全日本教職員連盟

インクルーシブ教育システム構築のための今後の特別支援教育の推進方策に関する意見書

団体名 全日本教職員連盟

 

 平成19年、特別支援教育は、学校教育法に位置付けられ、全ての学校において、障害のある幼児児童生徒の支援を更に充実させていくことになりました。特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものとされています。
 平成19年以降の新たな特別支援教育制度の下、各学校においては、在籍する児童生徒の実態把握に努めるとともに、校内委員会の設置、特別支援教育コーディネーターの指名、個別の指導計画や教育支援計画の作成・活用等、特別支援教育の指導体制の整備を推進し、着実に成果を上げてきました。
 近年、特別支援学校における在籍者数、小中学校における特別支援学級数や在籍者数、小中学校における通級による指導対象児童生徒数が、いずれも増加傾向にあります。これらは、特別支援教育の理念が保護者や地域社会に受け入れられ、児童生徒一人一人に応じたきめ細かい教育に対する期待の表れであると見ることができます。
 一方、特別支援学校の教室や、専門的な知識を持った教職員の不足の問題が深刻化している現状もあります。
 こうした特別支援教育を取り巻く状況を踏まえ、特別支援教育の更なる整備及び特別支援教育の更なる質的充実への取組が、より一層重要であると考えます。

1.合理的配慮等環境整備について

(1)基礎的環境整備について

 合理的配慮の充実を図る上で、合理的配慮の基礎となる人的・物的条件の整備(基礎的環境整備)の充実は不可欠であると考えます。
 文部科学省では、インクルーシブ教育システムについて、理念だけではなく人的・物的条件整備と併せて検討することが重要であるとの認識の下、必要な人的・物的条件整備について検討を行い、特別支援学級に在籍している子供が通常の学級に移動した場合には、巨額の経費を伴うものであることを明らかにしました。しかし、報告書においては、この基礎的環境整備を充実させるための財政的な裏付けが全くなされていません。
 施設・設備の整備については、各学校におけるバリアフリー対策の推進が求められるとしながらも、その整備は、各学校の設置者が行い、国がその一部を補助するといった現行制度の記述に止まっています。
 また、教員・支援員等の人的配置についても、少人数学級の推進や、特別支援学級・特別支援学校における学級編制、特別支援教育の実施に係る教職員定数の一層の改善が求められるとしながらも、財政措置を伴った改善計画が示されておらず、今後の検討課題とされています。
 各学校の設置者や学校が、障害のある児童生徒やその保護者に対して合理的配慮を提供する際には、この基礎的環境整備を基にして行われます。財政的な裏付けのない基礎的環境整備では、合理的配慮の実効性を著しく欠くことが懸念されます。
 さらに、基礎的環境整備の多くを地方自治体の負担に頼ることになれば、現在の厳しい財政状況の中、特別支援教育に対する地域間格差が拡大する恐れも生じます。
 新しい特別支援教育のシステムの構築に当たっては、児童生徒一人一人の可能性が最大限に生かすことができる環境を整えるために、国の責任において必要な財源を全額確保し、地方自治体の負担の軽減を図るとともに、基礎的環境整備が整わないままの早急な制度化によって、学校現場に混乱を起こさないよう、教育的効果等を十分に検証した上での導入を求めます。

(2)就学先決定の在り方について

 特別に支援を要する児童生徒が必要な教育的ニーズは、障害の種類や程度、本人や保護者の思い等、個々によって異なっています。児童生徒が社会に適応するために必要な力を身に付けるには、その児童生徒に応じたより適切な教育環境を提供することが重要です。したがって、就学期においては、本人及び保護者の意向を尊重するとともに、専門家や関係者の意見を生かしながら、その児童生徒が居住する地域・学校の特性等を総合的に判断し、学校の設置者が決定する仕組みを構築することが必要です。その際、通常の学級も、特別支援学級・特別支援学校も、就学先の選択肢の1つとし、在籍の登録や年度途中の就学先の変更についても、柔軟に行える仕組みづくりを検討していくことが重要です。
 また、就学先の決定に当たっては、学校の設置者及び学校が、本人及び保護者に対して合理的配慮を提供することとしていますが、その前提条件となる基礎的環境整備が就学前の段階で整えられておかなければなりません。そのためには、就学期のできるだけ早い段階での就学相談を充実させるとともに、財政基盤を整えた基礎的環境整備を行った上で、合理的配慮の合意形成を図ることが重要です。

2.教職員の確保及び専門性の向上について

(1)教職員の専門性の向上について

 特別支援教育の現状でも見られるように、特別支援教育へのニーズは年々高まっています。そのため、教職員の専門性の向上は必要であると考えます。

○ 特別支援学校教員の特別支援学校教諭免許状の保有率は、増加の傾向にありますが、更なる保有率の増加に向けて、認定講習の受験機会の拡大や、通信制大学の活用を促進していく必要があります。

○ 小中学校における特別支援学級担当教員の特別支援学校教諭免許状の保有率は約30%であることが文部科学省の調査により明らかになりました。免許状の保有率は、特別支援学級担当教員の専門性を測る上で一つの指標として考えらます。制度を導入する前に、この保有率を高める施策を先行させなければなりません。

○ 特別支援教育担当教員以外の教員については、通常の学級においても発達障害の児童生徒が複数名在籍している状況から、特別支援教育の専門的な知識は必要であると考えます。養成課程の段階から特別支援教育についての学科を更に充実させるとともに、現職研修においても特別支援教育を位置付けること等、必要な方策を講じることが大切です。また、通常の学級に在籍する特別な支援を要する児童生徒の障害の種類や程度は様々であり、必要とされる教育的ニーズも異なることから、ケースに応じて研修を受けることのできる環境づくりも重要であると考えます。

