかなければいけないのは,Departmentの評価というのは,基本的には研究と大学院教育の評価です。あともう一つはアンダーグラデュエイトの評価は全く別,ある程度相関があると思いますが,違う話でありまして,ここで議題にするのはどちらかということですけども,私は基本的にはもっとアンダーグラディエイトの教育について,どのような責任を果たすかという問題だと思いますけれども,これはやはりアメリカでもかなり難しいと言われていますし,かなり操作が効くということも言われています。ただ,ある程度評価は必要だということは必要だと思いますけども,でも,このDepartment,学部全体を評価するというのは,別にアンダーグラディエイトを評価しているのではなくて,研究の方を評価しているということは,一応,認識しておいた方がよろしいと思います。

【上山委員】  本当にそのとおりで,この競争は研究の競争がすごく強いのです。同時にランキング,どうして各分野が起因するかというと,内部のガバナンスに関わってくるからです。そこが落ちているところは予算も減っていく可能性があるわけです。人事も切られていく可能性がある。だから,そのランキングを分けて,政治学なら政治学を上げていかないと,その政治学がひょっとしたらつぶれてしまうかもしれないという危機感を持っているわけです。学科を全部つぶしてしまうようなことを,アメリカの大学はやります。
 そういう意味では,学科ごとのランキングに関しては,もうこれは死活問題のような形でずっと見ているという,そこの競争があるということです。

【河田部会長】  議論が絶えないことですが,私がいましたアメリカの某大学でもそうした例がありました。ある日本史の先生が,自分が辞めると自分のポストがなくなる。昨今,中国研究の勢力が強くなって,私のポストは中国研究にとられるから辞められないとおっしゃっていました。学科の中でもそれだけ激しい競争があるということです。

(3)審議まとめ(骨子案)について,文部科学省から資料4,5及び6に基づき説明があり,その後,意見交換がなされた。

【河田部会長】  これまで,本部会を5回やりまして,かなりいろいろな御意見を頂きました。やはり大学の多様性ということ,その中で共通項がやはり必要で,責任と権限の問題,人事と予算の問題,流動性がなくて云々といろいろ意見が出ましたけれども,これまでの主な意見を資料4にまとめてございます。それから,年末までにこの部会の審議のまとめを提出せねばなりません。そのため,審議のまとめの骨子を箇条書きにした案を,事務局と相談して資料5として作らせていただきましたので,これにつきまして各委員の意見を頂きたいと思っております。

