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教育課程部会 教育課程企画特別部会(第7期)(第13回) 議事録

1.日時

平成27年8月5日(水曜日) 12時30分~15時30分

2.場所

スタンダード会議室 虎ノ門ヒルズFRONT店 2階会議室

東京都港区虎ノ門1-22-14 ミツヤ虎ノ門ビル2階

3.議題

  1. 教育課程の改善について
  2. その他

4.議事録

【羽入主査】  定刻になりましたので始めさせていただきます。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会教育課程企画特別部会、本日、第13回になります。大変お暑い中、また御多用の中、お集まりいただきまして、まことにありがとうございます。
それでは、最初に事務局から配付資料について御確認をお願いします。
【大杉教育課程企画室長】  資料の確認をさせていただきます。本日は、議事次第に掲載しておりますとおり、資料1から資料3を配付させていただいております。それから、先生方、机上に、「平成26年小学校外国語活動実施状況調査の結果について」という緑色の版のタイトルの資料をお配りさせていただいているかと思います。少し御覧いただければと存じますけれども、英語関係について、指導要領改訂に向けまして、例えば、高校三年生の英語四技能を測定する英語教育改善のための英語力調査結果、これは第4回で配付させていただきました。小中高における英語教育実施状況を調査いたします「英語教育実施状況調査結果」、これは第8回で配付させていただきました。こういった二つの調査結果を既にお配りさせていただいているところです。本日は、小学校の外国語活動のこれまでの成果、課題を把握し、高学年の教科化、本日議論にございますけれども、こういった検討に活用いたしますため、全国の公立小学校を無作為抽出しまして、小学校五年生、六年生の児童約2万人、中学校の一年生、二年生の生徒約2万人を対象に、児童・生徒の英語に関する関心、意欲や学習状況、教員・管理職に対して外国語活動を行ったことによる児童・生徒の変容、課題などを調査した結果として、お手元の資料をお配りさせていただいております。本資料、外国語活動導入時に行った小学校五・六年生、中学校一年生との平成24年との経年比較を行っております。中学二年生につきましては、本内容では今回初めて調査をしたものでございます。
調査結果でございますけれども、小学生の約7割が英語の授業が好き、約9割が英語が使えるようになりたい、また、中学校一・二年生の約8割が、小学校の外国語活動で行った英語で簡単な会話をすることなどが中学校で役に立っているといった、外国語活動の成果とともに、中学一年生の約8割が英単語を読むこと、書くことや、英語の文を読むこと、書くことをもっと学習しておきたかったなど、読み、書きも含めた英語の四技能に対する小学校における知的要求が認められるというような、今後の検討に資する重要な調査結果と認識しておりますので、本日、参考資料としてお配りさせていただきました。
また、本体の資料でも触れさせていただきますけれども、取り急ぎ参考として御説明をさせていただきました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
本日の議事ですが、前回に引き続きまして、この部会の論点整理案についての審議を行わせていただきます。資料1としてお配りしております「論点整理のイメージ(たたき台)(案)」、これは前回お配りしたものに、各学校種、各教科等の論点を追記したものです。本日は、これを中心に御議論いただきたいと思います。
また、本日は報道関係者等から会議の録画・録音の希望がございます。これを許可しておりますので、よろしくお願いいたします。
それでは、まず事務局から、資料に基づいて御説明をお願いします。
【大杉教育課程企画室長】  失礼いたします。それでは、資料1及び、お手元の資料2-2、資料2-3というものがございますけれども、これらをお手元に出していただければと思います。前回、総論部分を御議論いただきましたけれども、今回、総論部分に加えまして、各学校段階、教科等における改訂の具体的な方向性につきましても、後半部分を追加させていただいているところであります。前半の総論部分につきましては、特に前回との変更点を中心に御説明をさせていただきたいと思います。
なお、現在、最終チェック中でございますので、様々、誤字も含めまして、また文章のつながりも含めまして、まだまだ不十分なところがございますけれども、これにつきましては、最終的に次回、それから取りまとめに向けまして最終調整を図ってまいりますので、御了承いただければと存じます。
目次をおめくりいただきまして一枚目でございますけれども、「2030年の社会と子供たちの未来」、この部分は現在、主査と御相談をさせていただきながら、少し前書きのようなものを付けてはいかがかということを御相談させていただいております。現在、仮案を入れさせていただいておりますけれども、また、本日の御議論もいただきながら、主査と引き続き御相談をさせていただきたいと思っております。
続きまして、(1)の部分ですけれども、「新しい時代と社会に開かれた教育課程」、ここにつきましては、必要なデータにつきましては注に落としますとともに、学校観というものに対する考え方をしっかりと、学校の意義について、いま一度捉え直していくことの中で、社会に開かれた教育課程の意義を説いていくために必要な、少し構造の入れ替えや内容の補正等を図っております。
2ページをごらんいただきますと、一番上の丸のところでございますけれども、学校の意義について、いま一度捉え直していく必要があるということ。学校そのものが、社会とのつながりの中で検討されるべきものであること。また、前回御議論いただきました、貧困など、目の前にある生活上の困難を乗り越えていくための学校の意義も丸の四つ目に出させていただいているところであります。
また、下から二つ目の丸のところでは、社会と学校教育のつながり、よりよい社会に向けたよりよい学校教育という中で、ESDにつきましても追加で触れさせていただいております。
また、3ページ目の上の部分ですけれども、学校教育、また、子供たちの学校生活全般の在り方を考えることを通じまして、求める教育の姿、教科の在り方を探求していくという俯瞰的かつ総合的な視点を大切にしていきたいということ。
また、丸の二つ目ですけれども、社会に開かれた教育課程としてはということで、仮に三つの視点、よりよい学校教育を通じて、よりよい社会作りを目指すという理念を社会と共有していくこと。また、子供たちが社会に向き合い関わっていくために必要な力をしっかりと明確化し育んでいくこと。また、教育課程の実施に当たって、様々な地域の資源を活用したりしながら、学校内に閉じずに学校教育を展開していくこと。この三つを重要な点として挙げさせていただいているところであります。
4ページ目に参りまして、(2)「前回改訂の成果と次期改訂に向けた課題」でございますけれども、ここにつきましては前回、前回改訂からつながって何を大事にしていくのか、また、なぜそれを変えていくのかというメッセージを分かりやすくという御指摘をいただきました。それを踏まえまして、(2)の下のすぐの丸のところでございますけれども、例えば、昭和33年、平成元年といった、こういった改訂、これらの積み重ねの上に学習指導要領が積み重ねて築かれているということ。その中で、前回改訂の成果といたしまして、各学校の真摯な取組を通じて、様々なバランスのよい学力の向上というようなことの成果は上げられていること。そういった成果を踏まえれば、言語活動や体験活動の重視等々については成果を受け継ぎ、引き続き改善を図っていく必要があること。
一方で、5ページ目の上の方になりますけれども、社会参画の意識等々の課題を踏まえますと、子供がみずからの力を育み、みずから能力を引き出し、主体的に判断し行動するというところまでには必ずしも十分に達しているとは言えないのではないか。そういった意味では、生きる力といった理念について、教育課程や教科等への浸透、授業への浸透、具体化が必ずしも十分ではなかったのではないか。これからますます社会の変化が加速度的になっていく中で、こういった具体化や浸透が、これまで以上に強く求められることになる。それが今回改訂が求められる背景であるということであります。
また、教育課程というものを考える際に、教科等の在り方の前提として、教育課程自体が学校教育全体のバランスや調和といった観点から存在感や意義を示し切れているだろうかといった課題、教科等の枠を超えた具体的な展開を求めた言語活動の充実の成果なども踏まえながら、さらに、より一歩進めていく必要があるのではないかということ。
5ページ目の一番下になりますけれども、教科等間の相互の連携を図ることによって、教科単独では生み出し得ない教育効果を教育課程全体で得ていこうとすること。そういった観点から、前回改訂の成果を着実に受け継ぎながら、2030年への変化を見据えて、持続的な見直しを図るということでございます。
2.の(1)の部分につきましては、前回とほぼ同様に、何ができるようになるのかという視点から、何を学ぶのか、どのように学ぶのかを検討していくこと。これにつきましては、様々な科学的な知見の蓄積を大切にしていくこと。また、7ページ目の上から四つ目の丸につきましては、一人一人の得意分野を伸ばすことのみならず、苦手な分野を克服していくことの重要性も、前回の指摘を踏まえて追加させていただいているところでございます。
(2)「育成すべき資質・能力」につきましては、8ページのこれからの時代に求められる人間像の部分を少し分かりやすく項目立てをしましたり、それから、資質・能力の三要素につきましては、例えば、9ページ目のローマ数字3の部分ですけれども、前回、メタ認知に関するものをしっかり柱立てるようにという御指摘をいただきましたので、それを踏まえまして、ローマ数字の3の中を柱立てをさせていただいているところであります。
それから、「特にこれからの時代に求められる資質・能力等」に関しましては、社会に開かれた教育課程というものとの関わりの中から構造化を図っております。一つ目は、変化の激しい社会の中で求められる能力。この中に、前回御指摘いただきました、10ページ目ですけれども、クリティカル・シンキング、「物事を多角的・多面的に吟味し見定めていく力」と仮に書いておりますけれども、また、これも御指摘をいただければと思います。統計的な分析に基づき判断する力なども追加させていただいております。
また、グローバル化の中で求められる力の中に、古典の学習を通じて言語文化を積極的に享受していくことを追加させていただきました。また、その下の丸でございますけれども、情意面や態度、自己の感情や行動を統制する能力ということを書かせていただくとともに、また、その下のオリンピック・パラリンピックにつきましては、スポーツを通じて様々なことを学ぶことにとどまらず、文化交流という観点ですとかボランティアを通じて必要な力を育んでいくことにもつながるということ。いずれにしても、これらの力も、資質・能力の三つの柱に沿って整理し、教育課程の中に落とし込んでいくということでございます。
丸3は、「発達の段階や成長過程のつながり」。18歳までに身に付けておくべき力、義務教育までに身に付けておくべき力という、縦のつながりや、また、個人個人の教育ニーズ、インクルーシブ教育の理念を踏まえた対応、社会的・職業的自立に向けた学びということで整理をさせていただいております。
(3)、構造化でございますけれども、ここにつきましては、前回御指摘いただいた12ページの下から二つ目の丸でございますけれども、各教科と教育課程全体の構造の関係でございますけれども、教育課程全体で必要な資質・能力ということと各教科の本質的な教科を学ぶ意義を往還的に編み上げていく整理をしていくことが求められるということでございます。
また、13ページ目の一つ目の丸でございますけれども、小中一貫教育についても少し触れさせていただいております。いずれにしても、こういった教育課程の総体的な構造を可視化していくことが求められておりまして、その中では総則の意義が大変重要になるということでございます。
13ページ、アクティブ・ラーニングにつきましては、前回、教員の役割の部分について少し御指摘をいただきましたので、それを踏まえまして、15ページの上から二つ目の丸、「なお、こうした質の高い学びを目指す中で」という部分を少し修正させていただいているところでございます。
また、学習評価につきましても、前回の御指摘を踏まえまして、例えば16ページ目の上から三つ目の丸でございますけれども、観点別学習状況の評価以外の総合所見などを通じた子供たちに積極的に学びの進捗を伝えることの重要性でありますとか、また、関心・意欲・態度の評価に関しましては、一部、関心・意欲を評価の観点から外すというような少し誤解もありましたようですので、そういったことではなく、主体的に学習に取り組む態度、粘り強く学習に取り組んでいるかどうか、それを振り返って次につなげる、主体的な学びの過程の実現に向かっているかどうかという観点から、関心・意欲・態度を見取っていくのだということを少し明確化させていただいております。
また、17ページ目、一つ目の丸につきましては、総括的な評価のみならず形成的な評価の重要性についても触れさせていただきました。
また、カリキュラム・マネジメントにつきましては、18ページ目の上から三つ目の丸になりますけれども、アクティブ・ラーニングというものが授業の改善を不断に図っていくことの問い直しを目指すということと、カリキュラム・マネジメントが学校の組織力及び運営についての見直しを迫るものであること、それらを両輪として連動しながら機能させることの意義を追加させていただいております。
また、続きまして支援方策につきましては19ページの下のあたりでございますけれども、コミュニティ・スクールなどにつきましても追加させていただきますとともに、教育委員会における指導主事等の力量の向上を上から二つ目の丸、また、前回御指摘いただきました保護者の理解と協力や家庭教育という面で、上から四つ目の丸の充実を図らせていただきました。
長くなりましたが、以上が総論部分の前回の御指摘を踏まえた修正になります。まだまだ反映し切れていない部分もありますので、是非、引き続き御意見を頂ければと思います。
それから、ここからが本日、新しいところになりますけれども、「各学校段階、各教科等における改訂の具体的な方向性」ということになります。
まずは、学校段階ごとの改訂の方向性でありますけれども、幼児教育につきましては、丸1、「幼児教育」の二つ目の丸でございますけれども、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の明確化を図ることや、幼児教育にふさわしい評価の在り方の検討など、幼児教育の特性に配慮しながら改善・充実を求められるということ。
また、21ページ一番上でございますが、小学校教育との接続の一層の強化、幼稚園における子育て支援の強化、また、こういったことは幼稚園のみならず保育所、認定こども園全体で幼児教育を支えていることを踏まえて、全ての施設における質の確保が求められるということでございます。ここにつきましては、幼稚園教育要領が改訂されますと、保育所保育指針でありますとか、認定こども園教育・保育要領ということが整合性を確保しながら改訂されることになることを参考までに申し上げておきます。
それから、小学校でございますけれども、小学校につきましては、基本的には現行の内容や授業時数などを前提としつつ、義務教育の基礎的なものを施すという観点から、必要な資質・能力を明確化していくことが求められるということでございます。ただし、この中でも特にということで、小学校の三つ目の丸でございますけれども、国語や外国語を使って理解したり表現したりするための言語に関する能力を高めていくという観点では、国語教育と外国語教育を効果的に連携させながら向上を図っていく必要があるのではないかということでございます。
ここにおきましては、日本語ではなく「国語」という言葉を用いておりますけれども、これは本論点整理におきましては、日本語の能力ではなく国語の能力ということで資質・能力を整理していく中で、国語というのは教科名のことだけではなく、そういった国語の能力という資質・能力の関係として整理をしていく。また、「国語」という言葉を使うことによりまして、国語教育の関係者にもそういった意識を持っていただくということを意図しまして、ここにおきましては、「国語」という言葉を使わせていただいております。一方で、第一言語が国語でない場合の指導など、そういった文脈の中で日本語指導ということを使わせていただいておりますけれども、本論点整理におきましてはそういう整理をさせていただいているところでございます。
こういった中で、国語教育につきまして、外国語教育と関連付けながら様々な充実を図るとともに、22ページ目でございますけれども、高学年において、また小学校中学年において、国語教育と関連付けながらの改善を図っていくということを書かせていただいております。ここにつきましては別紙というものを付けておりますので、大変恐縮ですけれども、別紙の38ページをごらんいただければと思います。英語教育についてのみ少し別紙を付けさせていただいておりますけれども、これにつきましては、諮問にもございますように、英語教育の有識者会議をはじめ、様々な検討が少し先んじてまとめられているところでありますので、こういった検討を十分踏まえながら、今回の論点整理をまとめていく必要があるということで、こういった別紙を付けさせていただいているところであります。

