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教育制度分科会(第14回) 議事録

1.日時

平成16年7月15日(木曜日) 13時30分~15時30分

2.場所

東京會舘 「シルバールーム」(11F)

3.議題

  1. 「大学入学資格検定の在り方について(中間報告(案))」について
  2. 「地方分権時代における教育委員会の在り方について」
  3. その他

4.出席者

委員

 鳥居分科会長、木村副分科会長、國分委員、田村委員、渡久山委員、山本委員

文部科学省

 結城文部科学審議官、近藤文部科学審議官、銭谷初等中等教育局長、金森私学部長、板東大臣官房担当審議官、月岡生涯学習総括官、久保生涯学習政策局政策課長、桑原生涯学習推進課長、前川初等中等教育企画課長
(その他関係官)

5.議事録

○ 鳥居分科会長
 定刻より3分ほど早いのですけれども、全員そろっておりますので、始めさせていただきたいと思います。
 今日は、中央教育審議会の教育制度分科会をお願いいたしましたところ、お忙しいところを御参集賜りましてありがとうございます。
 今日は、後ほど御説明を改めていたしますけれども、二つほど議題がございまして、それをお願いするためにお集まりいただきました。
 なお、この後、今日の分科会で御承認いただいた案件を総会に上げることにしておりますので、よろしくお願いいたします。
 初めに、文部科学省の人事異動がございましたので、事務局から御紹介をお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 7月1日付で事務局に異動がございましたので、幹部につきまして御紹介させていただきます。
 文部科学審議官といたしまして、近藤が初等中等教育局長より異動となっております。後ほど参る予定でございます。
 生涯学習政策局長といたしまして、田中がスポーツ・青少年局長より異動となっております。後ほど参る予定でございます。
 初等中等教育局長といたしまして、銭谷が生涯学習政策局長より異動となっております。後ほど参る予定でございます。
 私学部長といたしまして、金森が初等中等教育局担当の大臣官房審議官より異動となっております。

○ 金森私学部長
 よろしくお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 大臣官房担当の大臣官房審議官といたしまして、坂東が人事課長より異動となっております。

○ 坂東大臣官房審議官
 よろしくお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 生涯学習総括官といたしまして、月岡が国立教育政策研究所教育課程研究センター長より異動となっております。

○ 月岡生涯学習総括官
 よろしくお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 生涯学習政策局政策課長といたしまして、久保が私学行政課長より異動となっております。

○ 久保政策課長
 よろしくお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 生涯学習推進課長といたしまして、桑原が施設助成課長より異動となっております。

○ 桑原生涯学習推進課長
 よろしくお願いいたします。

○ 山田生涯学習企画官
 初等中等教育企画課長といたしまして、前川が財務課長より異動となっています。

○ 前川初等中等教育企画課長
 よろしくお願いします。

○ 山田生涯学習企画官
 以上であります。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 今日の議事でございますけれども、まず初めに大学入学資格検定の在り方についての答申(案)につきまして御審議をいただきたいと考えております。
 それが終わりましてから、今年3月に大臣から諮問を受けました地方分権時代における教育委員会の在り方について、当教育制度分科会の下に設けました地方教育行政部会におきまして、今までに7回審議をしておりますので、これについて分科会の委員の皆様の御意見をいただきたいと考えております。
 なお、本日は大検のほうの答申(案)を審議するということで、会議の公開に関する規則に照らしますと、答申(案)の審議部分については非公開となるところですけれども、この答申(案)は案文の段階から国民の皆様の間に広く議論をしていただくほうがよいと考えてまいりましたので、今回も公開で行いたいと思いますけれども、よろしゅうございましょうか。

〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございます。
 それでは、御了承を得られましたので、会議は公開といたします。もし関係者がおられましたら、入室をお願いいたします。
 それでは、第1の議題に入りますが、大学入学資格検定の在り方についての答申(案)を審議したいと思います。
 まず、大学入学資格検定部会長でいらっしゃいます田村委員から、答申(案)について御説明をお願いいたします。

○ 田村委員(大学入学資格検定部会長) 御指名でございますので、答申(案)をまとめた立場からの御報告をさせていただきたいと思います。
 「大学入学資格検定の在り方について」ということで、お手元に案を差し上げてあるわけでございます。
 まずこの答申(案)についての御説明を申し上げる前に、5月27日の第13回分科会において中間報告書を御審議いただきました。その後に、いろいろと経過がございましたので、簡単にその報告をさせていただきます。
 教育制度分科会の審議の後に、6月8日の日に開催されました第40回総会における審議を経まして、6月21日に鳥居会長から河村文部科学大臣に中間報告が提出されました。
 それから、中間報告に対して幅広い意見を求めるために、6月22日から7月5日までの間、パブリックコメントを実施しております。パブコメと我々は言っていますけれども、それが行われました。
 本日は、先般、7月6日、パブコメが終わった後で開催されました第8回入学資格検定部会において答申(案)として取りまとめたものを当分科会に提出することとしたものでございます。
 以上はこれまての経過でございます。
 詳しい内容の説明は、後ほど桑原課長さんからお願いいたすわけですが、前回、当分科会で御審議いただきました中間報告案から基本的な部分に大きな修正はございませんでした。多少文言の整理をさせていただいておりますということで御報告申し上げたいと思います。
 なお、先般開催されました部会におきまして、パブリックコメントで寄せられた意見、あるいは部会の委員からの御意見がたくさん出まして、それらを踏まえまして、社会的認知度を高めるための方策、この部分について積極的な記述をするために若干の加筆を行っております。
 なお、パブリックコメントに寄せられた意見やマスコミの報道からも、高校中退者などの若者の将来に道を開くために、今回の検討に対する関心が大変高いことを感じました。そして、最後の部会では、委員の皆様方からも非常に熱い思いが寄せられました。若いときのつまずきが青少年の将来を閉ざすことのないようにという方針を部会の総意ということで、今日の鳥居会長の会合にお伝えするということで、今回の答申(案)が取りまとめられているわけでございます。
 今後、この答申(案)の実現のためにも、国、地域、企業及び教育関係者を中心に積極的な展開が求められると期待しているわけでございます。これを部会の報告としたいと思います。
 なお、このことを中心にしまして、桑原課長さんのほうから修正部分についての詳しい御説明がございますが、ぜひ本答申(案)に対する忌憚のない御意見をいただければ大変ありがたいと思っております。
 どうもありがとうございました。よろしくお願いいたします。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございます。
 それでは、詳しい御説明を桑原課長からお願いいたします。

○ 桑原生涯学習推進課長
 お手元に配付させていただきました資料に基づきまして、本答申(案)の概要、そしてパブリックコメントの内容、それを踏まえた現段階での答申(案)について御説明させていただきたいと思います。
 まずお手元に配付させていただいた資料は、何度も御覧いただいていると思いますが、資料1を御覧いただきたいと思います。これが今回の答申(案)のポイントとして1枚にまとめたものでございます。真ん中のほうに基本的な考え方がございますけれども、この大学入学資格検定の在り方を検討するに当たって、基本的考え方として3点挙げております。1点目は大学入学資格付与の機能を維持すること、2点目はより広く活用される試験にすること、3点目として就職等においても活用されるよう社会的通用性を高めること、具体的には各種試験等で高等学校卒業者と同様に扱われるよう推進する。また、そのために、新試験の名称を「高等学校卒業程度認定試験」というように改めるという基本的考え方でございます。
 では、具体にこの大学入学資格検定にかわる新しい試験の内容をどのようにするかにつきまして、下の段に書いてございますが、新試験の内容としまして、「1」としまして受験科目は水準を維持しながらも、あまり負担を増さないようにすべき。
 「2」としまして、新試験は、国語、地理歴史、公民、数学、理科、英語の6教科を必ず受験するもの。英語は新たに追加することになっております。
 そして、受験対象者でございますが、全日制高校生の在学生にも受験機会を拡大するとともに、全日制高校での単位認定など、多様な学習成果が評価されるよう、機会を提供してまいるというものでございます。そのために、先ほど田村先生からお話がございましたように、社会的認知度を高めるような方策を進めていこうというのが、これまで中間報告として御議論いただいた内容でございます。

〔結城文部科学審議官出席〕

 これにつきましてパブリックコメントに付したわけでございますが、その結果が資料4になっておりますので、お手数でございますが、御覧いただきたいと思います。
 資料4、大学入学資格検定の在り方、中間報告に対するパブリックコメントの概要でございます。
 1ページ目は、15の方々から意見が出てまいりましたが、その内訳を示させていただいているところでございます。
 具体にどのような意見が出てきたか、簡単に概要をまとめておりますので、主な点を御説明させていただきたいと思います。1枚おめくりいただきたいと思います。意見の要旨を御説明させていただきたいと思います。
 まず基本的な考え方につきましてですが、一番上にございますように、今回の中間報告の議論が、終始、高校生活にうまく適応できない生徒等の立場で行われていたことは高く評価したい。
 三つ目の「○」でございますが、全日制高校生に受験資格が開かれたことは、高等学校教育の弾力化を図る意味でも大きな前進である。
 真ん中ほどにございます「○」ですが、高校教育の重要性は言うまでもないことだが、一方で高校中退者が10万人もあり、かつ大検受検者の6割を中退者が占めているのも事実です。様々な理由で高校を中退する子どもたちの進路・学力の保障は、我々教職員にとっても重要な課題です。
 一番下の「○」ですが、今回の中間報告では高校中退者や不登校の生徒など高校生活にうまく適応できない者の学校外での学習成果を適切に評価するシステムとするための具体的な提言ということで、意義があり、評価できるというものでございます。
 次の2ページに移らせていただきますと、具体の新試験の内容について、まずは教科・科目について意見をいただいております。一つ御紹介しますと、真ん中のところですが、基本的に中間報告の案に賛成。なお、「英語」を必須受験科目としたことについては、新学習指導要領でも必履修となっており、今日の社会的な必要性からも妥当。また、高齢者等への配慮も必要ではないかということでございます。

