日本教職員組合

2012年3月12日

文部科学大臣
平野 博文 様

日本教職員組合
中央執行委員長 中村 讓

 

「インクルーシブ教育システム構築のための今後の特別支援教育の推進方策」に関する意見書

 

 文部科学省におかれましては、インクルーシブ教育の実現にむけて合理的配慮等の検討をされていることに、敬意を表します。
 障害者の権利条約に謳われているインクルーシブ教育の推進は、わが国がめざす共生社会の実現に欠かせないものであり、障害のある子どもに限らず全ての子どもたちにゆたかな学びを保障するものです。
 私たちは、合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループがまとめた「報告」について障害者の権利条約や改正された障害者基本法の理念をふまえ意見をまとめましたので、是非参考にしていただきますようお願いいたします。

1 合理的配慮等環境整備について

1.合理的配慮の定義

 合理的配慮の定義では障害者の権利条約と改正された障害者基本法の趣旨をふまえられているものと、そうでないものがあると考えます。
 趣旨がふまえられているものは、「留意する必要」という表現ではあるものの、合理的配慮の否定は差別であることを明示している点です。このことは障害者の権利条約、改正された障害者基本法にも明示されており、合理的配慮は障害のある人が障害のない人と同様にあたり前の人権を享有・行使するために欠くことのできないものであるからです。
 趣旨がふまえられていないものは「『合理的配慮』の提供に努める必要がある」としていることです。障害者基本法では「必要かつ合理的配慮が提供されなければならない」とされており、努力目標ではなく、義務になっています。したがって、「『合理的配慮』を提供しなければならない」とし、地方公共団体と国が合理的配慮を提供する義務と障害のある人の権利を明確にすべきです。
 「『過度』の負担」についても、このことが障害者の権利条約の中に挿入された経緯は経済的にゆたかでない国であっても条約の批准がしやすいように考えられたものであり、今の日本の財政規模の国を想定してはいません。全ての教育段階、少なくとも義務教育段階で「『過度』の負担」を理由として合理的配慮の実施が否定されることのないよう、国として財政措置をはかることを明示すべきと考えます。

2.合理的配慮の決定方法等について

 合理的配慮の決定にあたっての基本的な考え方の中で、合理的配慮を行う前提として、差別の禁止・社会的障壁の除去の観点が十分にふれられていないことに危惧を感じます。合理的配慮の実施はこれまで享有できていなかった、言い換えれば奪われていた権利を保障するために、その障壁になっているものを除去することです。
 障害のある子どもたちは、特別支援学校・学級での教育は保障されています。しかし、「適正就学」の名のもとに、希望しても普通学級(通常学級)での学びは十分に保障されず、学ぶ機会を奪われている実態もあります。
 改正障害者基本法では障害の定義を従来の「心身の機能障害」にとどめず、「社会モデル」の視点から社会的障壁の存在が障害者の社会的不利・生きにくさの原因となっていることを明記しました。なお、社会的障壁とは「障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう」となっています。
 障害者本人・保護者が生き方の一つとして特別支援学校・学級での学びを望む場合を除いて、普通学級での学びを希望する障害者にとって「適正就学」はそれを奪う社会的障壁にもなりかねません。したがって、「普通学級での学びを保障する」こと、その社会的障壁となりうる内容の除去を明示すべきと考えます。

3.通級による指導、特別支援学級、特別支援学校と「合理的配慮」の関係について

 普通学級だけでなく、通級指導教室、特別支援学級、特別支援学校においても合理的配慮の必要性を明示することは必要です。しかし、ここであえて「十分な教育を受けられるようにするためには、本人及び保護者の理解を得ながら、必ずしも通常の学級で全ての教育を行うのではなく、通級による指導等多様な学びの場を活用した指導を柔軟に行うことも必要な支援と考えられる。」と述べられていることに疑問を感じます。
 障害のある子どもだけでなく、障害のない子どもにとっても、一斉指導だけでなく、個別での指導が必要なことは全く否定しませんが、この報告では先に述べたように分けて指導をするのではなく、普通学級でのゆたかな学びをどのように保障するかを重点に置くべきと考えます。具体例で挙げている「困難さが改善されない場合」に分けることで解決を図るのではなく、普通学級における教育内容・方法、周りの子どもや教職員との関係等で、それらのどこに課題があるか明らかにし、共に学びながらどのように課題解決するかを明示すべきと考えます。
 「十分な教育」の内容についてもその具体がここでは明確になっていませんが、いずれにしても十分な教育を受けることができない原因を障害のある子どもに帰すのは障害者の権利条約、改正障害者基本法においても差別であると明示されています。

