教育課程部会 教育課程企画特別部会(第6回) 議事録

1.日時

平成27年4月28日(火曜日) 10時00分~12時30分

2.場所

文部科学省旧庁舎6階 第2講堂
東京都千代田区霞が関3-2-2

3.議題

  1. 幼稚園,小学校,中学校の教育課程等に関して改革が必要な事項について(意見交換)
  2. その他

4.議事録

【羽入主査】  おはようございます。それでは,定刻になりましたので,ただいまから中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会教育課程企画特別部会の第6回を開催させていただきます。本日は,本当にお忙しい中お集まりいただきまして,誠にありがとうございます。
まず初めに,事務局から配付資料の確認をお願いいたします。
【大杉教育課程企画室長】  それでは,配付資料の確認をさせていただきます。
本日は,議事次第に掲載しておりますとおり,資料1から資料6,及び参考資料を配付させていただいております。不足等ございましたら,事務局までお申し付けください。
【羽入主査】  よろしいでしょうか。
本日の議事でございますが,幼稚園,小学校,中学校の教育課程等に関して改革が必要な事項について意見交換を行います。まず,事務局から資料に基づいて説明を頂きました後で,自由討議を行いたいと思います。
また,本日,報道関係者等より会議の録音の希望がございまして,これを許可しております。御承知おきください。
きょうは,事務局からの御説明の後に,ただいま申し上げた意見交換を行いますが,配付資料の一番最後に今後のスケジュールというものがございまして,それを目安に議論をしていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
それでは,まず事務局から御説明をお願いします。
【大杉教育課程企画室長】  失礼いたします。お手元の資料,少し順番が前後して恐縮ですけれども,まず資料5をご覧いただければと存じます。前回,第5回特別部会におきます主な意見をまとめさせていただいたものでございます。
1番といたしまして,育成すべき資質・能力と教育課程の役割・意義等について。それから,おめくりいただきまして,3ページに学習プロセスの在り方等について。また,おめくりいただきまして,4ページにカリキュラム・マネジメント等について。5ページ目に英語教育について。6ページ,一番最後,その他ということでまとめてさせていただいております。
この頂きました御意見を,資料,お戻りいただきまして資料1になりますが,これまでの議論等の要点のまとめ,前回出させていただきましたものに,追加的に反映をさせていただいております。
先ほどの4.英語教育のところにつきましては,きょうも御議論があると思いますので,まだ反映はさせておりませんけれども,その他の部分につきましては資料1,特に左側の丸が少し濃くなっている部分,1ページ目の5つ目の丸,基礎的・総合的な知識だけでは子供たちは生きていけずというところ。
おめくりいただきまして,5ページ目,上から数えますと2つ目,3つ目の丸の部分,個々の持っている資質・能力を伸ばすこと,一方で幅広い教科をしっかり学ばせることの重要性,それから体育・スポーツの意義というところ。
それから,6ページ,上から2つ目の丸になりますけれども,学力の三要素のつながり,それぞれの課題というところ。その3つ目下になりますけれども,発達の素地というところ。
7ページ目の一番下の部分は,追加的に望ましい集団の意義ということを書かせていただいております。
また,8ページの一番上も,前回の御発言を踏まえまして修正をさせていただいております。
続きまして,11ページの2つ目の丸,学ぶ喜びであるとか,その4つ下,教えて考えさせる授業,前回の御発表を踏まえて修正をさせていただいております。
12ページ目の一番上のところ,インクルーシブ社会についての言及。その下になりますが,子供たちに考える時間をどう与えるのか,学びや発達の連続性という観点からの家庭との連携についても追加をしております。
13ページの一番下,学習スタイルの多様性を踏まえた評価。
それから,前回,特にカリキュラム・マネジメントの御発言をたくさん頂きましたので,14ページの一番下の丸でありますとか,15ページの3つの丸につきましてはカリキュラム・マネジメント関係の追加をさせていただいております。
16ページの一番上についても追加をさせていただいております。
続きまして,資料6になりますけれども,4月20日に実施されました教育課程部会におけます主な意見の状況でございます。教育課程部会におきましては,先ほどごらんいただいた資料1の前のバージョンを御紹介させていただきまして,様々,御意見を頂きました。よくおまとめいただいているという御発言があった上で,様々なコメントも頂いているところであります。例えば,主権者教育は高校だけではなく小・中の頃からということであるとか,家庭の役割の重要性。今回,アクティブ・ラーニングというものが新しく導入されるように言われているけれども,本来なら今までもやってこなければいけなかったことであるということでありますとか,教育課程の基本的な柱と各学校がしっかり考える部分を作っていく必要があるのではないか。新しい時代にふさわしい教育課程の議論の進め方についての御意見。
1枚おめくりいただきまして,外国語のみならず日本語によるコミュニケーション能力の重要性。インクルーシブ教育システム構築のために,小・中と特別支援の学習指導要領を分けるのでなく,両者が一緒に考える場も是非作っていただきたいという御意見。アクティブ・ラーニングは,長い時間を掛けて,計画的に指導を行っていかなければいけないということ。知識とアクティブ・ラーニングのバランスの御意見。大人が導いていくというより,子供たちの発想を大事にしながら取り組んでいくことの重要性。教師主体の授業か,個人での学習か,二者択一の議論にしないようにすることが重要ではないかという御意見。特に英語につきまして,「can do」の形式で示すということの重要性。
3ページ目に行きまして,小・中・高それぞれでアクティブ・ラーニングのアプローチが違うのではないか。カリキュラム・マネジメントにつきましては,学校の独自性と,それを支援していく行政の役割をしっかり議論してほしいという御意見。コミュニケーション能力につきましては定義が必要だということで,以前,文部科学省でコミュニケーション教育推進会議というものを実施しておりましたけれども,そこでの定義,いろいろな価値観や背景を持つ人々による集団において,相互関係を深め,共感しながら,人間関係やチームワークを形成し,正解のない課題や経験したことのない問題について,対話をして情報を共有し,自ら深く考え,相互に考えを伝え,深め合いつつ,合意形成・課題解決する能力と捉えていく必要があるのではないか。様々な用語の定義について,アクティブ・ラーニングの理念の明確化について。集団で学ぶ意義,道徳についての評価。それから,日米の競技者の自己達成度評価についての違いなどにも触れられております。
4ページに参りますが,ここも定義の重要性。カリキュラム・マネジメントをやっていると回答しているにもかかわらず,思考力等が育成されていないことの何が問題なのかをきちんと見ていくということ。現場にいる先生方は,ずっと教育現場におられるので,そういったところへどういうメッセージが必要なのかということ。アクティブ・ラーニングの必要性という中で,それをいかにカリキュラムに落とし込んでいくのかということ。SSHなど,課題解決型の要素を取り入れた取組をしっかり分析してほしいということ。大学との連携,幼・小・中・高それぞれの発達段階に応じた学びということ。
5ページに移りまして,幼稚園のカリキュラムは,週案,日案など子供たちの状況を見ながら変えていくということ。道徳についての評価。歴史や地理の学習の重要性。学習指導要領と解説書,指導事例集の全体の構造の指摘。アクティブ・ラーニングにつきましては,繰り返しによって身に付くものであるという御指摘。思考力等を育成するための系統的なカリキュラムの重要性。高校教育が変わる必要性。
6ページに参りまして,アクティブ・ラーニングは「チーム学校」という中でやっていくことの重要性。特に評価について,学校の先生方が実践を行いやすい制度設計にしていくことの重要性。中等教育の出口までにどういう能力を育成すべきかということから考えていくことの必要性。知識の習得・活用・探究のバランス,それぞれの子供の適性に合わせて自分の力を伸ばしていくことの必要性。アクティブ・ラーニングは,探究のみならず,知識の理解・取得から活用に至るまで,どの段階でも用いることができるのではないかという御指摘。
それから,答えが1つではない問いに取り組むことが出てきており,学校の先生方,現場では何を教えたらいいのかというような戸惑いもあり,そこをどう対応していくか考えていくことの必要性。学習指導要領の示し方はこのままでいいのかという御指摘。少なく教えて豊かに学ぶということから,アクティブ・ラーニングの構成を考えていく必要があるのではないかという御指摘。
一番最後の8ページになりますけれども,アクティブ・ラーニングの定義については,いろいろな形のアクティブ・ラーニングがあるということを押さえた上で議論していく必要があるのではないかということ。アクティブ・ラーニング的なものと一斉授業,又は個別学習というものの重要性のバランス。アクティブ・ラーニングについては,小・中・高それぞれに対するメッセージを考えていく必要。教員向けの研修内容をどう仕組んでいくか。こういった御指摘がなされているところであります。
それでは,少し時間が掛かってしまいましたけれども,本日の論点に移らせていただきたいと思います。資料2をご覧いただければと思います。
本日は,先ほど主査からもございましたように,幼稚園,小学校,中学校の教育課程に関する論点について御議論を頂ければと思っております。
まず最初に,育成すべき資質・能力と幼児教育,義務教育の充実・改善等についてということで,明朝体の部分は諮問から抜粋をさせていただいたところでありますけれども,それを踏まえて,本日,特に御議論いただきたい部分を下に枠囲みで記載しております。
幼稚園,小学校,中学校を通じて,またそれぞれの学校段階で育成すべき資質・能力についてどのように考えるか。育成すべき資質・能力を育むためには,各教科等において,又は教科等横断的にどのような学びを重視すべきか。求められる資質・能力を育むため,教育目標・内容と学習・指導方法,学習評価等の在り方を一体として捉えた際,改善事項としてどのような点が挙げられるかといった点でございます。
続きまして,グローバル化する社会の中で求められる資質・能力や,外国語教育の充実についてでございます。下の部分は,諮問からの抜粋になりますけれども,2ページにお移りいただきまして,枠囲みの部分になります。
小学校の外国語活動(平成23年度から導入)や,英語教育強化事業等の先進的な取組の成果と課題を踏まえ,小学校における外国語活動の導入時期や,系統的な教科学習の実施,授業時数の在り方等についてどのように考えるか。また,中学校の英語教育の改善についてどのように考えるか。外国語教育の充実に当たり,必要となる教材,教員の養成・研修,学校全体での支援体制などについて,どのような条件整備が必要となるか。
これにつきましては,お手元資料の3-4をごらんいただければと存じます。「小学校英語の現状・成果・課題」についてということで,前回,特別部会で御指摘のありました小学校英語の状況を中心にまとめさせていただいております。
1ページ目に英語教育改革の経緯とございますけれども,1枚おめくりいただきまして4ページになります。右下に4と付いているスライド,小学校外国語活動(5・6年生)の成果・効果についてというところでございますけれども,平成23年度より小学校高学年に外国語活動が週1コマ導入された後の成果でございます。
児童生徒につきましては,小学生の72%が英語の授業が好き,91.5%が英語が使えるようになりたい,中学1年生の約8割が小学校外国語活動で行ったことが中学校で役立っていると回答しております。
小学校教員につきましては,導入前と比べ,小6の生徒に成果や変容が見られたと感じる教員が77%,中学校教員につきましても78%。その変容の中身といたしましては,外国語によるコミュニケーションへの積極的な関心・意欲・態度のみならず,英語を聞いたり話したりする力も付いてきているというようなことが挙げられております。
時間の関係で,全ての取組をごらんいただく時間がありませんけれども,適宜お手元で御参照いただければと存じますが,9ページ,スライド9以降ですけれども,先進的な取組例ということで,1年生から教科型を実施したり,また活動型を通しつつ中学校の教科型につないだりという様々な取組,次ページ以降に研究開発学校における取組の紹介などもさせていただいているところでございます。
こういった取組の成果,しばらく進みますと教員の研修体制の整備でありますとか,また,どういった形で教える側の確保を図っていくかというようなこと。スライド30というところまで進んでいただきますと,小学校外国語における指導者,教科型,活動型それぞれについて少しイメージをまとめさせていただいておりますが,様々な先進的な取組の状況を踏まえまして,こういった検討もさせていただいているところでございます。
スライドをずっと進めていただきますと,最後の方に,後ろから4枚,これは英語教育の在り方に関する有識者会議でおまとめいただいた5つの提言ということがございます。ここに現状と課題がコンパクトにまとめられておりますので,御参照いただければと思います。
また,先ほどオレンジ色の全体版の冊子もお手元にお配りをさせていただいたところでございます。小学校の成果というところですけれども,先ほど申し上げたような成果が出ているところでございます。
1枚おめくりいただきますと,一方で課題ということで指摘がされているところでございます。課題でございますけれども,小学校高学年につきましては,抽象的な思考が高まる段階であるにもかかわらず,外国語活動の性質上,体系的な学習を行わないため,児童が学習内容に物足りなさを感じている状況が見られるとともに,中学校1年生の生徒の7割が小学校で「英語の単語・英語の文を読むこと」,8割以上が「英語の単語・文を書くこと」をしておきたかったと回答していることから,中学校において音声から文字への移行が円滑に行われていない場合が見られるという指摘がございます。
先進的な事例では,小学校低学年,中学年から高学年まで外国語活動に取り組む学校があるが,これらの中には高学年で学習意欲が低下する傾向が見られる例もある。そのような課題に対応して,高学年に読むこと,書くことを系統的に指導する教科型の外国語教育を導入した例では,児童の外国語の表現力,理解力が深まるとともに,学習意欲の向上が認められる取組もあるということでございます。
