法科大学院特別委員会(第1回) 議事録

1.日時

平成17年6月10日(金曜日) 10時~12時30分

2.場所

三田共用会議所D、E会議室(3階)

3.議題

  1. 特別委員会の今後の運営について
  2. その他

4.出席者

委員

 木村委員
臨時委員
 田中委員
専門委員
 磯村委員、大谷委員、小幡委員、鎌田委員、川端委員、川村委員、小島委員、瀬戸委員、永田委員、中谷委員、平良木委員、山中委員

文部科学省

 徳永高等教育局審議官、長谷川専門職大学院室長、後藤専門教育課課長補佐、他

5.議事録

(1)座長に田中委員(京都大学理事・副学長)、座長代理に木村委員(独立行政法人大学評価・学位授与機構長)が選任された。

(2)事務局及び大谷委員より資料について説明があり、その後各委員より法科大学院における厳格な成績評価及び修了認定に関する状況について意見交換がなされた。

(○:委員)

委員
 大学によってかなり対応が異なると思うが、各学年時における成績評価の方に重点を置き、最終的に修了試験を改めて行うという発想は取らないところが多いのではないか。しかし、法科大学院の中には修了試験を別途予定しているところもあるようだ。

委員
 成績評価の基準等はどの大学でもきちんと公表していると思うが、進級制については採用していても様々なバリエーションがあるので、その趣旨をきちんと理解していただくことも大事ではないか。

委員
 本学では、進級に必要な単位をかなり厳しく設定している。初めから平常授業に付いて行けず休学した学生も既に何人もいるが、きちんと平常授業に出ている学生で必修科目を2科目以上落とした者はおらず、進級もできている。最後の修了試験は特段考えていないが、進級したところで必修科目を落としていれば、その科目を再履修しなければならない。まだ修了者を出していないので分からないが、法科大学院の場合は普通の学部と違って必修科目が多く、1科目でも落としていたら修了できないので、科目毎に成績を厳しく付けてしまうと結果的に修了試験はできなくなるのではないか。落第した学生からは、「普段きちんと課題もこなしているのに試験で落ちたが、どうしたら試験に通るのか。事前に何回か明確な警告のサインがほしい。」との反応があった。成績評価の基準は示してはいるが、これに加えて補助的なものを示す必要があるかどうか検討している状況である。

委員
 本学では、進級制を導入しているが、修了認定に関しては、必要な単位を取れば修了できる単位制を採用し、改めて修了試験を行うことは予定していない。ただし、進級はできたが単位を落とした場合には、改めて元の年次の単位を取らなければならないこととなっている。
 厳格な成績評価の水準をどこに求めるかが非常に難しい。本学では全く法律を読んだことがない者が4月に入学し、7月から8月にかけて最初の試験があり、そこで基本に追い付かない者は落第となる。それで法科大学院の最終的な教育目標を現在の司法修習の前期修習修了程度という水準にするのはとんでもない話である。初めて法律を勉強した者がここまで頑張っていれば単位を与えても良いという見方をしているが、法律基本科目を2、3年次で繰り返すことはないので、修了時にその者が前期修習修了程度の水準を持っているかはその後の努力次第ということになる。
 成績評価は個々の学生に対する説明義務というのが前提にあり、疑問が呈されれば個別に応えている。また、前期が終わった時点で少々問題がある者について個別に指導をしたところ、後期になると多くの者は飛躍的に成績が伸びた。
 試験をしても、「何を書けばよいか全く予測がつかない。法律の論文や試験は何をどう書けばよいか分からないので教えてほしい。」という要望は相当強い。本学は法科大学院の趣旨に極めて忠実であり、試験対策的なことは一切しないことを通している。

委員
 本学では、1年次から2年次への進級時に、成績評価だけでなく進級テストも実施している。不合格者に対しては再試験を行うが、最終的にそれでも進級できない者が出てきうる。自分は昨年、今年と既修者クラスを担当しているが、既修者のレベルは相当高く、最終的に修了できない学生は幸いにしてほとんどいないのではないか。その場合に悩ましいのは、厳格な評価という時に誰を落とすかということである。昨年度はかなり緻密な形の試験をし、報告も提出させて評価したが、やはりある程度分散させる必要があるので、悪い成績を取った学生の中には納得できない者もいるだろう。今年は学生の意見もあり、日常的な報告や質疑で点数を付けているがなかなか難しい。学生の報告や意見を聞き、採点もするので、大変な手間隙がかかっている。また、次々と手を挙げてくれることは良いが特定の学生に片寄ってしまい、そのため、それ以外の者がなかなか当てられない状況が生じている。先頃文部科学省の用務で米国のロースクールの調査を行った教授の話では、米国では日常の授業中の質疑で点数を付けることはしておらず、最終的に期末試験で採点しているとのことであった。我々の試みは実際に実施してみるとかなり難しいので、来年からは少し変えた形で講義概要に書く必要があると思っている。

