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教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第7回) 議事録

1.日時

平成30年8月7日(火曜日) 10時00分~12時00分

2.場所

文部科学省 第二講堂(旧文部省庁舎6階)

3.議題

  1. 児童生徒の学習評価の在り方について
  2. その他

4.議事録

【市川主査】  それでは,定刻となりましたので,ただいまより教育課程部会児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ第7回を開催させていただきます。
 どうも本日は足元のお悪い中おいでいただきまして,ありがとうございました。
 初めに,本ワーキンググループの審議等につきましては,初等中等教育分科会教育課程部会運営規則第3条に基づきまして,原則公開により議事を進めさせていただきます。それとともに,第6条に基づきまして議事録を作成し,原則これも公開するものとして取り扱うことにさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 なお,本日は,報道関係者より会議の撮影及び録音の申出がございまして,これを許可しておりますので,御承知おきください。
 それでは,議事に移る前に,事務局に異動がございましたので,事務局から御報告をお願いいたします。
【白井教育課程企画室長】  失礼します。教育課程課長について異動がございました。淵上課長が異動になりまして,望月が着任しております。
【望月教育課程課長】  望月でございます。よろしくお願いいたします。
【市川主査】  それでは,事務局より配付資料の確認をお願いいたします。
【白井教育課程企画室長】  お手元の議事次第にございますとおり,資料1-1から資料2までをお配りしております。また,机上配付資料としましては,資料3についてもお配りしております。不足等ございましたら,事務局にお申し付けください。
 なお,資料2については,田熊様のプレゼン資料ですけれども,英語の資料になっておりますけれども,本日のプレゼンについては,日本語を交えたプレゼンということでございますので,御安心いただければと存じます。
【市川主査】  資料についてはよろしいでしょうか。お手元にございますでしょうか。
 それでは,議事に入ります。本日は3つの内容がございます。
 まず1点目ですが,最初に事務局から,関係団体に実施した書面ヒアリングの結果について御報告いたします。
 2点目ですが,OECDのシニアアナリストでいらっしゃいます田熊美保先生に,学習評価に係る国際的な動向について御発表いただきます。
 第3点目ですが,学習評価の当事者の立場から,5人の学生の方々に,今までの各自の経験を基に考えた学習評価の在り方について,発表を頂くということになっております。
 それでは,まず,事務局から,関係団体に実施した書面ヒアリングの結果につきまして,御報告をお願いいたします。
【白井教育課程企画室長】  失礼いたします。それでは,お手元の資料の1-1と1-2というのを御覧いただきたいと思います。資料1-2の方が,先般,書面で関係団体へのヒアリングを行わせていただいておりましたけれども,それをまとめたものでございます。各団体から御提出いただきました,その現物ということになります。本日は,時間が限られておりますので,資料1-1,こちらの方でまとめさせていただきました主な意見というものについて,ごく簡単に御説明申し上げたいと存じます。
 それでは,資料1-1のまず1番でございます。観点別学習評価についてということです。まず,評価の方法について,いろいろ多様な御意見を頂きました。学習の内容等に応じた適切な評価方法を示すべきとか,それから,観点別の評価,従来,4観点で行ってまいりましたけれども,新しくなりますと,3観点という方向性で議論していただいておりますけれども,仮に3観点とした場合に,評定の重みづけについて,3分の1ということで本当によいのだろうかといったような御意見を頂いております。
 また,次の論点ですが,評定について,生徒が学習到達度を客観的に把握するための基準として必要ではないかという御意見がある一方で,特に大学入試との関係などでございますけれども,学校間の格差が生じないような配慮が必要じゃないか。中には,優しく付けている学校があったり,あるいは逆に非常に厳しい学校もあるんじゃないかという御意見も頂いております。
 知識・技能の柱についての評価です。文章による説明など応用的な部分を重視して,ペーパーテスト以外についても検討すべきじゃないのかというような御意見,また,現行と同様でもいいのではないかという御意見もございました。
 思考・判断・表現についての評価です。モデル的な評価方法,例えば,ペーパーテスト,論文・レポート課題等の開発や活用,こういったものを国からも提示していただきたいというような声もございました。
 3つ目の柱,主体的な学習に取り組む態度についてですけれども,ここについては様々な御意見がございました。従来の関心・意欲・態度の観点との相違点について,これを明確にすべきじゃないか。先生の指導力や観察に依存するため,客観的な評価という点については課題があるんじゃないか。それを補うためにも,自己評価,他者評価等の資料であるとか,あるいは複数の先生方による評価を活用すべきじゃないか。妥当性,信頼性のあるような評価方法,評価項目について,こういったものについては,国や国立教育政策研究所等からも提示をするべきじゃないかといったような御意見を頂いております。
 2ページ目にお進みいただきたいと思います。大きな2点目の論点ですが,多面的・多角的な学習評価についてという点です。特に教育課程外の学習活動については,先生方が十分に把握できないということもございますので,例えば,ポートフォリオなどを活用した生徒の自己申告,自己評価の仕組みが必要ではないかというような御意見,また,学校の授業などをサポートされているような方々,学習支援者からの情報を随時取り入れる仕組みが必要じゃないかといったような御意見がございました。
 大きな3点目です。効果的・効率的な学習評価の在り方についてという点です。まず,指導要録についてですけれども,文章表記についての最小限化,あるいは所見欄,今,様々なものがございますけれども,それについて統合するなど,様式の大幅な簡素化をすべきじゃないかというような御意見,また,指導の記録についての部分ですけれども,こちらについては,ふだん通知表等を学期ごとにお返ししているということもありますので,例えば,通知表と一体化するであるとか,あるいは通知表をもって指導の記録に代替するといったようなことが考えられるんではないかといったような御意見も頂いております。
 また,大学入試あるいは調査書について,これについても,高等学校あるいは大学関係者の方からたくさんの御意見を頂いております。特に高校サイドの御意見としては,そもそも高校における学習の評価について,大学はどのような情報を必要とされているのかということを明らかにされたいというような御意見,あるいはこの観点別評価を含めて,調査書にたくさんの事項を記入しているわけですけれども,それが大学入試でどのように活用されているのか明らかにされたいというような御意見,また,仮に活用されないんであれば,調査書自体についても,もっと簡素化できるんではないかというような御意見もございました。
 一方,大学サイドの御意見としましては,そもそも入試は公平でなければいけないと。学校間や教師間での評価にばらつきがあれば,調査書を活用するといってもそれはなかなか限界があるんではないかというような御意見がございました。
 また,大学側として,高等学校における学習の評価に関する事項として必要な情報としては,例えば,学習の記録,出欠,成績概評,特活や探究活動,留学経験,指導上の課題といったような情報について考えられるというような御意見がございました。ただ,これも団体によって,あるいは大学によって,それぞれお求めの情報というのはまた違うということでございますので,これらはそれらを総合した事項ということになります。
 大きな4点目,障害のある児童生徒の学習評価についてです。障害の状態等に即した合理的な配慮を行いながら,妥当性・信頼性のある評価方法,工夫について具体的な提示をしていただきたい。障害の特性によっては,それによって評価が下がってしまうケースがある。そこについての配慮,対応ということについて考えていただきたいというような御意見がございました。
 最後に,大きな5点目です。教科横断的な視点での資質・能力の評価という点ですけれども,これも同様に,具体的な評価項目,方法の提示,教科横断的な視点で育成を目指す資質・能力について,直接的な対象として評価規準を作成し,評価することは困難ではないかといったような御意見,それぞれございました。
 簡単でございますけれども,報告は以上でございます。
【市川主査】  どうもありがとうございました。
 それでは,また御質問,御意見等あれば,後で討論のときに出していただければと思います。
 次に,出席者からのヒアリングを実施いたします。
 初めに,田熊先生から,御発表をお願いいたします。
【田熊先生】  それでは,日本語で御説明させていただきたいと思います。タイトルは英語なんですけれども,できる限り内容を日本語に変えてみました。本日,資質・能力に関する評価についての御議論ということで,諸外国でどんな課題があって,また,どんな事例があるか,国際的な観点から御説明をさせていただきたいと思います。
 まず初めに,背景として,評価と学校や教員の先生方がどれだけ自由裁量を持っているかということが,そもそも国際的には課題になっているので,日本国がどのような状況にあるのかの簡単なバックグラウンドを御説明してから,学校,教員による生徒の態度,資質・能力の評価の事例,そして,最後に,先ほど申し上げました諸外国からの示唆として,どのような形で国がサポートされているのかを御紹介したいと思います。
 まず,カリキュラムに関しては,内容や授業時間というものは,どの国でも自由裁量はかなり低い,又は全くないというところですが,指導法の自由裁量や学習評価の自由裁量は,国によってはかなり高かったり,中間というところで,日本も諸外国と同じような状態にあります。
 そことカリキュラムの関係なんですけれども,カリキュラムに含まれる要素としては,日本国のカリキュラムは,諸外国と同様,教科ごとの学習目標であったり,全体の学習目標であったり,教科別の学習達成目標といったものが含まれる中,マンシオンかけた国の約半数の国が,評価手法ですとか指導法といったものもカリキュラムの中に含まれる要素として入れている中,日本国においては,まだそれが入っていないというところが,いい悪いは別として,課題になっている国も多いです。
 そういった中で,それでは実際にそういった評価の事例はどういうものがあるのかというところで,本日は,文部科学省の白井室長の方から,育成すべき資質・能力,日本の文脈において,それに関係の深い事例として,例えば,知的好奇心,学び方を学ぶメタ学習,学習意欲,協働すること,また,尊敬といった事例を紹介くださいということでしたので,それについて簡単にどんな手法があるのかを御説明します。
 おおむねの観察としましては,一律に態度や資質・能力といっても,やはりそれらの資質・能力の持つネイチャーというか,性質によって,評価手法についてはかなりばらつきが見られました。例えば,5つの事例の中だけをとってみましても,それが個人的で内面的なもの,例えば,知的好奇心だとか,学び方を学ぶだとか,学習意欲といったものは,一般的にきちんと尺度が検証されたツールの自己評価が利用されています。これに比べて,個人間に生じる関係性,例えば,他者と協働する,また,他者へのリスペクトなどは,様々な手法が使われています。例えば,行動観察評価であったり,相互評価だったり,パフォーマンス評価だったり,教員による観察などです。
 これをざっと,細かいところは時間の関係上省きますが,皆様に御覧いただきたいのは,例えば,知的好奇心であれば,2個目の欄がどういった手法でということなんですが,御覧のとおり,やはり自己評価というものがツールとして使われます。ただ,そのツールは,検証されたツール自体が,一番上のオーストラリアの好奇心に関するツールなんですけれども,そのスケールは4の尺度を使われているのに対して,一番下のは7つの尺度を使っていたりだとか,ツールは違いますけれども,自己評価というところでは同じだったりします。