【大杉教育課程企画室長】  別紙というのは38ページでございますけれども、ここにおきまして、小学校中学年における外国語活動と高学年における教科化の必要性についてをまとめさせていただいております。小学校におきましては、前回改訂におきまして、中学校四技能学習の素地として、聞く、話すの二技能を中心に外国語活動を導入されたところであります。こういった外国語活動の成果も踏まえつつ、また、児童の読む、書くを含めたさらなる言語活動への知的要求が高まっている。冒頭に御紹介申し上げた調査結果の示すとおりでございますけれども、そういった子供たちの知的要求が高まっているという状況にございます。これを踏まえますと、小学校で音声中心で学んだことを中学校の文字への学習により円滑に接続していくというようなこと、国語と英語の音声の違いや英語の発音とつづりの関係の学習、文構造の学習をしっかり充実させていくということ。また、児童の抽象的な思考が高まる段階であることを踏まえた体系的な学習を展開していくこと。こういったことが求められている状況であります。
こういった課題に対応するためには、高学年におきまして、聞く、話すの二技能を中心とした学習から、四技能を系統的・総合的に扱う教科学習への転換を行うこと。また、中学年からは、なれ親しみという観点から外国語活動を実施していくことが必要ではないかということであります。
次に、時数についてでございますけれども、こういった小学校英語の充実、いずれにしましても、39ページ目の一つ目の丸にございますように、英語を使って何ができるようになるかという観点から、国として小中高一貫した指標を設定し、学習・指導方法、評価方法を改善していくことが求められるということでございます。いろいろ資料が行き来して恐縮ですけれども、お手元の資料2-2ということで、「英語教育の抜本的強化のイメージ」という図をきょうお配りさせていただいておりますけれども、これをお開きいただければと。資料2-2というA3の資料になりますけれども、これをごらんいただきますように、社会の中で必要になる英語力の基盤を小中高を通じて着実に育成していくことが必要であり、これにつきましては、中学校の英語教育、高校の英語教育、例えば、中学校におきましては、現在、英語の学力調査の導入ということで検討させていただいておりますけれども、これを通じた指導、改善、また、高校におきましても検討されております基礎学力テストの導入を通じた指導、改善ということをPDCAサイクルでしっかり回していくことを通じて、中高の英語教育の改善もしっかりと図っていくことが必要であるところであります。
こういった全体像の中で、小学校についてどうしていくかを議論していく必要があるということでございます。こういった全体像の中で、小学校段階においてどういったことを充実していくべきかを考えますと、資料1の39ページに戻っていただきますと、先ほど申し上げたような高学年における四技能を系統的に行う教科学習という中で、新たに、例えば、アルファベットの文字や単語などの認識でありますとか、国語と英語の音声の違いやそれぞれの特徴への気付きでありますとか、語順の違いなど文構造への気付きでありますとか、こういった指導を促すために必要な時間を確保していくことが必要になるということであります。
資料2-2の左側が現状でございますけれども、現状にございますように、現在、小学校高学年で外国語活動として、聞く、話すを中心に年間35時間行われておりますけれども、これを聞く、話すに加え、読む、書くの4技能を総合的な系統的な学習にしていくためには、倍程度の例えば70時間程度の時数が必要ではないかということであります。
また、中学年におきましては、なれ親しみという観点から外国語活動を開始し、時間数につきましては、従来の外国語活動と同様に35時間程度の時数が必要ではないかというようなことでございます。行き来して恐縮なのですけれども、同じ資料の22ページに戻っていただければと思います。
今申し上げたことが、小学校の英語教育、小中高を通じた英語教育の強化を図る中でではございますけれども、小学校の英語教育に必要と考えられる時数として、22ページの一つ目の丸に書かせていただいた、高学年における70単位時間程度、中学年における35単位時間程度の必要性ということでございます。
それぞれ年間35単位時間増となるわけでありますけれども、一方で、これらの時間を小学校の生活時間の中で確保していくことのためには、22ページの下にも前回答申の抜粋がございますけれども、小学校における学習指導要領上の標準授業時数の上限といたしまして、週28コマ程度が限度であろうと。週28コマが限度ということは、これは子供たちの様々なクラブ活動をはじめとした28コマ以外の取組、また、先生方が様々な情報交換や研修なども図っていくための時間、これをトータルで考えますと、週28コマ、この現状でも小学校現場ではかなり忙しいという状況があるわけであります。
こういった状況を踏まえつつ、英語教育の35単位時間増をいかに確保していくかという観点が必要になるわけでございますけれども、上から二つ目の丸に戻っていただきますと、英語におきまして、知識・技能の定着を図るために10分や15分程度の短い時間を単位として繰り返しの指導を行うといったことも効果的な指導として考えられるわけであります。こういった短時間の効果的な指導を実施する可能性も含めた専門的な検討が必要となってくるということでありますので、これにつきましては、様々な授業時間の設定に関する先行的な取組の分析、英語のみならず、教育課程全体における短時間学習の位置付け、これも別紙にございますけれども、外国語における短時間学習にまつわる様々な課題も踏まえた専門的な検討が必要であるということであります。
こうした専門的な検討を行わせていただきまして、再度、教育課程企画特別部会におきまして、小学校の教育課程全体を見渡した観点から検討させていただくということで、これにつきましては、年内若しくは年明けまで少しお時間を頂ければということでございます。
また、23ページの上の部分でございますけれども、幼小連携、小中連携をしっかり図っていくことの重要性でございます。23ページ目、丸3でございますけれども、中学校教育、義務教育を修了する段階といたしまして、そこまでに必要な資質・能力をしっかりと明確化し育成していくこと。また、小中一貫教育制度の制度化に伴いまして、9年間の一貫性ということも視野に入れながら学習指導要領の在り方を検討していく必要があるということでございます。
23ページ目の下からが高等学校でございますけれども、高校におきましては、社会で生きていくために必要となる力を共通して身に付けるということ、また、一人一人の生徒の進路に応じた多様な可能性を伸ばすということ、こういった共通性と多様性の観点が必要であるということでありまして、現在行われております高大接続システム改革の全体像も見据えながら検討していくということでございます。
24ページ目の二つ目の丸でございますけれども、共通性の観点からは、資質・能力を明確化しつつ、特に国語、地歴、公民、外国語科、情報科におきましては、必履修科目の在り方を見直していくこと。また、多様化への対応という観点からは、様々な学び直しを含め、特別な支援が必要な生徒への指導でありますとか、すぐれた才能や個性を有する生徒への指導や支援など多様なニーズに応えていくこと。その中で、例えば、理数系の科目におきましては、SSHの取組事例なども参考にしながら、より主体的な探求活動を行う選択科目が考えられるのではないかということ。また、学び直しという観点からは、学校制定教科・科目の活用も柔軟に行っていく必要があるということ。また、25ページですけれども、SSH、SGH、SPH、国際バカロレアなどの経験も踏まえながら、教科における学びと横断的な学びを一層効果的に関連付けていくということ。こういった内容の見直しを、学習指導方法の不断の改善、学習評価の推進と一体的に行い、高大接続改革等と調和を図りながら検討していくことが必要であるということであります。
丸5につきましては特別支援教育でございますけれども、全ての学校や学級に、発達障害を含めた障害のある子供たちが在籍する可能性があることを前提に置きながら必要な対応を図っていく。特に総則における記述、特別支援教育に関する記述のさらなる充実を図っていくこと。また、各教科において、つまずきやすい点の明確化を共有していくことでありますとか、通級の指導等の取り扱い、個別の支援計画や個別の指導計画の位置付け、コーディネーターを中心とした支援体制などをしっかりと明確化していくということであります。また、交流や共同学習のさらなる充実も求められるということであります。また、特別支援学校におきましては、障害の状態の多様化に対応した特別支援学校学習指導要領の改善、充実を図っていくということでございます。
26ページ目からが各教科・科目の内容になりますけれども、総則におきましては、まさにこの論点整理の総論としておまとめいただいたような様々な教育課程の構造、カリキュラム・マネジメントの考え方など総体的な構造をしっかりと示していくという、各教科をつなぐ役割をしっかりと果たしていくことが求められるということであります。
それから、26ページ目からが国語になりますけれども、国語につきましては、例えば、主体的な言語活動でありますとか課題解決の中で必要な情報を得た上でしっかりと表現していくこと、古典を学習する楽しさや意義の実感等につきましてはしっかりと充実を図っていくことが必要であること。特に高等学校教育におきましてはということですけれども、これにつきましては、資料2-3をお手元に御用意いただければと思いますけれども、資料2-3のスライドの1番にございますように、現在、教材の読み取りが中心になりがちな指導を、しっかりと話し合いや論述など、話すこと、聞くこと、書くことに広げていくということ。また、古典の学習について、しっかりと日本人として大切にしてきた言語文化を教授し、自分と社会、世界との関わりの中で生かしていく観点を考えていく必要があるということであります。そのため、こういった長年にわたり指摘されている課題の解決を図るためには、科目構成の見直しを含めた検討が必要であるということでございまして、共通必履修科目につきましては、資料2-3のスライド1にございますように、実社会・実生活に生きる国語の能力に関する科目、古典を含む我が国の言語文化に関する科目、一方、選択科目に関しましては、現代文を中心とした科目、様々な文章の中から自分の考えをまとめ、適切な構成で表現していく能力を育成する科目、文学に関する科目、古典に関する科目といったことを柱に科目構成の在り方を検討していくことが求められるところでございます。また、加えて、漢字の学年別配当の見直しも併せて図っていくということでございます。
社会、地理歴史、公民につきましては、例えば、主体的に社会の形成に参画しようとする態度の育成でありますとか、資料から読み取った情報を基にして社会的事象を考察し表現するといったことについて充実が求められるということでありまして、小中高を通じてこれらの充実を図っていく必要があるわけでございますけれども、特に28ページ、一つ目の丸でございますが、高等学校におきましては、自分の参加により社会をよりよく変えられると考えている若者の割合が国際的に見て低いことでありますとか、時代の変化に耐えてきた先哲の考え方を習得して、それを手掛かりとして考え方を錬磨していくことに課題があるということでございます。こうしたことを踏まえまして、地理歴史科におきましては、これも資料2-3のスライドを1枚おめくりいただきまして2になりますけれども、自国のこととグローバルなことが影響し、つながり合ったりする歴史の諸相を近現代を中心に学ぶ「歴史総合」、また、持続可能な社会作りに必要な見方、考え方を育む「地理総合」の設置を検討することが求められるということでございます。
また、公民科の中では、必履修科目といたしまして、これは家庭科、情報科をはじめ様々な教科、科目と関わらせながらでありますけれども、主体的な社会参画に必要な力を人間としての在り方、生き方の考察と関わらせながら実践的に育んでいく「公共」ということ。この「公共」につきましては、キャリア教育の中核として、学校教育全体の中で行われるインターンシップなどとも関連付けながら実施していくということでございます。
丸4、丸5、算数、数学、理科につきましては、まず算数、数学につきましては、学習する楽しさ、学習する意義の実感をしっかりと考えながら小中高を通じて育んでいくということ。加えて、高等学校教育におきまして、SSHの取組なども踏まえながら、選択科目でございますけれども、新たに「数理探究」という科目の設置を検討してはどうかということでございます。
この「数理探究」の名称につきましては、いろいろ御提案もいただいているところでございまして、例えば、「科学探究」というような可能性もあるところでございますけれども、範囲として少し広過ぎるかどうかといったことも考えながら、仮に「数理探究」という形にさせていただいておりますが、これにつきましても、関係の先生方の御意見を引き続き頂きながら検討を進めてまいりたいと思います。
丸5の理科につきましても、やはり学習する楽しさや学習する意義の実感という観点から、また、高等学校教育につきましては、SSHを踏まえた「数理探究」の設置を検討していくということでございます。
丸6、生活につきましては、幼児教育との円滑な接続を図るスタートカリキュラムの中核となる教科として位置付けながら、中学年以降の各教科とのつながりをしっかりと図っていくということでございます。
丸7の音楽でございますけれども、30ページ目、一番上にございますように、感性を働かせ、他者と協働しながら音楽表現を生み出したり、音楽を聞いて、そのよさや価値を考えたりしていくといったようなこと、伝統音楽に親しむことなどの課題をしっかりと改善していくということでございます。
8番目、図画工作、美術につきましては、感性や想像力を豊かに働かせて、思考・判断し、表現したり鑑賞したりするなどの資質・能力を相互に関連させながら育成することなどの課題をしっかりと改善していくということでございます。書道におきましても、書の伝統と文化を踏まえながら能動的に学習を深めていくことなどをしっかりと育んでいくということでございます。
30ページ目、家庭、技術・家庭でございますけれども、例えば、家庭科、家庭分野におきましては、少子高齢社会に配慮したライフスタイルの確立、持続可能な社会作りのための力などをしっかり育んでいくということ。技術分野におきましては、高度な技術製品が普及する中で、そういったものをしっかり使いこなしながら、安全・安心な生活の実現に貢献する力を育んでいくということでございます。
体育、保健体育につきましては、運動の習慣化とともに、技能や知識、思考、判断、公正・協力などの態度、これらをバランスよく育んでいくということ。また、東京オリンピック・パラリンピックを契機として、それらのレガシーをしっかりと根付かせていくことを関係教科とも連携しながら図っていくということでございます。
保健におきましては、現代的な健康課題の解決、自他の健康課題を発見し解決していく力をしっかりと育んでいくということでございます。
外国語につきましては、先ほど、大分触れさせていただいたところでございますけれども、12の外国語の三つ目の丸、国として、小中高等学校を通じて育成すべき資質・能力の三つの柱を踏まえつつ、しっかりと設定していくと。教育目標の形で4技能を通じた形でしっかりと設定していくということ。それを通じて、各学校が具体的なCAN-DO形式の目標を設定し改善を図っていくということであります。小学校段階につきましては、先ほど別紙も含めて御説明をさせていただいた内容になります。
33ページ目、一つ目の丸、中学校、高等教育学校段階の英語教育の充実につきましても、先ほど資料2-2を通じて御説明させていただいたとおりでございますけれども、加えて、高等学校段階につきましては、資料が行き来して恐縮ですが、資料2-3のスライドの5番にございますように、科目構成の見直しということを、一つは必履修も含めた四技能を総合的に扱う言語活動を中心とした科目、それから、話すこと、書くことによって発信する能力をさらに強化する科目ということの二つの柱で見直していくということでございます。また、様々な社会情勢を踏まえますと、英語以外の外国語についても専門的な検討を行うことが求められるということでございます。
33ページ目、情報でございますけれども、これも資料2-3の情報の部分、これがスライドの6になります。資料2-3のスライド6をごらんいただきながらと思いますけれども、情報活用能力の育成、これ自体は小中高の各教科を通じてしっかりと図っていく。その上で、高等学校段階におきまして、情報の科学的な理解に裏打ちされた情報活用能力を身に付けることのために共通必履修科目の設置を検討していくということでございまして、これが資料2-3のスライド6になるところでございます。
丸14、専門学科において開設される各教科・科目でございますけれども、専門分野ごとに求められる資質・能力を産業界等とも共有化しながら、三つの柱を踏まえ整理していくということ。地域や産業界、大学や専修学校教育等との連携を一層深めながら、教育内容の見直しを図っていくことが求められるということでございます。