4.教育内容・方法について

 「『合理的配慮』の観点(1)教育内容・方法」では「障害による学習上又は生活上の困難さを主体的に改善・克服するため、また、個性や障害の特性に応じて、そのもてる力を高めるため、必要な知識、技能、態度、習慣を身につけるよう支援する」と述べられています。この記述内容では「医学モデル」に近く「社会モデル」の観点が希薄になっていると考えます。
 文科省はこれについてICF(国際生活機能分類)を取り入れているとし、改定された特別支援学校学習指導要領解説自立活動編(抜粋)でもICFについての説明をしています。これを見るとICIDH(国際障害分類)になかった「心身機能・身体構造」と「活動」と「参加」の関連についてはふまえているものの、関連の中味に障壁という視点が希薄になっています。障害者の権利条約では単なる関連にとどまらず障壁の視点をとり入れ、その除去を明示しています。この主旨は「学習上又は生活上の困難さを主体的に改善・克服するため」という記述では表現できません。少なくとも、社会との関連を重視し「学習上又は生活上の困難さを主体的また、相互に解決するため」と改正し、「社会モデル」の視点をふまえた教育内容を明らかにすべきです。
 また、報告書全体を見ても普通学級で共に学ぶための合理的配慮が少ないと感じます。とりわけ教育方法において求められていることの一つとして、どのようにすれば子どもが理解しやすくなるか、考えやすくなるかということがあります。そのため普通学級において「弾力的な教育課程」を可能にすること等、さらに普通学級での合理的配慮について検討し明示すべきです。

5.合理的配慮の具体について

 「普通学級における合理的配慮に関する日教組調査」(11年11月)において、現場からの要望として一番多かったのは「教職員の配置増」でした。「報告」においても「公立小・中学校における少人数学級の推進、教育環境の充実は求められる」と述べられていますが、そのことを具体化する記述がありません。現在、特別支援教育支援員として一人あたり120万円の地方交付税が措置され、公立幼稚園・小・中・高等学校に41,339人(文科省調査・11年5月1日現在)配置されています。特別支援教育支援員が配置されたことによって、ゆたかな学びが実現されたという報告もあります。しかし、それ以上に、現場で必要とされる人的配置がされなかったり、子どもの授業がある時間だけの配置のために、教職員間で子どもにかかわる話し合いの時間がとれない等の課題が報告されています。
 医療的ケアについては、社会福祉士及び介護福祉士法を一部改正し、12年4月以降、小・中・高等学校においても実施されることが可能となりました。しかし、それに対応する予算が十分に措置されていません。小・中・高等学校においても合理的配慮として安心・安全に医療的ケアが実施できるよう予算化を明示すべきです。
 寄宿舎については、合理的配慮というよりも基礎的環境整備として用意されるべきですが、まずは、寄宿舎のあり方も含め議論をし、明示すべきと考えます。寄宿舎に入舎している子どもたちは地理的要因による通学保障だけでなく、様々な要因から入舎しています。日教組の研究集会では様々な要因で家庭での生活が困難な子どもたちの実態や寄宿舎に教育的意義を求めて入舎している実態が多く報告されています。この状況に対して、寄宿舎では単なる生活指導にとどまらず、学習支援や地域での生活を見通した生活スキルを身につけるための支援も行っています。障がい者制度改革推進会議・総合福祉部会がまとめた「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」では「特別支援学校の寄宿舎の本来の目的は通学を保障することにあり、自宅のある地域社会から分離されないよう運用されるべきである。寄宿舎の実態を調査し、地域社会への移行に向けた方策を検討する必要がある。」と述べられています。インクルーシブ教育における寄宿舎の在り方についても議論する必要があります。
 その他、高校において知的に障害のある子どもの学びが保障されるよう入試等のあり方を改善することや、普通学級で学ぶ子どもたちに対しても就学奨励費が支給可能となるようにすべきです。

2.教職員の確保及び専門性の向上について

 基本的には大学4年間で障害のある子どもの特性や、これまで積み重ねられてきた教育方法等について学習し、採用後も様々な研修の機会を通して専門性の向上を図る必要があることは言うまでもありません。しかし、この専門性を向上させる際、専門性の内容について捉え直す必要があります。これまで、専門性として言われてきたことのほとんどは「医学モデル」に基づくもので、いかに障害の克服・軽減を図るかというものでした。こうした内容に限らず、上述したように障害を「社会モデル」としてとらえた実践・内容も重視する必要があります。
 たとえば、コミュニケーションをゆたかにしようとするとき、「医学モデル」では障害のある子どもに対して、相手が読みやすいような字を書くことができるように、または聞きとりやすく話すことができるように指導します。しかし、私たちの生活を振り返れば分かるようにどんなに相手が読みやすい字を書いても、聞きとりやすい言葉でしゃべっても相手のことをわかろうという意思が自分の中になければコミュニケーションは成り立ちません。
 障害のない子どもたちが、そばにいる障害のある子どもに対して、何を言いたいのだろう、きっとこんなことをいいたいのだろうかという思いでかかわっていけば意思が伝わっていきます。逆に障害のある子がこんなことを思うわけがない、考えるわけがないと思ってかかわれば分かりあうのは困難です。
 障害のある子どもの生活と学習上の困難を解決するためには、障害の克服・軽減に偏った専門性ではなく、障害のある子どもと障害のない子どもとのゆたかなかかわりの中で解決をはかる「関係づくり」をはじめとする専門性が私たち教職員に必要だと考えます。

 

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初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)