委員
 平常点による評価は難しい。教室で活発なやり取りをし、教授に対しても積極的に質問をしてくる学生が、ペーパーテストの成績が下位になることがある。するとその学生が失望をし、感情的な問題が生じてしまう。そこで、教室でのやり取りを評価しつつ、それをある程度念頭に置きながらペーパーテストで確認していく方法が現実的であり、この方向に当初よりややシフトしている。しかしそれで良いとも言い切れず、悩みの多い点の一つである。これには主観的な公正さへの信頼や、人間関係の要素も関わるので難しい。評価については、基本的に個々の段階での学生の実績に照らして行っている。その積み重ねで全体として修了させるか否かを決めることが本当の姿だが、特に最後の修了認定において、司法試験との関係での大きな政策的な配慮が加わった場合、それは健全なことなのか、大学教育にとって良いことなのか、これは後のことも考慮すると難しい問題である。
 学生を段階的に評価するにしても、未修者として入学した者には様々な者がおり、やはり最初は非常に戸惑っている。しかし前期では難渋していても、少し慣れると適切なアドバイスで段々と軌道に乗り、何パーセントかの学生は2年目になると見違えるほどよく成長する。担当教員が目を見張るほどで、学生の成長の度合いというのは非常にダイナミックである。特に未修者に対する評価を機械的に行ってしまうと、3年目のところで実績が上がっているのに、1年目の悪い評価が響いてしまう場合もあり難しい。また、教員に対しては様々な対応が要求されている。個別的な対応と全体的な対応とあるが、どう対応するのか現場ではなかなか難しい面があり、第一線での責任者は色々悩んでいるのではないか。

委員
 学生がどの程度の水準に達しているかを従来の司法試験合格者の水準を念頭に置いて議論をすると、法務省や最高裁判所の方々はその水準は最低水準だと考えているように聞こえることがある。これまでは、ほぼ100パーセント現行司法試験できちんとした下地を修得するとして、非常に厳しい「点」で管理し、その上で周辺部分の能力も多少はあるということで法曹にしていた。今度は従来とは全く別の資質の学生を法曹にしようとしているのに、昔の水準と比べるような議論が得てして語られることがあるのが気にかかる。
 他方、法科大学院にも課題がある。これまでは、知識と知識体系の修得状況で、ある程度今までの経験を測ることができた。しかし「点から線」という適切なプロセスを踏むことが大事となり、それを今評価しようとしているが、厳格な成績評価とは法科大学院の何を評価するのか。大学の質、教員の質によって本来の法科大学院の構想に沿った質を考えている大学がある一方で、どうしても知識体系修得型に重きを置かざるを得ない大学があり、これでは結局、司法試験による「点」の評価ということになり、厳格な成績評価の認定が、我々が考えた法曹像の基準に置いた様々な思考力や柔軟な判断力ではなく、ペーパーテストに集中してしまうおそれがある。よほど優秀な教員でなければ、その知識修得以外のものを測るのは大変であり、74大学の多くの大学が知識修得型に傾いてしまうのではないか。きちんと堅実な法曹教育養成プロセスを踏み、例えば個々の学生のポートフォリオを作成し、このプロセスにより彼はこういう思考力が伸びている、と評価するのなら良いが、厳格な成績評価を何で測るのかを検討していないために、結局ペーパーテストだけで評価することになると知識のみの修得型に陥りやすい。

委員
 本学は、1学年50人のうち40人が未修者コースで、未修者のうち、いわゆる純粋な未修者は15人ほどである。予備校経験者が5人ほどいる一方で、今まで法律を勉強したことのない学生もいる。
 既修の2年生に対しては、入学当初から司法試験対策はやらないと言ってきているのだが、今も夏までにその対策に対する回答がほしいと言われている。今年入学した学生からも何度も答案練習を頼まれている。もちろん既修の2年生と、今年入学した学生との答案練習では意味は違うが、本学にそういったカリキュラムがないのも問題なのかと思っている。しかし、2、3年間勉強し、修得した知識を最後は文字という形で表していくことは大事であり、それを1年生、2年生の言うことだと軽視せずに対応するべきなのではないかと考えている。