丸15、道徳教育につきましては、小中の道徳の新しい教科への教科化ということが既にされておりますけれども、これの考え方を少し書かせていただいております。「特別の教科 道徳」が小学校では平成30年度、中学校では平成31年度から実施されるということでございますけれども、その中で、考え、議論する道徳科への転換ということで、児童・生徒の道徳性を育むということでございます。
問題解決型の学習や体験的な学習を通じて、自分ならどのように行動、実践するかを考えさせ、自分とは異なる意見と向かい合い議論する中で、道徳的価値について多面的・多角的に学び実践へと結び付け、さらに習慣化していくという指導へと転換することが今回の道徳の特別教科化の大きな目的であるということでございまして、答えが一つではない多様な見方や考え方の中で、子供たちに考えさせる素材を盛り込んだ教材の充実、指導方法の改善等が不可欠であるということであります。
これにつきましては、道徳科と各教科との関係性を明らかにするということ、また、これからの質的転換の進捗状況を踏まえまして、学習指導要領を含めた道徳教育の在り方については常に見直し、改善していく必要があるということ。また、高等学校教育における道徳教育の在り方につきましては、今回の公民科における内容の改善と併せて検討を行うことが求められるところでございます。
丸16、特別活動でございますけれども、誤字がありまして大変失礼いたしましたけれども、主体的に社会の形成に参加しようとする態度、自己実現を図るために必要な力、グループ学習や協働的な学びの基礎となることを形成する役割を果たしているものでありますので、こういった意義をより教育課程全体の中で明確化していくことでございます。
丸17、総合的な学習の時間につきましては、各教科の知識・技能の習得や学習活動を前提としながら、実社会や実生活との関わりを重視した教科横断的・総合的な探究活動を行うという意義がございます。総合的な学習の時間におけるクロスカリキュラムの学びと各教科における学習を相互に関連付けながら充実を図っていくことが今回目指す育成すべき資質・能力を身に付けていくための重要な鍵となることでありまして、また、各教科単独では取り組みにくい現代的な課題に対応した教育を行うに当たっても、総合的な学習の時間がこういった機会を確保する上で重要な役割を果たしており、国際的にも高く評価されているということでありますので、こうした意義を教育課程の中で明確化していくことが求められるということでございます。
大変長くなりましたが、今後の検討スケジュール、先ほど申し上げました小学校の授業時数につきましては、年末、年明けをめどに検討させていただきまして、その後、審議まとめ、答申を経て、来年度中に答申という形をさせていただければと思っております。
大変長くなりまして恐縮ですが、資料1の説明は以上です。よろしくお願いいたします。
【羽入主査】  ありがとうございました。それでは、この資料1に関して、皆様の御意見を伺ってまいりたいと思います。前回、既に案として皆様のお目にとまっていたのが4.まででございまして、5.からが新しい、今回初めて提出したものでございますので、皆様の御意見を伺う順序として、まず、前回、既に私どもが見ていたものから始めたいと思います。それから、本日は5.の各学校段階、各教科のところを集中的に議論する必要があるかと思いますので、後半といいますか、3分の2ぐらいはそちらにと考えております。時間としては2時間弱ございますので、そのような順序で皆様の御意見を承ってまいりたいと思います。もちろん、全体、前後しますので、どこに触れられてくださっても結構ですが、おおよその順序として、そのように考えていきたいと思います。
いつもと同じように、札を立てていただくか挙手をしていただくようにお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。先ほど、前半について修正箇所を集中的に御説明いただきました。どこからでも結構ですので、御意見を頂きたいと思います。どうぞ。では、お願いします。
【池野委員】  池野です。よろしくお願いします。
前半部分は、私は1の(2)を改善してほしいというお願いをしたんですけれども、全体的に、「2030年の社会と子供たちの未来」ということと、社会に開かれた教育課程を今回は新たに作らないといけないというメッセージを出されたと理解しています。全体的に社会の変化と学校の役割と学校で培う資質・能力及び、それを担う各教科の役割という点で、前半、よく整理されているのではないかなと思いました。
ただ、私としては、社会に開かれた教育課程自体が、生きる力及び、これから新たに求められている力としてどんな中身、「資質・能力」と一般的に書かれているんですけれども、例えば、社会が新たに活力を持つようにするために、創造的だとか革新的だとか、あるいは社会を作り出すとかいうポジティブな側面の子供たちの能力なり資質なりをもう少しメッセージ的に書いてもいいかなというのが私個人の意見です。ただ、社会に開かれた教育課程というのはそういう意味だと理解しているので、これでも結構かと思いました。
以上です。
【羽入主査】  池野委員、ありがとうございました。ほかにいかがですか。池野委員が今おっしゃってくださったこと、全体的にとても関係することだと思うのですが、資質・能力といったときに、私たちがどのようなことをイメージしているのか、どのようなことを具体的に考えてきたかということを少し分かるようなといいますか、リアルな形で示すことも重要ではないかと思っております。池野先生、ありがとうございました。
では、吉田委員、どうぞ。
【吉田委員】  22ページでしょうか、英語の、小学校の特に時数の問題というのは、今まで問題としてずっと取り上げられてきているわけですけれども、おおむね70時間を一応確保しようということなんですが、本来の使い方というんでしょうか、「短時間学習」という言葉で言われていますけれども、モジュール学習的なものというのは、かなり技術的なものだとか、あるいは形の練習だとか、そういうものを育成するためには確かにそれなりの効果はあるかもしれませんが、直接コミュニケーションの育成には余り役に立たないというのが基本的に私たちの立場なんですね。ですから、コミュニケーションを実際するためには、もう少しきちんとした時間が必要であろう。練習した形をいかにコミュニケーションの場で使うかという、そういう時間がどうしても必要になります。ここには柔軟に時間を使うことが可能であるということで、いろいろ工夫していただくことにはなるんだと思いますが、一つだけ必ず考えていただきたいのは、新しく系統的に英語を学んでいくとなると、五、六年生の場合は知識として英語を学んでいくという必要性はどうしても出てくるので、それを練習し、さらにそれをコミュニケーションの場へと広げていくという、この三つのものをきちんと包括できるような、そういう時間の使い方を頭に入れてやっていただきたいと思うんですね。ですから、学校によっては、使い方というのはまた変わってくるんだと思いますけれども、この三つの観点だけは必ず頭に入れておいていただきたいと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。今御指摘いただいたようなことを、22ページのこのあたりに具体的に書き込むということがよいのではないかと思います。
【吉田委員】  そのような形でも構いません。
【羽入主査】  そうですね。ありがとうございます。
では、平川委員。
【平川委員】  今の英語に関連することでお話をさせていただきたいと思います。現在、中学校の校長をやっておりますが、前職は留学あっせん会社を経営しておりまして、その立場からもお話をさせていただきたいと思っております。一般に英語ができるようになるには2,000時間必要だと言われております。小学校で授業時数が増えたとしても、今、ざっと計算しても、約1,000時間ちょっと、1,050時間ぐらいでしょうか。ということで、本当に英語ができるようになるためには圧倒的に家庭での学習が必要になってくるんではないかと思います。今、吉田先生がおっしゃったように、モジュールであるとか帯、短時間学習というのは非常に無理があると私も思いますけれども、ほかの教科もやらなければならない中で英語もやらなければならないと仮定したら、モジュールであるとか帯、短時間学習を活用するしかないと思います。手だてについては、例えば、公文などの民間企業がペンで文字をぴっとなぞると、ペンから音声が発するようなICT教材を作っております。例えば、こういうものを活用してやりたい子はどんどんできる形にできればいいんじゃないかなと思っております。
学校がやる役割としては、モチベーション付けと申しますか、主体的に英語学習に取り組む態度の醸成をどんどん引き出していくというようなことが小学校においては必要だとかなと思っております。と申しますのは、私も中学校にいて、英語の時数が一番多く、1、2、3学年とも、4、4、4とやっておりますけれども、国語でさえ4、4、3、数学でさえも4、3、4、理科においては、これだけ理系強化と叫ばれていても3、4、4ということで、英語に関して、やっぱり一番時数が多いということに対して、もっともっと内容を工夫できないかなと思っております。その中で、23ページの中学校教育の中で、外国語教育に関しては「抜本的な質的改善が求められる」と書いてございますけれども、私も現場にいながらもそう思っておりまして、これを国語でやるのか英語でやるのかは別にしまして、論理的思考であるとかプレゼンテーション、スピーチ、ディベート、エッセーライティング、こういうものを英語教育において取り込められるような教科書作り、カリキュラム作りをやっていかなければならないと感じております。
現場の先生に、「論理的思考、プレゼンテーション、スピーチ、ディベート、エッセーライティングなんかを英語という教科でやるべきですよね」と言ったら、「そうなんですよ」と英語の先生は必ず言う一方で、「でもね、入試に出てこないから、なかなかやりづらいんですよね」と、絶対オウム返しのように返ってきまして、入試に入れるのか、それとも教科書に入れるのか、カリキュラムの中に入れるのかというのはありますけれども、ここの部分がまさに抜本的な質的改善、それも2(2)丸2に示した、「特にこれからの時代に求められる資質・能力等」というようなことに関連してくると思います。それから、小学校の部分に関しては手だての部分で、一つはICTと民間企業の教材を活用するのがいいと思います。資料2-2の中に、「学級担任が専門性を高め」と書いてありますが、これ、なかなか厳しいと思います。かといって、ALTを活用しても、私も日本語をこうやってしゃべっておりますけれども、日本語を教えろと言われても教えられませんし、ましてや英語も関西弁もできますけど、これを教えろと言われても教えられません。これと同じような形で、できるといっても、教えるのはまた違う力が必要になりますので、別に外国の方でなくても、日本人の、例えば、J-SHINEなどの小学校英語の教え方を習得した方が、教え方がうまければ、すっと子どもに入って来ると思います。外国人というスタチュー、英語はしゃべれるけど教え方が確立されていない外国人がいるよりも、日本人でもちゃんと教えてくれる方が効果が高いと思います。
以上です。
【羽入主査】  廣田委員どうぞ。
【廣田委員】  英語の議論が出てきましたので、関連して発言をさせていただきます。三菱商事の廣田でございます。
ちょうど8月1日から採用試験が始まっておりまして、この暑い中、学生諸君もかわいそうに各社を回っております。私の会社では採用選考の際、最初にペーパーテストをやっておりまして、どうしても私どものような業種ですと、TOEICのような英語テストを実施して、一定レベル以上の人を面接に進めるということをやっています。経年的に英語テストの結果を見ると、母集団の変化はあまりないので、一般的な話として言えると思うのですが、ずっと上がってきています。これはどうして上がってきているのかという分析を私どもはしているわけではありませんけれども、そういった事実があります。
ただ一方で、絶望的にできない人たちもいることも確かでありまして、この人たちがどうしてそうなったのかというような課題もあるかと思います。私どもの会社もそうですし、これからの世の中を見たときの日本企業というのは、やはり英語というか、英語の言語能力、あるいは英語的な発想の理解は必須だと思いますので、今回、こういった形でご提案いただいた小学校から高校へ向けて、一貫して継続して能力を高めていくことは非常に大切だと思います。
しかし、今、平川先生もおっしゃっていましたけれども、小学校の低学年に下げるということは、絶望的にできない学生諸君たちがいることも考えると、英語が嫌いになる子供たちの年齢を下げることにもなりかねない、という恐れも抱いております。このあたりは相当教え方であるとか教材の工夫が大切だと考える次第であります。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。英語に関しまして、まだ御意見はあろうかと思いますけれども、専門的な検討がこれからさらに続けられると思いますが、今、平川委員も廣田委員もおっしゃっていたことの背景として、カリキュラム全体の、科目間全体を通してどのようにして論理的思考を学ぶか、どのようにしてコミュニケーション能力を高めるかということが根底にあっての外国語教育になろうかと思いますので、それぞれの科目の融合といいますか、連携といいますか、そういったことを、何か視点として、できるだけ入れるようにしていくのも重要ではないかと思います。
どうぞ。英語のことで結構でございますし、先ほど、私、順序を何となく申し上げましたけれども、いかような順序でも結構でございますので。では、山脇委員、どうぞ。
【山脇委員】  18ページの(2)に「学習指導要領等の理念の実現に向けて必要な支援方策等」を設けていただいたのは、私は本当によかったと思います。ここで、いろいろな議論がありましたけれども、教員の質の向上もそうですし、時間的精神的な余裕が必要であるとか、こういったことを入れていただかないと、本当に絵に描いた餅になってしまいます。理想ばっかり盛り込んで、結局、先生たちが忙しくて何も対応できないとか、ただただ途方に暮れるというようなことになりかねないので、ここを入れていただいたことはよかったなと思っております。
【羽入主査】  ありがとうございます。やはり能力があって、熱意があって、でありながら、ほかのことでなかなか本務が遂行できない状況があるということも、ここでは随分議論をされました。そういう意味でも、支援といいますか、環境を整えることが重要であるということは、やはり今回の論点整理の中でもきちんと位置付ける必要があるかと思っております。ありがとうございました。
何度発言してくださっても結構ですので、とりあえずの御意見ということでもよろしいのですが、どうぞ。では、牧田委員。
【牧田委員】  今の「必要な支援方策」のことなんですけれども、この中に、教員一人一人が校内研修、校外研修など研修の機会ということとか、指導主事の力量の向上とかということが書かれておりまして、それは非常に大事なことだと思うのですが、教員の育つ場所というのは、子供のいる学校なんですよね。どこか集められて、そこで講演会とか何か聞いて、それで力量が高まったなんていうことはほとんどないんですね。子供のことについて子供のいる場所で語ることが重要です。だから、そういう意味でも、学校を訪問する指導主事の力量が非常に問われるということなんですけれども、その指導主事の力量をどのように付けるかということです。これまでもあったかとは思いますけれども、集まって、そこで伝達講習のような形でいくらやっても、今度の新しい学習指導要領について、当然、伝達講習のような形は取るのでしょうけれども、それだけではなくて、そこで議論をする。この提案という形をそこに持ち込んで、いろんな人を交えて議論をする。その議論の中で、やっと腑に落ちることとか、具体的にどうすればいいかということが見えてきますので、是非そういう形で進めていっていただきたいなと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。おっしゃるとおりで、今回、13回目の議論ですけれども、それぞれのお立場から皆様の御意見を伺うことによって大分理解も深まってきたのではないかと考えております。今、牧田委員が御指摘のように、どのようにして方策、支援方策と言っていいのか分かりませんが、環境を整えるかということも具体的に記していきたいと思います。
では、渡瀬委員、奈須委員の順で。
【渡瀬委員】  よろしくお願いします。育てるべき資質・能力という点で、私はやはり言語技術と思考スキルというのがとても大事だと思っています。英語で話すこと、書くこと、聞くこと、読むことも言語技術の一つと考える場合、英語で書いたり聞いたり読んだり話すことが特別ではないと子供が思えるようにするには、やっぱり指導する時期は早い方がよいと思います。「10歳の壁」と言いますけれども、10歳ぐらいまで、一つ、二つ、三つと、私たちは「『つ』の付く年齢」と言いますけれども、それを超えると非常に客観性が出てきますので、そのことにためらいがちな年代に入っていきます。そういう意味では、それよりも早い時期に英語を始めて、それも言語技術の一つとして指導していく必要があると考えます。
当然、小学校では、英語が嫌いにならないように指導することが大事ですし、そうできれば、それが理想だとは思いますけれども、嫌いになる子はやっぱり出ると思うんです。ただ、嫌いになる子の年齢が下がることを恐れて、指導を開始するのを早めることをちゅうちょすることはないのではないかと思っています。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、奈須委員。
