資料8 教育の総コストをメリハリをつけて見直すための本質論

2006年9月
和田中学校 校長 藤原和博

1.何が公教育を非効率にしているのか?

  • 1‐1.教員の文書事務が増えている。
     「現場が信じられない」という前提での調査や説明責任を果たすための証拠としての文書量が飛躍的に増大。単純な告知文や官僚の免責のための収受文書は和田中の場合、昨年は年間1,200通。また教育委員会や議員の要請による調査類は、小学校で年間400本、中学で200本といわれる。1日にメールも含めて校長宛の文書が100ページの量に達することも。
     この事実が主に教頭(副校長)と指導主事、ならびに現場の主任(教務主任、生活指導主任、進路指導主任、研究主任、学年主任など)の大きな負担になっている。とくに教頭(副校長)と指導主事については機能不全を起こしている。
  • 1‐2.家庭・地域の教育機能が低下し、教員が授業や教材研究に集中できない。
     本来、家庭と地域社会の機能であったマナーや生活態度などの「生活指導」が学校の役割として期待されるようになったため、大部分の学校で3割(落ち着いた学校)から7割(荒れた学校)のバランスで「生活指導」に力を入れざるを得ない。
     また、放課後の図書室の開館、土曜日学校の開催、学校の緑の維持、土日や長期休暇を含めた部活動の指導、英検や漢検など外部の資格制度への取り組みなど、保護者の期待が膨れ上がる一方で、これを教員の自主的な付帯サービスとするとさらに効率悪化を招く。
     また、家庭でのフォローが甘い子ども達について、小学校の基礎的な履修(読み書きソロバン)が完全でないため、中学での授業進行が非効率になる事実がある。
  • 1‐3.責任の所在が曖昧なので、前例主義が蔓延り、改革への動機づけがない。
     現在の昇進制度や給与制度では「知恵比べ」が促進されない。たとえば杉並区の中学校長が和田中方式([よのなか]科のような地域に開かれた授業と「地域本部」のような地域を巻き込んだマネジメント手法を組み合わせること)を真似なくても、なにも怒られないし、罰されもしない。したがって、いい知恵が波及しない。サボったものが淘汰されない構造の中では、改革や効率化には動機づけがない。
     教員の経営参加についても同様。教頭になっても年収50万円の微増、校長でも100万円の差程度では、その業務量や責任と比べて、「私は生涯現場の教員でいい」という考え方の者が多いのも頷ける。昇進への動機づけは希薄である。

2.ではどうしたら全体のコスト効率が上がり、子ども達の学びが豊かになるか?