委員
 本学はかなり厳格な評価をしている。まず成績評価については相対評価でA、B、C、D、E、Fとあり、Fが落第である。これを上位の方ではAが15パーセント、Bが25パーセントとしている。もう1つはGPAの採用である。今年度GPAは1.5で、この2つの要件でどちらか1つでも欠けると落第となる。必修科目は1科目でも落とせば落第にしようと思ったが、学生から「これでは3割近くが落第する」と言われ、試算をすると1割強が落第する計算になった。結局、GPA1.5という基準は下げることはあっても、これ以上上げることはない。基本的にこの相対評価とGPAにより評価し、相対評価についても合格点は絶対評価にしている。
 自分は、未修者の刑事訴訟法を担当し、80人を2クラスに割って授業をした。司法試験とほぼ同じレベルの問題を出し、司法試験並みの採点をしたところ、3分の1はかなり問題があった。しかし、3年のうちのまだ1年だから今後修復可能だろう。未修者は2年次に既修者と一緒のクラスにし、全員をシャッフルして平等に分けることを考えている。そうすると恐らくそこで実力不足を実感し、更に頑張るだろう。問題として、平常点をどう評価するかだが、未修者の1年次のような講義科目に近い科目は平常点を評価するのがなかなか難しい。そこで学生を当てていき、一番良い者、目立った者、そして特に悪かった者をどの程度評価するかということになるが、これはそれぞれの教員の判断に委ねている。授業については、もちろん授業評価をしているが、随分厳しいことが書かれているものもある。その意味で、ある程度基本に忠実かつ厳格に行っているというのが状況である。

委員
 本学では、半期毎の進級制を採用している。必修科目を3科目落とした場合、3科目までは再試験をするが、それで落ちたら進級させない制度である。2年生については、法律基本科目は学力別クラス編成で、成績順でAクラス、Bクラスとクラス編成し、半期毎にクラスを入れ替えている。また、通知表を作成し、進級判定とともに学生に渡しているが、その中でGPA評価をし、1.5以上を要求している。それ以下の場合にはある程度指導が入る。その反面、成績評価については絶対評価を採用している。しかし、当初、半年ほどで未修者の3年コースを1年から半年毎に区切っていくのはどうかと思っていた。今後もう少し総合評価的な修了認定を考えるかもしれない。

委員
 それぞれ各大学で法科大学院の趣旨に沿った制度設計や運用をしているが、かなりばらつきがあるのは事実である。この実態を調査し、理解いただくことはかなり重要であることから、様々な形で状況を把握し、特に制度の設計や仕組みの中で言われていることと、各大学が実施している中での問題点等を重点的に取り上げ、必要に応じ各大学にも改善していただいたら良いと思うし、制度そのものについても反映させていければと思う。

委員
 各大学がそれぞれ苦労しながら厳格な成績評価に取り組んでいることは評価したい。新司法試験の年間合格者数について3,000人という数字が挙がっているが、司法試験は本来なら競争試験ではなく資格試験的なものである。今まで合格者は例年ずっと1,000人で推移していたが、やはり圧倒的に少なく、もっと多くの合格者を出してから競争させればよいと思う。今の段階の合格者数ではなかなか資格試験になりにくいのではないか。法科大学院では法学部だけではなく、理科系等様々な学部から学生が集まっており、外国との関係も含め、総体としての力を上げていくことを目指すのであれば、やはり全体の合格者数を増やしていく必要があるのではないか。そこで、一定の水準に達した者であれば、これからの時代の法曹としての水準を確保できる者として、できるだけ評価してあげていただきたい。そうでないと大学の方もなかなか大変だろう。

委員
 第三者評価のトライアルや大学設置・学校法人審議会の年次計画履行状況調査で法科大学院を訪問したが、特に今後第三者評価が始まるというのは画期的なことである。学生のアンケートには授業の批判や、カリキュラムの問題の指摘があり、それが第三者の目に触れ指摘されるので、質の確保については今までの大学とは全く違うものが生まれるのではないか。
 また、法曹倫理の非常勤講師を4月から始めたが、必須科目ではあるが司法試験科目ではなく、どれだけ学生が真面目に取り組んでくれるか心配だった。プログラム・ブックを使い、1週40から60ページの課題を出し、こちらから指名し1人10分から15分、反対尋問的に質問する徹底したソクラティック・メソッドを行って分かったのだが、学生が本当によく勉強をしている。平常点で差を付けるのはなかなか難しい。大学のレベルにもよるが、法科大学院の学生は司法試験オンリーになっているわけではない。その意味では、法科大学院で初めて導入した新しい科目が実質的に意味を持ち得るのではないか。これは最近医者の臨床教育でも盛んに言われており、ある本の中で「医師のレベルは学生時代の記憶の量ではなくて、医者になったその基本態度が決める。基本態度さえ間違っていなければ言語能力と論理能力だけで本当の医師になれる」という言葉があったが、特に弁護士というのはそういうものではないかと思う。知識の量が弁護士になれるかなれないかを決める今の制度自体をもう少し疑問視していくことが必要であろう。そのためには「こういう教育をすればこういう良い法曹になる」ということがもう少しはっきり分からないとなかなか言えないが、現在の法科大学院の実践の中の最も良い部分を継続すれば必ずこのような評価が定着するのではないか。