【白井大学振興課課長補佐】  初めに資料4でございますけれども,これまで頂いた意見をおのおのまとめたものでございます。ごく簡単に触れさせていただきますが,ガバナンスについての多様性ということで,特に各大学における多様な在り方であるとか,私学については建学の精神に基づいた多様性ということが重要であるというような御意見が出ております。
 また次に,本部会の審議の焦点について,国公私ごとにそれぞれ多様な状況がございます。その中でどこに焦点を当てていくのかということについても御議論があったところでございます。
 それから,学長のリーダーシップの確立ですが,学長に法律上は権限が与えられているけど,なかなか実際にはワークしない。ここには内部規則の問題というものがございました。また,現行制度でも学長のリーダーシップの発揮は十分に可能であるとか,あるいはこの学長を抑制するガバナンスも必要である。同時に,専門スタッフ,プロジェクト型の予算等々,学長の任期に関する問題等々の御指摘を頂いております。
 また,予算に関しては間接経費の制度趣旨をきっちり理解することであるとか,あるいは欧米型のファンドレイジングの仕組みを整える中で,学長の権限も強まっていくのではないかというような御指摘がございました。
 教員人事については,特に学長や理事会等が組織やポストの配置については自分で判断すべきであるけれども,教員の実際の審査については教授会が専門的な知見から,審査をすることが必要ではないか。特に,透明性やチェック体制をしっかり維持するということも同時に重要ではないかというような御意見もございました。
 それから,2ページでございますけれども,学長の選考方法,評価に関してでございます。学長は現在選挙で選ばれている大学も多うございますけれども,やはりその流動性が失われてしまうであるとか,あるいはその次の選挙の際には,これまでの方策,政策に反動が生じるといったような問題点も指摘されております。
 ただ一方で,そうは言いましても,現実的に選挙以外の方法にどのようなフィージビリティがある選考方法があるのかといったような御指摘もございます。また,一方では学長の選考方法がどうであろうとも,アウトプット,成果が出ているのであればそれでいいのではないかような御指摘もございました。
 次の論点でございますけれども,学内規程の総点検。内部規則において教授会で何でも決めるというようにしている大学は多いという御指摘がございました。特に国立大学においては,法人化が急速に行われたために,何千もの内部規則を十分に見直すことができないで,そのまま来てしまっているというような御指摘もございました。
 次の論点でございますけれども,学部長について,特に学長と学部長の間の緊張関係を働かせるためには,学部長の指名権を学長に与えるべきではないかというような御意見であるとか,あるいは大学のマネジメント,教員の方が一旦学部長になった際に,それをきちんと評価されるような仕組みといったものが必要ではないか。また,学部長からまた何年後かには教授に戻るということで,なかなか強力な改革も進められないのではないかというような御指摘がございました。
 それから,2ページの最後,下の方でございますけれども,教授会についてです。教授会のボトムアップはやはり重要であるという御指摘。また一方では,教授会が承認同意をしないとなかなか学長や理事も動けないような運用というのは問題であるのではないか。国際的にも教員参加自体は非常に当然のことであるので,むしろ有効な教職員の参加の方策を考えていくことが必要ではないか。そして,何よりも教職員の意識改革が鍵ではないかというような御意見がございました。
 それから,理事会や役員会の機能の見直しということでございますけれども,特に国立大学について,経営協議会がしっかりと学長や役員会の執行状況についての監督をすべきでないか,また,学長選考を行ってはどうかというような御提言もございました。
 監事による監査機能でございますけれども,特に監事について財務,会計だけではなくて,教育研究に関することであるとか,あるいは大学の社会的責任を含めたより広い,高い見地のガバナンスというものについてもチェックすべきではないか,さらに,例えば内部規則の見直しなど,ガバナンスに関するようなことが十分に見直されていない場合についても,監事が積極的に意見をしたらどうかというような御意見がございました。
 また,非常勤監事だけでは十分な監査は困難であるので,せめて一人は常勤にすべきといったような御意見も頂いております。
 3ページ,最後でございますけれども,情報公開の推進については,よりホームページや大学ポートレートを活用した情報公開の徹底が必要ではないか。また現在,私学においても取組が進められているというような御発言がございました。
 簡単でございますが,資料4は以上でございます。
 続いて,資料6を先に御説明させていただきたいと存じます。
 資料6は学長の選考方法に関して,前回の審議で小林委員から御指摘を頂いた資料でございます。小林委員からは,国立大学において多様な選考方式があるけれども,具体的にどのようになっているのか,少しデータ的に補強することが必要ではないかという御指摘を頂いております。
 1ページでございますけれども,これも再三にわたり御説明したことと重なりますが,国立大学では,現在,国立大学法人法におきまして,学外の有識者も含めた学長選考会議が自らの権限と責任によって,学長の適任者を学内外から選考すると法律で定められておるところでございます。
 実際にいろいろな方が推薦するわけですけれども,学長選考会議に入っている委員の方であったり,教育研究評議会に入っている方であったり,あるいは経営協議会の学外委員からの推薦であったり,あるいは教職員による推薦であったりと,いろいろな形の推薦等がございます。
 それを踏まえて最終的に学長を選考するわけでございますけれども,その過程で学内の意向投票,いわゆる教員による選挙を行っている場合が95%と,国立大学の場合には非常に多くなっている状況でございます。
 ただ,この意向投票といいましても非常に多様な状況がございまして,2ページ以降に具体的な大学の実例を少しお載せしてございます。これは非常にパターンが多種多様でございまして,なかなか類型化するのは難しいところでございますけれども,この2ページの京都大学から始まりまして,5ページの東北大学まで,一応,流れとしましては学長選考会議の主体性が,5ページになるに従ってより強くなっていくというような形で並べてございます。
 2ページですけれども,京都大学における学長選考の仕組みでございます。京都大学の場合には,教育研究評議会が学長選考に大きく関わってございます。最初の段階で,まず総長選考会議から教育研究評議会に推薦の依頼をすると。その推薦を受けて,初めて総長選考会の推薦と学内における予備投票の結果を受けて,初めて総長選考会議において選考を行うということになってございます。
 それから,その総長選考会議において,第1回の選考を行った後でも,さらにもう一回学内の意向投票を行って二次選考が行われるということでございまして,全体のプロセスの中で,非常に投票の占めるボリュームというのが大きくなった方式でございます。
 次に,石原委員の在籍大学でございますけれども,金沢大学が3ページにお載せしてございます。この金沢大学の場合には,学長選考会議における選考と意向投票がある意味,連動しながら進んでいくような形態でございます。各部局であるとか教職員あるいは経営協議会の委員からの推薦を受けて,まず,この意向投票を行い,上位者を第二次の候補者とする。その上位者に対して,学長選考会議の方でヒアリングを行ったり,推薦書を出させたり,所信調書を出させたりして,かつこの結果も学内のホームページに映像込みで提供されるということでございます。
 こういったプロセスを踏まえながら,第2回目の意向投票を行って,上位者3名を選び,この3名の中からさらにこの学内のヒアリング,推薦,第二次意向投票の結果なども総合的に加味して,選考会議において最終候補者1名を決定するというプロセスをたどっておるようでございます。
 4ページが神戸大学の事例でございます。神戸大学においては,学長選考会議がかなり活発に活動されながら,最後の段階で意向投票の結果を見られているというような状況でございます。推薦から始まりまして,候補者を公表して,学長選考会議がさらに面接であるとか質疑のやりとり,記録の映像であるとか音声を,これもまた公開をするということです。さらに,質問書を文書でやりとりして,その質疑のやりとりについても公表する。そういったプロセスについて意向投票で意見も伺いながら,最後の段階では,この意向投票の結果も踏まえて総合的に判断して,学長選考会議が候補者を決定されるというようなやり方でございます。
 最後の5ページが東北大学のやり方でございます。東北大学においては,意向投票は一切行われてございません。総長選考会議が一定のカテゴリーの中から推薦された方の中から,合議によって候補者を決定されるということでございます。委員のメンバーはこの下に参考で掲げさせておりますけれども,経済界の方であるとか学内の部局長の方々が選考会議の委員に入られております。中段の部分に総長選考の主な流れとありますけれども,大体半年ぐらい掛けて選ばれているようですけれども,選考方法に関してまずどういった方法で選考するのかということを部内で検討される。その上で推薦が上がった方6名について,履歴書や所信表明の提出を依頼して,それについて書面で審議をして,最終二次候補者3名を選出する。そして面談を行って,最終的にこの選考会議において1名を選考するというようなやり方をされているようでございます。
 以上,国立大学においても非常に多様なやり方が現状行われているという状況でございます。こちらは御報告でございます。
 それでは,最後に資料5,骨子案について御説明をさせていただきたいと存じます。
 これまでの御議論を踏まえまして,私ども事務局と部会長と御相談の上で作成したものでございます。全体,5章構成になってございますけれども,まず1番,「はじめに」というところでございます。大学,今,社会が急激に変化していく中で,大学も機動的に社会のさまざまなニーズに対応していくということが求められてございます。そういった中で大学のガバナンスに関しては,教育再生実行会議,日本再興戦略等々,経済界も含めまして社会的な関心をガバナンスの在り方に対しても呼んでいるという状況でございます。
 一方で,ガバナンスについては各大学の歴史や伝統,文化といったところに根差す部分も大きいということから,基本的には自主的,自律的な改善というものを前提として考えるべきかと存じます。その上で,国は一定の方向性を示して,その方向性に基づいて,支援を行っていく。同時にこのガバナンスの改革の実行性をきちんと担保するためには,その工程をきちんと管理していくことが重要であると考えてございます。
 2番目が大学のガバナンスの現状でございます。
 大学ガバナンスの現行制度でございます。これもこれまで審議において,御説明してまいったところでございますけれども,現在の大学ガバナンスに関しましては,主に教育研究に関する教学面の規定と経営面に関する法律という二つの体系がございます。前者は学校教育法,後者については国立大学法人法,地方独立行政法人法,私立学校法といった法律がございます。
 人事権について,法人化前の国公立大学においては,一般公務員法制の場合には上司から部下への指揮監督ということが前提になるわけでございますけれども,それと異なる体系が必要であるということから,教育公務員特例法というものが設けられまして,学部教授会に強い権限が認められていたという経緯がございます。この中で人事についても,例えば文部科学大臣から人事を決めるのではなくて,各大学において決定をするということが法制化されてございました。ただ,これらは国公立大学の法人化によって,適用から外れているところでございます。
 また,この教育公務員特例法自体も過去の戦前からの慣行を踏まえて法制化されたものでございますけれども,こういった法体系に基づく運営体制に加えまして,歴史的な形成過程から生じた慣行というものも大学には存在するところでございます。
