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2章  2005年の「ある市立図書館」にて
    会社員のFさんが住んでいるA市は首都圏(東京)から新幹線と鉄道を乗り継いで1時間半ほどのところにあり,市の人口は約11万人でちょうど政令指定都市・特別区を除いた全国の平均くらいの市である。産業は商業中心だが,海岸沿いでは工業,山間部では農業も営まれている。また,市の歴史は古く,昔から焼き物が名産である。県庁所在地であるB市とは隣接しており,鉄道と国道で結ばれている。
  Fさん一家は,A市の中心にある駅からバスで15分ほどのところにある,いわゆる新興住宅地に住んでおり,Fさん,妻のMさんの間には中学2年生のJさんと小学校5年生のIさんの2人の子どもがいる。Mさんは本が好きでときどきA市立e図書館を利用しているが,Fさんはまだ利用したことはない。
  Fさんの長女で小学校5年生のIさんは自宅から徒歩で10分くらいのところにある小学校に通っている。先日,社会の時間に「調べ学習」の課題として,「昔のA市の生活・暮らしについて調べてみよう」という宿題が出た。Iさんは,先生の勧めもあって,前に何回かお母さんといったことのあるe図書館に行って調べてみることにした。

e図書館はこのようなところ

  A市の中心にある鉄道の駅からほど近いところに市役所,警察署などの官庁や,博物館,体育館などの文化施設が集まる地域があり,e図書館もその一角にある。
  Iさんは,学校が終わった後,図書館に出かけた。前はお母さんに車で連れていってもらったが今日は一人。先生にもらった案内図(e図書館のホームページの中で「プリントアウトできます」とされている地図をプリントアウトしたもの)を確認しながら歩いていくと,みちみち案内板が立ててあり,図書館の前にも大きな看板があったので,ほどなく,見覚えのある図書館に辿り着けた。
  入口を入り広めのロビーを通り過ぎ,Iさんは,カウンターを訪ねた。Iさんがカウンターの職員に「調べ学習で来たこと」を伝えると,図書館を紹介したパンフレットを渡してくれ,わかりやすく図書館のことを説明してくれた。
  パンフレットと職員の説明によれば,A市にはe図書館のほかにもう一つ図書館(分館)がある。e図書館は,延べ床面積約2500uだが,2年前まではちょうど全国平均の1500uだったところ,コンピュータ室の増設とともに1000uの増築がなされ,昨年,完成した。市民から図書館の情報化の強い要望が出されていたのに応えたもので,増築を機に館内にLANを敷設し,閲覧机の一部には情報コンセントを設置した。また,司書2名を増員するとともに,自動貸出機を導入して貸出業務の軽減を図り,いっそうの高まりを見せる情報化への要求に対応できる体制を整えたそうだ。
どんな人が使っているか
  図書館から本を借りるには利用者登録をして,利用者カードを発行してもらう必要があるそうだ。Iさんもさっそく,利用者カードを作ってもらうことにした。カードには利用者番号とパスワードが登録されていて,図書館のサービスを受けるときに使うらしい。このカードはいわゆるICカードで,図書館だけでなく,市役所や病院などで使えるそうだ。
  カードの申込み書の記入台にe図書館の利用状況を数字で紹介した資料が置いてあった。その説明によれば,現在,利用者として登録している人数は,A市の人口の約半数に当たる。ただし,そのうち約2割はA市の居住者ではなく,近隣市町村住民や市内通勤・通学者などである。e図書館には,1日平均1,500人の来館者があり,年間だと約47万人(延べ人数)になる。平日昼間は主婦・高齢者が多く,夜間や土日は勤労者が目立つ。土日は親子連れも増えた。数年前,開館時間を平日は午後8時まで,金曜日は9時まで伸ばしたところ,特に近隣の市町村からA市に通勤している勤労者の利用が増えたそうだ。

子ども向けのコーナーがある

  Iさんは,職員から,子ども向けのコーナーがあり,コンピュータも備えられていることを聞き,まずそこに向かった。「子どもコーナー」と書かれた大きなサインボードがあったので,すぐわかった。子ども用の本や雑誌などが揃えてあるコーナーだ。絵本や図鑑などのほか,DVDやビデオなど面白そうなものもあり,今度ゆっくり来てみようと思った。