 同様,メタ学習,学び方を学ぶというのも,自己評価のツールが多いです。
 そして,学習意欲も,やはり個人の内面のところですので,自己評価というツールが多いです。
 これに比べて,やはり協働,先ほど申しましたけれども,他者との関係性になりますと,本当にそれぞれの目的によって,評価のツールも変わってきます。協働の場合は,行動観察をする評価ですとか,相互評価ですとか,パフォーマンス評価といったものが,例として挙げられます。
 そして,尊敬ということになりますと,やはり幾つかの授業内でのアクティビティーをした後のパフォーマンス評価ということで,それについてどう考察するかだとかのエッセーやスピーチ,また,教員による観察といった手法が見られます。
 このように,いろいろな自由裁量がなされる中,各国,どのように国として現場の皆様をサポートしているか,又はそれをする際の示唆というか,なかなか教訓というようなことを各国からもシェアいただいていますので,それをここでもシェアさせていただきたいと思います。
 まず,評価の目的を明確にして,特に資質や能力といったところの特性を考えたときに,その目的の明確化というのがすごく重要になってくると同時に,その目的と評価の手段の整合性が合わなくなってきていることが多いので,その整合性を確保することが重要だという示唆がありました。
 例えば,先生方御存じのとおり,評価には,Assessment for LearningとAssessment of Learningがあるかと思うんですけれども,Assessment for Learningでは,やはり目的が生徒のよりよい学びであったり,又は先生方の指導の見直しですとか,その目的が改善を基にされているアセスメントですので,stakeというか,利害,結果が生徒に及ぼす影響というものが低い,Low stakeであるということに比べて,Assessment of Learningの総括的評価では,通知表の評定であったり,それが入試に結び付くであったり,かなりstakeが高いということがあって,でも,それは目的が責任説明であったり,客観的評価というところなので,それぞれの中では整合性が取れているんですが,その評価を実施する間にその2つが混同してしまうことがあるという,諸外国からの経験があります。
 また,今後,そういう際に,それぞれの目的とそれぞれの手段が混合してしまうということがあります。やはり混合する根源として,各国,定義自体がなかなか,概念として理解することが,学校の皆様又は先生,また,生徒さんも含めて,なかなか概念を頭で理解するということは難しいので,肌で理解してもらうことが重要ということで,ニュージーランドでは,formative assessmentの定義が頻繁に行われることで,相互の関係上,生徒さんと先生の中で行われるということなので,やはりformative assessmentがあるというと,生徒さんが,それは中間テストや期末テストや一年の後のテストという,肌で感じるものではなくて,formative assessmentって,いつも1週間,2週間,それも先生からのフィードバックがあるものなんだということを体験するパッケージ化するという手法を取っています。
 また,その目的に対しても,カナダのブリティッシュコロンビア州なんかでは,実は既に言葉の持つ意味を過小評価してはいけないという警鐘を鳴らしてくれています。例えば,それがあくまで形成的な評価であっても,評価という言葉を使うだけで,皆様の頭の中にはいろいろなイメージが浮かぶかと思います。そういった中,やはりその評価の伝え方も,通知をするといっただけでも,また新たに評価のイメージがいろいろ湧くかと思います。そこで,カナダのブリティッシュコロンビア州では,形成的な評価の報告を生徒さんに行う場合は,通知という言葉,reportingを使わずに,生徒との学びについてのコミュニケーションですというような言葉の選び方もしているので,やはり評価に対しては,英語の訳語がこうであるからということではなく,きちんと言葉選びから注意をする必要があるという警鐘がありました。
 また,教室ベースの教員によるformative assessmentというのは,先ほど申し上げましたように,本来,Low stakeであるはずなんですけれども,実は形成的評価の結果が,例えば,それが通知表の評定であったり,入試であったり,High stakeの方のアクティビティーに使われるということがあると,先ほど申しましたように,目的と手段,又は結果の使い方の混同ということが出てきているという例です。
 また,共通テストと聞きますと,やはり既に総括的評価というイメージがあるかと思うんですが,実は使い方がformativeに使うということもできるので,そこはやはり目的というものは何であるのかということを明確にすることが重要です。これはオランダの例でも,総括的評価に使われた結果をあえて形成的評価に使っている例があります。
 このように,やはり2つが混同することが多いので,各国ではいろいろな取組を通して,formative assessmentの押し上げをしています。多くあるのは,やはり政策フレームワークというものを設定して,実施は学校の自由裁量に任せるという形で,オーストラリア,ベルギー,デンマーク,エストニア,その他多くの国がその形式を取っています。
 ただ,フレームワークというものは設定しないけれども,学校の自由裁量に任せ切りではなくて,実施のサポート,実施のシステムを作るというサポートをするという国もあって,例えば,オランダでは,初等教育において,学力モニタリングシステムという制度を作り,その中では,国語と算数の分野なんですけれども,その中に社会情動的スキルや学び方のスキルなんかも入れて,これがさっき申し上げた,国で一律のテストを使いながらも,実はモニタリングということで,formativeに使っている例です。
 また,カリキュラムの法案と連動してformative assessmentを押し上げるという例は,ポルトガルからなんですけれども,ポルトガルが学校の自由裁量を広げる法案を作った際に,その中に指導法としてはプロジェクト学習,評価としてはformative assessmentという文言をその法律の中に入れることによって,押し上げを図りました。
 また,学校の自由裁量といっても,自由裁量をどう使うのかというようなformative assessmentの実施計画や戦略といったものの提出は義務付けるといった国は,エストニアがそういう手法を取っています。
 また,formative assessmentを先生方がきちんと実施できるようにということで,教員養成課程に反映している国が,オーストラリア,韓国,スペイン,メキシコなど多々あります。
 2つ目の示唆なんですけれども,やはり先ほど文部科学省の白井室長の方からもありましたように,いろいろな多角的な情報を見て,もっと客観的公正な評価を,また,その評価の妥当性・信頼性の確保のためにも,いろいろな評価,複数の評価の手法を利用するという流れがあることと,あと,もう一つ,最近の特徴として特筆しますのは,評価においても,student agency,生徒自身がよりよい社会を実現するために,自ら主体的に行動して,社会を変革する,実現する力というものを付けていくためにも,生徒が評価の主体になり,又は参画をする。特に自己評価や相互評価といった,生徒の参画がどんどん増えてきています。
 この2つにおいての事例なんですが,ベルギーでは,やはりformative assessmentに限らず,その他新しい評価の複数のアプローチを,教育省さんがどんどん活用を奨励していて,教育省として,そういったことが一時的な絶対評価よりも,一定にわたっての生徒の学びに発展されることが重要であるというステートメントを出すだけでも,かなり影響があったという報告がありました。
 また,スロベニアでは,評価の規定の中に,幾つか評価の原則というようなものを明確化しています。その中の一つには,やはり多様な形式と手段を評価,検証に使うことということも入れられていますし,また,先ほどのstudent agencyのように,生徒自身に批判的な考察力や洞察力といったものを促すこと,それを一歩超えて,生徒と教員の関係性を民主化する一つの要因としても,生徒が評価に参画をするということが重要だということが,評価の原則に入っています。
 また,先ほどポルトガルの例を申し上げましたけれども,法律の中でformative assessmentを入れていくのに連動して,やはり生徒自身が評価の過程に参画をして,生徒自身が自らの学習に責任を持つことということを明言を入れているということもあります。この中でおもしろかったのは,やはり生徒の自己評価といっても,ただ生徒同士が評価をするという個人を超えて,グループワークの,それぞれのグループに対する評価ですとか,そういったものも,教室の中での評価には入れているところです。
 また,カナダのブリティッシュコロンビア州では,生徒による自己評価というものが,単なるはやりに終わらないように,それにも客観性があることが必要ということで,客観的な根拠を出す方法として,ドキュメンテーションや,自作のサンプルや,ポートフォリオなどの手法を提示しているということがあります。
 3つ目の示唆は,やはり教員,学校へのサポートが必要であるということで,先ほどのブリティッシュコロンビア州の例は,単に生徒の自己評価を推進するだけではなく,先生が生徒をサポート,自己評価をサポートするために何が先生ができるかのガイドラインを策定しています。
 また,ベルギーでは,指標を作るというのは,やはり個々人の先生,又は学校で作るというのは大変なことなので,様々な大学や機関が,教員による生徒の非認知スキルの評価をサポートするための尺度というものを作っているということもありますし,また,ニュージーランドでは,全国教育モニタリングプロジェクトというものがあるんですけれども,これは,パフォーマンス評価を国レベルでしているもので,その中で幾つかのタスク,それは態度や資質も要求されるものを,先生が使えるように公開しました。
 最後に,カリキュラムがコンピテンシーベースの方向で改定されても,実際,評価の実施,実践が追い付いていない傾向が多くの国で見られます。現行を見ますと,やはりパフォーマンス評価のようなコンピテンシーベースは,職業教育の分野や,企業の人事採用の実践が先行しているのに加えて,包括的な評価の手法というのは,実は幼児教育にも先行事例が見られます。
 フィンランドでは,やはりパフォーマンス評価というのは,必ず職業教育の資格を取るためには,既に内包されている評価になっています。
 今後の展望なんですけれども,コンピテンシー評価の発展は,やはりICTの活用がこれから期待されておりまして,現在では,migratory strategy,単に移行するための現存のテストをICT化して,効率性,効果を図るということがあるんですが,今後は,やはり変革を起こすようなICTの使い方,特にシミュレーションや双方向コミュニケーション,生徒の学びの軌跡のアクションをログファイルに保存することにより,様々な生徒の学びについて,よりヒントが得られるのではないかということもあります。
 ただ,人工知能エッセーの自動採点ツールに見られるように,やはり妥当性,信頼性については,今後もより多くの研究がなされる必要があるという4つの示唆を本日は御紹介させていただきました。
 拙い日本語で分かりましたでしょうか。生徒さんが分かってくださっているそうなので,分かってくださっていることを期待して,終わりにさせていただきます。ありがとうございました。
【市川主査】  どうもありがとうございました。じゃ,田熊先生の御発表,先ほどの事務局の御報告ということに対して,御意見,御質問があれば,どうぞいつものように名札を立てて,御質問ください。
 じゃ,髙木委員,どうぞ。
【髙木委員】  田熊先生,御発表どうもありがとうございました。私も幾つかの外国で評価を見ていますが,質問を,3つさせてください。外国の傾向はよく分かったんですけれども,ちょっと分からないことが3点ありました。
 1つが,全体的な評価なものですから,これ,小中高のどの教育レベルで多く行われているかということが第1点。
 それから,それに関係しまして,第2点,大学入試でこの評価をどういうふうに使っているか。国によっても違うことは承知していますが,大学入試とこの評価との関係。
