資料4-1:すべての視覚障害児の学びを支える視覚障害教育の在り方に関する提言 提言の要点

すべての視覚障害児の学びを支える
視覚障害教育の在り方に関する提言

―視覚障害固有の教育ニーズと低発生障害に応じた
新しい教育システムの創造に向けて―

提言の要点

平成22年11月15日

関係各位

視覚障害教育研究者一同
代表 池谷尚剛(日本特殊教育学会常任理事)

【全体的な方向性】

  1. インクルーシブ教育システムの理念とそれに向かっていく方向性については、基本的に賛成です。
  1. 視覚障害児の能力を最大限発達させるという観点から,視覚障害児のニーズに的確に応える指導を提供できる多様で柔軟な教育のしくみが必要です。視覚障害児が,多様なシステムのどの場を選んでも,そのニーズに応える支援が保障されることが必要です。

【視覚障害児の学習を保障するための必要条件】

  1. 視覚障害児の教科教育は小・中学校及び高等学校と同じ目標で行われ,教科書も基本的に同じ内容のものが用いられています。しかし,一般の子どもの学習においては視覚が主要な手段になっているのに対し,視覚障害児には,視覚に依存しない指導が不可欠です。また,その学習活動を通じて,視覚障害児自身が,視覚に依存しない学習の方法を身につけることが必要です。
     視覚障害児が,特別支援学校で教育を受ける場合は勿論のこと,小,中,高等学校の通常学級で教育を受ける場合にも,以下に述べる事項が保障される必要があります。

(1)音声を中心にして授業を理解する能力の育成

     視覚障害児は,黒板や映像教材による視覚的な伝達手段を使うことができず,音声を中心に授業内容を理解します。しかし,音声は刻一刻消えていくため,それを正確に聞き取るためには,集中力の持続と,論理的な聞き取りをもとに頭の中に全体像を構築する技術を身に付ける必要があります。そのためには,話者(教師)には,全体の構造がわかりやすい話し方が求められます。黒板を指し示しながら,「これ」「ここ」といった指示語を多用する授業では,黒板を見ることができない視覚障害児には大きな不利が生じます。

(2)触察に基づくイメージ・言語化というプロセスと,学習に必要な時間

     視覚障害児の観察の中心は,触覚による観察(触察)です。触察は,触運動を基本にした探索と,指先から断片的に入ってくる情報をつなぎ合わせて頭の中に全体像を構築するというイメージの形成を連続して行うことで成り立ちます。さらに,イメージは,言語として表出することで,他者に伝えたり記録ができます。このような過程においては,基本的・本質的なものをじっくりと時間をかけて触わり,確実なイメージと言語化が必要です。
     このように,触覚による情報収集は,視覚による情報収集とは違うため,視覚に障害のない子どもと同じ時間配分では学習の効果をあげることが困難です。

(3)全体像の理解の困難さと,必要な配慮

     視覚障害は空間認知の障害とも言われます。一瞬にして周りの様子がわかることはないので,常に全体を把握するための支援が必要です。
     作業を始める前には,作業で使う物を手にとって確認し、置き場所を決めることが必要です。また,作業手順や時間の流れを確認してから作業を進めることで,見通しを持った主体的な行動が可能になります。
     このように,視覚障害児の主体的な行動を促すためには,空間・時間の全体像の把握ができるようにするための配慮と時間が不可欠です。

(4)全教科で行う読み書きの指導

     盲児に対する点字の指導,弱視児に対する視覚補助具の活用と読み書きの指導は,全教科で,小学校段階から高等学校段階まで学習内容に合わせて行われる必要があります。
     読み書き能力は,一生涯にわたる文字の処理能力,一生涯にわたる読書を保障するものです。したがって、読み書きの速さも含めて,必要な文書処理能力を身につけることは,文化的な生活を送る土台を形成することでもあります。また,点字の基礎指導など,読み書き能力の基礎指導は,もっともふさわしい年齢を逃さずに行うことが重要です。