また,その下に傍線部がございますけれども,小・中連携の観点からは,小学校において中学校での指導を意識した指導が,中学校においては外国語活動を踏まえた指導が不十分ではないかというような指摘もございます。
同じく,次のページの上の部分にも,小・中連携,中・高連携が十分でないのではないかというような指摘もされているところでございます。
なかなか全体に触れるお時間がなくて恐縮ですけれども,以上が小学校英語の現状と課題というところでございます。
お手元の資料2にお戻りいただきたいと思います。
2ページ目の下半分になりますけれども,幼児教育の充実,小学校教育との円滑な接続等についてということでございます。
枠囲みのところになりますが,子供の発達や学びの連続性を踏まえ,また,幼児期において,感情のコントロール,粘り強さ等の非認知的能力を育むことが重要であると指摘されていることを踏まえ,例えば幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の明確化や,それを受けた小学校の各教科等における学びとの関係性を整理する必要があるのではないか。(その際,教科等学習の単純な前倒しとならないよう留意が必要ではないか。)教育目標・内容と指導方法,評価の在り方を一体として捉えた際に,発達の段階なども留意しつつ,評価に関する改善事項として,どのような点が挙げられるか。幼児教育と小学校教育の円滑な接続を図るために,教材の開発・普及や教員の資質・能力の改善等の観点から,どのような支援が求められるか。平成27年度から子ども・子育て支援新制度が施行された現状において,幼稚園のみならず,幼児期の教育等を支える保育所,認定こども園を含め,幼児教育全体の質の向上を図っていくことが必要ではないか。
これにつきましては,資料3-1を少しごらんいただければと存じます。資料3-1「幼児教育,幼小接続に関する現状について」ということで,おめくりいただきますと,制度の概要でありますとか,幼児数の推移,幼稚園数の推移等があるところでございます。
8ページ目,スライド8には,現行幼稚園教育要領の改訂のポイントということで,幼小接続をはじめ4つのポイントが掲げられているところでございます。
少しおめくりいただきまして,スライド20というところをごらんいただきますと,小学校におけるスタートカリキュラムということで,現在,小学校へ入学した子供が,幼稚園等々の遊びや生活を通した学びと育ちを基礎として,主体的に自己を発揮し,新しい学校生活を創り出していくことができるよう,小学校において組まれているカリキュラムについて御説明をさせていただいております。幼児期の学びの芽生えと児童期の自覚的な学びを,スタートカリキュラムにおいてつないでいくという取組がされているところでございます。
また,1枚おめくりいただきまして,23,24をごらんいただきますと,これは幼・少接続の報告書においてまとめられているものでございますけれども,幼児期の終わりまでに育ってほしい幼児の具体的な姿が参考例として示されているところでございます。少し見えにくくなっておりますけれども,(イ)健康な心と体というところから,一番最後(ヲ)豊かな完成と表現まで,これらの項目にわたって幼児期の終わりまでに育ってほしい具体的な姿を,小学校以上の学びにつなげていくという観点が必要であるかと考えております。
恐縮ですが,再度お戻りいただきまして,資料2になります。体力の向上や健康の維持等につきまして,学校体育・保健を通じて育成すべき資質・能力について,どのように考えるか。また,その育成のためにどのような充実を図っていくか。2番目は,直接体力ということだけではありませんけれども,東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年をゴールではなく出発点と捉え,スポーツのみならず,努力の尊さやフェアプレーの精神,思いやりやボランティア精神,多様性を尊重する態度などを,大会のレガシーとして根付かせていくための在り方。運動部を含む部活動の位置付けについてどのように考えるか。こういった点について御議論いただければと存じます。
なお,参考で少し小さく書いてございますけれども,部活動の在り方については,中教審の初等中等教育分科会に,現在,チームとしての学校・教職員の在り方に関する作業部会が設置されております。その中で,学校外からの部活動指導者や部活動顧問の学校への派遣,部活動顧問の指導力向上のための研修などについて,現在,具体的な取組を各教育委員会から発表いただいているところであります。これを踏まえて,指導体制など部活動の一層改善,充実のための方策の議論が行われているところでございます。
続きまして,特別支援教育でございます。下の枠囲みでございますが,全ての学校・学級に発達障害を含めた障害のある子供たちが在籍する可能性があることを前提として,一人一人の教育的ニーズを把握し,個々の障害の状態等に応じた適切な指導を行うためには,どのようなことが考えられるか。「共生社会」の実現に向け,交流及び共同学習などを通じて障害者への理解や多様性への理解を推進していくためには,どのようなことが考えられるか。近年,特別支援学校,特別支援学級及び通級による指導対象の子供たちが増加傾向にあることを踏まえ,特別支援学校学習指導要領についてはどのような改善が必要かということでございます。
これにつきましては,資料3-3をごらんいただければと存じます。資料3-3「特別支援教育の現状と課題」ということで,スライド1から特別支援教育の現状を御紹介させていただいておりますけれども,特にスライド4をごらんいただければと思います。
スライド4につきましては,公立小・中学校の通常の学級に在籍している発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合は6.5%,内数がいろいろ書かれておりますけれども,「学習面又は行動面で著しい困難を示す」の推定値が6.5%。「学習面」4.5%というような状況にあることを踏まえて,どのように考えるかということであります。
更におめくりいただきますと,スライド24というところになってまいります。スライドの24,25につきましては,中教審の初中分科会の報告,平成24年7月のものを御紹介させていただいております。障害者の権利に関する条約への対応ということで,内容といたしましては,共生社会の形成に向けて,就学相談・就学先決定の在り方について等々の推進方策が書かれているところであります。
特に,次におめくりいただきまして26ページでありますが,インクルーシブ教育システムということで,人間の多様性の尊重等の強化,障害者が精神的及び身体的な機能等を最大限まで発達させ,自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下,障害のある人と障害のない人がともに学ぶ仕組みということで,インクルーシブ教育システムということが定義付けられているところでございます。
また,おめくりいただきますと,交流及び共同学習ということでは,36ページ,37ページ以降に,同じく分科会の報告並びに様々な取組例を御紹介させていただいているところでございます。38ページには,その留意事項も御紹介をさせていただいているところでございます。
前後して恐縮ですが,もともとの資料2にお戻りいただきますと一番最後になります。社会の要請等を踏まえた教科横断的な学びの充実や,地域との連携につきまして,社会の要請を踏まえた,例えば先ほどの部会の御発言にもありましたような主権者教育でありますとか,はたまた前回御紹介させていただきました情報活用能力の育成ということ,それから防災教育,安全教育といった様々なことが指摘されているわけでありますけれども,それらについてどのように考えるかということ。また,各教科の教育目標や内容を,初等中等教育を通じて一貫した観点からより効果的に示すために,どのような方策が考えられるか。学年間,学校種間の接続の改善をどのように考えるかということでございます。
これにつきまして少し御紹介させていただきますと,先生方の目の前にファイルの束がございまして,答申,学習指導要領等という隣に,本日,小学校又は中学校の国語,理科の解説を置かせていただいております。
附箋が付いているところがございますけれども,例えば国語におきましては,おめくりいただきますと,各学年の目標及び内容の系統表というものを小・中学校一貫したような形で,これは小学校の学習指導要領解説にも,中学校にも,高校にも載せているということで,小・中・高一貫した学びをこういったことを通じて図ろうという系統表が作られておるところでございます。
また,理科におきましては,附箋のところをおめくりいただきますと内容の構成表が出てまいります。これも,どの学年で何を学ぶということが小・中の学びの流れの中で見えるような形で示されているところであります。こういった工夫も必要になってくるのではないかということでございます。
また,資料2でございますが,家庭や地域との連携強化についてどのように考えるかという点も御議論いただければと存じます。
加えて,お手元には資料3-2といたしまして,「小・中学校教育の教育課程に関連する資料」も付けさせていただいております。
また,本日の議論の対象ではございませんけれども,前回,三浦委員から御紹介いただきました福島県立ふたば未来学園高校の事例につきまして,参考資料として配付させていただいておりますので,またお時間のあるときにごらんいただければと存じます。
長くなりまして恐縮ですが,以上となります。
【羽入主査】  ありがとうございました。
御説明からも分かりますように,議論は恐らく非常に多岐にわたると思われます。これから2時間弱,意見交換をしたいと思いますが,皆様の御意見,もし可能でしたら,この論点のどの辺りに関係するというようなことをおっしゃっていただけると,大変有り難く思います。ただし,当然のことながら,事務局が提案いたしました論点整理の形で最終的に確定ということではございません。あくまでも論点として候補に挙がっているものでございます。そのようなことで,是非,皆様の御意見を伺いたいと思います。
いつものように,御意見いただける場合には名札を立てて,気が付かない場合には挙手をお願いいたします。それでは,まず最初に吉田委員からお願いします。
【吉田委員】  前回も少し英語についてお話しさせていただきましたけれども,論点の最初の小学校の英語活動,また教科という部分で,もう一度,前回お話しした内容も含めてちょっとお話しさせていただきたいと思います。
先ほどお示しいただいたような,いろいろな今までの調査の結果から,現在行われている小学校の外国語活動というのは,全てが順調だとは誰も思ってはいませんけれども,それなりの成果が上がってきているという認識は私たち持っております。これをもっとうまく中学校とも結び付け,また更に高等学校と結び付けていくためには,やはり今回,外国語活動から教科へという移行が小学校の中で行われないとうまくいかないだろう。
特に,小・中連携の問題なども先ほど少し出てきましたけれども,どうしても小学校と中学校では環境も変わります,先生たちも替わります。その中で,具体的に小学校でやってきた英語活動というものが,継続的な形で中学校に引き継がれているとはなかなか言えないような状況が,今,あるので,体験から基本的な知識という部分を,同じ一つの環境の中で,小学校という環境の中で,一つの流れの中で,きちんと生徒たちに身に付けさせるということがより有効ではないかと考えております。
現在ですと,外国語活動ですので,具体的な目標というか,言語的な目標というのは小学校6年を終わった時点で特に何も設けられていませんけれども,それが教科になることによって設けられる。それが設けられることによって,中学校との接続もよりうまくいくのではないかと考えている次第です。
もう一つは,時間数の問題です。前回お話ししましたけれども,これだけやるためには,やはり語学は技術的な面が中心になりますので,技術を身に付けるためには,それを定着させるためにはどうしても時間が必要になります。ですから,今は外国語活動は週1回という形でやっておりますけれども,小学校3年生,4年生の時間数に関しても,今の1のままなのか,あるいは本来ならばもう少し,2ぐらいまであった方が,生徒たちの語学力を将来的に伸ばす上では必要になってくると思います。5・6年生の教科においても,1だと知識を学ぶだけで終わってしまって,それを活用するというところまでとてもいかないであろう。それを何時間まで伸ばせるか,どれぐらいの時間数が取れるかということが非常に大きな課題になっていると思いますので,その点について皆さんの御意見を頂きたいと思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
今,何名かの方が御意見をおっしゃっていただけるのですが,吉田委員の御意見に関係しての御意見,神長委員,小川委員でお願いします。高木委員も同じでしょうか。
【高木委員】  関係しません。
【羽入主査】  では,その二方,どうぞ。
【小川委員】  英語活動の関係で,私が勤務しております行田市は,特別な教育課程を組んで小学校3年生から,外国語活動と言っていますが,英語活動をやっております。かなり条件整備をきちんとしております。たとえば,全ての授業にALTが付いて,ALTとホームルームティーチャーで行う。また,教員の研修も充実しておりまして,必ず研究授業の研修があります。また,夏季休業中には様々な研修を実施します。そのために,スーパーバイザーをお呼びして一貫してやっているために,年間指導計画などもきちんと系統的に作られています。
そういう中で,3年生から,週1時間の英語活動ですが,かなりの効果を上げていると思います。ただ,先ほど話もあったように4年間というのは,高学年になったときに,3・4年で英語活動が充実してくると,もう英語でもいいかなと,教科でもいいかなということは,やはり先生方の中でもお話が出てきています。ですが,それは前提として条件整備がきちんと行われて初めて教科としての厚みも出るし,子供たちの学びも深まってくるのではないかと思います。
そこさえきちんとされれば,私は教科英語が週1時間であっても,かなりの効果が出てきているのではないかと思います。また,小学校の全授業時間数をマックス28コマと考えたときに,もうこれ以上,時間数を増やすことは非常に難しいと考えます。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,神長委員,お願いします。
【神長委員】  その次の話題でよろしいでしょうか。同じページの幼児教育の充実,小学校との円滑な接続という視点からお話をしたいと思っております。私も,この会で何度か円滑な接続について発言させていただいておりますけれども,今日はこの論点に沿って,3点,お話をしたいと思っています。
