2.体育の目的の具体的な内容-すべての子どもたちが身に付けるべきもの-

 体育は,すべての子どもたちが,生涯にわたって運動やスポーツに親しむのに必要な素養と健康・安全に生きていくのに必要な身体能力,知識などを身に付けることをねらいとするものである。
 こういった観点から,体育の目的の具体的内容(すべての子どもたちが身に付けるべきもの)を考えると,体育の授業を通じて,すべての子どもたちに,以下のように,一定(ミニマム)の「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」などを身に付けさせることが必要である。
 なお,「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」の側面は,どれが優位にあるとか,より重要性が大きいということはない。例えば,「分かってできる」「できて分かる」という関係において身体能力の向上は知識に支えられ,それら身体能力と知識の向上の学習過程において「考える」「工夫する」という思考・判断が重要となる。さらに,その学習の積み重ねによって,望ましい態度として形成される。
 また,体育は他の教科・科目ではできない身体運動を通しての「経験」ができる教科・科目である。例えば,「身体を動かす楽しさ」に関する経験,「競争,達成」に関する経験,集団活動の経験などをすることができる。このような「経験」は,初等中等教育修了の段階までに,すべての子どもたちが,「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」をより確実に定着させる上で重要なものと考えられる。

(1)身体能力

 「身体能力」に過度の重点を置くことは,逆に子どもたちの体育嫌いやスポーツ嫌いを助長することにつながりかねないことから,避けなければならない。しかし,一方で,長期的に子どもの体力の低下傾向が続く中で,教科・科目の「体育」は,直接「身体能力」を養うことのできる唯一の教科・科目であるという性格にもかんがみ,「身体能力」についてもその内容を明らかにすることが重要である。これにより子どもたちが,必要な身体能力を身に付け,その結果,生涯にわたって運動やスポーツに積極的に取り組むきっかけとなっていくことが期待される。
 こういった考え方から,すべての子どもたちが身に付けるべき身体能力を,以下のとおり,「1身体能力の要素」,「2生涯にわたって運動やスポーツに親しむための身体能力」として整理した。ただし,1,2は,明確に仕分けされるものではなく,その内容には重複がある。

1.身体能力の要素

 子どもたちに必要な身体能力の要素として,1)「短時間に集中的に力を発揮する身体能力」,2)「持続的に力を発揮する身体能力」,3)「柔軟性を発揮する身体能力」,4)「巧みに身体を動かす身体能力」の四つに整理した。
 この四つの身体能力は,初等中等教育修了の段階で,身に付けているべきものであり,具体的な「目的」として,次のようなものが考えられる。

1)「短時間に集中的に力を発揮する身体能力」

  • 全力で加速した後,数十メートルは最高スピードを維持して走ることができること
  • 全身を使って、その場で高く、あるいは遠くへ跳ぶことができること

2)「持続的に力を発揮する身体能力」

  • 一定のペースで数分間以上走り続けることができること
  • 自分の体重と同じ程度のものを,一定時間以上支えたり,運んだりすることができること

3)「柔軟性を発揮する身体能力」

  • 膝を伸ばしたまま上体を一定の深さまで曲げること

4)「巧みに身体を動かす身体能力」

  • 水の中で,浮いたり,潜ったり,進んだり,息継ぎをすることができ,二つ以上の泳ぎ方で一定の距離を泳ぐことができること
  • 身体を,柔らかく動かしたり,力強く動かしたり,リズムを取って動かすことができること
  • マットや鉄棒で,体を支えたり,回ったりすることができること
  • 大きさの異なるボールを,手や体や足を使って,捕る,投げる,打つ,けるなど様々に操作することができること
  • 運動やスポーツの用具をうまく操作することができること
  • 危険やけがを回避できるよう手を使うなど安全に転がったり,飛び降りたりすることができること

 これらは,例示として挙げたものであり,これら以外にも身に付けるべき具体的な「目的」として設定すべきものがあると考えられる。よって,ここに例示したものを含めて,今後,専門的見地から検討を継続することが必要である。
 また,身に付けるべき具体的な「目的」のミニマムとしての「数値」を設定するには至らなかった。数値の設定が可能であるかどうかも含めて,各要素がどの程度身に付いていればよいのかという,具体的なレベルについては,次の(a)(b)(c)の考え方を基本として,今後,専門的見地から検討を継続することが必要である。

  • (a)身体能力について,それぞれ具体的な「目的」を設定するに当たっては,保護者等から見て,その達成度や成果が容易に分かるよう,できる限り具体的なものとする。こういった観点から,可能なものについては,数値を設定することを検討する。ただし,数値目標を設定することについては,「学校教育の成果を保護者にとって分かりやすく示す上で必要」,「学校の責任を明確にする上で有効」といった積極意見がある一方,「学校現場の教員の間で混乱が生じる」,「子どもたちの意欲を減退させることになりかねない」といった慎重意見があることも踏まえて対応する必要がある。
  • (b)数値目標の設定ができないものについては,できる限りその達成度や成果が測定可能な,具体的な「目的」を設定する。
  • (c)(a),(b)にかかわらず,体育の授業で扱うすべての運動種目について,それを行うことにより,どのような身体能力が養われるかを,できる限り具体的に明らかにする。

