大学等における社会人受入れの推進方策について(答申)

2002年2月21日
中央教育審議会

大学等における社会人受入れの推進方策について

(答申)

平成14年2月21日
中央教育審議会

大学等における社会人受入れの推進方策について(答申概要)



大学等における社会人受入れの推進方策について(答申)

はじめに

  本審議会は,平成13年4月11日に,文部科学大臣から「今後の高等教育改革の推進方策について」諮問を受け,大学分科会において,多岐にわたる高等教育の課題についての調査審議を進めている。
  このうち,大学等における社会人の受入れの推進については,従来より大学審議会の累次の答申等を受けて,夜間大学院,通信制大学院及び昼夜開講制の導入などの制度の改善が図られてきたところであるが,更に残された制度上の課題として,学生が柔軟に修業年限を超えて履修し学位等を取得する新たな仕組みの導入や,専門大学院1年制コース及び通信制博士課程の導入について検討する必要があると考えられる。
  このため,本審議会は,同年6月に大学分科会の下に制度部会及び大学院部会を設置して,これらの課題について調査審議を重ねてきた。
  このたび,上記両部会における審議に基づき,各界からの意見を踏まえつつ,総会及び大学分科会において更に審議を行い,これらの制度改正にかかわる課題について結論を得たので,大学等における社会人の受入れを推進するための方策として,答申を行うものである。

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1  基本的考え方

  21世紀を迎え,社会,経済が高度化,複雑化し,グローバル化が一層進展する中で,情報通信技術をはじめとする科学技術が急速に進歩するとともに,産業構造の変化,職業の多様化が顕著になってきている。個人が豊かで充実した人生を送るためには,このような状況に的確に対応して,職業においても,生活においても,高度で先端的な知識や能力を適時適切に修得することが必要となってきている。また,近年,長期雇用を中心とする雇用環境の変化や,企業内教育の減少等を背景として,個人が自ら積極的に学習を行い,高度で多様な職業能力を身に付けることにより,生涯にわたるキャリア形成を積極的に展開していくことが求められている。社会全体にとっても,その活力を維持向上させていくためには,時代の変化や困難な状況に柔軟に対応し,新しい時代を切り開いていくことができる,最新の知識に裏打ちされた,課題探求能力,問題解決能力に富む有為な人材が求められている。さらに,高齢社会を迎えた我が国において,個人が自己啓発を図り,より一層心豊かで潤いのある人生を実現することを目指して,人々の多様な生涯学習需要は増大する傾向にある。
  以上のような状況を踏まえ,我が国の大学等は,社会に一層開かれた機関として,産学連携の推進をはじめ,社会経済の活性化や地域コミュニティーの形成に積極的に貢献していくことが求められてきており,それらに資する開かれた教育の在り方が必要となっている。
  事実,人々の高等教育に対する需要も個々の事情に応じて急速に多様化してきている。例えば,高度で専門的な職業能力の向上を目指して大学院での高度な再学習を求める者,職業等による時間的制約から長期の在学での学位取得や,情報通信技術の活用により通信制課程における学習を希望する者,あるいは,一般教養を高めるために大学等における学習を望む者等,多様な学習需要が生じている。
  これらの様々な需要に対応し,我が国の大学等は,幅広い年齢層の人々に積極的に開かれ,これらの人々に多様で柔軟な学習機会を提供していくことが求められている。このため,本審議会においては,社会人等の大学等への受入れ促進のための各般の施策を踏まえ調査検討を行い,その一層の促進のための当面の具体的な改革方策について成案を得たので,以下のとおり提言を行うものである。