最初に,幼・小の連携とか,幼・保・小の連携といったときに,初めの段階では,やはり幼稚園の子供たちにとってみると,小学校の雰囲気に慣れるとか,小学校の授業を見に行くとか,そういった1年生になって困らないようにという形の交流,子供たちの交流から始まっていくわけですけれども,その交流がどんどん深まってくると,先生方の研修の交流が生まれてくるんです。資料3-1「幼児教育,幼小の接続に関する現状について」という資料の中の25,市町村ごとの幼・小接続の状況についてという円グラフがありますけれども,やはり一番多い交流のステップというのは,ここにありますように年数回の授業,行事,研究会などの交流をすると。ですから,こういった交流がいろいろなところで行われるようになってきたということが,今の幼児教育の現状,幼・小連携の現状ではないかと思っております。
最近,ここ一,二年なんですけれども,そういった交流を重ねてきている地域で,特に自治体の教育委員会が積極的に関わっている地域に多いんですけれども,円滑な接続を図るということで,5歳の後半から1年生にかけて,幼・小で共通のカリキュラムを持って保育,授業をしていきましょうというような接続のカリキュラム,この図でいけばステップ4に相当するんですけれども,そういった接続のカリキュラムのところに一緒に参加して作るということをさせていただいております。
その中の気付きといいますか,私なりにすごいなと思うことは,これまで3歳,4歳,5歳という見方で幼稚園教育の子供たちの発達を見てきたんですけれども,交流しながら,また,こういう交流の接続のカリキュラムを作りながら,もう一度5歳の姿を見ると,今までは確かに,例えばごっこ遊びなどで役割を決めて,よく遊んでいるなと思いながら見ていた姿が,これは一つ学習に向かう姿勢として大事な視点だということを小学校の先生方に教えていただいたり,また,そういう見方で日常の保育の場面などを見ると,5歳の生活の中にいろいろな,これからの小学校以上の生活や学習の基盤になる,いわゆる学びの芽生えというような姿がたくさん見えてくるんです。
そういったことを幼・小の先生方と話をしていますと,やはり5歳から1年生,また低学年という中に共通の発達の姿というものを見ることができます。幼・小の連携というのは,本当に初めは困らないようにという,子供たちがお互い困らないようにという中で始まったことですけれども,この接続ということを考えて,お互いのカリキュラムを作り直してみるということはとても大事なことではないかと思います。次期の改訂の中でも,是非そういったことを積極的に議論していただきたいと思っております。
ただ,そのときに,やはり幼稚園側とか幼児教育側で,幾つかの課題を受け止めていかなくてはいけないのではないかと思っているんです。1つは,ここにありますように評価ということにつきましては,幼稚園における評価,幼児教育における評価ということは,やはり一人一人の良さをいかに引き出していくかという視点から見ますので,いわゆる年度当初と比較して,何が伸びているかという見方で子供たちの評価をして,指導要録等にそれを記述するという形を今,取っております。その評価については,そういった記述をするときにもっときめ細かく,どういう指導の下で,どういう発達が見られ,今,どういう状況にあるのかということを,いわゆる次の指導者にきちんと伝わるような,子供たちの発達の連続性を保障するようなものが必要だなということが1点です。
もう一つは,3番目に書かれていることですけれども,円滑な接続ができるようになるためには,やはり行政的な支援というのは欠かせません。ここにありますような教材の開発とか普及ということも大事ですし,私は今,幼・保の教員になりたい,保育士になりたいという学生の養成校におりますから,養成校の立場からしますと,今,やはり幼・保という中で免許資格を取っていきますと,逆に言いますと幼・小の違いとか,幼・小の接続について十分に学ぶ機会がなかなか取れないという現状があります。これは養成校の問題なのかもしれませんけれども,やはり将来そういう方々が先生になっていくわけですから,そういった幼・小の連携,学校間の接続ということをきちんと学べるような場も保障していかなければいけないのかなと思っております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
先ほど吉田委員から御提案がありました英語教育ということで御意見は,今のところは特によろしいですか。松川委員,どうぞ。
【松川委員】  外国語教育の充実について,特に小学校での英語の教科化ということについて発言させていただきたいと思います。前回も発言させていただきましたが,きょう配っていただきましたオレンジ色の冊子にありますように有識者会議でいろいろ議論をしてまいりましたので,今日,ちょっと角度を変えて発言させていただきたいと思います。
小学校の英語につきましては,今,御承知のように外国語活動ということで,必修で5・6年でやっているわけでございますが,もう15年近く前から小学校にはいろいろな形で英語が入ってきております。特に,前回の指導要領のときに,総合的な学習の時間の枠を使って,国際理解に関する学習の一環として,英語活動をやったところが少なからずあったという段階を経て,外国語活動の必修化に至って,そして今回,教科化の議論になっているわけです。
小学校の英語の導入に関しては,英語の運用力を向上させるという意味で,学習の開始時期を早くすることが有効でないかという非常に強い議論が一方であります。それについての科学的な根拠というのはいろいろなところで議論されているわけですけれども,条件次第で,必ずしも早ければいいというわけでもないということは当然のことだろうと思います。そういう議論がある一方,小学校に英語があれだけ入ってきたというのは,1つはグローバル化の進展の中で,小学校教育の充実の一環として,母語以外の言葉でコミュニケーションする体験をさせるということが,初等教育の充実に役に立つだろうという観点からの導入もあって,その両方がせめぎ合ってきているわけです。
今でも教育課程の特例校というところがたくさんあるわけですけれども,国が認めて特別の教育課程でやっている学校がたくさんあるわけですが,小学校の中で特に多いのは,英語教育を低学年からやっているという特例校が多いわけです。私,岐阜県でございますが,小学校370くらいあるわけですが,およそ30%が教育課程の特例ということで,5年生よりも下からやっているという事実がございます。全国的な平均値はもうちょっと低いと思いますけれども,10%近くあるのではないかと思っております。
何を申し上げたいかというと,やはり小学校での英語の導入ということに対しては,早くからやれば効果があるのではないかという御期待が非常に強くて,次期の学習指導要領の改訂の中でも,小学校英語の教科化ということに非常に焦点が当たっているわけですけれども,私は今回の問題は,小・中・高と英語教育を一貫した考え方で持っていくことのスタートとして,やはり高学年で教科化にするという観点できちんと整理を付けるべきだと思うんです。特例校があって悪いということではないと思いますけれども,特に初等教育というのは,私もがりがりの義務教育原理主義者ではありませんので,全国津々浦々,同じもので全部やらなくてはいけないとは言いません。ただ,ベーシックなところで余りばらけてくるというのはいかがなものかと思うわけです。
特に,新教科として入れるということを仮に決めるのであれば,新教科ができるのであれば,私はきちんとした条件整備をやっていただきたいと思います。先ほどお話もありましたように,やはり自治体間格差が非常に出ておりまして,力のあるところはいろいろ指導者を,条件整備をすることができるわけです。小学校1年生からでもやろうと思えばできるところもあれば,そんなことは到底できないというような自治体もあるという中で,新教科ということでやるのであれば,私は養成の段階からきちんとした条件整備をやる。そして,どこでも5・6年は,きちんと英語教育の最初の段階ができるというような条件整備をすべきだと思うんです。
今まで,ばらばら,ばらばらと小学校にいろいろな形で英語教育が入ってきていて,必修ということで一応,足並みをそろえようということで外国語活動にしているわけですけれども,それでも依然として非常に注目度が高くて,よりもっと低学年から,低学年からという動きが止まらないわけです。私は,無理に止めよとは言いませんけれども,教科化にするということはそれなりのことであるという覚悟を持って条件整備をして,小と中は違うとか,中と高は違うとかいうことではなくて,一貫して子供たちに英語力を付けていくにはどうしたらいいかという観点から,きちんと入れるべきだと思います。
そして,今回の議論の中でも,小学校の教育課程の中で英語の教科化というところだけに注目が集まるわけですけれども,私はそれは健全なことではないと思います。英語以外に大事なことはたくさんあるわけでして,前の指導要領の改訂のときには,例えば低学年で教科の枠を外した,言語科とか,芸術科という合科化の意見などもあったんですけれども,今回の中ではそういうことは一切出てきていなくて,小学校高学年の英語の教科化ということだけに焦点が当たるように見えるというのは,私は健全なことではないと思います。
小学校5・6年の英語の教科化は賛成ですけれども,それをやるならばそれなりの条件整備をしっかりやって,ちょっと中央研修で代表を持ってきて研修して,それが県に行って伝達研修をやってくださいというような程度のことで教科化に踏み切るのは,私はいかがなものかと考えております。
【羽入主査】  ありがとうございます。
それでは,今の御意見に関連して。山脇委員,どうぞ。
【山脇委員】  私は,今の松川委員のお話,本当に賛成でございます。もともと基本的には,第1回目のときにも述べましたように,私は英語よりも日本語をきちんとやるべきだという考え方を持っております。今,小学校高学年から英語が導入されているのならば,それはそれで否定するものではありませんけれども,小学校の頃は,例えばネイティブの方の発音を耳にならすとか,外国人と接するとか,そのようなことでいいのではないかと思っております。
私,大学でロシア語が専門でしたけれども,語学というのはどのくらい机の前に座って集中して勉強するかということが結構大切なんですね。帰国子女や何かと違って,周りに英語があふれているわけでもないし,英語の文化圏にいるわけでもないというときには,かなり集中して勉強するということが大切だと思っているんですが,それはやはり中学校,高校の6年間で十分できることだと思っているんです。ただ,日本人がこれだけ,6年間も英語をやっていてコミュニケーションが取れないのだったら,それはやり方がちょっとまずいのではないかと思っております。
今の松川委員の話,論点から,私も早くやればいいということではないと思っております。そこのところの考え方を,それよりも日本語でどういうように物を考えるか,日本語でどのようにコミュニケーションを図るか。そういったことをベースにできて,ベースがあってからこそ外国語というものが学べるのではないかと思っております。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,上田委員。関連して。
【上田委員】  はい。では,前2人の委員とは少し違った観点から意見をさせてください。
私自身も大学でいろいろ学生を教えていまして,いくら研究ができても,日本人は語学力の点で非常にハンディキャップがあるということはずっと感じてきたことです。しかし,例えばスイスでは普通の人が英語をしゃべるわけです。私は以前から関心がありまして,以前は,単にああいうインターナショナルな国なので,普段から話す機会があるから話せるようになっているんだと思っていたのですけれども,最近,スイスの友人にいろいろ聞いてみると,全然違うんだということがわかりました。
私と大体同じ年代の方は,若い頃,英語がしゃべれなかったというんです。大変驚きまして,どうしてかというと単に英語教育が十分でなかったんだということでした。では,今の若い人たちはどうしてしゃべれるのかというと,教育の仕方を変えて,小学校の頃から教科型にして,徹底的な語学教育をします。彼らは,高校の段階で3か国語ぐらい勉強するんです。小学校で1,中学校で2,高校で3です。それだけの努力をした結果なんだということを教えていただいて,私は大変勉強になりました。
日本語が重要だというのは,私も完全に同意するんですけれども,同時にやはり若い頃でないと身に付かないものがあります。音の感覚というのは,やはり小学校の頃にきっちりと学ぶことが私は非常に重要だと思います。そういう意味で,体制をきっちりと整えた上で,英語をもっと重視する教育に私はかじを切ってもいいのではないかと思います。
【羽入主査】  ありがとうございます。
関連しての御意見はこのぐらいでしょうか。ありがとうございます。
では,大変お待たせいたしました。高木委員,お願いします。
【高木委員】  きょうの論点整理の1ページ目,育成すべき資質・能力の枠囲いの上から3つ目のところに焦点を絞ってお話をいたします。
ここにも書いてございますように,資質・能力を育成するには,それをどのように評価するかということが大変重要になると思っております。そこで,学習評価の面,それから評価内容の面,2つの面から少しお話をいたします。
現在の観点別学習状況の評価の始まりは,昭和55年から行われてきています。現在の形になったのは平成13年です。今,行われている観点別学習状況の評価というのは,評価を一面的に見るのではなく多面的に見る評価として,外国にもこのような形のものはございませんし,よくクライテリオン評価と似ていると言われますが,私は似て非なるものだと考えております。学習指導要領という教育課程の中にそれを取り込んだ評価として,私は優れた評価だと考える立場です。ところが,観点別学習状況の評価はまだまだ学校に十分浸透していない,小学校,中学校はまだしも,高等学校にはまだ十分行き渡っていないという感じを持っております。
そこで,評価の観点の項目を,現行の4観点ですと非常に評価がしにくい場面もありますので,学校教育法第30条2項の学力の要素が法律で定められております。それに合わせて,今般は知識・技能の習得,それから思考力,判断力,表現力,それから主体的に学習に取り組む態度という3観点に評価の観点を絞り,学力の要素と授業内容との整合性を取る必要が非常に大事になってくると考えております。
一方,評価内容に関してですが,各教科によってその内容は異なってきております。その内容は,学習指導要領に示されており,子供たちに身に付けさせたい力の学力の内容を各教科の特徴に合わせて示されていますが,これも学習指導要領の中に,3観点に合わせて明示していく必要があるのではないかと考えております。