〔銭谷初等中等教育局長出席〕

 次に3ページへ移らさせていただきますと、新試験の内容として受験対象者でございます。
 一番上に書いてございますが、全日制の生徒で不登校で苦しんでいる子どもたちの精神的な負担が軽減されるのではないかということ。
 四つ目の「○」でございますが、修学形態の多様化により、全日制在学者に対して新試験の受験資格を認めることは妥当性があるということ。
 五つ目の「○」でございますが、これはちょっと慎重にという意見が一つ挙がってきております。定時制・通信制課程は、従来、大検の受験及び学校での単位認定が認められてきた。しかし、それは全日制と異なる学習条件の下での限定的なものである。全日制高校の教職員としては、全日制の教育活動を阻害する恐れがあり、導入する理由はないと思われるという意見も、一方で少数ですがございました。
 3ページに一番下でございますが、年齢制限の件でございます。満18歳に達した翌日まで新試験の合格者とならないとしていることは、高校教育への影響を考えると賛成できるということでございます。
 最後の4ページになりますが、社会的認知度を高める方策としまして、三つほど紹介させていただきます。
 「○」の二つ目でございますが、従来の「大学入学試験検定」から「高等学校卒業程度認定試験」に改めることは、就職等における社会的通用性を高める上で大きな効果があると期待できる。
 名称も「高等学校卒業程度認定試験」になることにより、企業などでも高卒と同様に処遇されるよう期待している。
 最後の「○」でございますが、大検の受検者の6割が高校中退者であることを踏まえると、高校関係者もこれらの生徒の将来を開くための新試験の社会的通用性が高まるように努力すべきということでございます。
 最後に、その他という点で1点御紹介させていただきますと、上から二つ目でございます。新試験により高等学校中退者への支援体制は進むが、一方で高等学校中途退学者を出さないようにするための検討も必要という意見を、15の方々からいただいたところでございます。
 そして、1週間ほど前に当分科会の下の部会を開催させていただきまして、この最終答申案について御議論いただきました。その際、社会的基本的な点はよしとして、やはり社会的通用性を高めるための方策をさらに書き込むべきではないかということでございました。
 それを踏まえて、修正した箇所を資料3の答申(案)に基づいて御説明させていただきたいと思います。
 まず、資料3、答申(案)の5ページをお開きいただきたいと思います。これは基本的な考え方を述べたところで、「3就職等においても活用されるよう社会的通用性を高めること」ということで、中間報告では、下の2行、高等学校卒業程度認定試験、これを「など、例えば」という形で、例示という形でお示しさせていただきましたが、今御説明しましたパブリックコメントでも、この高等学校卒業程度認定試験につきましては理解をいただく、また、いいのではないかという意見が多かったものでございますので、この答申案では、「そのために新試験の名称を『高等学校卒業程度認定試験』とする」というふうにはっきりと書かせていただきました。これが修正の第1点目でございます。
 第2点目の修正点は、ページで申しますと、9ページをお開きいただきたいと思います。先ほど来お話を申しておりますが、新試験の社会的認知度を高めるための方策でございます。3点ほど修正をさせていただいています。
 1点目の修正が、「○」の1行目でございます。「文部科学省は、総務省、厚生労働省や経済団体などと連携しつつ」、この新試験について積極的に働きかけるべきではないかということで、総務省、厚生労働省、経済団体を具体にお示しさせていただきました。これは後ほどの資料にもあります、アクションプランにも具体的にそのようなものを書いております。
 2点目の修正が、その「○」の最後の段でございますが、「さらに、文部科学省は新試験に対する社会的認知度を検証するために、地方自治体や企業等に対して定期的な調査を実施すべきである」。これは大検について、高卒と同等に認められているとか、社会的認知があるかという定期的な調査を実施すべきではないかというのを書かさせていただきました。
 最後に「○」の二つ目の2段目でございますが、部会では、ぜひとも全日制高校の先生たちにも、新試験について理解を深めてほしいという意見が強うございましたので、このような記述をさせていただきました。「その際、各都道府県教育委員会等の進路指導担当指導主事を対象とした会議などを通じて、高等学校教員への周知を図ることが必要である」というように書きました。
 具体的に、文部科学省では初等中等教育局で年2回、全国の進路指導担当指導主事を集めました会議を春と秋に開いてございますので、ぜひともこのような会議に私どもが参加しまして、新試験はこうなるぞという周知に努めたいと思っております。
 以上が今回の答申案を修正するに至った経緯でございます。
 あと二、三分いただきまして、配付した資料の簡単な御説明をさせていただきたいと思います。
 まず、資料5をお配りさせていただいております。「『大学入学資格検定合格の取扱い』に関する調査結果」でございます。これは地方公共団体の人事担当者に、この大検がどのぐらい認知されているか、また、採用や処遇におきまして、現状で大検試験がどのように取り扱われているかを調べたものでございます。都道府県、政令指定都市及び市町村に出しました。
 結果でございますが、1枚めくっていただきますと、「(1)」が認知度で、大検を人事担当者は御存じでしたかということでございますが、全体としては91.1パーセントということで、知っていたという人が大半を占めております。その中でも、都道府県、政令市は100パーセントでございましたが、市区になると97.8パーセント、町91.0パーセント、村84パーセントと若干認知度は下がっていく傾向もございます。
 次のページが、実際の採用試験において、大検合格者を高卒と扱っているかどうかという調査でございます。黒く塗ってあるのが同等に扱っていないということで、全体では2パーセントほどが同等ではない。一方で、高卒と同等、そして一つ飛びますけれども、学歴で差はつけていないというのを足しますと、15.8パーセントと22.2パーセントで、約40パーセント程度ということになっております。
 一方で、前例がないとか、同等に扱う方向で検討したいということで、実際に大検合格者が応募してきていないというような実態もあるようでございます。
 最後のページが、採用後の処遇について、同じように大検合格者が処遇でも高卒と同等に扱っているかどうかというのを調べさせていただきました。
 今回、16年に調べてわけでございます。その前は、平成11年ぐらいにも調べた経緯がございますが、このような調査を大検が新試験となるに伴いまして、さらに進めていきたいと思っているところでございます。
 最後に、資料6ということで、これは何回かお示しさせていただいております。具体に新試験の導入を踏まえて、文科省なり関係者がどのような周知等を行っていくかというのを、アクションプランという名称で、1枚にさせていただいております。実施内容でございますが、総務省と連携し、実際の処遇、採用等で周知を図ってまいりたい。厚生労働省と連携する、また、経済団体への周知を図ってまいるということ。
 最後には、新試験が導入され、制度化されれば、パンフレット、政府広報等で広報を図って知してまいりたいとう考えを持っているところでございます。
 以上、今回の答申(案)をまとめさせていただきました経緯と内容について御説明させていただきました。何とぞ本答申(案)に対する御忌憚のない御意見をちょうだいしたいと思う次第でございます。
 以上でございます。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 それでは、早速でございますけれども、「大学入学資格検定の在り方について(答申(案))」について、本体はページ数が多うございますけれども、お目通しをいただきまして、分科会としての御意見をいただきたいと思います。
 國分委員、どうぞお願いします。

○ 國分委員
 どなたか御発言されるまでのつなぎで発言させていただきますが、まだちょっと早いのかもしれませんけれども、これが答申の形でまとまった後の一種の取り扱いというか、考え方なのですが、高等学校関係者がこの席でも、あるいはパブリックコメント、その他でも、やはり高等学校教育に対する影響を非常に危惧されているところがあるわけです。特に名称をめぐって、高等学校というのは何も学力だけではないとか、いろいろな議論があったわけです。この制度が高等学校制度というもの、あるいは高校教育をないがしろにするような形で使われては、これはやはりねらっているところと異なるわけで、いろいろな事情からやむを得ず高校中退等をした人のためのものであるわけですから、その辺を今後の運用においてもきちんとやっていく必要があるだろうし、また、こういう制度かできたからといったって、高校中退が奨励はされないにしても、安易にそれに臨んではいかんので、今まで以上に高校中退者を ―だんだんそういう傾向になっているようですけれども ―少なくするような努力を、高等学校関係者もしていかなければいけないのではないかと思います。
 それから、これはお尋ねなのですが、特に今回の案では、社会的通用性を高めるとか、あるいは認知度を高めるとか、そういう点にかなりウエートを置いた修正をしているようですが、各種いろいろな資格を定めている法律があります。その法制上、今はどういうふうになっているのか。高等学校卒業ということで、何かその他ということになっているのか。法制的に何か手当てを、例えばこの答申を受けて、これは文部科学省関係だけではなくて、いろいろな職業資格、それが受験資格であったりなんかするわけですが、そういうものをむしろ改正すると非常にわかりやすくなるのだろうと思いますが、今の法制上の仕組みというのは、なかなかそういうのを改正するという仕組みになっていないのか、あるいはなっているのかということを、単に自治体にそういうのを同等に扱えとか何とかということではなくて、法制的にやれるところがあれば、PR効果もあると思いますので、その辺どうなっているか、ちょっと気が早いかもしれませんが、伺いたいと思います。

○ 鳥居分科会長
 國分委員から大事なお話が二つ出ましたが、まず第1の問題は、今までずっとこういうのは、部会で審議すると、部会の原案がそのままスーッと総会までいっちゃうわけですけれども、今の御指摘の点は、実は今日、答申案として出てきているものの「はじめに」というページを見てみると、これは部会がこの分科会に上げるための「はじめに」であって、どうも最後に大臣に御提出申し上げるための「はじめに」にはなっていないのですね。ここはどっちにしても書き直さなければいけない。ここを最終版の「はじめに」を決めるときに、今、國分委員から御指摘のあった軽々に使われないような、有効に使っていくべきであるという中教審としての見識というのか、そういうものを「はじめに」の中に盛り込んでおくというのはいかがでしょうかね。課長もいろいろ御意見がおありだと思いますが、後ほど事務局でも検討していただいて、総会に持ち上げるまでに、そこのところはひとつ方向を出しませんか。
 もう一つの点、もし今、ここで何か情報があったらどうぞ。

○ 桑原生涯学習推進課長
 まず第1点の、今、鳥居分科会長から御指摘いただいた点、ありがとうございました。
 「はじめに」がいいか、「はじめに」はどっちかというと導入部分ですので、最後の結論的な「おわりに」のほうがもしかしたらよいのかもしれません。その辺、少し勉強させていただきまして、月末の総会までには間に合わさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 それと、國分委員からの御指摘の点は、実は悉皆かどうかと言われても自信がないかもしれないのですけれども、実は私ども、これを機に各省庁に、おたくの所管している資格で高卒資格、大検はどうなっているかというのを調べまして、60近い資格が上がってまいりましたが、驚いたことに、ほとんどが学歴を問うていない資格が多うございます。一方で、高卒と言っているところは、一定の取扱規定のようで、大検合格者は同等にさせていただいておりました。
 ただ、二つだけ同等となっていないものがございまいて、一つは私どもが所管しております図書館法に基づく司書補が、これは一定の実務経験を得ないと司書補になれないのですけれども、〈高卒〉+〈実務経験〉となっておりまして、これはまさに今、國分委員が御指摘のように、図書館法でそうなっております。これはたぶん今後の中教審の話になると思いますけれども、このような司書、学芸員等の資格が、世の中の高度化に伴って検討されていくと思いますので、その中で御検討していただいて、その際、一緒に直すべきかなと思っております。
 以上でございます。