  子どもコーナーのコンピュータを使って,子どもたち同士あるいは親子で映像コンテンツづくりを楽しんでいる姿も見られる。Iさんはコンピュータを使って,インターネットで課題について調べてみることにした。インターネットは学校で習っていたし,お父さんのコンピュータを使わせてもらっていたので,簡単な使い方ならだいたいわかっている。コンピュータの画面も子ども用のわかりやすいものになっている。以前は検索する場合,分野などを考えて入力していかなければならなかったが,このごろは知りたいことを文章で入力しても検索できるようになっている。Iさんは「A市の昔の暮らし」と思いつくままに入力し検索してみると,関連する見出し語がいくつか表示された。そのひとつの「郷土一生活」を選ぶと結果が何十件か出てきてしまった。Iさんが困った顔をしていると,子どもコーナーの司書が声を掛けてくれた。
いろいろな資料・情報がある
  その司書によれば,インターネットも便利だけれど,図書館にもIさんの課題に使える資料がたくさんあるという。パンフレットを改めて読んでみると,e図書館には約20万冊の図書や雑誌などが所蔵されているほか,CD,DVDなどもたくさんある。
  CDは約5,000点ほどある。10年前のおよそ2倍になった。約7割が音楽で,残りの約3割が電子書籍(小説や図鑑など)とコンピュータ用ソフト(教育ソフトやゲームなど),そして各種データベース。また,最近利用が増えているDVDは現在,約500点あるそうだ。約7割が映画やドラマ,約2割が音楽で,残りの約1割が電子書籍,コンピュータ用ソフト,データベース。ほかにはMDが約1,000点ほどある。
  こうした「視聴覚(AV)資料」は,「AVコーナー」で視聴できるようになっていて,音楽CDやカセットテープなど,それぞれの再生機器が各2,3台あり,個人ブースでゆったり視聴できるようになっている。平日でもだいたい7〜8割ぐらいのブースが埋まり,土日はほぼ満席になるらしい。
  また,デジタル化された資料も増えている。いわゆる「電子ブック」も数百点あり,専用の閲覧用端末が館内貸出されている。現在5台が用意されているが,利用も増えており,館外貸出をしてほしいという要望もあるので,新たに館外貸出用に5台の端末を購入する方向で検討中である。
  司書は,職員用のコンピュータで館内資料の検索をして,Iさんの課題のヒントになりそうな本,雑誌,DVD,CD-ROMを何点かずつ紹介してくれた。そのうち,子どもコーナーにあるものは現物を持ってきてくれ,子どもコーナーにないものは,現物のある場所と閲覧や貸出の手続きについて教えてくれた。Iさんは,図書館が,紙でできた本ばかりのところだと思っていたので,DVDやCD-ROMなどいろいろなメディアを扱っていることを知って驚いた。
いろいろなデジタル資料もある
  職員によれば,これ以外に図書館等がインターネット上のホームページで公開している情報も利用可能だという。それについて詳しいボランティアの人がいるというので,紹介してもらうことにした。職員が内線電話を掛けて,連絡をとってくれた。しばらくして,ボランティアのVさんがやってきた。Iさんは,Vさんと一緒に,再びコンピュータに向かった。Vさんは退職を機に,自分の趣味である郷土史研究を活かせることがしたいと思って,この情報ボランティアに応募したそうだ。
  Vさんによれば,図書館には,職員以外にたくさんの人が関わっているという。Vさんのようなボランティアもたくさんいて,e図書館を支えているそうだ。
  Vさんは,図書館が所蔵している郷土の歴史や文化に関わる資料,特に古書・古地図などをデジタル化して,ホームページに掲載するボランティアに関わっている。古い資料は,紙が傷んだりしており,利用が難しいので,デジタル化してホームページで公開し,誰でも気軽に使えるようにしている。電子図書館機能の整備が進んでいるe図書館のホームページ用サーバには,このようにしてデジタル化した郷土(地域)資料が既に約1000点ほど収録されている。
  郷土資料のほか,A市の行政・地域に関わる資料・情報もホームページで公開している。印刷されていた紙の行政資料をデジタル化したもののほか,市役所などがホームページで公開しているものやメールで配信しているものもある。また,行政資料・情報以外にも,メールで配信されている小・中学校のPTA会報などや,ホームページで公開されている地元商店街の情報なども蓄積している。地域に関わる情報のうち「長期的には保存されない」ものについて,関係機関・組織と連絡を取りながら,保存しているのである(特に,市役所などでは,古くなった情報を削除してしまうことがあるので,保存をしておく必要性は高い)。