 国公立大学の場合,法人化で各大学の裁量というのは非常に大きく拡大したところでございますけれども,一方では,従前からの内部規則,基本的には学部教授会に大きな権限を与えたような形の内部規則というものが,引き続き残っているというようなケースも見られるようでございます。
 また,私立大学の場合も非常に実態は多様であるということは何度も御指摘を頂いておりますけれども,国公立大学の影響を受けたような,近いような慣行が形成されている場合もあれば,一方では,理事会が非常に強く,管理運営になかなか教員の参加・意見反映ができないという逆のパターンもあるということでございます。
 2点目はコーポレート・ガバナンスとの異同という点でございます。
 コーポレート・ガバナンスについては,例えば取締役会と執行役員の関係,監督・執行体制の明確化であるとか,あるいは社会的責任についてであるとか,非常に参考になる点も多いと考えてございます。
 ただ,その一方で,大学というものがそもそも構成員自治に基づく自律的運営を基礎としていることであるとか,あるいは学問の多様性・継続性を維持すべき社会的な使命を負っているということから,本質的に異なる点もあるということに留意が必要かと存じます。
 それから,3点目が諸外国の大学制度の異同でございます。大学制度,先ほどの構成員自治に基づいて歴史的に形成されて,国際的にも確立・発展してきた制度でございます。欧米主要国においても,構成員自治が広く担保されており,特にアカデミックな事項については,教員組織が広汎な権限を持っているということは,これまでの部会でも資料をお出ししてきたところでございます。
 我が国の大学制度は,主にドイツやアメリカの影響に基づいて形成されてきたところでございますけれども,これらと比較をしますと,特に特徴的な点としては,きょうの御議論でもございましたけれども,人材の流動性が低いことであるとか,あるいは一部の大学の規模が非常に大きく,どうしてもその学部の独立性がなかなかその大きな大学の上に,一人の学長では全体を見ることはできないといったようなところが,特徴としては挙げられようかと存じます。
 3番目の章でございますけれども,大学ガバナンス改革の推進ということでございます。最初に,ガバナンス改革の目的でございますけれども,これについて大学の本来の使命である教育・研究・社会貢献の機能を最大化していきます。そして,そのために学内の資源配分を最適化していくということが必要なのではないかと存じます。また,その際には,国公私立の各設置者において,それぞれ性格付けが異なりますので,それらを踏まえた検討というのが求められると考えております。
 2点目が学長のリーダーシップの確立という論点です。学長のリーダーシップについては,所属教職員に明確なビジョンを提示したり,あるいはその丁寧な対話,コミュニケーションをするということがまず重要なところでは挙げられていると存じます。それから,法令上,学長には教育研究に関する最終的な決定権,そしてまた,所属する教職員に対する指揮監督権というものが学校教育法において与えられているところでございます。ところが,長年の慣行に基づくような内部規則等において,むしろ学長はリーダーシップを発揮しにくいような構造になっている場合もございます。内部規則をまずは総点検をしていただくということが求められるかと存じます。
 それから,人事については,学長は教職員ポストの再配置であるとか,あるいは先ほどの田中委員の御説明にもございましたけれども,アメリカのように適正な選考の手続の確保といったところに関与すべきであるということでした。一方で,学問の専門性の確保であるとか,あるいは人事の公平性の担保のために,研究業績や論文等に基づく資格審査といった部分については,教員組織の審査を尊重すべき点もあろうと存じます。
 また,予算についてはめりはりある予算配分・編成を行うための裁量経費の確保が重要である。また,学長が学内で組織再編やあるいはめりはりある予算・人事などを行っていくためには,IRなどを通じた学内情報の集約が重要になってくると考えます。
 それから,副学長,学長補佐,学長室スタッフなどのサポートスタッフの充実。特にアメリカのプロボストのように,各副学長,理事等が縦割りではなくて,全体,ある程度の教育研究全般を見渡して統括できるような統括的な補佐役の副学長等の機関の設置を考えてもいいのではないかということを挙げております。
 また,一部の段階で行われているようでございますけれども,例えば全学的な教育改革を行う場合に,学長であるとか関係する学部長をなどを集めた機関を設けて,そこで最終的な意思決定をすると決めているような大学もあるようでございまして,そういったところでは,機動的な意思決定も行われているということもあるようでございます。
 また,私立大学の場合には,特にそれぞれの設置形態,沿革等を踏まえながら,学長と理事会の調和の下にリーダーシップを発揮していくことが必要と検証してございます。
 3点目が学長の選考・評価という論点でございます。学長選考の仕組みについては,そもそも適任者を選考するにふさわしい仕組みになっているのかどうか,各大学が現状を徹底して点検することが必要だと考えております。
 特に学長を選考する組織,例えば国立大学法人であれば学長選考会議,私立大学であれば,理事会やあるいは学長選考委員会等にあると思いますけれども,そこの組織が大学が求める学長像,どういったミッションあるいはどういった資質,能力が求められるのかといったことをまず明確に示すとともに,適任者をきちんと選任する責任を負うと考えます。
 学長候補者はその示されたミッションをどう達成していくのか,自分自身が所信,ビジョンを示すことが求められます。そして,学長の職務執行状況について,学長を選考した組織自身であるとか監事が継続的にフォローアップしていく。国公立大学法人については,学長選考方法が法律で定められているところでございますが,この趣旨についても再確認をすべき点があろうと思います。
 特にこの法律を定めた際には,国立大学法人法については学長選考会議を置くとされておるわけでございますけれども,ここでは教学,経営双方の観点から,学内の意向を反映するであるとか,あるいは公的支援で支えられている機関として,学外者の意向もきちんと反映するという趣旨が,この国立大学法人法の学長選考会議に関する規定の趣旨でもございます。
 例えば,現在学長選挙が行われているような状況で,その趣旨が本当に十分に満たされているのかどうかといったことについては,現在のやり方をきちんと精査をしながら再確認する必要があるのではないかと考えられます。
 もっともその教職員による意向投票を実施する場合には,学長はその結果の一つの参考として,学長を選考する組織がその権限と責任において最終的に判断すべきものと指摘してございます。
 4点目が学部長等の選考・評価に関することでございます。学部長は学部教員の代表者としての立場とともに,全学的な方針と学部の間の調整役という二つの立場を担う存在でございます。学部長の任命については,基本的にはこの法人の長である学長,あるいは私学の場合には理事会にあるわけでございますけれども,学長のビジョンやあるいは大学の経営方針に沿った役割を担っていただける学部長を選任することが求められてくるということになります。
 学部長の選考方法については,もちろん教授会での投票による場合であるとか,あるいは持ち回りで教員が行っているような場合もあろうと思いますけれども,そういった方法が学部長の職責を果たすにふさわしい仕組みになっているかどうかということを,もう一度再点検する必要はあろうかと存じます。
 その中で,例えば任命権者の方が,学部教授会に対して複数の候補者を示すように求めたりするとか,あるいは場合によっては選考のやり直しを求めるといったことについても検討すべきと書いてございます。
 5点目が教授会の役割についてでございます。教授会は学校教育法,もともと教育研究に関することについて規定をしている学校教育法に基づいて設置される機関でございますので,その仕組み上,教授会の審議の事項は当然に教育研究に関することということになろうと思います。
 法律上,この教授会は審議機関として位置付けられており,議決機関としては位置付けられていないということが言えます。もっとも先ほどの教育公務員特例法の時代においては,人事に関する権限については確かに議決機関と位置付けられておりますけれども,これは法人化された国公立大学には適用されないということになってございます。
 教育研究に関することのうち,教授会が特に審議をすべきということとしては,例えば,教育課程の編成,カリキュラムに関すること,あるいは学生の例えば卒業の関係とか学生の身分に関するような審査,あるいは学位の授与,教員の採用等に当たっての研究業績の審査といったことについては,むしろ教授会で審議することが必要なのではないかと考えます。
 それから,シェアド・ガバナンスという考え方も御提言いただいておりますけれども,教授会にどこまでの権限を持たせるのかということは,まさにきょうの御議論でもございましたけれども,それに伴う責任との関係で慎重に検討すべきという論点を挙げてございます。
 6点目が監事についてです。監事については財務,会計だけでなくて教育研究,社会貢献,あるいは大学内部のガバナンス,例えば学長の選考方法が適当であるかとか,あるいは大学内部の意思決定システムが適当であるかとか,そういったことについても監査をすることが求められる。また,そうした能力のある監事を広く求めることが必要と考えます。また,この監事が役割をきちんと果たしていくためには,重要な会議に出席したり,事務局のサポート体制,資料の提出といったようなことは前提になってこようと思います。
 7点目はその他の事項でございますけれども,これもきょうの御議論にもございましたが,FD,SD等を通じて,ガバナンス改革についてきちんと教職員による理解を促進すること,あるいは教職員自身が他の大学,民間企業,国際機関も含めたいろいろな組織においての経験を促進すること。また,将来の執行部候補と考えられるような人材,マネジメント能力の高い教職員については,大学団体,学内の研修,人事交流等を通じて育成をしていくというようなことも重要かと思います。
 それから,情報公開についても大学ポートレートの活用であるとか各大学のホームページの工夫等をさらに推進することが重要であると考えます。
 4番目の章でございますが,国によるガバナンス改革の支援と挙げてございます。学長のリーダーシップが発揮されるような環境整備をあらゆる手段で支援をする。特に大学の内部規則の徹底した総点検を推進するために,ここに効果があるような所要の制度改正を考えていきたいということを挙げてございます。
 また,国の予算事業等において,学長のリーダーシップを後押しできるような仕組みで,例えば,競争的資金の間接経費の措置等についての充実といったことがございます。また,各大学の取組というのを共有して,同時に各大学の教職員にこの浸透を図るためにも,国や大学団体等の協力等によって,例えばフォーラムといったようなものを開催するということも考えられると存じます。
 国立大学についてですけれども,現在,策定を目指している国立大学改革プランに沿った改革を進めていただくということ,そしてまた,第三期の中期計画が始まりますが,ここに例えばガバナンスについて明記するといったことを検討して,将来的に改革状況を評価・フォローアップしていくことが考えられるかと存じます。
 最後,5番目,「おわりに」という章でございますけれども,ガバナンス改革は本来,大学が自主的・自律的に行うべきものでございます。すぐに大きく変わる部分もあると思いますけれども,これを一過性の動きとしないで,各大学がガバナンスを恒常的な見直しにつなげていくことが重要であろうと存じます。このガバナンスについては,戦後70年さらには戦前からの歴史も引き継いで築かれてきた大学の慣行ということもございます。これの改めるべき点については大胆に改め,そして,大学社会のさまざまなニーズに機動的に応えられるように再構成をしていくことが重要であろうと存じます。
 以上,骨子案の説明でございます。