○ 鳥居分科会長
 二つと言いましたが、もう一つ。

○ 桑原生涯学習推進課長
 もう一つは、実は准看です。准看になるというのは高卒で、これもたしか法律でございまして、これは今後、准看という制度自体が、看護師のほうに一本化されるということでございますので、問題意識は持っておりますけれども、現時点ではそのような認識でございます。

○ 鳥居分科会長
 最後のは、正看というか、看護師になるには看護学部なり、それに準じた学科を持っている短大なりに入学するわけで、そのときに入学する資格としてはこの大検で、あるいは今度の新しい制度で十分いけるわけだから、普通の看護師になるのには、大検からでもいけるのに、准看にはなれないという矛盾が起きているということですね。

○ 桑原生涯学習推進課長
 そうですね。いずれにしても、准看と看護師という二つの制度自体が、今、看護師に一本化されようとしておりますので、その辺の様子も見てまいりたいと思っております。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 そのほか、よろしゅうございましょうか。
 では、渡久山委員、お願いいたします。

○ 渡久山委員
 國分委員の意見は、これはパブリックコメントにも出ていますように、全日制高校の教職員から見ますと、これは中退した子どもたちのバイパスのためのものですけれども、そうではなくて、これが中退の材料に使われる可能性があるのではないかという危険性といいましょうか、あるいはそういう形で、逆に安易に中退が起こるのではないかということも心配しているようなのです、現場では。ですから、この辺の部分については慎重でなくてはいけないのですが。
 逆に現場というか、あるいは今までも大学入学資格検定試験を見ますと、割と難しいのです。ですから、予備校へ行ったり、自分で勉強したり、あるいはいろいろな形で非常に努力していかなくてはいけないです。要するに学校が嫌いというよりは、勉強が嫌いな子どもが中退して、これで受けようと思ったときには、それだけの非常に大きな努力が必要になってくるのです。それよりも逆に高等学校の全日制の課程を終えていたほうが、かえってまだ単位等を取りやすいという現実もあるようです。ですから、実際どこに多くの子どもたちの動きがあるかというと、私はやはり全日制高校を普通に出るという子どもたちのほうが圧倒的に多いだろうと思います。
 特にまた今、大学も、自分で選択して入るような形で、大学自身もキャパシティーが広くなってきていますから、そうでありましたら、自分に合わせて、あるいは大学に合わせて勉強していこうというような場合には、全日制課程での教育をきちんと履修していくというのが非常に有利になっていくだろうと思います。
 また、キャンパスライフとよく言われるように、やはり今でもそれが主流ではないかという気がいたしますものですから、これが一つの中退の材料になるということはあまりないのではないか。
 ただ、今、中退が10万ぐらいあるわけですから、逆にそういうことが全くないというわけでもないと思いますので、高等学校、特に後期中等教育の在り方については、真剣に努力していかなくてはいけないだろうと思います。
 二つ目に、資料6の中にアクションプランというのがありまして、趣旨の中に、「大検及び新試験の合格者が採用試験や採用後の処遇において、高等学校の卒業者と……」と書いていますけれども、これはそれだけではございませんで、基本的な考え方の一つの中に、各種試験に対する受験資格というものを基本的に置いていますから、やはりこれは趣旨としてはここに処遇並びに、何ですかね、「各種職業資格試験について」高等学校の卒業者と同等なというものを入れて、そして同等に扱われるということにして、アクションプランの中に、各省庁が持っている ―今も課長からありましたような、各省庁が持っている各種資格試験についても、具体的にPRしていくということをされたほうがいいのではないかと思って、これには少し追加したほうがいいのではないかという気がいたします。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 そのほか、よろしゅうございましょうか。
 次の議題にいって、そっちのほうに少し時間を使いたいものですから、大して御意見がないようであれば、一つだけ問題を提起して、御意見を伺いたいことがございます。実は答申案の本体の表紙が、「大学入学資格検定の在り方について」となっております。これは13ページを御覧いただきますと、諮問文がございまして、「次に掲げる事項について、別紙理由を添えて諮問します。/大学入学資格検定の在り方について」と。この諮問の文章のとおりに表紙ができちゃっているのです。
 ところが、表紙だけを読みますと ―大検をやめて、大学入学資格検定を今度改めて、今度は高等学校卒業程度にしようとしているわけですね。にもかかわらず、何だか大検が残ってしまうような印象もぬぐい切れないところがございますので、何か工夫ができないだろうかというので、いろいろ事務局とも話し合ってみているのですが、例えばの案として、「入学資格検定の見直しについて」という答申にしてはどうか。諮問文と答申のタイトルが一致するのが大体普通らしいのですけれども、必ずしもそれにこだわらなくても、過去にも若干の前例があるそうでございますので、その程度の修正は可能だというのが、事務的な解釈なのですが、その辺について御意見をいただければと思います。いかがでしょうか。
 どうぞ、田村先生。

○ 田村委員
 この答申をまとめるお手伝いをさせていただいたわけですが、議論をしていて、今がいろいろな委員の先生方の御意見でおわかりいらだくように、今の日本の社会の在り方が変わっていくということにきちんと対応しきれないでいる状況が、日本の社会にはいろいろなところにあるのだろうと思います。
 例えば、生涯学習社会と言われていながら、生涯学習社会を意識した制度にすべてが変わってはきていないわけです。ですから、この議論を詰めていくと、必ず出てくるのは、じゃ高卒というのは何なんだと、こういう話になるのです。実は今、高卒というのは、各高等学校の校長さんが卒業証書を与えるということであって、実質的な内容は、これは議論の中に出てくるのですけれども、同じ高校卒とは言えないぐらいものすごい差がある。しかし、それは社会として制度としては認めていないという仕組みで何となく成り立っている日本の社会。それは、そういう流れの中でつくられてきた社会が、今、生涯学習社会ということで、学習歴を大事にしようという流れを受けた制度変更がまだ十分にできていないということがある。
 一方、制度を変更していいのかというと、いや、それはどうかなという議論ももちろんあるわけですね。だから、簡単には変えられないという面もあります。全日制の先生方が、この制度を適用することによって、ただでさえ大変な全日制高校がさらに混乱するのではないだろうかという心配があることも、そういうことをあらわしているのだと思います。
 ですから、会長の御指摘はまさにそのとおりであって、在り方というよりも、見直しという言い方のほうが正しいのだろうと思いますし、この案は今の段階での案であって、社会がどんどん変わっていくんだと思います。いけば、またこの制度をもう1回見直す必要があるのだろうと思います。
 現状では、卒業程度以上には踏み込めないわけです、表現としては。学力と言ってしまうと、じゃあ高校卒の学力って何なんですかと。残念ながら証明できないのですね。同じ高卒といったって、ものすごい違いがあるわけですからね。アメリカの例を見ていますと、高校2年生ぐらいの学力をテストして、いろいろな州でチェックしているというやり方はあるようですけれども、それはアメリカでも高卒程度ということで、実際は高卒と同じには社会的には認知されていない、まだそういう部分が残っているようです。いわゆるハイスクールカルチャーというのは、それなりに尊重されているというその背景があるのだと思います。
 ですから、この制度は社会の変化に応じて不断に見直されていくのかなと思いながら議論していましたので、会長の御指摘は正しいと思います。そのような前例があるのであれば、そういう方向でまとめていただけるといいかなと思います。これは山本先生が副部会長で、生涯学習のあれでいろいろ御指導していただいたのですが、恐らく山本先生もそういうお考えだと思います。生涯学習社会に移行する過程で、ずれた制度を少しずつ直しているという役割の一つだと思いますので、見直しというのが一番適切かなという感じがします。

○ 鳥居分科会長
 どうぞ。

○ 國分委員
 内容的には見直しというのが正しいのだろうと思いますが、迫力はそれほどないように思うのです。ちょっと思いつきですから、私はこだわりませんけれども、田村先生が部会長として、高等学校関係者との議論を経て、ここまできて、また同時に、名称についてもいろいろあって、やっとこさ、「例えば」が消えたりなんかしたわけですね。そこまできたんであるならば、もう一息、高等学校卒業程度認定試験について ―制度の創設とまで言えないでしょうけれども、そこまで言って。ただ、中では、こういうものを今度抜本的に見直して、こういうのにするんですということを、どこかに追加説明が必要かもしれませんが、そこまでいくとかなりインパクトがあるように思うのです。ただ、やっとこさ、高等学校関係者がこれで納得したやつに、また手をつける結果になるかもしれないので、その辺は私もわからないのですけれども。田村先生、いかがなものですかね。

○ 鳥居分科会長
 もう一つの案がありまして、副題として、「大学卒業程度認定試験に向けて」とかいうのを入れる。今、副題は遠慮しちゃって、何だかよくわからないようなものが、そう言っては失礼だけれども、ついているんです。社会的通用性とか何とか言っているのですけれども、むしろそこへ入れちゃうというのが一つのやり方なんですね。
 桑原課長、どうですか。

○ 桑原生涯学習推進課長
 副題として新試験の名称を入れて、主題として「大学入学資格検定の見直しについて」ということだと、結構落ちつきがいいかなと思いますが、いかがでしょうか。

○ 鳥居分科会長
 事務局の苦しいところもありまして、今、最後に課長が言われたあたりが落ちつきどころではないかという感じがしますけれども、いかがでしょうか。

○ 國分委員
 私は、多少思いつきですから、こだわりませんので、会長、あるいは部会長、事務当局にお任せいたします。

○ 鳥居分科会長
 木村先生、何か。

○ 木村副分科会長
 副題のほうをさっきからずっと考えていたのですが、社会的通用性を高める新試験といっても、試験の内容がそう変わるわけではないのですよね。ですね。ですから、つくったシステムをいかにしてアクションプランに合ったように社会に広めていくかということですから。この副題だと、試験の内容そのものが社会的通用性を高めるように変えていくということに聞こえるので、これもちょっと問題かなという気がするのですけれども。特にこだわりませんけれども、さっきからずっとそれを考えていました。