  なお,デジタル化した図書(商用出版物)を出版・販売している出版社もあるが(オンライン出版),e図書館でもこれを購入(契約)して,ダウンロードしてe図書館のサーバに蓄積,公開している。ただし,これを閲覧するのには,利用者カードの利用者番号が必要となる。現在,小説やノンフィクション,実用書など約500点が利用できる。
  さて,Vさんは,図書館のホームページのデジタル資料のなかから,江戸時代の木版画などを紹介してくれた。当時の生活の様子が分かり,Iさんの課題に役立ちそうなものばかりである。Vさんは,自分も作成に関わったホームページのデザインについても自慢げに話してくれた。
  なお,ボランティアが郷土資料などをデジタル化するために,コンピュータ3台,イメージスキャナ,デジタルカメラ,カラープリンタ各1台が,事務室の一画に設けられたボランティア室に置かれており,Vさんらは,普段,そこで作業をしているそうだ。
  Iさんは,Vさんにお礼を言い,さっき司書が紹介してくれた本や雑誌などを見にいこうと席を立つと,周りのコンピュータには親子づれらしき人たちも2組ほどいるのに気づいた。自分も今度は日曜日に親と一緒に来てみたいと思った。
衛星通信ネットワークも使われている
  Iさんは必要な資料を集め,何冊か借り出すことにした。帰り際,ロビーにテレビがあることに気づいた。よく見ると,CATVの番組が放送されている。地上波放送やBS放送も視聴できるが,地元の番組を放送しているCATVがよく流されているそうだ。また,土日は,衛星通信を使った子ども向け番組や各種講座も流されており,毎週土曜日には「子ども放送局」という番組があると,置かれていたちらしに書かれている。放送予定表を見ると,来週,Iさんの好きなスポーツ選手が出演してテレビ電話や電子メールで質問もできる番組が放送されるとのこと,Iさんは友達を誘って来ることに決めた。見るというより,参加する番組らしい。「子ども放送局」で放送されている「子どもとしょかん」という番組は,録画やビデオ貸出ができるので,e図書館でも全部録画して活用しているそうだ。
  ちらしの裏面を見ると,ロビーのほかに「研修・学習室」という部屋にも同じ受信設備があり,衛星通信やインターネットを使ったいろいろな学習会が開催されていることがわかった。子ども向けから大人向けまでいろいろな講座がある。お母さんが「受講したいけれど時間がない」といっていた東京の大学の公開講座もある。ちらしを持ち帰って,家族にも教えてあげることにした。
お年寄りや障害のある人向けのサービスもある
  Iさんが帰ろうとすると,入口で目の不自由そうなおばあさんとすれ違った。Iさんは,おばあさんを高齢者や障害者が優先的に利用できる「優先席」まで案内してあげた。
  おばあさんは,職員の援助を受けながら,音声入力と音声出力ができるコンピュータを操作し,大きな活字の本(大活字本)と本を朗読して録音したCDやカセットテープ`(録音資料)を借り出していた。このコンピュータは,お年寄りや障害のある人が使いやすいように,専用の補助具が備えられており,点字用のソフトと,点字ディスプレイ,点字プリンタも装備されている。
  また,隣には「対面朗読室」があり,希望の本を朗読してもらえるサービスが行われていた。また,この部屋は「録音室」を兼ねており,資料を朗読し,MDやICメモリーに録音する作業が行われている。点字資料や録音資料は宅配便や郵便での配送もできるそうだ。ただし,これらのサービスは,視覚障害のある利用者に限定されたものとの掲示があった。
  Iさんは,自分のおばあさんが目が悪くなってきたのを思い出し,今度,e図書館に連れてきて,本好きだったおばあさんを喜ばせてあげようと決めた。
コンピュータがたくさんある
  家に帰ったIさんは,お父さんのFさん,お母さんのMさんに図書館のことを話した。Iさんがあまりに楽しそうに話すので,今度の日曜日に一緒に出かけることになった。
  さて,当日,昼過ぎにIさんとFさん,Mさんはe図書館にやってきた。入口を入り,閲覧スペースに目をやったFさんは,まず,コンピュータが何十台も並んでいるのにビックリした。それもほぼ満席だ。Iさんから見せてもらった図書館のパンフレットを見てみると,図書館には,次のようなコンピュータ設備が整備されていることがわかった。