 3つ目が,評価対象の人数です。例えば,クラスサイズ,恐らくヨーロッパ圏が多かったから,20人か20人以下を対象にした,こういう細かい評価,特にAssessment for LearningとかAssessment of Learningあたりが,人数によってかなり評価の対象の仕方も変わってくると思いますので,その3点をお伺いしたいと思います。
【市川主査】  それでは,3人くらいの方に質問をまとめて出していただいてからお答えいただいて,また次のサイクルへというふうにしたいと思いますが,それでは,鈴木委員,どうぞ。
【鈴木委員】  まず,OECDがこのアティテュードについて,コンストラクトを幾つか出したというのは,非常に興味があると思いました。
 そして,1つ質問ですが,このアティテュードを,髙木委員もちょっとおっしゃったんですけれども,何のために用いるかと。基本的に,formative assessment,Assessment for Learningのために用いるために,OECDはこういう調査を実施しているのか。結局,もしこれをHigh stakeないしは特にAssessment of LearningのHigh stakeな状況に用いると,非常に問題が起きるというふうに先生はおっしゃりたいのでしょうか。お願いします。
【市川主査】  じゃ,もうお一方,渡瀬先生,お願いします。
【渡瀬委員】  田熊先生,ありがとうございました。お話にあったような評価ができるようになるといいなと思いました。2つ質問と,1つは意見です。
 1つ目の質問は,先ほど髙木先生がおっしゃいましたのと同じです。やっぱりformative assessmentをすればするほど,教師の評価にかける時間が長くなってくることが考えられるので,そうなったときの1クラスのサイズの問題。
 それから,もう一つは,student agencyの話の中に自己評価とかピア評価のことがありましたけれども,お話にあったようないろいろな国では,自己評価や相互評価についての規準ですとか尺度のようなものを生徒たちに示している例みたいなものはあるのでしょうかということです。
 最後は質問ではなくて意見ですけれども,やはりこのようなformative assessmentが充実していくためには,学びそのものが構成主義的な学びになっていかないと意味がないので,評価が変わることと学びの中身が変わっていくことというのは,セットでないといけないんだろうなと思いました。ありがとうございました。
【市川主査】  それでは,今,3人の委員の方に御質問いただきましたけれども,関連することもありますので,少しまとめて田熊先生の方からお願いいたします。
【田熊先生】  ありがとうございます。まず,学校レベルなんですけれども,時間の関係上,ちょうどカットした部分なので,御質問ありがとうございました。まず,小学校段階においての評価,formative assessmentが一番実践しやすいということがあります。先ほどフレームワークを作っている国を御紹介したんですけれども,多くの国が,まずはISCED1というのは,小学校から始まり,中学校,高校に行っている例があります。
 大学入試との関係という御質問が2つ出ているんですけれども,やはりここでは大学入試自体が日本では改革されていると伺っておりますので,そことの整合性というのも必要になってくるのではないかと思います。大学入試では,海外ではやはり制度としてそういった資質・能力ということを客観に入れるというよりも,現在ではやはり日本では,アドミッションオフィスのような形で見ているかと思うんですけれども,そういったところに入れることがあることと,あと,私立の大学と公立の大学で変わっているところもあるので,海外では一律にこうであるということは言えません。
 3つ目の,アティテュードを何のために測るのかということで,では,Assessment of Learningではだめなのかということではなくて,実態調査として,多くの国がアティテュードというものを捉えるときには,Assessment for Learningで捉えているという現時点での調査の御報告で,OECDとしてこれはこれに使えないという判断をしているわけではありません。
 お二方から御質問があった,1つのクラスサイズなんですけれども,ここで皆さん御存じのとおり,日本のクラスサイズというものがほかの国に比べて大きいということがあるんですけれども,そこで先生方の労力が大きくなるということは,一つ否めない事実かと思います。その中で,最後に御紹介しました,やはりICTを使うというところは,まず,評価に使う前に,煩雑な日常のいろいろな業務がICTによって,先生方の自由な時間が増えれば,それが実際に教えること,また,評価に使われることという方向で,いろいろな国では,まずは事務のところのICT化をどんどん図っていくという方向に動いています。
 そのほかに,student agencyなんですけれども,これは先ほど少しカナダのブリティッシュコロンビアの例を御紹介させていただきましたけれども,やはりその評価のやり方ですとか,そういったものをどんどん客観的にしていくという方向でガイドラインを作ったり,また,その評価の仕方でも,単なる生徒の自分の意見だけではなく,客観的な材料をどう見せていくかといった手法も例の中に,ガイドラインの中にも入っています。
 以上,まとめてお答えしました。
【市川主査】  どうもありがとうございました。
 ほかの委員の方,いかがでしょうか。
 それでは,私からも伺いたいんですけれども,今,教師の自由裁量がかなり大きい国もあるということだったんですが,そういう国と比較した場合,日本はどうなのかということで,日本では,一方は学級王国というような言葉もあって,先生はかなり――学級王国という言葉,御存じですか。クラスルームはティーチャーのキングダムであるというような表現もありまして,教室に行ってしまえば,先生はもう自分で自由にできるという,これは一つの日本の教育の側面は捉えていますが,一方では,かなり学習指導要領とか,それから,先生にそれが下りていくまでの間に教育委員会が入ったり,学校でこういうふうにしていくというようなところをかなり決めているところもあります。そういう意味では,教師の裁量が少ないのかもしれないと。
 一番私が気になるのは,例えば,外国の場合に,教育委員会とか,学校でこういうふうにしましょうみたいな取り決めとか,そういうことというのは余り入ってこないのでしょうか。
【田熊先生】  ありがとうございます。この自由裁量の課題というのは,そもそもの教育制度がもともと,例えば,北欧の国ですと,本当に小さなmunicipality,国というよりも,スウェーデンなんかでは,先ほど出さなかったんですけれども,フレームワークもありません。全て自由裁量ですということで,学校の自治があるスウェーデンだとか,オランダだとかベルギーなんかでは,やはり必然的に自由裁量が多くなっているんですが,これらの国が抱えている課題というのは,学校の自治があるので,いろいろなツールがばらばらに出てきてしまう。そうすると,そういったところで出てきた結果というものは,さっきの2つのAssessment,ofとforになりますけれども,違うものを比べることはできないので,先ほどの文部科学省の白井室長からの意見というところにもありましたけれども,そのときにどこまで,どういったものを一律にしてAssessment ofの方に使って,どこからがやはりそういったstakeがないもので,学校のまさに本当に生徒の学びが上がれば,その結果よりもプロセスが重要なのだというところの線引きというのは各国によって異なるので,教育委員会が強い国もあれば,又は地方の自治体が強い国もあれば,国が強いものもあるので,OECDではどのモデルが一番いいということは言っていないんですが,やはり全体にエビデンスを見ますと,学校の自治がある国の方が,いろいろなイノベーションが出てくるものも多い反面,equityの公平性に対する課題というのは多いという。どちらにおいても,やはり課題というのは出てきています。
【市川主査】  教師の自由裁量といっても,教師個人個人だけではなくて,学校としての話し合いとか統一というのは,結構,例えば,北欧の国でも取っているということでしょうか。
【田熊先生】  そうですね。そうすると,北欧の国では,先生同士の学校内での協力を超えて,学校外での教科,数学の先生同士がいろいろな学校から知恵を出し合うようなランニングサイクルみたいなものもできているので,自由裁量があればあるほど,実はコラボレーションが進んでいるという事例もあります。
【市川主査】  ありがとうございます。
 ほかの委員の方,いかがでしょうか。無藤先生,どうぞ。
【無藤教育課程副部会長】  質問があるんですけれども,日本の場合に,formative assessmentとsummative assessmentと意識されて行われていると思うんですが,これは私の意見でありますけれども,日本の学校は通常,学校から保護者及び子供に通知表というものを出すわけですが,それがformativeなのかsummativeなのか,両面を含んでいるようなものなんだと思うのですけれども,それと連動しながら学校でやっている評価が,通知表を作るためといいますか,すごく連動していて,formativeとsummativeが何となくくっついている感じというのが私の印象なんですけれども,OECDの調査の中では,そのあたりの教師が行う評価と,それを保護者及び子供にフィードバックすることの在り方についても触れていると思うのですけれど,そのあたりから見て,日本の在り方の特徴とかというのはいかがなんでしょうか。
【市川主査】  それでは,鈴木委員,お願いします。
【鈴木委員】  田熊先生が先ほど,北欧で各学校の先生方が,評価のある程度統一みたいなことをやっているとおっしゃったような気がしますが,これはアティテュードについてのコンパラビリティーを取るためでしょうか。それとも,普通のサブジェクトの評価のコンパラビリティーを取るためでしょうか。どちらのことをおっしゃったのでしょうか。
【市川主査】  それでは,お願いいたします。
【田熊先生】  まず,テクニカルなので,北欧ではなくて,オランダの例を御紹介させていただいたんですけれども,これはアティテュードがアティテュードだけのために統一したものを測るというのではなくて,そもそも国語と算数の小学校の中で学力を測るという中にアティテュードも入っているという形です。やはりかなりコストの掛かることなので,統一されたものを集めるということは。コンピテンシーの評価というのは,アティテュードだけを取り除いてすることではなくて,やはりコンピテンシーというのは,知識とスキルと,そして,アティテュードも含めてパフォーマンスができるということなので,ここであえてまたそれを分断すると,コンピテンシーの流れと逆の方向に行ってしまうと思うので,ホリスティックにどう捉えて,教えられて,またそれをホリスティックにどう評価できるのかというのは,非常に難しい課題のあることなので,さっき御紹介したように,やはりカリキュラムをコンピテンシーベースに変えることの方が簡単なので,そちらの方と評価のパフォーマンスベースというのが時差があるのが,多くの国で見られています。
 無藤先生の御質問は,まさに通知表でも,formativeとsummativeがくっついている感じというのは,ほかの国でも同じように,assessmentという言葉を聞いただけで,どこの国の生徒でも,ストレスの掛かるものということで,自分の学びをサポートしてくれるものという意識がないので,まずそこの意識改革というか,評価の文化を変えていくというところに,どう変えていけばいいのかというところで,例えば,通知表でも,両方が同じものであると,同じものに恐らく生徒さんも保護者さんも感じると思うので,それが別々のような形で通知がされるですとか,その2つの違いをどう伝えていくのかというのは,先ほど申しましたように,言葉選び,伝え方,又はその実施の方法でも,いろいろな国で工夫をされているところです。
【市川主査】  ありがとうございました。
 じゃ,石井委員,どうぞ。
【石井委員】  少し田熊先生の方からの報告を補うような形になるのかなと思いますが,私もそういったAssessment for Learningであるとか,さらに言えば,Assessment as Learning,学習としての評価と。つまり,学習評価が,それ自体が学習の中に埋め込まれているというような考え方になりますが,そういったところを研究しているところがありますので,それで言えば,大きく言えば,評価の考え方として,報告ベースというか,学校から外側に一方的に報告するというふうなことから,コミュニケーションベースに評価の考え方といったものを転換していくというふうな流れが国際的に見られるのかなという気はしています。