【奈須委員】  遅れて参りました。済みません。先ほど、山脇先生と牧田先生が言われたことに引き付けてですけれども、現実に向けての方策ということで、いろんなことがスキームとして準備されていることは大事なことと同時に、今回の転換がかなり抜本的な部分に掛かってくるので、しっかりとやらなければいけないということだと思いますけれども、その中で、今回、二つ目の丸になりますかね、「とりわけ、各学校における教員の学び合いを貴重とする『授業研究』」というのが……。
【羽入主査】  何ページですか。
【奈須委員】  済みません。19ページの一番頭ですが、「とりわけ、各学校における教員の学び合いを貴重とする『授業研究』は、我が国において独自に発展した教員研修の仕組みであるが、近年『レッスン・スタディ』として国際的な広がりを見せている」という記述があって、とても大事なことかと思います。やっぱり文部科学省が、ある意味でリーダーシップを取って、この新しい動きを作ってきたところはありますけれども、それを前回、鈴木先生の方で、インプリメンテーションをどうするかということがありました。上からおろすことも一定程度あるでしょうけれども、やっぱり下からの創意工夫といいますか、現場の創意工夫でくみ上げ、それこそ僕らが想定している以上のものを作る力が現場の先生にはおありだと思います。それに期待していきたいと思います。その意味で、現場の先生方が日常的に、先ほど、牧田先生が言われた、子供の事実に学び、そこから積み上げ、新たなものを創造していくのが授業研究ですけれども、そこを支援していくというんですかね。授業研究という在り方をより本質的なものにし、そこにおいて抜本的な転換ができるような質的な支援をすることが、今回とっても見込みがあるんじゃないかと思っています。
聞くところによると、数年後、このレッスン・スタディに関わる国際学会も日本に誘致するという動きがあって、その中には、やはりこういう動きが国際的に関心を持たれているという、OECDの評価などもあるんだと思います。ところが、どうしても僕らは新しい動きを周知徹底するというと、上から下に向かって伝達講習的におろしていくというふうにしがちで、そうなると、どうしても上目遣いな、後追い的な、何をすればいいんですか的な、言われたことしかやらない的なことになりがちで、そうすると、このせっかくの新しい動きが形式的なことに留まりがちですよね。アクティブ・ラーニングも、アクティブ・ラーニングというのはこういう行為をするんですねというふうに誤解されがちです。そうではなくて、理念を御理解いただいて、それを豊かに花開かせていただくためには、こういった草の根の、現場を基調にした、あるいは、さっきのお話ですと、子供の事実に即した、子供のいる場所でやるということが、余裕を持って、分厚い広がりを見せるということが大事で、ここにやはり一文置かれることはとっても大事だなと思います。
また、近年、レッスン・スタディの質の上げ方、授業研究の質の上げ方についても、ワークショップ型研修、実際にアクティブ・ラーニングを、まさに授業研究の場で行うことによって、全員参加の、ベテラン先生方だけが支配するんじゃなくて、若い先生方が闊達に意見を述べつつ議論するようなことが広がってきていますけれども、そういったものがさらに広がっていく。それこそ教師が日常の自分たちの授業を検討する中でアクティブ・ラーニングを実施することによって、子供の授業もアクティブ・ラーニングに転換していくということが期待されるんじゃないかと思っています。ここ、とっても大事ですし、今度、これを支援するために教育委員会、あるいは指導主事の力量、あるいは文部のスキームをどうするかといったことが、また先々では検討されていくといいなと思って拝見しました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。そうしますと、この19ページの上の部分で、比較的すっきりと書いてくださってしまっていますけれども、我が国において独自に発展した教員研修の仕組みというのがどういう意味で特徴があり、どういう意味で注目され得るものかというようなことを少し書き込んでいただけるとありがたい。書き込むことにいたしましょう。
では、キャンベル委員、どうぞ。
【キャンベル委員】  ありがとうございます。ピンポイントで一つだけ、今、気付いたところを申し上げたいと思うんですけれども、15番、34ページの道徳教育についてです。それ以前の教科についてはかなり詳しく、改正すべき点と、それぞれ独自の教科における要点が何かということが書き込まれているわけですけれども、道徳教育の、今日のたたき台の中では、「特別の教科 道徳」の導入、改正ということが書かれ、そして、今までの道徳教育の弱点といいますか、読み物教材から受動的に登場人物、先人の心理描写を読んで、それを単に知識として重ねていくことの反省に基づいて、このように変えていかないといけないということが書かれていて、それはいいと思いますけれども、なぜ道徳教育が必要なのかとか、道徳性というもの、児童・生徒の道徳性を育むことを目的とするものだということはここにも書かれているわけですけれども、そもそも道徳性というのはどのような範疇のものであるのかということを、是非回避せずに書き加えていただきたい。ここに書かれているように、今までは非常に軽視される、問題のある時間だということを再生させるような、つまり、道徳性というものが、例えば、人と人の結び付きであるとか命の大切さであるとか、社会で生きるときに、個としてこのような問題、矛盾が生じたときに、どのように判断をするかとか、善悪とか功罪ということをどういうふうに考えるかということを、これが答えです、一つですということを与えるのではなくて考えさせる、議論をさせるという。その議論をさせるということ、ここには書かれているんですけれども、今、繰り返しますけれども、道徳性というものは何か、道徳教育が何かということを、例えば、外国語であれば非常にそこがはっきりと、改訂といいますか、段階が書かれていますし、国語も非常によくまとめられていると思うし、なぜ国語教育が必要なのか、何とつながって、これをやると充実した市民として、どういうことが期待できるかということが書かれているので、そこのところを是非、目をそらさずに書いていただきたいと思いました。
【羽入主査】  ありがとうございます。考え方によっては、道徳とは何かという、今、キャンベル委員がおっしゃったようなことに言及することによって、例えば、アクティブ・ラーニングとか、翻訳が難しいかもしれませんけれども、クリティカル・シンキングとか、そういったことの基本姿勢になるとも考えられるように、私、個人的には思いますので、少し表現を考えてみる必要があるかと思います。ありがとうございました。
では、市川委員、お願いします。
【市川委員】  全体的には、今回の学習指導要領が社会活動に将来的に参加していくんだということを見据えた形になっていると思うんですね。それまでのどちらかというと教科の体系を習得していくという意味合いが強かったものから、社会活動への参加という感じが出てきて、私はそれは非常にいいことだと思います。これは、文部科学省が言ってきた生きる力、内閣府での人間力、経済産業省でしたら社会人基礎力とか、この一連の流れの中にあるものだと思っています。
その中で、社会生活、社会活動に参加していくときに、社会活動なんですが、これは人間力戦略研究会の中でも、三つの側面を考えようという話が出ていたんですね。一つは職業生活、一つは市民生活、ボランティア活動とか選挙での投票とかいうことも含めた市民生活、もう一つが文化生活ということを挙げていました。大人のやっている文化生活。これは芸術活動もありますし、スポーツなども含めてなんですね。プロになるわけではないけれども、そういう活動をしている、楽しんでいる大人たちがたくさんいて、そこに参加していく。その一端を学校で味わってみるということですね。そして、自分の選択肢を広げていくというイメージです。
そのように考えたときに、各教科でということになるんですが、国語なんですけれども、国語で、例えば、古典の鑑賞とかいうのはよく出てくるんですが、俳句や短歌にしても、普通、学校ですと、有名な俳人とかが作ったものを鑑賞する、味わうというのがほとんどだと思うんですけれども、自分たちで俳句を作るとか短歌を作るという、これ、楽しんでいらっしゃる社会人の方、いっぱいいるわけですよね。自分たちで作るという実践をやっているところもあって、子供たちも大変活発に参加していく。今、俳句はむしろ外国でもやっている、外国の子供たちがいっぱい俳句を作っているところもあるくらいで、そういう創作活動のようなものが国語でももう少し、言葉として、「芸術的創作活動への参加」みたいなことが入ってもいいかなと思いました。
やっているところでは、もう小学校高学年、中学、高校になるとやっている。いいかどうかということより、そういう活動があって楽しんでいると。そして、市民の方に時々来てもらったりして一緒に作るとか、俳句の句会みたいなことを催したり、そんなこともあって、そういう活動もありなんだというようなことが入ってきてもいいのかなと。教科書に、「俳句を作ってみよう」なんていう単元があってもいいと思いますし、そういう意味では、そういうことも入っていいのかなと思いました。既に、図画工作、美術では必ず創作活動をやっているわけですよね。ですから、文学作品の中でもそういうものが入ってきてもいいのかなと一つ思いました。
もう一つは、英語についていろんな御意見が出ていて、私も英語について思ったことなんですけれども、これまでの日本での英語教育、決定的に弱かったと。そして、いまだに余り解決のめどが立ってないと思っているのは、話すという活動ですね。これだけ子供たち、時間を割いてやっても、なかなか積極的に話そうとしないし、その力も付いてない。今、リスニングについては、いわばインプット活動で、それをどう評価するかをペーパーテストである程度評価できるので、大学入試にも入ってきたし、確かに若い人たち、力は付いていると思いますが、話す方については、どうも余り強くなってないと。ここにも、発表とか討論とかを大事にしようということは出ているんですけれども、もう一歩踏み込んだ活動が必要ではないかと思っています。
それは具体的には、英語もかなり実技という側面がありますから、音楽でしたら、やっぱり歌とか楽器の演奏は評価されると思うんですね。スポーツであれば、体育の実技というのは評価されると思うんですけれども、英語に関して言うと、表現活動とか対話とか、あるいは発音もそうですけど、ほとんど評価される機会がない。それを大学入試で評価してくださいと言っても、時間も非常に掛かるので難しいので、やるとすれば、私は小中高で、ふだんの評価活動の中で何か入れていく必要があるのではないかと思っています。
もちろん、そういうことを評価すると嫌いになる子も出ると。これはそうかもしれません。でも、それは体育でも実技をやれば、実技の苦手な子は嫌いになる。音楽であれば、歌の苦手な子は「歌のテスト、大嫌い」と言うでしょうけれども、逆に言うと、そういうことを評価しないと、みんながやらなくなってしまう。全く表現活動をしなくても、大学入試はどうせ、せいぜい読む、書く、聞くだということになってしまえば、話す活動はほとんどしないまま、ずっと過ごしてしまうのであれば、やっぱりそういうことは大事ですよ、評価もありますよ。ふだんの学校の中で、そのような発音、発表、討論、さらには、実際に外国の子供たちと、例えば、インターネット、スカイプとかを使って話し合いをするとか、これを是非活動として入れていくという方向。私は、ここでこそICTだと思っているんですけれども、ALTの方を入れるとか、英語で先生がオール・イングリッシュの授業をしましょうと言っても、どうしてもそれだけでは、なかなか子供たちが自分たちの表現活動を起こさない。であれば、何か表現活動を入れる場を、実際に外国人の子供たちとリアルなコミュニケーションを交わす場をできるだけ設ける。インターネットを使えば費用はほとんど掛かりませんので、相手さえいればできることですので、そういう活動を入れていく。それは、評価の対象にもなるくらいの抜本的なことが入っていってもいいのではないかなと思った次第です。
【羽入主査】  ありがとうございます。これまで評価の御発言がなかったんですが、後ほど、評価について御意見を伺いたいと思います。
一つ、最初におっしゃっていらっしゃいました社会活動へ参加できる人、次世代を育てるということで考えた場合に、これは事務局でも大変苦労してくださったんですけれども、3ページのところに、これからの教育課程について「開かれた教育課程」という表現を使っていて、そして、それを三つでまとめています。これについて、まだ少し悩んでいるところもあるんですけれども、今、市川先生がおっしゃってくださったようなことを考えますと、往々にして社会に出ていく子供たちを育てるというふうになるとキャリア教育となったり、そういった非常に一元的な考え方で捉えられがちですけれども、それはそれとして、さらにどういうふうに文化を担うかとか、どういうふうに市民として育てるかとか、職業を持つ市民であること、そして文化を担うという、そういうような意味での社会に開かれた教育課程であるというようなことを入れてもよいのかもしれないという気が、今いたしておりました。また、御相談をさせていただきたいと思います。
では、吉田委員、清水委員、山脇委員の順でお願いします。
【吉田委員】  また、ちょっと英語に戻って恐縮なんですけれども、32、33ページに載っているような内容というのは、英語をどう教えるか、英語の何をどう教えるかという点が非常に強調されているんですけれども、誰がどのように教えるかという点に関しては、先ほど、平川委員が少しお話しくださいましたけれども、すごく大事な点だと思います。
一つは、外国語、12番の最初のところにありますけれども、言語や文化に対する理解ということがありますけれども、文化に対する理解というのは、外国籍の人、あるいは海外で長い経験を積んできている人の果たせる役割って非常に大きいのではないかという気がするんですね。今現在も外国語活動としての英語の一つの大きな目標、あるいは、最終的に一番大事だと言われているのは国際理解教育なわけですから、そういうような観点を失っちゃいけないと思います。特に小学校においては、これ、絶対入れておかなきゃいけないというのが第一点です。
ただ、そのときに気になるのは、先ほどの誰が教えるかという観点ですね。国際理解に関しては、ある程度、海外で生まれたり、あるいは生活経験が長い人が非常に大きな役割を果たしますので、外国籍の方、あるいは外国人の方が大きな役を担ってくださるかなと思います。英語そのものの教え方に関しては、先ほど平川委員がおっしゃったように、特に教科化された場合は、ある意味では、日本人でちゃんと教え方を学んできた人の方がうまいという点は、これは明らかにあると思います。ただ、そういう方だからといって、じゃあ、国際理解までいけるかというと、なかなかいかない。ですから、その両方とも必要だと私は思います。
もう一つ、その辺に関して言うと、33ページの一番最後のところに、英語以外の外国語についても大切だということを入れていただきまして本当にありがたいんですけれども、実を言うと、ALTの採用基準を見てみると、教育委員会にお話を伺っていると、ネーティブスピーカーという限定がかなり強いというのが、私、非常に気になっているんですね。どういうことかというと、今、ネーティブスピーカーよりも、ノン・ネーティブスピーカーで英語をしゃべっている人たちの方が圧倒的に世界で多いわけなんですね。そういうことを考えると、どこの国の人とどういう会話をしていくか、あるいはコミュニケーションしていくかは今後ますます多様化していくわけで、ネーティブスピーカーにALTを限定してしまうのは、私は非常にまずいと思います。むしろ英語が本当に国際語として、あるいはEnglish as lingua franca、国際共通語として使っている国の人たちであれば、十分にALTとしての役割を果たしていただけるんではないか。しかも、その方たちというのは、いろんな文化の紹介をしていただける、いろんな形で子供たちに世界の多様性というものを認識させてくれるのではないかと思いますので、誰が教えるかということも、何らかの形でこの中に入れられたらいいという気がいたします。
以上です。
【羽入主査】  それでは、清水委員、山脇委員の順でお願いします。
【清水委員】  ありがとうございます。今回の前段の部分で、7ページにもありますように、職業や社会とのつながり、外の風を取り込むなど、専門高校に所属する者にとっては非常にありがたい書きぶりだなと感じております。また、3ページにありますように、社会に開かれた教育課程、まさにこれまで率先して進めてきた内容がこのように書かれていること、その取組によって学校がどんどん変わってきているという現状を見ながら、こういった書き込みがあることは非常にありがたい。
少し気になったところが、市川委員からも先ほど話がありましたけれども、ICTに関わるものの書き込みが思いのほか少ないんではないかなと感じています。例えば、教員がICTを活用した授業の実践であるとか、子供たちのICTを活用する力をもっと付けなければならないと考えています。また、情報化社会を生き抜いていく力の中に、さらには情報化をリードする人材を作っていかないと日本がだめになってしまうのではないかなと危惧しています。ほぼ全てが、外国から入ってきたアプリケーションなどに委ねてしまっているような状態です。日本としてもっともっと情報化にしっかり力を入れ、活用から開発に至るまで、そういった力を付けることができないのかなということを、感じました。もし、そういったものが書き込めるようであればありがたいなと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、山脇委員、どうぞ。