○ 鳥居分科会長
 というわけで、副題の「社会的通用性」のところを、むしろ「高卒程度認定試験」というキーワードで副題に置き換えるということで工夫をしてみるということで、事務局と私とでお預かりさせていただいて、総会までに ―結局、ここにおられる委員は全員、総会に出ておいでになりますので、そこでもう1回御検討を賜るということでよろしゅうございましょうか。ありがとうございます。
 それでは、そういうふうにさせていただきます。分科会としては、これでタイトルの修正も含めてお認めいただいて、総会に上げさせていただくということにさせていただきたいと思います。
 それでは、続きまして、今日の第2議題でございます。第2議題のほうは、地方分権時代における教育委員会の在り方についての審議です。これは今までに7回でしたか、部会を開きまして審議を続けてまいりました。教育委員会の在り方について、いろいろな検討をした結果、つい先週でございますが、第7回目の部会でペーパーが一つまとまりました。そのペーパーを第7回の部会から今日の分科会までの間に若干手直しをいたしまして、用意していただいたものがございます。これをまず事務局から説明していただいて、御審議をいただきたいと思います。
 実は、これから説明していただくペーパーは、部会で直接議論した文言一字一句そのままではなくて、この二、三日の間に、今日の分科会のためにかなり修正を施してありますので、今日御審議をいただき、さらに総会でも御審議をいただいた後、もう一度部会に戻すつもりでおります。そこで部会の方々には、分科会の意見、総会の意見はこうでしたよという形で戻しますので、そのおつもりでひとつ御審議をいただきたいと思います。
 それでは、事務局からひとつよろしく。前川課長からお願いいたします。

○ 前川初等中等教育企画課長
 それでは、資料7に沿いまして御説明申し上げます。
 これまで7回にわたって、地方教育行政部会を行いまして、そこで提出された意見を踏まえて、主な論点と意見を整理したものでございます。
 大きく五つにパートが分かれておりまして、「1 今後の地方教育行政の在り方」、2ページ目で「2」として「教育委員会制度の在り方」、4ページへいって「3 首長と教育委員会との関係」、5ページにいきまして「4 都道府県と市町村との関係」、最後に6ページから7ページにかけまして「5 学校と教育委員会との関係」、このように整理しております。
 まず、1ページ目から順次御説明申し上げますが、まず「今後の地方教育行政の在り方」についての論点と意見でございます。市町村や学校の権限と責任の拡大の必要性、重要性についての意見、論点がございます。
 「(2)」番目として、全国的な教育水準の確保が必要だという意見。
 「(3)」番目といたしまして、保護者、地域住民の教育行政への参画の重要性についての意見がございました。
 「(4)」番目に、制度改革と運用改善についてということでございますが、制度を見直す必要があるという意見と、その前にまず可能な運用改善を行うべきだという意見、こういう2通りの考え方があるということでございます。
 大きな「2」番目にいきまして、「教育委員会制度の在り方」でございますが、まず中立性の確保が必要だという意見、それから継続性・安定性の確保に関しては、教育行政というものが首長の交代による影響を受けずに、継続性・安定性を確保する必要があるという意見と、それに対立する形で首長に交代による自治体全体の方針変更に伴い、教育行政もその自治体の行政の一部としてその方針に沿うことが必要ということの意見があるということでございます。
 また、教育行政の首長からの独立につきまして、首長から独立した執行機関が教育行政を担当すべきという意見に対しまして、首長が教育行政を担当してよいのではないかという異なる意見があるということでございます。
 次の「(4)」のレイマンコントロールにつきましては、このレイマンコントロールの考え方を今後も維持すべきである。地域住民の意向を反映するという意味でのレイマンコントロールの考え方を維持すべきだという意見に対して、複雑化した現代の行政において、専門家以外の者が政策を決定していくことは実際には難しいという意見があったということでございます。
 合議制につきましては、非効率であるとか、責任の所在が不明確であるという意見に対して、合議制のメリットとして、住民の支持を得やすいという意見もあるということでございます。
 3ページ目にいきまして、「(6)」の教育委員の人選についてでございますがけれども、人選が大事だということでございますが、小さな町村では人材確保が難しいという意見、あるいは公募や公選などを導入してはどうかとの意見もあったということでございます。
 次の教育長・教育委員会事務局の在り方につきましては、委員の活動を支援する専門の職員の配置が必要という意見や、指導主事の配置の充実など体制整備が必要だという意見がございました。
 「(8)」番目の制度改革についてでございますが、これは大きな問題でございます教育委員会を任意設置にしてはどうかという意見についてでございますが、教育委員会の設置を地方公共団体の判断にゆだねるという任意設置の考え方につきましては、地方が自己の組織について決定権を持つべきとの観点から任意設置とすべきとの意見がある一方で、教育委員会を設置するか否かは教育行政の基本事項であり、地方の判断にゆだねるべきではないという意見もあったということでございます。また、教育委員会制度を人口規模などに応じて多様なものとすべきとの意見もあった。
 また、そのほかに制度改革等に関する意見といたしましては、教育委員会にかえて首長の下に教育審議会を置いてはどうかという意見、教育委員会を常勤職としてはどうかという意見、前の意見と重なりますけれども、教育委員の選任ついて公募や公選を導入してはどうかという意見、また、教育委員の人数を弾力化してはどうかという意見、教育長が教育委員長を兼任できるようにしてはどうかという意見、また、教育長を資格が必要な職としはどうかという意見、これらの制度改革に関する意見があったということでございます。
 次に大きな「3」つ目の「首長と教育委員会との関係」につきましては、まず首長と教育委員会との連携につきまして、定期的な協議の場の設定、審議会の設置、基本構想の活用などによって連携を深めるべきだという意見、また、予算の編成・執行、事務局職員の人事について、首長が教育委員会の自主性に配慮すべきであるという意見があったということでございます。
 また、議会が教育行政について関心を持ち、議論をしていくようにすべきとの意見もございました。
 「(3)」番目の生涯学習、文化、スポーツ等についてでございますが、これは学校教育とあわせて教育委員会が所管すべきとの意見に対して、まちづくりの一部であって、首長との関係も深いという指摘もあったということでございます。
 また、幼児教育について、教育委員会が関与していくべきとの意見もありました。
 次のページで、私立学校について教育委員会の所管とするなど、教育委員会のかかわりをより深めることを検討すべきとの意見があったということでございます。
 大きな「4」番目は「都道府県と市町村との関係」でございますが、国の指導というものが都道府県、市町村、学校と進むに従って強く受けとめられ、教育が画一的となる傾向が指摘されております。また、都道府県の指導性と市町村の自主性のバランスが重要との意見もございます。
 「(2)」番目の市町村教育委員会の在り方についてでございますが、子どもや住民に最も身近な市町村教育委員会が責任を持って教育行政を担う仕組みが必要という意見、また、政令指定都市については原則として都道府県と同等の権限を与えるべきとの意見もございました。
 「(3)」番目、都道府県教育委員会の在り方につきましては、評価や条件整備の機能に特化していくべきとの意見、あるいは国・道府県が市町村の求めに応じて職員派遣などのの支援をすべきとの意見がございました。
 「(4)」番目の教職員人事権の市町村への移譲についてでございますが、これは現在の小・中学校の教職員について都道府県が給与を負担し、その任命権・人事権もすべて都道府県教育委員会が持っているというこの制度の見直しについての問題でございます。教職員の人事権を市町村に移譲する方向で検討すべきとの意見がある一方、懲戒処分も含めた人事関係事務を現在の市町村の事務体制で処理することは難しいといった意見や、一定水準の人材を県内全域で確保するため、広域人事を行う必要があることから、都道府県が人事権を持つべきとの意見があったということでございます。
 また、中核市については、特に、既に研修の権限が移譲されており、教職員の任免や配置などの権限についても移譲すべきとの意見があったということでございます。
 大きな「5」番目が、「学校と教育委員会との関係」でございます。
 最初に、学校の裁量拡大について。学校への権限移譲でございますが、教職員の人事権について、任免、勤務評定、給与については、校長が権限を持つべきとの意見がございました。それに対して学校にとっては負担となるという意見、あるいは人事ではなくて、現在の職員の資質向上に努力すべきとの意見などがございました。また、学校の予算については、教育委員会が総枠を決め、使途を校長にゆだねるべきとの意見、また、こうした学校の裁量の拡大に伴って、教職員の配置、学校組織の強化など条件整備が必要との意見がございました。
 次に、学校評価につきましては、これが学校の序列化につながってはいけないという意見に対して、評価によって学校を選択できる仕組みをつくっていくべきとの意見もございました。また、評価につきましては、自己評価の義務化、あるいは第三者評価の実施が必要との意見がございました。
 「(3)」番目に、学校に対する教育委員会の支援につきましては、指導主事の配置の拡大などが必要という意見がございました。
 最後に、地域住民の学校運営の参加について、保護者は学校とよく話し合って、連携・協調すべきだという意見、また、地域と学校が双方向の関係になることが必要という意見などがございました。
 簡単でございますけれども、以上で説明を終わらせていただきます。

○ 鳥居分科会長
 どうもありがとうございました。
 最初に受けた諮問は、4項目だったのです。その4項目というのは、まず1番目が、今、前川課長が読み上げてくださった、1ページの「1」番のアンダーラインの文章とほとんど同じなのですけれども、「今後の教育制度の在り方について」という文章だったと思いますが、ここでは「今後の地方教育行政の在り方」となっています。
 それから、諮問の2番目は教育委員会制度の在り方についてでありまして、それに対応しているのが、この整理で言うと2ページの「2」番、「教育委員会制度の在り方についてです。
 それから、3番目が首長と教育委員会制度の在り方についてで、それに対応するのが4ページの「3」番と5ページの「4」番であります。
 それから、諮問の第4番目が学校と教育委員会との関係についてで、それが6ページの「5」番に相当しています。
 そこのところは、答申の書き方として、このように五つに分けたということです。
 議論をしている中で、このペーパーをまとめるために、事務局が大変苦労されたのは、この諮問が4ないし5項目からなっておりますので、その分け方に何とかして審議会で出てくる議論、部会で出てくる議論を格づけようとするわけですね。これは1番の事柄だ、これは2番の事柄だというふうに格づけようとするものですから、縦に一本串を通したような問題、例えば学校が個別の教育計画を立てて、それを予算づきで市区町村の教育委員会に提供して、それを受けとめた市区町村の教育委員会が教育事務所を通して、県の都道府県の教育委員会に上げていって、そして県の予算としてまとめられて、それが執行段階になっておりてくるという、縦の一連の流れというような書き方しようとするとうまくいかないということがありまして、だいぶ苦労している最中です。そのことも踏まえて御自由に御意見をいただければと思います。
 もう一つ、事務局が今苦労していますのは、そのようなわけで、諮問が四つに分かれていることにこだわり過ぎると、2度も3度も同じことを書かなければならないということが起こります。一番いい例が1ページの「1」番の「(1)」です。ここでは住民や子どもに近い市町村や学校に人事・予算などに関する権限を持たせることによりと言っているのですけれども、実はそれは6ページにもう1回出てくるのです。6ページの「5」の「(1)」で学校の裁量権の拡大というのがありまして、ほとんど同じことを2度言っているわけです。しかも、6ページの「(1)」のほうが非常に詳しいわけです。
 今、事務局と私とで考えていますのは、「1」番を教育行政の在り方についての総論として書いて、ここに大事なことだけを列挙するという書き方に再構成しようかなと話し合っているところです。例えば、その考え方に基づくと、1ページの「1」の「(1)」は、むしろ住民や云々という細かいことは抜きにして、学校が教育の企画・立案、それから予算の原案提起、それから人事等の裁量の権限を持たせることによって云々という書き方にして、大事なことをここにはっきり打ち出してしまう。そのかわり、それは総論的な役割を果たすというような書き方もあるのではないかということでございます。
 それから、今日、御審議、御指導いただきたいのはもう一つありまして、実は今日お出ししている資料7のペーパーでは、案1、案2という、案1でこういうふうにあるべきだというのに対して反論が出た、正論・反論といいますか、そのような書き方で、実はこの前のペーパーはでき上がっていたのですが、今日はこれに対してこういう反論があったという書き方をかなり薄めた書き方にしておりますので、これを部会に持ち帰りますと、あのとき反論を言っておいたではないかという話が出てくる可能性があるので、内心びくびくしているのですけれども、大体はカバーできるのではないかと思っております。
 例えば、1ページの「(2)」がそうなのですけれども、義務教育についてはナショナルスタンダードを示して、地域格差がないようにすべきだという意見があったというわけです。これは、いや、もっと競争的であるべきだという意見が一方であるわけですけれども、それは実は対立した意見というふうにとるべきではなくて、なぜならば学習指導要領というものがあるわけですから、学習指導要領で水準は確保する一方、例えばテキストとか、副読本とか、教材の選択といったものを通じて、学校の特色を出してお互いに競い合うということは、ここに書いてあること、つまり「(2)」に書いてあることと矛盾しないのではないか。それを無理に対立意見だというふうに事務的に取り扱ってしまうと、最後まで答申を書けないのではないかということを考えています。この辺も今日の御審議の中で御意見をいただければと思います。
 そんなことで、もし何か御意見をいただければありがたいのですけれども、よろしくお願いいたします。
 どうぞお願いいたします。