○e図書館は,1.5Mbpsの専用回線4本で,インターネットに接続されている。A市では図書館や学校などの公共施設におけるインターネット接続の費用をはじめ,IT関係予算を重点的に確保しており,e図書館のインターネット接続についても市の予算でまかなわれている。
○館内にはLANが構築されている。一部は,無線LANも稼働中。
○LAN管理用,図書館蔵書管理用,web管理用,デジタル資料用などサーバが稼動している。
○「閲覧スペース」に全部で20台のコンピュータがある。e図書館が用意している「総合検索システム」とインターネットが利用可能。「閲覧スペース」にはプリンタが4台設置されており,LAN経由でコンピュータから出力可能。
○「閲覧スペース」の一画には,ノートパソコンが利用できるコーナーがある。情報コンセントが用意されているので,インターネットにも接続できる。コンピュータは持ち込みもできるほか,図書館でも館内貸出用にノートパソコン(無線LANに接続)5台を用意している。
○「閲覧スペース」に隣接している「コンピュータ室」にも20台のコンピュータがある。閲覧スペースと同じく,「総合検索システム」とインターネットが利用可能なほか,ワープロ,表計算等の基本的なアプリケーションも導入されており,自由に利用できる。「コンピュータ室」にはモノクロプリンタ3台,カラープリンタ1台が設置されている。
○「研修・学習室」にも20台のコンピュータがある。すべてインターネットに接続されているほか,ワープロ,表計算等の基本的なアプリケーションが導入されている。「研修・学習室」のコンピュータは,各種の研修・講座等に利用されているが,講座等がない時間帯は利用者に開放されている。「研修・学習室」にはモノクロプリンタ3台,カラープリンタ1台が設置されている。
○「コンピュータ室」と「研修・学習室」で利用できるように,イメージスキャナ1台,デジタルカメラ3台,デジタルビデオカメラ1台が貸出されている。aル内利用のみだが,団体利用の場合は館外貸出もできる。
○「子どもコーナー」に子ども向け教育用アプリケーション(ソフト)を組み込んだコンピュータが3台ある。これらの設備は,昨年,完成した増築部分を利用して設置されている。「閲覧スペース」と「コンピュータ室」のコンピュータには,数人程度の「順番待ち」が出ていた。
総合的な「検索システム」がある
  Fさんは,順番待ちをして,閲覧スペースのコンピュータを使ってみることにした。台数が多いので,順番はすぐに回ってきた。Fさんは,いま,会社で関わっているプロジェクトに必要な資料を揃えようと考え,検索をしてみることにした。
  電子図書館機能が整備されているe図書館では,「総合検索システム」と呼ばれるシステムが稼働している。図書館を増築して,閲覧スペースやコンピュータ室などにコンピュータを導入する際に,図書館システムを一新したそうだ。それまでは,e図書館と分館が所蔵している図書や雑誌などの情報しか検索できなかった(OPACと呼ぶ)。各種のデータベースを検索する際には,OPACとは別の端末を使っていた。
  しかし,「総合検索システム」では,図書館の蔵書情報について,従来は図書や雑誌などの印刷資料と一部の視聴覚資料だけしか検索できなかったものが,いまではすべての視聴覚資料のほか,CDなどのデジタル資料や,e図書館でデジタル化してホームページで公開している資料についても検索ができるようになっている。もちろん,検索する対象は選択することができるので,「図書だけ」「CDとDVDだけ」という検索もできる。
  さらに,他の図書館の蔵書を検索することもできる。県内の県立図書館,市町村立図書館と,隣のB市にある二つの大学の図書館については,それぞれが公開している所蔵情報をまとめて1回で検索することができる(横断検索)。もちろん,「隣のB市の図書館だけ」というように,一つまたは複数の図書館だけに限定して検索することもできる。
  検索用の画面も利用者が選べるようになっており,初心者(成人)向けでは,タッチパネルもキーボードも両方使える。フリーキーワード,タイトル,著者,テーマ,分類などの項目から選んで,検索ができる。
e図書館の外にある情報も利用できる