以上2点を実現することで,指導目標が大変明確になって,先生たちも指導しやすくなりますし,学力の育成ということに焦点を当てた指導が行いやすくなると考えています。まさに今まで言われてきました,指導と評価の一体化がなかなか行われなかった現状の中で,その関係を指導者に意識させるような学習指導要領そのものの構図を作っていかないと,この評価ということが十分行われず,活動だけが表面に出るような授業が繰り返されることになってしまうと思います。ですから,子供たちが何をどう学んだらいいのか,それを目標に明示して授業に取り組めるような新しい学習指導要領の内容を,今回の改訂において示されることを期待しております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
今,評価の観点ということでしたが,関連する方は。無藤先生。
【無藤教育課程部会長】  評価ということではないです。
【羽入主査】  では,荒瀬先生。
【荒瀬委員】  ありがとうございます。今,高木先生がおっしゃったこと,私,大賛成でありまして,第30条2項の学力の要素というのは非常に明快です。しかし,それは具体化するにはどうすればよいかというのは,教室ではなかなか分かりにくいところがあろうかと思います。それを具体化するためにも,評価の在り方を考えた学習指導要領が本当に望ましいと思っております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
渡瀬先生は関連しますでしょうか。
【渡瀬委員】  関連する部分もあります。それから,先ほどの英語のことと幼・小のことと関連することが1点ずつ。すみません。
最初に,資質・能力のことですけれども,その三要素の中の技能とか思考とか,その辺りの具体的なスキル,例えば調べ方ですとか,考え方ですとか,表現の仕方,これらの習得を各教科に任せておくのではなくて,やはり一本,教科横断的に,それぞれの年代でどんなことを,どのように学ばせるのかということを明らかにする必要があるのではないかと思うんです。
例えば,年代にもよりますけれども,調べ方の中には図書館の使い方とか,ICTの活用とか,いろいろなことがあると思いますし,考え方ではやはり思考スキルをどういうように育てていくか,どういうように活用していくかということが,また表現の仕方についても発表スキルですとか,ICTの活用,その辺りを教科任せにしておくのではなくて,また教員任せにしておくのではなくて,ある程度具体的に目標を明示して,それをどのように評価していくのかという辺りが,今後の学習指導要領の中では明示されていく必要があるのではないかと思っています。
それから,英語についてですけれども,先ほど御意見がいろいろあった後にちょっと申し述べそびれましたけれども,私も早い時期から英語をやることには賛成です。特に,小学校段階で英語に2時間,3時間を費やすことによって,日本語力が落ちるということはないのではないか。根拠はありませんけれども,現場を見ていてそのように思います。
ただ,英語を導入する場合に,高校,中学校,小学校と,一貫したカリキュラムが必要だと思います。小・中・高ごとの「can do」リストを作り,それらがきちんと連続性をもっていることが大切です。ただ,高校の終わったところが今の大学受験の準備のための英語であると,やはりそれはうまくいかないと思うんです。
小学校の3・4年生で英語活動をやって,5・6年生で教科にする場合も,3・4年生の活動が終わって,5・6年生から,はい,教科ですよと言って評価をするだけではだめだと思います。今の5・6年生の英語活動から中学校でやっている教科に変わるような変わり方ではなくて,先ほど吉田委員がおっしゃったような流れの中で,例えば体験を通して学んでいくとか,何かトピックを決めて学んでいくというような移り変わりをしていかないと,今,中学校1年生は5・6年生のときの英語活動はためになったと言いながら,その後,やはり中学校の英語のところで壁にぶつかっているということと同じことが,3・4年生と5・6年生のところで起こるのではないかと思います。
そういう意味では,小・中・高の長いスパンでの「can do」リストみたいなものがきちんとできて,高校が終わったときの英語力が大学で学問ができる,大学レベルの英語につながるようなカリキュラムを作っていかないと,結局,今までと同じことが起こるかなと思います。
最後に,幼・小連携ですけれども,神長委員がおっしゃったように,やはり私も5歳児を見ていると,特に5歳児の夏頃からというのは本当に学習できて,1年生と余り変わらないと思います。私どもは私立の学校ですから,幼稚園の教員は全員,小学校免許を持っていますし,今の年長の担任はこの間まで1年生を担任していた教員がやっています。1年生の担任も幼稚園の経験者がいます。そういう中で,幼・小連携を子供の成長を考えて高めていくと,やはり年長の5歳児の保育の在り方というのは,かなり小学校1年生に近く,学びの基礎のようなことができるのではないかと思います。先ほどの思考力についても,幼稚園生でもそういう思考スキルみたいなものの本当に基礎的なこと,物を比較するですとか,関連付けて考えるようなことのトレーニングも幼稚園生でスタートできますし,英語活動だってそういうところからスタートできるのではないかと感じています。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,無藤部会長,どうぞ。
【無藤教育課程部会長】  主に幼児教育に関わってですけれども,最初にちょっと英語教育に関わって2つほど意見を申し上げたいと思います。
英語学習については,私の多少勉強した範囲で言えば,それを最も強く決める要因というのはトータルの学習時間だろうと思います。学習時間というのは何で決まるかと言えば,学校の授業時間と,自分で学ぶ時間と,日常生活における接触時間の3つなわけですけれども,日本の場合,国内で過ごす限り日常の接触時間は極めて少ないわけです。自分で学ぶ時間は,極めて個人差が大きいわけです。そして,学校の学習時間,例えば中学校ですと週4時間程度ですけれども,国際的に言うと決して多くはないわけです。
そうすると,中学校から学んでいるとか,大学まで学んだと言いますけれども,大学まで合わせれば10年間ですけれども,そのトータルの学習時間は国際的に見れば極めて少ないので,その結果として,それほど英語の学力は付かないということになる。これが一番大きな要因だと思います。それに比べれば,確かに早い方がいいとか,指導法の工夫が大事だというのはもちろんそうですけれども,それは十分変えていける話だと思います。それが一つです。
もう一つは,英語学習に関わって資料を提供していただきましたし,小学校英語の成果というものが出ていましたけれども,この成果の範囲だと,期待されていることにまだ届いていないのではないかと思うんです。好きになっている率は高いぐらいはアンケートに出ていると思いますけれども,例えば中学校卒業,あるいは高校卒業で英検何級程度であるとか,いろいろな目標が出ておりますけれども,もし効果というのなら,そこも検証する必要があるのではないか。だとすれば,例えば中学校3年,高校3年などで,「読む」「書く」のみならず,「話す」「聞く力」も測定していただきたい。聞く力はセンター試験で試しているのですから,悉皆は無理でしょうけれども,あるサンプルについて可能だと思います。話す力も,今はコンピューターを使ってかなりできるようになりましたから,そういうことで検証していただきたいと思いました。
その上で幼児教育なんですけれども,論点として4つほど出ております。逐一細かくは申し上げませんけれども,現在の幼稚園の教育要領の改訂に多少関わりましたので,その立場から意見を申し上げたいと思います。
まず第1点として,非認知的能力という指摘と,教科等,小学校以降につながるということでありますけれども,非認知的というのは,前回までの議論で言うと情意面とか,主体的に学ぶ態度面に関わると思うので,まさにこの企画部会の中核的な議論だと思います。とりわけ意欲の問題とともに,感情のコントロールだとか意思力なども含めて考えるべきだと思います。
そして,小学校とのつながりは,先ほどの資料の中にもありましたけれども,既に接続に関わる報告書があるんですけれども,その中で学びの芽生えから自覚的な学びに発展していくという整理です。その学びの芽生えと呼んでいるのは,小学校の意識して自覚的に意志的に学ぶということの始まりが幼児教育に出ているので,それをしっかり育てようということだと思います。つまり,例えば5歳児において考える力,あるいは子供同士で話し合う力というのは十分育て得るということで,小学校教育の前倒しではないのだけれども,小学校教育に発展する芽生えというものが伝わっていることが大事だと思います。
それから,評価に関わってですけれども,この20年ほど,欧米の幾つかの国で展開されてきた評価の考え方,特に幼児教育を中心にかなり進展してきたと思います。それは,小学校以上の教育の言い方でいえばポートフォリオに近いと思いますけれども,要するに質的な記述,作品例を含めた質的な記述と,それを教師同士で共有し,更に子供とも共有する。その上で,教師が指導計画を改善し,また子供自身がその改善の一翼を担うと,そういう考え方だと思うので,そういう記述し,共有し,改善するという新たな評価の考え方を検討していただければと思います。
最後に,接続,あるいは幼児教育全体の質の向上に関わってですけれども,先ほど神長委員も指摘されましたけれども,とりわけ行政的な関わりが重要になると思います。例えば,保育所,幼稚園と小学校の教職員の協力体制を行政的にしっかり保証していくこととか,カリキュラム・マネジメントなどの研修を管理職とか行政担当者にしっかりやってもらうようにする。特に,平成27年度から幼稚園,保育所,認定こども園全てが基本的には市町村の管轄に移りましたけれども,だとすれば,その段階で行政側の幼児教育現場への助言,監督の体制をしっかり作るということ。例えば,幼児教育のアドバイザー制度を充実し,広げるといったこと。
さらに,幼児教育と呼んでいるのは,幼稚園とともに保育所,認定こども園を含めていますけれども,その際に,私も養成に関わって,やはり最大の阻害要因というのは,保育士と幼稚園教諭という2つの免許資格が異なるというところにあります。既に保育教諭という形で免許資格の統合も提言されておりますので,是非その点の議論も進めていただきたいと思います。
それと,もう一つだけ,小学校についてです。小学校の議論はまたいずれあると思うんですけれども,幼児教育との関係であります。既にスタートカリキュラムという形で,小学校教育の始まりの部分で,しっかり幼児教育とのつながりを作ろうということが広がってまいりました。今のところ,スタートカリキュラムというのは正確に言いますと,生活科の解説書に明記されていて,学習指導要領本体にはしっかり書かれておりませんので,そこが必要だというのが一つです。
もう一つは,スタートカリキュラムというときに,いわゆる小1プロブレムのように,子供が教室に落ち着いて座れないということへの対策として捉えられることが多いんですけれども,もちろんそれはそれとして大事なんですけれども,今や幼・小の接続という観点で見ると,スタートカリキュラムというのは幼児期の教育の成果をいかに生かして小学校教育を充実させるか,そういうことに発展してきたと思います。ですから,その方向での充実とともに,もしそうだとすれば,スタートカリキュラムという考え方を1年生の教育,あるいは低学年の教育全体に広げていくということ。
それは,もっと具体的に学習指導要領に即して言えば,現在,国語と音楽と図工には,幼稚園教育に配慮して1年生の教育を進めるという記載がありますけれども,それを全ての教科,時間に広げるということ。あるいは,幼稚園教育,幼児教育は非常にアクティブで,主体的な学びを大事にしていると思うのですが,そういう考え方を低学年にも導入し,小学校全体のアクティブな学習の始まりとして,教師が一斉教育を進めるということだけではなくて,子供がグループになり,話し合いながら主体的に学習を進めるというやり方を,もっといろいろな教科で広げていただけるといいと思っております。
ちょっと長くなりました。すみません。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,天笠委員,どうぞ。
【天笠主査代理】  失礼いたします。きょうの論点でいきますと,活字の中では小中一貫教育ということが最後のところに出てきておりますので,そこのところに関わっての発言をさせていただきたいと思うんですけれども,その前に1つ,先ほど来の英語に関わってのことについて意見を申し上げさせていただきたいと思います。
この部会は,教育課程の検討をする部会であるということです。教育課程というのは,言うならば学校の教育に関わる全体的な計画というんでしょうか,全体的,総合的な教育というメニューというんでしょうか,プランというんでしょうか,そういうことが教育課程,あるいはカリキュラムという言葉によってまとめられるものだと,私は認識をしております。そして,教育課程全体計画を構成するのが,御承知のように「各教科等」という中に総合的な学習の時間ですとか,道徳があるわけで,言うならば一つ一つの教科等がある意味で互いに連動しながら,全体的な教育課程というものを存在させていると,こういうように捉えることができると思うんです。
ところが,一旦議論が始まってしまったり,あるいは一旦教育活動が始まってしまうと,どうしても個々の教科,あるいは個々の活動というのでしょうか,そういうところから事柄が始まっていくことになるというのがこれまでだったかと思います。そういうことを何とかしようということで,合科ということがあったり,あるいは総合的な学習の時間等々が生まれて,時代,時代それぞれ工夫しながら,それがあるわけです。
そういうことを振り返ってみたときに,改めてそれぞれ一つ一つの教科が教育課程の中でどういう位置を占めているのか,あるいはどういう役割を果たしているのか。あるいは,その教科が互いに他の教科と連動し合いながら,どういう形で学校の教育活動を作り出したり,あるいは子供を育てていくのか。こういう視点を常に見落とさないようにするということも,私はまた一つ大切な話ではないかと思っております。
そういう観点で見たときに,小学校に教科としての英語を入れるということが,他の教科との連動,関係においてどういう波及的効果をもたらしていくのか。プラスに働くこともあるかもしれませんし,副次的なマイナスという面もあるかもしれませんけれども,そこら辺の見極めというか,検討ということも,先ほどの御提案をより具体的に考えていこうとする場合の一つの視点になってくる点ではないかと思います。
