ここからサイトの主なメニューです

資料5 高等学校教育部会(第1回)及びこれまでの有識者ヒアリング等において出された主な意見(抜粋)

高等学校教育制度に関する意見   

(第1回高等学校部会において出された主な意見)

  • 公教育としての高校教育において、青年期の子どもたちを自立と個性という視点で育成することが必要。
  • 日本の学校教育において高校教育をどのように位置づけるのか。アメリカは分権により州や地域によって教育内容が多様化しているが、今は全体の教育水準の向上のためにコモンスタンダードの取組が進められている。日本はコモンスタンダードがあるにもかかわらず実態は多様化しており、高校教育をどのように捉えるかが見えにくい。
  • 「普通科」という名称がよいのかどうか、文化が違えば「普通」がよいかどうかの捉え方が異なる。名称をより意欲的なものにしてもよいのではないか。

(有識者ヒアリング・都道府県教育委員からの意見聴取・職員インタビューにおいて出された主な意見)

  • 高校生の4人に3人が普通科に在籍していること、また普通科の中で非常に学力格差が発生してしまっていることは問題。高校の教育課程の内容も特に普通科において、高校生にとって自分の現在や将来の生活、社会生活にとって意義あるものと感じられるようにするべき。また、普通科から転換して、専門高校あるいは専門学校的な特徴をもつ普通科をもっと増やしていくべき。さらには、専門高校からの大 学進学機会をもっと拡大すべき。
  • 夜間に授業を行う従来の定時制課程の概念とは異なる、「昼夜間定時制」高校の数が増えてきており、全日制と同様に昼間から授業を行っている。全日制・定時制 ・通信制という形で序列ができあがっているが、学校の特色によって分類する仕組みに変えていかないと、子どもたちの中に不必要な劣等感や差別意識が生まれてくる。全・定・通の在り方そのものを変えていく必要があるのではないか。      
  • 高校教育の選択肢は、1.制度としての複線化をはかるか、2.単一の高等学校制度を維持した上で質保証政策を進めるかのいずれかである。前者は、これまで高校が、高校内部での「機能分化」によって多様化に対応してきたことを改め、「制度的分化」、すなわち、機能とカリキュラムを異にする複数の水平的に分化した学校への制度的に再編し、その各々が質保証を図る道。後者は、後期中等教育機関が実質高校一本である現行制度を維持した上で、高等学校教育のoutcomeにおけるミニマムを維持(回復)向上しようとする道である。具体的には、高大接続テストの導入、高校卒業資格の国家試験制などが想定できる。高校教育課程の多様化・自由化が同時に何がしかの質保証制度を伴わないのであれば、我が国の高等学校卒業証書の価値は国際的に低落し、ひいては高等教育学位の国際的価値の低下にも歯止めがかからないだろう。
  • 様々な課題や困難な状況にある生徒を受け入れて柔軟に教育できる学校や教育システムを作ることが求められる。そのためには、全・定・通の枠を取り払い、自由な教育課程が編成できる高校づくりが必要。
  • 高校卒業後、進学であれ就職であれ、次の段階への接続が課題である。将来、自分が社会と主体的にどのように関わっていくべきかということを考える時間を重視し充実すべき。自分の将来を見据えてどのように学ぶのか、どのような職に就くのかということを考えることに繋がる教育をすべき。
  • 中学校の教師は専門高校の内容をよく知らず、保護者も根拠のない普通高校志向があり、何となく普通高校に進学した生徒の学習意欲が低く離職率も高い。これを解決するためには、中学校における進路指導を見直すべき。中学校の教員が専門高校の内容を理解させることを必須とするとともに、専門高校の魅力を高める工夫をするべき。
  • 普通科は、より高度な学問を志向する者が学ぶ場として大学教育を見据えた教科指導を徹底すべきであり、専門学科は、実社会で活用できる知識や技能を取得する場として、産業界のニーズも踏まえながら、働くことへの関心や意欲を引き出し、産業界の求める人材の育成を目的とした職業教育を重視すべきであると考えるが、制度的にも学習指導要領における教科指導の制限が大きく、十分な進路指導が行われないまま安易な職業選択による就職のミスマッチを引き起こしている。
  • 普通科においては、大学進学実績を意識した教育ではなく、将来の職業として何が向いているのかに気づかせ、どのような学問をすべきかについて高校段階で気づかせるべき。専門学科においては、日本の産業が国内において目指す方向を定め、それに見合う人材を育成すべき。
  • 高校教育は義務教育ではないため、例えばドイツのように、学力向上を目指す課程と職業人養成課程を明確に分けた上で、職業人養成課程には企業を参加させ、現場さながらの実践教育を行うこととし、そのために学校設置基準を緩和すべき。    
  • 各高校の評価について、「進学校」や「底辺校」等という社会の意識を変えることが必要。そのような言葉や見方が生徒の無気力感を助長する。   
  • 高校教育に対するニーズの多様化に伴い、既存の高校では対応が厳しくなっている。高校教育の基本的な枠組みについて再定義が必要である。
  • 高校教育はアカデミックなカリキュラムを中軸とすべきという意識は教員の中に根強く存在するが、この伝統的な価値観にそぐわない、あるいはその準備が十分でない生徒は、義務教育ではない高等学校においては、ともすると自己責任の名の下に十分な手立てを講じられにくい傾向がある。
    このことについては、就職問題において特に深刻であり、生徒が卒業する時に、本当の意味で生きる力を身に付けているのかということを、今までの高校教育の論理ではなく、観点を組み直して再吟味することが必要。
  • 普通科の改革という時に専門高校にすれば良いという意見も研究者等に見られるが、必ずしもそうではない。普通科のままであってもやり方によっては、逆に力を付けられるケースがあり、現実社会と向き合う場を提供する中で、人として生きていくための様々な力を付けていくことができる。
  • 学科の在り方については、うまくいった事例とそうでない事例などのカリキュラムを評価しながら見直していくことが必要。古い学科体制は時代に合わないからダメだということではなく、成功している学科はどのようなものかを見ていくことが必要。

