もどる


第1章 義務教育制度の在り方について

1. 義務教育の意義
 義務教育費に係る経費負担の在り方について検討するためには、まず義務教育の意義について踏まえておく必要がある。
 義務教育には、大きく分けて、国家・社会の要請に基いて国家・社会の形成者たる国民を育成するという側面と、個々の国民の教育を受ける権利を保障し、その個性や能力を伸ばし、人格を完成させるという側面の2つの側面があり、そのバランスをとることが重要である。

(1) 国家・社会の基礎となる国民教育としての意義
 義務教育は、国家・社会の形成者の育成のために必要な最小限度の教育という性格を持っている。義務教育においては、社会の一員として、国民として共通に身につけるべき基礎・基本を習得させ、社会規範を尊重する態度を養うとともに、伝統や文化を継承させ、あわせて国民経済の諸活動を営むための基礎となる資質能力を培うことが求められている。
 義務教育は、共通の言語、文化、規範意識など、社会の紐帯となるべき最も基礎的な資質を、一人一人の国民の身につけさせる役割を負っており、これによって国民社会は、一つの統合された社会として成立している。義務教育は、統合された国民社会を維持していくために不可欠の基礎となるものである。
 また、経済学的観点から見れば、義務教育は、国民経済の基礎的となる人的資本形成としての意義を有する。その経済的な効果は特定の地域に限定されず、国民経済全体に及ぶものであり、地域を越えた人口移動が拡大している近代国家においては、国民の基礎的な教育への投資において国家が果たすべき役割は大きい。また、短期的な地域の経済状況の影響を過度に受けずに、中長期的な観点から安定的な投資を行うためにも、国が重要な役割を果たすことが必要であると考えられる。
 教育は未来への先行投資であり、まさしく国家百年の計であり、その投資に当たっては20年、30年という中長期的な視点から考えることが必要である。我が国の義務教育は、明治以来の近代化や戦後の経済成長を支えてきた柱の一つとして、国際的にも高く評価されてきた。天然資源に乏しい我が国においては、人こそが最も重要な資源である。「知」の世紀である21世紀においては、個々人がどれだけの知識・技術を身につけるかが、生産性を高め、その国の経済成長に大きく貢献することにつながるものであり、教育の投資の意義はますます高まっているといえる。
 以上のような意味で、義務教育は、国家・社会の基礎となる国民教育としての意義を有しているということができる。

(2) 国民の教育を受ける権利の最小限の保障(ナショナルミニマム)としての意義
 義務教育は、人が人として生きていく上で不可欠の教育であり、義務教育を受けることによって、個々の国民は、個人の尊厳を全うし、その個性と能力を伸ばし、自らの力で自らの幸福を追求していくための基本的な資質能力を培うことができる。
 このような意味で、義務教育は、憲法が国民に保障する「教育を受ける権利」の最小限の保障としての意義を有するものであり、憲法の要請により、全国どこにおいても、すべての国民に対して、ひとしく、無償で提供されなければならない。
 このような憲法の要請に基づき、市町村には、小・中学校の設置義務、都道府県には盲・聾・養護学校の設置義務が課されるとともに、これらの学校については授業料の不徴収が定められている。
 また、市町村立小・中学校の基幹的な教職員の給与費と旅費について、都道府県に負担義務が課され、さらに市町村立・都道府県立の義務教育諸学校の基幹的な教職員の給料・諸手当に係る経費及び教育施設の新増築に係る経費について、国に原則2分の1の負担義務が課されているのも、最小限の教育はすべての国民にひとしく無償で提供しなければならないという憲法の要請を具現化するためのものである。