例えば,英語ということならば,国語という教科の有り様というのはそれによって動くのか,動かないのかというような話になってくるのかもしれません。あるいは,特別活動等々に話し合い活動というものが一つの柱としてあるわけですけれども,そのことが一つの教科を入れることによってどういうような形になっていくのか。そういう見極めを一つ一つしながら,その辺りのところの議論をしていく。ですから,単独の教科をその中に新設するにしても,常に既存の教科との関係の中でその辺を捉えて,教育課程全体としてのバランスとか,あるいは教育課程全体としての子供の資質・能力の形成ということをしっかり押さえておく必要があるのではないかということ。
もう一つは,自ら考える力をどの言語で獲得させていこうとするのか。それは単独の日本語であるかもしれないですし,あるいは,これからの21世紀を生きるには複数の言語でということも,全体的な動きからすると一つのテーマになっているのではないかと思います。しかも,それが発達段階に応じてどういうように形になっていくのかという辺りのところを,恐らくそういうことは既にいろいろな知見が出ているかと思いますので,そういうことを踏まえながら,全体としての考え方を詰めていくことが必要なのではないかと思います。
そうすると,先ほど御説明いただいた解説書に,国語の解説書とか,理科の解説書という形で,確かに小学校1年生から中3まで,国語についてはこういうものが並んでいるとか,理科が並んでいるということが分かるわけですけれども,今後,必要になってくるのは,理科が他の教科とどういう脈絡の中で,例えば中2なら中2にこういう内容があるとか,あるいは中1の理科にこういう中身があるということが,実は他の教科との関係の中でこんな姿として位置付くんだとか,そういう視野を開くような関係の資料をここに添付するなんていうことも,今後の一つの検討の課題としてあるのかもしれない。
要するに,それぞれの教科を一つ一つ教育課程の中で孤立させないような工夫,努力,配慮というんでしょうか,そのことが教科横断とか,そういう話の発想の基盤になってくる可能性を持っているのではないかと思います。この辺りは,解説書の記述の工夫というのでしょうか,資料の作り方の工夫によって十分改善できる点ではないかと思っております。
ちょっと話がちょっと横道にずれましたけれども,申し上げたい点というのは小中一貫教育に関わってのカリキュラム開発ということです。先ほど御説明いただいた資料ですと,資料3-2の70,71,72に小中一貫に関わって,あるいは小中一貫と教育課程,カリキュラム等々に関わってのおよその調査データが大変コンパクトに,またポイントを押さえてまとめられているということで,これで現状をある程度捉えることができると捉えております。
これは,今,進行中の小中一貫に関わって,今後,これが発展していくかどうかということは,私は,9年間のカリキュラムをどういうように作っていくことができるか,開発していくかということが大きな役割を果たすのではないかと思っています。そういう意味において,今回の改訂の中で9年間の教育課程というものをどういうように捉えて,より工夫あるカリキュラム開発が広がっていくのか。そういう視点からの検討ということもやはり必要なのではないか。
そういう点では,1つは,そもそも9年間に柱を通すというのはどういうことなのか。あるいは,今,4・3・2とか,5・4ということですけれども,学年の区分を工夫することが子供たちの力を付けることにどういう意味を持つのかということ。さらに,既存の教科構成等で,例えば地域を学ぶとか,キャリアを学ぶということもできるわけですけれども,それをより融合的にしたり,横断的にすることによって,もっと効果的になる。その辺りのところの取組の実践等々を吸い上げながら,9年間で柱を通したカリキュラムの開発という方向も,今回の改訂のときには示していくべき点の一つではないかと思います。
以上であります。
【羽入主査】  ありがとうございます。
全体的な方向性,あるいは問題意識について,今,天笠先生から御示唆いただきましたけれども,荒瀬委員,どうぞ。
【荒瀬委員】  今,天笠先生おっしゃいましたこと,私も本当に大賛成です。賛成ばかりしているのは何か妙かもしれませんが,大賛成だと思って伺っておりました。
今,おっしゃったことは,多分,前回出ていた,カリキュラム・マネジメントの優れた学校と,必ずしもそこのところがうまくいっていない学校との差というものを,学習指導要領のレベルでもって,よりよいカリキュラム・マネジメントが実現していくように持っていこうというようなお考えではないかと思って,承っておりました。その意味では,本当に今,おっしゃったことを,是非そのまま生かされることを願っております。
それと,今日は幼稚園,小学校,中学校の教育課程等に関する話ということですけれども,今,天笠先生おっしゃいましたこと,あるいは先ほど高木先生のおっしゃいました評価の観点とも関わりがあることについて申し上げたいと思います。机上資料の参考資料16は,昨年12月に出た大学入試に関わる答申です。
この答申の中に,高・大接続改革というものは決して大学入試を変えるだけのものではないということが示されています。9ページですが,高・大接続改革がうまくいかない理由としては誤解があるということで,高・大接続というのは決して全ての高校生を大学に入れることを前提にしているのではないんだということが書かれています。また,具体的に求められている力というのはどういう力かというと,初等中等教育で求められている,それこそ学力の三要素が大学教育においても,あるいは大学を卒業してからも必要なのではないかということが書かれてています。
私は,円滑な接続ばかりが重要とは必ずしも思っておりません。少し意識したというか,意図されたギャップもまた,高校と中学校の間とか,高校と大学の間,小・中の間では必要ではないかと思います。それはそれとして,教科横断型の学びを考えていくということもあるんですが,先ほどのお話とも関わって申し上げれば,教科縦断の,最終的にどういった力を必要とするのかということを考えてから,引き算でもって初等中等教育全体を考えていく,とりわけ義務教育を考えていくということが必要ではないかと思います。
中高一貫校でしたら,中学校の先生方は高校の様子がよく分かるし,高校の先生も中学校の様子がよく分かる。ところが,一般には中学校から高校というのはなかなか見えないし,高等学校の教員が中学校の授業を見に行くということも,現実にはほとんどありません。
高等学校を卒業する段階で,18歳で付けておくべき力がどんなものなのかということの見通しを持った上で,小学校教育,中学校教育を考えていく必要があるのではないかと思います。そのときの鍵になるのが学力の重要な三要素ではないかと思いますし,大学入試の改革,これから本当に大きく進められようとしているわけですので,その意味では,そこを十分に視野に入れて考えていく必要があるのではないかと思う次第です。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
池野委員,どうぞ。
【池野委員】  続いて話をさせていただきたいと思うんですけれども,3つ,天笠先生や荒瀬先生の話の続きみたいになって申し訳ないのですけれども,やはり資質・能力というもの自体が教育課程全体の目標改善にならないといけないのではないかというのが,1番目に言いたいことです。
2つ目は,幼・小とか,小・中とかいうことが今,問題になっていますけれども,それは今,荒瀬先生が言われましたけれども,小学校段階なり,中学校段階なり,高等学校段階で,それぞれの子供たちがどういう状態になっているかが,一定程度理解されていないといけないのではないかと思うんです。だけど,これまでの学習指導要領やこういう教育課程の論議の中では,この解説の中にも書いてあったんですけれども,内容だとか,観点の基本的な構造は示されていましたけれども,大体こういう形で到達することが望ましいとかいうものがないのではないか。これは,ある面,学習のための評価に変えないといけないのではないかと思っています。それが2つ目です。
3つ目は,実際に進めるために,どんなことが学習指導要領上,必要なのかという問題です。まず1番目のことですけれども,資質・能力論は,基本的に21世紀力だとか,汎用能力だとか言っていますように,社会人として,あるいは18歳のときにどんな力が必要なのかということがやはり大事だと思うんです。今の英語の力,英語を教科化したり,英語活動を充実化するというのも,どんな力を18歳なったときに持つのか。小学校からどういうことを培っておくと,それができる可能性があるのか。そのときに,小学校ではこういうことをした方がいいですよという内容だとか活動の提示とともに,どんな力がそれぞれの段階で必要なのかということの明示が要るのではないかと思うんです。
イギリスのナショナルカリキュラムの中では,それぞれの教科なり,領域の中で,どういう力をどういうように付けていって,最終的にここの段階までを,中学校の段階ではここまで,高等学校の段階ではここまでということを,目安としてレベルという形で示しているんですけれども,そういう形で示すようになっている。それを,国語だったら国語,イギリスの場合には英語ですけれども,私が専門的にやっている地理とか歴史とかシティズンシップだったら,こういう力を小学校ではこれだけ,中学校ではこれだけというようなことを,一応レベルで示すということが必要ではないか。
今現在の解説の中に書いてあるものは,内容がこういう関連をして,ここがこういうように関連していますということは書いてあるんですけれども,目標レベル,あるいは資質・能力論が,具体的にどういうところまでにするかというのは書かれていないと思うんです。だから,解説のレベルでどういうものにするか。それが2番目の学習のための評価にも関わっていて,観点別評価はどちらかというと取り扱う内容の基本的な観点を3つなり,4に分解しながら,今,議論されていますけれども,それぞれどこまでできたかということを先生方が評価する形になっていますけれども,どういうように伸びたか,どういうように伸ばそうとしているのかということの評価や,学習の見方みたいなものが欠けているのではないかと思います。どこまでするかということはやっていますけれども,どういう方向に伸ばしていくかということが,評価の中にないのではないかというのが2つ目です。
3つ目は,そういうことをするときに,学習指導要領のときに,確かに目標や内容を書いたり,方法を書いたり,アクティブ・ラーニングで一定程度書かれるようになると思うんですけれども,全体として幼稚園なり小学校なりでどういう関連を持っているか。今,大杉室長が御説明してくださったように,解説の中のこういうものは必要だと思うんですけれども,目標だとか,そういうものの全体的な関連をどこまでするのか。学校段階でするのか,一定程度,例示的に学習指導要領でするのか。
例えば,広島県の場合だったら広島大学附属三原小学校だとか,府中市の教育委員会などは,幼稚園はちょっとないんですけれども,小学校,中学校の各教科の目標だとか内容に関連するものを教育委員会レベルで作って,各学校がそれを活用するということをやっています。やはりそういうことをしないと,各学校にお任せすると,なかなか体力の差というか能力の差があってできないので,教育委員会レベルでそれができるようなことをやることよって,各市町村レベルの小学校,中学校の連携とかが可能になっていくのではないかと思うんです。
そのための一定程度の例示が解説レベルで書かれていないと,やはりいけないのではないかと思います。そういうものがやはり例示されてこないと,ただ単にこれとこれをやったらどうですか,そうすると,こういう力が付きますよだけでは駄目で,力が付いたら次の段階,5・6年生なり,中学校1年生,2年生ではこうなっていって,高校ではこうなっていきますという一定程度の目安が必要ではないかと思っています。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
札を上げていらっしゃっているのは,ただいまの御発言に直接関係する方々でしょうか。そうでないようでしたら平川委員から。
【平川委員】  今,お話ししていただいたところの関連なんですけれども,私も,今回の育成すべき資質・能力と,小・中連携というところでちょっとお話をさせていただきたいと思っております。
学習指導要領とか解説書で,各教科のひも付けでありますとか,内容の部分,内容の構成ですとか,目標及び内容の系統表をいくら作っても,正直,現場では余り見られません。どちらかというと先生方からボトムアップで,どういうような資質・能力を自分の学校の子供に付けさせたいかということを腹に落としていかないと,授業には全く生かされないと体験的に思っております。
そこで,一つ体験的にすごく有効だなと思いましたのは,前任校で行った小中連携の研修です。夏休み等の半日を利用しまして,1中2小,全教職員を集めまして,インテルがやっております21世紀型のスキルの研修をいたしました。いろいろな業界,たとえば,製薬業界などの企業,NPO,地域の活動などの様々な社会人としての場面を設定して,どこの業界でも起こり得るような問題をケーススタディとして体験,体感をさせます。その上で,21世紀を生きていくうえで,子供たちにはどういうような資質・能力を付けさせればいいでしょうかということを,各班ごとにベスト3を挙げてもらいました。その結果,どの先生たちも言ったのがコミュニケーション能力ということだったんです。
では,そのコミュニケーション能力を小・中連携で,小学校1年生,2年生,3年生,4年生,5年生,6年生,中1,中2,中3と9つに分けて,この学年では何をさせますか,どのようなコミュニケーション能力を身に付けさせますかということを話し合ってもらいました。じつは一番難しいのは小・小連携なんですが,小学校2校の先生が資質・能力について授業でこういうことを身に付けさせたいということを本当に真剣に話し合ってくださいました。例えば小学校1年生であれば,前を向いてちゃんと人の話を聞くというようなところとか,すごく細かく設定をしてくださいました。それを9年間の一つの串刺しとして全体でまとめをして,これについてお互い授業を研究していこうというようにしてまいりました。
このように,先生たちからのボトムアップでやっていきませんと,上から文科省や教育委員会が落下傘的にこの学年ではこの内容を教えろ,この学年ではこのような資質・能力を身に受けさせろといったところで,先生たちが腑に落ちなければ絵に描いた餅になってしまいます。そして本当に大事なことは,その地域・学区に合わせて,現場の先生たちが9年間で育む資質能力を自分たちの言葉で語ることなのではないでしょうか?