生徒の学習意欲に関する意見

(第1回高等学校部会において出された主な意見)

  • 生徒の学習時間が非常に少なく、また、自発的に勉強できないという学習意欲の問題がある。高等学校は最後の学びの場であり、社会で自立していくためにどのような学びをすべきかを議論することが必要。偏差値に関わらず、学習意欲をどのように育んでいくかが重要。
  • 学習意欲との関係では、将来の夢や目標は何かというビジョンを持たせ、そのためにどのような勉強が必要かについて考えさせることが大切である。
  • 高校2年生の一日あたりの平均学習時間が30分程度という調査結果がある。高校進学時における不本意入学も学習意欲には関係しているのではないか。
     

(有識者ヒアリング・都道府県教育委員からの意見聴取・職員インタビューにおいて出された主な意見)

  • 学生の勉強に対するパッションがない。何のために勉強しているのかというのを考えさせるようにしないといけない。
  • 高校生の問題は、自信も意欲もない状態。「自分をだめな人間だと思う」、「人並みの能力があると思わない」と考える生徒が大変多いという現状。
  • 高校は小中学校に比べて閉鎖的。地域の人も高校に興味がなく、そのような高校に入学する生徒は、まず自己肯定感を損なう。家庭でも両親とうまく話せず、生徒にとって、刺激を得たり新しい見識を得る機会を意欲的に持つことが難しい。
  • 高校生の平均学習時間は70分程度だが、実際にはほとんど学習していないと考えてよい。教科書を持ち帰らず手ぶらで登校するような状態。
  • 高校生を大人として扱い、高校生でも世界を変えることができるいう自己肯定感をあらゆる場面で繰り返すことが必要。
  • 高校生にインパクトを与え、厳しい受験競争の中で、異質な質の高い経験をさせることによって、勉強の意味を高校生たち自身に考えさせる仕組みが必要。
  • 一部、不本意入学をした生徒が目的意識のないまま無気力な生活を送ることが課題。これらの生徒には、入学後の早い段階で生き方・なぜ学ぶのかといったことを考えさせるとともに、教え込むことが重要。
  • 経済統計で言う「生産年齢」に達しているにもかかわらず、自ら働いて自立した生活を営むことへの展望、意欲に乏しい生徒が多い。また、競争に耐え、困難に挑戦していくたくましさに乏しい生徒が増えている。規律を守り、他を思いやる気持ちを持つことが社会で自立していくために不可欠であることも理解しなければならない。このような問題への解決の一つとして、高校の教員が生徒の「多様な価値観」におもねったり振り回されることなく主体性を持つべきである。そして、周囲の狭い社会に閉じこもって安穏としないように生徒を導き、社会の将来の展望を教えることによって、無用な不安感を取り除くべき。         
  • 学習や社会貢献活動に対する意欲・関心が低く、また、精神的に孤立した状況にある高校生が増加している。このため、授業等における学ぶ意義を実感させる工夫(授業改善によりわかる授業、興味関心を引き起こす授業の実現)や、高校生が社会とつながる機会の設定(部活動を単位としてボランティア活動を行う等将来にわたって積極的に社会に関わる態度の育成)などが必要。