 報告ということで言うと,評定のシステムをどういうふうに作っていくのか。今回の指導要録の改訂というのは,どちらかというと,制度的な枠組み,そこをどうするのかという議論になるわけですが,コミュニケーションベースというか,まさにAssessment for Learningであるとか,Assessment as Learningというふうなことで言えば,先生方の現場での子供との間のコミュニケーション,これをどういうふうに豊かにしていくのか。その中で評価行為といったものを活性化していくという方向性になってくるのかなと思います。
 ですから,今回,指導要録ということで,どちらかというと,評定論の方に寄せて議論がされがちなところがありますけれども,大きく先生方の現場の評価リテラシーであるとか,評価の自分たちのシステムを自分たちで作っていく。それをサポートするという観点で,全体の枠組みを考えていくことが大事なのかなという気はしています。
 例えば,フィンランドであれば,あそこはアティテュードだけをやっているんじゃなくて,まさにトータルに思考力であるとか,知識であるとか,そういったものを見る,そういった思考力を見るようなパフォーマンス評価に当たるようなものをやって,プロジェクト型をやって,それぞれの評価をするときには,現場の先生が専門的な見識でもって評価していく。その評価がちゃんと妥当性であるとか,信頼性があるかどうかということを調整するために,例えば,学力テストを使うというシステムだったと思うんですね。
 ですから,学力テストは何か生徒の点数を出すということよりも,それぞれの先生方が課題を自分たちで作って,それを評価する,それをお互いにモデレーションするというか,調整するための,その指標として使われているというシステムであったかと思います。ですから,それは評定して全体にテストスコアを出してということではなくて,むしろ先生方が評価する力を高めていくための,そういうふうな,そこを励ますようなシステムの構築になっていたかと思います。
 ですので,今回の議論といったものも,そういうふうに,全体に,トータルに先生方の評価力量を上げていく,現場での評価を豊かにしていくような方向で考えていくことが大事かなと。そうすると,関心・意欲・態度の評価というのも,評定ではなくて,むしろ現場において実際に授業の中で実質的に子供たちが情意的な部分も含めて育っていくように考えていく。だから,それは必ずしも関心・意欲・態度を評定するというAssessment of Learningじゃなくて,やはりAssessment for Learningをベースに考えていくということかなと思いながら,聞いていました。意見になりますけど。
【市川主査】  御意見ということでよろしいでしょうか。
【石井委員】  はい。
【市川主査】  ありがとうございます。
 それでは,以上でよろしいでしょうか。秋田委員,どうぞ。
【秋田委員】  1点は明確にするための質問で,もう一点は意見です。
 1点は,本日最初にお示しいただいた教員の裁量ということのグラフなんですけれども,先ほど髙木委員等からも御指摘があった,これは小中高のどの段階のものを示しているグラフなのかということについて,客観的に正確な学校種を教えていただきたいということです。
 それから,もう一点は,本日御指摘いただいて,石井委員の意見とつながる部分かと思います。第4点目の指摘に関してです。タイムラグというものがカリキュラム,ここで言えば,新学習指導要領の改訂と,それから,assessment practiceの間にタイムラグがあるという問題があると同時に,恐らくカリキュラムのリデザインと同時に,assessmentのフレームワークのリデザインと,その実施,つまりインプリメンテーションとの間にも恐らくタイムラグがあります。それらの間を埋めていくことが非常に必要だと感じます。そのためには,先ほどの田熊先生や石井委員のお話のように,言説を変える必要性,たとえば評価をコミュニケーションや対話としての意味で捉えることが必要に思います。学校の評価の文化を変えるというのは,教員の評価意識を変えるということを意味するので,非常に難しい問題なのではないかと思っております。このあたりを今後どのように考えていくのかということがとても重要かと思われます。
 この中の例にECEC,幼児教育の例が紹介されています。幼児教育では評定は非常に難しいので,ドキュメンテーションやラーニング・ストーリーのようなものを,ポートフォリオを使うなどの形が国際的にも広がってきているわけです。こうした方法がいわゆるコンピテンシーベースの教科を超えた汎用性のある資質・能力等のところに可能性があるのではないかと考えます。そして,そういう形で意識を変え,言葉を変えた活動を導入しつつ,計画策定と実践実施タイムラグを縮めていく努力も必要なのではないかと今,お二人の意見を聞いていて,感じたところであります。もし何かこのタイムラグについても補足があれば,田熊さんの方からお話を伺いたいと思います。
 以上です。
【市川主査】  それでは,田熊先生,よろしいでしょうか。
【田熊先生】  グラフについてなんですけれども,テクニカルに問診票,国際比較で言うとISCED2,中学校に問診を掛けた比較になっています。
【市川主査】  ひとまずよろしいでしょうか。
 それでは,どうもありがとうございました。
 じゃ,お願いします。
【伊藤委員】  先ほど石井委員さんからも,コミュニケーションベースでの評価,これをどのように今から豊かにしていくかというお話があったかと思うのですが,日本の場合,先ほどありましたように,クラスサイズが非常に大きい。この大きなクラスサイズの中でどのように教員と生徒がコミュニケーションを豊かにしていくかということに非常に苦慮しているところだと思います。そこでもし諸外国の状況の中で御示唆いただけるものがあれば,お願いしたいと思うのですが,いかがでしょうか。
【田熊先生】  クラスサイズについては,やはりクラスサイズを変えるということが非常に制度としてもコストの掛かることなので,やはりここを変えていくのか,又はそれをサポートするようなリソースを使っていくのかということになっていくかと思うんですけれども,制度として変える場合は,やはりクラスサイズを見たときに,どの国でも財務省さんの方で,クラスサイズを変えることによってパフォーマンスはどうなったんだという,いわゆるsummative assessmentの方が求められるところが矛盾になってくると思うんですけれども,ここはエビデンスの使い方で,クラスサイズを変えたことによって,それが直結して学力以外の何かエビデンスとして変えたことによって,何かの上昇が当たったというエビデンスの構築,長い道のりにはなりますけれども,そういった大きなことを変えるには,そういったところを根本的に変えなければいけないなということです。そのエビデンスを構築している間には,やはりアディショナルなリソースとして,そういった幾つかエクスターナルな人たちの助けを使うということもありますので,先生が全てをやろうとするのではなくて,どういった形で教育に対するそれぞれの責任を,分業制ではなくて,shared responsibility,みんなでどう責任を共有していくかというモデルが日本ならではの,特に皆さんの協力が,非常に教員の質の高い国ですので,新しいそういった評価モデルということを,私たちが海外のものの事例を御紹介ではなくて,是非日本の事例を海外に紹介させていただきたいと思いますので,カリキュラム改定を機会に,新しいモデルを委員の皆さんでお考えいただければと思います。
【市川主査】  よろしいでしょうか。どうもありがとうございました。
 それでは,ここからは,教育を受けている,あるいは受けてきた立場の学生の皆様の発表に移りたいと思います。
 本日は高校生2名,高校を本年3月に卒業なさいました新社会人1名,大学生2名にお話を頂きたいと思います。
 それでは,まずは私立高校の3年生の粂井龍三さんから,意見発表をお願いいたします。
【粂井氏】  こんにちは。粂井龍三です。今回は高校生の意見ということで,僕のふだんから感じる意見というのを紹介していきたいと思います。
 僕が今感じていることとして,中高生のことを思い出していたんですけど,5段階評価という,今,3から10の8段階評価なんですが通知表で数字だけ示されても分からないので,中身をもっと提示してほしいと思います。
 具体的にどんな感じにしてほしいかというと,教科ごとに評価観点を幾つか定め,それぞれの評価の合計点によって成績を確定する。例えば,国語だったら,国語で評価するのは,この3つですと。定期テストの点数,授業態度,提出物,この合計点をそれぞれ足して,こういうふうに5段階評価で何点以上は5,何点から何点は4というふうに定めてほしいというのがあります。
 何でこういう意見になったかというのに関しては,2つ主な理由があります。1つ目が,今まで振り返ってきて,小学校の頃は,僕,通知表は,左,真ん中,右で,「いい」「普通」「悪い」みたいな感じで,観点がばーっと並んでいて,そこに丸がプロットされていくんですね。だから,僕,授業態度が悪かったんだなとか,反省できました。本当に何がいい,だめかというのを具体的に分かっていたんです。でも,中高になると,さっき言ったように,5から10の数字だけと。そうすると,数字での評価だけでは,そう評価された理由を推測することしかできないということがあります。
 また,生徒が,何で僕たちが学校で一生懸命成績を取ろうとするのかというのを考えたときに,まず,進級判断,僕は留年せずに上の学年に行けるのかなとか,あと,進学判断,大学受験とか高校受験のときに成績って大いに見られるので,そのときに僕は志望校に行けるか,すごく気になります。あと,現状把握という,今,僕がどんな感じなのかなというのが主な目的だと思います。
 僕たちは,評価されるのは数字だけなので,内容は見られないので,内容よりも数字を重視します。でも,現状把握のためには,数字よりも中身を知りたいと。ここでまずすれ違いが起きてしまっていて,しかも現状把握自体も,進級,進学のためにするものなので,結局は中身よりも数字の方が断然重視されているのではないかなと思いました。
 あと,もう一個ありまして,もちろん各教科の先生によって成績が付けられるんですけれども,生徒に対するイメージがとても反映されていると僕は思っていまして,例えば,僕もそうだったんですけど,生活態度がよろしくなかったんですね。でも,授業態度はちゃんとよかったんです。でも,先生に,定期テストも一生懸命頑張って取ったのに,いい成績が付かないんです。何でって先生に聞いたら,授業態度が悪いからみたいなことを言われました。
 しかも先生によっては,「おまえはこれだ」と,一点張りで教えてくれない先生もいるんです。ほかにも,女の子で,美術の評定が4だったんです。親が怒って学校に電話したら,評定が5に上がるみたいな,そういうことも実際,僕の周りでは起きているんです。こういうふうに曖昧であると,数字だけで提示されると,中身が分からずに,先生のイメージだけで勝手に付けられているのかというふうに,僕も不信感が湧きますし,先生からも,何だこいつみたいになるので,そういうのを考えても,明確にした方がいいと思います。ひいきがあるとか,女子は何で先生は甘いのに,男子には厳しいんだみたいなことも実際起きていました。
 もう一個,先生によって観点の重みが違うんです。授業態度をとても重視する先生もいるし,テストだけで判断するという先生もいます。そうすると,どう努力していけばよいのか本当に分かりにくいんです。僕,定期テストが余りできないから,授業態度で頑張ろうと思ってやっても,その先生は定期テストしか見ないみたいな,そういうふうになると,努力の仕方も分からず,成績が上がりにくいです。
 なので,最後,もう一個同じなんですけど,こういうふうに具体的に,私たちはこの観点で判断します,そして,このように点数を付けてこうしますというと,僕は定期テストがちょっと高かった,よかった,授業態度をもうちょっと頑張ろうとか,先生も,何で僕こんなに低いんですかといったときに,君の成績はこうです,だからこういうふうにやってくださいということで,生徒と先生の間の不満も解消されるみたいな感じで,すごくいい評価になっていくんではないかなと思います。
 以上で発表を終わります。