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
それでは,続けて,牧田委員,清水委員,山口委員,奈須委員の順でお願いいたします。
【牧田委員】  ありがとうございます。
今日は義務教育段階での話ということですので,その中ですと,せっかく総合的な学習の時間で非常に有効な知見が得られているのですから,その部分の何が教科のところに持ってこられるのかということを整理していただきたいと思うのです。実際,総合的な学習の時間は,テーマを先生と子供が合意の上で設定して,活動の見通しを立てて,主体的,協働的に活動し,発表などをしながら,そして有効なリフレクションを取り入れたロングスパンのカリキュラム,これは,まさしくアクティブ・ラーニングそのものでございます。
したがって,このような学習スタイルを発達段階に応じて,教科のところでも可能な限り取り入れるべきでないかと思うわけです。そうすることで,学習の結果だけでなくて,過程そのものが重要であるというような認識が広まるのではないかと思われます。非常に優秀な教員は,実際,非常に優れた総合的な学習の時間をコーディネートしておりますので,それほどハードルは高いものではないと思われます。
その中の一つに,先ほども少し話が出ましたけれども,自分で考えをまとめていくということの重要性を,これも発達段階に応じて,小学校の低学年から中学校まで,自分の学習したことを自分の言葉でまとめて人に伝えていくというような柱,できたらレポートを書いていくというような柱を作っておきますと,それによって,学習に余裕のある生徒は,ここぞとばかりにレベルの高いことを学習できますし,やや理解が不十分な生徒であっても,そこでもう一度考え直す機会を得られます。そういうことも,今,やられていますので,記述をして自分でまとめていくという筋を是非入れられたらと思うわけです。
同時に,総合的な学習の時間で得られた知見を教科で生かすということと全く同様に,教科でないとできないということが必ずあるわけで,それは考えていく必要があると思うんです。この部分は総合的な学習の時間でできる,だけども,この部分は教科でないと絶対できないというようなことがございます。前々回,奈須委員から指摘されたように,各教科の本質に関わる見方,考え方,本質的な問い,これらを挙げて,それをまた全体で整理するということが必要になるのではないかと思うんです。
こんなところで言うとちょっとまずいのかもしれませんが,随分前に,例えば二次方程式は社会で間に合わないから,生活で使ったことがないから,義務教育でやるのはいかがなものかというような議論がありました。確かに,学習指導要領が内容だけに限られていますと,そのようなことになる可能性もあるでしょうけれども,実生活,社会とどういう関連があるのかということを,各教科で整理するということは非常に重要なことであって,そうすればこのような誤解はきっと生まれないだろうと思うのです。
例えば,先ほどの例で言うと,二次の世界を学習するということは,既習である一次の世界にどう落としていけばいいかといった見通しを持った問題解決の能力につながりますし,三次以上,今までぶつかったことのない新たな問題にぶつかったときにも,これはきっとあれを考えれば,同じように考えていけばいいのかという類推的な考え方につながります。もちろん,一般化だとか,アルゴリズム化といったようなこともそこに含まれると思います。
そういう視点で考えますと,例えば算数,数学の場合では,帰納・類推・演繹といった論理的思考そのものを学ぶというケースがありますし,一般化であるとか記号化,特殊化,単純化といった数学的な方法に関する見方,考え方がございます。そして,何よりも関数的な考え方,図形的な考え方,統計的な考え方といった内容に関する見方,考え方がございます。また,式,表,グラフ,論証などは,全て人を説得させる,あるいは人と議論するために不可欠なものでございます。
このように,一つ一つの教科で何が重要かを整理することは非常に重要だと思います。ただ,ここで非常に注意が必要だと思うのは,例えば論理的な思考とかいったときに,学習内容と一緒になっていないと学習が成立しないということです。今日は論理的な思考を学習しましょうなんて言ったところで,そんなことはできるわけがなく,全て学習内容と一体化したものであると考えるわけです。そういう意味でも,教科で何ができるのかということは重要なことかなと思います。
先ほど幼・小連携の話にもありましたけれども,福井県では保・幼・小の接続カリキュラムが無藤先生の御指導の下に作成でき,実践に移っています。5歳児の学びと小1の学びとの連続性を重視するうカリキュラムは,ちゃんと4つの内容の視点から作っております。言葉,数,自然,約束,こういう内容が必ずあって初めて資質・能力が生まれてくると考えますので,そこの関連を十分に注意する必要があると思います。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,清水委員,お待たせしました。
【清水委員】  失礼いたします。また論点が変わってしまって申し訳ありませんが,先ほどの荒瀬委員の高・大接続,小・中・高縦断的な視点,高校卒業時にどのような力を付けさせたいか,こういった視点というのは非常に重要であると考えております。
今回の論点整理のペーパーでいくと,4ページ目に関わってくるかと思うんですけれども,地域や社会との連携ということにも関わってきますが,今,日本の大きな課題として,数年後の労働力人口の減少,これは非常に大きな課題であると捉えています。今後,これらが日本の産業であるとか,社会に大きな影響を与えていくのではないかと考えているわけです。そのために,子供たちの職業であるとか,仕事であるとか,そういったことをしっかり教えて,考えさせる必要があると考えているところです。例えば,日本の強みであるとか,科学技術といったことについて,社会との関わりについて,各教科において,こういった教科間の連携を通じながらしっかりと教えていかなければ,子供たちは将来困ってしまうのではないかとも考えているところです。
一つデータを提供させていただきたいと思いますが,私は4月から工業高校の校長として働かせていただいておりますので,若干,工業に偏ってしまうデータなんですけれども,平成24年度に埼玉県立総合教育センターというところで行った調査がございます。これは,学校間接続に関する調査研究ということで,埼玉県の工業高校生に様々なアンケートを取った中で,中学校の教科でどの教科が自分の進路選択に一番影響を与えたかというようなテーマがございました。
これは工業高校の生徒だから当たり前だと言われてしまうかもしれませんが,やはり技術・家庭科の技術分野の影響が非常に大きかった。答えた生徒の4割以上の子供たちがそのような回答をしている。片や,特に影響を受けていないという生徒もやはり半数近くいるということで,中学校等で習ってきた内容がどこまで将来の展望に影響を与えたかということが,若干見えにくくなっているところもあるのではないかと思います。
このように,中学校・高校との連携,高校教育を考えたときにもやはり中学校の教育は非常に重要だと捉えておりますので,今後,教科間の連携に加えて,中と高の連携,先生方との交流をもっともっと深めていただきたい。中学校の先生方はなかなか高校のことは分からないかもしれませんし,高校の教員もなかなか中学校のことは分からない。ここで交流が非常に少ないという現実問題がございますので,こういったことがいかに含められていくのか,そういったところに少し注力していただけると有り難いと考えているところであります。
以上でございます。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,山口委員。
【山口委員】  私,英語教育専門ではないんですけれども,少し自分の経験などもあって,意見を述べさせていただきたいと思います。
やはり日本人が,私もそうですけれども,中・高・大と英語をやってきましたけれども,なかなかうまくいかないというのは,そもそも日本人の持っている文化とか,そういったところにもかなり影響していると思います。単に教科化して教えたからといって,分かっているけれども,使えるか使えないかというところは,日本人が持っているものが非常に影響していると思います。
やはり英語を聞いていて思うことは,まず結論をはっきり言います。私はこう思うとか,私はこうしたいと。でも,日本人の場合には,どちらかというと結論はぼやかして,相手に反対してはいけないとか,場を読めとか,空気を読みなさいとか,相手を立ててというような中で育ってきているわけです。それが突然,国際社会に出ていったときに自分を出してと。きょうの会議もそうですけれども,大体,札を立てる順番も空気を読みながら,そろそろいこうかなと。
【羽入主査】  どうぞ,読まないでください。
【山口委員】  すみません。私は,やはり日本人だなと思うんです。国際会議などに行きますと,やはり我先に言うんです。ですから,このグローバルな社会の中で活躍できる人材といったときに,日本人の持っている美徳であったり,よさといったところを併せ持って,どういうように教育していくかということも,やはり必要なところなのかなと思うんです。
先ほど平川委員もおっしゃられましたけれども,コミュニケーション能力が必要だと。確かに私,そう思うんです。私は,実は日本人というのは高いコミュニケーション能力を持っていると思うんです。言わなくても察する。言わなければ通じないではなくて,相手に分かってもらえる。でも,やはり海外の人と接したときには,言わなければ分かってもらえないんだよ,自分の意見をはっきり主張していかなければいけないんだよと。それは,日本の中にいたらなかなか獲得できない部分でもあると思うんです。
ですから,そこをグローバルな社会で生きていく人材というところでどうつなげていくかというのは,非常にこれからの課題なのではないかと思うんです。単に時間数を増やしたからというところではなかなか解決できない部分を,捉えておく必要があるかなと考えました。
また,英語に関連もすると思うんですけれども,私も大学にいますけれども,大学教育はいつも批判を受けて,日本の大学生は勉強しないというように言われるんですけれども,そこはやはり,英語もそうだと思うんですけれども,一番大事になるのはモチベーションだと思うんです。本当に自分がこの学問をどう使いたいかというようにスイッチが入るとやり出すし,英語でもこの論文を書かなければいけないと思えば,時間を掛けても勉強するし,そこをどういうようにつないであげるかというところも,非常に大事になってくるのかなと思うんです。
ですから,今は学校,中学校から高等学校,高等学校から大学という,いかんせんそこに入るための勉強というようになっている部分が,なかなかモチベーションを持ちづらいので,今回,そこの改革も含まれていると思うんですけれども,更にそこをやっていく必要があると思います。
きょうの論点のところで,学校体育・保健というところも出ていますので,少しそこについても発言をさせていただきたいと思います。学校体育・保健ということを考えたときに,他の教科全てそうだと思うんですけれども,やはり社会の変化にどう合わせていくかということが問われていると思って,私もちょうど変化が起こってきた頃かなと思います。
この席におられる方と言っては失礼ですが,年齢が高い方は自然に外遊びで体力だとか何かを獲得できてきた年代だと思うんですけれども,今の子供が置かれている現状を見ると,まず公園でボールを使って遊べない。あれをしてはいけません,これをしてはいけません。ですから,公園に行ってみていただきたいんですけれども,公園へ行ってゲームをやっている子供たちが結構います。
だからということではないのですが,要するに学校体育というところに運動する時間をある程度確保してあげないと,私たちが獲得してきたような自然の中に,生活の中に運動だとか,体力を作るというところがなかなか獲得できない時代になっているということを,まず捉えておく必要があるかなと思います。
そして,他の教科も小・中・高という連携,あるいは幼児教育からの連携が大事なのと同じで,まさに体作りであったり,運動能力の獲得というのはその連携なしで,逆に言えば,他の教科がというわけではないのですが,やろうと覚悟を決めればやれる教科もあると思います。ただ,運動ということに関しては,本当に神経系が発達していくとき,小さな子供を見ていたら分かるんですけれども,真っすぐ走れません。それは,脳から指令を出したことがまだ体に伝わっていなくて,そこが発達していく段階の中で,ある程度そういう運動環境を整えてあげることによって,やはり育ってくるところがあるんですね。そこが抜けてしまうと,後でやろうと思ってもなかなか獲得できない部分があるんです。
また,今の世の中というか,先ほど言った資質・能力といったところでますます必要になってくるのは,自分自身をコントロールする力であったり,ルールの中で世界の人たちと正しく競い合っていくという力です。先ほども言いましたけれども,日本人というのは相手を否定したりだとか,はっきり物を言うというのは,なかなか自己表現するのが難しい。スポーツのいいところは,運動することでいいところは,自分を表現するということを覚えるんです。表現していいということなんです。そして,競い合いの中で戦ったり,競い合ったりして相手を評価していく。できなかったから駄目なのではなくて,競い合うことに意義があるんだというようなことを,机の上ではなくて,自分の体を通して身に付けていくということは非常に必要なことなのかなと思います。
そして,テクノロジーやいろいろなことが進んでいくと,やはり自然界とどう付き合っていくのか。私,子供たちにも言うんですけれども,やはり自然を感じられるのは自分の体だと。あなたは自分の体のことは分かりますか,自分の体をコントロールできますか。自分の体もコントロールできない,それがやはり自然なんですね。まだまだ分からないことがたくさんあるんだよ,科学では解明できないことがたくさんあるんだよと。
そういったようなことも含めて学校体育というところで,そして,その体育や保健といったところで獲得した資質・能力が他の教科にも必ず連動されていくと思うんです。コミュニケーション能力もそうですし,自分をコントロールする力や,ルールや,あるいは痛みに寄り添うとか。「パラリンピック」という言葉が,出てきたと言っては何ですけれども,今,「オリンピック」という単独の言葉では使わず,「オリンピック・パラリンピック」と必ず一緒に呼ぶようになりました。ただ,日本の中ではまだまだ言葉が独り歩きして,そういった障害のある人たちにどう寄り添っていくかということも,教育としてはまだ足りないと思います。ですから,こういった題材も含めて,更に進めていかなければいけないかなと考えます。
いろいろちょっと話があちこちに行きましたけれども,是非その辺りも議論の中に含めていただければと思います。
【羽入主査】  ありがとうございます。余り空気を読まないで札を立ててください。お願いします。
では,奈須委員,お願いします。
【奈須委員】  先ほど天笠先生から,教育課程というのは個別の部分をどう埋めるかではなくて構造的なのだという話がありましたけれども,私も教育課程を考える前の段階で,僕らが暗黙の前提として思い込んでいる概念を問い直す,場合によっては修正するということが必要なのではないかと思っています。対立すると思っているものが,実は対立しないということが,今回の教育課程を考える上で大事かなと思っています。
例えば,先ほど幼・小連携の話が神長先生からずっとございましたけれども,このところの幼・小連携の議論の中で,小学校以降の教科の学びの芽を盤石なものにしようという意図を持ったからこそ,教科の前倒しをしないということですよね。では,どうするのかというと,遊び込むんだと。むしろ子供が主体となって,協働的に本格的な暮らしを存分に作る。それこそが,小学校以降の教科の学びの芽になる。これは昔の考えで言えば,子供が存分に活動すれば知識は付かないというように対立的に考えたこともあっただろうと思うんですけれども,もはや幼・小連携の動きはそれを乗り越えてきていると思うんです。
もちろん,そこで遊びの質,暮らしの質ということが大事で,つまり子供たちが本格的に遊べば遊ぶほど,いろいろな問題や不思議に出会い,それを解明し,乗り越えたいと願う。だから,幼稚園の先生が,子供たちが遊んでいるときに起こっている物事の科学的な意味や知識的な価値に気付いて,それを適切にいざなっていくということが大切。したがって,これまで以上に高度な力が必要にはなってきますけれども,筋道としては,むしろ子供が存分に遊べば遊ぶほど,思考や判断や自己制御やメタ認知,場合によっては科学的な物の見方のようなものも育てるチャンスは増えると考えるようになってきている。これはとても大事なことだろうと思っています。