 このように,「公平」な教育機会,教育の権利を保証するためには,障害による困難さと能力の違いに目を向けて,それに応じた教材教具や指導内容・方法,環境を準備することが必要です。視覚障害児の学ぶ力を育てるための指導を,視覚障害児が在籍する全ての学校においてどのように実現するか具体的な議論がないままに,学校教育の場の共有だけが第一義的に進むことは,視覚に依存せずに学ぶ力を育てる機会を視覚障害児から奪うことになってしまいます。

【視覚障害児の心を育てる,同じ障害のある友達】

  1. 視覚障害児の発達には,同じ障害のある友達がいる一定規模の集団の確保が必要です。視覚障害児は,障害のある子どもたちの中でも少数であり,同じ障害のある子どもと偶然に出会う機会はほとんどありません。しかし,視覚障害児・者との出会いは,以下に述べるように,子どもの成長過程には不可欠な要素です。したがって,幼稚園,小,中,高等学校の通常学級で学ぶ場合にも,同じ障害のある子ども同士の交流の場を積極的に提供することが必要です。

(1)友達との共感を通して感覚を磨く

     視覚障害児にとって,音への鋭い感覚は歩行のためにも欠かせないものですが,これは,同じ障害のある友達との音遊びや,音に対する共感を通して育つものです。周りの友達の共感が得られなければ,視覚障害児は音遊びをやめてしまい,さらには、音を敏感に感じる能力を自ら封じてしまいます。
     耳を澄ませて音を聞き分けることが,視覚障害者として必要な能力として理解され, 楽しみながら,その能力を伸ばすことができる環境はきわめて重要です。

(2)同じ障害のある友達と悩みを分かち合う

     盲学校の卒業生の多くが語っているように,視覚障害のことや,視覚障害者としての将来について心を許して話し合えるのは,同じ障害をある友達です。
     インクルーシブ教育の利点として,障害のない子どもが障害のある子どもに親切な態度を示すことが挙げられますが,障害のある子どもにとって,それはいつも居心地のよい環境とはかぎらないという事実にも目を向ける必要があります。また,視覚障害という自分の重い現実に気づいた子どもが,その現実をどのように受けとめているかについても,慎重な検討がなされるべきだと考えます。
     このようなときに,同じ障害を有する友達と,その苦痛や悩みを分かちあうことが必要です。子どもによっては,視覚に障害のある友達がいる視覚特別支援学校(盲学校)が適している場合もあり,また,通常の学校に在籍する視覚障害児には,学校外で視覚障害児どうしが友達になることができる機会を,制度として保障する必要があります。

(3)働く視覚障害者のモデル

     視覚障害者が少数であるがゆえに,大人の視覚障害者との出会いの機会も限られています。しかし,同じ障害のある大人が活躍する姿に触れることは,障害の受容や自己肯定感を育てる上で大きな役割を果たします。視覚特別支援学校(盲学校)は,そこで働く視覚障害のある教員のみならず,社会で自立して働く多くの先輩に,子どもたちや保護者が出会う場としての役割も果たしています。
     小・中学校で学ぶ視覚障害児にとっても,視覚特別支援学校との連携のもとで,働く視覚障害者と出会う機会を積極的に用意する必要があります。

【視覚障害教育のシステム】

  1. アセスメントに基づく早期支援体制
  2.  視覚障害児の発達を保障するためには,視覚障害の状態と発達の状態の両面について,専門家によるアセスメントが必要であり,アセスメントに基づく早期支援体制が必要です。視覚機能の発達においても学習や運動能力の発達においても,著しい発達は乳幼児 期に見られることから,この時期に専門家による支援がなされることが極めて重要です。

  1. 学校の選択
  2.  特別支援学校,特別支援学級,通常学級などの教育の場の選択に当たっては,専門家による,視覚障害の状態と発達の状態の両面のアセスメントが的確に行われるシステムが不可欠であり,保護者にもこのことが理解される必要があります。
     教育の場の選択に当たっては,保護者の同意が必要です。しかし,その前提として,アセスメント結果や,選択可能な教育システムのそれぞれで受けることができる支援内容について,専門性に基づく判断材料が保護者に提示されることが必要です。

  1. 「副籍」
  2.  幼稚園や、小、中、高等学校に在籍する視覚障害児が視覚特別支援学校から十分な支援を受けることができるようにするために,また,特別支援学校や特別支援学級の視覚障害児が通常学級との交流や共同学習をさらに進めるためにも,すべての視覚障害児に,地域の通常学校の学籍と視覚特別支援学校の学籍を持たせる「副籍」制度が必要です。