2. 義務教育における教育条件
 義務教育における教育条件の在り方については、1教育内容・教育方法、2教科書その他の教材、3学校管理・組織編制、4教育施設、5教職員の5つの分野について、学校、市町村、都道府県、国の4者がそれぞれ担うべき役割を考える必要がある。
(1) 教育内容・教育方法
 教育内容・教育方法については、学校自身が重要な役割を負っており、各学校における教育課程は、校長の責任において各学校ごとに編成することとされている。
 しかし、学校が公の性質を有すること、教育の機会均等の原則に基づき全国的に教育水準を確保する必要があること、教育基本法や学校教育法が定める教育の目的・目標を全国的に実現しなければならないことなどから、義務教育の教育内容については、国が重要な責任を負っており、学習指導要領という形で教育課程の大綱的な基準を定めている。また、学校の設置者である地方自治体(小・中学校については市町村)の教育委員会は、学校管理の立場から教育課程編成に関与している。
(2) 教科書その他の教材
 教科書は、その大部分が民間において発行されているが、学校における主たる教材として教育内容を示すものであることから、教育課程の基準を定める責任を有する国において検定を行っており、各学校では検定済みの教科書を使用する義務が課されている。具体的にどの教科書を使用するかは、学校の設置者(公立小・中学校にあっては市町村)が決めることになっているが、その際には広域採択の仕組みがとられている。
 義務教育における教科書の購入費については、義務教育無償の精神に基づいて、国が負担し、各児童生徒に無償で給与する仕組みがとられている。
 教科書以外の教材や設備・備品については、設置者負担主義の原則(学校教育法第5条)に基づき、学校の設置者(公立小・中学校にあっては市町村)が、その整備についての責任を負い、その費用を全て負担することとされている。
(3) 学校管理・組織編制
 学校の管理及び学校の組織編制については、設置者管理主義の原則(学校教育法第5条)に基づき、専ら学校の設置者(公立小・中学校にあっては市町村)が、その権限と責任を有している。市町村立学校の組織編制については、かつては都道府県に基準設定権があったが、平成10(1998)年の中教審答申に基づき、平成13(2001)年の法律改正より廃止された。
(4) 教育施設
 学校の施設については、設置者管理主義・設置者負担主義(学校教育法第5条)に基づき、学校の設置者(公立小中学校にあっては市町村)が、その整備及び管理についての責任を負っているが、市町村の負担を軽減して全国的に均等な教育条件を確保するため、義務教育諸学校施設費国庫負担法により、学校施設の新増築について原則2分の1を国が負担することとされている。

3. 義務教育における教職員の重要性
 義務教育の教育条件の中でも、教職員は最も重要な要素である。義務教育費に占める教職員の人件費の割合が全体の4分の3にも及ぶものであることから見ても、義務教育費にかかる経費負担の在り方を検討する上で、義務教育における教職員の在り方を検討することが必要不可欠である。
 「教育は人なり」といわれるように、教員は学校教育に直接携わる専門職であり、教育の成否は教員にあるといっても過言ではない。教育は教員と児童生徒との直接の人格的接触を通じて行われなければならないという本質を持っているからである。そのため、教員についてはその養成・採用・研修の各段階を通じて、優れた専門性や高い使命感など教員としての資質能力の向上が図られなければならない。
 全国的に一定の教育内容と教育水準を確保し、教育の機会均等を保障するためには、教員の確保について国が一定の責任を負わなければならない。
 教員の資質能力については、全国的に一定の資格を求めることが必要であることから、国は教員免許制度を設け免許状の授与についての要件を定めている。
 教員免許状の授与、教員の任用・研修、教員の給与費負担は、地方(市町村立小・中学校については都道府県)に委ねられているが、そのうち、義務教育の教員の給与については、優れた人材の確保のため、人材確保法により、一般の公務員に比較して優遇措置が講じられなければならないこととされている。
 教職員給与費は義務教育費の4分の3を占めており、地方財政に占める割合も高いことから、国が責任をもってその財源保障をするため、教職員給与費の2分の1を国が負担する国庫負担制度が設けられている。
 事務職員及び学校栄養職員は、いずれも学校運営に必要な基幹的職員であり、そのため、これまで教員と同様に県費負担・国庫負担の対象職員とされてきた。これらの職員については、次のような理由により、その重要性がますます高まっている。
 事務職員は、学校における唯一の行政職として管理職の校務運営を支えている学校に不可欠の基幹的職員であり、そのため、これまでも義務教育費国庫負担の対象職種とされてきている。もとより学校も一つの組織体として、企業や官公庁と同様に、総務、給与、管財、経理、渉外等の様々な事務を処理する必要があるが、これを行うのが事務職員である。企業や官公庁においても、こうした事務を担う部署ないし職員が全くいないということは通常考えられないことであり、その意味でも、事務職員は学校に必須の職員であるといえる。とりわけ、多くの小・中学校では事務職員が1人配置であることから、これらの多様な業務を1人で処理しなければならず、事務職員が欠けた場合には学校運営に大きな支障が生じる。仮に、事務職員が配置されていなければ、通常、教員が代わって事務を行うことになるが、その場合には効率的な事務処理に支障をきたし、教員本来の職務である教育活動の円滑な実施に困難が生じるであろう。特に現在、学校の自主性・自律性を確立すべく、学校への権限委譲や学校の裁量拡大が進められているが、これにより、事務職員の役割はますます大きく、かつ重要になる。さらに、学校評議員や制度化予定の学校運営協議会の設置に伴う事務も見込まれる。今後、学校は自らの責任で、より主体的な運営を行うことが求められるが、このような学校運営を実現するための、いわば基礎体力として、事務職員の配置は欠かせないものである。
 また、学校栄養職員は、学校給食の栄養管理と児童生徒に対する栄養指導において重要な役割を担っており、学校の基幹的職員として、これまでも義務教育費国庫負担の対象職種とされてきている。特に、今日求められている食に関する指導の充実を図っていく上で、学校栄養職員の役割の重要性は高まっている。さらに新たに制度化が予定されている栄養教諭については、食に関する指導を本格的に行うための教育職員として、一層重要な役割を果たすことが期待されている。

