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第3章  公立学校の管理運営の包括的な委託の在り方について

1  公立学校の管理運営を外部に包括的に委託することの意義と課題について

(1)学校の設置者管理主義について

  •   学校の管理運営に関し,学校教育法第5条は,「学校の設置者は,その設置する学校を管理し,法令に特別の定のある場合を除いては,その学校の経費を負担する。」と規定している。学校教育は,入学の許可,課程の修了の認定,卒業の認定,退学等の懲戒等,児童生徒の教育を受ける権利に直接的にかかわる措置と,これと密接不可分な日常的な教育活動から成り立っている。学校教育法第5条の規定は,このような学校教育の特性に照らし,公立学校については,設置者である各地方公共団体の教育委員会が,教育活動の事業主体として学校教育の目的を十分果たすことができるよう,設置する学校を適切に管理し,その運営に責任を負うという「設置者管理主義」の原則を示したものである。
  •   この原則の下,これまで,社会人講師の活用や民間人校長の登用等を通じて,民間での幅広い経験のある優れた知識や技術を有する人材の参加を求めるなどの工夫を行いつつ,学校教育の多様化・活性化を図る取組が進められてきた。
  •   一方,近年,地方公共団体の様々な業務について民間委託が行われるようになっており,地方公共団体の設置する社会教育施設や社会体育施設についても,その管理運営を民間に委託する事例が多く見られるようになっている。特に,平成15年9月からは,「公の施設」の管理について,十分なサービス提供能力を持つ民間の事業者のノウハウを活用し,多様化する住民ニーズにより効果的・効率的に対応することを目的として,「指定管理者制度」が導入され,受託者や受託業務の範囲が拡大されたところである。

(2)公立学校の管理運営を包括的に委託することの意義について

  •   このような動きの中で,従来設置者管理主義をとってきた公立学校についても,特別なニーズに応える等の観点から,必要に応じ,教育活動そのものを含めた管理運営を,包括的に民間に委託することを可能とすることについて検討すべきとの提案がなされるようになってきた。
  •   こうした提案を踏まえ,例えば,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003(骨太の方針2003)」(平成15年6月27日閣議決定)においては,消費者・利用者の選択肢の拡大を通じた多様なサービス提供を可能とする等の観点から,公立学校の管理運営の委託について,「公立学校の民間への包括的な管理・運営委託について,早急に中央教育審議会で検討を開始する。特に高等学校中退者を含めた社会人の再教育,実務・教育連結型人材育成などの特別なニーズに応える等の観点から,通信制,定時制等の高等学校の公設民営方式について平成15年度中に結論を得る」こととされた。
  •   また,構造改革特別区域制度においても,公立学校の管理運営を委託することを認める特例についての要望が出されており,「構造改革特区の第3次提案に対する政府の対応方針」(平成15年9月12日構造改革特別区域推進本部決定)において,「公立学校の民間への包括的な管理・運営委託については,高等学校及び幼稚園を対象として検討し,今年中に結論を得た上で,必要な措置を講ずる」こととされた。
  •   公立学校の管理運営を包括的に委託することを通じて,例えば,民間の有する教育資源やノウハウを活用することにより,機動的かつ柔軟なサービスが提供され,多様なニーズに応じた特色ある教育を効果的に実現することができること,学校の設置者にとっても,保護者や児童生徒にとっても選択肢の拡大が図られること,既存の公立学校に刺激が与えられることにより,競争が生まれ,公立学校教育全体の質の向上が図られることなどが期待されている。