委員
 国会の議論を見ると、厳格な成績評価や修了認定に非常にこだわっているが、行き過ぎるとそれぞれの大学の個性を失くしてしまう。アカウンタブルな方法であれば様々な成績評価が有り得るので、それを容認するようでなくてはならない。教育の方法はPDCA(Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Action(改善))のサイクルがきちんとあるかを見ればある程度分かる。それ以上踏み込むと画一的になるので気を付ける必要がある。

委員
 法科大学院の厳格な成績評価と修了認定の状況把握の方法として、大学設置・学校法人審議会の法科大学院特別審査会が実施している年次計画履行状況調査のデータや、第三者評価機関による予備調査等の公表データ、法科大学院協会の委員会毎による状況把握の調査、法務省にも司法試験関連の様々なデータがある。あまり本委員会から直接大学に働きかけるのではなく、法科大学院協会や、設置審の委員会、あるいは各委員の協力を得ながらできるだけこの委員会で状況を把握し、問題点や課題、展望を審議していきたい。法科大学院の教育内容に対しては非常に関心が高いが、必ずしも好意的な評価ばかりではないので、一定の理解を得られるようにしたい。

委員
 状況把握に当たっては、中央教育審議会といえども直接大学に土足で踏み込むのは非常に不適切であることに留意しなければならない。また、第三者評価機関との連携も是非取る必要がある。

委員
 その意味では、法科大学院が全て加入した法科大学院協会からの協力を得るようにしたい。

委員
 知識偏重は良くないが、最近の若い人は考えようとしない。考える力が低下している。新司法試験はまさに知識偏重ではなく、思考力や問題を解決していく力を試す試験であり、それが今司法試験委員会で検討されている。知識さえ詰め込んでおけば試験は通るという形にはしないように一生懸命努力している。確かにこれまでの年間合格者数は非常に少なかった。合格者数500人という時代が20数年続き、まさに資格試験なのか競争試験なのかという問題が指摘されてきたが、司法試験は法曹の資格試験である。つまり、一定の水準に達した人は通すべきことに間違いないが、一定の水準というのは一体何を持って適正な水準であるかというところで考え方が分かれると思う。500人時代に比べ、今は約3倍の1,500人単位で合格しており、近いうちには3,000人ほどになる。3,000人というのは上限ではなく、法科大学院でしっかりとした教育を受けて法曹としての優れた資質を持った者が増加していけば、将来的に年間の合格者が増加していくということもあり得ると考えている。

委員
 司法試験を論点主義ではなく、考える力が確かめられる従来の試験にはないものにしたいと思うが、どうしても限られた時間内に書かせる試験としての限界はある。新試験は基本科目しかなく、口述試験もないので、法科大学院では単に新試験に対応するだけではなく、本来の法曹として相応しい人を養成するような教育が必要なはずであり、厳格な成績評価や修了認定はそのような観点から実施されている。
 普段学生と接していると学生はよくやって来るし、少人数の平常授業というのは非常に良いものなのだが、理想と現実で困っている。我々も限られた時間内の試験で基本科目等を成績評価しているが、発想も良く、よく考えている学生が実際には答案をなかなか書けないという現実がある。これに対してはどのように対処すべきなのか。ジレンマがあり難しい。

委員
 本委員会の役割が、法科大学院制度の一層の充実に向けて、法科大学院全体の教育の状況把握・分析を行うためのものであることに留意しつつ、今後とも審議を進めていきたい。この過程で、個々の法科大学院の状況を把握する必要も出てくると思われるが、これはあくまでも制度全体について考えるに際して行うものであり、かつ、必要に応じて大学設置・学校法人審議会、認証評価機関などの協力を得ながら行うようにしたい。

6.次回の日程

 次回の日程は、7月中を目処に、改めて調整することとなった。

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高等教育局専門教育課専門職大学院室

(高等教育局専門教育課専門職大学院室)