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2  具体的な方策

1  学生が個人の事情に応じて柔軟に修業年限を超えて履修し学位等を取得する仕組み(長期履修学生)の導入

  現在,我が国の大学においては,職業等を有しながら学習を希望する人々の様々な学習需要に対応し,多様な履修形態で卒業・修了要件を満たし,学位等を取得できるよう,夜間において教育を行う学部等及び通信による教育を行う学部等が設置されているほか,昼夜開講制により授業を行うことができることとされている。  また,大学等が提供する授業科目等を学生が自らの希望に応じて適宜選択し単位を修得することができる制度として,科目等履修生制度が設けられている。科目等履修生は非正規の学生であり,科目等履修生としての単位修得のみをもって学位を取得することはできないこととされている。
  このように様々な履修形態上の工夫が行われているものの,正規の学生として卒業・修了要件を満たし学位等を取得するためには,大学等が編成する教育課程を修業年限に応じて履修することが必要であり,個人の事情に応じて修業年限を超えて履修を行う場合は,現状では一般的に留年や休学として取り扱われている。
  一方,諸外国においては,個人の事情に応じて修業年限を超えて履修を行い,学位を取得する正規の学生(いわゆるパートタイム学生)が制度的に存在しており,平成12年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」においても,このような制度の導入についての検討が求められている。
  学生が留年や休学として取り扱われることなく,個人の事情に応じて柔軟に修業年限を超えて履修し学位等を取得できるようにすることは,職業等に従事することにより日常的に様々な制約を抱える人々の学習を容易にし,各大学等におけるこれらの人々の受入れを一層活発化すると考えられる。
  また,このことにより,通常の修業年限で卒業・修了することを予定していたものの,在学中に起きた何らかの事情で勉学意欲がありながら予定していた学習が困難となった学生が,留年,休学,退学をすることなく,学習を継続することも可能となると考えられる。
  さらに,昨今,自らの進むべき道を模索する若年層が増加しつつあるが,これらの人々が学問を通じて教養を身に付けたり専門的知識に触れたりする機会を拡大し,自らの社会的な役割を認識する契機の一つとなるとも考えられる。
  以上のことを踏まえ,職業等に従事しながら大学等で学ぶことを希望する人々の学習機会を一層拡大する観点から,個人の事情に応じて柔軟に修業年限を超えて履修を行い学位等を取得できる新たな仕組みを,各大学等が各々の判断で導入できることとすることが必要である。
  その際,学生個人の事情に応じて柔軟な履修を可能とする観点から,できる限り弾力的な仕組みとすることが適切である。

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(1) 対象となる学生の位置付け

  上記のような新たな仕組みの導入を各大学等において積極的に推進していくに当たっては,対象となる学生の位置付けを明確にしておく必要がある。
  当該学生は,職業等との兼ね合いにより,通常の修業年限在学する学生よりも1年間又は1学期間に修得可能な単位数が限定されるため,修業年限を超えて在学することを予定し,それを各大学等があらかじめ認めた上で在学し,各大学等の定める単位の修得等の要件を満たして卒業・修了することにより,学位等を取得する正規の学生(以下「長期履修学生」という。)と定義することができる。

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(2) 長期履修学生を受け入れる高等教育機関

  人々の多様な学習需要に対応し,高等教育機関における学習機会をできるだけ拡大する観点から,各機関の特性を踏まえつつ,それぞれの機関の判断により長期履修学生を柔軟に受け入れることができることとすべきである。
  大学の学部においては,高等教育に対する多様な学習需要に幅広くこたえるために,長期履修学生を積極的に受け入れていくことが期待される。
  また,大学院においては,職業上必要な高度専門的知識・能力を修得することを目的として入学を希望する社会人が今後一層増大し,これに伴い,学習時間等の制約により標準修業年限を超えて学習することを求める者が今後増大することが考えられることから,大学院においてもこのような需要に適切に対応して長期履修学生を受け入れていくことが望まれる。なお,現在でも大学院修士課程においては,社会人の多様な学習需要にこたえるため,あらかじめ長期の教育課程を編成し,標準修業年限を2年を超えるものとすることができることとされている(大学院設置基準第3条第2項に基づくいわゆる長期在学コース)。一方,長期履修学生は,学生個人の事情により,大学等が標準修業年限に従って編成する教育課程の期間を超えて在学するものであり,いわゆる長期在学コースとは趣旨を異にするものである。
  短期大学においては,地域に密着して生涯学習機会を幅広く提供することが期待されるところであり,長期履修学生を積極的に受け入れることが望まれる。例えば,社会人を含めた地域の学習需要にこたえるために,多様なコースを設定した総合的な学科等を設け,長期履修学生を積極的に受け入れることも一つの方法である。
  また,高等専門学校においても,専攻科については大学と同様に単位制を採用していることから,長期履修学生を受け入れることが可能であると考えられる。
  さらに,専門学校においても,その自由で弾力的な制度によって,多様な学習需要に対応できるという利点を生かして,数多くの社会人を受け入れていることから,長期履修学生を積極的に受け入れることが期待される。
  なお,長期履修学生を受け入れるか否かの判断は,各機関が,各々の教育課程の目的や教育方法・内容等を考慮して自主的に行うことは当然である。