教育課程に関する意見

(第1回高等学校部会において出された主な意見)

  • 高校教育は義務教育ではないにもかかわらず学習指導要領に従ったカリキュラム編成が必要とされているが、一方で実態は非常に多様化しており制度的な齟齬が生じているのではないか。また、グローバル人材を育成するために、カリキュラムに縛られない授業を展開できるようにしてはどうか。
  • 生徒の学力を保証するためには、履修主義ではなく修得主義にすべき。また、学び直しを前提とすれば、高等学校学習指導要領の最低基準をより緩やかにすべきであり、生徒の実態に合わせた質の保証が必要。
  • 高校教育の到達度テストといった生徒の学習の目標になるような仕組みは必要だが、どれだけ社会的に認知されるかが成否の鍵ではないか。
  • 中学校における学習内容が十分身についていないことにより、高校のカリキュラムを理解できずに学習意欲が低下し、不登校になることが考えられる。教育課程の議論を抜きにしては議論できないのではないか。

(有識者ヒアリング・都道府県教育委員からの意見聴取・職員インタビューにおいて出された主な意見)

  • 高校の実態として、カリキュラムが非常に硬直的であることが問題。特に全日制普通科においては、進学校も指導困難校もほとんど同じである。指導困難な生徒は、1日6時間の授業を椅子に座って聞き続けるエネルギーはないが、午後は、勉強を遊びに置き換えて行うような授業を配置し、とにかく学校で授業を受けさせるという考えで取り組んだ。このような柔軟なカリキュラム編成は、総合学科ではない普 通科でも十分可能。
  • 高校入試、大学入試のために高校の教育内容は非常に均一化されている。多様性のある学校を日本にたくさんつくって欲しい。
  • 大学合格がゴールで大学に入学したら勉強しなくなってしまう生徒がいる。1つの教科ごとの勉強ではなく、何かやりたいことがあるからこの教科とこの教科を使うんだというような、教科間の連携が学校の中では必要。
  • 高校の実態は主要教科に重点を置きすぎている。中等教育は、単なる教科指導ではなく、教科間の連携や地域との連携など立体的に考えることが必要。
  • 広い意味で民主主義社会に参加できるような市民としての能力(市民性教育)が必要。広い市民性を持っていなければ社会に適用できない。
  • 狭い職業イメージを持つことに嫌悪感を持つ子供も多いため、普通科のイメージを残しつつ市民性教育をカリキュラム化して身の丈にあった実践を行うことが必要。
  • 高等学校の学習指導要領は、義務教育との連続性を重視した形で定められているが、そのことが高等学校の特色づくりをやりにくくする要因になっている。高校教育は義務教育の目指すものとは異なり、社会への準備段階の指導が柔軟にできるよう教育課程を編成する必要がある。連続であることの必要性を整理し、柔軟な対応ができる学習指導要領を検討してほしい。
  • 卒業後就職しようとする生徒についても、進学した上で実社会に入っていく生徒についても、職業世界との接続を図る観点から教育課程の再編が必要。前者には、職業資格と関連づけた教育課程の再編が有効。シンガポールのITEが参考となる。 後者には、大学受験を超えて大学入学後、さらには社会に出た後で有効な教育を構想することが必要。リテラシー等の学力の国際標準や「活用」力の育成を目指し、大胆な教育方法上の革新が不可欠。
  • 義務教育段階の学習内容が十分に定着していない生徒に対して、学び直しに加え新たに高校段階の学習内容を理解させてその定着を求めることは現実には難しいところもある。学習指導要領に定められた必履修科目に一律に縛られることなく、学校の独自判断で生徒の実態にあった弾力的な教育課程を編成することを可能としてはどうか。
  • 必履修科目・標準単位数の見直しによる自由な教育課程の編成が必要。
  • 必履修教科・科目の更なる精選により教育課程の編成を一層弾力化するとともに、高等学校と大学の接続の在り方、学校教育と社会の接続の在り方など、中等教育や高等教育において十分な学習環境を担保できる仕組みづくりを社会全体で考えていくことが必要。