  そして,「総合検索システム」では,どの端末からでも,e図書館・分館及び他の図書館の蔵書情報だけでなく,e図書館が提供しているDVD-ROMデータベースがLAN経由で検索できるほか,図書館が契約している商用オンラインデータベースも検索できる。料金はすべて無料であるが,契約の種類によって同時アクセス数が制限されているデータベースもある。なお,インターネット経由で自宅や職場など,図書館以外からでも利用できる契約になっているデータベースもある。
  各種のデータベースは50ほどのジャンルに分類され,選べるようになっている。書誌情報や新聞記事全文,雑誌記事全文(オンラインジャーナル),辞書・事典などのほか,名簿・年鑑統計・数値データ,人物情報,企業情報など,多彩なジャンルのものがそろっていることにFさんは驚いた。Fさんの関わっているプロジェクトで必要だった情報が検索できるデータベースがあったので,司書に検索方法を教わりながら使ってみた。使いやすい検索画面だったので,わずかな説明ですぐに使うことができた。
  e図書館では商用オンラインデータベースもすべて無料で提供している(プリンタでの印刷は有料)が,司書に理由を尋ねてみると,近隣5市町村の図書館でコンソーシアムをつくり,データベースサービス会社と一括契約しているため,比較的安価な定額制の契約が可能となっているそうだ。契約内容によって,「館内端末のみで利用可能」「(インターネット経由で)図書館外からも利用者番号があれば利用可能」「(インターネット経由で)図書館外からでも誰でも利用可能」に区分されていることも教えてくれた。なお,県内のC市の図書館では,オンラインデータベースの利用に際して料金を徴収しているそうだ。
住民の「情報リテラシー」のための講座もある
  Fさんがコンピュータを使った検索に熱中しているのを見て,普段コンピュータをあまり利用しないMさんもコンピュータを使ってみたいと思った。そう思ってふと回りを見渡すと館内には「情報ボランティア」という名札をつけた人が数人いるのに気づく。そのうちの一人に声を掛けて尋ねてみると,コンピュータやインターネットについて,利用者からの質問に答えたり,調べ方を教えたりするボランティアだそうで,常時数名がコンピュータの近くにいるとのことだ。
  以前はマニュアルを見ながらの操作だったので「難しくて使いにくい」と不評だったが,今ではコンピュータの画面上で操作の手順が全てわかるようになっていて,初心者でも困らない。ボランティアもいて,何かわからないことがあればすぐ調べたり聞いたりできる体制がとられている。
  Mさんは,情報ボランティアのWさんに教わりながら,コンピュータを使ってみることにした。話をしているうちに,Wさん自身もコンピュータは図書館の講座を受けたのがきっかけで覚えたことがわかった。Mさんが詳しく聞くと,e図書館では「研修・学習室」を使って,利用者を対象にした様々な講座を開催しているそうだ。例えば,「コンピュータ初心者講座」「インターネット入門」「ホームページをつくろう」「情報の調べ方」「インターネット利用におけるルールとマナー」など,いわゆるIT関連の講座が充実している。
  週2回ペースで何らかの講座が開催されており,例えば,勤労者を対象にした平日午後6時からのコースや,親子を対象とした土日の講座など,受講対象を考えて,曜日や時間帯を変えながら開催されている。どの講座にも「研修・学習室」の定員一杯の参加者があり,さらに受講待ちの予約者がどの講座もたくさんいるという。受講した利用者のなかには,より高度な講座を民間のコンピュータスクールで受けるようになる人も少なくないらしい。
  なお,講座は,テーマや受講対象に応じて,司書が講師をする場合と,ボランティアや外部の講師が担当する場合とがある。講座によっては,市内の生涯学習センターや公民館などとの共催や,近隣の図書館などとの共催もあり,「研修・学習室」に設置された遠隔会議システム(インターネット回線利用)が使われることもあるそうだ。
  Mさんは,来月開催されるコンピュータの入門講座を受けることを決め,早速,申込みをした。
いろいろな集会や行事もある
  講座等は,IT関連に限らず,多様なジャンルのものがある。ビジネス・法律など実用的なものから,文学・歴史など教養・趣味・娯楽までいろいろだ。講義形式,実習形式のほか,図書館以外の場所で行われる講座もある。