【河田部会長】  資料4で委員の皆様方から出ました意見を分類をいたしました。そして,資料6のところで実際のやり方がどうなっているか。特に学長選挙についての資料がございました。そして,資料5で次回,これを文章化せねばならないということで,これまで出ました意見をうまく取り入れながら,問題点を的確にこういう形で挙げていただいたと思います。それぞれの先生方の意見がほぼこれで網羅してあるのではないかと私は思いますが,それぞれお気づきのところ,これが抜けている,あるいはここは必要ないということがございましたら,どうぞ御意見を頂ければと思います。

【清家委員】  それでは,この骨子案について大きい点,小さい点,4点コメントさせていただきます。
 最初から順番にこの骨子案に沿っていきますと,最初の「はじめに」のところの四つ目「国は一定の方向性を示し,その方向に基づいて」とございますが,この一定の方向の範囲にもよると思いますけれども,これはこれまで私ども繰り返し申しておりますように,特に私立大学はガバナンスの在り方も含めて多様であるということがその存在意義だと思っております。実際,この「はじめに」のその前のポツのところに,「それぞれの歴史や伝統・文化に根ざす面も大きい」。これは特に私立大学の場合はそのことが大切でございますので,その私立大学のガバナンスも含めた多様性を維持するという観点から言うと,国が一定の方向性を示し,その方向に基づいてということが余りにも狭い方向性を示されると,私立大学のそもそもの存在意義が損なわれてしまうと心配いたしますので,この点について少し御検討を頂きたいというのが1点目でございます。
 2点目は,きょういろいろなところで出てまいりました,その権限と責任なのですけれども,これも比較的大きなところでございますけれども,国立大学でも最近そういう仕組みが取り入れられているわけですが,私立大学は昔からございますが,例えば理事会とか学長選考委員会,そういうところにいわゆる大学外の非常勤の人たちが多く参加して,例えば過半数は大学外の非常勤の人が学長選考委員会の委員になるとか,あるいは理事会の委員になるとか,これは外部の意見を取り入れるという点でよろしいかと思いますが,一方で,その人たちがどのように責任をとるかという点については,十分に議論されていないように思います。
 非常勤の人は,何か失敗したら辞めればいいというのであれば,余りきちんとしたサンクションにはならないわけです。例えば,ここでも2ページのところに学長の選考・評価というので,選考委員会が学長のその後のパフォーマンスをフォローアップしてというのがありますけれども,例えば,学長がよくない学長であった場合には,それは選考した選考委員会の責任ですから,その選考委員会が責任をとらずに,後でまたその学長のパフォーマンスをというのは,少し矛盾があると思います。
 ですから,特に外部のパートタイムの非常勤の人がガバナンスというか意思決定に参加する際に,その責任の所在がどうなのかというのは,少しきちんと議論した方が,このガバナンスの問題ではよろしいかと思います。その点は私はここでもそうですし,今までも余り議論されていなかったように思います。これが第2点です。これはもちろん私立大学の理事会とか評議員会などについても,そういうことが言えるかと思います。
 それから,3点目ですけれども,これは別に言葉尻を捉えるわけではないのですけど,用語として,この3ページ目のところに「国によるガバナンス改革の支援」というので,「学長のリーダーシップが発揮されるような環境整備をあらゆる手段で支援する」と書いてあるのですけれども,あらゆる手段ということは,このために何をやってもいいかというと,やはりそういうことではないと思うのです。適切な手段を講じることが必要です。
 私はもともと経済学が専門なので,あらゆることにはトレードオフというか,コストとベネフィットがあると常に考えてしまうわけですけれども,これも以前から申し上げておりますように,学長のリーダーシップが発揮されることがとても望ましい場合と,間違ったリーダーシップが発揮されることをけん制しなければいけない場合と両方あるわけですので,ガバナンスの在り方というのはリーダーシップが十分に発揮されるようにするという面と暴走を防ぐという両面があるわけですから,その一方のリーダーシップが発揮されるような環境を整えるために,何をやってもいいということではないと思います。
 また,仮にそのための方策であったとしても,コストとベネフィットですから,それのベネフィットを考えたときには,どんなコストを掛けてもそれはいいということはないので,これは私は決して言葉尻を捉えるわけではありませんけれども,余りこの「あらゆる手段」ということの背後にそういうお考えがあるとすると,それはいかがなものかなと思います。これが3点目です。
 それから,4点目はそこのところで,これは私も是非強調していただきたいと思うのですけれども,先ほどからやはり学長のリーダーシップというか,あるいはその部局に対するコントロールの一番大切なもので,今まで日本の大学に欠けていたのは財政的なコントロールだと思うのです。ですから,そういう面で言いますと,この国によるガバナンス改革の支援の三つ目,「国の予算事業等において,学長のリーダーシップを後押しする仕組み」。例えば,「競争的資金の間接経費の措置等」という例示で出ておりますけれども,まさに学長,あるいは大学の執行部がコントロールできる財政資源の比重を高めるということが,学長のリーダーシップを充実させようとするのであれば,一番必要な政策である。ですから,この4番目の点については,この点はさらにもっと強調されてもよろしいのではないかなと思います。
 以上,4点コメントさせていただきます。