○ 國分委員
 確かに部会に出されたものと、今日、分科会に出されたものと違うわけですね。そうすると、部会で議論したものを手直ししたわけではないわけですので、その点について、やはり分科会長の責任で、つまり、中間まとめではないわけですね。これは何かといえば、いずれ総会で中間的にこういう議論をしていますということを御報告して、同時に意見があったら出してくださいと、こういう意味合いだと思うのです。したがって、それは最終的なものではないし、方向を示したものではないのですが。ということで、分科会長の責任でこういうふうにしたということのほうがいいのではないかと思うのです。そうでないと、じゃあ何のために部会で議論をしたんだと。だから、部会の議論は議論として、分科会あるいは総会での議論のために用意したというふうな整理をしないと、私も鳥居先生のもとで部会の副をやっているものですから、袋だたきに遭いそうな(笑声)気が一方でいたします。
 整理として、おっしゃるように、部会ではこういう意見があったに対して、反対意見が出ていますね。そうすると、それが多数意見と少数意見と対等に扱っているところがあるのですね。だから、かえってわからなくなってしまうので、むしろ整理の仕方はいろいろあるかもしれませんが、全体はこういう意見だと、反対意見もあったけれども。という意味合いでこれをつくったということになると、流れがわかってくると思うのですが、部会ですと、少数意見と多数意見を対等に扱っていますから、確かにおっしゃるように、これでは大変ではないかということになりそうに思いますので、そういう考え方でいかがかなと私は思いましたけれども。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございます。
 そうすると、部会の最後の第7回の部会で配付資料であったものは引っ込めないで、そのまま……

○ 國分委員
 否定したものではなくて、それは部会での議論のためにやったわけですから。

○ 鳥居分科会長
 例えば、資料1、2がありましたから、これが資料3としてくっついてくるというセットでもって、総会に出てもおかしくない……。

○ 國分委員
 それはいいかもしれませんね。

○ 鳥居分科会長
 そんな感じですかね。
 どうぞお願いいたします。

○ 渡久山委員
 ずっと部会にも参加しているのですけれども、こうしてまとめていこうという段階になってくると、一つ、それぞれの項目における部会での討論が深まっていないような気がするのです。意見の対立があるのだけれども、どこが似て、どこのほうが対立しているのかということがまだはっきりしていない部分があるのです。ですから、今度、こんな感じでまとめたいというようなものを、ある程度分科会長と事務局で話をしていただいて、どこか集中的に議論を項目ごとにしたらどうでしょうかね、おろして。ある程度そこでまとめてみるという。
 そうしないと、これは確かに分科会長も言われたように、幾つかの部分がいろいろな形で重なったりあれしているのですね。ですから、この辺は、例えば教育の中立性や継続性・安定性というのは、どの項目でどこで位置づけて、そこに付記するという感じでしていって、あっちにもこっちにもそれが出てくるような感じでないほうがいいのではないかという気が一ついたします。まとめ方としてですね。
 私は、議論が少し足りなくて、現場という感じでいいますと、学校の裁量権の拡大の問題なのですね。これもややもすると人事と予算ということで随分話があるのです。しかし、例えばフィンランドなんかを見てみますと、学校での授業形態、授業の仕方、あるいはそこにおけるカリキュラムの編成とか、あるいはそのような在り方等についての議論も大変あるのです。ですから、その辺等を含めて、学校の裁量権の部分では、この間、現場の校長さんから意見がありましたけれども、学校の管理規則ですね。あの管理規則の在り方も、少し議論したほうがいいような気がします。
 例えば、県立高校は県の管理規則、県の教育委員会がつくる管理規則の中にありますけれども、いろいろ見てみますと、必ずしも裁量権の拡大には通じないようなものがあって、学校現場で責任を持たせるものは持たせていいという感じですね。もちろん校長は校長として責任があるわけですけれども、そういうこともありますので、その辺の議論はあまりできていなという気がちょっとするのです。
 ですから、学校への裁量権の拡大という場合に、管理規則の問題等を含めて、市町村の管理下にある学校、それから県の教育委員会の管理下にある学校と若干違いますので、そういうことも含めてやったらどうだろうか。
 それから、人事権の問題がいろいろありますけれども、財政的な問題がほとんど議論されていないのです。例えば政令指定都市でも、今、政令指定都市は人事権を持っていますけれども、じゃあ財政はどうするのだといったら、ある県では、人事権を持っているのだから、どうぞ財政負担もしてくれという話が出てきたりしているのです。そうすると、市町村や中核都市の問題も果たしてそういう議論になるのか。それはそうではなくて、財政は国と県で持ちますということを前提にして話すとするのであれば、そこはそこなりのきちんとした整理をしておけばいいような気もいたしますので、そういう集中的な議論もしながら、各個別課題についてもう少し深めていったらどうだろうかという気がいたします。
 発言のついでで申しわけありませんが、7ページに、「地域住民の学校運営への参画について」とあって、「保護者は学校に不平を言うだけではなくて」と書いてありますが、この「不平」という言葉は少しまずいと思います。不平だけを言っているというような……。これは誰かの意見をそのままストレートに書かれたかもしれませんけれども、そういうものではなくて、前から随分、格調の高い部分もあるのだけれども、これは非常にまずいような気がいたしますので、言葉を整理されたほうがいいかもしれません。

○ 鳥居分科会長
 最後におっしゃったような問題は随所にありましてね。例えば2ページの一番下にも、ここは教育委員会を合議制にするかどうかのところなのですけれども、その最後の1行に「住民の支持を得やすいとの意見があった」というのがあるのですけれども、住民の幅広い意見を代表するかどうかなのですよね、支持ではなくて。その辺のところも、随所、細かいところは直す必要があるようでございます。ありがとうございました。
 どうぞ、田村先生、お願いいたします。

○ 田村委員
 なかなか議論に参加できないで申しわけなく思っているのですが、7回のときも、知事会議に働きかけをしなければいけなかったものですから、残念ながら欠席してしまったのですが、4ページと5ページのところに、表現をうまく考えてやっていただきたいと思うことがございます。それは一番下の「幼児教育は教育委員会が関与していくべきとの意見があった」という部分ですが、これは本当に意図的にこういうことをしていかないとまずいのではないかというふうに、実感として持っております。
 というのは、今の教育基本法もそうなのですけれども、いわゆる小学校から始まる義務教育が教育の中心なって考えられているのですけれども、それから50年たった今日は、実際、幼児教育というのは100パーセントと言っていいほど子どもがかかわっている制度になっているわけですね、幼稚園なり保育所というところが。そのことに関して教育の部分があることも、現在、いろいろな学問的な成果で、はっきりしているわけです。その時期から意図的に教育をしていく必要がある。それは特に私などは、個人的に言えば、共に学ぶ共学ですね、協力して学ぶ。この体験をきちんとすることが、人間の社会性を育てる芽が出るためには、大変大事なきっかけなんですね。共に学ぶことによって人間が社会性を身に付けて、社会的な存在として、大きくなって非行になったりすることを防いでいけるのだということを言う学者もいるぐらいでありまして、その体験は非常に大事なので、そのことについて教育委員会が全く関係ないという状況があってはいけないと思うのです。実際は現場を一、二しか知りませんけれども、回ってみたら、教育委員会の方々が、幼稚園の担当がどこかを御存じない、あるいは幼稚園に教育要領というものがあることもあまり知らない教育長がいるというのを実際目のあたりにして、私は愕然としたのですけれども、これは本気になってやらないとまずいと思います。
 保育所に関してはちゃんとやっている保育所もあるようですけれども、やっていないところが相当数ある。しかも、今、設置者が保育所については自由になりましたら、株式会社とか、設置者は誰でもいいという状況になっていますから、そういう実態について、一、二のところを個人的に私は歩いてみたのですが、やはりやってないですね。やってないと言われてもしようがない、教育に関しては。ここは本当にちゃんとやらないと、日本国民全体に大きな影響が出てくる部分があるのではないかと思います。
 幼児教育については、もうちょっと意見があったという程度ではなくて、きちんとやったほうがいいと思います。
 それから、5ページ目のところですけれども、一番上の私立学校を教育委員会の所管とするということに関してですが、これは今の意見と変わってくるようですけれども、非常に複雑でございまして、このとおりやれば簡単にすべて問題が解決するというわけにはいかないだろうという気がしています。というのは、幼児教育の部分とか、小学校とかは、ほとんどみんなが同じことを学んで、それで十分というか、基礎をしっかり身に付けるという時代と、中学、高校と進んでいくに従って個性が出てき、多様な生徒が出てくる。それを一律にやるということは非常に難しいわけですから、そこのところはできるだ自由にやらせる。大事なところだけチェックするという仕組みにしたほうが、いい教育制度に成長できると思うのです。その一番典型的な例が、大学がそうだと思います。大学はできるだけ自由に、各大学が工夫してやるということがいいと思いますが、高等学校もかなりの部分、そのようになってきてしまうわけですね。中学でも後半は、かなりそういう流れが出てきています。
 そこを、ただ全部教育委員会で一律に見るというので済むかどうかという問題があるので、その辺は教育委員会の対応の仕方と、各学校種の対応の仕方を工夫して、自主性と規制のバランスをうまくとるという認識で、教育委員会制度を工夫していく必要があるだろうと考えております。そうなると、私立学校はかかわりをどういうふうにするかというのは、非常に重要なポイントだと思いますので、ここはさらっとかかわりをより深くという程度のことではなくて、重要な問題として議論することが大切ではないか。自主性と規制のバランスですね。これは逃げないで、議論したほうがいいのではないかと思います。全部規制してしまうと活力がなくなりますから、そのようにはしないほうがいいというのが、PISAの試験結果でも、各学校の自主性に任せたほうがいい結果が出ている。全体で同じ目標を持って頑張ろうというところは、なかなか結果がうまく出ないという事情も出てきていますから、そういうふうに考えると、自主性と規制のバランスをどうするかというのは、本気になって議論しておく必要があるような気がします。それは学校種で随分違うのではないかと思います。子どもの発達段階というか、成長が違っていますからね。その辺のところをきめ細かく議論して、書き込めたら書き込んでいただきたいと思っています。