2.生涯にわたって運動やスポーツに親しむための身体能力

 生涯にわたって運動やスポーツに親しむことができるようになることは,社会生活を営む上で重要なことである。このため,すべての子どもたちが多くのスポーツに共通した要素を持つ運動種目等や広く普及している運動種目等を通して,生涯にわたって運動やスポーツに親しむための基礎となる技能を習得することが必要である。
 また,この身体能力のレベルについても,1の(a)~(c)の考え方に沿って,また,あらゆる運動やスポーツに親しむための基礎となる身体能力を学校だけで身に付けさせることは困難であるという観点も踏まえて,今後,専門的見地から検討を継続することが必要である。
 なお,社会生活に必要な身体能力は,生涯にわたって運動やスポーツに親しむための身体能力が身に付いていれば,十分であると考えられる。

(2)態度

 初等中等教育修了の段階ですべての子どもたちが,学習内容や学習対象に関心を持ち,何らかのことに価値や意義を見いだすという態度や何かを遵守したり責任を持ったりする態度として,次のようなことを身に付けておくべきであると考えられる。

1)「運動やスポーツ自体」の価値に対する態度

  • 運動やスポーツを「する」ことや「見る」「支える」ことへの関心があること

2)「チャレンジすること」の価値に対する態度

  • 次の課題にチャレンジしようとする意志があること

3)「運動やスポーツを継続すること」の価値に対する態度

  • 生涯にわたって運動やスポーツに取り組もうとする意志があること

4)「フェアプレー」に関する態度

  • 結果にかかわらず相手を認めるなど,共に運動やスポーツを行う仲間を尊重し合おうとする意志があること

5)「協力・責任」に関する態度

  • お互いの合意に基づいて仲間と助け合う,自分の責任を果たすなど,仲間と協力しようとする意志があること

 態度についても,ここに挙げたもの以外にも身に付けるべき具体的な「目的」として設定すべきもの等について,今後,専門的見地から検討を継続することが必要である。

(3)知識,思考・判断

 知識,思考・判断は,単に知っている情報である「知識」だけを検討するのではなく,知識を活用して思考・判断を行うという関連性があることから,同じ項目で取り扱うこととした。初等中等教育修了の段階ですべての子どもたちが,次のような知識,思考・判断を身に付けておく必要がある。

1.運動やスポーツに関する知識

1)運動やスポーツの意義,歴史等に関する知識

  • 人間はなぜ運動するのかといったことなどに関する知識(発育発達,意義,体力の考え方など)
  • 運動やスポーツについての考え方や発展の歴史に関する知識
  • 運動が「身体と心に与える影響」に関する知識
  • オリンピックムーヴメント※(注釈)に関する知識
  • ルールや用具の使い方に関する知識
    • ※オリンピックムーヴメント
      「オリンピックを通じて,人類がともに栄え,文化を高め,世界平和の火を永遠に灯しつづけること」というオリンピックが目指す理想を,世界の人々に理解してもらい,その活動を大きく広げていく運動

2)運動やスポーツの動き,学び方などに関する知識

  • 運動やスポーツの特性,学び方に関する知識
  • 動き方,動きの構造,こつ等に関する知識

2.運動やスポーツに関する思考・判断

  • 1)運動やスポーツの様々な場面で,自分や他人あるいは物体の動きを見て,分析的に考え,判断することができること
  • 2)運動やスポーツの様々な場面で,健康・安全に関し,科学的に考え判断することができること
  • 3)運動やスポーツのルールを変えたり,練習の場を作ったりするなど,創意・工夫ができること

3.運動やスポーツにおける健康・安全に関する知識

  • 1)健康に生活するために必要な体力に関する知識
  • 2)けがや障害(骨折,捻挫,脱臼,創傷)に関する知識
    • けがや障害の予防法
    • けがや障害の対処法
  • 3)健康・安全に運動することに関する知識

 運動やスポーツに関する思考・判断は,応用,分析,評価までも含む概念であるが,これらを行うためには,前述した1運動やスポーツに関する知識や3運動やスポーツにおける健康・安全に関する知識を身に付けることが必要である。
 具体的にどのような知識が必要かについては,オリンピック競技大会の実施種目や現行学習指導要領に示されている運動種目などを参考に専門的な見地から検討を継続することが必要である。
 また,先にあげた「経験」についても様々な議論があり,「身体能力」,「態度」,「知識,思考・判断」と並列の体育の目的として位置付けるという意見もあった。この,「経験」の位置付け及びその具体的内容についても,今後,専門的見地から検討を継続することが必要である。

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