(3)公立学校の管理運営を包括的に委託することの課題や懸念について

  •   一方で,こうした制度を導入することについて,様々な課題や懸念も指摘されている。例えば,教育の質を客観的に評価・検証する仕組みがなければ,受託者が経営的観点から経費を削減することにより,教育の質が低下するおそれがあるのではないか。特に,生徒指導のように,短期間では投入した費用に見合う効果が必ずしも期待しにくい部分が安易に切り捨てられるおそれはないか。教育の成果や学校での事故等をめぐり,学校の設置者と実際の管理運営を行う者である受託者との間で責任の所在が不明確になるおそれはないか。契約の途中段階における契約解除や受託者の経営破綻(たん)等により,学校が閉鎖された場合,児童生徒の教育を受ける権利が侵害されるおそれはないか。
  •   このように,公立学校の管理運営を包括的に委託することについては,一定の意義が認められる一方で,様々な課題・懸念もあることから,現時点で全国的な制度として導入することは困難と考えられる。
  •   しかしながら,一部の地方公共団体等においては,公立学校を民間に委託し,その地域において生じている特別なニーズや状況に対応したいという要望があることにかんがみ,今後,構造改革特別区域制度を活用した実証的な研究を行うことが適当と考えられる。具体的には,構造改革特別区域として認定された地方公共団体において,地域の特性を生かした教育の実施や,地域産業を担う人材の育成等の観点から特別な必要がある場合において,当該地方公共団体が,教育の質を担保するための適切かつ十分な点検・評価体制を整備し,セーフティ・ネット(安全網)を構築することを前提に,学校の設置者管理主義の例外として,公立学校の管理運営を包括的に外部に委託することを特例的に認めることが考えられる。
  •   その際,学校の管理運営の包括的な委託は,我が国におけるこれまでの学校教育制度において導入されたことのない,新たな学校の管理運営の形態であることから,米国の一部地域において行われている公立学校の管理運営の委託や,委託の一類型とも言えるチャーター・スクール制度において実際に明らかになっている課題等も踏まえ,慎重な制度設計を行うことが必要と考える。
  •   なお,現行制度においても,地方公共団体が,学校法人等と協力して私立学校を設置することにより,当該地方公共団体における特別なニーズに対応するための教育を実現することは可能であり,地方公共団体においては,こうした形での多様な特色を持つ学校の設置を選択肢の一つとして検討することも有意義と考える。

2  制度化に当たっての基本的な考え方について

(1)制度導入の対象

ア  義務教育段階について

  •   第一章において述べたとおり,義務教育制度は個人にとっても,国家の存立そのものにとっても不可欠な我が国の根幹的制度であり,その確実な保障は,国及び地方公共団体の最も重要な責務の一つである。
      このため,義務教育諸学校を,保護者や子どもの選択に基づき就学をすることとなるその他の学校種と同様に扱うことは適当ではないと考える。先述のように,公立学校の管理運営を包括的に委託することについては様々な課題や懸念が存在しており,義務教育が設けられている趣旨にかんがみ,憲法で保障された児童生徒の義務教育を確実に保障する観点から,義務教育諸学校の管理運営を包括的に委託することについては,特に慎重に検討する必要がある。

イ  幼稚園及び高等学校について

  •   幼稚園については,現在,希望するすべての就学前の幼児に教育の機会を保障することや,保護者が安心して子どもを生み育てられるよう環境を整備するための子育て支援の充実など,地域における幼児教育のセンターとして,多様化する保護者や地域のニーズに応えることが強く求められている。このような中,公立幼稚園において,地域の実情や特別なニーズに対応するため,民間の能力を活用して弾力的な運営を行うことが効果的な場合も想定される。
  •   また,公立の高等学校については,社会の多様化が進む中で,将来の進路選択についての生徒の希望も多様化しており,これまでも総合学科の設置や単位制高等学校,中高一貫教育校の創設など,多様化や個性化を理念とする高等学校改革が進められてきた。今後,更なる対応を図るための一方策として,多様な高等学校教育の選択肢を提供するという観点から,その管理運営を委託することについて検討を行うことが考えられる。
  •   これらを踏まえ,公立学校の管理運営の委託の検討に当たっては,その対象は,当面,幼稚園及び高等学校とすることが適当と考える。

(2)基本的な制度の内容

ア  委託先について

  •   公立学校の管理運営の包括的な委託先としては,学校教育に必要な運営の継続性・安定性や,公教育として求められる公共性・公平性・中立性を確保し,教育の質を担保する観点から,原則として,学校法人など安定的な経営基盤と学校教育に関する十分な実績を有する者が適当と考える。また,学校法人は,設置者から支出された委託にかかる経費が子どもたちに対する教育活動及びその教育の質の向上に使われることが制度的に担保されているという点からも望ましい。

イ  委託の手続きについて

  •   公立学校は,地方自治法が規定する「公の施設」に該当する。公の施設の管理運営については,先述のとおり,その設置者たる地方公共団体が,当該施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるときは,条例の定めるところにより,行政処分に相当する行為を含めて,当該地方公共団体が指定する法人その他の団体に,その包括的な管理運営を行わせる「指定管理者制度」が導入されているところである。
  •   このため,公立学校の管理運営を委託しようとする場合にも,指定管理者制度に基づき,地方公共団体において必要な条例を定め,その条例に基づき,議会の議決により委託先を指定することとなると考えられる。