【市川主査】  どうもありがとうございました。高校生の立場からの御不満というのがかなり率直に聞けましたので,日本の教育システム,何もこちらの高校だけに限らないと思うんですが,生徒さんから見ると,そういうところが不満であるというのが非常によく分かる御発表でした。
 それでは,続きまして,2番目になりますけれども,同じく公立学校3年生の西澤亮輔さんから意見発表をお願いいたします。
【西澤氏】  皆さん,こんにちは。私は福島県に住んでいまして,公立高校の立場から,現在の学習評価の意見と題しまして,私の考えを述べていきたいと思います。
 現状の学習評価方法とその目的です。現在の評価方法は,先ほどは3から10とか,あったんですが,僕の高校はまだ1から5段階の通知表という形で評価されていまして,定期考査の点数や提出物が主な学習評価方法になっております。
 次に,評価規準なんですが,これは昔の評価の要領らしくて,新課程の要領にも,主体性というものが組み込まれている以上,授業中の取組というものも少なからず評価に反映してくると考えています。
 しかし,現状といたしましては,点数だけで評定が決まってしまうこともありました。実際に私の体験なのですが,私の高校は2期制で,前期と後期に分かれているのですが,前期の最後に,評点といった形で,80点以上が5の目安みたいな感じで評点が出されるんですが,その評点の出され方が,1回目の定期考査と2回目の定期考査を足して2で割った数字がそのまま評点で返ってきたことがありました。これは明らかに定期考査の点数しか見られていないのではないか。そこで私は,現在の評価規準と学校での現在の評価方法にギャップを感じました。
 そこで,授業中の取組を評価に入れるための枠組みをもう一回作り直す,もう一回考え直す必要があるのではないかと考えています。そこで,どんな生徒を評価すべきか,授業中のどんな取組を評価すべきかということを考えていました。現在,そういったアクティブ・ラーニングなどを推進していると聞いています。そういうことを加味しても,昔は積極的に手を挙げる生徒,授業を真面目に聞く生徒などありましたが,小学校の頃は積極的に手を挙げる生徒などが本当に目立って,先生からの評価も高かったんですが,高校になってくると,少なくとも私の周りでは積極的に手を挙げる機会などはなくて,評価方法にもなりにくいと考えました。
 そこで,私は,友達と関わり,友達の成績を伸ばした生徒,つまり,他者への貢献というものを意識した生徒評価をすべきなのではないかと考えています。この評価方法を導入する利点としましては,当たり前ですが,今まで評価されなかったことが明確に評価される。他者への貢献ということで,今まではほかの人に勉強を教えて,ほかの人,その人が成績が上がったとしても,それは自分の評価にはならなかったんですね。でも,それが明確に評価されることで,生徒のやる気が確実に向上します。そして,他者への貢献ということで,相手の成績も向上しますし,よく言う,相手に教えるためにはそれ以上の理解が必要だといったこともありますので,自分の成績も上がるのではないかと考えています。さらにこれも考えられますが,生徒が相互的に教え合うことが期待されます。
 そこで,授業が新しい形で活発化する。先ほど高校では手を挙げる生徒がほとんどいないというふうな形で,なかなか授業が,先生から生徒への片方向での授業になっていたんですが,こういった取組をなすことで,授業が新しい形で活発化するのではないかと考えています。
 さらには,これは性格的な面なんですが,利己的だった人が利他的になることが期待されます。
 さらには,先ほど言いましたが,アクティブ・ラーニングの効果などが評価に反映されると考えています。アクティブ・ラーニングなどで推進するのにもかかわらず,評価の反映の仕方が1から5段階といった形では,先ほど粂井君が述べたとおり,見えにくいんですね。なので,アクティブ・ラーニングの効果が評価に反映されるといった目的でも,こういった評価方法を導入する利点はあると思います。
 その評価方法なども一応考えてみたんですが,これはまだ自分の中でも結論は正直,出ていません。生徒には,様々な個性があります。私は,高校ではウナギの養殖などをしてきたんです。そのウナギの養殖などをするに当たって,様々なメディアでも取り扱っていただいたんですが,やはりリーダーシップがとれる,メディア向けに対応できる人だったり,それ以外の人もちゃんとウナギの面倒を毎日見てくれる生徒だったり,縁の下の力持ちみたいな,様々な個性があるんですね。先ほど手を挙げた生徒が優秀だといった形もありましたが,やっぱり生徒には様々な個性がある。そこでは発言の回数ではなく,内容に重点を置くべきだと考えています。
 そこで,評価方法なのですが,的確な意見の回数などを教員が観察する,あとは自己評価,さらには生徒同士の相互評価などが挙げられます。私の学校はSSHで,特に理科などを探究するといったクラスで,探究クラスというのがあったんですが,その探究クラスの最後の評価の時間に,探究クラスの生徒の名簿が全員分渡されて,特に頑張っていた人を丸するみたいな,そういった評価方法もあったので,これを生徒同士の相互評価でも測れると考えています。
 まとめになります。現在は定期考査偏重の学習評価になっています。そこで,私は,授業中の生徒の取組を評価すべきだと考えました。その中でも,授業中の生徒の取組といっても様々ありますが,他者の成績を伸ばした生徒を評価するのがよいのではないかと考えています。
 導入するメリットといたしましては,新しい形での授業の活発化,生徒のやる気向上,さらには,アクティブ・ラーニングの効果の反映などが考えられます。この評価方法は,教育界に新しい風を吹かせる可能性ありと,ちょっと最後に載せてみました。
 御清聴ありがとうございました。
【市川主査】  どうもありがとうございました。授業中の取組を評価する,特に生徒同士のコラボレーションとか,こういうことも評価に入れていくとか,それから,発言の回数だけではなくて,質的なものの評価とか,今,実践としては試みているところもあると思うんですけれども,これをどう評価に結び付けるかとなると,日本ではまだまだというところがあります。いい提言をありがとうございました。
 それでは,次,3番目なんですが,福田さんが少し遅れて……,いらっしゃった。大丈夫ですか。途中,本日交通がかなり混雑しておりまして,大変だったと思いますけれども,ありがとうございます。
 本年3月に高校を卒業して,4月からは新社会人として市役所で勤務していらっしゃるという福田夏希さんから,意見発表をお願いいたします。
【福田氏】  まずは遅れてしまいましたことをおわび申し上げます。すみませんでした。
 長野県から参りました福田と申します。このような場に参加することがまれでして,拙い部分もあるかとは存じますが,御容赦いただければと思います。
 では,5分ということですので,手短に個人的な意見を述べさせていただきます。
 まず,私は,商業科と工業科が併合された高校に通っており,商業科に所属しておりました。母校の商業科では,学校内で付けられる成績だけではなくて,授業や部活を通して地域と関わる内容がございまして,そこでの地域活動での評価が学校での評価に反映される授業があるのが特徴となっております。
 まず,私,前のお二方と違って,やはり就職ですので,学校での評価は余り重要視しておりませんでした。私自身が,テストの点で見ましても,授業の点数は大体いつもの授業を聞いていれば,少し問題が変わっていたりするだけですので,平均点は確実に取れていましたし,授業態度も特には問題ございませんでしたので,平均でも3.5の評定は頂けていました。
 そして,私は,就職の際に推薦という形を取ろうと当時思っていまして,その際に必要なのが,学力というよりも,特に面接の際の話す力の方が重要視されました。ですので,余り授業やテストの点,学校での評価というところには力を入れておりませんでした。
 さらにと言っては語弊があるとは思うのですが,学校での評価,こちらが母校では10段階評価で付けておりまして,本当でしたら,成績を上げようというふうに努力するのですが,問題がなかったということもあるのかと思いますが,先生方からは,点数がちょっと低かったとしても,たまに本当にまれに,もう少し頑張ろうというふうに言われるぐらいで,年に2回言われればいい方かなというぐらいで,特に何も言われなかったので,自己評価を付けることができず,なかなか自分事として評定を受け入れることができなかったというのがあります。
 反対に,授業や部活での地域活動や販売実習などには,私,力を入れて取り組んでおりました。母校では,地域人教育という活動があるんですが,その一環で,1年次から地域について学び,地元のイベントとボランティアに参加する授業がございました。簡単に説明すると,地域人教育って,地域を愛し,理解して,地域に貢献する人材を育てるという活動なんです。その中で,自分たちで地域の課題を発見して,解決する策を講じて,実践するということをやっておりました。例えば,商品開発,地元の食材を使って作れる商品を考え,協力してくれそうな農家の方や企業と交渉し,出来上がった商品をイベントなどで販売して,その際に頂いたレビュー等を次回につなげていくということをしておりました。
 そうすると,曲がりなりにも企業の方と話したりもしますので,社会に混ざって活動することになります。すると,先ほど申しましたように,学校の授業に地域の評価が入ってくるんです。そうすると,学校の先生だけでなく,地域の方が先生になるんです。そうすると,学校の授業よりも,より服装,言葉遣い,態度,休憩中の話し方まで注意されることがございました。しかも,テストのたびに言葉がもらえるわけでもなく,まれに言われるぐらいの私には,気になったらその都度ぴしぴしと言ってくださる地域の方々の評価の方が,ここが悪かったんだというふうに自分にフィードバックできるので,より自分事として考えられ,自己を向上させることになったのではないかなと思っています。現在でも,例えば,電話対応などにも役立っているのではないかなと思っております。
 このことから,私は,自分が他人からどのように見えているのかを認識するために,先生方の負担は増えると思うのですが,学校の授業内でも,テストの際だけでもいいので,どういう点がよかった,どういう点をもう少し頑張ってほしい,という一言だけでも毎回頂ければ,自分を向上させるための一つのきっかけになると考えます。
 以上で,私の話を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。
【市川主査】  どうもありがとうございました。地域での活動などもしながら,地域の人も評価に入ってくるなんていうのは,非常に今求められていることでもあると思うんですが,日本ではまだまだという感じですので,非常に参考になりました。ありがとうございます。
 それでは,次に,大学生の宮崎理央さんから意見発表をお願いしたいと思います。
【宮崎氏】  本日は,このような会議に呼んでいただきまして,誠にありがとうございます。宮崎理央と申します。
 私は,和歌山県で18年間生まれ育ちまして,地元の公立小学校,中学校,そして,高校を卒業しました。大学なんですけれども,私は推薦入試で大学を受験したために,評定というのも評価の対象となったので,かなり自分の中でも大きなポイントだったと思っています。
 その評価方法に対して,私の経験から2点,申し上げたいと思います。
 まず1つ目として,さっき秋田先生が少しおっしゃっていらっしゃったことと重なるんですけれども,私の高校とかは特に昔の価値観というか,今ここで話し合われているようなことではなく,ちょっとタイムラグがあるような教育というのが実際に行われているという,そういう評価も行われているということがまず1つ目です。
 私の通っていた高校では,高校の先生から,評定の付け方として,10段階評価のうち,提出物や授業態度などの意欲点というものが2割,そして,小テストや定期テストなどのテストの点数というものが8割で評価されるというふうに聞いたことがあります。評定の全体を100点とすると,授業中に寝たらマイナス1点,発言したらプラス1点といったように,学力とは直接関係のないことをポイント化して評価を付けているという現状が実際にありました。これは少なくとも私が高校を卒業した4か月,5か月ぐらい前までは実際に行われていたことで,もしかしたら今も行われているかもしれません。なかなかこのような場所で発表することはないので,表には出ないと思いますが,そういう現状があるということをここでお伝えしたいなと思い,話させていただきました。
