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教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第8回) 議事録

1.日時

平成30年9月20日(木曜日) 10時00分~12時00分

2.場所

文部科学省 3F1特別会議室

3.議題

  1. 児童生徒の学習評価の在り方について
  2. その他

4.議事録

【市川主査】  それでは,定刻となりましたので,ただいまより教育課程部会児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ第8回を開催させていただきます。
 初めに,本ワーキンググループの審議等につきましては,初等中等教育分科会教育課程部会運営規則第3条に基づきまして,原則公開により議事を進めさせていただきます。ともに第6条に基づきまして議事録を作成し,原則公開するものとして取り扱うこととさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 なお,本日は,報道関係者より会議の撮影及び録音の申出がございまして,これを許可しております。御承知おきください。
 それでは,事務局より配付資料の確認をお願いいたします。
【白井教育課程企画室長】  お手元の議事次第にございますとおり,本日は資料1と資料2を資料としてお配りしております。不足等ございましたら,お申し付けください。
【市川主査】  資料はおそろいでしょうか。
 それでは,議事に入ります。第7回までは,テーマごとに有識者からヒアリングを実施してまいりましたが,第8回以降は本ワーキングの議論の取りまとめに向けて,具体的な議論を進めていきたいと考えております。
 本日はまず,本会議で特にどのような点について議論をすべきか,今後の論点について議論できればと考えております。つきましては,これまでの本ワーキンググループで御発言いただいた委員の皆様からの御意見,それから各団体からの書面の意見,ヒアリングでいろいろな意見,それから意見発表等を踏まえまして,論点案のたたき台を事務局で作成してくださっております。
 それでは,まず事務局から資料について御説明をお願いいたします。
【白井教育課程企画室長】  失礼いたします。それでは,資料1と資料2がございますけれども,主に資料1を中心に御説明させていただきたいと存じます。
 先ほど主査より御説明いただきましたけれども,これまでの議論に基づきまして,今回事務局の方で主査と御相談しながら,検討を要する論点(たたき台)ということで資料を一応整理させていただきました。簡単に御説明させていただきます。
 まず,資料1の1ページです。基本的な考え方という点です。指導と評価,学校教育の根幹であり,新学習指導要領が目指す資質・能力を育成するためには,この指導と評価の充実を図っていくことが必要である。
 一方で評価については,例えば学年末,学期末,通知表等における,例えば算数が3でしたとか,そういった事後的な評価が中心になって,評価が児童生徒の具体的な学習改善につながっていないのではないか。現行の「関心・意欲・態度」の観点について,よく言われますが,挙手の回数やノートの取り方など,表面的な態度で評価をしているというような誤解がいまだに払拭し切れていないのではないか。先生が評価のための記録に労力を割かれて,指導に注力できていないのではないか。相当な労力をかけてせっかく記述した指導要録が,次の学年や,あるいは次の学校段階において十分に活用されていないのではないか。評価の方法,評価の規準・判断の基準が学校や先生方によって異なるにもかかわらず,公立の高校入試などにおいて,評点を重視した選抜が行われているのではないかといった指摘もございます。
 こういった課題に応えるとともに,昨今,教師の働き方改革が喫緊の課題となっているということも踏まえまして,この学習評価についても,児童生徒の学習改善につながるもの,そして教師の指導改善につながるもの,これまで慣行として行われてきたことでも,必要性・妥当性が認められないものについては大胆に見直すということが基本的な見直しの考え方ということで整理をさせていただいております。
 2ページ以降で具体的な論点に入ってまいります。
 初めの論点は,指導要録の改善についてという点です。まず,高等学校における観点別学習状況の評価,これは現行でもやっているということでございますけれども,指導要録の参考様式のところに,観点別学習状況の評価に関する欄がないということがございます。今後の方針としては,指導要録の参考様式に,高等学校についても観点別学習状況の評価に関する記載を設けるということでよろしいかということが最初の論点でございます。
 2つ目の点です。指導要録の取扱いについてということでございます。働き方改革の文脈からも,指導要録の簡素化,特に大幅な簡素化ということが御提言をいただいているところでございます。
 1つ目の論点ですけれども,総合所見及び指導上参考となる諸事項といった文章記述により記載されるものについては,児童生徒本人や保護者に適切に伝えられることで初めて児童生徒の学習改善に生かされるものである。先生方も文章を丁寧に書いていただいていると思いますけれども,なかなか伝わり切れない部分もあるということもございますので,このあたりについては大幅な簡素化を図り,例えば面談の機会等を生かして,児童生徒,保護者に直接評価を伝える機会を充実していくということが重要ではないかというような御意見があったかと存じます。
 また,その次の点です。今,通知表,指導要録,それぞれ学校ではお作りいただいていると思いますけれども,仮に通知表が指導要録の指導に関する記録の記載事項の条件を全て満たすような場合には,通知表自体を指導要録とする。ある意味,両者を一本化するような形も可能ということを1つのオプションとして認めてはどうかという論点でございます。
 2ページの下の方,観点別学習状況の評価についてという点です。今回,答申におきまして,育成すべき資質・能力の3つの柱を踏まえて,観点別学習状況の評価については,「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点に整理をされたということでございます。
 次の3ページにお進みいただきたいと思います。これはワーキングの議論でもございましたけれども,ただこの3観点については,「知識・技能」「思考・判断・表現」の観点と,それから,知識・技能の習得や思考・判断・表現に児童生徒が主体的に取り組んでいるかどうかという意思的な側面を評価する「主体的に学習に取り組む態度」の観点については,評価をする側面に質的な差異があるのではないか。この差異を踏まえて,評価についてどのように考えていくかという点が,次の論点ということになります。
 なお,この「主体的に学習に取り組む態度」については,答申の記述は,その下の枠囲いの方に引用してございます。挙手の回数やノートの取り方などの形式的な活動ではなく,児童生徒が「子供たちが自ら学習の目標を持ち,進め方を見直しながら学習を進め,その過程を評価して新たな学習につなげるといった,学習に関する自己調整を行いながら,粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしているかどうかという,意思的な側面を捉えて評価することが求められる」というふうにされているということがございますので,また御留意いただければと存じます。
 この中教審答申の記述を踏まえてということでございますけれども,次の論点として,「主体的に学習に取り組む態度」の観点で評価を行う際に,例えば児童生徒が学習に関する自己調整を行えたのかどうかといったことを,具体的にどのような方法で評価するのがよいかという点が次の論点です。
 また,次の点ですけれども,「知識・技能」の習得や「思考・判断・表現」から切り離して表面的な「態度」のみを評価するべきではないのではないか。この3観点の相互の関係というのを十分に考えた上で評価することが基本でよいのかということが,次の論点でございます。この括弧の中にございますけれども,この考え方に基づいて,3観点の評価を行うと。例えば,知識・技能C,思考・判断・表現はCだけれども態度はAという状況というのは,通常なかなか想定されないということが帰結される可能性がございますけれども,このあたりについても是非御議論をいただきたいと存じます。
 もし主体的に学習に取り組む態度がAということであれば,自己調整をうまく行って,かつ粘り強く自分の知識・技能を獲得したり,思考・判断・表現しようとしているという評価が付くということになります。それにもかかわらず,思考・判断・表現,知識・技能がCであるということについては,どのように捉えるのか。その生徒の学習改善にとって,今後どのように生かしていくことができるのかといったことについても考えなければいけないのかなと思います。
 3ページの一番下のところです。これは表示の問題ということになりますけれども,現行と同様に全ての観点の評価について3段階,ABC評価ということでよいのかどうかという点です。先ほどございましたように,「主体的に学習に取り組む態度」について,少し質的に異なる部分がある。また,特に単元ごと,あるいは教科ごとの総括的な評価になじまない部分もあるということから,例えば特活の記録と同様に,顕著な場合のみに丸を付すというようなやり方もあるのではないかというような御議論もございました。
 4ページにお進みください。「主体的に学習に取り組む態度」の評価を行うに当たってですが,学習活動として,児童生徒の自己評価であるとか相互評価の機会を適切に取り入れる。それによって,児童生徒自身の評価能力を高めて学習改善を進めるという視点が重要ではないかという御意見がございました。
 またこういった活動,自己評価,総合評価等含めてですけれども,教師が「主体的に学習に取り組む態度」の評価を行う際に参考にすることも考えられる。その場合,どのような形で参考にするのかという点が次の論点ということになります。
 続いて4ページ中段,評価を行うタイミングや頻度についてという論点でございます。中教審答申におきましても,毎回の授業で全ての観点をみとるということではなくて,単元や題材などのまとまりの中で,評価の場面を適切に位置付けるということが示されているところでございます。ただ,実際には毎回の授業において,これは今の国立教育政策研究所の参考資料の作り方にもよるところがありますけれども,実際には毎回の授業において,複数の観点を評価するというような運用が行われている場面が多いのではないかと思います。そうなりますと,先生方にとっては常に記録のための評価ということが求められるとともに,児童生徒にとっても常に先生の評価にさらされるということになりますので,なかなか新しいことにチャレンジをする,リスクをとるということが難しくなっているのではないかという指摘もございます。
 そこで,「記録のための評価」については,その場面を精選するということでよいのだろうか。また,その「指導のための評価」を重視する観点から,例えば各教科での目標,内容の特質に照らして適切な場合には,単元や題材ごとに全て個別に観点別の場面を設けるのではなくて,複数の単元や題材にわたって長期的な視点で評価をするということが可能になるような柔軟な仕組みを作るということについてはどう考えるのかという点が次の論点ということになります。
 続いて4ページの下の方,評定の必要性についてという論点ございます。これについては様々な御意見を,これまでワーキングの御議論でも頂いたところでございます。「観点別学習状況の評価」と,またそれを総括的に捉える「評定」,これらについてどうするのか。特に「評定」についてどうするのかという点です。