【山脇委員】  三点ほどお話ししたいと思いますが、一つは、社会に開かれた教育についてです。これはすばらしい概念だと思うんですが、やっぱり一つ問題なのは、先生たちと社会との関わりのことなんですね。大学を卒業して、すぐ先生になってしまって、学校という、ある意味では狭い世界の中で、立派に生きていらっしゃるとは思いますけれども、ある意味、社会の中のほんの一部である教育の現場なわけです。例えば、研修については、先ほど牧田委員からありました、いわゆる座学というようなことではなくて、外に出ていく研修、先生たちも。多分、先生方も経験したことのないような三菱商事なら三菱商事で研修もあると思いますし、先生方が社会性を磨く必要があると思います。これについては平川委員に伺いたいと思います。
英語教育についてですが、一番必要なことというのは、語るべきものが何かということなんだと思うんですね。軽く挨拶などができるだけが英語がしゃべれることではない。何を語るかが最終目標にあるということをやはり根底に置いて教育がなされるべきであるということは、強調したいと思っております。
それから、非常にピンポイントなことですが、書道のところで、私は、書道は芸術の一つであるとは十分認識しつつ、本来ならば、筆を使って手紙を書けるとか、つまり、昔、誰もがやっていたことを書道でできればいいなと思います。つまり、芸術でもあるけれども、一つのものを書くツールでもあるというようなことで、これは日本のすばらしい伝統文化でもあると思いますので、そういった日常に使えるような書ということも一つあればいいかなとは思いました。
【羽入主査】  ありがとうございます。今御指摘くださいました英語教育について、それから書道もそうですけれども、先ほど清水委員がおっしゃっていた情報教育についてもですが、学校の枠組みの中でしか私たちは語れないにしても、将来それをどういうふうに社会的に位置付けるかというようなこと、情報などは特に今後、質的な転換が行われてくると思いますし、そういうことも踏まえて、少し枠を超えてしまうかもしれませんけれども、どういう社会を目指して、それぞれの教科を私たちは記述したというようなことがどこかに記されるといいかなと思いますが、どんどん事務局に負担を強いているような気もいたしますけれども、やはり社会に開かれたというのはそういうことでもあるかもしれないと思いますし、将来を作るということはそういう意味でもあるかと思いますので、よろしくお願いします。
先ほど、先生が社会に出てということがございましたので、一言、平川委員。
【平川委員】  ありがとうございます。確かに先生は閉じた世界の中にいるという御指摘も分からなくもないんですが、私はビジネスの世界にいて学校に来て思うのは、ビジネスはビジネスの世界ですごくビジネスに寄り過ぎていたなという部分はあって、それはそれで閉じているというか、それ以外の世界もあったんじゃないかなと思っております。横浜市は今、夏休みなどを活用して民間企業への研修を、5年目の職員に5日間の、いわゆる先生のキャリア教育ということで出してくださっていて、こういった取組も非常にいいなと思います。また、5年目の若手だけじゃなくて、10年目、20年目の先生方にもキャリア教育ということで、企業など出前授業をやってくださるときに、やはりいろんな世界に触れていただくのは、これは子供だけじゃなくて、先生たちにとってもすごくいいことだと思います。開かれた学校を実現することによって、日常の授業がイコール研修になっているんだというふうに早くならないかなと私も思っております。御指摘ありがとうございます。
これに関連して、後でお話ししようと思ったんですけれども、よろしいでしょうか。「学習指導要領等の理念の実現に向けて必要な支援方策」等の中で、これに関連してなんですけれども、社会に開かれた教育課程の実現に向けて、学校現場において、教員自身が試行錯誤の段階で、失敗してもいいんだ、リカバーは「チーム学校」でやっていこうというようなことを是非記載していただきたいなと思っております。どうしても先生たちというのは、失敗しちゃいけない、何もしないのが安全というような、そういうメンタリティーというか、思考にとらわれていらっしゃる方も多くて、決してそうではないんですけれども、新しいことへチャレンジする精神ですとか、それが評価されたり、どんどん新しく、アクティブ・ラーニングだとかクリティカル・シンキングを取り入れていこうよというようなことを評価する、そういう文化の醸成をすることが本当に必要だと思っております。
と申しますのは、道徳の学習指導要領の一文に現場は大変救われているからです。どうしても先生たちは教壇の前に立つと、自分が完璧でなければならないと思いがちな先生もいるということは否めません。いや、そんなことないよと。道徳の学習指導要領に、はっきりとした文言は忘れたんですけれども、「教壇に立つ教師も完璧な人格を兼ね備えた人間ではなくて、児童・生徒とともに学び続けるんだ」という様な内容が書いてあります。「だから、先生、完璧な人間じゃなくてもよくて、生徒とともに考えていこうよ」と指導すると、先生たちもほっと安心して、「そうですね。しゃちほこばらなくていいんですね」ってなるんです。なので、失敗してもいいんだ、いいんだというか、リカバーは「チーム学校」がやるんだということを、この実現に向けた方策のところに一言入れていただくと、何となくちょっと、完璧にしなきゃいけないというようなことが、チャレンジしてもいいんだととらえられるかと思いますので、一つ、これも加筆していただけると現場としては助かります。
以上です。
【羽入主査】  急に指名して失礼いたしました。
【平川委員】  とんでもないです。
【羽入主査】  学校の先生だけではなくて、恐らく社会全体が、失敗することに対して厳しい状況があるのかもしれませんので、それも先ほどと同じように、社会がどうあってほしいかということの発信でもあるという位置付けができるとよろしいのではないかと思います。長いことお待たせしてしまいました。神長委員、品川委員、三浦委員の順で、とりあえずお願いします。
【神長委員】  後半のところでよろしいでしょうか。
【羽入主査】  もちろん。
【神長委員】  今回新たに提示されたところで発言したいと思います。全体を通して、接続という、幼小、小中、中高という、18歳までに何を身に付けていくべきかという視点から、接続の形がいろいろなところに工夫されて記述されているということ、とても感心して読みました。特に幼小に関しては、きめ細かく内容を入れていただけたかなと思っております。私、前回の発言の中に、後半部分にも幼児教育を入れてくださいという発言をいたしましたけれども、実際に今回頂いた資料を読みますと、小学校の各教科の中にそういった内容を、小学校のというよりは、各教科の中に幼児教育との関連を入れていただいているので、むしろそこから幼児教育の在り方といいますか、体験すべきこと、身に付けるべきことが少し明確になってきたかなと思います。
ページ数で言いますと後半の部分なんですけれども、各教科が書かれているところに、これまでも各教科で、国語や図画工作や音楽等の中には、「幼児教育の体験を生かして、教育内容の工夫、改善を図ること」ということは入っていたんですけれども、例えば、先ほどもお話ありましたけれども、理科のところに、ページで言いますと29ページなんですけれども、二番目のところに、「幼児期に育まれた自然とのかかわり等の基礎の上に、小・中・高等教育を通じて育成すべき資質・能力を」と書かれておりまして、まさに今、幼児教育の中では、やはり幼児期における自然体験というものを非常に重要視しているんですけれども、現実には自然が子供の周りからどんどん消えていくので、体験が十分できてない状況があるわけですけれども、こういった文言から、もう一度そこの見直しを図っていこうというような、これは小中高に向けて書いてありますけれども、幼児教育をもう一度見直す視点になるかなと思っております。
先日、ある園に伺ったときに、水たまりのところにすいすいと動くミズスマシをじーっと見ていて、先生や子供たちが不思議だねという、そういった光景をふと思い浮かべたんですけれども、幼児期における自然体験って、確かに大自然の中で感動するという体験もあるんですけれども、身近なところに、昆虫の世界の不思議さとか、水って沈んじゃうはずなのに何ですいすい行くんだろうとかというようなところに、やはり将来、そういったことを、理科の教育の中で水について学ぶときに、そういった体験があるかないかによって、表面張力とかそういう発想の仕方が全然変わってくるんだと思うので、やはり体験をしっかり持つことは大事かなと思います。
そのこともここに入っているんですけれども、幼稚園に限らず、認定こども園や保育所という形になると、保育所の場合には園庭も非常に限られたスペースになってきますので、それでもやはり同年齢の子供たちが通う施設ですから、同じように自然体験をしていくためにはどうしたらよいかという、先生方が知恵を絞り合うという、園内研修、校内研修に代わるものですけれども、していくことは非常に重要なことかなと思います。そういう意味で、各教科にこういった幼児期に育まれたもの、幼児期の体験と各教科の関連がしっかり書かれていることがとてもよいし、これからまた課題もあるかなと思っています。幼児期において、そういった自然体験を育むのにどうしたらよいかとか、考え方の中には、前倒しをしていく考え方って、どうしても手っ取り早いので、そういったことを考えると、幼稚園教育要領も工夫していかなきゃいけないかなと思っています。
前回のときに、国語の学習指導要領の中になんですけれども、幼稚園との関連を示す中で、幼児教育の側から「伝え合い」という言葉をキーワードにしながら言葉の領域の見直しをしてきているんですけれども、そのことによって、幼児期の言葉は非常に一方的に相手に伝える、自分の思いを相手に伝えるという一方的な会話が、修了間近になると、友達の意見にも耳を傾けて聞くことができるようになるし、そのことがとても大事だということが共通理解をできて、それが小学校以降の言語的表現力につながっていく、道筋を見直してみたことがありますけれども、同じように、やはり各教科に幼児期の体験を非常に重要視してくださっているので、修了までに育てたいことを明確にしていかなくてはいけないかなと思っております。
そのときになんですけれども、やはり研修の話は、先ほど来から大分出ているかと思うんですけれども、実際に授業や実践、幼稚園における実践、小学校における実践等、見合うことってとても大事でして、ここには、ページ数で言いますと、研修のことに関しては21ページに入っております。「教育委員会等における幼児教育の推進体制の充実など条件整備が求められる」こととか、「幼児期の教育については、幼稚園のみならず」という形で、保育園や認定こども園で行われる幼児期の教育についても質の充実を図っていくようなことがしっかり書かれているんですけれども、そのときに実践を見合うような研修の在り方、先ほど、「授業研究」という言葉がありましたけれども、まさに接続のところも、こういった中教審の答申を読みながら理解するところも非常に、今、どう変わろうとしているかということを理解することもできますけれども、実際に研究会などに参加しながら、今までは幼稚園は幼稚園の中だったかもしれませんけれども、小学校の研修会に参加しながら、そういったことを学び、実際に授業を見ることも大事なので、そういった実践を見合うような研修体制も非常に重要かなと思っています。
これは前に、きょうお休みですけれども、小川委員が発言してくださったんですけれども、やはり幼児期の教育の場合には、教育委員会の研修を受ける者もおりますし、福祉の部局もありますし、公私立、幼保と考えると非常に多様な研修があるので、是非とも、今、小中学校がどのような方向に変わろうとしているかというときには、実際に小学校の実践を見るとか、その後の話し合いに参加してみるとか、そういった研修を開いた形で参加できるような仕組みもできるとよいなと思っております。ありがとうございます。
【羽入主査】  ありがとうございました。
では、品川委員、お願いします。
【品川委員】  ありがとうございます。拝読しておりまして、前回よりも非常にブラッシュアップされて分かりやすくなって、構造化されて、主査をはじめ事務局の皆さん方には本当に御礼申し上げます。
先ほどから話題になっております英語の件と、その他幾つかお話ししたいんですが、英語のところなんですけれども、P11の丸3の四つ目の丸のところに、「全ての学校において、発達障害を含めた障害のある子供たちが学んでおり」、ずーっとつらつらと来て、「子供たちの十分な学びを確保していく必要があり、一人一人の子供の障害の状態や発達の段階に応じた指導を一層充実させていく必要がある」という文言があり、P25ページの丸5のところにも、やっぱり「全ての学校や学級に、発達障害を含めた障害のある子供たちが在籍する可能性があることを前提として」という文章がある以上、これは全体の文章の整合性を考えていく必要があるのではないかなと思っていて、それは何かといったら、英語の指導のところ、小学校のところ以降も含めてなんですが、音声と書いてあるところに、「しっかりと音韻の指導をする」と入れていく必要があるのではないかなと考えております。
先ほど、廣田先生も、英語が絶望的にできない人がいらっしゃるとおっしゃっておられましたし、実際に先ほどの、これは概要と書いてありますね、平成26年度の外国語活動の実施状況の調査結果を先ほどからずっと読んでいたんですが、これもそうですし、P32の12の四つ目の丸のところに、「音声中心で学んだことが、中学校の段階で音声から文字への学習に円滑に接続されていない」と書いてあるんです。これは何かといったら、やっぱり音韻の意識が育っていないと、いくら会話の練習をして英会話ができるようになっても、音韻意識が育たなければ、文字の読み書きというのはつながらないんですね。これは、英語の先生がおできになることでは――おできになる方もいらっしゃるんですが、例えば、英文学を学んだ方は別に英語の言語学は御存じない可能性もありますから、やっぱりしっかりと音韻指導ができるということをここに打ち出していく必要があるかなと思っています。
多分、皆さん、何のことを言っているんだろうと思われるかもしれないんですが、簡単に説明しますと、日本語の音の最小粒というのは、モーラといって、ほとんど子音と母音なんですね。だから、「カ」と言ったら、「ク」と「ア」なわけですよ。だから、「カ」が分かるんだけど、英語を理解するためには、「ク」というこの子音を理解しなきゃいけない。これ、音素と言うんですが、英語の場合、最小の単位は音素なので、ここの聞き取りが悪いと、当然、会話はできるのに、なぜか読んだり書いたりするのがすごく難しくなる。あるいは、発達性ディスレクシアとか学習障害のある子供たちはそこで当然つまずくわけですね。だから、そこの指導をやっていかないと、言語学的に指導しないと、それこそ絶望的にできない生徒だったり、それから、英語は嫌いです、分かりませんという数の子供たちは、いくら授業数を増やしたからとか、言葉を浴びたからといってできるわけではない。言葉を浴びることは物すごく大事なんですが、言語学的なそういった視点を入れていくことは非常に大事なのかなと思っています。
ちなみに、IDA、国際ディスレクシア学会、発達障害の中の読み書きが苦手な人たちの国際学会では、十人に一人はそういったタイプの脳みそを持っていると言っているんですね。それが発現するかしないかは言語次第で、実は日本語はそれが出にくいんです。平仮名、片仮名は一つの記号、「ア」という記号に対しては「ア」としか読まないからなんですが、これが漢字が複雑になってくる小学校の中学年ぐらいから、子供たちはしんどくなる。英語が始まると、確実に落ちこぼす子供たちが出てきますから、やっぱりクラスの子供たちに、そういう子供たちもいるのだという前提がしっかり書いてある以上は、「音韻の指導」「音声(音韻認識)」とかと言われていただきたいなということを考えております。そうすることが、最終的に英語が絶望的にできない人たちを少しでも変えていくことになるかなと思います。
そのためには、これは先ほど読んでいたのが、「整理中」と書いてありますが、論点整理の関係資料のところなんですが、そこの80ページの右下、「大学教員養成におけるカリキュラム開発、改善が必要」と書いてあって、ここに実は「小学校における英語指導に必要な基本的な英語音声学」とかって書いてあるんですね。やっぱりここにも書いてある以上、私たちの総則のところにも、それができる人、つまり、大学における英語の教員養成の段階で、しっかりと音韻指導も単位として入れていくことが必要なのではないかなと思っております。それがまず1点目です。
もう一つは、28ページの「公共」の最後の丸のところなんですが、「主体的な社会参画に必要な力を、人間としての在り方生き方の考察」とかってずっと書いてあって、これから「公共」を入れるって私も非常に賛成なんですけれども、全部、さっきからずっと読んでいるんですが、「社会の構成員」という文言とか「社会に参画する」って、私自身も言っているんですけれども、あるんですが、その前提となる、一人一人が幸福な人生と最初の方に書いてありましたが、やっぱり幸福で自由に生きていくために学問は当然出てくるわけなので、公共科こそ、人間としての在り方、生き方のところに、やっぱり自由で幸せな人生を歩む人間としての在り方、生き方というか、何をターゲットにするかということを入れるといいのではないかなと思いました。