○ 鳥居分科会長
 非常に難しい問題ですね、それは。実はこの意見は、第7回の部会で出てきたのです。まだ出たばかりなのです。ですから、生煮えなのです。実はそれが出てきとき、ふと私の頭に浮かんだ問題が幾つかありまして、一つは、子どもの学籍管理が、今、中途半端になっています。例えば一人のお子さんが6歳になって、小学校に入る年になった。その子がたまたま自発的にどこかの私立学校を受けて行ってしまった。それは後で、区役所のほうであの子は公立学校に来ないのだということを、何かの形で判定して、公立学校の学籍から抜くわけですね。そこのところまでは実は教育委員会マターなのです。ところが、学籍管理をやってもらっているという認識が私立学校側にはない。
 それから、学校設置認可については、知事部局が私立学校の設置認可をしますけれども、教育委員会の認可事項ではないとなっている。ところが、知事部局のほうは認可するときに、小学校、中学校については、私学審議会と称する ―言葉は悪いけれども同業者組合ですよね、あれは。それがあって、そこで認可しているわけだから。そこのところがもうちょっとちゃんとできるようにする。そうでないと、今、全国で2万3,000も小学校があるのに、私立小学校が179校しか増えない。それはお国が規制しているように人は言うけれども、そうではなくて、同業者組合がなかなか認可しないということが起こっているからであって。
 もう一つは、私立と公立の連携が必要になってきている時代ですよね。幼稚園はだって、1万4,000のうち8,000が私立幼稚園で、それの幼・小の連携といったら、どう考えても私立の幼稚園と公立の小学校との連携を考えなければやっていけない時代にきている。そうすると、一元的な目を通す場所がどこかに必要になる。
 そんなふうにしていくと、おっしゃるとおり、非常にたくさん問題があると思いますので、また検討させていただきます。
 國分委員、お手を挙げられている。

〔結城文部科学審議官退席〕

○ 國分委員
 退席するものですから、すみません、一言だけ申し上げて。今の田村委員のあれに関連するのですけれども、幼児教育の関係です。これも田村部会長のもとで、私、副をやっているものですから、あれなのですが。
 この幼児教育という言葉がよくわからないのですが、これは保育所を含むのか含まないのか。つまり、いつも問題になるのは、教育は幼稚園で、保育所は教育ではない、いや、おれたちもやっているのだという議論になるわけですが、いずれにしても何らかの教育的な配慮が必要だろうと思うのです。そうすると、市町村の教育委員会が所管するか、市町村部局が所管するかは別として、何らかの形で教育委員会が関与というか、協力というか、そういうことをしないと、これからはいかんだろうと思うのです。特に幼稚園が全くなくてというか、保育所ばかりの県もありますね。そういうところで、じゃあ幼児教育は行われていないのかといえば、行われているのだろうと思います。それについて教育委員会が何の発言権もないということはどうかという気が一つはします。
 もう一つは、やはり幼稚園教育というのは市町村に極めて密着した行政なので、今の私立幼稚園について、都道府県の教育委員会が何か言うというのは、どうかと思うのです。これも市町村におろすべき性格のものだろう。おろすとまた教育委員会か市町村部局かという議論はありますけれども、レベルとしては市町村レベルに落としていくべきではないのか。それに対する対応はまたどういう組織が担当するかはまた議論があるところだと思います。
 そんなふうに思いますので、少なくとも現時点で保育所の保育というのか、それもやはりここで読めるような形にしておいたほうがいいのではないかと思います。

○ 鳥居分科会長
 今いただいたような御意見は、このレベルのペーパーの上で修文の中で入れさせていただいて……

○ 國分委員
 そうですね。

○ 鳥居分科会長
 それは部会の第7回までのペーパーとは1ランク上のペーパーとして扱わしていただくということでいいですね。

○ 國分委員
 そうですね。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございます。お忙しいところを恐縮です。
 どうぞ、お願いします。

〔國分委員退席〕

○ 田村委員
 分科会長の御発言と関連して、私の考え方をちょっと申し上げさせていただきたいのですが、私学審議会については、私も実は分科会長と同じ考えでございます。ただし、これは改正するという議論で進んでいますので、従来のいわゆる構成員の4分の3が私学関係者だというのは、終戦直後の私立学校が弱い時代、少し保護しておかないといけないという時代の名残だったと思うので、それをいつまでも続けるというのは今の時代は無理だと思いますから、私はそれは変えたほうがいいと思うし、それは改正という、たしか変わったんですよね。この間、たしか私立学校法の議論で改正されておりますので、そこは問題としてはクリアできているのだと思いますが。
 ただ、考え方として、私立学校を教育委員会がどう扱うか、あるいは知事部局が扱うかということについてのきちんとした議論を今までやってきてないのです。終戦直後に私立学校が弱かったから、私立学校を保護するためにいろいろと配慮してつくった法律の仕組みがそのまま残っていて、何となくお見合いみたいなもので、お互いに遠慮し合って手を出さなという状況が続いてきたという気がします。
 ですから、どういうふうにするのがよりよい、つまり、私立学校教育が振興されることは、日本の国全体の教育がよくなることになると思います。お互いに対立してというふうに意識しないで、お互いに刺激し合う存在というふうに考えれば、よりよい私学教育が生まれれば、刺激を受けてよりよい公立学校の教育が生まれていくということになれば、いい回転になりますから。
 その意味で、じゃあどのように対応したらいいかということを、きちんと本当にどこかで議論しないといけない時期にきているのではないかという気がしまして、今の幼児教育をきちんと議論すると同時に、大変だと思うのですけれども、5ページの一番上の「○」のところですね。在籍の問題とか、そういうのは簡単に済むと思うのですけれども、もうちょっと根っこにある議論をきちんとしておく必要があるのではないかという気がしております。
 これは恐らくインターネットにこの議論は載ると思いますので、申し上げておくのですが、例えば今回、全国知事会の問題で、私立学校にかかわる教育費が議論されています。補助金をこんなに出しているのに、もっとよこせと言うのかということをおっしゃる知事さんもいらっしゃるのです。しかし、これは公立学校の教育費というのは教育委員会のところにありますから、幾らか、そんなに御存じない。大体ぐらいで。私立学校のほうは知事部局の予算だから、ボンと表へ出るわけです。実は公立と比較すると私立はそんなに出てないのですけれども、私立にばかりうんと出しているような誤解が出てしまう。
 そういうことを考えると、教育委員会との関係を現行のままにしておくことは、私立にとってもよくないのではないかと実際感じております。ですから、どういうふうにやるかを本当に議論して取り上げておく必要があるのではないかと感じております。
 総体として言えば、OECDの資料でわかるように、日本は教育にあまり金をかけていないのです。だから、それはちゃんと言わなければいけないと思いますが、その内容をどうするかということは、もうちょっと踏み込んだ議論を、こういうところでやるよりやるところがありませんので、考える必要があるのではないかと感じています。

○ 鳥居分科会長
 私学に対する都道府県の補助金というのは、国の補助金が幼稚園8,000園、小学校179校、中学656校、私立高校1,300校、合わせて1,400億円ぐらいですから……

○ 田村委員
 1,000億円。

○ 鳥居分科会長
 約1,000億円。それの見合いだから、都道府県分もそれと同額ぐらいですか。

○ 田村委員
 交付税では5,000億か6,000億ぐらい。

○ 鳥居分科会長
 交付税でそれだけいっている。それがそのまま回っているわけですか。

○ 田村委員
 そうです。それは補助金の形で出ています。

○ 鳥居分科会長
 山本先生。

○ 山本委員
 ちょっと違ってよろしいですか。今日、資料7を出していただいているわけですが、そろそろ大局的な見地から議論の方向性を見定めていく必要があるような気がしておりますので、若干意見を申し上げたいと思います。
 今、まさに混沌とした時代で、方向性が見えませんから、大変難しいのかもしれませんけれども、諮問があって、最初から議論を聞いてきていますと、例えば制度が形骸化したから、抜本的に変えろという意見が一方あったわけですね。ところが、議論していくと、必ずしもそれが強くない。いや、運用でうまくいくのではないかとか、手直ししていけばいけるのではないかというような議論が出てきていますけれども、その辺のところはきちんと確認というか、詰めるというか、方向はやはり見定めておかないと、今、資料などで出てきているいろいろなものがみんなそこにかかわってきたりしますから、だんだん詰めていく必要があるのではないかと思います。戦後、占領下でできた制度をいろいろ工夫しながらやってきているのですけれども、手直しで済むのか、抜本的に変えるのかとか、そのあたり依然としてまだ議論がくすぶるかもしれません。そのとき、そのときの出席する委員によって違ってきたりして、それでは議論がコロコロ変わりますから、やはり方向性を見定めていっていただきたいというのが一つ。
 もう一つは、競争原理を導入すべきだという議論がございまして、それに対しても反論があったりして、これもまだ煮詰まっていないと思います。その辺のところでも、果たして競争原理ということに対してどう対応していくのかというあたりのところがはっきりしていない。今、ここに出てきているのでいえば、全国的な教育水準の確保と地方の特殊性、特色を生かすような、教育をうまく調和させていけばいけるのではないかというだけになっていますけれども、根本的に競争原理を入れるべきだという議論がきているわけですね。それに対応してどうするのだというのは、まだこちらでははっきりしていないと思うのです。その辺のところも詰めていく必要があるのではないかと思います。それが2点目です。
 3点目は、学校教育委員会でいくのか、それとも幅広く教育委員会とすべきか。これは、幅広い教育委員会にすべきだというように皆さんおっしゃっているような気がするのですけれども、でも、この間、ある一人の委員が言ったように、これは義務教育中心にすべきだとはっきりおっしゃる場合も出てくるわけですね。ですから、そこら辺のところもやはりある程度見定めていかなくてはいけないだろうと思うのです。ですから、そのような大局的な見地から見たときにどうするのだということは、一つ一つの議論をしながら、同時にある程度考えていかないと、最後にいって、先ほどのように反対意見というのが依然として根強く残って、それを入れろ、入れないという話で、瑣末なことで終わってしまうという気がします。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 今の最後におっしゃった点は、教育委員会がカバーすべき領域は、幼児教育から生涯学習までなのですが、そのときに幼稚園から生涯学習までをたどっていくと、大学教育のところはどうしてもストンと抜けてしまうから、そこが一つすっきりしないというか、制度設計上は悩みの種になりかねない点なのですね。
 しかし、生涯学習については、従来もそうでありますし、これからも教育委員会の役割の重要な一部であるという認識でずっときたと思うのです、7回まで、部会は。ただ、一部の意見としては、その中でも特に義務教育のところが一番重要な仕事だという意見は出てきたわけです。
 どうぞ。