 評定について,なくすべきではないかという御意見がございました。その理由としては,日常的な学習改善に生かすという観点からは,分析的に捉えた観点別学習状況の評価というのが重要であると。ただ一方で,評定があるとそちらの評定の数字に注目がいってしまって,なかなか個別の評価結果を学習改善につなげることが難しくなってしまうのではないかということ。そういう現状があるんじゃないかという点。それから,先生方にとっても,この評価の結果を「評定」に総括するということで,逆に指導や評価のポイントが分かりにくくなってしまうのではないかという点。
 次のページに進みまして,5ページの一番上になりますけれども,高校入試において「評定」が活用されている現状がございますけれども,本来,きめ細かく生徒一人一人を評価するということから見れば,観点別学習状況評価の方がトータルでまとめた数値である「評定」よりも有効なのではないか。観点別学習状況の評価の結果を「評定」にまとめる作業については,先生方にとっても負担であるのではないかという御意見がございました。
 一方で,「評定」を引き続き位置付けるべきという御意見もございました。その主な理由としましては,児童生徒や保護者にとっては,分析的な評価も重要だけれども,これらを総合して数値をあらわした「評定」も併せて伝えることによって,学習状況を全体的に把握できると,そういうふうに捉えられているのではないかということ。それから,もう1点として,現に公立高等学校の入学者選抜,あるいは大学入試の特にAO・推薦形式の入試,あるいは奨学金の成績基準といったもので,現に使用されている状況がある。これについては変更が許されないのではないか。そのあたりも検討しなければならないのではないかといった御意見があったかと存じます。
 続いて5ページの下の方です。学習評価を外部証明に活用する場合の信頼性・妥当性の確保についてという点です。現在,公立の高校入試をはじめ入学者選抜で学習評価の結果が重視されているということがございます。ただ一方で,評価について統一の基準というのがなく,入学者選抜等の外部証明に活用する場合でも,学習評価の信頼性・妥当性の確保についてどのように考えるかという問題がございます。学校によって評定が高めの学校があったり,先生によって非常に厳しい先生がいたりというのは現にあるんじゃないかという御指摘も出てございます。そのあたり,厳格な公平性を求められる入試の関係をどのように考えるのかというのが,この論点ということになります。
 5ページの一番下になります。その一方で,逆に厳格な公平性を確保するために,評価について統一の基準をきっちりと決めていくという場合,先生方がその基準に縛られてしまって,逆に先生の指導や評価が一面的になることが懸念されるのではないか。また,評価の方法,規準については,そもそも評価の目的ということが学習改善ということにあるんだとすれば,地域や学校の実態に応じて,学校や先生の裁量に委ねるということが考えられるのではないか。ただその場合,高校入試の在り方,今,多様な評価によって行われている評定をカウントしている高校入試の在り方についても検討が必要なのではないかということが次の論点ということになります。
 最後,6ページにお進みいただきたいと存じます。国立教育政策研究所が作成している参考資料についての論点ということになります。現在,国立教育政策研究所の方で参考資料を作成いただいておりますけれども,特にこれに関して,3つほどここでは論点を挙げさせていただいております。
 現行の参考資料では,評価の規準,評価ののりじゅんと言っておりますけれども,評価規準の設定例を詳細に示しているということがございますけれども,今回の学習指導要領については,かなり規準に準拠するような形で作られております。学習指導要領の規定から評価の規準を作成する際の手順を示すというような簡潔な内容にしていってはどうかというところが1つ目の論点ということになります。
 それから2つ目です。今の参考資料では,学習評価の事例を掲載しておりますけれども,基本的に単元や題材ごとに個別に整理をされているということがございます。先ほど前の論点にありましたけれども,各教科の特質に照らして,単元・題材を超えた長期的な視点で学習評価を考えられるというものがあれば,例えば学期や年間など,単元や題材を超えた長期的な視点に立って評価を行っているような事例を参考資料に掲載するということも考えられるのではないかという点。
 それから,最後の点です。参考資料に示す評価の方法について,どこまで具体的なものを載せていくのかという点です。現場の先生方からすると,具体的に例えば主体的に学習に取り組む態度をどのような方法で評価するのかといったことのニーズもあるところだと思いますけれども,一方で,余り詳しくしてしまうと,学校における指導,評価をかなり縛るんじゃないかというような御意見もありますので,そのあたりのバランスをどのように確保していくのかという点が最後の論点ということになります。
 資料1については,簡単でございますが以上です。
 資料2につきましては,既にお配りしている資料と重複する点もありますので,1点だけ御紹介をさせていただきたいと存じます。
 資料2の9ページをお開きいただきたいと存じます。資料2の9ページ,学習評価の改善に関する今後の検討の方向性ということでございますけれども,平成28年12月の答申の補足資料に入っている資料でございます。各教科等の評価の観点のイメージということで,例えば知識・技能であれば,何々を理解している,何々の知識を身に付けている。思考・判断・表現であれば,各教科等の特質に応じて育まれる見方や考え方を用いて探求することを通じて,考えたり判断したり表現したりしている。主体的に学習に取り組む態度については,主体的に知識・技能を身に付けたり,思考・判断・表現をしようとしたりしているということで,特に最後の主体的に学習に取り組む態度の部分についても,基本的には知識・技能を身に付けたり,思考・判断・表現をしようとしたりしているということで,当時整理が行われているということがございますので,この点,議論の御参考にしていただければと考えております。
 こちらからの説明は以上でございます。
【市川主査】  どうもありがとうございました。
 それでは,今の事務局からの御説明を踏まえまして,今後の論点について意見交換をできればと考えております。御意見のある方は,いつものように名札を立てていただければと思います。では,奈須委員,どうぞ。
【奈須委員】  論点は多岐に及んでいますけれども,一番最初の方のところですけれども,2ページの指導要録の取扱いについてのところで,総合所見及び指導上参考となる諸事項をもっと軽い書きぶりにしようというところで,個人的にはよろしいんじゃないかと思っているんですけれども,その後で,大事なことは通知表や面談など児童生徒や保護者に評価を伝えて,評価の意味するところを理解してもらって,その子なりの学習の改善に生かしてもらうということだろうと思いますので,ここでその伝えるということの意味合いを,今後どう政策的にしていくかという話ですけれど,伝えるということが,これまでは一方的な通達や,あるいは宣告になっていたようなことがあると思います。伝えるということが,先生がこうでしたと伝えるだけではなくて,双方向的,動的なある種のコミュニケーション,評価はコミュニケーションだという世論はどう作っていくかということがとても大事だと思っています。
 ただ,指導要録というのは,原則としては総括評価なので,当然限界はあるだろうと。だから,それ以前の段階で,日常評価の中で,いわゆる指導と評価の一体化の理念に基づいて,形成的評価とずっと評価理論で言われてきたことの考え方の実践を,現場にどのように広げ,深めていくか。また,それによって評価と言われたときに,学校や現場,あるいは保護者や生徒たちがどんなイメージを持つかという概念ですね,ある種の。一番難しいところですけれども。評価に関するこの国の基調をある種緩やかに移行していくと。そういった形成的評価。評価というのは,先生があなたたちの頑張りや,あなたたちの今の様子をこんなふうに見たよ,こんなふうに頑張ったり,こんな方向をやるといいよねということを,一種のコミュニケーションしていくと。あるいは,それによって,また家庭や地域からも情報が上がってくると。またそれを先生も生かして,生徒の指導に生かしていくといった,ある種の双方向的で動的なコミュニケーションなんだという世論が形成される中で,この議論が簡素化されていくということが,多分とても大事だろうと。
 その意味で言うと,この伝えるという言葉がどんなイメージをもって受けとめられるか,1つの例ですけれども,そういったことを今後,丁寧に考えていろんな施策を出し,もちろん指導要録の様式に落とすというときに,それをどう生かすのか難しいですけれども。
 それから,今の話はもう一つは,こういう議論がどうしても総括評価と形成評価,前から話題になっていましたけど,今,どちらの話をベースにしていくのか。最終的には一体のものとしてダイナミックに動くことが大事ですけれども,そこが整理しながら進めていくということが,今日の議論でも大事かなと思いました。
 以上です。
【市川主査】  どうもありがとうございます。確かに今回の対応では,随分出た1つの論点として,学習のプロセスに対する形成的な評価,これをもっと充実させて,評価の学習改善に生きるようにしていこうというのは,かなり大きな論点になっていたように思います。ですから,指導要録というものは簡素化するけれども,それによって評価全体が限定的なものになってしまうということではなくて,逆に形成的評価の方はもっと充実させていく。そのときに,今奈須委員がおっしゃった,双方向的なコミュニケーションというものをもっと重視して評価をフィードバックしていって,そして学習改善が起こるという方向にいってほしいということは,かなり出たように思います。これは何らかの形で書き込んでおく必要はあるのかなと思いました。
 ほかにいかがでしょうか。どうぞ。
【伊藤委員】  ただいまの奈須委員の意見に関係してですけれども,確かに現場は大変忙しい。働き方改革というふうに言われていますけれども,その道のりは実際にはかなり厳しいものもあるのかもしれない。それから,前回のワーキングでも出ていましたけれども,クラスサイズの問題もある。そうした中で,今,奈須委員がおっしゃったように,評価というものを教師と生徒のコミュニケーションをもっと活性化する中でやっていくべきじゃないかという思いは,私たちも持っているところです。
 実際に子供と教師が学習に関わる,要するに双方向のやりとりですね。面談であるとか,話合いをどの程度現場でしているかということを考えてみたときに,これは学校によっても異なるとは思いますけれども,やはり学期に一度,例えば通知表を返すとき,あるいは中学校などでも学級担任から,教科担任から伝え聞いたことを一括して返していくというケースも少なくないのではないかというふうに思っています。
 だから,これをどうしていくかということなんだろうと思いますが,そう考えると,今できること,そして必要なのは,例えば単元計画の中に,子供にフィードバックする時間,面談をする時間などをきちんとあらかじめ位置付けて,日頃の授業の中で教師と子供がやりとり,コミュニケーションを図りながら授業が進められていくという,そうした時間を担保した上で授業を組み立てていくというようなことが必要なんじゃないかと思います。
 個別の面談の時間,それは例えば,グループごとであってもいいし,サポートする外部人材が入られるということも考えられますけれども,そうした時間をきちんと確保していけば,逆に確保しなければ,なかなか日頃の授業の中でそうしたことを自然と教師がやっていくということは難しいんじゃないかと思っています。だから,具体的に言うと,国立教育政策研究所から出される参考資料の中などにも,1つのモデル事例として,そうしたことを書き込んでいただくといいのではないかというふうに思っております。
 以上です。
【市川主査】  どうもありがとうございました。鈴木委員,どうぞ。