  1. 視覚障害教育の専門性の拠点
  2.  視覚障害教育の専門性の拠点(センター)として,各行政単位(都道府県)に1校以上の視覚特別支援学校(盲学校)を存続させ、充実させることが必要です。
     視覚障害児の支援は乳幼児期からきめ細かく実施される必要があり,地域に密着した支援体制が必要です。一方,視覚障害は低発生の障害であり,市区町村単位では専門性の維持・発展は困難です。このような視覚障害児の実態があるからこそ,地域においてニーズに応じた専門性の高い教育を保障するためには,視覚障害教育・支援の拠点(センター)となる視覚特別支援学校(盲学校)が各行政単位(都道府県)に1校以上は必要です。
     具体的には,現行の弱視特別支援学級,弱視通級指導教室を,視覚特別支援学校(盲学校)の分教室(サテライト)とし専門性のある教員を配置すること,および,通常の学級で学ぶ視覚障害児に対する巡回指導や通級による指導を視覚障害教育支援センターの任務として位置づけ,そのための人員を配置することが必要です。

  1. 点字で学ぶ子どもの教材の作成
  2.  以下に挙げるような,点字で学ぶ子どもの教材作成には,教科指導の実力と点字などの高い技術を持った視覚特別支援学校の教員が,積極的に関わることが不可欠です。

(1)点字教科書の作成
(2)試験問題の点訳と墨訳
(3)特別支援学校の実践に基づく教材・教具

【視覚特別支援学校教員の専門性を保障する人事システム】

  1. 視覚障害教育の拠点となる視覚特別支援学校 (盲学校)の専門性を維持・発展させるためには,教員の採用,研修,異動について,独自の人事システムが必要です。
     具体的には,大学や大学院で視覚障害教育を専攻し免許を所持していることを基本にすること,また,中学部,高等部において,教科の専門性が高い教員を積極的に採用した場合には,一定期間のうちに視覚障害教育の免許を取得させる制度を確立することが必要です。
     視覚障害教育に限らず,教員の専門性は,大学で学んだ基礎の上に,教職体験を通じて積み重ねられるものです。視覚障害教育の拠点を担う専門性は,数年ごとのめまぐるしい人事異動制度の下では育ちません。人事異動は,視覚障害教育の拠点校の専門性を維持・発展させることを第一義的要件として実施されるべきです。視覚特別支援学校(盲学校)は,各県に1校の場合がほとんどであるため,他校では視覚障害教育の専門性を生かす機会は限られてしまいます。免許を持ち専門性に裏付けられた実践をしている教員を,専門外の学校種に転勤させることは人的資源の無駄遣いであると考えます。

 

「すべての視覚障害児の学びを支える視覚障害教育の在り方に関する提言」に賛同します。

賛同者

岐阜大学

池谷 尚剛

     

筑波大学

青柳まゆみ

岡 典子

河内 清彦

柿澤 敏文

小林 秀之

佐島 毅

鳥山 由子

引田 秋生

宮城教育大学

青木 成美

猪平 眞理

永井 伸幸

 

広島大学

牟田口辰己

     

兵庫教育大学

芝田 裕一

     

福岡教育大学

氏間 和仁

中村 貴志

   

大阪教育大学

山本 利和

     

筑波技術大学

加藤 宏

長岡 英司

   

筑波大学理療科教員養成施設

神田 聖子

徳竹 忠司

濱田 淳

宮本 俊和

吉川 惠士

     

群馬医療福祉大学

足立 勤一

     

慶応義塾大学

中野 泰志

     

日本医療科学大学

佐藤 泰正

     

杏林大学

新井千賀子

     

健康科学大学

香川 邦生

     

長野大学

神尾 裕治

     

桜花学園大学

柏倉 秀克

     

川崎医療福祉大学

河田 正興

     

国立特別支援教育総合研究所

大内  進

澤田 真弓

田中 良広

 

大学入試センター

藤芳  衛

     

日本点字委員会

小林 一弘

     

元筑波大学

皆川 春雄

     

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)