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(3) 在学年限及び年間修得単位数

  大学等は,本来,学生が計画的に履修を行い学位等の取得を目指す場であることにかんがみれば,長期履修学生が在学できる最長年限については,各大学等において学則等で定め,各学生の在学期間はその範囲内で,学生の希望を考慮しつつ定めることが適当である。なお,期限を定めないで在学し履修することを希望する者については,科目等履修生制度を活用することが適当である。
  また,長期履修学生の年間修得単位数については,より柔軟に履修できるようにする観点から,各大学等が定める上限の範囲内において学生が毎年自由に登録できることとすることが適当である。その際,実験・実習を行う課程においてはある程度継続的な学習が必要であること等を踏まえ,各大学等においては,その教育内容や学生の要望等を考慮して適切な履修が行われるよう配慮することが必要である。さらに,通常の修業年限在学することを予定していた学生が,何らかの事情により,在学中に,より長期の履修への切替えを希望することや,その逆の場合もあると考えられる。したがって,これらの状況に柔軟に対応できるよう,学生の希望に応じて,通常の修業年限在学することを予定する学生と長期履修学生の履修形態の切替えを可能とすべきである。ただし,履修形態の変更に当たって相応の理由がないと判断される場合にまで,この取扱いを認める必要はない。もとより,学生の卒業時における質の確保を図ることは,大学等の社会的責任であり,長期履修学生に対しても,厳格な成績評価を実施するなど,安易な単位認定や卒業を抑制することにより,教育水準の維持向上を図ることが必要である。

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(4) 配慮事項

  長期履修学生は修業年限を超えて在学することから,その授業料については,通常の修業年限在学する学生との均衡に配慮しつつ,学生の負担軽減を図る観点から,修業年限分の授業料総額を学生が在学を希望する年限で分割して納めることができるようにしたり,単位制授業料制度を導入するなど,設置者の判断により適切な方法で徴収することが求められる。
  設置基準の適用上や私学助成の算定上の収容定員の取扱いについては,長期履修学生は正規の学生として受け入れる以上,定員内の扱いとすることが適当であるが,長期履修学生の受入れを促進する観点から,通常の修業年限在学する学生よりも1年間又は1学期間の修得単位数が少ない当該学生数の算定方法については,その履修形態を反映させるため,その実員に一定係数(例えば,修業年限を長期履修学生の在学期間で除して得られた数)を乗じて算定するなど,適切な対応が必要である。
  なお,職業等に従事しながら大学等で学ぶ長期履修学生に対しては,通常の修業年限在学することを予定する学生とは異なる,よりきめの細かい履修上の指導が必要となると考えられることから,各大学等が各々の実状に応じて,アドバイザーの配置,教員の教育能力を向上させるためのファカルティ・ディベロップメントの実施など適切な配慮を行うことが適当である。