【鈴木委員】  今回,一番変わる1つのところとして,高等学校の観点別評価の取扱い,2ページにありますけれども,今回3観点に整理されて,高校でも観点別評価をこれなら入れているのではないかと,ここまでは賛成です。ただ,小中学校と高校の実態が相当違いますから,例えば職業を主として学習する学校と普通科高校とありますので。1つの例として,職業科の学校で,今のところ参考資料では普通科の科目と同じような観点を設定していますが,果たしてそれでいいのかというのが,小中の観点と高等学校の観点が,高等学校にも普通科と専門科目を学習する学校もありますので,ちょっと高等学校については,扱いが小中と同列に全部やっていいかが疑問だと思います。
 それから,例えば知識・技能の観点に関しても,個々の学校の中の学力差って非常に大きいので。私の学校でも,とんでもなくできない子から非常にできる子まで,高等学校は同じ,結局輪切りでは入ってくるんですけれども,結果として最終的に非常に開いてしまって,例えばABCの3段階でできるかと言われると,ちょっとそこが問題になるのではないかと思います。ですから,高校,観点別評価は賛成ですけれども,具体的な中身をちょっと小中とは同じでいいかということです。
 それから,観点に関してですけれども,前回,前々回のこの会議でずっと言ってきたことですが,国語の観点と英語の観点が同じ語学教科にもかかわらず,英語は表現と理解になってしまって,国語が話す,聞く,書く,読むという観点がずれているんですけれども,もう2回やっているんですけれども,このままいっていいのかと。例えば,英語なんかはCEFRですから,ヨーロッパ共通言語学は国語と同じような話す,聞く,書く,読むになっているのに,我が国の英語の観点がこれとずれていていいのかというちょっと個別の問題。観点の名前のことについては,ここに何も出てこないので,そういう問題もあるではないかと思います。
【市川主査】  ありがとうございました。善本委員,どうぞ。
【善本委員】  すみません,よろしくお願いいたします。一番最初のページのたたき台の学習評価の在り方の3のところで,これまで慣行として行われてきたことでも必要性・妥当性が認められないものは大胆に見直していくことというふうに書いていただいています。もし事務局の方で,具体的にこれはどのようなものをイメージされているかということが伺えればお聞きしたいと思います。
 恐らくはそのあたりとつながってくるのかということで,先ほども挙げていらっしゃった,指導要録の文章記述欄の大幅な簡素化ということについてですけれども,実はもう皆様御承知のとおり,高大接続の改革で,大学側に提出する調査書は,これまでA3様式1枚に限定されていたものが,枚数制限が撤廃されて,大幅に文章で表現することが想定されるような改革の方向になっています。ということは,率直に現場の中高一貫校の校長として申し上げれば,今,学校の関心,高校側の関心は,それをいかにして適切に資料を出していくか。また,子供たちのポートフォリオなどもどのようにきちんと書かせているかということに,大部分の関心が集中しています。それは恐らく高等学校の教員にとっては,大幅な労力の増加になるものであるけれども,子供たちの進路実現につながるものなので,誰一人としてそれを手を抜こうなどという気持ちはなく,恐らく今の流れでいけば,調査書はかなり文章表現を書き込んでいくというふうな方向で動いているんじゃないかと思います。
 そうすると,基本的には大学向けの調査書というのは指導要録を基に書かれるという考え方ですから,指導要録の文章表現を簡素化して,調査書をたくさん書くということが,どうも現場の感覚としては合わないところがあるというところで,もしそのあたりのところについて何か先生方のお考えがあればお聞かせいただきたいということと,そのようにして提出される高等学校側からの調査書については,大学側として非常に今,対応に苦慮されているというお話も伺っています。委員の先生方,大学の先生がたくさんお見えでいらっしゃるので,そのあたりについてのお考えを逆に我々現場サイドとしては聞かせていただければなというふうに思います。
 観点別評価をしていくということで,その意味であるとか,指導の改善に生かしていくという点については大変そのとおりで,よいことだというふうに考えていますけれども,それがもちろん教員の働き方改革の問題もある中で,指導要録の簡素化と今後の大学等への調査書がどのようにつながっていくというふうにイメージをされているのか,私はちょっとそれが全く分からなくて,これは二律背反のことではないかというふうに思える部分もあるのですが,もしそれをうまく解決するようなことがあれば,是非教えていただければと思います。
【市川主査】  その点については,事務局の方からと,あと大学の先生からという話もありました。これもまた後で少し担っていただくということで,とりあえず御意見をお願いします。
 では,秋田委員,それから無藤委員,川間委員の順番でお願いいたします。
【秋田委員】  ありがとうございます。基本的な考え方として,この1ページ目の下に3点出されています。恐らく3はこれからお答えを事務局から頂けるということなんですけれども。1と2をいかにつなげていくか,児童生徒の学習改善を図るために評価と指導が一体になり,それが教師の指導改善にもつながるように,教師が生徒の学習のプロセスを,形成的にみとる目が培われるような評価の在り方を考えることが,長期的に指導と評価の一体化を考えていく上で重要なことであろうと思います。
 今回,このたたき台の中に,長期的な観点という言葉が繰り返し使われております。先ほど善本委員が言われましたが,今,例えばポートフォリオもデジタル化されたりしながら,ポートフォリオによって生徒自らも目標を持って自分の学びのプロセスを管理するようになってきています。そこをどう教師が見るのかというようなことが極めて重要であろうと考えます。
 その意味で,指導要録の改善に関して言うならば,指導要録の参考様式に,観点別学習状況の説明の充実と記載欄を設けることによって,そのスタンスをより明確にしていくことが重要であろうと思います。
 一方で,鈴木委員が言われましたが,小中という義務教育段階と,高等学校の段階で,この有り様をある程度分けて考えていくことも大事であろうと思います。奈須委員が言われたように,通知表や面談などで対話の機会を充実させることが比較的小中学校は可能であったとしても,自分で今後のキャリアを考えていく高等学校という中等教育の段階で,これがよろしいのかということを考えていく必要があるのではないかと思います。
 そして,長期的でなければならないのは,主体的に学習に取り組む態度です。特に今回,自己調整が言われたり,振り返るということがあれば,短期的にこれを見ることは現実に不可能です。より長期的にこうした側面が見られるのかどうかということについて捉える。顕著な場合のみに丸を付すというふうにあるのですけれど,私個人はそれだけでよいのか,もう少し教師が長期的に見て主体的に取り組むとはどういうものであるのかを示す評価であることを明示しながら,そうした態度についてABCになじむかどうかは別としても,何らかの評価をフィードバックしていくことが必要であると考えます。そこに生徒の自己評価,それから生徒間の相互評価も生かしてやっていくことがよろしいのではないかと思っています。
 私自身が知っている中学校等でも,生徒の相互評価を各学期等に評価をする前に行って,それをうまく取り入れながらやっている学校もあるので,こうした方向がよろしいのではないかと思いました。
 そして,学習評価の在り方について,国立教育政策研究所の参考資料が多くの学校のガイドラインになっているので,そこにおいてこうした長期的な視点に立った評価事例を記載することを検討してはどうかとあるんですけれども,是非長期的な事例を出していただくとよろしいのではないかと思います。キーは,長期といっても余りにも長期だからいいということではないので,ある種妥当な区切りを入れながら,こうした観点を入れていくということが大事ではないかと思います。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございました。無藤委員,お願いします。
【無藤教育課程副部会長】  これまでの委員の皆様方と重なるんですけれども,1つは2ページの指導要録の取扱いについてというところで,通知表,面談などで直接評価を伝える機会を充実させるということは大いに賛成であります。その際にもう少し文言を加えるとすれば,学習の改善に生かすという意味でありますので,直接評価を伝えるというと,評価結果を言うだけということが時にあるような気がいたしますけれども,それだけではなくて,生徒側においてどのように今後学んでいくかとか,これまでの学び方でどういう点が不十分だったかとか,逆に教師側としては今後こういう点に,特定の生徒さんに対して指導の力点というのを考えていくんだとか,そういうような情報をしっかり伝えることを含めてということが大事ではないか。そこまでこういう文章に書き込んだ方がいいというのが1つであります。
 もう1点は,3ページの主体的に学習に取り組む態度のところで,今,秋田委員の御指摘でありましたけれども,学習に関する自己調整を行えたかどうかという考え方は,新しいものなんだろうと思いますので,具体的には何を意味するかの資料を是非国立教育政策研究所なりで作っていただいた方がいいと思います。多分,例えば計画的に学ぶとか,自分の弱い点に集中して学ぶとか,粘り強く取り組むための工夫であるとか,いろいろあり得ると思うんですけれども,そういうことでありますね。これについては,そういう様々な工夫や努力を各生徒がしているというところを見定めながら,教師としても指導を行うということが大事だと思います。そういう意味で,顕著な場合に丸というのでもいいと思いますけれども,指導要録や通知表に書き込むかは別ですけれども,具体的にはどういう努力や工夫をしたかということを教師が把握しながら指導するということが大事になるのではないかということです。
 そういう意味で,この主体的に学習に取り組む態度というのが独立のABCでなくていいとは思いますけれども,今後,特に生徒の自己学習の姿勢を作る意味で,非常に大事な観点になるという意味では,より強調していきたいと思います。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。ちょっとだけ補足させていただきますと,これは奈須委員がおっしゃったことと無藤委員がおっしゃったことともつながると思いますが,要するに通知表とか面談とか授業の中でとかいうときに,先生がただ「君の評価がこうなったのはこうだからだよ」という説明を,教師から一方的に与えるだけではないと。じゃあそこで何をするのかというと,これまで出たのは,例えば生徒自身は自分をどう自己評価しているのかということと突き合わせてみるとか,本人にもやっぱり言い分があるでしょうから,自分はこう思っていると。それに対して先生の方はこう思っているというようなコミュニケーションが起こることと。
 それから,もう一つは今後の学習改善の方向性ですね,それを一緒に考えていくというような,そういう話合いが行われないといけないじゃないかと。これは指導要録にはとても書き切れることではないので,むしろそれを補完する意味でもそういうことが必要なのではないかという御意見がこれまでも出てきたかと思います。
 それでは,川間委員ですね,どうぞ。
【川間委員】  やはり主体的に学習に取り組む態度の評価のことなんですけれども,知識・技能,思考・判断・表現については,いろいろ指導要録そのほか読み込んでいく中で,教師は確信を持ってABCは付けられるんだと思うんですけれども,この主体的に学習に取り組む態度についてのABCというのは,適切な評価方法が見つからない中でというのはなかなかやっぱり難しいかなと思っています。勉強がなかなか進まない子がすごくやる気を見せて頑張ったと。頑張ったけれども,知識・技能,思考・判断・表現の方はCのままだけれども,頑張ったからAを付けたいというのは教員の気持ちとしてよくあることだと思うんですが,ここにある説明のように,そういった場合でもC。子供の頑張りというのはちょっと反映できないというような形もよく分かります。