  • 優れた能力を一層伸ばす教育や障害のある生徒等への指導の更なる充実を可能とするため、高等学校学習指導要領を超える教育課程の特例措置を都道府県の判断で行えるようにする。
  • 高等学校学習指導要領の大綱化など、学校や設置者の裁量の確保・拡大を前提に、高等学校教育における最低基準を確保する施策の検討が必要。
  • 高等学校学習指導要領の運用の弾力化や教育施設等の環境整備などについて格段の配慮をお願いしたい。
  • 教育活動全体を通じて行う道徳教育や特別活動における体験的な活動により、継続して規範意識の醸成に努めることが必要。
  • 特に普通科・定時制における教育課程にキャリア教育をしっかりと位置付ける。
  • 職業人としての基本的な能力の低下や職業意識の未熟さが指摘できる。勤労観・職業観とともに人間力・コミュニケーション能力を高めるため、職業体験を教育課程に位置づけ充実を図るべき。
  • 生徒の実態に即して多様な教育課程が編成できるように、必履修科目は、日本史、体育、保健以外は、各教科で1科目として科目設定に柔軟性を持たせること。また大学入試後を見据えて高校で学ぶべき科目等の内容を示す等の改善を図ること。日本史(A又はB)を必履修とすること。「奉仕」を教科として設定し必履修とすること。キャリア教育を必修化するなど抜本的な対策を検討すること。
  • 規範意識・コミュニケーション能力・基本的な生活習慣の向上・確立のために、道徳教育を教科化し、専門の教師や人生経験が豊富な社会人を採用し、奉仕活動、 自然体験、職場体験、芸術・文化体験等を実施する。
  • 挨拶、礼儀(マナー)、倫理観を身に付けさせるべき。
  • グローバル社会で活動する日本人は、日本の伝統・文化、歴史の教育を通じて日本人としての誇りを持つことが必要である。このため、例えば日本史を必修化してはどうか。
  • 資源のない日本は技術を糧に国際社会で生きるしかなく、トップクラスの学力を向上させるとともに、ベースラインの学力も向上させる必要がある。そのための一案として、土曜日授業を復活させるべき。
  • 学校週5日制により休業日になっている土曜日の取扱いについて、学校や生徒の実態に応じて柔軟に扱えるようにすることが必要。
  • 土曜授業を復活して授業時数を増やすべき。
  • 高等学校は、多様化・弾力化の方向で改革されており、結果として、「高校教育の統一性」を失っている。これを必履修科目との関連で言えば、履修と修得が分かれており、必修得とはされていないことから、「高校教育の統一性」を必履修科目でもって持たせられるのかということもある。必履修科目に頼らずに考えるとすれば、「産業社会と人間」のような個人のキャリア形成を支えていくようなもの、つまり一人前の市民になっていく上で必須なものなど、教科とは言わないまでも、必履修にして高校教育をアイデンティファイするものを位置づけて、学校と社会をどうつなぐかという観点から共通して必要とされることを盛り込んでいくことで高校教育に統一性を持たせることが必要。
  • 現場の創意工夫が生かせるような形で自由度を持たせていく方向性が良いが、高等学校は、教育課程の編成に関して言えば、他の学校種に比べて動かないところがあり、そのような中で現場に任せると、旧来の受験指導に偏る傾向が強い。ただ現場に任せるのではなく、カリキュラムづくりのエキスパートを育てるという長期的なビジョンを持つことが必要。
  • 学習指導要領の大綱化については、教員が指導要領をどのように受け止めるかという問題であり、生徒が身に付けるべき力へのこだわりを曖昧でいい加減にして良いという意味ではない。教員の意識と制度改革の趣旨の間にあるズレを埋めること、制度の趣旨を教員に上手く伝えることが肝要。
  • 新高等学校学習指導要領は、学校現場におけるカリキュラム編成に要する時間があまり考慮されておらず、対応に苦慮している。早朝や放課後等の勤務時間外に指導することで乗り切っているが、内容・単位時間数を考えるとかなり厳しく、週5日制がネックである。

大学入試・高大接続に関する意見

(第1回高等学校部会において出された主な意見)