○ 専門的な知識を持った教職員を確保するためには、大学の教育学部、教員養成学部での専門的課程や学科の設置だけでなく、大学医学部や大学院、教職大学院においても専門的な課程やコースを充実させることも検討すべきであると考えます。

(2)教育環境の充実について

 児童生徒一人一人に対して、きめ細かい特別支援教育を目指し、教職員の専門性をより発揮していくためには、教育環境の充実は必要不可欠です。

○ 平成14年に文部科学省が行った「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」を実施し、実態を正しく認識し、教育環境の充実に活かすことが必要です。

○ 特別支援学校に在籍する児童生徒は毎年増加傾向にあり、学校数も増えていますが、教室の不足が深刻な問題となっています。特別支援学校の教室不足を解消するとともに、特別支援学校の増設を促進していくことが必要です。

○ 通常の学級に在籍する特別に支援を要する児童生徒の割合が高まる中、児童生徒一人一人にきめ細かい教育を行うためには、少人数学級化は不可欠です。通常の学級や特別支援学級・特別支援学校の学級編制の標準の引き下げを行わなければ、実効ある制度には成り得ません。その際には、量的な人数で一律に区切るのではなく、障害の状況や支援の必要性の程度等、質的な面にもしっかりと目を向けて、弾力的に学級編制や人員配置を考えられる仕組みづくりが必要です。そのためには、国が責任を持って財源を確保した上で、義務標準法の改正を伴う教職員定数改善計画を早期に策定し、学校現場に計画的・安定的な教職員配置を行うことが重要です。

○ 特別支援教育の充実をはじめとする今日的な教育諸課題に対応するために、学校現場は学級担任以外の教職員の増員を求めています。現在、加配教員は、特別支援教育や少人数指導、いじめや不登校への対応等の役割を担い、多くの成果を上げています。加配教員は、都道府県からの申請を受けて国が配分するものですが、配分の目安を引き下げ、地域間の格差を生じない加配教員の充実が必要です。さらに、副担任制を導入してサポートスタッフを増やすことや、スクールカウンセラーの配置促進等の人的な支援も重要です。

○ 校内において特別支援教育の充実を図っていくためには、特別支援教育コーディネーターの役割が重要になります。現在、各学校において、特別支援教育コーディネーターの指名が整っている状況ですが、その多くは、特別支援学級の担任であり、その専門性が校内の全ての学級において十分に発揮できる状況であるとは言えません。校内における特別支援教育推進の中心的な役割を担う特別支援教育コーディネーターの専任配置が必要です。

○ 特別支援教育の充実はもとより、今日的な教育諸課題の解決にあたっては、校長のリーダーシップが求められています。学校運営において校長が十分に力を発揮し、教職員の協働体制を確立していくためには、副校長・教頭の役割がますます重要になってきます。義務標準法を見直し、副校長・教頭を教諭等の枠から外した配置が必要です。

○ 特別支援教育支援員の配置促進も重要です。支援員の配置は、地方財政措置によって行われていることから、地域間の格差が生じることが懸念されます。支援員に配置についても、国の財政支援による充実が必要です。

 

 特別支援教育への転換が図られて5年が経過しました。その間、学校現場においては、特別支援教育の充実に向けて、指導体制の推進や質の向上を図り、着実に成果を上げてきました。インクルーシブ教育システムへの移行に当たっては、現行の特別支援教育の成果や課題について十分な検証を行った上で進めていくべきです。拙速な制度化による急激な変化は、学校現場だけでなく、障害のある児童生徒や保護者、地域社会に大きな混乱を招くことは必至です。
 新しい制度への移行においては、次の条件を整備していくことが重要です。

 

○ 国の全額負担による基礎的環境整備

○ 義務教育費国庫負担制度における国と地方の負担割合の見直し

○ 学級編制の標準の引き下げ

  • 小中学校の通常の学級や特別支援学級及び特別支援学校における学級編制の標準の引き下げ
  • 障害の状況や支援の必要性の程度等による学級編制の弾力化

○ 義務標準法の改正を伴う教職員定数改善計画の策定

  • 特別支援教育コーディネーターの専任配置
  • 特別支援教育等の加配教員の充実(国の配分の目安の引き下げ)
  • 副校長・教頭の枠外配置
  • 主幹教諭、指導教諭の配置促進
  • 養護教諭、事務職員の複数配置基準の引き下げ

○ 特別支援教育支援員等の充実

  • 特別教育支援員に対する国による財政支援
  • 医療的なケアのための人員に対する国による財政支援

○ 特別支援教育の専門性を高めるための研修等の充実

  • 養成課程における特別支援教育に関する学科の充実
  • 現職研修における特別支援教育に関する研修の充実

 

 これらの諸条件の整備が不十分にまま、単に形式的なインクルーシブ教育システムの構築を行えば、本来の理念の達成どころか、現行の特別支援教育からも後退してしまうことになりかねません。また、児童生徒一人一人の学力の保障についての議論も十分なされているとは言えません。現在、特別支援学校や特別支援学級、通級よる指導での取組が充実してきており、一定の効果を上げています。新制度導入の効果が具体的に見えない状態の中、制度を変える根拠をもっと明確に示さなければ、学校現場や国民の理解を得ることは難しいと考えます。

 

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初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)