 結局,今無藤先生がおっしゃったように,子供がどういうふうに取り組んできたかということを詳細に把握をした上で,指導要録等に残るときには,特に顕著であれば丸というようなところであれば,教師はよく考えて評価できるのではないかなと考える。はっきりとした評価方法がなかなか提示するのも,かなり教員の方は抵抗を持つのかなと思いました。
 それから,評定についてなんですけれども,子供たちの学びであるとか授業改善ということであれば,観点別評価というところでいいかと思うんですけれども,先ほど大学のということがありましたが,大学の方は今後,国立大学も含め,推薦入試の比率がどんどん上がっていく中で,高校が自信を持って送り出してきた子供たちのことを見るというときに,現実には今,評定4.0以上であるとか3.5以上であるとかというのはかなり大きな根拠になって見ています。そこに加えて,ポートフォリオではありませんけれども,様々な活動の記録であるとかという記述したものもたくさんやってきますが,このときにいわゆる評定がないものにかわるような大学の捉え方というのが,ちょっといろいろ入試業務に関わっている中ではかなりイメージしづらいというところがあります。
 もちろん評定の仕方が比較的高く付ける高校もあれば辛目の高校もあるということは分かってますけれども,高校との信頼関係で,高校が付けてきた4.0というところはそれで捉えるというようなことで基本かなと思います。
 それと大学の方も,個別の学力検査においても主体的に他者と協働して問題を解決する能力の評価を課せとかいうこともいろいろ要求されている中で,高校が示してくれる評定というのは,少なくとも大学入試では今,大きな根拠になって,多分疑わず取り組んできたかなという気がしています。したがって,ここのところに関わってくることなので,評定やめると言えばやめるで大学の方は考えると思うんですけれども,かなり大きなことかなというふうに考えています。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。
 それでは,渡瀬委員,藤本委員,清水委員の順にお願いいたします。
【渡瀬委員】  形成的評価と主体的に学習に取り組む態度の関わりについて,1つ意見を述べさせていただきます。3ページの四角に囲んだところに,「子供たちが自ら学習の目標を持ち,進め方を見直しながら学習を進め,その過程を評価して,新たな学習につなげる」ということがあります。この子供たちが進め方を見直しながら学習を進めるというのは,自己評価とか相互評価によってその進め方を見直すようなイメージを私は強く持ってしまいますけれども,よく考えてみると,自分の学習の進め方を見直す一番のきっかけになるのは教師の形成的な評価だと思います。ですから,やはり教師の形成的な評価によって子供たちの主体的な学びが高まるという考え方を大切にしないといけないと思います。その場面での教師の評価が,それでは駄目だからこうしなさいという評価で,子供がそれをそのとおりに実行したとすると,それは主体性にはつながらないと思いますけれども,例えば探究の方向性を考え直させるとか,そこでなされた形成的評価によって生徒が試行錯誤していく,そういうふうなことが結局は児童生徒の主体性を高めることにつながるんじゃないかと思います。
 ですから,言い方を変えると,生徒の主体性を高めるために,教師がいかに有効な形成的評価をすることができるかということをよく考える必要があるということです。主体的学びというと,先生からの評価ではなくて,自己評価とか相互評価の中でのみなされるような誤解をしないように気を付けないといけないと思います。
【市川主査】  ありがとうございます。では,藤本委員お願いします。
【藤本委員】  2ページの指導要録の改善のところで意見を言わせていただきます。1ページのこれまで慣行として行われてきたことを大胆に見直していくということもありますので,それにも関連してですけど,私はそこに書かれている通知表を指導要録とすることも可能と明示してはどうかというところですけれど,大胆に今の通知表の形式,都道府県でやられている通知表の形式をもって指導要録とするというぐらいの大胆な見直しを行っていってもいいのではないかなということを思っています。2学期制,3学期制様々あると思いますけれども,3学期制を例にしていうのであれば,指導要録についても3学期分の記載がある,3学期分の子供たちの評価があるというふうにしていくことによって,これが形成的な評価か,統括的な評価かがちょっと分かりませんけど,学期ごとの子供たちの評価がそこにあらわれていく。
 また,記載についても,既に指導要録については,ある都道府県から本件の方に転入してきた子供たちの状況を見ても,記述欄が特記事項なしという印が押されているような都道府県もあるように思います。もう本当に形骸化している。本県においても,記録した後には金庫の中に眠っているようなものが多くありますので,そうではなく,指導要録が本当に次の子供たちの学習改善につなげていく。担任がかわっても,前の子供たちの記録がよく分かるようにするためには,3学期分の記載がある,3学期分の評価があるというようなものであって,それが次の指導にも生かされるだろうと思います。
 そこで問題になってくるのが,やはり教師の負担ということですけど,これは今,統合型の校務支援システムがとても進んでおりますので,従前のように,ここにペンで記録してということではなく,通知表をもってそれをそのまま流し込むような形で指導要録ということにもできますから,教師の負担ということからも,以前と比べて軽減されているところでありますので,通知表をそのまま指導要録の形式として改めていくということも,少し考えていってもいいのではないかなということを,今思っております。
【市川主査】  今の点は後で事務局の方にも御確認いただきたいんですけれども,指導要録という文書と,それから,子供たちにフィードバックする通知表と,これを全く同一のものとしなさいというような規定ができるのかどうか。やっぱり指導要録というのは,文部科学省側でも規定できるけれども,通知表をどうするという規定はできないものとすれば,それはやっぱり別物となってくる。同じとしても差し支えないというのが今回の文言ですけれども,同じものとしなさいとまで言えるのかどうかというのは,これはちょっと後で御説明ください。
 それでは,清水委員,どうぞ。
【清水委員】  よろしくお願いいたします。2ページの指導要録の取扱いについてのところで,児童生徒や保護者に直接評価をさせる機会を充実させることと,これは直接的な機会を設けるということについては非常によいことなのかなとは考えるんですけれども,先ほど鈴木委員の方からも,専門高校であるとか普通高校であるとか,かなり違いがあったりと。当然小中学校との違いもあったりということもあります。
 私自身は工業高校の校長としてのことでお話をすると,各科目の中で,特に実習科目については,以前もちょっとお話をしたんですけれども,10人程度の非常に少ない人数を対象にした,これは安全面であるとか設備の観点からだとかいったものがあって,非常に少ない生徒の対応をしながら,例えば1つの単元的なものが終わった後には,君はこうだったねとかということを振り返りながら評価をしてあげることだとか,直接子供たちに伝える機会というのは非常に多くとれるかなというふうには思います。ただ,これはやはり非常に少ない人数の上で行えること。
 例えば,高校においても小中学校においても,ただの保護者を呼んでの面接,面談だとかをすると,ある程度一定の期間を設けて時間をかなり費やして保護者本人にいろいろ伝えていっているのが現状である。これを充実させるとなった場合に,40人という大きな生徒をやはり充実させるとなると,かなりの時間はどうしても費やさざるを得ない。それが果たして本当に今の1クラス40人対応というところで可能なのだろうかというところですね。
 この部会が始まって一番最初に,1クラスの人数についてはいかがなものなのかということをお話をしたことがあったかと思うんですけれども,その対応する人数というものもかなり大きな影響があるのではないかな。ここは充実させることは非常に賛成なんですけれども,物理的にそれが本当に可能なのかどうなのかというところは疑問に思うところであります。
 また,先ほどの通知表と指導要録を同じものというようなことでしょうか,というところについても先ほどお話がありましたので,そこについては1回伺いたいなと思ったところではあります。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。それでは,嶋田委員,髙木委員の順にお願いします。
【嶋田委員】  小学校の立場から申し上げさせていただければ,資料2の4ページに指導要録の今の評価についての書式がございますけれども,現行,また次の学習指導要領で,道徳,それから外国語,ここの部分はプラスになってきているところです。また,私が担任のときと比べてみますと,そこに総合的な学習の時間も入ってという状況で,非常に記述の部分が増えているという印象は否めないし,通知表についても非常にその記述の部分は,実際各学校ごとに通知表の形式を作っておりますけれども,増えているということが現実としてあります。
 あと指導要録をどういうふうに活用されているかということを考えると,子供たちは見ませんので。そして,それを次の担任がよく熟読をして,自分の指導に生かすかといったら,それだけの時間的な余裕は非常に厳しい。また,3学期の通知表を付ける,3学期の評価と,それから指導要録の記述を同時期に行っていかなくてはいけないという時間的なタイムスケジュールを考えたときの大幅な簡略化といった部分については,是非進めていただければありがたいなと思いました。
 児童と先生が双方向に評価について話合いをしていって伝えていくということは非常に考え方としてはすばらしいと思いますが,実際,本校でも家庭訪問をじっくりとやるという時間がないので,実際は地域訪問にして,そして個人面談を夏休み,長期期間中に行っていくという状況でございます。それによって1学期の終わった7月,8月段階で,子供たちの状況を保護者にも伝えていくということは,11月とかにやっていた個人面談に比べれば,評価を伝えるという意味では改善されているのかなというふうに思います。全体的に小学校はその傾向が,今強くなっているという実態だと思っております。
 もう1点,主体的に学習に取り組む態度の資料1の3ページに書かれているこの四角の部分を,小学校の低学年において,ここでどういうふうに評価をしていくのかと。やっぱり発言をたくさんしているとか,どうしても児童生徒が学習に関する自己調整を行えたかどうかといった視点で,どういうふうに小学校の低学年の評価をしていくのかなというのは,私としては校長として,教員の方に伝えていくのが,まだまだ自分としても勉強不足だなと思いますが,資料の中でもこういう点について触れていただけるとありがたいなと思いました。
 以上でございます。
【市川主査】  ありがとうございます。髙木委員,どうぞ。
【髙木委員】  3点ございます。まず1点目ですが,今日の話題で一番出てきます3ページの主体的に取り組む態度でございますが,今日の議論を伺っていますと,評価だけが取り上げられていて,実はこの知識及び技能,それから思考力,判断力,表現力等,それからもう一つ,主体的に学習に取り組む態度を含めまして,学びに向かう力,人間性等は,今回の学習指導要領の重要な3つの資質・能力の視点の柱であるという,そこから考えませんと,評価だけが切り離されてしまうと思っています。特に小中高ともに学習指導要領が既に出来上がって告示されている段階で,この3つをきちんと学習指導要領との内容に整合性を持たせて考えていきませんと,評価が学習指導要領とは乖離したものになる。ここの1点は気を付けなければいけないと思います。