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2  専門大学院1年制コースの制度化

  今後,社会,経済の各分野において,世界的規模での競争が激化するとともに,国際的な相互依存,国際協調により解決を図らなければならない問題が増大することが予想される中で,国際的にも社会の各分野においても指導的な役割を担う高度の専門的知識・能力を有する人材の養成,社会人の再学習に対する期待が一層高まっている。
  高度専門職業人の養成に特化した大学院修士課程(以下「専門大学院」という。)は,このような期待にこたえ,大学院における高度専門職業人養成の目的に即した教育研究体制,教育内容・方法等の整備を推進し,その機能を一層強化する観点から,大学院修士課程におけるこれまでの高度専門職業人養成を更に進め,特定の職業等に従事するのに必要な高度の専門的知識・能力の育成に特化した実践的な教育を行う大学院の設置を促進することを目的として,平成10年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」の提言を受けて,平成11年に制度化されたものである。平成13年度現在,4大学4研究科4専攻(一橋大学大学院国際企業戦略研究科経営・金融専攻,京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻,九州大学大学院医学系教育部医療経営・管理学専攻,青山学院大学大学院国際マネジメント研究科国際マネジメント専攻)が設置されている。
  一方,大学院修士課程における1年以上2年未満の修業年限でも修了することが可能なコース(以下「1年制コース」という。)は,同答申において,社会人の大学院修士課程への積極的な受入れを推進し,大学院で高度な知識・能力を身に付け社会の各分野で指導的な役割を担う人材の養成に資することができるよう提言されたことを受けて,平成11年に制度化されたものである。平成13年度現在,8大学8研究科21専攻が設置されている。
  しかしながら,上記答申においては,「修士課程1年制コースを高度専門職業人の養成に特化した修士課程に適用することについては,高度専門職業人の養成に特化した修士課程の設置状況等に配慮しつつ検討することが必要である」としており,専門大学院については,その定着を待って1年制コースを検討することが適当と考えられたことから,現行制度上,1年制コースは認められていない(大学院設置基準第31条第4項)。
  そこで,現在設置されている専門大学院4専攻における在学者の状況を見ると,約8割が社会人で占められており,職業を有する社会人が高度かつ専門的な知識・能力を一層高めるためのリカレント教育の場として,現行の専門大学院は適切な役割を果たしていると言える。また,専門大学院における教育研究活動の状況についても,昼夜開講制を取り入れるなど,社会人の学習形態に配慮しつつ,各大学院において活発な教育研究が展開されている。
  今後,社会,経済の急激な変化に迅速に対応するとともに,社会人の再学習の需要に適切にこたえ,国際的にも社会の各分野においても指導的な役割を担う高度の専門的な知識・能力を有する者をより一層養成していくことは,我が国にとって重要な課題であり,専門大学院の設置の促進が期待されるところである。しかしながら,社会人にとっては,職業等との兼ね合いから,2年制の課程のみでは修学上の困難が生じる場合があり,これが専門大学院の多様な展開に支障となっているとの指摘がある。
  以上のような状況にかんがみると,社会人が大学院において短期で集中して高度な専門職業教育を受ける機会を拡充する観点から,専門大学院においても通常の修士課程と同様に,1年制コースを設置することができることとする必要がある。

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(1) 対象者

  従来の大学院修士課程における1年制コースは,履修形態の工夫とともに,一定の職業経験等の成果を生かした指導を行うなどカリキュラムを工夫するならば,1年制でも2年制と同等の教育水準を確保することが可能であるとの考え方により,主として実務の経験を有する者に対して教育を行うこととしている(大学院設置基準第3条第3項)。専門大学院1年制コースにおいても,このような観点から,同様に,主として実務の経験を有する者に対して教育を行うこととすることが適当である。

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(2) 分野等

  専門大学院は,その設置を提言した平成10年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」において,例えば,経営管理,ファイナンス,国際開発・協力,公共政策,公衆衛生などの分野において設置が期待されており,専門大学院1年制コースにおいても,基本的には同様の分野において設置が考えられる。
  専門大学院において,高度かつ専門的な職業能力・知識を身に付けるために必要とされる学習内容は分野により異なるところであり,国際的に通用する教育水準を確保することを考えると,相当程度の学習内容を確保することが求められる分野もあると考えられる。
  したがって,各大学院においては,国際的通用性にも配慮しつつ,分野ごとに学生に身に付けさせるべき能力や修得させるべき教育内容を考慮し,カリキュラム,履修形態,学期や学習期間の設定の仕方を工夫することにより,1年以上2年未満の範囲内で教育を行うことが可能かどうかを十分慎重に判断し,適切と考えられる場合にのみ専門大学院に1年制コースを導入することが適当である。
  その際には,学生の負担や,2年制と同等以上の能力を身に付けられるかどうかを,十分に考慮することが必要である。