【黒田委員】  全体のことを清家委員からおっしゃっていただいたので,そこは省くことにして,私が少し気になっていることは監事の役割のところなのですが,特に私学の場合,私立学校法の改正によって,監事の権限は非常に強くなっているのですが,実際のところ,どこの学校に行っても監事は権限は強くなったけども,どこの根拠に基づいてやるべきなのかということをよく言われます。
 その細かいところまで規定はされていませんので,監事の権限というもの,それから,役割を少し具体的に検討していただいた方がいいと思います。特に,監事が教学面についての監査をすることができるようになっているわけですが,どこまで入れるのかということです。その辺が非常にまだ曖昧で,場合によっては教授会と監事の間のトラブルも起きてくるということがありますので,その辺のことをどういう仕組みでやったらいいのかということを是非とも検討を今後していただきたいというところで,この6.「監事の役割」のところで,そういうことも少し加えていただければありがたいと思っています。
 以上です。

【石原委員】  黒田委員から監事の役割についてのお話がありました。ここでは,非常に広範な総合的な役割ということがここで書かれていますけれども,実際問題,非常勤の監事が国立で75%,私学では90%以上です。大学のガバナンスを考えるときに,非常勤で担う人の役割と権限,責任が明確でないと,これは非常に難しいと思います。また,監事は執行機関ではありませんので,執行機関から一歩距離を置いた中で,いろいろなことを見ていく,そういう立場で見えるものがあるということで,ここはいろいろと羅列してありますけれども,必要というよりは重要だというような表現,あるいは各大学の課題等に応じてそれぞれの課題を明確にしながら監査をしていくという表現がよいのではないでしょうか。今現在ほとんどがそうです。
 多様な大学がありますので,それぞれの総合大学の場合と単科大学では,視点も違ってくると思いますし,監査する領域や課題も違ってくると思いますので,もう少し一般的に適用できる文言が必要ではないかと思います。
 それから,「そうした能力のある監事を広く求める」と書いてありますが,これも現在,非常勤で対応している,あるいはそれで十分だという調査の結果がございます。もう少し教育研究等,各大学の多様性をよく見ながら,個性を見ながら大学が発展していくような形で監事がこの監査できることが重要ではないかと思っております。
 それから,今,黒田委員から権限ということがございましたけれども,次のところにある「重要な会議への出席」については,権限でしょうか,それとも義務でしょうか。オブザーバーで出ている場合がほとんどだと思いますが,これも一つの情報収集なのか,これも監事の中でもいろいろな議論がございました。
 それから,もう一つ,前のページですけれども,学長の選考に関してですが,この学長像について,例えば,どこの大学でも所信表明をなさいますが,中期目標,中期計画のサイクルと学長がそういう所信表明をするのが必ずしも一致していないというところがあります。そういう意味では,学長選考に際しては候補者が例えばそれぞれの将来計画を作成したりして,それに基づいて選ばれた学長がきちんと中期計画を作成していく。そして,それがどこまで進展しているのか,そこの課題が何かを明確に把握するような仕組みがないと,中期計画,中期目標は非常にマニアックに,膨大な時間とそれこそ書類作成,一年中その評価のための部署を設けてやっていますが,それと学長自身が遂行していくその役割,実際の計画,あるいはミッションというものがもう少しトータルで一致できるような方が分かりやすいですし,また学長もやりやすいのではないかと思っております。
 以上,2点でございます。