ウ  設置者と受託者の権限関係について

  •   管理運営が委託された学校については,設置者である地方公共団体が直接の管理を行うものではないが,当該学校で行われる教育は,当該地方公共団体が設置する公立学校の教育として行われることとなる。このため,設置者と受託者の権限関係に関しては,委託契約において,あらかじめ十分に明確にしておくことが重要である。
      なお,いずれの場合でも,地方公共団体は,公立学校の設置者としての国家賠償法上の責任を有し,学校事故等についての責任を負う等,設置者としての最終的な責任を有するものであることに留意が必要である。

エ  教職員の身分・資格について

  •   管理運営が委託された公立学校に勤務する教職員は,受託者により雇用された者であることから,これらの教職員の服務管理については,一般の私立学校と同様,就業規則によることとなると考えられる。教職員は,公立学校において子どもたちの個人情報を扱うこととなるため,守秘義務を課す等,契約において服務上必要な措置を講じることについても検討する必要がある。なお,委託が行われた場合であっても,教員の資格については,通常の学校と同様,教育職員免許法が適用されるものである。
      また,地方公共団体においては,委託契約等において,受託者が公立学校の教員としてふさわしい人材を確保するとともに,十分な研修の機会を確保することについて明確にしておくなど,優れた教員の確保とその資質の向上に留意する必要がある。

(3)点検・評価等

ア  教育委員会による点検・評価について

  •   公立学校の管理運営を包括的に委託した場合であっても,当該学校は公立学校として設置されるものであり,その設置者である地方公共団体の教育委員会は,自らが直接管理運営を行う場合と同様の責任を負い,通常の公立学校と同様の継続性,安定性の担保が求められることとなる。
  •   このため,管理運営が委託された学校については,学校自身による通常の自己点検・評価に加え,教育委員会による点検・評価の実施が不可欠である。
      委託が行われた学校を設置する地方公共団体の教育委員会は,その学校において適正な学校運営が行われ,また,教育の質が確保されることについて最終的な責任を負う者である。このため,委託契約が円滑に履行されるよう,例えば,一定水準の教育内容・教育条件の確保,期待される教育成果の担保,学校運営の継続性・安定性の確保,経費負担における私的負担の割合の適正の確保,教育活動における中立性の確保などの観点から,受託者に対し,不断の点検・評価を行い,必要に応じ適切な措置を講じなければならない。
      このような点検・評価が適切に行われるためには,設置者と受託者との契約において,あらかじめ,その手続きや具体的な内容について,十分に明確化しておくことが必要である。
      また,評価を行うに当たっては,教科指導の面のみならず,生徒指導等も含め,多面的・多角的な評価を行う必要がある。特に,学校教育には,例えば生徒指導のように,受託者にとっては,短期的には投入した費用に見合う効果が必ずしも期待しにくいと受け止められがちであるものの,学校における教育活動としては極めて重要な位置を占めるものも多いことにも留意する必要がある。
  •   学校の設置者と管理運営を行う者とが異なることにより生じ得る諸問題を解決し,両者の十分なコミュニケーションを確保するためにも,日常的な情報交換やモニタリング(継続監視)の実施は重要である。今後,国においても,管理運営が委託された学校における教育活動の内容や成果について,様々な角度から客観的にモニタリングし,評価する仕組みの構築に向けて研究開発等を進める必要がある。

イ  情報公開の在り方について

  •   学校を設置する地方公共団体の教育委員会は,地域住民に対する説明責任を果たすため,委託契約の内容や管理運営が委託された学校における教育活動の状況等について,インターネット等を通じて十分な情報公開を行う必要があり,受託者との契約においても,その旨についてあらかじめ定めておくことが必要である。

ウ  セーフティ・ネットの構築の在り方について

  •   学校を設置する地方公共団体の教育委員会による点検・評価の結果として,万が一,途中で契約を解除することとなった場合や,受託者側の都合で学校の管理運営が継続できなくなった場合等において,当該学校で学ぶ子どもたちが公立学校において就学を確実に継続できるようにすることは,学校の設置者としての責務である。
      このため,例えば,受託者に対する是正措置を講ずる場合の要件や委託契約を解除する条件等について,委託契約において明確化しておくとともに,委託契約を解除した場合,若しくは解除された場合の在籍者に対する救済措置について,当該学校に通う子どもやその保護者に対してあらかじめ明らかにしておく必要がある。
      また,契約を途中で解除することとなった場合等においては,そうした状況に至った責任の所在を明らかにすることが必要である。
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