これだと,能力がある子ではなくて,真面目に授業を聞く子,それから,積極的に発言する子というのが評価されてしまいますので,それらを意欲として評価し,それによって評定値を上下させるというのは,評価の正当性に欠けていると思います。関心・意欲・態度という観点でポイントを付けたとしても,それは科目に対する意欲ではなくて,授業に真面目に取り組むという意欲なので,本来評価するべき点とすり替わってしまっていると,私は思っていました。
 これだと,能力がある子ではなくて,真面目に授業を聞く子,それから,積極的に発言する子というのが評価されてしまいますので,それらを意欲として評価し,それによって評定値を上下させるというのは,評価の正当性に欠けていると思います。関心・意欲・態度という観点でポイントを付けたとしても,それは科目に対する意欲ではなくて,授業に真面目に取り組むという意欲なので,本来評価するべき点とすり替わってしまっていると,私は思っていました。
 特に地方の高校では,このようなローカルルールみたいなものが根強く残っている可能性というのが,多分,私の高校以外にもあると思うので,そういったことの,先生の認識とか意識の改革だったり,再確認をしたりする必要があると思います。
 さっき秋田先生もおっしゃられていたように,これはとても難しいことだと私は思っています。なかなか自分では解決策というか,何か手を打つ方法というのが思い付かなくて,ここでは提案することはできないんですけれども,そこについて自分も教育学部で学んでいるので,考えていきたいなと思っています。
 それでは,2点目の方に移らせていただきます。2点目は,私は,OECDのイノベーションスクールネットワークというプロジェクトの一環で,和歌山クラスターというグループの中で高校3年間活動していました。そういった校外活動を,授業が行われる教科とは直接結び付かない,そういったものをいかに評価するかということが,私は評定を付ける中で重要なポイントだと思っています。
 高校1年生のときに,私は,地方創生であったり,国際交流活動を行う委員会というのを,自分の学校に立ち上げました。地元で国際交流イベントを主催したりだとか,行政と協力して,地元の観光業を活性化させるための取組というのを,3年間通して行ってきました。そういったものはテストの点数のように努力が数値化されなくて,学校の評価にも盛り込まれないということは,私はすごく頑張ってきたので,そういったことが,校外活動の実績を数値ではない形で評価に盛り込んでもらえたら,自分の評価というものの幅が広がるんじゃないかなというふうに思います。
 私自身,大学を受験する際に,評定を使ったような調査書というものはもちろん使いましたし,評定の基準というものももちろんありましたが,それ以外にも,自分自身の活動経験というのを自分で評価したものであったりだとか,学校の先生に推薦書を書いていただいたりだとか,活動実績の書類,自分がどういうことをしてきたのかということを証明するものを集めて,大学に提出するということをしたので,そういったものが学校の評定というものにも盛り込まれていったら,更にその子がどういうことをしてきて,どういうコンピテンシーがあるのかということを判断する材料になるかなと私は考えています。
 校外活動の客観的,主観的な評価というのを組み込むことによって,大学受験に当たっても評価されるべきだと私は考えています。これからの時代だと,高校では探究の授業が追加されたりだとか,大学の入試制度も,AO入試や,あとは推薦の入試もこれからどんどん今までより増えていくと思うので,そういった中でやっぱり校外活動の実績というのは,必要なコンピテンシーを判断する重要な一つだと私は考えています。
 こういったことを言わせていただいたんですけれども,私からどういうふうに具体的にしたらいいのかということは,自分の中でもいろいろ考えてみたんですけど,なかなか大人の方たちもすごくいろいろ考えていると思うので,実際,こういう現状があるということを知っていただいて,そこからまた皆さんと一緒にこれからどうしていったらいいのかというのを私は考えたいと思っているので,これで私の発表を終わりにさせていただきたいと思います。
 以上です。ありがとうございました。
【市川主査】  どうもありがとうございました。これまでの評価,自分が受けてきた評価の現状と同時に,これからの評価として,校外の活動も含めた,そういうことをどうやって評価に盛り込んでもらうかというようなお話もあったと思います。
 それでは,最後になりますが,留学して,海外の大学で勉強しているという山本つぼみさんから意見発表をお願いいたします。
【山本氏】  皆さん,こんにちは。山本つぼみと申します。
 私は,小学校から高校まで,大阪府箕面市の公立校に通っていました。今はアメリカコネチカット州にある大学に通っていて,来月から2年生になります。本日は,自分自身の経験を基に,日米の評価方法の違い,3点,3つの違いをお話しさせていただきたいと思っています。よろしくお願いします。
 1点目の違いは,授業の参加態度に対する評価の違い,2点目は,生徒の成長に対する評価の違い,3点目は,日々のパフォーマンスに対する評価の違いになっています。
 まず初めに,1つ目,授業の参加態度に対する評価の違いですけど,日本の場合は,もちろん発言したりすることというのは評価の対象にはなっていますが,どちらかというと,静かに座って先生の話を聞いているというのが,評価の対象になっているのかなと感じております。
 実際に,自分自身の経験から申し上げますと,小学校から高校まで,静かに座って先生の話を聞いていたら,やっぱり関心・意欲・態度のところはなぜか満点がいつも付いていました。ただ,そうなると,どうしても受動的な学習姿勢にはなっていたなと思っています。
 ただ,実際,アメリカに行って驚いたことというのは,そういうふうに私が日本の学校でやっていたように,静かに座っているだけでは,関心・意欲・態度の評価の部分というのは0点です。何で0点かというと,発言してこそクラスに貢献しているという考え方が,アメリカのクラスルームにはあります。なので,そういう価値観の下だと,自然に生徒が積極的に授業に参加して,生徒主体のクラスルームというのが,アメリカでは出来上がっていました。
 次,2点目です。2点目は,生徒の成長に対する評価の違いです。日本の学校では,評価というのは,全員同じ基準で行われていると思います。例えば,体育の授業とかを思い出してみてください。足の速い人と遅い人というのは,同じ基準でどうしても比べられていると思います。なので,足の遅い人というのは,どうしても評価されるときには不利になってしまいます。私自身も,余り運動神経がよくなかったので,体育の授業というのはどれだけ努力しても,やっぱりなかなかいい成績を取ることは難しかったです。なので,そういうふうに苦手科目がある子にとっては,苦手科目に対してより苦手意識というのを生んでしまう可能性があると考えています。
 一方,アメリカでは,生徒の成長度合いというのを評価規準に取り入れています。例えば,私の大学の体育の授業では,1回目と最後の授業を比べて,どれくらい重いダンベルを持ち上げられるようになったか,どれくらい速く走れるようになったかというのを評価規準に取り入れて,最終的な成績を付けています。
 あと,私が受講したライティングの授業では,同じエッセーを2回提出しています。1回目提出して,先生やクラスメートからフィードバックをもらって,そのフィードバックを基に改善して,2回目,提出しています。先生はどこを見ているかというと,1回目と2回目のエッセーがどれだけよくなっているか,どれだけフィードバックを受け止めて改善できているかというのを評価の対象にしています。なので,ライティングとか,体育とか,そういうのがもともと苦手科目の生徒にとっても,その分,伸びしろがあるので,意欲的に学習に取り組んでいるなと感じています。
 最後に,3点目ですね。3点目は,日々のパフォーマンスに対する評価,この日々のパフォーマンスというのは,毎日提出する宿題とか,小テストのことになります。ですが,日本では,大体8割程度が定期テストによって付けられていると思います。なので,テスト前にまとめてみんな頑張って勉強するけど,日々の授業の様子はどうかというと,かなりおろそかになっているのではないかなと感じています。実際,私の高校の国語の授業でも,3分の1が寝ていて,3分の2がほかの科目の勉強をしていたり,塾の宿題をやっているという現状がありました。
 一方,アメリカの場合は,どちらかというと,日々のパフォーマンスを重視した評価になっています。例えば,私が昨年大学で受講した数学のクラスで言いますと,2割が宿題,2割が小テスト,残り6割が定期テストという付けられ方になっています。定期テストも,大体1か月から1か月半に1回というペースで,かなり高い頻度で行われていました。なので,小テストとか宿題でいい評価を取るためには,日々の学習というのがかなり必要になってきて,なので,必然的に毎日こつこつ勉強して,その日に習ったことをその日に身に付ける力,その習慣というのが身に付いたなと感じております。
 以上,3点の違いから,私の方から3つの改善案を提案させていただきたいと思います。1つ目は,授業に参加することを評価する仕組みを作ることです。なので,例えば,授業中に寝ているとか,まず,そもそも出席しないとか,授業に出席はしているけれども,全く授業に参加していないという生徒に対しては厳しい評価を付けるということも私は必要だと感じています。2つ目は,生徒の成長度合いを評価規準に取り入れること,3つ目は,日々のパフォーマンスに対する評価の比重を増やすこと,この3点を私の方から提案させていただきたいと思います。
 結論としましては,日本の評価規準に関しましては,いろいろ改善すべき点というのはたくさんあると思いますが,私はよい部分ももちろんあると思っています。例えば,今回の会議に出席させていただくに当たって,小学校時代の自分の通知表を見てみました。そうしたら,先生から一人一人に手書きのコメントが書かれていて,すごく一人一人に対して気配りがあるんだなと,すごく温かい気持ちになりました。
 なので,そういう日本の評価のよい部分というのを残しつつ,こういうふうに他国の評価のよい部分というのを取り入れることができれば,更によりよい学習評価というのが作られていくのではないかなと感じております。
 以上です。
【市川主査】  どうもありがとうございました。日本とアメリカのかなりくっきりとした違いを出していただいて,もちろんそれぞれメリット,デメリットがあるんだと思いますが,対比した上で日本のこれからの評価を考えていこうということで,非常に参考になりました。ありがとうございます。
 それでは,5人の方に発表いただいたんですが,今の発表について,御質問,御意見を,委員の方からというだけではなくて,今回,5人の学生の皆さんからも委員に対して質問があれば,名札を立てていただいて,手を挙げていただく方が見えやすいんですけれども,委員の方に御質問いただくということも盛り込んであります。田熊先生や5人の皆さんの方から,中教審のこのワーキンググループの委員の方についての質問というのも是非出していただきたい。どちらかというと,委員からの質問よりは,委員への質問を優先したいと思いますが,よろしいですか。質問がありましたら,是非評価の専門の皆様ばかりですので,お答えいただければと思います。いかがでしょうか。
 手が早速挙がりましたけれども,それでは,ほとんど同時に挙がったので,奥の方からということでよろしいですか。
【粂井氏】  2個ありまして,1つ目が,これも全部僕の体験からなんですけど,内申が取れないすごく頭がいい子というのが,絶対にクラスとか学校にはいるんですね。でも,その子は,何でだろう,先生とのコミュニケーションがうまくいかないのか分からないんですけど,全然内申が取れないんですよ,能力が高いのに。なので,そういう子たちを発掘する方法とかは今までのカリキュラムにあったのかというのと,もしなかったら,どういうふうにすればそういう隠れた才能を発掘できるのかというのがありましたら,教えてください。
 もう一つが,さっきの僕の先生に対する不満にも関わってくるんですけど,こういう生徒にしたいという目標とかはいっぱいあると思うんですけど,どういう先生がいいのかという理想像とかもありましたら,現在の今の先生の目標とか,そういうのにも関わってくると思うので,先生の理想像というのがありましたら,教えてください。
 以上です。