 特にそれぞれの各教科,各科目,領域に関しましては,目標が必ず今回も3つ設定しておりまして,その3つは知識及び技能,それから思考力,判断力,表現力等,それから学びに向かう力,人間性等。この学びに向かう力,人間性等に関しましては,学校教育法第30条第2項の中で,学力の重要な3つの要素の中で主体的に取り組む態度ということで,これまでずっと議論されてきたことですので,これを踏まえないと,指導と評価の一体化というのはできないという大前提になると思います。
 その上で,3ページの上から3つ目の丸ですけれども,特に主体的に取り組む態度の括弧の中のAとか書いてある部分ですけれども,学校の中で一生懸命やってもできない子はいるんですよね。そういう子たちを,知識・技能,それから思考・判断・表現は認知的な側面ですから情意的な面で励まして,アセスメントとして評価してあげるということは,評価によって子供を伸ばしていくということですので,単に値踏みとして教員が見て評価するだけでは,これは足りない。その点に関しましては,先ほど無藤委員が努力や工夫,教師の指導ということ,それから,先ほど秋田委員はスパンを長くしてと。これはだから,単元レベルだと私は思います。まとまりを使ってやらないと,年間全部ではちょっと難しいので,学びの1つのまとまりごとにやっていくしかないなと思いました。それが第1点目です。
 第2点目ですが,ちょっと恐縮ですが,机上の青い本の資料と書かれている1のところの1は何かというと,これは児童生徒の学習評価の在り方について(報告)という現行の指導要録の大元になっているものですが,それの12ページの7行目,ここにこう書いてあります。「なお,児童生徒が行う自己評価や相互評価は,児童生徒の学習活動であり,教師が行う評価活動ではないが,児童生徒が自分のよい点や可能性について気付くことを通じ,主体的に学ぶ意欲を高めること等を学習の在り方として改善に役立てていくことから」云々と書いてあります。要するに,これは先ほど渡瀬委員が形成的評価の話をしましたが,評価という言葉は付いておりますが,これは目標準拠評価といっている評価の意味と,それから,自己評価,学習評価という言葉はやっぱり切り分けて使い分けませんと,評価ということ自体が混同されて取り扱わなければいけないので,このあたりは留意しながら取り扱う必要があると思っています。
 そして,もう一つこれは実践事例が今,出てきていまして,先ほど善本先生が言われたe-ポートフォリオと大学への問題なんですが,現実にある高等学校で自己評価,相互評価をやらせたら,生徒は文章を書けないと。だから,我々が自己評価や相互評価を生徒に評価しろといっても生徒が書けない状況がある。言い方が悪いですが,そういう子たちもいて,自己評価できない子,相互評価ができない子がいるんだという現実を鑑みますと,やはり評価というのは,目標準拠評価を今ここでやっているわけですから,学習指導要領に書かれている目標,いわゆる学習指導要領の内容を評価規基準ということで考えていきませんと,かなり振れ幅が大きくなって,評価そのものの信頼性,妥当性はなくなってくるというふうに考えております。
 3つ目。これはどなたからもまだ御意見出ておりませんが,4ページ。ここに評定はなくすべきかと書いてあります。私は是非なくしたいと。観点別学習状況の評価が平成13年度からこれまで行われてきていて小中学校では,ある程度定着しています。昭和23年からこれまで行われてきた相対評価により値踏みの評価として,5,4,3,2,1付けるというのは,それによって失うものが私はたくさんあったと思います。一人一人の子供たちを伸ばすためには,一人一人の子供たちに寄り添って,そして学習指導要領の内容に沿って一人一人を見ていくということからいうと,評定というのは,やはり今回のこの学習指導要領の内容にはそぐわない評価だというふうに考えております。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございました。
 それでは,一渡り御意見を頂いたところで,これまで出てきたことについて事務局の方から少しここで挟んでください。
【白井教育課程企画室長】  失礼します。まず初めに,善本委員の方から御指摘をいただきました,調査書の文書記述が増えているじゃないかという御指摘ですが,これについては同じく善本委員から御指摘をいただいた,最初の基本的な考え方のところに,今回過去の慣行にとらわれずに大胆に見直しをするということが書いております。これは私どもの意見というよりは,これまでの先生方の意見を踏まえて言いますと,こういうことが一般的な基本的な考え方として言えるのかなというふうに理解しましたのでここに入れております。もちろん典型的には指導要録の問題がございます。指導要録は先生方が多大な労力を割いてお書きいただきましても,今日も御発表の中でございましたけれども,実際にはなかなか活用されていないという現状もあるということがございますので,そのあたりも大胆に見直していいんじゃないかということがございます。
 この調査書についてですけれども,今,大学入試改革が進む中で,多面的,多角的な評価が重要であるということで,より児童生徒の多様な側面を見るということから,文章の記述を増やすという御判断があったものだと思っています。ただ,実は大学入試改革の話と,新しい学習指導要領が高校で全面実施になるタイミングに若干のずれがございます。大学入試改革の方が先に来るということがございますので,今ここで議論している指導要録,学習評価に関する議論というのは,新しい学習指導要領が全面実施になってから,そこで行われる評価という議論ということになります。
 今回の大学入試改革に伴う調査書の見直しについては,高等教育サイドの御判断があったものだと思いますけれども,今ここで伝統的に指導要録をベースに調査書を作られていくというやり方があったと思いますので,今ここで私どもが議論している指導要録の在り方,それが今後の平成36年度以降の調査書の在り方に対しても影響を持っていくということがあると思いますので,その視点を持った御議論をお願いできればと考えています。
 ただ,この調査書については,本来この学習評価ワーキングの直接の議論の対象にするものではございませんけれども,指導要録と同じように,本当に調査書が役立つものになっているのかということについてはきちんと議論する必要があるのかなと思っています。実際,団体ヒアリングにおいても,調査書が余り活用されていないのではないか。少なくとも大学入試の一般選抜においては,これまで余り見られてこなかったのではないか。先生方が必死にお書きになっても,それが十分に活用されていないということであれば,指導要録と同じように情報発信をして,初等中等教育のサイドから,この調査書,指導要録の望ましい在り方について発信をしていくということも1つの考え方かなと考えてございます。
 それから,もう1点,これは藤本委員の方から御指摘をいただきました通知表に関するところでございます。市川主査の方から,これをせよということでございました。指導要録と通知表はもちろん異なるものでございます。これは釈迦に説法で恐縮ですけれども,通知表は児童生徒の学習状況について,保護者にお伝えをするというもので,各学校が独自にお作りをいただいているということが基本になります。ですので,ここについて国からどういう通知表ということについては,特に言う立場にないということかと思います。
 一方で指導要録については,学習の記録として法令上も作成しなければならないということになっておりまして,そこでは学籍に関する事項と指導に関する事項ということがこれまで規定されています。その様式については,各教育委員会が定めるということになっておりますけれども,ただ国としては,従来様式の例ということで,参考様式をお示しをしてきたということがこれまでのやり方でございます。ですので,今回,基本的に教育委員会が直接的に指導要録をお作りいただく立場になりますので,この指導要録と通知表をある意味同一にするというような御判断ということは,これは教育委員会の御判断によって法令上可能かと思いますし,また国から参考様式を示す際にも,そういったニーズがもしあるのであれば,そういった教育委員会の判断を後押しできるような形での通知の作り方にしていくということは,十分考えられるのかなと考えてございます。
 それから,もう1点だけ失礼いたします。最後に髙木委員の方から御指摘をいただきました自己評価や相互評価の言葉の問題についてでございます。これは髙木委員の御指摘のとおりでございまして,ここでは論点のたたき台においては,自己評価や相互評価という言葉を用いておりますけれども,基本的な理解としては,あくまで先生が評価を行う際の資料の1つ,資料の一部としての自己評価,相互評価というふうに考えてございますので,表現についてもし誤解があるようでしたら,ここについては再検討したいと考えてございます。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございました。少しちょっとここまでの議論を整理させていただきますと,大幅,大体合意が得られているようなところと,微妙な違いがあるところと,かなり違いがあるところというのがあるんだと思います。
 ざっとたたき台に沿って見ていきますと,2ページ目の高等学校における観点別学習状況の評価,これを指導要録にも入れていくということ自体は,割と合意が得られているのかなと。ただ,高等学校では小中と違うのではないかというお話があって,じゃあそのときには,高等学校ではどうするべきなのか,あるいは高等学校でも普通科と職業科では違うのだとすると,具体的にどういう違いをすればいいのか。段階数を増やすのか,3観点ではなく,もっと別の観点を入れるのかとか,そこら辺についてはちょっとまた御意見を頂ければと思います。
 それから,教科によって今でも4観点とかいいながら,実はその観点の中身が教科によって全然違っていたりすることもあると。これは小学校,中学校でもそうです。そこら辺はどうするのか。やっぱり3要素ということに沿って,どの教科もこれにそろえていくという方がよいのかどうか,そこら辺の観点の名称とか中身とか段階数とかについては,まだちょっと議論が残っているかなと思いました。
 それから,この主体的に学習に取り組む態度ですけれども,これは3つ目の柱として立てるのはいいけれども,これはちょっとほかの2つとは違うので,ABCではなくて丸でいくのか。ただ,丸とブランクということになると,結局これは2段階ということですよね。丸が付いているのは顕著に優れているというので,ABCに対応させると,これはAだということになりますよね。だから,Aに当たるものと,あとBCは一緒にしてブランクみたいな形になると思うんですが,そういうので,それなら先生は困らないかというと,やっぱり困るような気もするのですが。要するに,2段階で,一見ABCとは違うように見えますが,結果的にかえってどの子が丸でどの子がブランクか。ブランクというのはBC一体となったもので,何かそこに不明瞭な点が残ると。普通現場でよく,「関心・意欲・態度にCはまず付けない」といいますよね。でも,ブランクよりはBが付いている方がまだいいのではないかとか,ちょっとこれは細かな問題ですが,ここをどうするのか。
 それから,主体的に学習に取り組む態度。これは自己調整という言葉が出てきたんですけれども,多分自己調整という言葉がちょっと耳新しいかもしれないと。これは心理学などでは随分この20年ぐらい自己調整が使われますが,恐らく自己教育力と1980年頃から言われたのと同じ流れだと思うんですね。ですから,具体的にはもちろん挙手の回数だとか,どのぐらい質問を出してくるかとか,提出物をどれぐらい充実したものを出してくるかという,そういう自発的に出してくるものの量とか質というのもあると思いますが,そのほかにもこんなことが言われていると思います。例えば,見通しとか振り返りの記述を見るとか,学習計画の立て方を見るとか,学習方法の工夫ということをどれくらいやってくるか。もちろん記述されたものでないと判断しにくいと思うんですが,そういうことをどれくらい子供がやっているかとか,そういうことを例えばポートフォリオなども見ながら見とっていくということで,自分でどのぐらい学習を進めようとしているかというようなことを見ていくということが考えられてきたのではないかなという気がします。これは少し補足です。