  • 2‐1.教員の文書事務が増えている>解決法1
    • 2‐1‐1.文科省を筆頭にすべての段階でBPRを実践し文書量を10分の一に。
    • 2‐1‐2.「卸売り」が2枚も入った「小売り」構造を改める。
       義務教育は市区町村に任せ、公立の小中学校の上司は市区町村の教育長一人にして責任を明確化。これで、まず指示や調査が三重に来ることは防げる。
    • 2‐1‐3.教頭職や主任職を文書業務で殺さない。
       主任レベルから40代で校長候補を選任し教頭(副校長)を3年やったら2年間外部機関(民間、教委、大学、文科省など)に出てネットワークをつくり6年目に校長として赴任させる。現状では教頭職を5年以上やったら人材として潰される。
  • 2‐2.社会の教育機能が低下し教員が授業や教材研究に集中できない>解決法2
    • 2‐2‐1.教員以外の地域フォースを学校に導入し、部屋を与えて業務分担する。
       教員にとっては余計なことだけれど子ども達の学びを豊かにするには必要な付帯的教育機能(放課後の図書室の開館、土曜日学校の開催、学校の緑の維持、英検や漢検など外部の資格制度への取り組みなど)を「地域本部」の仕事として区分し、地域の経営に任せていく。これには予算化が必要。
      和田中の規模でやるには本部人件費に300万円(事務局長年間90万円、土曜日学校の校長60万円、図書館の放課後館長30万円など約6名分)、事業費(学生やコーチや団塊世代のPTAOG・OB等への1回1,100円とか2,200円の有償ボランティア支払い)に総額300万円。スタートは3分の一程度でも可能か。
    • 2‐2‐2.上記によって公立校をすべて地域と共同運営するスタイルへ。
       学校を核に地域社会を再編することにより学校内に擬似的な地域社会を現出させ、それによって家庭と地域の教育力の低下(とくにマナーと生活態度面)を補填。現場の実感では、家庭と地域の教育力の低下は今後も止まらないであろう。
      したがって、親のフォローの薄い子どもは極力学校の中に囲い込んだ方がよい。
    • 2‐2‐3.教員の授業と教材研究への集中を削ぐような短絡的な政策はとらない。
       コンピュータが大事だとなると「IT教育」、これからは国際社会だと言えば小学校からの「英語教育」、地球温暖化が叫ばれると「環境教育」、少年事件が起これば「こころの教育」、お金で騙される人が増えると「金銭教育」、ニートが増えたと警告されると「キャリア教育」…短絡的な政策は現場を動揺させるだけ。
       指示構造を単純にして文科省や都道府県教委はいちいち現場に口出ししない。そのかわり、ナショナルスタンダードのクオリティ監査を厳しく行う。
       小学校の読み書きソロバン(とくに分数、約分など)の履修保証には小学校の3年から5年までの3年間、すべての土曜日を登校日とすることも検討されてよい。
  • 2‐3.責任の所在が曖昧なので前例主義が蔓延り、動機づけが薄い>解決法3
    • 2‐3‐1.中学校を中心に1万校のうち3割、3,000人を10年で民間校長に。
       制度をいじっても、前例主義に慣れた現在の校長には「知恵比べ」を実現する動機づけが薄く力量も不足している。民間人を10年間で3,000人公立中学校の校長として導入。生徒の学びを豊かにするための「知恵比べ」を加速する。
       これらの民間人の中にはビジネス経験20年以上の経営者やその予備軍、補習塾、進学塾の経営者、大学教授などのほか、文科省の官僚が(天下りではなく)野に下るケースもあってよい。文部官僚にとってまたとない現場経験となるだろう。
      なお、実現のためには後に述べるように校長を「兼業可能」とする必要がある。
    • 2‐3‐2.教員、プロ教師、教頭(副校長)、校長の処遇を再考する。
       頑張ってもサボっていても一律に40代で800万円台の年収(東京のケース)では納税者が納得しないだろう。30代で600万円台にもっていった後、プロ教師をめざすのか、マネジメントを目指すのか、を30代の後半(15年目前後)までには決めさせたい。プロ教師のキャリアなら40代で800万円台から60歳定年までに1,000万円程度になる現在の報酬で妥当。マネジメントは教頭(副校長)で1,000~1,200万円、校長で1,200~1,500万円が妥当な線か。
       現状の制度では、サボリ屋に対して一気に年収を落とすことや、一生懸命だが授業が下手な教員に対して上手な教員と数十万円単位で差をつける手だてがない。
      教員評価については、多くの県が東京都の例に習って評価制度を取り入れようとしているが、教育活動全般に対する総合的な評価にならざるを得ないので、難しい局面も。私見だが、評価は「授業」「生活指導(教室運営や部活含む)」「事務処理と経営参画」の3つの分類でそれぞれABC評価するシンプルなものが望ましい。
    • 2‐3‐3.校長職を特別職として「兼業可能」に。
       1で述べた「文書事務を校内で減らす」のも、2の「地域本部を学内に組成して付帯業務を教員以外の地域の有償ボランティアに任せていく」のも、3の「教員を評価し動機づけていく」のも、すべて校長のリーダーシップによる。

 だから、校長が変われば学校は変わるのである。
 教員給与制度が変われば学校が変わるのではない。
 校長の運用が柔軟になることによって、人件費を含めた経費効率は向上する。
 教員の給与制度を整えたことによって、人件費を含めた経費効率が向上するのではない。

 くれぐれも、この点を間違えないで欲しいと思う。
 だとすれば、全体の効率を上げるのに一番効く政策は、前例主義を捨てて合理的な経営実践が可能な民間校長の大量導入である。
 高校や小学校より、中学校が一番適している。なぜなら、子ども達が大人になる過程で、この時期にいちばん学校や家族を「嘘くさい」と感じ、リアリティを求めるからだ。小学校は基礎学力を保証することに腐心すべきだが、中学はそれだけでは収まらない。地域社会とともによりたくさんの大人モデルとナナメの関係をつくらせ、ときに大人の凄さを見せつけてやらねばならない。外部のエネルギーを学校内に取り入れることのできる「ネットワーク型のリーダー」が望まれる所以だ。
 現状は、教頭から昇格してもまだ事務屋としてしか機能していない校長や、荒れた学校を生徒を威圧することで治めてきた生活指導屋の校長。その多くが「上がり」のポジションとして校長職に乗っかっている。
 将来的には、中学校の数は現在の6割から7割で足りるだろう。
 私は教員出身の校長のうち、2~3割程度は経営力がある方々だと見る。だから、全体の3割程度(約3,000人)を、もっと「生徒の学びを豊かにするために合理的な経営行動ができる人材」に変える必要があるのだ。
 だが、産業界で疲れたから教育界でノンビリやりたいというような人に頼んではいけない。中学生のエネルギーに負けてしまうからだ。
 民間でバリバリやっているが、5年程度、「息子や娘がお世話になった学校や故郷の出身校のために一肌脱ぐか」という人材はいる。
 ただし、この人たちの年収は1,500万円から3,000万円程度である可能性が高い。現状50歳校長で1,100万円程度の年収(東京都の場合)では来てくれないのである。だから兼業を認め、5年間、日本の教育界の復興のために貢献してもらう。保護者に聞きたい。あなたは、チカラのない校長がずっと学校の校長室にいるのがいいか、チカラのある校長が兼務で地域と共同経営するのがいいか。
 私が保護者なら、絶対に後者を選ぶ。

以上

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