それから、その下のキャリア教育、あちらこちらで「キャリア教育」という言葉が出てくるんですが、キャリア教育イコール職業教育であるはずではないんですよね。キャリア教育というのは、人生をどう生きていくかという教育なので、必ずしも職業に特化してないはずなので、私はそういうふうに理解しておりますし、私が前にいた中教審でもそういう説明があったのですが、これを読むと、キャリア教育イコール職業教育と読めてしまうので、どこかにそれについて説明があったように、さっき思ったんです。見落としてしまったのかもしれないんですが、どこかでキャリア教育とは何ぞやということも入れておいた方がいいのではないかなと思いました。多分それは、社会的・職業的な自立、この「社会的」というところに、例えば、専業主婦であるとか障害や疾病を持っていらっしゃって、職業にはつけないけれども社会に関わっていくという人たちのことが入っていると思うんですが、私はいつも講演をするときに、学校の先生に「自立とは何でしょう」と言ったら、ほとんどの方が職業のことをおっしゃるんですね。社会的自立と言うと、みんな、ほーっとかおっしゃって、いきなりそこで皆さんメモを取られるというぐらい、余り定着してないんですよ。だから、そこはしっかりと書かないと、なかなか正しく伝わらないのではないかなと思いました。
三点目が、先ほど来、音楽とか芸術、図画工作のお話はございましたけれども、ここに書いてあることは全くそのとおりなんですが、是非ここに、音楽も芸術活動、図画工作も、実は書道も、これ全部、前お話を差し上げた学習レディネスを鍛えることも可能なんですよね。ただ芸術を知るだけではなくて、例えば、図画工作をやることによって目と手の訓練にもなるし、それから、それをやることによってセルフコントロールの土台も作っていけるわけなので、ここの解説の中に、是非、発達の視点も実は育てられるし、それから、8ページのところに書いてございますけれども、いろんなスキルありますよね。これからの子供たちに付けていきたい、思考力とか判断力とか入っていますが、そういった問題解決のスキルとかということも入れられる、できるのだということを書いていく必要があると思っております。
これは、ちょっと前に事務局から出していただいたアメリカの歴史の教科書のところに、3ページ目のところは、この教科を通してクリティカル・シンキングがこうだとかクリティカル・ライティングがこうだとか書いてあって、ここはすごくいいとお伝えしたと思うんですが、やっぱりそれを実は図画工作や芸術でも十分というか、すごくできることなんですよね。だから、そういったことを是非入れていただきたい。つまり、子供たちは、ただ創造性とか芸術性を学ぶだけではなくて、学習の土台、発達の土台も学ぶのだということですね。それが3点目です。
四点目は、実は保健体育のところなんですが、前もちょっとお話しして、その次のときに私はお休みしたので申し上げられなかったんですが、実は保健体育の保健のところほど、教科書を使うと、どんどん情報が古くなっていくというか、保健体育ほど、例えば、疾病についても障害についても脳科学についても、もう日進月歩でデータが変わっていくわけです。事実が変わっていくわけですね。だから、実はここほど本当はICTを使った指導が必要。と同時に、やっぱり科学的に分析する、それをクリティカル・シンキングとかと言うのかもしれませんけれども、要は、情報を吟味して分析する力が保健体育ほど必要なんですよ。
例えば、がんは生活習慣病と思っていらっしゃる方も最近はいらっしゃる。それから、遺伝病と思っていらっしゃる方もいらっしゃいますが、一番新しい論文は、「がんは運である」と書いてあるんですね。もう、なる、ならないは運であると書いてあるぐらい事実が変わっていくわけですから、実は保健ほどITを使うことが必要で、やっぱりそういったこともここに是非入れていただければいいなと思っております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、三浦委員、大変お待たせしました。
【三浦委員】  私も前段の、特に「新しい学習指導要領等の在り方について」というところは非常によくまとまっていて、私たちの問題意識が非常に鮮明に出ているなと思っておるところでございます。その中で、私、特別活動のところに触れておきたいなと思うんですけれども、7ページのところに、教育基本法の教育の目的の人格の完成とか、あるいは平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質をと載っていて、こうした資質を伸ばすのは当然、教科と、それから教科外活動になると思います。特に教科外活動を、どうしても前回の総合学習であるとか、あるいは今回の英語とかといったような緊急の課題が出てくると、時間が持っていかれることが現場では多いわけですけれども、しかしながら、特にこういった課題に直接的に応えるといいますか、対応する部分として、特別活動というのは非常に重要なのではないかと考えているところでございます。
特別活動というのは、まさに子供たちが自分たちで考えて、それを議論して実行する段取りを付けて実行してといったようなアクティブ・ラーニングの典型になるかなと思いますし、また、学習指導と生活指導というのは私は車の両輪だと考えていて、かつ、多分、この中にもあるかと思いますけれども、日本の教師というのは、学習指導と生活指導を統一的に実践してきたことが、戦後の子供たちの非常に高い教育レベルを維持してきた非常に重要な要因ではないかなと考えているところであるわけなんです。
特に、今回、18歳に選挙権がおりてきたとか、あるいは社会との関わり云々といったときに、どうしても特別活動の位置付けはこれまで以上に重要になってくるのではないかと。例えば、実践の中には、特別活動の中にシチズンシップ・エデュケーションのようなものを取り入れて、まさに教室の中で社会の在り方を考える、あるいは教室を現実に自分が所属している社会として、社会の作り方の実験を行うような、そういった実践もたくさんございましたし、あるいは、いじめの問題であるとか、そういった様々な生徒のトラブルを、特別活動の様々な活動の中で解決してきたといったような教育的な事例もたくさんございます。その意味で、特別活動に関する記述は、まさにこのとおりだとは思うんですけれども、もう少し重みを置いてもいいのではないかなと感想を持ちました。
以上でございます。
【羽入主査】  ありがとうございます。今、6名の委員の方の札が挙がっておりまして、渡瀬委員、山口委員、池野委員、廣田委員、市川委員、牧田委員の順で、まず渡瀬委員からお願いします。
【渡瀬委員】  それでは、三点お願いいたします。先ほど、山脇委員から、英語を早く始めるにしても、何をそれで語るのか、語るべきものがなければだめだという御指摘がありましたのは本当にそのとおりだと思います。私は英語を早くから始めるといいと思いますし、思考スキルも小さいうちから身に付けていけばいいと思いますけれども、思考の仕方だけいっぱい身に付けても、最終的に自分のフィロソフィーが持てないのであれば意味がないと思います。今回、教科横断的に育てるべきスキルとして、言語技術とか思考スキルというものを位置付けることの必要性を強く感じますけれども、そのゴールは何なのかというところが学習指導要領の中に言葉として、「最終的に自分なりの考え方が持てる」とか、「英語でも話すべき中身を持っていられる」というように入ってくることが必要だと思いました。
二つ目は、英語ですけれども、授業の成果を上げるためには、質の高い教員が指導することはとても重要なことです。先ほどもお話にありましたけれども、平川委員がおっしゃったようなJ-SHINEの資格を持っている教員とか、ALTでも、例えば、TESOLマスターとか、そういう人たちが教えれば、子供の英語は伸びていくと思います。今回、トータルの時間数が増やせないという中に、70時間、週2コマ程度の英語を入れていこうと考えたときに、帯学習とかモジュールで指導することが考えられています。私のイメージの帯学習とかモジュールは、朝一斉にやったりするイメージが非常に強いので、そうなったときに、先ほどの優秀なALTとかJ-SHINEの資格を持っているとか、中学校の英語の教員とかが小学校でこのモジュールの指導に当たることはなかなか難しいんじゃないかと思います。
ですから、もし、このモジュールのような形で英語を指導して成果を上げるんだとすると、やはり先ほどからICTの活用とかいろんな意見は出ていますけれども、そのモジュールをどういう形で実践するかをよくよく考える必要があります。そうしないと、何となく、朝、みんな英語をやっているんだけれども、それで終わってしまうことが心配です。
三つ目ですけれども、言語技術として外国語、日本語の両方をやっていこうというスタンスで、この学習指導要領が書かれる場合、先ほど吉田委員からお話がありましたけれども、やはり世界共通語としての、English as a lingua francaとしての英語の必要性みたいなものがどこかに記述されるとよいと思います。そういう意味で、学習指導要領の中に「ネーティブ」という言葉は多分出てこないと思いますけれども、そうじゃないんだということを暗に示せるような、そういう記述が入ってくるとよいのではないかなと思います。ありがとうございます。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、山口委員、お願いします。
【山口委員】  英語教育の議論がとても多いんですが、それだけ皆様の関心が高いし、この改訂で一つの大きな目玉と言っては何ですけれども、非常に大きな部分を占めているんじゃないかと思います。これが外に、もちろんメディアの方を通して、こういった議論も公にされていますけれども、世間というか、一般の方々も大きな注目をされていると思います。
この改訂の前段には、今までの教育を評価して、今回これがというところ等も含めてなんですが、じゃあ、今までの英語教育がだめだったのかというと、だめだったところもあったと思いますし、私も英語教育失敗世代だと自分で思っていますので、何であれだけ、自分としては結構時間も掛けて教わったつもりだけど、その後の苦労が非常に大きく、苦労した割には身に付かず、何だか、もっと楽に学べたらよかったなと今思っていますので、これからの子供たちが早くから英語に親しみ、それが身に付けば、本当にそれにこしたことはないなと思っている反面、さりとて、前段のところで本当に英語というのが何に役に立つのかというモチベーションのところが、子供たち自身にきちんと伝わっているんでしょうかと。そこに大きなアプローチがなければ、結局、授業の中でやっていっても身に付くんだろうかと思うんですね。好きだとかということは、それは人によって感じ方は違いますから、好きな子もいるでしょうけど、当然、アプローチというよりは、嫌いな子も出てくるのは当たり前で、その子たち全員に、私たちが母国語としてやるような日本語力と同じように身に付けさせていくには、ちょっとハードルがまだ高いなという気がするので、そこをどう説明していくかというところが必要になると思います。
そもそも私の経験で言うと、英語の先生に、何で英語を学ぶのかって一言も言われた記憶がないですね。これをやったら、どんなに役に立つのかとか、将来あなたの道はこんなふうに開けているんですよということを英語の先生が言われるということは余りないので、それは多分、各教科、似たようなところがあって、だから、アクティブ・ラーニングとか、いろんなことが出てくるので、英語についても、やはりそこのところを何かもう少し工夫をしていかなければ、結局、できる子はできるようになる、できない子はできないというふうになっていくような気がして仕方がありません。
資料を出していただいた中で、小学校外国語活動実施状況というところで、9ページのところに少し気になるところがあって、下段のところですが、「将来英語を使って海外で働いてみたいと思いますか」と。このところで、あえてだと思いますが、生徒の42%が、「将来英語を使って是非働いてみたい」「機会があれば働いてみたいと思う」、42%です。でも、「余り働いてみたいと思わない」「全く働いてみたいと思わない」の方が多いんですよね。じゃあ、何でこっちは挙げずに42%を挙げたのかというのは何だか分かりませんが、増えてきているんだと思うんですね、これでも随分。でも、まだ半分以上の中学生が、要するに、英語を学ぶことと将来のキャリアが結び付いていないんですよね。ここを何とかしないと、なかなかどうなんだろうと思いました。
私は、教科横断的というところで英語も非常に重要だと思いますのは、例えば、公共とか政治とか経済とかいろいろなところを考えていく上で、自分自身もそうなんですが、やはり日本のメディアだけを見ていると、日本が世界の中でどう評価されているのか、世界の人たちから見て日本がどう思われているのか、このニュースを世界の人たちがどう捉えているのかというのは、日本のメディアの中ではいろいろ評価の仕方や考え方が見えますが、英語教育の一つの大事なところは、英語が理解できて、英語で読む力があれば、いろいろな見方が英語から発信されるものによって理解することができる。メディアリテラシーもそうですけれども、そういったところも少し教えていかないと、これからグローバルな社会と言いつつ、実は日本語でしか私たちはそういったニュースに触れることがないというのは、やはり国際人は養成していけないと思うので、そういったようなところをもう少し踏み込んでというか、工夫して表現していくと、さらに英語教育が身に付いていけるんじゃないかと期待をしています。是非未来の子供たちには、私たちが味わったような苦労をさせずに、何とかすんなり入っていけるようにと願っております。
それから、保健体育のところで一点、これからの世の中というところで一つ、どういう加え方というのは、さらに教科のところで検討していただきたいんですが、やはり今、世の中で子供たちが遊びの中でとか、あるいは自然活動、そういったことの中で学ぶことが少なくなっていますので、「生きる力」というのはあるんですが、生きる力プラス「生き抜く力」というんですかね。何か危険に遭遇したときに、それを早く察知して処理する力であるとか、あるいは危険を回避する力とか、当然それは、逃げる力とかというのは体力にも関わってきますし、そういったことが体育あるいは保健体育というところにも重要、重要というか、含まれているんだということを親御さん、保護者の方とか、好き嫌いの問題ではなくて、生き抜いていく力を、体力、健康というところは担っていかなければいけない。それが恐らく、過去に比べて現在、未来は、こういった教科的に、あるいは教育的にしていかなければ、子供たちが獲得していけないんだというところも少し加えていただければなと思いました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、池野委員、どうぞ。
【池野委員】  済みません、2回目なんですけれども、三つ、学校教育課程としての課題みたいなものと教科の間の関係みたいなもの、あるいはまた、特別活動や総合的な学習時間との関連みたいなものが多分、今回、資質・能力を全体的に育てようとするときに必要なことではないかなと思いました。
そこで一つは、学校間の区別、幼児教育から始まって、小学校、中学校、高等学校と書いてあるんですけれども、この区別をどういうようにそれぞれ考えるかと。全体的には、批判的能力だとか、あるいは言語論理的な能力だとかというように、あるいはメタ認知とか言っていますけれども、それぞれの学校段階でどれぐらいの標準的なレベルを想定して考えて、学校教育課程的な部分を横並び的にするのかというのが一つの課題なんじゃないかなと思います。これが一つです。
それが多分、各教科におろされてくると、国語や数学や理科では、それはどういうレベルでそれぞれ担うかという形になると思うんですよね。担ってくるときに、実際に、例えば、資料2-3、高等学校のスライドの1と書いてあるところに、新しい共通必履修科目の在り方のところに、一番下に、黄色いところの赤字が2か所ありますよね。「実社会・実生活に生きる国語の能力」と「我が国の言語文化に関する科目」という、このように書いてあるんですけれども、こういう点が新しく強調されてくるということの左側の方は、これまで選択科目の在り方で、ピンク色で書いてあるところの赤字のところにあるように、近代以降の口語体の文章の現代文を中心にやってきたことだとか、自分の考えをまとめ、適切な構成で表現するとか、文学的な文章を読んだり書いたりする能力とかいうのはやってきたと思うんですね。今、ピンク色で左側に書いてあるものは、これまで国語として本質的にやってきたことだと思うんですよね。だけど、黄色で書いた左側の「実社会・実生活に生きる国語の能力」というのはちょっと欠けていた部分で、今回新たに付け足してきて、資質・能力と結び付けて、育成するところになっていると思うんですね。
こうした場合に、じゃあ、高校だけでこれをするのか、小学校や中学校からこういう部分を育てていくようにするのかという問題が残ってくるので、これは次は、歴史の話だとか地理の話だとか公共の話になっているんですけれども、こういうのもそれぞれ、これは高等学校のレベルだけのお話なのか、小学校や中学校までこういうものが関連付けて構成されるように意図されていると考えるべきものなのか、これまでの地理、歴史、公民だったら社会科なんですけれども、社会科で取り扱われていた地理や歴史の本質的な能力、地理的な見方や考え方とか歴史的な見方や考え方と言われてきたものをすることをやってきたんですよね。