 あと最後に4ページ目,これは大きく意見も割れると思うのですが,評定の必要性です。評定は要らないということと,やっぱり現実には評定があった方がいいという御意見。これは補足ですけれども,指導要録においては,例えば評定はなくすと。これが1つの国としての方向性であると。しかし,先ほども事務局からお話があったように,通知表の内容まで縛ることはできないので,通知表ではやっぱり必要だと思うので残しますという御判断が,現場であれば,それは通知表では残すことはできる。それから,調査書には是非記載してくださいとか,調査書では必要だということももちろんあると思いますが,これはこちらからお渡しする調査書の中に総合的な評定の素材となる観点別評価というものが出ているので,それをどういうふうなウエートをかけて一括して何らかの合否の材料にするかということは,むしろ高校入試なら高校側,大学入試なら大学側でやろうと思えば,それはできると。基礎となる観点別評価というのは提供するということもあり得るのかと思います。
 ですから,そのようなことも出ている中で,なくすべきだという意見は,国としての方向性はむしろ観点別の方を見てくださいねというメッセージとしてなくすという御意見だったんだろうと思いますが,そういうことの確認はよろしいですかということです。
 じゃ,その上で,改めてまた第2ラウンドになると思いますが,まだしばらくお時間ありますので御意見ございましたらどうぞ。髙木委員,どうぞ。それから,鈴木委員,どうぞ。
【髙木委員】  高等学校の観点別評価に関してです。観点別評価だけ,先ほど申し上げたように取り上げるということではなくて,あくまでも学習指導要領との関わりの中でこの評価があり,その中で観点別評価を行っているということを押さえないと,観点別評価だけが少し違う形で取り扱わないかということを非常に心配しています。特に高等学校はこれまで科目数が多くて,なかなか観点別学習状況の評価は取り組んでくれませんでした。これに取り組むに当たっては,小中学校はまさに学習指導要領に書いてある内容の部分を取り扱うということで,全ての教科,ただ知識・技能,思考・判断・表現が,音楽と,それから図工,美術,それから体育に関してはできていません。高等学校でも多くは同じですが,実は高等学校においては,各学校で教育課程の編成をしなければならなくなります。ということは,学習指導要領をもとに各学校で知識及び技能と思考力,判断力,表現力等というのを各教科,科目,領域ごとに作っていかなきゃいけないはずで,今までそれを本当にやってきたかどうか。教科書そのままやってきたり,教師の勝手をやって,学習指導要領全く見ないという状況があって,それで授業が行われていたのでは,これは子供たちにやはり申し訳ないと私は思っています。
 学校で,子供は教師を選べないです。高等学校は,子供は学校は選べてます。しかし,教わる先生は選べてません。ということは,その先生の自由度を忖度しながら授業をやって本当にいいのかどうか。学校ごとに教育課程をきちんと編成し,そしてそれぞれの学校で求める評価というか観点というか,資質・能力の育成を図っていくためには,これは学校としての観点別学習状況の評価がなければ,個人それぞれの教師がそれぞれの評価を勝手に行ってしまうことになり,結果として公平な評価が行われないということになりかねないというふうに私は思っております。
 以上です。
【市川主査】  鈴木委員,その後奈須委員,どうぞ。
【鈴木委員】  主体的に学習に取り組む態度と今回は変わりましたが,前回の関心・意欲・態度のことについて,これまでも申しましたが,前回の指導要録の会議でも,この観点に,もちろんこれは関心・意欲・態度のときの場合ですけれども,特に顕著な場合に紐付けるという方式もあり得るということを言っております。ですから,今回は名前が変わって中身も当然変わるわけでして,私的に言わせると,メタ認知能力というものが加わったというふうに考えております。
 それで,ごく最近出てきたイギリスのカリキュラムジャーナルという雑誌の論文を読みまして,何が書いてあるかと申しますと,オーストラリアでこのメタ認知能力,ちょうど我が国でいう主体的に学習する態度にほぼ相当するような観点の育成を目指して指導しているんですけれども,余り効果がないと。なぜかというと,教員がそもそも主体的にメタ認知能力について,オーストラリアでもよく分かっていないと。ですから,どう指導していいかも分からないという点で,基本的にまだ始まったばかりと。ですので,教員のそういう主体的に学習に取り組む態度やオーストラリア流に言えば,メタ認知能力に関する理解がまだ全然進んでいないと。ですので,指導もうまくいかないし,効果も今のところ出てこないという状況だそうです。ですので,そこから考えると,評価もABCのような区分というのは,指導もなかなか難しいと。結果的に評価もそんなにABC付けられるのかという疑問があります。
【市川主査】  奈須委員,どうぞ。
【奈須委員】  2点お願いします。評定の問題なんですけれども,私は評定はもうなくした方がいいと思っています。観点別の評価の情報の方が,より詳細で具体的な情報で,それを組み合わせて評定を作るわけですから,観点別の学習状況の記述があれば,評定がなくても別に困らないし,作る必要があれば,いつでもいろんなやり方で作れる。まず作る方法もいろいろあるということだと思います。情報量は多い方がいいだろうと。
 高校と大学入試というようなことが問題になると思うんですけれども,これ,2回前の平成10年度の学習指導要領の後の指導要録の会議だったですけれども,当時,座長の山極先生でしたが,やはりこういうことが問題になって,当時は観点別に変えていくということで,観点別に変えて,相対評価をやめるという議論で,相対評価をやめたらいろいろ入試が困るんじゃないかという議論が散々出たんですけれども。
 そのとき座長の山極先生がおっしゃったのは,指導要録に関する議論というのは,学習指導要領の実行状況について個々の子供に関する,つまりあくまでもその学校の学習状況を評価して指導に生かすのであって,私の記憶しているのは,上級学校の進学に対する便宜供与のためにやるのではないと。少なくとも理念的にこのことだけはちゃんと確認しようと当時座長がおっしゃって,私,とても感銘を受けたのを覚えています。
 もちろん結果的に使われるということはあるかもしれないし,それは構わないし,働き方改革のことを言えば,作ったものがいろいろなことに使われるというのはいいことですけれども,指導要録というのが何のために,第一義的に存在するかということは,やっぱりはっきり押さえて,それと上級学校の進学に対する情報便宜供与というのは,ちょっと別の問題としてやっぱり考えていくべきだろうと思います。実際に大学進学をしている高校生の数は全員ではないし,ちょっとその辺は原理的な問題としては,ここでは確認しておきたい。その上で,どうやってより効率的なとか,スムーズなということを考える必要があるのかなとまず思います。
 もう1点は,今,鈴木委員が言われたところにかかります。主体的に学習に取り組む態度について,今回随分趣を変えているという理解をやっぱり確認しておきたいと思います。関心・意欲・態度と今回の学びに向かう力というのは随分違うと。それがここに出ていることだと思います。自己調整をやるということ,それから,意思的な側面を捉え,評価するということだろうと思います。これは心理学的にいうと,つまりかなりスキルフルなものだと。つまり,学びに向かう態度というのは,ただ私がそうしようとしているとか,そういう行為が見られるのではなくて,学びに向かう態度ということを現に実りに結び付けるような具体的な技能ですね,上位的な技能ですけれども,自分の感情を調整しながらとか,進め方を見直しながらとか,いろいろな方法がある中で,適切な方法を選択しようとするかとか,選択できているかとかいうことを振り返るとかという,これはまさに自己調整ですけれども,自分の学習行動を適切に調整しながら進もうということは,当然その教師の指導のもと,いろいろな学習活動に取り組む中に徐々に徐々に長期かけて,時間をかけて形成されていくものだと思いますけれども,それをしっかりと指導し,また評価をしていこうと。それによって,子供が自立的な学習者,問題解決者になっていくということが,今回の資質・能力論の重要な側面だという理解だと思います。
 ただ,今鈴木委員が言われたように,日本だけじゃなくて国際的にもこういう理解を徹底して指導して評価を持ち込むのは難しいということだろうと思います。でも,難しいんだけれども,今回そういう方向に学力論を発展させたわけだから,そこに可能なところで踏み込んでいくということは重要なことだろうと。難しいからやらないということではなくて,難しいからどうやって時間をかけて世論を形成しながらやっていくかということだろうと思います。
 つまり,自分の力で学習というプロセスなりサイクルを回していけるかということだろうし,回していけるというのは,回していけじゃなくて,回していけるように指導するということが含まれてくると。こういう理解をどうやって,ほかの国でもそれは難しいという話がありましたけれども,しているかという出発点に,今回の議論はあるんだろうと思うんです。
 そういったある種のスキルというのは,かなり一般的なものでもあると同時に,教科の見方,考え方,教科の特性に応じて育てていくし,いろいろな教科で育てたものが,より一般的な汎用性のあるスキルになってくるというロジックかと思います。その意味で,この主体的な学習に取り組む態度というのは,きちんと3つの柱として,同じウエートで,知識・理解や思考力・判断力・表現力と同じウエートで置くべきだろうと思います。スキルだということは,教育的に育成可能だということでもあるわけで,もちろん知識・技能や思考・判断・表現に比べれば難しいし,それは長期に及ぶしということはあると思うんですけれども,育成可能だということだし,その世論を作っていく。ただ,その評価をどうするかとなったときに,ABCとするのか,少しABCとは分けた方かいいのかということは,両論あり得ると思います。
 私個人は全く同じABCでも構わないと思っていますし,2段階よりは何らかの形で3段階,二重丸,丸,三角でもいいから3段階の方が,かえって現場はやりやすいんじゃないか。先ほど市川座長からもありましたけれども,Cは付けられない。逆にBを,通常よく頑張っている子であれば付ける。これまでに比べてすごくスキルがアップしたとか,その子なりの取組が見られたというのはAだというのは,時間がかかるでしょうけれども,徐々に世論形成していけばできるんじゃないかなと思っています。以上です。
【市川主査】  では,鈴木委員,どうぞ。
【鈴木委員】  一応お断りしておきますが,メタ認知能力に相当するようなものを育成するのは大事だという意見は同じですので。ただ,評価が難しいと言っているだけで,オーストラリアのその論文も,教師の指導力を育成するのがまず第一に必要だといって,評価は難しいということです。
【市川主査】  今の点ですけれども,小学校の高学年,あるいは中学校で,家庭学習の手引きというようなものを作っている学校は,この数年,ものすごく多いなと思っています。学習の仕方そのものを指導していこうという姿勢,これは一昔前だと,余り考えられなかったと思うんですが,家庭学習も含めた学習の仕方そのものを指導していこうという,非常に最近大きな動きで各学校が取り組んでいる。ただ,問題はその中身と評価だと思うんです。中身を教育心理学的な視点から見ると,少し古めかしいなと。三,四十年前の教育心理学で推奨されていたような,とにかく反復習熟をしっかりというようなことばかり出ていて,どうやって意味理解を深めるような学習にするかというようなこととか,あとどうやって人とも関わりながら,友達とか,あるいは先生をどうやって活用するかというようなことは非常に大事だと思うんですが,余りそういう点には触れてなくて,いかに黙々と頑張るかという感じの手引きが少し多いのかなと。