社会の要請にどう応えるかという課題もございましたが,社会の要請に応えていこうと実践的な問題を扱えば,学問的にはレベルが下がるのではないかと僕らは思いがちですが,やはりそれも違うだろうと思うんです。社会の要請に応えて本当の実社会の問題を解決しようと思えば,生はんかな知識では危なっかしいわけです。むしろ科学的,学問的に正確を期そうではないか。あるいは,単なる一つの知識ではなくて,いろいろな知識を持ち込まざるを得なくなる,多面的,多角的に吟味をせざるを得なくなる。むしろ教科的に見ても,高度な水準に上がる可能性は少なくともあるはずだ。そういうように一歩を踏み出していくことが大事かなと。
そうすることで,社会の要請に応えていく,それを通して子供が教科の学びの意義を実感するということと,教科的にしっかりとした系統的知識が身に付くということは,同時的に実現可能だと,まず僕らがその出発点に立つということが大事かなと思います。そうしないと,社会の要請に応えるとなると,学問的には引かざるを得ないんですねということで考え始める。あるいは,マスコミの方などが,社会的な実践力なのか,学力なのかというような対立的な見出しで議論をしてしまう。その問い方が間違っている,つまり間違った問いに答えようとすると議論がおかしな方向に行く。問いの立て方を変えなければいけないということが,今回の指導要領では多く出てきていると思います。資質・能力の育成ということが出た段階で,それはとても明確になったと思います。
アクティブ・ラーニングもそうだと思います。アクティブ・ラーニングにすれば,確かに時間は掛かります。だったら,量がこなせないのではないか,学力は下がるのではないかという議論は以前からありますけれども,アクティブ・ラーニングをする中で学び方が身に付いてくる,あるいは教科の本質が身に付いてくる。本質的な問いや,かつてブルーナーが「構造」と呼んだものが子供に身に付いてくれば,内容的にはどんどん速くなるわけですよね。実際,横浜でこういうことに取り組んだ小学校がありますけれども,高学年になってくると,授業が始まった途端に,きょうの基準量は何かという問いを子供の多くが持っている。算数ですから,1つ分の幾つ分ということです。基準量を速く洞察することはとても大事ですけれども,そういう芽が育ってくる。すると,内容の処理がどんどん速くなってくるんです。こういうことを考えていくことが大事かなと。
社会科などでもそうだと思います。地理的な物の見方,考え方が身に付いてくれば,地誌の領域などはどんどん速くなってくるはずで,全ての地域に同じだけ時間を掛けることがそもそもナンセンスだということを,僕らは考えていかなければいけないのではないかと思っています。
ただ,社会の要請に応えるとか,アクティブ・ラーニングをしていったときに,多少難しい問題はこれだろう。1つは,どうしても虫食い的に進む。つまり,学問的にはこの順序で進んでほしいというようにはならない可能性もあります。トピックやテーマを中心にしていくわけですから。でも,それが実際にどの程度まずいのか。僕らは教科の系統ということを言ってきましたけれども,多少順番が前後することが本当に決定的にまずいのかどうかということも問い直していかないといけない。つまり,教科の系統というのは何かということ,順序どおりきちんと全てに触れるということが本当に系統なのか。教科の議論では,しばしばこれも触れておいてほしい,これも少しでもいいから扱っておいてほしい,そうしないと先々困るからというようなことがあるけれども,本当に先々困るのか。その辺のことをきちんと見据えていくことが大事かなと思います。
幼・小連携が,先ほど申し上げた遊び込むというところに思い切って踏み込んでいけた一つの大きな理由は,幼児期の子供の学びというのはそもそもどういうものか。そして,そこにおいて,幼児期の子供に形成される知識というのはどのようなものかということについての共通した認識,しかも学問的に基礎付けられた認識を持っているということがある。だから,踏み込んでいこうということが起こったのではないか。実際,幼稚園教育要領には,子供の学び,子供の知識がどういうものかということが,解説書等も含めて,とても正確に,学問的に,体系的に一貫して書かれているように思います。それを踏まえて,今,幼稚園の教員養成などはなされている。だから,迷いがないのだろうと思います。
小学校以降はどうなんでしょうか。小学校以降は学びの質ががらっと変わるのでしょうか。以前から申し上げていますけれども,小学校以降も含め,人間はどう学ぶのか,人間の知識というのはどういうものかについて,もっと新しい科学的な知識,認識を足場にして何を教えるかという議論をやはりもうしていく時代,ヨーロッパではそうなっていると思いますけれども,そこに踏み込む。
ただ,このことは確かに通俗的な常識に反する部分がある。であれば,通俗的な常識を多少変えなければいけない。これは世論形成への努力ということですが,国民の皆さんに御理解いただくのはかなり厄介だろうと思います。片仮名が多いではないかという御批判もありましたけれども,片仮名を使わざるを得なくなっている理由がちゃんとあるということを僕らは踏まえるべきではないか。もちろん無駄に,いたずらに難しくしてはいけません。分かりやすく説明していくということが大事ですけれども,分かりやすくするが余りに不正確になってしまって,通俗的な概念を足場に教育課程の議論をするのは,また同じ過ちを繰り返すのではないかと危惧をしております。この辺,とても難しい時代に来たかなと思っております。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
それでは,今,札を立てています品川委員,渡瀬委員,今村委員の順でお願いいたします。その後に松川委員。
【品川委員】  ありがとうございます。
まず,特別支援教育の充実のところについて,ちょっとお話をさせていただきたく思っております。論点のところに,全ての学校・学級に発達障害を含めた障害のある子供たちが在籍する可能性をあることに前提として,ではどうするかということがあるんですが,大前提として,従来の三障害ではなくて,特に発達障害のことについてお話ししたいんですが,発達障害というのは診断されているケースと,御存知のようにされていなくて非常にニアーなケースがあって,それを含めて通常学級の中でどう指導していくかということを,しっかりと書き込んでいく必要があるということを申し上げたいと思っています。
御存知のように,教育的ニーズに応じて指導すれば,ノーベル賞を取るような学者になったり,作家さんになったり,スピルバーグだって,最近,ディスレクシアだとカミングアウトしましたけれども,起業家になったりとか,そういうことが実際にあるわけです。一方では,ただ受容される,受け入れていただくことは大事なんですけれども,適切な指導がないとなかなか社会参加が難しくなってくる,あるいは社会適応が難しくなってくるという現状があります。
特に我が国の場合,最近,私が取材するケースは,すごく丁寧に小・中と,あるいは高校まで指導されたけれども,社会に出てから不適応を起こしている,あるいは居場所がないというケースです。非常に能力は高いんです。もともと持っている力はあるにもかかわらず,そこが全然トレーニングされてこない。そういう子供たちはどこにいるかといったら,支援校にいるわけではなくて,あるいは支援学級にいるわけではなくて通常学級にいるので,しっかりと総則のところにそれを書いていかないと,ますます不適応を起こす社会人が増えていくのではないかということをちょっと危惧します。
では,どうするかということなんですが,現状,うまくいっている学校はどうしているかといったら,例えば小1の段階で全ての子供に聴写テストをするんです。聴写をして,なぜこの子はこの字が書けていないのだろうかとか,なぜこういう聞き間違いがあるんだといった段階で,もう早期に指導に入っていくということを小1の段階でやって,更に小2の段階でフォローする。
つまり,そうすることによって学習障害のある子供,あるいは可能性のある子供,あるいは未学習で訓練を受けてこなかった子供のトレーニングを早くやることによって,落ちこぼさないようにしているところがあります。そういうことをやっていらっしゃる自治体があって,非常に成果を上げている。それを全国的にやるべきだろうということを痛感します。この間,話したフィンランドなどは,まさにそれをやっているような感じです。
では,中学校のときにどうするか。実は中1の段階でも,全中学1年生に,例えば教員がチェックリストをやって,これは文部科学省がやっていたアンケートでもいいと思うんですけれども,この子,読みはどうなのか,社会性はどうなのかというところをやる。ちょっと気になった子にはLDI-Rをやる。更に気になったら,より専門的なWISCを取ったりするというような段階を全員にやるんです。そうすることによって,例えば英語学習で落ちこぼさない子供を作っていくというようなことをやっています。やはりそういう視点を書いていくことが必要なのかなと思っています。
それから,交流及び共同学習についてですが,前回の中教審のときにもすごく議論になったことだったんですけれども,支援学級とかにいらっしゃる子供さん,あるいは支援校の子供との交流をやれば障害者への理解が深まるかといったら,現実はお客さんで終わってるということが非常によくあるわけです。結局,子供は,当該児童は,あそこは寂しいから行かないというようなこともあるわけで,交流すれば障害者のことが分かるということ自体,そう簡単に,ただ場を共有するだけではいかない。もともと持っている能力がみんな,この間もお話ししましたように,例えば学習のスタイルはみんな違うんだということをいかに徹底して指導していくかとか,あるいは教師がちゃんとクラスの生徒へのモデルになるというようなことをやっていかないと,ただ交流するだけではやはり限界があるだろうと考えています。うまくいっている交流学習もあるので,なぜうまくいっているか,いっていないかというところを見ていく必要があると考えています。
3つ目は,指導要領をどうするかとか,増える傾向をどうするかという話ですが,例えば指導要領だけではなくて,いろいろ個別の指導計画を作るとか,個別の教育支援計画を作るということはやっているんですが,現状は作るだけで,あるいは作ってニアーなことはやっても,実際,成果が上がっているかという効果確認はされていないところが多い。もちろん,やっていらっしゃるところもあります。
もう一つ,フリースクールの方の検討部会でこの間も上がってきたんですが,そもそも指導計画,あるいは支援計画すら作られていない学校がいっぱいあります。いろいろとこういったところで議論されても,現状は全然行われていない。自治体によっては,センターでWISCを取るから,そのWISCの総合データだけがもらえる。WISCで大事なのは取っているときの子供の様子とかなのに,それを見られないで,ただデータだけをもらって,それで支援計画を作りなさいといっても現状は非常に難しいわけです。
通常学級に在籍している生徒で,ちょっとでも課題があるかもしれないと思ったときに,例えば特別支援教育士を持っていらっしゃる先生がしっかりWISCを取って,あるいは,ほかの発達検査とか心理検査をやって,この子の何が課題なのかというところまで踏み込んで,しっかりIEPを書いて,更にそれでちゃんと効果が上がっているかを,せめて半期に一度とかリバースしていくような制度にしていかない限りは,なかなか効果は上がらないと考えています。そういうことをしっかりと議論していただきたいと思っています。
それから,これから通常学級においては,合理的配慮という問題が特にインクルーシブ教育については出てくると思うんですが,もう現状,既に,この間もある自治体から相談を受けたんですけれども,うちの子供は学習障害があるので,小学校では一切ノートを取らなくていいと言われたから,そのまま中学校でもやってくださいと言われましたが,それでいいでしょうかという相談なんです。合理的配慮というのは,本人が言ってきたものをそのままやるわけではなくて,その指導に応じて,いかにその指導内容に合っているかどうかということをちゃんと判断しなければいけないんですが,なかなかそのことまでしっかりと理解されていない。法律が変わりましたから,これは必ずこれから課題になってきます。そこも是非書いていただければ,議論していただければいいと思っています。
すみません,ちょっと長くなりましたが,あと2点だけ。1つは,先ほど山口先生もおっしゃっていましたけれども,英語のところです。私は帰国子女なので英語はもちろん話せるのですが,ずっと言われてきたことは,帰国子女は自己主張がすごく強い。自分では自己主張が強いと思っていなかったので,何でだろうとずっと考えていたときに,例えば日本語では,私たちは基本「私」という主語を入れてしゃべらないです。だから,英語を話せば主体的に共同していくことができるかといったら,決してそうではなくて,そもそも英語を話すための脳みそを,日本語で英語を話すための脳みそに変えていく必要があるんです。私が言いたいこと分かりますかね。
要は,主語から言うとか結論から言うという訓練をしてからでないと,ただ英語を学んだからといって,別に議論できるようになるわけではない。それを踏まえたときに,小学校から英語教育を入れていくときには,ALTが,英語を話せる外国の人が来ましただけではやはりうまくいかなくて,先ほどほかの先生方もおっしゃっていたように,やはりしっかりと言語学的な指導を入れていっていただきたい。なぜ大事かといったら,ここでこの間も申し上げたように,音韻の理解,音素の理解とかができない子供たちが必ず出てきます。そうしたら,その段階で早く取り出して,又はフォニックスならフォニックスの指導をするというような感じでやっていくことが,中学校の英語教育につながっていくだろうと思っています。
もう一点は,スタートカリキュラムのことなんですけれども,幼稚園のスタートカリキュラムは是非もっともっと進めていただきたいんですが,そのときに感情のコントロールだけではなくて,先ほど山口先生おっしゃっていましたけれども,体のコントロールとか,それから痛みとか,ルール,これはもう幼稚園の段階から入れていくことも大事かなと思います。これがこの間,私がお話しした規範意識に入るということです。
ちょっと長くなりましたが,以上です。ありがとうございました。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,渡瀬委員,どうぞ。
【渡瀬委員】  今までお伺いした御意見の中から,3点,述べさせていただきます。
1つ目は,奈須委員がおっしゃった,幼稚園の子供たちも遊びを深めていけば学びも高まっていくということですけれども,本当にそうだと思います。先ほどもお話ししましたけれども,私どもが幼稚園と,それから小学校1年,2年ぐらいの低学年で意図的に教員を異動させることによっての連携を図ろうとしたときに,その教員たちが最終的に行き着いたキーワードは「遊びは学び」ということでした。逆に言うと,幼稚園の子供たちに,特に5歳の子供たちに,いかに意図的に学びの要素を遊びの中に入れていくかということが必要ですし,逆に1年生の子供たちには,学びの要素をいかに遊びや体験を通して学ばせていくか。そういう配慮をすることによってそこのつながりを大事にするということが,幼・小を分断しないということにつながるかなと思います。
2点目は,牧田委員がおっしゃいました,思考力を育てるときには内容があってのことだということ,私もそう思いますけれども,必ずしも文脈の中で教科の内容とか,教科の文脈の中だけで思考力を鍛えていくのではなくてもよいのではないか,というのが私の考えです。私どもの学校は,学年ごとに思考スキルのようなトレーニングをある程度してから1年をスタートして,教科学習や総合学習の中で,そこで培ったスキルをなるべく使っていこうというようにするんですけれども,その最初の入りのところは,どちらかというともう単独で,こういうトレーニングの仕方が有効だろうということで単発で持っていきます。これは,ICTのスキルを育てたりするのとちょっと似ているのではないかと思いますけれども,そういう方法もあるかと思います。