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(3) 教育方法,修了要件

  専門大学院においては,修了要件の一つとして,修士論文の代わりに,「特定の課題についての研究の成果の審査」に合格することが原則として求められている(大学院設置基準第35条)。「特定の課題についての研究の成果」は,具体的には,例えば,1成果物の制作,2プロジェクトの遂行,及び3授業で課したレポートの累積などが対象となると考えられる。しかしながら,現状では,「特定の課題についての研究の成果」について,修士論文に近い形態のものが求められている傾向が見受けられる。
  また,大学院の教育は,「授業科目の授業及び学位論文の作成等に対する指導(研究指導)」によって行うものとされている(大学院設置基準第11条)。専門大学院における研究指導は,「特定の課題についての研究の成果」の作成・実行の各過程で,教員が適切な指導・助言を行っていくことであると考えられ,ケーススタディ,フィールドワークなどを取り入れた実践的な指導の充実に努めることが求められる。しかしながら,上記の修了要件についての状況に関連して,専門大学院における研究指導が従来の大学院で行われている論文作成指導と同じような形態で行われている例も見られる。
  どのような方針で教育を行うかは,各大学院の主体的な判断にゆだねられるべきであるが,今後,専門大学院1年制コースを導入するに当たっては,特に学習が短期間に集中して行われることにかんがみ,教育方法や修了要件が適切なものとなるよう,各大学院においてその在り方を工夫することが必要である。
  なお,専門大学院においては,高度の専門性を要する職業等に求められる知識や能力を専ら養うことを目的とし,研究者として必要な能力を養うことを目的としていないことを踏まえると,修了要件として「特定の課題についての研究の成果」を課すことや,これについて「研究指導」を行うこと,さらには,このために必要な教員組織を編制することを求めることが必須ではない分野もあり得るのではないかと考えられる。
  したがって,本審議会においては,今後,各専門大学院における取組状況を踏まえつつ,現在別途検討されている法科大学院の在り方も視野に入れた上で,高度専門職業人養成を目的とする大学院制度の在り方全般について,修了要件,教育方法,教員組織及び学位の在り方等の検討を行っていくことが必要である。

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(4) 教育研究水準の確保,評価制度

  従来の大学院修士課程における1年制コースは,主として実務の経験のある者に対し,履修形態の工夫や,一定の職業経験等の成果を生かした指導などカリキュラムの工夫を行うことにより,実質的に2年制と同等の教育研究を行い,修士の学位を授与するにふさわしい水準を確保している。
  専門大学院における1年制コースについても,同様に,主として実務の経験のある者に対し,分野によって必要な学習内容を考慮した上で,通常の教育方法に加えて,夜間,週末や夏休み期間中に集中的に授業や研究指導を行うなどの履修形態の工夫や,学期や学習期間の設定の仕方の工夫,一定の職業経験等の成果を生かした特定課題についての研究成果の作成を指導するなどのカリキュラム上の工夫を行うことにより,実質的に2年制と同等の教育研究を行うことが可能であり,修士の学位を授与するにふさわしい水準を確保することができると考えられる。
  専門大学院が実質的に高度専門職業人の養成にふさわしい教育研究水準を確保し,国際的通用性に配慮しながら教育研究の質の向上を図っていくためには,各大学院が不断の自己点検・評価に努めるとともに,適切な第三者による客観的な評価を行うことが重要であると考えられる。専門大学院については,大学外の第三者による評価が義務付けられている(大学院設置基準第36条第1項)が,更に,各分野ごとにアクレディテーション(適格認定)・システムを導入することが必要と考えられ,その在り方について,今後検討する必要がある。