 ただ,それはだんだん変わっていくと思いますし,むしろそういうものが表に出てきたので,ここをこう改善すればもっとよくなるんじゃないかという話がこれから出るのかなと。それだけ指導もしているわけですから,指導と評価の一体化ということからいうと,それをどれぐらい子供が取り入れて実現して,さらに自分なりの工夫をそこに加えているかというようなことを見ていくということもできるし,やっていかなくてはいけない時代になったのかなという気はしますが,とにかくいきなりはできない。けれども,取り組んでいこうということが今回の学習指導要領にも込められているのかなという気がいたします。
 社会に開かれた教育課程ですので,そういう力こそが,社会に出てからも生かされるのではないかという1つの柱かとも思います。
 ほかにいかがでしょうか。秋田委員,どうぞ。
【秋田委員】  1つはまず評定をなくすべきかどうかということについてです。私も髙木委員が言われるように,評定というのが,ここにも書かれているように学校によって差があるんだけれども,結局数値が上がってくると,客観性神話のような誤解,保護者にとっては何か最終の数値こそ完全という誤解を招きやすいのが現実です。その部分については,私はここにも書いてある,「大胆に」というところで,評定は最初の観点別評価はきちんとする。その3観点をきちんと押さえる。そこに責任を負って,できるだけ精緻な評価を目指すのであって,評定が必ずしもいわゆる全体の総括と客観的に言うことができないので,労力を減らす点もありますけれども,評定はなくしていく方向でよいのではないかと思います。
 大学でも,私が今勤めている大学ではありませんが,私学等で推薦等で,例えば4.3以上というようなことが言われるわけです。けれども,実際やってみるとよく分かるのは,それがいかに信頼ができるか,私たち大学教員は学校名を見て,その関連によって判断をしていくストラテジーというのを得てやっているのです。客観的数値だけでやって,少なくとも私が以前勤めていた大学ではそういうことはありませんでした。個人的体験でありますが,今後やはり将来的に一貫した形でどういう方向に行くのかといえば,より精緻な形成的評価を進めるために,ここは思い切って評定をなくすことでよろしいのではないかと個人的には思います。
 もう1点は,主体的に学習に取り組む態度というところです。特に先ほど御意見ございましたように,小学校の低学年において,特に押さえていただきたいのは,ここの最初のところで,やはり関心・意欲・態度についていわゆる授業に取り組む態度との誤解が一番生じやすいのが,小学校低学年のときに手を挙げたかどうかとか,きちんと教科書とノートがそろって机の上に出ているかとかです。市川主査が言われたように,そうした学習態度という規律表がいろいろな学校で出されていてます。そのときにも,先ほど古めかしいと言われたんですけれども,そういう視点といわゆる自分のプロセスとしての心理的な学びの過程を大事にする見方が混在しています。その一番の根幹は,小学校の低学年でお行儀よくお話をきちんと聞ける子供を育てる的なところを主体的というふうに捉えがちである傾向です。その出発点において,例えば生活科などでは「気付き」を非常に大事にしてきているわけですし,やはりこのあたりを事例としてもきちんと押さえていただくこと。そして,発達段階に即して,自己調整や粘り強さも,年齢に応じて変化していきますので,そのあたりを勘案した在り方というのをきちっと出していただきたいと思います。以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。自己調整ということと授業規律みたいなことが,やっぱりかなり現場では一緒にされやすい。もちろん授業規律は大事なんですけれどもね。自己調整と呼んでいるのは,そういうこととちょっと違っていて,自分で自分の学習をセルフコントロールしていくというような,そういうことなんだということは理解していただきたいところですね。
 善本委員,どうぞ。
【善本委員】  私の学校は,海外帰国枠,あるいは在京外国人枠を設けている関係から,入試の段階で,外国の評価表を見ることが機会として非常に多くあります。それからまた,高校段階で留学する生徒も多いものですから,そこで帰ってきた子供たちの海外での高校での評価というものを非常に見る機会も多いです。そういう中でいうと,本当に多様性,ダイバーシティに富んでいる上に,文言での評価が非常に多い。あるいは,国によっては全く100点評価で,78点とか86点とかというふうに書いていらっしゃるところもあるんですけれども,大きな流れからいうと,私自身はやはり子供の学びをきちんと教師も言語化できる能力を高めていかなくちゃいけないんじゃないかというふうに,基本的には思っています。また,そういう状況ですので,私どもでも,教員も皆そういうふうに思っていると思います。
 そういうことからいうと,指導要録の文言表記の簡素化というのが,どうもフィットしないんですね。ただ単に,仮に観点別評価にしてABCを付けるというよりは,総合的にその子の学びを言語化できる能力というものを教師がつけていくことが非常に必要なんじゃないかということが1つと,一方で,それは技術的な問題だけではなくて,小中高,校種によって違いがあるかと思いますが,既に私どもでは,完全に調査書と通知表と指導要録と調査書は一体化して電子化されています。それは事故を防ぐという意味でも,東京の都立学校は指導要録は電子化していますので,紛失事故等を防ぐというふうな意味でも。そうすると,それらはやっぱり一体のものであって,通知表で知らされる事柄が,やはり指導要録に書かれるべきであって,調査書というのは皆様御存じのように,大学に出すときと就職に出すときとでは様式も全く違いますので,そういったものが全て一体化するということは,意味的にも,また作業手順上も私は必要なことではないかなというふうに思っています。
 その意味で,文言を簡素化するというのが,高等学校側の感覚にはちょっとフィットしないというところが正直あります。その点からいうと,先ほどやっぱり文言できちんと評価していくということが必要だなと思いますので,私は評定をなくすということが大胆にあってもいいのではないかなというふうに思いますけれども,それにかわるものを教師が,客観性を持って付けられるだけのスキルをどれだけ身に付けていくかというところが非常に重大な問題になってくるのかなというふうに考えています。
 そういう意味では,やはりこれらのものは一体のものであって,それがまた子供たちのキャリアにつながっていくということも,もちろんそのために教育をしているわけではありませんけれども,そしてまたそれらの3観点が,我々で言えば大学側においても必要なものだというふうに考えられているからこそ,大学改革も行われていると思いますので,その意味では一体のものなのではないかなと考えます。
【市川主査】  藤本委員,どうぞ。
【藤本委員】  まず,評定をなくすべきとの意見についてですけれども,私自身も評定をなくすということについては賛成です。危惧するべき点として,この中にもありますけど,奨学金等の中で推薦要件なんかでこういうものが入っているところもありますけど,これについても私どもの方も,給付型の奨学金を出す中で,成績評点3.5以上ということを付けているんですけれども,これもやはり中学校,高校によって3.5の度合いも大分違うところがありまして,いろいろ疑義があるところがあります。それから,そういうものを撤廃していく上でも,このことが危惧すべきことではなく,有用に働いてくるのではないかなと思っています。
 また,子供たちの評価にしても,それぞれやはり同じ教科,同じ学年にしても,得意,不得意という分野はありますので,この単元については子供たちは得意であっても,この単元については苦手だということをトータルでそれを評価していくのは,やはりいかがなものかなというところもありますので,各観点別の評価をきちんとやるということで,トータルとしての評価をなくすということについては賛成です。
 それと観点別のところのABCということですけど,私は知識とか思考・判断についてはABC,これはランクですから,やはりその度合いはあるだろうと思いますので,ABCという評価。
 それから,主体的に学習に取り組む態度については,二重丸,丸,空白というような形で,これも2つという御意見もありますけど,やはり子供たち,また保護者にとっても,どの程度の態度にあるのかという,その程度を自分で見る上でも,二重丸,丸,空白というものがふさわしいのではないかなと思っています。ただ,それにはABCにしてはということもあるかも分かりませんけど,話のランクというイメージからくるものよりも,そういう態度であるかどうかという判断でいくのであれば,二重丸,丸,空白というものがふさわしいのではないかなということを思っています。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。ほかの委員の方,いかがでしょうか。
 今,善本委員から出たお話で,私は今回のこの議論のかなり根幹に関わる大事なところでもあるかなと思うんですけれども,要するに,例えば推薦状であるとか,先生はこの子をどう評価したかということをすごく細かく記述する,詳しく記述する,その子の姿が見えるように記述すると。そういうことがやっぱり指導要録も通知表も連動させて,要するに評価を丁寧に詳しくという,これがすごく大事だし,教師もそのスキルを持つべきだということだったと思うんですが,今回議論の中で大事なのは,やっぱり働き方改革が言われている中で,どこでどれだけのエネルギーを最もかけるかと。
 今回この中に出てきたのは,最終的にこの子はこういう子供ですという詳しい丁寧な記述よりは,普段の学習プロセスの改善になるような子供へのフィードバックであるとか,そこでの評価をめぐるコミュニケーションであるとか,これは真面目にやると相当大変なことなんですけれども,しかしそれは学習の改善になる,あるいは授業の改善にもつながることなので,エネルギーはそっちの方にかけていくべきではないかというのが議論になったような気もするんですけれども,そこら辺,善本委員としてはどうお考えになりますか。
【善本委員】  多分そのあたりは校種による違いもあるだろうなと思うんですけれども,高等学校の現場の教員の感覚としては,評価ということは非常に自分たちの重要な仕事であって,そこにもちろん学習活動と評価というものを重要視するという考え方を持っていると思いますので,これと働き方改革との問題というのは物すごく難しい連立方程式なんですけれども,そこにはかなりエネルギーを割いていくべきだというふうに現場の教員は考えているんじゃないかなと思っています。ですから,そういう意味で,一体のものであるんじゃないかなと思っているので,ちょっと御質問のお答えになっているかどうかが分かりにくいんですけれども,例えば業務量的に指導要録の記載を簡素化していくということと,日々の授業の中での評価をしていくということで,それがやっぱり記録化されるということが多分子供たちにとっても,教員自身にとっても大事でしょうから,自分の学習改善に。
 そういったことと,作業事務を減らしていくということを考えたときに,やっぱり評価をしながら,それを要するに評価して,これだけ時間をかけているのにそれが使われていないということはすごく虚しいということで,先ほど嶋田委員からもお話があったように,小学校で指導要録を一生懸命文言で書いても,ほとんどそれは見られることはないということがあるので,そういったところを簡素化していくということはあり得るんだと思うんですけれども,それは高校の現場ではちょっと違うことなので,そこが難しいところだなというふうに思いますけれども。教員にとっても子供にとっても,これは意味のあることだと思うような形で改革が必要だと思っています。