それと、公民的資質もやってきたはずなんですけど、余り公民的資質の方はやってこなかった、現実的にはやってこなかった部分があるので、「公共」という科目の中で、これをもっと積極的にやっていこう。この場合の「公共」は、社会科を超えているんですよね。現実的な社会科を超えて、家庭科的な部分もあるし、情報的な部分もあるし、あるいは特別活動や総合的な学習も結び付いているような、非常に教科を超えた部分を持っている。だけど、教科目として行うというように作ってあるんですね。そうした場合に、教科目として作ってあるときには、下の小学校や中学校の社会科とはどういう関係があり得るのかということが想定されてないといけないんじゃないかというのが二つ目です。
三つ目は、公共のところで出しましたように、当然国語でも、あるいはほかの数学や理科でもそうなんですけれども、培ってきたものを子供たちがそれを生かして、何かを解決したり、自分の中でそれを使って、いろいろな問題や課題を解いていったりという活動に生かされないといけないんだと思うんですけど、そういう方向でいった場合に、教科と特別活動や総合的な学習の関連みたいなものは、単に領域が変わるだけなのか、もっと関連付けた教科横断的なものと教科を結び付けたものだとか、そういうものに考えた関連立て、小学校、中学校、高等学校の関連とともに、そういうのを小学校の課程の中で教科と総合的な学習や特別活動の関連みたいなものを付けて、資質・能力が全体的に向上的になるようにプログラムとして教育課程が作られてないといけないんじゃないかということが3番目です。
最後なんですけれども、そのときに、最終的に社会に開かれたとなれば、社会に開かれたというときに持っているものは、三つか四つ、基本的にあると思うんですね。一つは、社会で使うことができるというものですね。それから、社会に役立てるように使うということと、先ほど、ちょっと市川先生が言われたんですけれども、文化だとか芸術みたいなものは、たしなむとか楽しむとかいう部分だと思うんですね。それと、もう一つは、キャンベル委員が言われたんですけれども、道徳的なもので、社会に対するというか、責任を持つという意味じゃないんですけど、レスポンシブルをそのまま理解すると、社会にどういうふうに対面するかとか対決するかという、対するというような部分を持たないといけないと思うんですね。そういう部分を、それぞれどういう形で我々が教育課程の中と教科と、それぞれの教科外の役割に持っている総合的な学習や特別活動が担ってくるのかを一定程度、図式的にといいますか、イメージ的に持たないと、計画としては、ぼんやりは見えるけれども、なかなか先生方に伝わらないんじゃないかなと思いました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、続けて廣田委員、お願いします。
【廣田委員】  先ほど、山脇委員からお話しがありました、先生の会社での受け入れ、前もこの場で御紹介させていただきましたけれども、ちょうど今週、月曜日から町田市と杉並区の先生方に私どもの会社へ、30名ほど来ていただきまして、実際に職場体験や、社員とのディスカッションをしていただきました。先ほどもありましたけれども、お互いに全く違った組織同士ですので、どれだけお役に立ったのか分かりませんが、先生たちは、英語が実社会ではこういうふうに使われていることが分かりましたとか、ICTというのはこんな勢いで普及していて、仕事に使われているのが分かりましたとか、意外と会社ってきれいなんですね、効率的にスピードをもって進められているんですねというような感想を言っておられました。このような取り組みは非常に大切だなと思いますので、我々もできる限り、特に夏休みの期間ですと受け入れやすいので、続けていきたいと思っています。これが1点です。
もう一つは、学習困難な子供たちに対する配慮について、今回の改訂の中でどのように整理するのかということについてです。24ページのところに、高校のところですけれども、最後の丸で、「加えて、学び直し等の多様な要請に応えるため、各高等学校が生徒の実態等を考慮して」というようなところがありますけれども、学習困難な方、これはやはり一定数存在するわけで、これは高校だけではなくて中学でも存在するのではないかと思いますけれども、こういった生徒に対する配慮とか学び直し、前にも、同じことをもう一回繰り返しやってもいいのではないかというような議論がありましたけれども、そういったことを、今後の検討の中で整理していくと書かれています。このあたり、もう少し検討していただいた方が、スーパーサイエンスハイスクールとかスーパーの人たちだけでなくて、学習困難な人たちをいかに抑えていくというか、学力をどう上げていくとかいうことは社会全体にとっても非常に重要なことではないかと感じております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。数字的にも非常に増加しているということが既に示されていますので、もう少し丁寧な記述ができればと思います。ありがとうございました。
では、市川委員、お願いします。
【市川委員】  改めて英語教育なんですけれども、私も実は、先ほど申し上げたのも、どちらかというと小学校のことよりは、中高のことを念頭に置いて申し上げたんですね。小学校の英語のことが今度、物すごく大きな話題になっていますけれども、実は中学、高校での話というのは非常に大事で、結局、日本人としての英語力が高校を出たとき、あるいは大学を出て社会人になるときに、一体どれだけ付いているのか。
まず、前回の改訂のときの議論、また思い起こすと、とにかく小学校に外国語活動を導入するかどうかで、もうけんけんがくがくの議論がありました。反対だという方は、小学校の段階では母語で、もっと普通の学習活動をきちっと行うと。英語に関して言えば、中学からで十分だと。その代わり、中学からはもっとしっかりやるべきだということをおっしゃっていました。それで、結果的にはかなり効果的に高い学力を付けることができるんだと。一方では、早ければ早い方がいいということで小学校ということも主張されて、結果的に、中途半端ではありますけれども、妥協案として現行のような形になっているわけですね。
改めて、中学校、高校でどういうやり方で英語教育を進めていくかということなんですけれども、今回、33ページなんですが、ここで中学、高校の話が出ています。恐らく現場の先生にとってもかなり影響力があるのは、数年前から言われている、「授業を英語で行うことを基本とする」という文言なんですね。高校の方にも書かれています。「引き続き、授業を英語で行うことを基本とする」。これは数年前から出されている方針で、これが一体どうなっているのか、効果はどうなのかということの検証は、今、必要な時期だろうと思います。
これは、例えば、中学校とか見ていても、これを言われると学校の先生方は非常に困っているんですが、非常に頑張ってやっているところもあります。私が見た感じでは、大体1割くらいですね。授業の8割方を先生が英語でやっているというようなところは1割ぐらいしかないと思いますが、それでも頑張ってやっていると。じゃあ、頑張ってやっているところはどうか、効果が上がっているのかというと、先生もつらそうなんですが、結構、子供たちがつらそうです。まず最初のうちは、指示が通らないんですね。簡単な指示が通らないので、何をやっていいか分からない子がいる。しかし、それは周りを見れば、周りが教科書を閉じているから、これは閉じるんだろうとか分かると。で、何とかなっていく。ところが、困っているのは、今度は文法的な説明とかですね。こうなると、周りの子が分かっているのか分かってないのかも分からない、少なくとも自分は分からない。分からないことがどんどんたまっていくと。すると、先生はどうするかというと、もう文法的な説明はしないと。もう文法的な説明などするのは古いということにして、文法的な説明をしないで授業を進めていく。こうなると、訳が分からないと。
結局、英語嫌い、まさに、これ、英語嫌いなんですけど、英語の時間は大嫌いと。指示も分からないし、先生の説明していることが分からないし、何でこの順番に単語が並んでいるのかが分からない。当然、英作文もできない、会話もできないということになってしまう。
一方では、例えば、非常に高い英語力を持っている大学生とかに聞いてみても、高校でどうでしたかと。オール・イングリッシュの授業でしたかと聞いてみると、オール・イングリッシュでやってきたという学生がまずいないですね。そういうところを見ているんですが、私が見ただけですので、全体としてどうなのか。どれだけオール・イングリッシュということが中学、高校でなされているのか。やっているところは本当に高い成果を出しているのかどうかということが、もしデータがあれば、出していただきたい。
それが出ているんだったら、かなり強い文言でプッシュできると思うんですけれども、そうじゃないと、これを聞かれたときに、学校の先生も教育委員会も非常に困ると思うんです。まず、英語で行うことを基本とすると。基本とするとはどういうことかと、多分聞かれると思います。文法的な説明なども英語なんですか、それとも、そういう説明はしないんですかとかですね。こういうことは、私ははっきり言ってもいいと思うんですけれども、文法的な説明はさすがに日本語でした方がいいと思いますと。日本語で文法的な理屈は理解した。でも、それをアウトプットするときはもちろん英語ですね。ということくらいは、ある程度説明をしないと大変混乱するかなと思っています。
それから、専門家の意見ですけれども、英語教育の専門家に聞きますと、やっぱりそれがいいんだと。例えば、英語のネーティブのことももちろんそう。それから、ESLなどで向こうに入りますと、当然、オール・イングリッシュでやっています。だから、それがいいんだと言う方もいれば、それは環境が違うので、私も向こうのESLとか入りましたけれども、英語漬けになっているわけですから、そこならオール・イングリッシュはともかくとして、週4時間の英語の授業をオール・イングリッシュでやることが効果的なのかどうか。それは効果的ではありませんと言う専門家もいるんですね。本当にできるだけ英語漬けにするのがいいんだったら、英語の教科書もオール・イングリッシュだといいのかもしれませんけど、日本の英語の教科書はオール・イングリッシュではないですよね。ですから、このあたりの議論を専門家の間でも煮詰めてほしいと思いますし、データがあるんでしたら、それに基づいた議論をしていただきたいと思っています。
特に一番私がよく分からないのが33ページの真ん中にあります、「グローバルな視点で他教科等での学習内容等と関連付けて」とあるんですが、その先なんですね。「外国語を用いて課題解決を図る力を育成するための言語活動の充実も図る」。「も」だからいいんですけれども、「外国語を用いて課題解決を図る力」というのが一体、具体的に何をすることなのか。例えば、数理的な課題とか社会的な課題とか、外国語を用いて課題解決を図るのか。我々研究者でも、国際会議とか英語で論文を書いたりしますが、課題解決を図るときには母語でやっています。最後に発表するときになって英語でやるのであって、例えば、中教審でも英語で議論をしてグローバル化をと言っても、東大で一度、学部長会議を、じゃあ、グローバル化だから英語でやろうと言ってやったことがあるそうですが、ほとんど発言が出なくなったり、発言内容のレベルが非常に低くなったりして、あっ、これはまずいということで、総長も1回でおやめになったということがあります。
ですから、このあたり、母語をある程度習得して、しっかり母語で物を考えている子供たち、中学生、高校生ですね。それと、グローバル化に対応した英語力をどうやって接続させていくのかというあたりの構想をしっかり持っていないと、オール・イングリッシュとか外国語を用いて課題解決を図るというようなことが、私も説明を求められたときに説明しにくいなという印象を持っていまして、是非これは煮詰めていただく方がいいかと思っています。
【羽入主査】  ありがとうございます。文言で書くのは簡単なことだけれども、その実は何なのかということを意識して、ほかの部分もそうですけれども、それで記述していかないと混乱を招く可能性もあることですし、それから、検証が可能でしたら、やはりこれまでの評価をしていきたいとも思いますので、それを事務局で少し考えていただきたいと思います。
それでは、牧田委員、清水委員、奈須委員でお願いします。
【牧田委員】  お願いします。前回まで示していただいていた20ページぐらいまでのところはすごくよく分かるようになっていまして、本当に感動的に読ませていただいております。問題はその次の部分なんですが、5番の(1)なんですが、「各学校段階の教育課程の基本的な枠組み」というタイトルが付いているんですけれども、実際書かれている内容は、法的なことと、あと教科のことで語られていることの前出しという形になっているんですよね。教育課程の基本的な枠組みというのに沿っていないような感じがしまして、先ほど池野委員もおっしゃっていましたけれども、ここではこうやって各校種ごとに書くのであれば、そこの段階で必要な資質・能力のようなことを、ある程度例示をするとかしないとイメージが付きにくいかなと思うのです。
だけど、実際それをやるのは非常に難しい。私なんかも書けと言われても絶対書けないなと思うので。何でそんなことを言っているのかといいますと、丸3の中学校のところなんですが、小学校や高校はいろいろ目玉があって、それを前出しして書いてある。縦も横も大事なんだと。横で校種を見ること、教科として縦を見ること、両方大事だから、こういうところに書かれていると思うんですけれども、中学校の部分が特に何もない。何か、苦しい感じになっているんじゃないかなと思うんですね。だから、例えば、資質・能力で校種段階のことが書けないのであれば、接続だけに特化して、学校段階間の接続ということで、校種を切ることなく並べていくことも手ではないのかなと。代案がなくて大変申し訳ないんですけれども、ここのところが、幼稚園から高等学校、特別支援学校に移っているここの部分がちょっと違和感が、特に中学校の部分があるので、発言させていただきました。
もう1点は、非常にピンポイントで申し訳ないんですけれども、算数、数学と理科のところなんですけれども、数学のところにも理科のところにも、「数理探究」(仮称)の設置を検討するということが書かれております。ですが、数理探究ということを考えますと、具体的にどうなのかと考えますと、今のSSHで行われているようなことを考えても、大概、テーマは理科的なところから入りまして、それに数学を若干使うかなと。場合によっては使うかなという程度かなと思いまして、これで数学の探究的な力が付くのかと。特に選択教科でございますから、もちろん選択肢の1つとしてやることは全然いいんですけれども、それだけで本当に今求められている力が付くのかなという疑問がございます。したがって、例えば、数学は三つ丸があり、理科も三つ丸がありますが、数学の二つ目の丸、ここの部分を必履修教科でこそやるべきだと、もっと進めるべきだということを少し強調しないと、やっぱり問題解法のテクニックに走りがちな感じがして、それを選択でということはなかなか難しいかなと思うのです。そういうところを少し、必履修教科と選択教科の関連のようなことを検討していただけたらと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。今、牧田委員が御指摘の点と、先ほど池野委員がおっしゃっていたことを加味して考えたときに、5.のところに、学校間の連携、接続、教科間の接続などについて、前置きのようなものがあった方が、全体の構造に対して私たちの意図が示せるかもしれないと、今、思って伺っておりました。少しそのような方向で考えてみたいと思いますが、事務局にお願いをします。
【大杉教育課程企画室長】  はい。是非工夫させていただきたいと思います。一方で、ここがなかなか分かりにくいことの原因は、おっしゃるとおり、資質・能力が具体的にまだ整理をされていないと。これは、秋以降、小学校部会、中学校部会、高校部会の中で、まさにこのお題を出していただいた検討の方向性に従って整理をしていくと。そういう意味で、学校種ごとにきちっとお題を出していただくことも併せて必要になりますので、接続と両方をしっかり見えるように工夫を、御相談させていただければと思います。
【羽入主査】  ありがとうございます。このままですと、それぞれのところでお考えいただくということで済んでしまうということを少し危惧していらっしゃる御意見も今までもあったと思いますので、大きな方向性のようなものを記しておくことを考えてみたいと思います。ありがとうございました。
それでは、清水委員、奈須委員、吉田委員でほぼ時間になるかなと思います。よろしくお願いいたします。
【清水委員】  28、29の算数、数学と理科のところ、今の数理探究との関係ですが、先ほど説明があったかもしれませんが、現行の数学の数学活用、理科課題研究、それと、この数理探究を選択した場合に、総合的な学習の時間との関係はどうなるのかなど、教えていただければありがたいなというのが1点ございます。
