資料2:「障害のある子どもの今後の教育についての基礎的研究―インクルーシブ教育システムの構築に向けて―(平成21年~22年度)」研究成果報告書の概要

独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所
研究代表者 教育支援部総括研究員 藤本裕人

1.障害の特性を踏まえた配慮の現状に関する訪問調査の実施

 本研究では、小・中学校で学習している障害のある児童生徒の状況について訪問調査を行い、教科学習等を行う上での配慮の現状を整理した。

(1)調査対象、調査場面及び調査期間

○1 視覚障害のある児童生徒、聴覚障害のある児童生徒、肢体不自由のある児童生徒、病弱・身体虚弱のある児童生徒、言語障害のある児童生徒、自閉症のある児童生徒 (*調査対象の児童生徒は知的障害は伴っていない)

○2 小・中学校で学習している上述○1の障害のある児童生徒で、通常の学級で学習をしている時の配慮が明確になるように整理を行った。

○3 調査期間 平成21年10月~平成22年12月

(2)調査内容の整理の方向性について

 障害ごとの特別な背景がある場合は、配慮事項の整理の際に必要事項を記載する。配慮については、施設設備、学習環境、教材、指導上の配慮など、多岐にわたることが想定され、本研究が基礎的な研究段階であることをふまえ、明確な分類ができなくても、情報として整理を行った。
 なお、知的障害のある児童生徒については、交流及び共同学習の現状として整理を行っている。

2 障害の特性を踏まえた配慮の現状に関する訪問調査のまとめ

 視覚障害のある児童生徒、聴覚障害のある児童生徒、肢体不自由のある児童生徒、病弱・身体虚弱の児童生徒、言語障害のある児童生徒、自閉症のある児童生徒が、小・中学校の中で学習する配慮として、ほとんどの障害で取り上げられている内容は、情報保障への配慮、環境の整備への配慮、心理面への対応に関する事項が挙げられる。このことについて次に整理を行った。

(1)情報保障の配慮

 本研究では、学校教育活動の授業等において、児童生徒が判断を下したり行動を起こしたりするために必要な種々の媒体を介しての知識が、障害のある児童生徒へ確実に情報として届くための配慮として整理を行っている。病弱・身体虚弱児の場合は、学校教育活動を欠席しなければならないことによる未学習に対する学習の機会の保障であるが、広義の解釈としてこの分類に整理している。

 視覚障害の児童生徒への情報保障には、○1普通文字や点字の指導、○2拡大教科書、点字教科書の給与、○3教材の拡大、点字化、視覚障害に特化した教具、○4視覚補助具の提供と指導などがある。
 聴覚障害のある児童生徒への情報保障には、○1教員の音声をFM補聴器等を使って確実に届けること、○2学校行事などの音声説明を文字化すること、○3字幕入りの教材活用、 ○4ノートテイク、○5手話の活用などがある。
 肢体不自由の児童生徒では、音声言語にコミュニケーションの困難を有する場合は、自分の意見を発表する場面などで、音声言語に変わる拡大・代替コミュニケーションの活用がある。また、視覚認知が困難な場合は、テキストを拡大したり行間などを調整したりすることが必要な場合がある。
 病弱・身体虚弱の児童生徒では、病院に入院するまでの期間や自宅での安静や通院等で、学校を欠席する状態が継続する場合があり、授業時間内での情報保障というよりも、未学習となった内容を、授業時間内、あるいは授業時間外に学習することができるような、学習の機会を保障する対応が重要となる。
 言語障害のある児童生徒の場合は、障害のない子どもと同じ学習経験が保障されており、授業内での情報保障という観点での配慮は、基本的に行われていると言える。
 自閉症のある児童生徒の場合は、障害のない児童生徒が難なく理解できることも、実は多くの苦労を伴って理解している、あるいは理解しきれていない状態を、教師が十分理解していないことから起こる問題など、教師からの適切な指導の働きかけが保障されないといった課題がある。
 以上のように、本研究では情報保障の配慮を整理したが、これは、授業の中で、児童生徒が享受できるはずの授業の情報(受信と発信)が、障害の特性の影響のために、情報が十分に児童生徒に届かないことがあり、そのことに対応するための配慮としてとらえることができる。

(2)環境の整備への配慮

 学校教育活動の中で、障害のある児童生徒をとりまく状況についての配慮である。安全な学校生活や、学習活動への参加を確実にするためには、施設設備への配慮や、教師等の学校環境の管理に関する配慮が必要となる。十分な配慮が行われないと、障害のある児童生徒は、行動の制限をうけることになる。障害者への配慮を知らないが故に、障害のある児童生徒に困難を強いている状況を生んでいることもあるわけである。