  • 有力な大学の入学試験の在り方も一緒に考えなければ、高校教育のゆがみ、特に進学を求める有力な大学に進学しようとする子供たちの教育のゆがみは治らないのではないか。大学側も求める人材像を提示し、ともに議論するべきである。
  • 高校教育の目標が大学に入学させることになっているように見受けられるが、高校生の半数は大学に進学しておらず、高校教育は大学入学準備のためのものではない。後期中等教育において教えるべきことを教え、身に付けさせるべき。
  • 高大接続テストを大学入学資格としてやるのは難しいが、高校生としてどのような学力を有しているか測る意義はある。国民として身に付けておくべき一定の知識の達成度テスト等、大学の合否に関係しないところで高校生の学習の目標設定として活用すれば良い。
  • 大学入試が機能しなくなっている中で、大学においても十分に学習せず社会に出て行ってしまう現状にある。大学の機能別分化の議論ともあいまって、大学が機能別にどのような教育をしていくべきかということが高校教育にも連動してくる。

(有識者ヒアリング・都道府県教育委員からの意見聴取・職員インタビューにおいて出された主な意見)

  • 高校卒業段階で高校卒業程度認定試験のように、これだけは習得しておいて欲しいことを習得できているかどうかを確認する制度が必要。
  • 日本の大学入試の選抜機能による学力保証がなされてきたが、高校の教育課程の弾力化や大学進学率の上昇、少数科目入試などに伴い、この機能が失われてきている。少人数科目入試などによる普通教育の欠落も課題。高校の基礎的教科・科目の履修と達成を促し、同時に個別入試の限界を克服するものとして「高大接続テスト」を導入すべき。
  • 高校卒業までに身に付けさせる基礎学力の水準を明確化し、基礎学力の定着状況を測定する全国レベルでの評価テストの作成と活用を検討すべき。
  • アメリカのノーベル賞受賞者のうち21歳以下で大学を卒業している人たちは80%であり、何らかの飛び級・早期教育を経験している。日本では飛び入学にあたり、高校からの推薦状が本当の推薦状として機能しない(その子どものここが素晴らしいということを書けない)のが課題。また、飛び入学が始まった当時は、17歳であり大学生活にはついていけないだろうと特別なケアが社会から大学に要求されたが、実際には、普通の入学生に比べると平気でいろいろな人と話ができ、あっという間になじむ。
  • 飛び入学の効果は、高校教員の意識を変えていくとができたこと。高校教員と連携するネットワークを作り、ひとつひとつこちらの考えを伝えていくことにより、生徒に受験を進める教員が増えており、受験生が減らないという状況である。
  • 高大の接続について再検討が必要である。大学入試に関して、高大接続テストの在り方、高校卒業資格と大学入学資格の関係の見直し等が考えられる。
  • 大学入試制度の在り方を検討し、入試問題を思考力・判断力・表現力を重視する内容に見直すこと。
  •   「高大接続テスト(仮称)」の導入に関する議論を高校における学習改善の観点や大学入試制度の改善の観点だけにとどめてしまえば、大学教育全体を見直す機会を逸することになり、ひいては高校教育の質の向上につなげる機会を失うと考える。
    ついては、大学の単位認定の在り方を含め、大学生の学力の多様化に対応した指導の改善等、大学教育全体の改革を平行して行うことを前提とし、高校側と大学側が慎重に協議したうえで行うべき
  • 大学入試を見直す時期はとうに来ている。例えば、高校卒業試験を行う、大学受験資格試験でマッチングにより大学進学させ、大学の教育内容を充実させる、大学を卒業するハードルをより高くするなどを検討してはどうか。
  • 公費負担によるエリート育成課程を作るとともに、飛び級を採用すべき。
  • 大学教員による高校での講義や大学での高校生対象講座のみならず、多様な高大連携の在り方を考えることが必要。例えば、高大連携授業参加者に対する大学入学後の単位認定、大学の公開講座等への参加の単位認定、大学入学後の基礎学力補充のための講座の高校での開講と単位認定など。
  • 9月に高校を卒業する生徒が大学へ進学する場合に、10月から入学できる大学が限られている。10月入学の拡充などの大学入試制度の改善が必要。
  • 大学など高等教育の入学期を9月とし、4~8月の間、就業体験をさせる。 

お問合せ先

初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)

-- 登録:平成23年12月 --