【市川主査】  少しまとめて伺ってからでよろしいですかね。
 それでは,どうぞ。
【西澤氏】  いろいろ悩んだんですが,1つだけ質問させていただきたいと思います。
 やっぱり教育の評価に当たっても,教育の評価だけじゃなくて,教育全てにおいて,地方と都心での格差というのは実際,僕はあると感じていまして,社会に関わって,授業だけじゃない新しい評価というものを内申とかに組み込むといったことが実際に私たちの発表の中でもありましたが,地方ではそもそもそういう機会がないというか,特に公立高校だったら,そういった社会に関わる教育というものを,高校自体がなかなかそういうのに踏み出せていない現状があると僕は感じています。
 というのも,公立高校というのは,新しいものをやりたがらないというか,私立高校などは,生徒の募集という面も兼ねて,新しいことをどんどん推進していこうといった試みがあると思うんですが,社会に関わる教育というものを内申に組み込んでいくことによって,都会と地方の差が広がってしまうのではないかと考えているんですが,それについてはいかがでしょうか。
【市川主査】  一応,すみません,質問に番号を付けさせていただきますと,先ほど2つ,質問1,質問2と。今の御質問を質問3とさせていただきます。
 次にいかがでしょうか。
【福田氏】  一応,2つ質問を考えてきたんですが,先ほど粂井さんから1つ,どんな生徒像を求めているのかという質問が出てしまいましたので,もう一つの方,私,先ほど申し上げましたように,商業科でやっていたんですが,やはり商業科の中でも,地域活動をやる子とやらない子がいるんですが,地域の方からの印象が,実はやる子よりも,ふだん学校で余りやらない子の方が,地域に出たときの方が,地域に出てイベントをやったり,物を売ったりしたときの方が生き生きとしていて,学校でやっている先生の評価よりも圧倒的に高いことがありまして,その差が埋まるようなものはないかなというふうに思っております。
【市川主査】  じゃ,質問としてはどういうことになりますかね。おっしゃるのは,要するに,学校ではそんなに,いわゆる勉強で活躍している,授業で活躍しているようには見えないけれども,地域に出ると生き生きと活動するような人がいっぱいいると。社会人の方からも高い評価を受けるようなことがあるというわけですよね。
【福田氏】  ですので,学校でどれだけ勉強ができるかというよりも,社会に出て生きていく力があるかどうかの評価が必要なのではないかなと思うのですが,そのあたりはどうなっているのかなと。
【市川主査】  その点についてどう考えるかと。ありがとうございます。
【宮崎氏】  私からは,2つ質問をさせていただきたいと思います。
 まず1つは,なぜ評定を数値で付けるのかということが1つです。先生の負担が大きくなってしまう,クラスの人数が大体高校だと40人とかになると思うので,すごく負担が大きいのも分かるんですけど,生徒からすれば,評価を付けられた理由というのが,先ほど粂井さんがおっしゃっていましたけど,分かりにくいし,その後の改善策や,何を頑張ればよいのかが分からないというのがあると思うので,そういった意味で,評定を付ける意味という中で,数字にする意味は何なんだろうというのがまず1つです。
 そして,2つ目が,なぜ学校や先生によって評価規準が異なる評定というもの,評定平均というものを,大学受験にも大いに活用する動きというのがあるのかということを聞きたいと思っています。私自身も,評定平均がぎりぎりで大学受験を行ったので,そういった,それは学校によっては,能力がある子でもチャンスを奪われてしまう子というのも十分あり得ますので,そういった点に関して,皆さんはどのように考えているのかということを聞きたいと思っています。
 以上です。
【市川主査】  じゃ,今,2つと思っていいですか。質問の5番目になりますが,なぜそもそも評定などというのを付けるのかということと,6番目に,なぜそういうものをまた大学受験に使うのかということ。じゃ,これを5番,6番とさせていただきます。
【山本氏】  2点,私の方から質問をさせてください。
 1点目は,学習評価の改革に当たり,eポートフォリオの導入など,いろいろ新しい取組がこれから進められていくと思いますが,その上で,恐らく現場の先生方の作業量というのはかなり増えてくる可能性があると思うんですが,それに当たって,逆に現場の先生方,今やっているお仕事の中でどの辺を削減できる可能性があるのかというのを,皆さんどうお考えかというのをお聞きしたいです。
 2点目は,今回のカンファレンスに参加させていただくに当たって,これまでの議事録とか配付資料も一通り拝見させていただいたんですけど,その上で,余り具体的なスケジュール感というのが見えてこないなと思いました。ですので,いつまでにどういうふうに進めていきたいのかというのを,皆さんどのようにお考えなのかを是非お聞きしたいなと思っています。よろしくお願いします。
【市川主査】  じゃ,質問,2つということで,1つは,eポートフォリオを導入するなど,一種の評価の多様化というんですかね。多面的な評価をしていこうということになるときに,先生の仕事,一方では削減もしていかなくちゃいけない,どういうふうに削減していけるかということ,それから,スケール感ですね。これは時間的なことですか。
【山本氏】  はい。
【市川主査】  どんなふうなスケジュールでやっていくのかが見えてこないと。その見通しなどを聞きたいと。
 田熊先生,お願いします。
【田熊先生】  生徒さんに紛れて1点質問させてください。6番と8番の質問の延長上かと思うんですけれども,2020年からの大学入試改革の議論とここでの議論というのが,どう連動されているのか。やっぱりスケジュール感を考えると,2020年に変わったときに今の議論が無駄にならないように,先読みしてどれだけ連動しているのかなという点について教えてください。
【市川主査】  一方で高大接続とか大学入試改革というのはやられているんですが,これがここでの議論とどう連動するのか。これは事務局の方がよろしいですかね。じゃ,事務局も含めて,質問が全部で9つあります。どの質問に対してということからでもいいと思いますので,あるいは関連することもありますので,委員の皆様,これについてはこう考えているというようなことを,どうぞ御回答いただくと。
 鈴木先生,行ってくれますか。どの質問についてからでも結構ですので,じゃ,鈴木委員からお願いいたします。
【鈴木委員】  皆さんがおっしゃっていたことはほぼ高校に関わることなんで,私,高校の教員なので,私が答えないと責任放棄になると思いますから,全部は答えられませんけれども,やっぱり我々教員としていつも感じることは,非常に発言をよくする子と,非常に内向的で余り発言をしない,いろいろな生徒がおりまして,そういう特に発言しない生徒の能力とか,どういうことができるかは非常に分かりにくいということは常に感じております。ですので,できたら定期テスト以外にも,いろいろなレポートとか,それから,私の学校では保育体験なんかをやりますが,そのときにふだん全然見えない姿が見えたりしまして,そういう定期テスト以外のいろいろな場面で評価したいとは考えております。
 ですが,国全体の評価システム,特に高校の評価システムが必ずしもそうなっていないというわけで,できるだけ評価の対象を広げるような評価システムを作りたいというふうに考えております。
 これは私が高校の教員で評価を研究している原因でして,原因になったのは,イギリスの評価のやり方を勉強して,我が国でも少しそういう評価の枠を広げたいというふうに考えております。
 それで,評定がなぜあるかとか,そういうことについてはちょっと歴史的な経過を私は十分分かっておりませんが,結局,大学入試等で簡略化して生徒の能力を示すというときに,数値的な評価をすれば,選抜する大学の方は簡単に判断ができるというような経過もあったんではないかというふうに思います。
 私のお答えはそのぐらいです。
【市川主査】  髙木委員,お願いします。
【髙木委員】  御質問ありがとうございました。基本的に,全体に関わってくるんですけれども,1つは,学力ということをどういうふうに捉えるかということが,一番大きく関わってくると思うんですね。
 それで,今の日本の学校教育制度が出たのが,昭和22年なんです。今から約70年前。このときに,戦前の評価,戦争前ですね。アジア・太平洋戦争,敗戦する前の評価というのは,例えば,甲,乙,丙とか,優,良,可とか,先生たちがかなり主観で付けていた。これは認定評価とか絶対評価という評価なんですけれども,それをやっていたんです。
 それじゃいけないというので,戦後新しく日本が変わっていくときに,昭和23年なんですけど,学籍簿ということからこの評価が始まり,それと一緒に大学入試は,今ここでやっているのは初等中等教育局なんですけれども,大学局というのはまた大学局で,大学入学者選抜実施要項というのが作ってあって,その中で評定平均値というのが内申書という形でできてきたんです。そこで行われたのは,全ての子たちに公平にしていこうと。それから,客観的――当時,客観的という評価だったんですね。ここで入ってきたのが,集団に準拠した評価,いわゆる絶対評価といって,ここで5の数が,最初は7%,4の数が24%,3の数が38%,同じく2は24で,1が7%といった形で評価が入りました。これはまさに英語で言うと,エバリュエーションの評価という,値踏みをして,序列を付けていくということが,日本の評価,戦後教育の中で定着してしまったんですね。
 それがずっと来ているから,評定平均値であるとか,学力というのは,テストで取った点数であるとか,本日話した内容の評価が,まだその頃は日本ではなかった。世界でもなかったんだけれども,だんだん人の評価というのは,さっきの言葉で出てきたように,assessmentという評価,要するに,よりよくしていくんだと。だから,今回やっている評価も,これから子供たちをいかに序列を付けたり,それから,選別したり,そういうことではなくて,例えば,さっき一番最初に粂井さんが言ったように,内申点が取れないというんじゃなくて,その子たち一人一人がどういうふうによりよくなっていくかということを評価しようと。
 これ,実は平成13年から,目標に準拠した評価といって,そのあたりをやろうと思ってきたんです。高等学校は平成16年からやろうとしたんですが,なかなか先生方は,これまでやってきた評価方法が分かりやすかったために,平成16年から高等学校で始まった観点別学習状況の評価,今でも反対する方々が結構います。一人一人の子供たちをいかによりよく見ていこうかということが今始まったんだという,そういったことから,本日の貴重な御意見を,本当に皆さんのお気持ちから出た,こういった評価の考え方を,これからの日本の未来の教育に私は生かしていきたいなと思っています。どうも本日はありがとうございました。
【市川主査】  それでは,松尾先生,藤本委員,順番にお願いしたいんですが,時間がそろそろ迫ってきましたので,お一人の発言を少し短めにお願いします。
【松尾委員】  本日はいろいろな御意見を聞かせていただいて,本当に有意義な会になったなと思っています。ありがとうございました。
 私は,自分の経歴から言うと,30年以上公立の高校で勤務して,今は私立の中高におりますので,まず,3番目の地方と都会の格差については一番分かっているのかなと思いますので,この点についてお答えをさせていただきます。
 公立の高校は,社会に関わる教育に取り組んでいく,そういうチャレンジ精神が薄いのではないかということでありましたが,私は決してそういうことは感じていなくて,確かに私立の方が公立よりも思い切って短時間のうちに新しいことにチャレンジすることはたやすいかと思います。しかし,それは学校によってやっぱり違っていて,その県の教育委員会の姿勢だとか,それぞれ各学校の先生方とか,校長先生方の気持ち次第で,私は公立でも私立でも,そんなに格差はないのではないかと思っています。
 それから,2番目の,教師の理想像はどんなものですかという御質問でしたけど,全体に関わることですけど,評価にしろ,それは客観性,公平性があるに越したことはないのですけど,やはりどうしても主観的なものじゃないのかと私は考えています。お互いが納得するためには,それはやはり教師と生徒が共感的な人間関係を学校の教育活動の中で作っていくことが,お互いが納得でき,そして,生徒を成長させることにつながると思っています。