 視覚障害のある児童生徒への環境の整備は、○1校地・校舎内の環境整備が必要である。全般的な留意事項として視覚障害のある児童生徒が歩行する際に危険がないかどうか、教室環境で盲や弱視の児童生徒が教室内を移動する際に、妨げとなる障害物がないかなどの配意が必要となる。太陽光が机上に反射してまぶしくないか、暗すぎはしないかなど、環境の整備を行わなくてはならない。
 聴覚障害のある児童生徒の環境の整備は、教室内で補聴器等を使用する児童生徒が居る場合、椅子の引きずり音などの雑音対策が必要となる。強い電磁波を発する電子機器なども補聴器に影響をあたえるため、防磁について配慮したり、校内の避難放送等の音声情報の連絡体制などの安全に学校生活を送るための環境の整備が必要となる。
 肢体不自由のある児童生徒への環境の整備は、車いすや歩行器等を用いて移動するケースが多いため、校内の段差をなくしたり、スロープを設置したり、階段昇降機やエレベーターの設置などに関するアクセシビリティへの配慮が重要となる。学校全体の設備だけでなく、学習活動においては、座位保持椅子や車いす用のテーブルなど姿勢や動作を補助する用具・器具の活用が不可欠である。
 病弱・身体虚弱のある児童生徒への環境の整備は、筋ジストロフィー等の神経系の疾患のある児童生徒の場合、四肢の動きに制限が生じたことによって、校舎内の移動や食事、排泄などの日常生活面が限定されるため、電動車いすに対応するエレベーター等の学校施設の改修が必要な場合がある。また、色素性乾皮症の児童生徒の場合は、紫外線を遮断できる、遮光フィルムや遮光カーテンを設置したり、UVカット蛍光管に交換するなどの配意が必要となる。病気によって長期欠席している児童生徒等への配慮では情報通信ネットワークを用いることも考えなければならない。
 自閉症のある児童生徒の場合は、一日の学校生活や1時間の学習予定を明確に示すためのホワイトボード等や、気持ちを落ち着けるクールダウンエリアを設けることが重要である。

(3)心理面への対応

 小・中学校の中で学習する障害のある児童生徒にとって、自分と同じような境遇に置かれている仲間に出会う機会は希であり、それぞれの障害のある児童生徒が、仲間間意識を持つことで自尊感情を高め、前向きに学校生活を送ろうとする動機付けを図ることは重要なことと言える。また、障害のない児童生徒への「障害に関する正しい理解」をうながすための理解啓発活動が、学校教育活動に継続的・組織的に位置づけられることも重要なことである。

 視覚障害のある児童生徒の場合、1万人につき2~3人と推定され、小学校10校に換算すると1人か2人しか在籍していないことになる。そのため、地域の特別支援学校(視覚障害)の学校が主催するサマーキャンプなどに参加して、個人が抱える悩みや苦労の共通理解をはかったり、頑張っている仲間の姿を見て、新たな学習への動機付けとなる機会を設けることが大切である。
 聴覚障害のある児童生徒の場合は、周囲の友達としっかりとコミュニケーションできているか、自己の肯定感を成長させる上で聴覚障害のある児童生徒や先輩との交流の機会の確保、聴覚障害に関する最新の医療や福祉に関する情報集のための聾学校等との連携、補聴器・人工内耳や手話などについての理解啓発活動が大切である。
 肢体不自由のある児童生徒の場合は、多くの場面で身体的介助を必要とするため、大人に依存的になったり、周囲に遠慮したりしがちな場合がある。また、思春期の課題に取り組むための心理的な安定や社会性の形成が十分でない場合は、劣等感や不信感などにつながるような場合があり、肢体不自由のある児童生徒がセルフエスティームを高め、自分らしい自己実現ができるような、社会性や心理面へのサポートが重要となる。
  病弱・身体虚弱の児童生徒の場合は、長期の入院により家族と離れていたり、入退院を繰り返すことで友人関係を築きにくかったり、精神疾患等により人とのやりとりが苦手な児童生徒などへの対応が必要となる。
 言語障害のある児童生徒の場合は、言語に障害があることで自分の思いを素直に表現することを苦手とする場合が多く、対人関係上で何らかのあつれきを持っていることがある。このため、周囲の子どもの前で、ことばに対する注意や治しをさせないで、学級では、気軽に話せる雰囲気つくる配慮が必要となる。
 自閉症のある児童生徒の場合は、初めての場面や初めての活動などに対し、強い不安感を持ちやすい。その不安感を少しでも軽減するために、学校生活や学習の予定などの見通しを明確にしたり、学習のねらいを明確にするなどの配慮を行わなければならない。
 個々の児童生徒の障害の特性に起因する心理面への対応は、配慮事項としての理解に留まるものではなく、授業方法にも直結してくるものである。
 このほかにも、視覚障害のある児童生徒の教科指導全体における指導方法の工夫、聴覚障害のある児童生徒や言語障害のある児童生徒では、言語に関係の深い国語や英語の教科での特別な指導や教科の補充指導、肢体不自由のある児童生徒の体育の指導方法の工夫など、指導内容そのものにも配慮を考えていかなければならないと言える。情報保障や環境の整備、心理面での対応は、今までの学校教育の中で障害のある児童生徒への指導・支援を展開してきた歴史的経緯の中で生まれてきたものであり、そのことが現状の配慮として積み上がってきたと考えることができる。

(4)知的障害のある児童生徒の交流及び共同学習の現状

 本研究成果報告書では、「交流及び共同学習の推進に関する研究」(2008、国立特別支援教育総合研究所)の研究結果をもとに、知的障害のある児童生徒の交流及び共同学習について整理を行っている。
 知的障害のある児童生徒がよく行っている交流及び共同学習の教科は、音楽、体育、技術・家庭、図工・美術等の教科である。知的障害のある児童生徒が通常の学校や学級の学習活動に参加しやすい教育活動をどのようの組み立てていくのか、研究・検討を進める必要があると考えられる。

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初等中等教育局特別支援教育課

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