【有川委員】  重なるところがありますが,監事の役割につきましては,今,まさに監事をされていらっしゃる方からの御意見もありましたが,本学の場合ほとんど実現できております。この間も少し発言いたしましたが,大学が依拠する法律等と学内規則やその他の規程等がきちんと整合しているかどうかという判断は,監事にお求めをするのが一番いいのではないかと感じております。それはこの表現の中に入っていると思います。
 それから,きょうの片峰学長のお話や前回の2大学のお話を伺いますと,現行で結構,大胆なことをスピーディーにやっていらっしゃるという印象を受けました。そういったことから,このまとめの方向は妥当だとは思いますが,一方では,ここでも話題になり,資料等も用意されておりますとおり,例えば,教育公務員特例法や学校教育法などの幾つかの上位の法律などがありますが,国立の場合は国立大学法人法などと矛盾したりとか,例えば国立大学から国立大学法人になった,あるいは公立もそうだと思いますが,教育公務員特例法が適用されていないのに存在しているということは,強い形で目に付きますので,その点についてせっかく議論したのであれば,整理してみるということも必要なのではないのかと思いますが,いかがでしょうか。
 それとその際に,先ほどのことにも関係しますが,大学でやらなければいけないことがたくさんありますが,ある種のガイドラインみたいなものを示しておくことも必要なのではないかと感じております。
 それから,言葉遣いにつきましては,先ほど清家委員御指摘のように,その一定の方向性とかに基づいて支援ということです。これは国立大学に関してということであれば,理解できるのですけど,私学の場合にはやはり少しなじまないのではないかという感じは持っておりました。
 以上です。

【河田部会長】  ありがとうございます。一番問題は,見ていただきました参考資料4のところの「主な論点に関する制度の現状(再確認)」の4ページのところですね。「法令と学内規程の関係」であります。いわゆる憲法の条文,この下に学校基本法がある,そして更に学校教育法があって,その学校教育法と国立大学法人法,あるいは公立大学で法人化された65大学とされていない大学,それから,私立学校法下にある私立大学。この関係は複雑です。それに教育公務員特例法などの残存がありますから,この辺のことを是非この機会にチェックしていただく必要がある。大変な作業かと思いますが,できるだけそういう作業をきちんとやって,どういう形で改正するかは別として,そのチェックが必要ではないかと思います。それから,監事の方が学内のそれぞれの学則とかいわゆる部局の取り決めと,元の法律との関係,それらを総点検することも必要だと思います。

【金子委員】  少し細かいことになりますが,2ページの下から5行目ですが,学部長等の選考・評価というところですけれども,「学部長の任命権は法人の長である学長や学校法人の理事会にあり」と書いてありますが,私,厳密に言えば,まず最初に法人の長である学長という言い方はおかしいだろうと思います。法人の長と学長は必ずしも一致しないわけです。
 それから,学校法人の理事会が学長の任命を行うことは当然だと思いますが,学部長の任命を行うことは適当かどうかについては,余りまだ議論されたことがない。本来,学長に対して一定の権限を与えるのであれば,むしろ学長にその権限があるべきであって,理事会がそれを頭ごなしに学部長の任命を行うことが,本当に適当であるかどうかということについては相当な議論があり得るところだと思いますので,この点については少し再考といいますか,表現をお考え直した方がいいのではないかと思います。
 それから,3ページ,ここは非常にクリティカルな言葉だと思いますけど,教授会の役割の明確化ですけれども,この2番目のパラグラフで,「法律上,教授会は審議機関として位置付けられており,議決機関ではい」とありますが,学校教育法については,議決機関という言葉は使われていないので,その議決機関ではないということはどういう意味なのかということは,私は問題になるべきところだと思います。
 一般的には教授会の力は強過ぎるという意見が強いことは承知しておりますけれども,しかし,少なくともここに例示されているような,特に学位の授与に関しては,これは教授会が審議するというよりは決定すべき点でありまして,議決がないということは言い切れないのではないか。ここはかなり微妙なところで,ある意味では歴史的な問題なのかもしれないので,かなり慎重に議論することは必要なのではないかと思います。
 最後ですけれども,先ほど教育公務員特例法の亡霊があるとかということをおっしゃっていましたが,実は今の法体系を考えてみますと,今,申し上げたように意思決定,それから審議等々について,実はかなり曖昧な部分が相当あることは事実です。国立大学法人についても,強いて言えば意思決定機関は,理事会になるわけですけれども,現在の国立大学法人の理事会の理事は学長が指名することになっていますので,第三者のチェックがほとんど入らない仕組みになっているわけで,これは相当基本的な問題を含んでいる問題であります。それから,私立学校法に関しても,法人についてはいろいろな規定がありますけれども,法人が学内の運営について,先ほど申し上げた点もあるわけですけれども,どの程度関与すべきかについても,やはり問題でありますし,さらにもし例えば学部長を任命する権限を持っているとする場合,職務上学部長が理事になる私立大学も相当あるわけでありますから,かなり制度的な不整合ができてしまう問題もあります。
 そういう意味で,今回このような問題が提起されたことは重要だと思いますが,やはりより本格的な,法的な整備は多分将来には必要だと思います。しかし,その近い将来に全部議論するのはとても無理ですので,やはりある程度,将来まだ流動性を含んだという形で議論する立場が必要だと思います。
 以上です。