 先ほど福田さんでしたかね,回数は少なくて,長い時間いろいろなコミュニケーションがあるよりも,ちょっとした一言が,それも頻繁にある一言が自分を成長させてくれたとおっしゃっていましたけれども,やはり教員に求められている資質・能力の一番は,いろいろなことの場面で生徒を見て,そして,気付くという,この気付き,これさえあれば,私は評価の主観性があっても,もちろん許されることじゃないかと思うし,そっちの方が生徒を伸ばす上では重要じゃないかと思っています。
 私の方からは以上でございます。
【市川主査】  ありがとうございます。
 じゃ,藤本委員,お願いします。
【藤本委員】  高松市にも高松市立高等学校という,ほとんどの子供たちが国公立大学へ進学する高校があります。そこの高校生と議論したときに,最初の粂井さんの質問と全く同じように,内申が取れないというような言葉が出てきたんでドキッとしたんですけど,高校生に内申が取れないという言葉を発するような指導をやっていること自体が,やはりこれは高校の大きな間違いだなと,そのときにその校長先生と顔を見合わせてお話ししたことを覚えております。
 本日のお話の中でたくさん出てきました,やはり自己評価と教師の評価がかみ合わせるような場をたくさん持って,そこで田熊さんのお話もありましたけど,教師と子供との人間関係を醸成していく,その部分にも役立つことで,やっぱり子供たちと教師のそれぞれの評価を結び付けていくような場を多く持っていくということが,今後大事なんではないかなと思いました。
 それともう一つ,これも皆さんのお話の中にありましたけど,伸びを評価しているということ。これは,本日,中核市とか全国都市教の意見書が出てきておりますけど,私もその一員としてこの議論をする中で,主体的な3つ目の観点については,やはりある基準を持って,そこに到達したらそれを達成できているんではなくて,前の自分と比べて,今の自分がどれだけ伸びたかということを評価すべきような項目で,ほかの評価項目と少し評価の持ち方が違うんではないかなというような,他の市長,教育長さんからのお話もあり,本日のお話の中でもありましたけど,やはり伸びを評価できる教師というものが,どういう評価をするような教師として,皆さんが求めるような教師として,すばらしいんではないかなと思いました。これがだんだん小中高につれて薄くなっていくのは確かなんですね。それはとても残念なことなんですけど,やはりこれには大学入試とか,高校入試とかということが大きく絡んでくるんで,このあたりの改革ももちろん必要なことだと思っております。
【市川主査】  それでは,今,札を挙げている方だけにしてください。
 若江委員,どうぞ。
【若江委員】  ありがとうございました。これまでこの会議に出ていて,日本の教育,ピンチだなと思っていたんですが,本日皆さん方のいろいろなお話を聞いて,まさに2020年の学習指導要領が変わるときというのはチャンスだなというふうに,わくわくしています。
 それは,まさに先生が変わる良いチャンスで,そのことをきちんと生徒である皆さん方が望んでおられるということを確認させていただきました。本日,田熊先生からお話がありました,評価の文化を変えるということがとても重要ですね。具体例は,山本さんから事例も頂戴しましたが,まさに評価は結果の評価ではなくて,経過,結果から何か改善の糸口を見付け出すということがすごく大切なことで,だからこそアクティブ・ラーナーになれるんだ,評価がうまい仕組みとして組み立てられれば,もっともっと個人の成長はスピードアップしていくということですね。
 私は企業の立場からの参加ですので,4番の福田さんの質問,社会に出たときは社会人の人たちの評価が違うという点にお応えしたいと思います。単純に,評価の視点が違うからだと思います。社会をベースにいろいろな学習をしたときには,先生方の評価というのは,過去の評価規準でしかないお持ちでないでしょうが,社会に関わる人たちというのは,そのテーマに関わって,出来たできないの結果教評価というよりも,改善の糸口だとか,いいところと悪いところというのを具体的にアドバイスとして提示できるというところが,そこが大きな違いじゃないかなと思いました。
 以上です。
【市川主査】  じゃ,渡瀬委員,お願いします。
【渡瀬委員】  5名の皆さん,ありがとうございました。皆さんのプレゼン,立派な姿を見たら,日本の初等中等教育もなかなかのもんだなと思いました。
 1番,3番,6番ぐらいに関わるかなと思います。今回の学習指導要領の改訂では,今までは教師が何を教えるかということが主に書かれていたのに対して,今度は児童・生徒は,何ができるようになるのかということがまず第一に具体的に書かれています。そして,何ができるようになるかということのために,何を学ぶのか,そして,どのように学ぶのかということが明らかにされています。
 何ができるようになるのかという部分をなるべく具体的にしながら,評価の規準,評価の観点とか項目を明らかにすること,それから,一つ一つの項目に対して,どういう基準,尺度で評価をするかということを明らかにしていくこと,そして,それが先生だけが分かっているのではなくて,生徒に明らかにされて,評価は先生から生徒に一方的に与えられるものではなくて,生徒が獲得していくような,そういうふうなものになることが必要なんだろうなと思います。
 ただ,そういうふうに進んでいくための今後のスケジューリングとか,そういうのがなかなか難しいかなと思います。本日はありがとうございました。
【市川主査】  嶋田委員,お願いします。
【嶋田委員】  私,小学校の立場から聞かせていただきました。ありがとうございました。
 どのような教師が理想像という粂井さんからのお話がありましたけど,評価について言えば,やはり指導と評価の一体化がより具体的に生徒児童の方に伝わるということが,必要な教師としての資質かなと思うし,子供との人間関係を作れる,そういう部分が今非常に求められているというふうに感じました。
 また,7番目の御質問の,教員の仕事の削減,今後のポートフォリオ等の導入に伴ってということですが,やはり1学級の数というのは,なかなか難しいことですけれども,日本は40人学級という部分の重さというのも確かにありますが,具体的な喫緊のこととしては,やはりICTのより活用を全国的に広めていくことや,それから,スクールサポートスタッフなど,教師の補助ができる人の導入という部分をより拡充していくということが必要かなと感じております。
 以上です。
【市川主査】  最後に,秋田委員,お願いします。
【秋田委員】  5人のすばらしい御質問,並びに海外からの田熊さんの御意見,ありがとうございました。
 私は,その中で,まず1点感じたのは,教師と生徒がいかに信頼関係を作っていくのか,教師が生徒の学びを見る力をいかに育成していくのかが,評価における信頼を作っていく根底になるだろうと感じました。
 その上で,自分の体験から,3番の都会と地方の格差,私立と公立等で格差が起きるのではないかという御意見に対してです。3年ほどOECDイノベーションスクールネットワークというものを中高生とともに行っております。大都市ではなく福井や和歌山や福島といった,どちらかというと人口減少の過疎の地域の高校生や学校とともに実施をしてきて思ったことは,むしろそういう地域は,地域と学校との信頼関係が逆にしっかり作れたり,課題設定能力を育てていくような活動を支援してくれる人たちもまた多いのではないかということです。そして,人口の都市化集中現象と過疎人口減少は国際的な問題でもあり,そうした課題を発信して,どうやって過疎を越えていくのか地方創生を考えることができるのは,実は地方に住んでいる中等教育の生徒やそこの学校の先生方,そして,またそこの地域の大学の教員の協力なのではないかと思います。
 そういう意味で,格差は,学校の文化や学習の在り方を変えていくことによって,教師が設定した標準的問題ではなくて,探究的に地域に開かれた教育課程の学習活動を行っていくことによって更に格差が縮められるだろうと思います。そして,評価の在り方も探究活動にも合わせるような形を今後更に作っていく。そのときにやっぱり一番役立つのは,中学生や高校生になったら,相互評価,生徒からの声を酌み上げて評価にどう入れるかというような長期的な課題も,今回は無理かもしれませんけれども,今後検討し考えていくことができるとよいのではないかと思っています。回答にはなりませんが,以上,意見を述べさせていただきました。
【市川主査】  ありがとうございました。
 私,ちょっと見落としていまして,善本委員,お願いします。
【善本委員】  5人の皆さん,ありがとうございました。多くは高校について言われましたので,ずっと高校の現場にいた者として,特に山本さんおっしゃっていただいた,教員の作業量をどこで削減するかということ,これは,今,私たちがここで評価をよくしていこうということに絞って話をしている中で,現実にうまくやっていくために一番大事なことなんですね。
 実際に,もともと無駄な仕事をやっているわけではないので,そんなに仕事を減らすことは簡単ではありません。ただ,いろいろな努力をしていて,今,国を挙げて,文部科学省を中心にやっていただいている,部活動を少し外部指導員などに委託するということ,それから,私どもの学校でやっていることで言えば,テレビ会議システムを使ったりするとか,会議のペーパーレス化であるとか,あとは思い切って,今までずっとできなかったんですけど,電話を留守電にして,欠席の連絡はメール対応にするとか,学校から紙で配っていたものも,保護者の皆さんにメールを登録してもらって,メール発信するとか,そういういろいろな手段を使って,作業量を減らそうとしています。
 ただ,非常に厳しい状況はあるので,この評価をよくしていくために,現実の問題としては,そこを実現していくことを私たちがかなり努力して考えていかなきゃいけないことだと思っているので,その視点を出していただいたことはとてもありがたかったです。ありがとうございました。
 以上です。
【市川主査】  ありがとうございます。
 私からも一言だけ。やっぱり多面的に評価してほしいということは,高校生の方にもあると思うんですよね。もっと自分はいろいろな活動をやっている,勉強だけじゃないんだと。地域活動もやっていると。それから,部活に一生懸命という子もいると思いますが,多面的に評価するといっても,校外での活動を持ってこられて,これを高校での評価に生かしてくださいと言われても,これは高校の方はやっぱりきついだろうと。それはむしろ,大学側の選抜とか,それから,就職するとき,もちろん就職も一種の選抜ですね。そこのところで生かしていただく。高校の先生は守備範囲というのがありますから,教科を中心に,あと,部活とかの校内での活動,行事とか,それは学校の方でしっかり評価してくれるといいと思いますが,そのほかのいろいろな社会人からの評価とか,地域での活動とか,あるいはいろいろな検定試験に通ったとか,特殊な才能があるとか,そういうことは是非自分で持った上でアピールする場で,私はこれだけのことができるということを,また一方では自分からどんどん積極的に使っていただくといいのではないかと思います。必ずしも学校の,例えば,通知表にそれを載せていただくということは,期待しても,ちょっと無理かもしれないということを,私は感じました。
 それでは,長引いてしまいましたけれども,事務局の方からよろしいでしょうか。
【白井教育課程企画室長】  ありがとうございました。スケジュール感についてだけお答えさせていただきたいと思いますけれども,一応この会議では,遅くとも今年度末,できれば今年度内に最終のレポートを取りまとめたいと思っています。実際に学習指導要領が全面実施されるのは,高校の場合には平成34年からということでありますので,若干時間もありますけれども,それまでにちゃんと準備をして,また,先生方の参考になるような枠組みなんかも併せて並行的に作っていくという作業をこれから進めていくということになります。
 次回の日程でございますけれども,また後日,先生方の日程も様々調整が必要のようでございますので,後日改めて御連絡申し上げたいと思います。
 本日はありがとうございました。
【市川主査】  ここまでの議論は,とにかくいろいろなヒアリングをするということが中心でしたので,スケール感がないと思われたかもしれませんが,これからは私たちが案を作っていくという段階になりますので,そこでちゃんとスケール感も盛り込んだものを作っていきたいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。

―― 了 ――

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