○ 山本委員
 その場合も、ああいう場で議論しているとそれで済んでいますけれども、一旦法律やなんかのところまでおりて、ギリギリ詰めていきますと、基本法でもそうですけれども、生涯学習という言葉を教育の中に入れてなじむのかという問題は大問題なのです。これについては、総会のほうで、教育基本法のときにたびたび申し上げたのですが、今の教育に関する法律の中に、学習というのは入っていないのです。そのあたりの問題もここでは抱えているわけで、全体にかかわりますから、そのことも少し考慮しておかないと、言葉として単に生涯学習と言ってここへきて、じゃあ社会教育というのはどうなのだというあたりの整理が依然としてできていないという感じがするのです。それは別途検討していけばいいかもしれませんけれども、いざとなると厄介な問題が出てまいります。

○ 鳥居分科会長
 どうぞ。

○ 渡久山委員
 私が今、一番関心があるのは、例えば教育委員会の廃止論も出て、あるいは制度疲労の問題も出ていますが、その背景は何といっても首長の行政姿勢というのが非常に濃厚だと思うのです。ということは、教育委員の任命は、今日は首長はいらっしゃらないから、反論がないからお話ししにくいのですけれども、必ずしもレイマンコントロールが生きるような感じの教育委員会になっていない部分というのがあるのです。首長の恣意的な任命というのが割と出ているような感じがするのです。得に地方分権ということが言われて、その地方分権の中にもちろん教育も、一定程度地方分権というものの考え方があっていいのですけれども、やはり教育には機会均等とか、あるいはナショナル・ミニマムとか、そのような国民の教育の最低の水準をどう守っていくかという場合、これは地方差とか、地域だけでは解決できない。逆に言うと、地域性は非常に少ない。そうすると、どこまでそのようなナショナル・スタンダードを守りながら、地域性を持っていくのかということになってくるのだけれども、具体的には教育行政を、結局、任命された教育委員がやるということになったときに、どうなるのだろうかという問題が出てくるのです。
 確かに知事が代わると、革新知事とか、保守知事とか関係なく、結局、知事の何というかな、恣意的な任命がだんだん多くなってきているような気がするのです、全国的な流れとして見た場合。そして、教育行政について非常に理解のある知事は、理解のある教育委員を選んで、まさに県政あるいは市町村行政が、非常に教育を大事にした市町村という感じ、あるいは県政だという感じになってくるのだけれども、必ずしもそうでないところでは、非常に大きなひずみが出てきているような感じもするのです。実際あることはあるのです。
 これは文部科学省の皆さんはすぐ御存じかもしれませんし、あまり言いたくもないのだけれども、例えば学校行事として、どこの県でも大体やられているような行事、体育行事であったり、いろいろな行事ですが、それを教育委員会が計画をして持っていっても、結局、予算がない、あるいは自分の政策から見たら、その必要はないとかいって、事実そのような形で予算をつけないとか、拒否したりすることが起こったこともあるのです。そのようなことを考えてくると、昨今の首長の行政姿勢と教育行政の在り方というのは、やはり教育行政の持っている独立性をどこまで担保できるのかということが、大きな課題ではないかという気がするのです。だから、知事のグッドウイルとか、あるいはバッドウイルというものではないという感じを持っているのです。この辺は少し首長も入れて、もっと深く議論してあるべき姿を持っていったほうがいいような気がいたしますね。
 これには背景としては、予算もずっとありますからね。国が例えば今の国庫負担をしていく根拠は何だろうかというようなこともずっと出てくるのです。しかし、金だけは出して、口は出すなというのもいいのだけれども、果たして教育内容については、ただそれだけでは決められない内容を持っていますからね、言えないものを持っていますから。

○ 鳥居分科会長
 今おっしゃったので一番関係が深いのは、2ページの「(1)」なのです。これは事務的にはこう処理せざるを得ないのですが、発言者の言葉をそのまま使うところから始まってしまっていまして、「政治的対立の厳しいところでは」というところから入ってしまっているのです。だけど、この発言はたまたま発言の取っかかりとして、そういう文言を使われたにせよ、本来の趣旨からいうと、教育は今や地方分権政治を担当する首長、それから議員、それから地方の公務員にとって最重要課題である。政治的、財政的争点になりやすい。それであるがゆえに、教育委員会制度は教育行政の政治的中立性を確保する上で必要であると、こういうことをたぶん言われたのだと思います。ところが、短い時間で、どうしても自分の体験をもとにして話されますから、最初の「政治的対立の厳しいところでは」という文言が出てきてしまっている。これを分科会では消化して、つくり直して、煮直してあげる必要が、それが審議会の責任ですから、そんな工夫をこれから総会にかけてやってですね。
 もう一つの問題は、この文章のままいくのかどうするのか、すべて今までのペーパーは、何々という意見があったという書き方にしてずうっと通してきているのですけれども、総会に上げるときに、どっちのやり方でいくか。一つは、さっきも申し上げましたように、部会のペーパーそのまま、一つは添付するやり方がありますから、そちらでは意見があったという文章形式になっていて、分科会でそれを受けて議論したところ、こういう論点整理になったということで、論点整理として書くという手もあるように思うのです。それで総会に出すと。
 どうぞ。

○ 田村委員
 今日は本当に時間がたっぷりあるようですから、いろいろなことを申し上げたいと思うのですが。
 今回の答申の中に、それこそ流れに棹差すのではないですけれども、分権すればよくなるという発想を信奉して、すべてを分権の流れで整理するという考え方は、私はものすごく危険だと個人的に思っているわけです。実際、ドイツではそれで失敗したわけですね。例えばドイツの場合ですと、13の州に分けて徹底した分権をやったものだから、教育の場合、13のすごい中央集権化した勢力ができて、結果的にはあまり活発になっていないという。だから、分権すればいいのだという議論は ―今は、言っても誰も聞いてくれないかもしれないのですけれども、それはどこかで言う必要があるのではないかという気がします。

○ 鳥居分科会長
 イギリスもそうだった。

○ 田村委員
 そうですね。まさにそうです。サッチャー革命というのはそういうことですから。
 それともう一つは、アメリカでできるだけ教育は個人にということで、ホームスクールというのがものすごくはやってきて、今、100万を超していると言われています。これもだんだん増えてくるだろうと言われています。ただ、アメリカでいろいろな裁判が出てきて、憲法違反だという話の中で、判例が出始めて、共通の判例の文章がこの間、『ジュリスト』に出たので読んだのですけれども、出ていた内容を見ると、アメリカでも4年から6年ぐらいの間、地域社会に必要なものを強制的に全員に教えるのは必要なことだ、憲法違反ではないと、これははっきり言っているわけです。ただし、それは4、5年から、5、6年なので、今の日本の義務教育と合わないのです。ただし、実態としてアメリカでそういう議論がされていることは参考にすべきだろうと思うし、できれば日本の義務教育を考えるときには参考になるだろう。そこまでは全員がやるという部分があることが必要だ。こう考えますと、だいぶ気が楽になる。分権すればいいというわけにもいかないという、その根拠に私はいつもそういうことを思い出すのです。
 それでは、分権はどうしたらいいかというと、あるところ以降はできるだけ自由に、自主性をもって、教育というのは結局最後は、先生と生徒の対面した作用なのです。それ以外にないのです。それをするには、規制をできるだけ少なくして、先生がよくできるようにしてやる。できるだけ自主的にやれるような仕組みにしてやって、制約はなるだけ少なくする。
 これは、先ほどちょっと言いかけたのですけれども、小さいうちは全員強制でというところがあっていい。幼児教育も、そういう意味では、ぜひひとつ普及してほしいし、保育所、幼稚園で分かれていますけれども、内容に関しては共通のしっかりしたものをつくって、それをちゃんとやってもらうことが、これからも絶対の課題だと思うのです。だんだん上に行くに従って、それを自主性に任せるという流れに整理できると、分権に対する考え方の答えになるのではないかという気がするのです。そういうことがこの文章のまとめの中で、どういうふうに言えるかということがテーマになると思います。全体の設計図はそういうことだと思います。
 その中心になるのは、組織としてはやはり教育委員会以外にないのです。だから、教育委員会はもうちょっと大事にしないといけないと思います。それは義務教育だけやればいいというような教育委員会であるわけがないと私は思っています。幼児教育から生涯学習に至るまで、教育の分野で教育委員会がしっかりやることが非常に大事だと思います。ただし、必置である必要があるかどうかという議論は、それとは全然違うことではないかという気がします。教育委員会が大事だということと、必置であるべきだということとはちょっと違っているのではないか。それこそそれは議論をちゃんとやって、どうするかを決めるような仕組みをつくるということで解決するほうがいいと思います。
 必ずつくれと言うと、議論というか、考えないで、つくればいいのだろうということで、それでおしまいみたいになってしまう危険がありますので、まだまだ日本人は自分の問題としてすべてを考えるということができてないところがあるのですね。してもらうという、こういう意識が非常に強いですから。だから、そういうことで言うと、必置の問題を含めて、教育委員会の重要性をしっかり提起するという答申にしていただきたいと思います。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 どうぞ、木村先生。