【北城委員】  大学のガバナンスに関する議論は非常に幅が広いので,まずは国立大学のガバナンスをどう変えるかということを焦点に議論してはどうかと考えます。私学に波及するところがあれば一緒に考慮してもいいと思うのですが,清家委員がおっしゃるように,私学はいろいろな設置形態があるので,まずは国民の税金で主に運用されている国立大学について、大学のガバナンスはこうあるべきだという点を国の方針としてある程度出してもいいのではないかと思います。まずはそこを中心に考えた方がいいということが一つ。それから,教授会の権限の明確化に関して,ここでは「審議機関として位置付けられており,決議機関ではない」と書いてあるのですが,実態上は多くの大学では決議機関になっていますし,学長がリーダーシップを発揮するときにも教授会の説得に非常に時間がかかるということからすると,教授会が決議機関ではないということを明確にするために,やはり学校教育法の93条を変えていただきたい。今は審議と書いてあるのですが,審議という言葉を諮問機関に変えるとかして,決議機関でないことを明確に示すような形にしないと,いつまでたってもこの問題を引きずるのではないかと思います。
 併せて,教育研究評議会の役割もはっきりさせた方がいい。決議機関なのか,また学長が決めることとどう関係しているのかが分かりません。審議という表現になってしまうと,決議か審議かがはっきり分からないので,ここを明確にする必要があると思います。
 それから,学部長の選考方法に関してですが,教育公務員特例法で書かれているルールがほとんどの大学で内部規程になっています。金子委員がおっしゃったことに近いのですが,ここについても基本は学長が学部長を選考することを明確にするべきです。もちろん学長は,各学部の中身が分からない場合に各学部の意見を聞くことがあることは当然です。ただ,3ページの上に書いてあるように,「学部教授会に複数の候補者を」求めるとなると,どうしても学部の教授会が分かる人しか候補に出てこない。学長としてはそれ以外の候補者の方がいいと考える場合もあるので,基本は学長が選任する。ただ,学長は自分の裁量で各学部に候補者を求めることがあっても,それは構わないので,別に制限する必要はないということです。
 終わりに学長の選任に関してですが,まず,学長選考会議の委員の構成についてもう少し議論する必要があると思います。多くの大学で,これは国立大学ですけれど,学長選考会議の委員は学内委員と学外委員は半々の場合が多い。学内委員が多いと,どうしても大学の中の力関係が反映される可能性があるので,私は学外委員を過半数にすべきではないかと思います。
 併せて,経営協議会についても学外委員を半数以上と書いていますけれども,半数以上ではなくて過半数にするべきです。学長が暴走した場合にどうするのかということに関して言えば,経営協議会に過半数の学外の方がいるわけなので,そこで学長を更迭する。あるいは学長選考会議でいいと思うので,学長選考会議で学長の更迭をできるようにする。実際には文部科学大臣に更迭を申請することになると思いますが,そういうやり方に変えた方がいいと思います。
 全体の流れとして日本の大学は社会から改革を求められているので,学長のリーダーシップによって,改革が進むような方針を出すべきです。改革を進めた際に学長が暴走することをどう防ぐかという点については,暴走する学長が出た場合には,学長選考会議等で更迭ができるということだけでいいと思います。暴走を防ぐために改革が進まないということは問題ではないかと思います。
 以上です。

【北山委員】  今の北城委員の御意見とかぶる点は省いて申し上げますが,ガバナンス改革の目的というところに書いてありますように,やはり大学のいろいろな機能の最大化をできるだけ早く実現していくということが大切だと思います。この骨子案を見ますと,数年前にも似たようなことが議論されていましたし,改革が進んでいない国立大学もまだかなりあります。我々民間企業の感覚からすると,なぜ同じことを繰り返さなければいけないのかと感じます。今,北城委員が言われましたが,例えば学校教育法93条の教授会の問題含め,今の法律にはガバナンスのあるべき姿が既にしっかりと書いてあります。それを生かしていかないのは大学なのです。
 そうなると,法律をもっとはっきり書いたらどうかという発想が出るわけです。今の法律の改正は本来必要ありませんが、その主旨を守れないなら,拡大解釈できないようにすべきです。法律を改正せず,学内の内部規則だけに規定し,それを点検するという仕組みですと,またループホールが生じて,問題が出てくるのではないかと思うので,この際,明示的に法令の改正も含めて,ガバナンスが機能していない大学の意識改革を促すための仕掛けを,いろいろ提示すべきであろうと思います。そうしないと五,六年たっても,また同じ結果になるのではないかと懸念しています。

【有川委員】  国立大学について,全然改革が進んでいないことはないと私は思っています。それは86大学もありますから,各大学の状況は異なりますが,やはり個別の取組について注目してもらいたいと思います。

【北山委員】  ですから,進んでいない大学もあると申し上げています。

【有川委員】  それはきょうの御説明だったり,前回の2大学より御説明のあったとおり,あれだけの大変な改革をあれだけの短期間に実施されていますが,まだ十分でないという判断でしょうか。

【北山委員】  京都大学や大阪大学については,私は十分評価しております。非常に努力されているのですが,まだまだ改革が難しい大学があるということと,そうした大学の取組を後押ししたいというのが我々の考えです。

【帯野委員】  学長のリーダーシップの確立のところでいろいろ書いていただいているのですが,ここで一つ抜けているのは事務組織の強化ではないかと思います。リーダーシップを可能にするのは組織力でありますし,そこのところは前回,京都大学と大阪大学から頂いた説明の中でも,お話がありませんでした。優れた研究教育,これは50%の力であって,あと,それをまとめ,世界に発信するというのはやはり事務組織の力なので,それがなくては世界トップ10というのは実際には難しいのではないかと思います。
 民間から見て,大学が特異だと思うのは,教と職と二つがあるということであります。もう一つは不思議なことに,教がフラットなら職もフラットであるということ。部長も課長も室長も係長も同じような仕事の仕方をしているというところがあります。例えば部長飛び越して課長に誰か指示をするとか,課長をおいて室長と誰かがものを決めるとか,その結果いつかどこかで何かが決まっているということが多くて,これをやっていると中間管理者が育たない,恐らく次の世代も育ってこないと思います。この際,事務力の強化ということは考えるべきではないかと思います。
 以前,それに対してアドミニストレーションの専門家を入れるべきだということも申しましたが,それだけでなくて,評価制度を入れるとか,その方法論についてはこの部会で取り扱う事項か否かは分かりませんが,少なくとも事務組織力の強化というのは,このリーダーシップの確立のところに一つ入れていただけたらと思いますので,よろしくお願いします。