4. 義務教育の内容・水準の確保における国の責任

(1) 義務教育の内容・水準の確保の方法
義務教育は、国家・社会の基礎となる国民教育であり、国民の教育を受ける権利の最小限の保障であるという意味において、きわめて強い公共性を持つものであり、その内容・水準の確保については国が積極的な責任を果たさなければならない。
 義務教育の内容・水準を確保するためには、学習指導要領や小学校・中学校の設置基準など、教育内容・教育水準・教育条件等について国が最低限の基準を設定し、その基準を遵守させること、児童生徒が到達すべき学力など、望まれる教育の成果について目標を設定し、その目標に照らして、各種の学力調査や児童生徒の実態調査などにより、教育の成果を事後的に評価すること、最小限の教育水準を支えるための人的・物的条件を確保するため、義務教育費の教職員給与費や施設整備費に対する国庫負担などの財源保障を行うこと等に、国が責任をもってあたる必要がある。
 今日、学校評価や教職員の業績評価への取組が進んできており、国・都道府県・市町村・学校の各段階において、情報公開と説明責任についての一層の取組も求められている。こうした取組は今後さらに重視していく必要がある。
 一方、教育水準を確保するための基準設定や財源保障についても、地方の自由度を拡大する方向での見直しを進めながら、最低限の基準の設定と財源保障は、今後とも国の責任において行われる必要がある。
(2) 国による財源保障の責任
 国民の教育を受ける権利と教育の機会均等を保障し、無償の義務教育をすべての国民に提供するため、法律によって市町村に小・中学校の設置義務が、都道府県に盲・聾・養護学校の設置義務が課されている。小・中学校の設置義務が市町村に課されているのは、義務教育が6歳から15歳までの児童生徒に基礎的な教育を施す教育であることから、これらの子どもたちに最も身近な場所で行われる必要があるためである。このため、小・中学校教育は地方自治法上市町村の自治事務とされている。
 しかし、それは義務教育についてすべての責任を市町村に負わせてよいということではない。毎年多額の経常的な経費を要する義務教育においては、財政力に限界のある市町村にすべての経費負担を負わせることは困難であり、国と都道府県が一定の経費負担を行うことが必要になる。憲法が求める義務教育の無償制とすべての国民の完全就学を実現し、全国的に教育の機会均等を確保するため、地方の財政力格差や財政状況の変動にかかわらず必要な財源を安定的に保障する責任は、最終的に国が負っている。
 特に、義務教育において教職員が果たす役割の重要性や教職員給与費負担が地方財政に占める割合の高さに鑑み、十分な資質能力を持った教職員を全国的に必要な人数確保できるようにするためには、教職員給与費にし国の責任により財源保障を行うことが必要であると考えられる。

5. 義務教育の将来ビジョンと今後の検討課題
 以上に、当面の検討のために必要な限りで、義務教育制度の在り方についての考え方を整理した。しかし、義務教育制度の在り方については、時代の要請に従い、さらに検討すべき課題があると考えられる。
 上に述べた義務教育の意義については、今後とも本質的な変化はないと考えられるが、義務教育の内容・方法及びそれを保障する教育条件の整備の在り方については、社会全体の変化、その中での子どもたちの在り方や保護者の意識の変化、グローバル化、情報化、科学技術の一層の進展など、新しい時代の要請に応じた新しいビジョンを設定していくことが必要である。
 特に、平成15(1998)年3月20日の中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」においては、「義務教育に関して、社会の変化や保護者の意識の変化に対応し、義務教育制度をできる限り弾力的なものにすべきとの観点から、(1)就学年齢について、発達状況の個人差に対応した弾力的な制度、(2)学校区分について、小学校6年間の課程の分割や幼小、小中、中高など各学校種間の多様な連結が可能となるような仕組み、(3)保護者の学校選択、教育選択などの仕組みについて検討し、実現可能なものについては対応していくことが適当である」とされている。こうした指摘も踏まえ、現在、初等中等教育分科会において、義務教育に係る諸制度の今後の在り方について検討が進められているところである。


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