○ 木村副分科会長
 まとめをどうしていくのかということからちょっと発言をしたいのですが、先ほどから御意見が出ていますけれども、資料7をこのような形で総会に出すのはまずいのではないかと思うのです。國分さんが言われたことと同じようになるかもしれませんが、私もここのところ出席できていませんけれども、マジョリティーの意見とそうでない意見があるわけですよね。マジョリティーの意見が出たところは、全体としてはこういうことだということで、少数のこういう反対意見はあったがという書き方にしないと、このままではなかなか今後の運営が難しくなるかなということを強く感じます。
 そういう意味でいうと、総会に出す資料7の重要度は非常に高いのではないかと思いますので、その辺を少し工夫をしたほうがいいのかなと思います。
 それから、ここで教育委員会の在り方の議論をしつつ、片一方では例えば地域運営学校ができるようにしたということで、非常に積極策を打ち出しているわけですよね。そうすると、例えば「1」の「(3)」の「保護者、地域住民の教育行政への参画について」という書き方は、文部科学省がやってきた政策から見ると、ものすごく一般的といいますか、相入れないというか、遅れたというか、そんな感じがするので、せめてその辺のところは、現在、実行されている施策よりも引いた形の書き方にしないということを意識しなければいけないのではないかと思います。
 地域運営学校は、私が取りまとめをするように言われまして、国会等でも参考人として意見の述べてきた関係からすると、「(3)」は〈ちょっとこれは……〉という感じがしてしようがないのです。相当大きな変革ですよね、あれは。私、衆議院の参考人として、「ついに文部科学省もルビコン川を渡った」と言ってしまったのですけれども、それぐらい大きな決定だったわけで、そういうことからすると、教育委員会の重要性もさることながら、こういう保護者、地域住民の教育行政への参加というのは当然なわけですね。教育委員会を必置にするかどうかは別にしても。そういうことですから、こういう一般的な書き方は、私自身、拝見していると非常に抵抗感がありますね。

○ 鳥居分科会長
 木村先生のおっしゃるとおり、既に始まってしまっている地域住民の参画型の学校運営について、「(3)」の冒頭でやはり言及しておく必要がありそうに思いますが、それもまた配慮させていただいて。
 ただ、これを書いたときの本音を若干御紹介しますと、実は台東区の小学校を見に行きましたら、地域の子どもたちのお辞儀の仕方とか、だから、ここの文章に使いやすい言葉で言うと、礼節とか、道徳とか、社会常識について、まちぐるみの教育をやりだしているわけです。それを何とかして表現したいという気持ちから書いているのです。ところが、それはまだ教育委員会マターに普通はならない。ところが、その区では、何とかしてそれを教育委員会マターとして上げようとしているわけですね。その辺のところをここは引きずっています。
 どうぞ。

○ 渡久山委員
 今の話は、7ページにも住民参加が出てくるのですよね。やはりそれには一つの統一性があったほうがいいと思うのです。あれは既に答申が出て、法案化されているわけですからね。そういう面では、そういう考え方でいきますよという、あるいはいかなくてはいけないということだと思います。あるいは、部会の中での議論の場合には、そういう生な発言がありましたから、ここに出ていると思いますけれども、これはそのとおりやられたほうがいいのではないかという気がします。
 また、あの議論をしたときに、一定程度、教育委員会の役割みたいなものも議論しているのですよね。あの辺は参考にというか、同じようなトーンでいかれたほうがいいのではないでしょうか。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございました。
 それでは、結論的にどうしましょうか。この資料7を手を加えて総会に出すと仮にすれば、部会の論点整理を経て、分科会で論点の幾つかを議論した結果であるというような扱いでしょうかね。そういう扱いのペーパーとして、総会にあわせて提出するのがギリギリであって、これがメインのペーパーではない。メインのペーパーは、むしろ資料1、資料2と、これと三つセットで初めて意味を持つという解釈でしょうかね。その辺、どう考えられますかね。

○ 前川初等中等教育企画課長
 資料7をベースにいたしまして、今日の御議論を踏まえたペーパーをつくりまして、それは分科会から総会への御報告ということになるのではないかと思います。そこに部会で整理したペーパーも添付するという形で総会に御報告するのが一番適当かと存じます。

○ 鳥居分科会長
 今、前川課長が整理してくださったような方向でよろしゅうございましょうか。
 それでは、そういう方向で総会に備えさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
 時間もまいりましたので、このあたりで、もしよろしければ終わりにさせていただきたいと思います。
 今後の進め方につきまして、事務局から日程説明でよろしいですか。

○ 山田生涯学習企画官
 大検につきましては、今度29日に開催予定の総会におきまして、答申案としての審議を行っていただきまして、その後、答申として取りまとめていただきたいと考えています。
 それから、教育委員会の在り方につきましても、この総会におきまして御報告をするということでございます。その後、引き続き地方教育行政部会におきまして、関係団体のヒアリングなども行いながら、審議を進めていく予定ということでございます。
 次回の分科会の開催につきましては、また後日、日程を調整いたしまして、追って御連絡させていただきます。

○ 鳥居分科会長
 ありがとうございます。
 どうも今日の議論を伺っていると、ヒアリングだけではなくて、もうちょっと部会を何遍かやらないと、教育委員会のほうは問題がまだいっぱい残っているみたいなので、やりましょう。よろしくお願いいたします。
 はい、どうぞ。

○ 田村委員
 初等中等教育というふうに考えて、これは長い間、そういう形で言葉ができているわけですね。初等中等教育局長銭谷局長と、こういうふうになるのですね。それは幼児教育は入っているのですよね。それは気がついたら、ほとんど全員が幼児教育に参画しているわけですね。だから、ちょっと言い方を何か変えるのは大変なのでしょうけれども、初等というと小学校から見るよというようなことにならないでしょうかね。つまり、実態としては、初等中等教育局というのができたときは、まだ幼児教育にはそんなに参画していない時代が長くあって、現在はほぼ100パーセント近く、幼稚園なり、保育所なりで、教育要領という国でつくったものがあって、それをやるということになっているわけですね、保育所も。幼稚園はやっているわけです。そのことが名前に反映してないのですよね。それは答申でコメントするぐらいはしてもいいのですかね。どうなんでしょう。

○ 鳥居分科会長
 私の解釈を申し上げますと、今、包括諮問を受けて進んでいますよね。初等中等教育について包括的に諮問するということになっています。その諮問を受けて、あっちの分科会、こっちの分科会、いっぱい部会ができて、議論しています。その中で、幼小一元化という議論をして、あれはどこでやっているのでしたか……。

○ 田村委員
 幼児教育部会もあるのです。

○ 鳥居分科会長
 そうそう。幼児教育部会で議論したりしているのです。もう一つ、どこかで幼小一元化をやっているのです。頭の中で今までの経過を振り返ってみると、この前のラウンド、つまり、2年前から始まった議論で、そうじゃないか、4年前から始まった議論ですかね、中高一貫化が実現したわけです。中高一貫を実現したときに、名前に苦労して、それのことを中等教育学校と呼ぶことになったわけです。
 それになぞらえて、今後のことを想像していくと、幼小一元化というのを何と呼ぶのだろうかというと、たぶんそれは初等学校としか呼びようがない。名前としてはそこしか残っていないという感じなのです。ですから、案外そっちから考えていくと、幼小のところを初等中等教育の出発点の初等教育段階と考えることが定着していくのではないかというふうに楽観しているのですが、どうでしょうか。

○ 田村委員
 いや、幼児教育というか、そういうのを何かほかの言い方をするように努めていただけるといいのではないかと思うのです。

○ 鳥居分科会長
 もう一つは、また言葉の問題ですけれども、幼保一元がありますよね。保育所というのは何をするところかが、保育所だからはっきりしているのです。幼稚園というのは、何をするところかという文字になっていないのです。幼稚なる園なのです。(笑声)それで、幼保一元化のところを、今、仮の名前として総合施設というふうにとにかく名前を仮置きしているわけですね。だけど、いつまでも総合施設でもないだろう。何か名前がないかと考えると、そこがまさに幼児教育の何かの名前になるのでしょうね。

○ 田村委員
 議論していきますと、小学校1年生プロブレムという問題が、必ず教育委員会の方から出てくるのですね。

○ 鳥居分科会長
 ありますね。

○ 田村委員
 これは原因が、要するに小学校に入る前にあるという議論、つまり、初等教育部分なのです。それをどう議論するかということを考えると、初等中等教育のテーマであることは間違いないわけですね、そこから出ているわけですから。そうすると、そこのところの教育をあらわす言葉が、今、幼児教育しかないのです。幼児教育と言ってしまうと、保育所は全然別かというふうにお考えになっている教育関係者がいっぱいいるわけです。保育所はそんなことは関係ないと思っている人がいっぱいいる。現職の教育長でもいるわけですから。ですから、そういうのをちょっと整理して、きちんと伝えないと普及していないのではないかと思いますね、幼児教育が。

○ 渡久山委員
 分科会長、実は私は来週、義務教育のところで提起するのです。

○ 鳥居分科会長
 そうですか。スピーカーになっているの?

○ 渡久山委員
 ええ。意見を言うのですが、そのときに、いろいろ考えたのですが、結局は就学年限を低くする。5歳児から入れるということになったら、5歳児から、今の小学校のどこかの部分までを切って、幼児学校とするというような感じのもので、まあ、幼児学校が正しいかどうかわかりませんが。そういう感じのもので、就学年限と、もう一つの切り方みたいなやつの議論をしてみたらどうだろうか。
 そうしますと、4歳児から以下は、これは田村先生のところで議論していらっしゃるのですけれども、やはり何らかの形で、今の統一的な対応をやらないといけないのではないかという気がするのです。
 そんなことができるかどうかわかりませんけれども、子ども省をつくろうとかというね、政治の側から出てみたり、いろいろなことで出ていますけれども、その辺、そのようなことがあるかどうか別としまして、子ども政策に対するきちんとした政府としての統一的な政策が必要になってこないかなという気がしますけれども。

○ 鳥居分科会長
 今は初等中等教育局の中に、幼児教育課があるわけですよね。だから、初等中等教育の概念の中に明らかに幼児教育は入っているのです。

○ 田村委員
 今は入っているのです。

○ 鳥居分科会長
 それではまずいのですか。

○ 田村委員
 いえ、入っているのが世の中に伝わっていない。

○ 鳥居分科会長
 伝わっていないという意味ですね。

○ 田村委員
 0歳から2歳が保育なのです。3歳から実は教育をやっているわけです。そのことが伝わっていない。3歳から5歳までの幼児教育が、実は初等中等教育に入っているのだということが伝わっていないのです。総合施設の議論をしていて、つくづくそれは感じますので、何かやはりお考えになっていかないと困るのではないか。重要性が伝わっていないのですよね、幼児教育の重要性が。

○ 鳥居分科会長
 わかりました。ありがとうございます。
 それでは、今の御意見もくみ上げていただくことにいたしまして、今日はこれにて終わりにさせていただきます。どうもありがとうございました。

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-- 登録:平成21年以前 --