3点目に,先ほどから小・中・高とか,幼・小・中・高の連携の話が出ていて,18歳で育っているべき資質・能力に向けてということがありましたけれども,やはり幼・小・中・高の教員が,18歳で育っているべき資質・能力観とか,学力観というものを共有していく必要性があると思います。
私は,自分が私立だからこういうことができるんだと思っていましたけれども,先ほど平川委員が学区の他学校種の先生方を集めて,こういう研究をしたとおっしゃいましたので,そういうこともあるなと思ったのでお話しさせていただきますが,私どもの学校は,8年ぐらい前ですか,6・3・3をやめて,今は形としては4年ずつの区切りです。幼稚園と4年,4年,4年でそれぞれ生活の場所を変えていますけれども,カリキュラム的には幼稚園から12年生,高校までの一貫でやろうということでやっています。
教科会も,月に一遍,幼稚園から高校までの教員が一堂に集って話し合いをするんです。そのときにすごくおもしろいと思ったのは,先日,国語の教員が,小学校も中学校も高校も,それぞれの学年でこれが一番いいと思う読書感想文を持ち寄って,紹介し合って,何でそれが一番いいと思ったかという話し合いをしたんだそうです。そうすると,やはり小学校と高校では読書感想文を高く評価するときの見方がちょっと違う。年代によってそういうことがあるんですね。そういうような共有をすることがお互いに非常に勉強になるということがありました。公立の学校でも,学区内でそういうように他学校種の先生方で研修することができるのだとすると,そのような研修も有効なのではないかと思いました。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,今村委員,どうぞ。
【今村委員】  構造的な教育課程を組み立てることが大切だという御意見もあったんですけれども,非常に体験的な観点から発言をさせていただきます。
「小・中学校教育の教育課程に関連する資料」の中に,キャリア教育についての表記はそんなになかったんですけれども,一つ,高校生たちに関わっている立場から非常に心配している点があります。「小・中学校教育の教育課程に関連する資料」の28ページに,学習する目的について,「将来好きな仕事に就くのに役立つから」と回答した児童の割合は,どの学年においても60%と記載してあります。
私は,日常的に高校生,大学生と関わっているんですけれども,キャリア教育,学校教育の中で,小学校,中学校,そして高校で,早く夢を見付けることをあおり過ぎだと思っています。夢という言葉が非常に難しいんですけれども,子供たちの自己肯定感の低さ,学ぶ意欲が低い子たちに,その理由をいろいろ聞いていくと,私にはなりたい仕事が見つかっていないからとか,私はまだ夢が決められていないからとか言うんです。
実際に今,就活自殺みたいなこともニュースに何度かなって,「やりたい仕事」という言葉に惑わされて,「やりたいこと」という視野の広い選択肢で就職活動をした結果,結局,そこがうまくいかなくて,自分には価値がないといって,もちろんたくさん受けたけれども落ちたという理由の子もいたと思いますし,また,企業で働いていてメンタルが耐えられなくなってという子もいたと聞いていますが,やりたいことを,実用性を学びのインセンティブにするということはすごく危険だなと思っています。
小学校の段階から,学ぶということそのものの力を子供たちが楽しいと思えるように今回の取組をしたいと思っていて,高校生になって実際に進路を選ぶ段階になったときに,学ぶということを楽しんでいる子たちが,その延長で積み重ねていった経験や学びの中から,そのとき出会った仕事に就いて,その中で鍛錬していけるような,そんな出口を迎えられるような学びの在り方を小学生,中学生のときから組み立てられていたらと思っております。なりたい仕事を決めることがキャリア教育ではないということを一つ,学校で指導している先生方にお伝えできるようなことを記載するべきなのではないかと考えています。
もう一点,先ほどから話題になっていた英語教育の件ですけれども,今,申し上げたことと全く逆のことを言うかもしれないんですが,これについては,私も今,1歳の子供の母親という立場で,SNSで物すごく,ヘックマン教授のIQを育てるのは5歳までみたいな言葉が,もう広告ですごいことになっています。多分,5歳以下の母親のSNSには毎日のように,今,いかに教育投資をすれば,今,英語を身に付けさせれば未来も英語は全部話せるようになるみたいなことが,もうあおられ過ぎて,私もついついDVDを買ってしまったりするんです。
そういったことをしている家庭の子たちと,中学校に入ったときまで何もしなかった子たちと,もうスタート時点が随分変わっているという現実が,学校教育の中で英語を5・6年生で教科化するのかという議論の前に,家庭の中でかなりいろいろな取組が既になされているため,中学生になったときに既に相当の差が付いているということも前提に置いて,それを活用したクラス運営,授業運営をどのようにするのかという点を先生方にお伝えできるようなことも記載していかないと,学校教育の中だけで教育のプロセスを議論していても,実態はそうではないということも踏まえる必要があると思っています。
以上です。
【羽入主査】  ありがとうございます。
では,松川委員,お願いします。
【松川委員】  2点発言させていただきます。
1点目は,英語教育の成果についてなんですが,先ほど無藤部会長の方から御指摘がありましたように,小学校の英語も含めて,英語教育の成果のきちんとしたデータがないということは私も同感です。前回のこの会で,先般行われました高校3年生に対する英語の抽出テストの結果が発表されていまして,余りよくなかったというデータがあるわけですけれども,中学校に関しては残念ながらないわけです。多分,やられると思いますが。そういう中で,日本の学校英語教育は成果がないとか,あるとか,いろいろな議論がされているので,客観的なデータが必要だと思っております。
それから,最近,文部科学省が調査しているもので,英語教員の英語力,英検準1級以上を持っている先生がどのくらいの割合でいるのかという各県別のデータが出ております。それから,英語の授業を英語でやっている先生の率がどのくらいかというデータが出ているのですが,それもまた非常におもしろい。
県別のデータを見ていくと非常におもしろいわけですけれども,先生の英語力が高いところが必ずしも英語で英語の授業をやっているわけでもない。それから,先生の英語力は余り高くないのに英語で英語の授業をやっている。そうすると,成果はどうなるのか。その成果のデータがないというところが一番問題だと思うんです。そういうことと関係があるのかどうかということ,本当に先生の英語力が高いことと子供の成果,それから英語の授業を英語でやっていることと子供の英語力に,きちんと相関があるのかどうかという基礎的なデータをやはり取っていく必要があると思います。
小学校英語についても大事ですけれども,私は,中学校の英語がどれだけの成果を出していくのかということについて,余り実態が分かっていないのではないかと思っています。先般も全国学力・学習状況調査が行われて,今年は算数・数学,国語と理科が行われたわけですけれども,英語を毎年やってくれとは言わないですけれども,何年おきかにやはり中学校の英語の全国学調というのはあってしかるべきではないかと思います。それが第1点です。
第2点目は全然違う観点ですが,今日6回までこの議論を聞いていて,1つも出てこないですけれども,例えば小学校英語を教科化にして何こまやるかということについても,問題は全体の枠がどれだけあるのか。全体の教育課程の中でのバランスなんですけれども,やはりきょうの論点ペーパーでも最後のところに,社会の要請等を踏まえた教育ということで,社会の要請というのは年々増えてくるばかりなんです。きょうも冒頭,主査からお話がありましたように,例えば最近ですと主権者教育だとか,3・11で防災教育だとか,要するに教科,教科外の問わず,日本の学校に要請されている教育というのはたくさんあるわけです。
その全体の枠の中で,週5日制をこのまま堅持するのかどうか。それから,土曜授業というものが行われているわけですけれども,この枠組みの話が出ないというのは私はおかしいと思います。それぞれの教育を充実したいというときに,大前提として週5日制を堅持していくのか,週6日制には戻らないのか。そこの枠組みの議論をせずに,あれもこれも充実していくのがいいに決まっているわけですけれども,そういう議論がここで出ないし,文部科学省の最近のお考えは,それぞれの自治体でやれるところから先導的にやってもらって,その様子を見ながら全体を決めていくというような流れをしばしば感じるわけですけれども,そういうことについてどういうお考えなのかということも含めて,議論をしていく必要があるというように思います。
【羽入主査】  ありがとうございます。
今,ほかに札を立てている方,いらっしゃいますか。
ありがとうございます。大変に貴重な御意見を多々頂きました。今回,私どもの意見交換の中で非常に大きな点といいますか,共通の問題意識,あるいは共通認識として示されたことは,一つ,我々がこの場で教育課程の総体的な姿がどうあるべきかを念頭に置いた上で,各教科の関わり,位置付けを考えていくことが重要であるということは,共通の認識であったかと思います。それは,恐らく内容的な問題だけではなくて,今,松川先生がおっしゃったような物理的なといいますか,時間的な枠組みも考えていくべきこととも関連するかと思います。
それに関連して,2つのことが私たちに課せられている,あるいは重要であるという認識にも至ったのではないかと思います。1つは,これまで様々な取組がなされてきた成果を検証する,あるいは,それを取り入れることが重要ではないかということ。もう一つは,総体的な姿を示した上で各教科を位置付けるということになった場合に,整えるべき環境,あるいは,そこで条件として整えるべき事柄があるだろう。加えて,3点目になりますが,そのことによって初めて評価がどういう在り方として望まれるべきか,あるいは評価の指標が定められうるか,というような大きな枠組みの中で,きょうの御議論がなされたのではないかと思っております。
社会との連携,あるいは幼・小・中の接続についても,我々がどういう目標を持って教育課程を作っていくかということが常に意識されているべきではないかと思います。これは,恐らく無藤先生がやっていらっしゃる教育課程部会の主たるお仕事かと思いますので,そこに上げていくことになろうかと思います。
そのようなことで,きょうはまた少し異なった観点から議論が深められたのではないかと思います。どうもありがとうございました。
最後に,補佐官から一言。
【鈴木大臣補佐官】  きょうも大変熱心な御議論ありがとうございました。
幼・小・中についてはそろそろ議論を煮詰めていきたいと思いますので,今日,お時間の関係上,御意見を頂けなかった先生方,是非また,直接でも結構ですので,お寄せいただければと思います。
以後は私の個人的な感じでございますが,幼・小・中については,もちろん様々な,英語の問題だとか,いろいろな課題はあるわけですけれども,OECDのPISA,15歳段階のメッセージというものを正確にもう一回見てみますと,現段階でもできていることがかなりあるということです。21世紀型スキルで,34か国中,科学的リテラシーは1番ですし,読解力は1番ですし,数学力は2番であります。総合すれば1番で,これはまさにこれまでの現場の努力の積み重ねの結果,OECD・PISAショックを乗り越えて,レジリエンスという言葉がありますけれども,日本の教育界は少なくとも,今日メーンのトピックになっている幼・小・中については復活したというか,復興したというか,この成果をいかに,更に進化するかということがまず大事なことだと思います。
ただ,そのときに,もう一つOECDの大事なメッセージは,引き続き現場の努力にかかわらず,我が国の15歳段階の学ぶ意欲というのはワースト2であるということ,こちらのメッセージをどう酌み取るかということが,恐らく一番大事なことの一つではないかと思っています。それがどこで発生し,恐らくゼロ歳児段階で各国の差がそうあるわけがないので,どういう経路をたどって学びの意欲がそがれていくのか。人間というのは,もともといろいろな好奇心を持って生まれてきているはずでありますから,あるいは,そういったポテンシャルはあるわけですから,その経路をもう一回きちんとチェックしてみる必要があろうかと思っています。その観点からも,今日も大変いい御議論を頂いたと思います。
その上で,学ぶ意欲問題にきちんと対峙し,そこを今回の学習指導要領改訂でしっかり乗り越えていくんだということの重要性をまず確認した上で,加えてやはり社会から,先ほど松川委員からもお話がありましたけれども,いろいろな要請があります。非常に逆説的な言い方をさせていただくと,ここの委員会,中教審全体,あるいは文部科学政策全体は,社会から,物すごい様々なところから飛んでくる要請について,きちんと仕分けをするというか,そこが非常に重要だなと。どうひっくり返ったって,1日は24時間しかないわけでありますから,そこをどういう考え方というか,判断基準でやっていくかという御議論を,個別いろいろなことよりも,その考え方の基本軸を是非お教えいただければ有り難いと思っています。
その際に,いろいろな力を身に付けなければいけないわけでありますけれども,様々な力で教育できるものと,できないものとある。また,教育できないけれども,涵養することができるものはある。それから,どれだけ環境を整えても涵養することもできないものもあるわけで,それが何であるか。かつ,更にそこに家庭教育と学校教育と地域教育と社会教育,よく言われているのは,学習指導要領を少し充実いたしましたけれども,とはいえ学校での授業はまだ七,八百時間であって,子供たちが1年間にテレビやディスプレーに向かっている時間は1,000時間をはるかに超えている。そういう意味で,メディア,あるいは情報空間の人たちも日本の子供たち,日本だけではありませんけれども,そういう子供たちの成長,学びに大きな影響を与えているわけであります。そういう子供たちに影響を与える主体というのはいろいろあって,その中で学校教育が果たすべき役割,あるいは果たすことができる役割,あるいはできない役割,いろいろあろうかと思います。
それから,もう一つ,これは同じ話なんですけれども,我々は最近,創造性とかアクティブとかいうことを言っているわけですけれども,それはつまるところ,自由というものをどれだけ充実したものに自分の力でできるかどうかということであります。要するに,余りにウェルデザインされた時間が過剰になってしまうと,その原資が残っていない,それは学校教育だけのプレッシャーではなくて,先ほど今村委員からもありましたけれども,要するにキャピタリズムからのプレッシャーというのは,家庭に対して相当大きな影響を与えている。そういうことも含めて,家族なり本人,あるいは友人なりが自由をどう謳歌するのか。真の創造性というのはそこからしか出てこないと思います。
一方で,ワーク・ライフ・バランスとかいう話も社会からの要請であるわけであります。
こういった本当に複雑な多次元の連立方程式を解く,難問中の難問をこの部会にお願いしておりますが,是非引き続きよろしく御指導をお願い申し上げたいと思います。きょうはどうもありがとうございました。
【羽入主査】  ありがとうございました。
それでは,今後の予定について事務局から御説明をお願いします。
【大杉教育課程企画室長】  失礼いたします。本日,今後のスケジュールという資料番号が付いていない紙を1枚お配りさせていただいております。
5月12日,25日につきましては,高等学校の教育課程等に関して改革が必要な事項について,2回にわたり御議論いただくことを予定いたしております。
その後,本日の議論も含めまして,初等教育全体,幼・小・中・高一貫した観点から再度御議論いただくというような流れを想定しております。
本日御指摘のありました調査結果でありますとか,各種資料につきましては,今後,随時御提供をさせていただきたいと思っております。
また,本日,言い尽くせなかった御意見等ございましたら,またメールにてお寄せいただければと思っております。よろしくお願いいたします。
【羽入主査】  ありがとうございます。
長時間にわたり御議論いただきまして,また御協力いただきまして,誠にありがとうございました。それでは,これで本日の企画特別部会を終了いたします。ありがとうございました。

── 了 ──

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