【樫谷委員】  別の会議でお聞きしたのですけども,世界最高水準の教育研究をするというところで国立大学法人を作ったわけです。もしそうであれば,世界最高水準の教育をするための仕組みを考えないといけないわけですが,いろいろ海外のことをお聞きしても,今はまだそうはなっていないのではないかと思います。世界から最高の人を集めてくると,こういう仕組みになっていません。そこはまだまだ足らないと,今の現状の中でいろいろなことを工夫されていることはよく分かるのですけれども,まだまだそうはなっていないという感じはいたしました。まずそれが一つです。
 それから,国立大学法人について先に議論をするというのはいいと思うのですが,大半の学生は私立の学生ですので,私立学生のためにもこのままでいいのかどうかという議論はやはりしっかりしておかなければいけないと思いました。

【上山委員】  1点だけ,この骨子は,すごくよくできていると思いますが,欠けている視点は清家委員とか,小林委員もおっしゃっていましたけども,財務の問題です。なぜ,国立大学の改革は進まないのか。それはインセンティブメカニズムが改革するように働いていないからです。大学の本部に資金がないのです。
 例えば国立大学が年間,学長の裁量権で200億円使えるとなると,相当変わると思います。スタンフォードが学長になったときに,この間,今,ヘネシーが寄付金で4,000億集めるのです。その財務力をもって内部改革をやっていく。それは公的資金も含めて,民間の資金も含めて大学がガバナンスを効かせていくような財務環境を作っていく。ガバナンスの現状の中に,財務の問題がないからできないというようなメッセージが余り見られないというのが僕の印象で,これが果たして反映されるかどうか分からないですけれども,議事録に残しておいていただいて,私はそう思っていますということを申し上げたいと思います。

【小林委員】  私も簡単に申し上げますけれど,この骨子案を見て非常に奇異に感じるのは,理事会についてほとんど記載がないということで,ガバナンスの在り方を検討するのになぜ理事会のことを問題にしないのかというのは,確かに今までばらばらに出てきていて,余り理事会そのものについては議論をしたことがないのです。先ほど金子委員の方から国立大学の理事というのは,実質的には執行機関であって,両方を兼ねているというところが問題だということは言われましたけど,では,私立大学について今の理事会が問題がないのかとか,そういうことは一切ここでは議論されていなかったように思います。
 また,何回も申し上げて恐縮ですけど,昨年の中教審で報告したときにはアメリカの理事会の在り方で,特に17サポート体制があるということで,これがしっかりしているからアメリカの理事会は機能しているということを申し上げましたけれど,その一例としてサーチ委員会とか,選考委員会のお話もしたわけですけど,そういった点について,何か抜けているのではないか。もし私の方が勘違いしていたら御指摘を頂きたいのですけれども,なぜ理事会がないのかよく分からないということでございます。

【森脇委員】  非常に的確に骨子案をおまとめいただいたので,この後の議論がとてもしやすくなるのではないかと思いました。
 一つ述べておきたいのは,今御発言のあった,理事会のことですが,いろいろな議論の中で出ていたように思いますが,ばらばらと出ておりましたので,まとめて取り上げる必要があると思われます。それにもう一つ,付け加えていただければと思いますのは,国立大学法人の場合は経営協議会と,教育研究評議会との連携調整です。きょうの長崎大学の御説明でも連絡調整会議を設定されているということでしたが,私学でも理事会と教授会の連携をどううまく調整するかという点の創意工夫を制度的にされているので,そこに触れていただければと思います。
 あと先走るようですが,これは骨子ですので,これからだと思いますが,「はじめに」のところの内容は,我々が議論をした前提になるところですので,簡潔にはっきりと書いていただく方が,よろしいのではないかと思いました。つまり「おわりに」と書いてあるところの内容が,初めに来る方がよいのではないかという感じがいたします。例えば,終わりのところの三つの文が初めに来るぐらいの前提で,私どもは議論したように捉えておりますので,その点を少し御配慮いただくことと,それから,先ほどからもう御意見が出ております,国は一定の方向性というところと財務の面もやはり初めのところで明確にしておいていただければと思います。
 以上でございます。

【河田部会長】  ありがとうございました。議論がいろいろ出まして,これをまとめるのは大変だと思いますが,できましたら,北城委員の言っていただいているように税金でやっている国立大学を中心にという形でまとめるなら,割と簡単にまとめられるのではないかと思いますが,いかがでしょうか。

【清家委員】  もちろん私立大学の多様性もありますが,先ほどの資料にもあったように,国立大学のガバナンスもいろいろ多様なのです。だから,そういう面でやはり私立大学だけではなくて,国立大学のガバナンスの在り方の多様性も私は大切だと思っております。ですから,私立大学だけ多様であればいいということではないので,その点誤解のないようにしていただきたい。

【河田部会長】  はい。ということで,国立大学法人を中心にしながら,私立大学も公立大学も視野に入れながらまとめるという形で16人の委員の方々が納得していただければよいと思うのですが。

【金子委員】  国立大学中心というような議論はこれまで決してコンセンサスになっていたとは思いません。もちろん国立大学の改革も重要でありますけれども,やはりこれは私立大学も含めて全体の問題だと思いますので,これについてはまだ次回の検討に待つべきだと思います。

【有川委員】  私もそのように理解していまして,国立大学のことを議論するのであれば最初からそれを目的にして集まればいいのですが,ここでは大学全体について議論すべきで,その中で特に浮かび上がってきた国立大学の問題点については短期集中でも構いませんが、別に議論するという手順で良いと思います。そうでなければ何のためにここで議論しているか分からなくなります。

【河田部会長】  了解です。前言を撤回をいたします。
 それでは,国公私立全ての大学を視野に入れながら,それぞれの大学において迅速な改革がなされて,そして,日本の大学が世界に誇れる大学になれるような取りまとめを行うという形にいたしたいと存じます。大学改革が何も進まないというのではなくて,是非,大学の改革が進むような建設的なまとめを提言としてきちんと出す。次回は「審議まとめ(素案)」をたたき台に論議させていただきたいと思います。よろしいでしょうか。
 それでは,本日は特に片峰学長,市川学長両学長にも遠路来ていただいて,長時間の御議論をありがとうございました。これで本日は閉会にさせていただきます。

(4)次回の開催について,事務局から発言があった。

── 了 ──

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-- 登録:平成26年01月 --