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(5) 教育研究環境等の整備

  専門大学院に1年制コースを導入する場合においては,社会人学生が多いことに配慮した教育研究環境や事務体制を積極的に整備していくことが必要である。具体的には,1インターネット等の情報通信技術を活用して,授業や学生同士の討論・意見交換を行えるようにすること,2学生が教員から指導を受けたり,様々な書類を事務局に提出したりする際に,電子メールを利用できるようにすることなどが考えられる。また,3図書館を夜間・休日に開館したり,4学生が指導を受けやすい時間帯にオフィス・アワーを設けたりすることなども考えられる。
  また,大学における学事暦の在り方などについては,昼間の学部の運営を基本に設定されている傾向にあるが,今後,大学院における1年制コースの導入を進めていく際には,夜間,週末や夏休み期間等にも集中的に授業を行うこれらのコースの運営の在り方にも配慮して,教員組織,教育研究指導体制等についての大学全体の運営の在り方を工夫していくことも必要になると考えられる。
  さらに,専門大学院においては,今後,我が国において高度専門職業人にふさわしい知識や能力の修得を望む外国人学生が増えていくと考えられるが,特に1年制コースについては,短期間で集中的に学習できることから,外国人学生が積極的に入学を希望することが予想される。したがって,これらの外国人学生の履修に配慮したカリキュラムや事務体制の整備を図ることも必要である。

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3  通信制博士課程の制度化

  自宅や職場から通学できる範囲に必ずしも希望する大学院がないことや,職場環境によって通学可能な時間帯が限られることなど,地理的・時間的制約等から大学院レベルの学習を希望しながら,その実現に困難を伴う社会人が少なくないと考えられる。通信制大学院は,このような学習需要に,より適切にこたえていくために,授業による比重が高い修士課程について,専攻分野によっては通信教育による十分な教育効果を得ることが可能であるとの判断の下,平成9年の大学審議会答申「通信制の大学院について」の提言を受けて,平成10年に制度化されたものである。平成13年度現在,7大学9研究科22専攻が設置されている。
  通信制博士課程の設置については,上記答申において,博士課程は研究課題に即した研究指導と学生自身の自発的な研究活動が中心であるため,通信教育により十分な教育効果が得られるか否かについては慎重な検討が必要であり,修士課程の開設・運営状況,実績等を見ながら判断することが適切であるとされたため,制度化が見送られ,現行制度上認められていない(大学院設置基準第25条)。
  平成12年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」においても指摘されているように,今後,インターネット等の情報通信技術を大学教育において一層活用していくことは,教育内容を豊かにし,教育機会の提供方法を変え,大学教育へのアクセス拡大に資するものであり,教育研究活動を革新していく上で重要なことである。
  また,メディア教育開発センターが取りまとめた「通信制大学院修士課程に関わる調査研究(中間報告)」(平成13年9月)によると,通信制修士課程在学者のうち9割以上が博士課程の開設を望んでおり,修士課程での研究活動を継続し,より高度な学習を行いたいと考えている。また,現在通信制修士課程を開設している大学院においては,社会人が主な対象であり,学生の多くは明確な目的や強い問題意識を持っており,その学力及び教育効果については通学制課程の学生と比較して遜色がなく,博士課程において研究を行う能力を備えていると考えており,通信制博士課程の制度化を望んでいる。通信制修士課程を修了した学生が博士課程での学習を行うことを希望する場合,現行制度上,通学制博士課程において学習するほかないが,その授業の方法としては,印刷教材等による授業や放送授業が認められていないことから,当該博士課程においてインターネット等の多様なメディアを高度に利用して行う授業を実施していない場合には,自宅や職場の近くに大学院が存在しない社会人にとって,引き続き学習を行うことが困難な状況にある。また,大学院における研究指導についても,通学制では「直接の対面指導を行うことが原則であること」(「大学設置基準等の一部を改正する省令等の施行等について(平成10年3月31日文高大第36号事務次官通知)」)とされていることから,上記の制約を有する社会人にとっては研究指導を受ける際に困難が生じる場合もある。
  今後,我が国の大学院においては,社会人の多様な学習需要への対応を積極的に図っていくことが必要であり,以上のような状況を踏まえ,社会人が,修士課程における学習の成果に基づき,継続してより高度な研究を行う機会を拡大し,社会の多様な方面で活躍し得る高度の能力と豊かな学識を有する人材を養成する観点から,制度的に通信制博士課程の設置を認めることが適当である。