もう一点、34ページですが、丸14の「主として専門学科において開設される各教科・科目」というタイトル、あと中身を見て、現行の学習指導要領では、専門教育に関する各教科・科目としてタイトルがあって、その中に職業に関する各教科・科目と、その他の専門教育に関する教科・科目と分かれて提案されていたようですけれども、今回の内容だけを見てみますと、専門学科ということよりも、職業に関する各教科・科目的な内容なのかなと感じられますので、タイトルと本文として、例えば、理数科だとか体育科だとかという専門学科もございますので、そういったところとの差別化をどうここでタイトルとして表現するかも御検討いただければありがたいなと思います。
丸の三つ目のところに、「また」以降のところに、「ミスマッチ」という表記がありますが、「ミスマッチ」という表記がどうなのかなと思いました。ミスマッチというよりギャップがあるという印象です。ミスマッチそのものが果たして起こっているのか疑問があります。また、その前段の文章を読んでみると、この「また」以降の文章が冗長かなとも思いますので、この三つ目の丸について、少し文章の整理をお願いできるとありがたいなと思いました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。ただいまの専門学科ということの言葉の使い方を少し考えてという御発言ですが。
【大杉教育課程企画室長】  こちらは企画特別部会で議論を深めていただくお時間がありませんでしたので、正直、職業に関するものとその他を分けて項目立てるほどの御議論をいただいておらないという意味では、まとめて表記せざるを得ないということではございます。そういう意味では、ここの中の一つ目の丸は、理数ですとか芸術ですとか英語も含めた専門学科全体に対する宿題、これは資質・能力の3本の柱に沿った整理と位置付けをしっかりやっていこうということで全体の宿題でございます。二つ目は、特にということで、その中で職業に関するところ、ここからが職業に関するものへの特にということのメッセージでございます。また、三つ目の丸につきまして冗長だという御指摘は踏まえながら、ただ一方で、ここの書きぶりは、既に中央教育審議会の高等学校教育部会で御提言いただいている内容を十分踏まえたものになっておりますので、少しそれを踏まえながら整理をさせていただきたいと思います。ありがとうございます。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では、奈須委員。
【奈須委員】  よろしくお願いします。まず、ちょっと細かいことなんですけれども、10ページの上から二つ目というか、グローバル化でというところなんですけれども、3行目に、「母語である国語で理解したり」という表現があるんですけど、これ、よければ全然構わないんですけど、国語が母語でない人たちも今後、この国で学校教育に関わってくると思うので、国語でというのは構わない、日本語で学ぶということは構わないと思うのですが、この「母語」という表現はどうなのかなと、気になりました。
あと、カリキュラム全体の構造に関することなんですけれども、今回出ている教科や学校のことを見ると、伝統的な内容、コンテンツに対して資質・能力、コンピテンシーやリテラシーという二つの要請に対して教科の横の軸、学校の縦の軸の中にどう構造化していくかと。それが各学校、各教科という一つ一つの枠に収まり切らないのでどうしようかという話だと思うんですね。コンテンツだけだったら収まるんですよね。コンピテンシーやリテラシーというのが入ってきた途端に、そこが収まらずに構造化する必要が出てきているということだと思うんです。
横の方向でまず考えますと、やっぱり教科横断的とか教科を越境するような議論があちらこちらで出てきていますし、そういうふうな学びをということだと思うのですけれども、それでもベースは、やっぱり教科枠があって、その中で合科的・関連的な指導、クロスカリキュラムということなのかなと思いますが、ここでいいかどうか分かりませんけど、我が国に独特な、特に高等学校、中学にも影響していますが、文系、理系という概念がございますよね。文理という概念。多分、ヨーロッパなんかではないんだと思うんですけど、文系、理系という僕らの頭があって、あるいは、それが教科内容編成などするときに影響しているんじゃないのかなということがあるんです。今度、大学入試改革がどう進むかということにも関わってくると思いますけれども、文系、理系的な発想で考えていく限り、教科を超えていくようなコンピテンシーやリテラシーでつないでいくということはどんどんできなくなるんだろうと思うんですね。
例えば、きょうの御提案の中でも、地理学というのが極めて自然地理的に、つまり理系的になってきていますし、いわゆる理科系の科目の中にも、これは以前からあるSTS、Science,technology and society、価値とか社会との在り方、生活との結び付きという視点こと入ってきているわけです。なのに、私たちの方にどこかで文系、理系という頭がある限り、どうしても理科系の科目では形式的価値中立主義的に、文系の科目では、ややもすれば論理性や合理性が後退しがちになるというきらいがあるのかなと思って気になっているのです。音楽なんかも、和音というのは極めて数学的だということは昔からヨーロッパであるわけで、その意味で、文系、理系という、ある種、これまでの悪しき慣習かもしれませんが、もちろん文部省の出しているものではないんですけれども、現場のことを考えていく際、あるいは専門部会の運営の際に、この科目は文系科目だ、理系科目だみたいなことが付いて回ると、とてもまずいかなと思っています。これは、今後の大学、高等教育段階においても、それを超えたような能力や資質を持った人じゃないと、まさに国際的な活躍はできないわけで、そこは今回、できれば考えたいなと個人的に思いました。
それから、今度、縦の構造の方ですけれども、今回、英語で出たような、やっぱり学校種を超えた、こういう見取図のようなものがとっても大事かと思っています。そうなってきたときに、先ほど山脇先生なんかもおっしゃったことなのですけれども、書道が専門にいくということと同時に、生活やたしなみになっていくと。つまり、それを専門としない人たちにとっても、それが自分の一生涯にわたる支えとして生きて働くということかなと思います。今回の社会科の改革なんか、そういうのが大分大きいと思うんですよね。
でも、一方で、専門課程に進んで、将来それを専門職にしていくとなると、網羅的コンテンツもやはり必要なわけで、心理学の方でも出ていますが、高度な問題解決には領域固有知識の豊富さが圧倒的に重要ですから、思考力だけでは問題解決できないので、そのバランスというか、割り振りを全体の縦の構造の中でどう取るかということが大事だと思います。例えば、私の理解で言えば、今の高等学校の理科で、物化生地の基礎という科目がございますけれども、あれは将来、専門にするということではないですよね。あれは、つまり、科学的リテラシーとか、その教科の本質を理解して、市民として生きていく中でも理科の各物化生地の領域の物の見方、考え方、基礎知識を生かして生きていってほしいという科目で、残りの物化生地がそれをさらに理工学部や医学部に行く人たちが専門的に学ぶのかなと理解をしています。ただ、教科書が必ずしもそうなっていないのが残念かなと現行では思っていますけれども、その辺のめり張りをどう付けるのかというようなことですね。
だから、どの段階のどの科目は、市民として生きていくことに資する科目とするのか。もちろん、その場合にも、教科のレベルを下げちゃいけないと思いますし、可能だとも思うんですけれども、教科のレベルを一定程度、つまり、コンピテンシー、リテラシー的に維持しつつ市民生活に近付けていくということは、芸術科目や体育も含めて僕はできると思います。それと同時に、やっぱり専門に進んでいって職業にしていく場合には、一定量のコンテンツがぎっちり入っていく必要もあって、それは学校段階でやるのか、科目の振り分けでやるのかといったようなことの縦の構造をどう考えるのか。今、高校が出ていますけれども、それと、さっきから話題に出ている中学校はどっちに行くのか。例えば、高等学校が系統地理的に、あるいは歴史が歴史像的に問題史的に振っていくとすれば、むしろ中学校は網羅的にやらなきゃいけないのかというあたりが難しくなってくるんだろうと思っています。つまり、ただどんどん高度化するんじゃなくて、各学校段階がどんな任務を果たすのかということと、高等学校なら高等学校の中でも、コンピテンシーやリテラシーという意味での新たな市民教養としての科目と、それを基盤としつつも、より専門的な科目とを、どう切り分けをし、かつ接続していくか。その辺のカリキュラムの縦の構造に関する、ある種の思い切った整理というか概念化が教科を超えて必要でしょうし、同時に各教科の特質に併せて必要なのかなと思って、これ、難しい課題ですけれども、今回、挑まざるを得ない課題かなと思っています。
最後にもう一点なんですけれども、ある種のスクラップ・アンド・ビルドをしないと、やっぱりやることばっかり増えている気がします。ピンポイントで言うと、その専門の方には叱られる気がするんですけど、やっぱり気になっているのは国語の漢文なんですね。つまり、古典で古文、漢文。日本の古文と漢文が一緒に入ってきて、我が国の伝統的な言語文化への理解、関心を深めるとなっているわけです。たしかにそうだと思いますけれども、ただ、私たちのずっと上の世代の大学人というのは、文系、理系問わずに漢文が基礎教養でした。今、幾つぐらいでしょうね。70より上の人じゃないですかね。60代の人はもう無理じゃないですかね。どうなんでしょうか。やっぱり日常生活の中で漢文の知識があって、例え話や引用の中にも漢文が出てくる。それはとってもすてきなことですし、それで人生の在り方とか学問の在り方を指し示すような物言いをなされる方が、我々のずっと上の方々にはたくさんいらっしゃいました。でも、今はないんじゃないですかね。大学の先生が講演の引用で漢文は聞いたことがないですよね。それは、やはり悪いけれども、変わってきたんじゃないかな。やっぱり日本人が、文化や学問や社会を作る際に、中国を中心とした文化圏から多大な知恵を頂いて影響を受けてきて、それに基づいて日本の文化ができたということは確かなことだろうと思うんだけれども、それをさらに今の子供たちが生きる将来の社会のでもやり続けるのか。先ほどから有用性という話が出ていましたが、それは余り平たい意味じゃなくて、もっと深い意味で考えなきゃいけないと思いますけれども、と同時に、ある種の優先順位を付けてスクラップ・アンド・ビルドをしていかないと、カリキュラムは量的にパンクするんだろうと思うんです。だから、その辺のある種のコンテンツの整理もどっかではしていく必要があって、その共通な論理というか、共有項は作っていかざるを得ないところには立っているのかなと思いました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。今、奈須先生のお話を伺っていて思ったんですけれども、先ほど、5.の最初に、何か全体的な方向性で考えていただきたいということを書こうと思っておりましたが、教科横断と言ったときに、まず教科があって、それを横断するというのではなくて、私たちがどういう学びをしてほしいかということをまず書いて、そこにそれぞれが、そうすると、必然的にといいますか、おのずと教科をまたがってこざるを得ないだろう。恐らく学校種についても同じようなことが言えるのだろうと考えられますので、そういった観点から、少しここに加筆をさせていただきたいと思います。
では、最後になりましたが、吉田先生。きょうはずっと英語の議論がありましたので。
【吉田委員】  じゃあ、英語で締めさせていただきます。先ほど、市川委員からいろいろ英語教育、厳しい話をかなりされましたが、学部長会議、英語、うまくいかなかった。多分、昔流の英語教育を受けた人たちだったからじゃないかなと思います。それを変えたいというところがあると思うんですね。今の英語の授業は、できるだけ英語でやりましょうというのは、以前のSELHi、Super English Language High Schoolというプログラムがありましたけれども、それでそれなりの成果が上がったという。つまり、その中でいろんな学校が、例えば、英語でディスカッションをやるとか、ディベートをやるとか、多読をやるとか、スピーチをやるとかという様々な試みをやったわけですね。それの結果として、どれだけ英語でやりなさいというような指定は、その場合はありませんでしたけれども、かなり生徒たち自身が積極的に英語でディベートをやったりディスカッションをやったりプレゼンテーションできるようになってきた。また、先生たちもそういう授業を英語で指導する力がかなり付いてきた、そういう実績が実際にあったわけですね。そういうことがあったので、じゃあ、そのやり方を広げてはどうだろうかというところから、英語の授業は基本的に英語でやりましょうというのが始まったとお考えいただいていいと思います。
SELHi時代、以前もこの場でもちょっとお話ししましたけれども、同じ偏差値の学校で、SELHiと非SELHiで、GTECという英語能力試験があるんですけれども、それを使って、1年、2年、3年とずっと英語力を測っていくと、当然と言えば当然なんですが、SELHiの指定校の方が非SELHiよりも高い点数を取っている。それが果たして、本当に日本の大学受験にも役立つものなのかどうかということで、当時、いわゆるセンター試験の模擬試験の結果と照らし合わせてやったところ、SELHiの出身の生徒の方が非SELHiの生徒よりも高い点を実際取っていたという、そういう実証はあります。ですから、そういう意味で言うと、全く実証がないわけではありません。
ただ、残念ながら、まだ全国的に見て、どれぐらいの学校が英語で授業を――半分以上ですね。先ほど、先生が80%とおっしゃいましたが、80%になると本当に少ないと思います。ですけれども、半分以上の授業を英語でやっている学校がどれぐらいあるかというのは、地方によっては、かなりたくさんやっているところと、まだまだ少ないところと、物すごく千差万別、大きく分かれています。
もう一つ、英語の授業を英語でやるということに関して、学習指導要領、解説書を見ていただくと、これは一方的に先生が英語をしゃべることではないんですね。できる限り生徒たちに英語を使う場を提供することが英語の授業を英語で行うことの基本的考え方なので、それが残念ながら十分理解されていないのが大きな問題になっています。ですから、そういう意味で言うと、先生が先ほどおっしゃったような点を、今回この中にきちんと書いておくのは、私も非常に大事だと思います。こういうような意味なんですよ、こういうことをきちんとやってくださいよ、と。
もう一つ、じゃあ、文法の説明をといった場合、50%英語でやるわけですから、当然ながら、英語でやって理解できっこないところは日本語でやります。それは当然やっていいという。ですから、全く100%英語でやりなさいとはどこにも書いてないんですね。その辺に関しても、きちんとした形で明記するということは、先生がおっしゃるとおりで、私も必要ではないかと思います。
もう一点、先ほど平川委員がおっしゃっていた音韻の問題ですね。音声だけではなく音韻について、知識としてちゃんと理解できるようにさせる、それだけの時間が本当に小学校で取れるならばできるかなと思うんですけど、今の現状ではなかなか難しい。ただ、それに近いことで、今現在、多分、小学校でなされているのは、いわゆるフォニックスというやり方で、フォニックスのやり方は、先生がおっしゃったように、英語というのは単音ずつで分かれているという認識を育てるやり方であり、それが発音にも役に立っていると同時に読み書きにも役に立つという、そういう成果はそれなりに上がってはいますので、現段階でわずか70時間ぐらいしか取れないようなところですと、それが最大限かなと現在は思います。もうちょっと時間が取れるのであれば、おっしゃるとおり、もっといろいろ工夫はできるかなと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。本当に貴重な御意見をたくさん頂きまして、まことにありがとうございました。時間が来ましたので、本日の議論はここまでにいたしますが、御発言、まだたくさんあったと思いますので、もしお気付きの点がありましたら事務局にお知らせいただきたいと思いますのと、それから、御発言いただきました内容に関して代案がありましたら、是非事務局に早めにお知らせいただくようにしたいと思います。その方が事務局の作業もはかどるかしらと勝手に思っております。是非よろしくお願いいたします。
それでは、最後に事務局から何かございましたら、お願いします。
【大杉教育課程企画室長】  長時間にわたり、ありがとうございました。次回の特別部会、8月20日、木曜日、15時から、文科省に戻りまして、旧庁舎の第2講堂にて開催を予定いたしております。論点整理の案につきまして御議論いただきまして、おまとめいただくということでございます。本日、言い尽くせなかった御意見等ございましたら、主査から御指摘いただきましたとおり、メール等にて事務局までお送りいただければと思います。よろしくお願いいたします。
【羽入主査】  ありがとうございます。20日が、私たちがこれに直接触れる最後になります。最終案はまたしばらくしてということになりますが、当面はそれが一つの区切りになりますので、是非先生方から事務局に御提案をお願いいたしたいと思います。
それでは、長時間でございましたけれども、これで本日の教育課程企画特別部会を終了いたします。まことにありがとうございました。

―― 了 ――

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