 その意味では,現実の問題を申し上げると,私どもは中高一貫校なので中学生も高校生いて,中学生には観点別評価やっているんです,同じ学校の中で。同じ教員が,中学生には観点別評価で評価をしていて,高校生には今のところやっていないという現実がある中で,もちろん高校から来た教員が1学期終わったところで,ちょっと私,失敗しました,これ,この評価をするのであれば,自分の中の指導計画をもう少しきちんと練り直さなければいけなかったという話をある教員がしていて,それはまさにそのとおりなんですけれども。ただ,その中で中高が一緒に暮らしている中で,観点別評価というものが非常に子供にとっても,保護者にとっても,また教員にとっても重きを置かれているという実感がなかなか現実にはないということがあるものですから,それをやっぱりどういうふうに変えていくかなというところは,私自身は非常にこの議論の中で,そういう現場を預かる校長の立場として悩ましいことだなと思っています。
 全然市川先生のお答えになっていないかもしれないですけれども。
【市川主査】  すみません,私が聞きたかったことは,今回かなり形成的評価を大事にしようということなんです。だから,働き方改革ということはちょっと置いておくとしても,これまでの評価,これは通知表にしてもそうだし,指導要録もそうなんですけれども,最後にあなたはこういうふうに評価されましたよということを教師側から示すものになっていて,普段子供たちとコミュニケーションをとりながら,どうすれば学習が改善できるかという形で評価を返していって,学習改善に生かされるようなものにしよう。そこにエネルギーを割いていこうみたいなことが,今回1つの柱になったかなというふうに感じています。
【善本委員】  形成的な評価に力を入れていくということは本当にそのとおりだと思うので,ただ現場の感覚としては,それは既に私はやっているというふうに思う部分も正直に言えばあるので,随分いろんなところで責められて,高等学校は点数を付けてそれだけで評価しているというふうにすごく言われるんですけれども,これは率直に申し上げて,現場の感覚としては,30年前はそうだったかもしれないけれども,今は決してそうではないというふうに私自身は思っているところはあるので,それもまた現場によって,また学校によって,あるいはおっしゃっているように,普通科もあれば,専門学科もあり,総合学科もありで,それぞれ高校というのは学びの形式が非常に多様ですので,一面的に高校はこうだというふうに言えない部分もありますけれども。もちろん形成的な評価が重要だということについてはそのとおりだと思いますし,非常にそういった意味での面談等も,今は丁寧に行っていますので,かつてと違ってという。
【市川主査】  それはむしろいい具体例でして,これから出していただけるといいと思います。この前,この会議の中で高校生から「通知表最後にどーんともらったって,何をどうしたらいいのかさっぱり分からないよ」という声が,かなりいいと言われている高校からも出てきたこととか,それからやっぱり先生方の感覚,形成的評価というのが弱いんじゃないかということが言われている中で,先生が,例えばうちの高校ではこれだけのことをやっているという例は,それはいい例としてむしろ出していただいて,それを普及させるような方向にということが,むしろ望まれるかなと思いました。
 鈴木委員,どうぞ。
【鈴木委員】  今,形成的評価の方に議論がまたいきましたので,ちょっともう1回確認しておきたいんですが,大変有名な定義がありまして,形成的評価が機能するためには,3つの条件が必要だと。これはほとんど全ての形成的評価に関わる,例えばイギリスのポール・ブラックとか,ここに何回も紹介しているオーストラリアのロイス・サドラーも全員同じことを言っておりますので。
 まず1つ目の条件は,生徒自身が自分の学習の目標を知ること。どういうことができればいいかという,学習の目標を知る必要があると。2つ目の条件は,その学習の目標と,自分の今の現状との乖離を知ること。目標に照らして,自分の学習がどの程度までいっているかということを知ること。3つ目の条件が,その乖離を埋めるために何をすればいいかということを指導されることという,この3つの条件が,形成的評価が機能するために必要な3つの条件と,普通言われております。
 先生方はお話をしたり,指導の機会を設けることはもちろん必要なんですが,まず第一に,自分が学習上どういうことをやらなきゃいけないかという学習の目標。特にどんなレベルが求められているかを知ること。それと,自分の現状との乖離を知ること。それから,その乖離をどう埋めたらいいかを指導されること,この3つの条件がそろわないと,形成的評価はなかなか機能しないと。
 これは先ほどの学習の自己調整力とも関わりまして,オーストラリアでうまくいかないというのは,なかなか学習の目標を生徒に伝えるということが難しいということで機能しない。先生方も,それにまだ十分慣れていないということで機能しないという意味です。
【市川主査】  だんだん時間が残りわずかになってきましたけれども,いかがでしょうか。今の鈴木委員がおっしゃったことは非常に大事だと思うんですが。それとこれからも,例えば知識・技能というのは子供たちも何が目標かイメージつきやすいと思うんですけれども,思考・判断・表現となると一体何が目標なのかということを,教師側もはっきりとつかんで,そして子供たちにもこういうことを望んでいるんだ,こういうことが目標なんだということをかなりはっきり説明して分かってもらわないといけないと思いますし,またそれに到達するためには,どういうことを普段の学習の中でやっていくといいのか。これは学習スキルとかメタ認知とか,自分の要するに診断力と,それに到達するための手だてというようなこともちゃんと分かっていないと,ただそういうことをこれまでやってきたかというと,残念ながら余りやってきていないので,そういうことをむしろやるべきだというお話だと思ってよろしいですか。
【鈴木委員】  知識・技能の観点に関しては比較的やりやすいんですけれども,今回の学習指導要領の改定の目玉でもある資質・能力,もっと言うと思考・判断・表現みたいないわゆる高次の能力に関してはなかなか目標をきちっとお示しすることも難しいし,指導も難しいということで,市川委員がおっしゃったように,そこが一番難しいところだということで,それをどういうふうに教員にも,そしてもちろん生徒にも伝えていくかところが,私は今度の改革の一番重要な点ではないかと思います。
【市川主査】  いかがでしょうか。そういう方法を具体的にどれぐらい盛り込めるか分かりませんが,実際にはここでの最終的な何か報告が出たとしても,それを肉付けるものとして,例えば課題を出せばどれはB,どれはCなんていうルーブリック的なものは必ずあるわけですよね。先生が何も子供に言わずに子供に出させておいて,そのルーブリックでABCを付けるというのではなくて,先生はこういうものを求めている,例えばこういうものがあるんだというようなルーブリック的なこととか具体例みたいなことも示した上で,そういうことを目指してほしいんだというようなメッセージをちゃんと伝えていかないといけないということになりますでしょうか。
【鈴木委員】  以前の学校で,非常に美術の指導がうまい先生がいらっしゃいまして,その先生が指導するとあっと言う間に県やいろんなところの賞を総なめにするんですけれども,なぜかなというと,当時は私分からなかったんですが,今から考えると,その美術の教員の一番やっていたことは,かつていろんな生徒が作ったいい作品を何回も生徒に見せて,要するにこういう作品が描けたらいいんだということを非常に熱心に伝えていったと。それから,必ず自分が作品を作ったときには,それと比べて自分の作品はどうだったか。またはそうでなくても,自分の作品についての批評を必ずさせていくというところが非常に指導のうまかったところで。今となって分かるんですけれども,当時は何でこの美術の先生が教えると,そんなに生徒の能力が,これは美術のケースだけれども上がっているのか分かりませんでしたが,後から考えると,何ができればいいかということを極めて明確に伝えていたと私は思っております。
【市川主査】  髙木先生,どうぞ。
【髙木委員】  最後に一言だけ申し上げておきますが,今日の資料の1の論点の基本的な考え方の最初の丸に,この議論は新学習指導要領の趣旨を踏まえるということです。その中には,既に思考力・判断力・表現力は示されているということを前提に議論を,私はしていかなければいけないと思っています。
【市川主査】  じゃ,奈須委員,どうぞ。
【奈須委員】  これは評価の議論なんですけれども,当たり前ですけれども,今,学習指導要領じゃなくて,学習指導要領の中にいろんなことが,思考・判断・表現の従来とは違って明確に内容として示されてきて,その指導が今後,十全にやられていくということを期待して,それをどう的確に評価し,またそれを指導に戻して,より学習指導要領が十全に全ての子供にきちんと実現していけるかという中で考えているということだろうと思うんですね。
 そう考えたときに,これは評価の議論なので評価をどうするかということだけれども,評価をこうしてくださいということを通して,指導をこの方向に持っていってくださいということを誘導する1つの政策というか戦略でもあるということがあるんだろうと思うんですね。指導と評価の一体化ということは,評価をすることによって指導改善して学習を促進するということがあるけれども,評価という営みを通して,例えばですよ,自分の授業では思考・判断・表現や学びに向かう力がうまく評価できないなという先生がいたら,それでいいということではなくて,それはまさに評価がきちんとできるように指導,授業を変えるという話ですよね。そこに向かって,とっても時間はかかると思いますけれども,誘導をしていくというか,世論を盛り立てていく。また,それに必要な,先ほどで言えば指導資料や事例集も必要であればやっていくということなのだろうと思うんですけれども。
 今,髙木先生がおっしゃったことと同じかもしれませんが,今回の学習指導要領が,資質・能力論と学力論をとても大きく拡張して,それに基づいて各教科の方でもかなり丁寧に,複眼的にというか,多面的な形で丁寧に学力を3つの側面で記述してくださっているわけで。ただ,その指導がもちろん授業が始まっていませんから,教科書もできていませんから,どんな授業になるんだろうということを今の授業の,せいぜい少し進んだ姿でイメージして,それを評価すればうまくやれるんじゃないかというふうに,私なんかでもイメージしてしまうわけですけれども,これから実際に教科書が出て,実際に授業が工夫されて動き始めて,さらに重しになっていた大学入試改革の方も進んでくるということをイメージして,そこに今後出てくる,とても豊かで挑戦的な授業を,学習指導要領にもまさに思考・判断・表現ということが具体の項目で出ているわけだから,教科書にもそれが盛り込まれるでしょうから,それが出たときに,それを確実に豊かに評価して,さらに指導をエンカレッジするような,例えば子供の一人一人の学びを促進するような評価ということにするわけだから,今思えばそんなことはできるかな,難しいだろうというイメージが残ったとしても,少し一歩進んだぐらいのレベルで多分踏み込んでおいた方が,結果的にこれは10年使うわけですからいいんじゃないか。
 その辺がどこまで踏み込んでおくべきなのかというと,ちょっと理想を思い浮かべて踏み込み過ぎたらギャップがあったとしたらいけないというところの位置をどうするかということは,今,難しい問題だというふうに考えております。以上です。
【市川主査】  それでは,今日のところはこれぐらいでよろしいでしょうか。
 それでは,時間もそろそろまいりましたので,本日はこのあたりにさせていただきたいと思います。
 では,事務局の方から御連絡をお願いします。
【白井教育課程企画室長】  本日は御議論ありがとうございました。
 次回のワーキンググループは10月中旬を目途に調整しております。また日程が決まりましたら御連絡申し上げます。
【市川主査】  それでは,本日予定した議事は全て終了いたしました。これで閉会とさせていただきます。ありがとうございました。

―― 了 ――

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