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(1) 分野

  現行制度上,通信制修士課程においては,通信教育によって十分な教育効果が得られる専攻分野について,通信教育を行うことができることとされている。
  現在設けられている通信制修士課程は,多くの場合,実験・実習を必要としない学習内容となっており,一部実験を必要とする専攻においては,併設されている通学制大学の施設を利用して行っている状況にある。
  これらを踏まえ,通信制博士課程については,各大学院が専攻分野ごとにその学習内容を考慮し,主に通信手段を活用しながら,必要に応じて実験・実習等を併せ行うことにより,十分な教育効果が得られると判断される場合において,通信教育を行うことができることとすることが適当である。

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(2) 教育方法,研究指導

  現在設置されている通信制修士課程においては,従来の印刷教材等の郵送による授業や放送授業,面接授業に加え,電子メールを活用したレポート指導やグループ討議,メディア・スクーリング(テレビ会議システムを利用した双方向・リアルタイムで行う授業)を行うなど,教育方法について様々な工夫が行われている。また,研究指導の方法については,スクーリングを行ったり,大学院によっては情報通信技術を積極的に活用したりすることにより,指導教員と学生との接触機会をより多く確保するための努力が行われている。さらに,補助教員やティーチング・アシスタントを配置するなど,個々の学生の学習需要に対応したきめ細かな指導体制を整えている大学院も見られる。
  これらを踏まえ,通信制博士課程においては,研究課題に即した適切な研究指導と学生自身の自発的な研究活動が中心であることにかんがみ,情報通信技術の積極的な活用と併せ,必要に応じて,面接指導の機会を適切に設けること等により,教員が学生に対し十分な指導を行える体制を築くことが不可欠である。その際には,学生が目的を持って研究活動を遂行しやすいよう,具体的にどのような成果を求め評価していくのかをあらかじめ明確にし,指導していくことが求められる。また,各大学院においては,個々の学生の多様な研究需要に対応するため,研究活動に当たっての指導・助言を行うティーチング・アシスタント,チューター,アドバイザー等の適切な配置に努めることが必要である。
  さらに,学習過程において,学生間で意見交換や情報交換等の交流を行うことは,相互に刺激を与え合い,研究活動にも好ましい影響をもたらし得ると考えられることから,各大学院においては,学生が交流できるような配慮を積極的に行うことも必要である。

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(3) 教育研究水準の確保,評価制度

  現在,通信制修士課程においては,入学者選抜において,学力試験(記述試験,小論文),面接・口述試問のほか,研究計画書の提出を義務付けることにより,研究テーマや研究目的,志望動機などが明確な学生を受け入れる努力を行っている。また,授業や研究指導においては,情報通信技術を積極的に活用することにより効果をあげることに努めており,修士の学位を授与するにふさわしい水準の確保が図られている。
  このような状況を踏まえ,通信制博士課程についても,きめの細かい入学者選抜や情報通信技術の積極的活用などによる教育研究指導方法の工夫などにより,博士課程にふさわしい水準を確保することが可能であると考えられるところであり,各大学院は様々な工夫を凝らすことにより教育研究水準の確保に努める必要がある。
  一方,実質的に教育研究水準を確保し,国際的通用性に配慮しながら教育研究の質を高めていくためには,各大学院において不断の自己点検・評価に努め,その結果を広く社会に公表するとともに,第三者による客観的な評価を行うことが重要であると考えられる。このため,アクレディテーション(適格認定)・システムを導入することが考えられるところであり,その在り方について今後検討する必要がある。