  特に,市内の公民館,博物館等の社会教育・生涯学習施設とは連絡会(メーリングリストでのやりとりを含む)が設置されていて,講座等を共催するなどしている。最近の例では,A市で盛んな「焼き物」について,公民館で焼き物職人の講座を開催し,図書館では関連資料の特設コーナーを設け,博物館では焼き物の歴史に関する特別展示が実施され,好評を博したそうだ。焼き物が趣味であるMさんは,今度開催されるときはぜひ参加してみようと思った。
  また,Iさんから聞いたとおり,衛星通信を使った大学の公開講座を受けることができることも教えてくれた。受講料も安く,ビデオの貸出もしているので,全国各地の大学の講座が受けられることにMさんは関心を持ち,近所の友人を誘って著名な教授の講座に参加しようと考えた。
講座以外にも,図書館では,いろいろなイベントを開催していることをWさんは教えてくれた。例えば,次のようなものがあるそうだ。
○偶数月は映画会,奇数月は鑑賞会を月1回(隔月)開催。
○読書会を月2回開催。
○展示会は月ごとにテーマを変えて実施。年2回は特別展示を実施。
○図書館まつりを年1回実施。
  このほかに,「研修・学習室」を使って,市民グループ(サークル等)が研究会を随時,開催しているらしい。
「遠隔学習」への支援もしている
  Mさんは,帰り際,自分と同じ年代の女性がなにやらレポートらしきものを一生懸命書いているのに気づいた。そういえば,国内外の大学院の学位がインターネットでの学習で取得できることから,社会人や高齢者,主婦など,普段,大学には通いづらい人々の入学が増えたが,そうした人々は大学図書館より身近な地元の公立図書館を学習の場としている,という新聞記事があったのを思い出した。
  e図書館でもこうした「遠隔学習」をしている利用者が増えているそうだ。特にコンピュータ室,研修・学習室はそうした人々の利用が多いらしく,図書館ではノートパソコンを貸してくれるので,閲覧机にある情報コンセントに接続してインターネットにつなぎ,大学のホームページと,図書館のホームページを同時に表示させ,図書館の作成した「学習に役立つリンク集」を使ってレポートを書いている者が多いようだ。
  e図書館では,通信制大学院を持ついくつかの大学と協力して,学期末の試験・レポートの時期に参考図書を複数揃えるなどのサービスを行っている。来年からは,大学からの資金的援助をもとに,指定教科書や推薦図書などについて,一般利用者用とは別の予算枠で購入し,いわゆる「○○大学コーナー」を設けることも計画している。
  図書館に足を運ぶことがむずかしいお年寄りにも遠隔学習システムは好評だという。「図書館友の会」が定期的に「盆栽教室」などの講座を開いているという。図書館の資料を背景にしっかりとした運営を行っており,その模様をインターネットでも配信するというものだという。講座に関する本も自宅から予約すると届けてくれたり,わからないことがあったら電子メールで質問できるなど,図書館に直接行って講座を受けるのと同じサービスが受けられるようになっている。
  また,e図書館では市の教育委員会と地域内のG中学校と相談の上,今年から不登校の子どもの遠隔教育システムについて実験的な取組を始めた。遠隔会議システム(インターネット回線利用)を使いリアルタイムで学校の授業を配信するとともに,子どもの求めに応じ図書館の資料を提供するなどにより,子どもの自立的な学習を支援するという。それを聞いたMさんは不登校の子どもが少しでも早く教室に戻れるといいなと思った。
「リンク集」も作られている
  帰宅したIさんたちは,夕食のとき,サッカークラブの練習から帰ったIさんの兄Jさんを混じえて,図書館でのできごとを話した。Jさんは,面白そうだといい,早速,インターネットでe図書館のホームページを見てみた。
  ホームページでは,「総合検索システム」を使って図書館の蔵書や各種データベースが検索でき(データベースの一部については,利用者番号が必要),デジタル化された郷土資料・行政資料などを見ることもできる。また,電子メールによる資料のリクエストも可能である。
  さらに,テーマごとにインターネット上の有用な情報源(サイト)を集めた「リンク集」が作成されていることがわかった。現在,A市の特産物である「焼き物」のリンク集(件数約500件)があり,「焼き物」に関する網羅的なリンク集として評判が高いという利用者の声が紹介されていた。約9割が県外からのアクセスだそうだ。
  また,A市には,1さんの住んでいるところのように,新興住宅地がいくつかあり,そうした地域では小さな子どもを持った世帯が比較的多い。これを受けて,e図書館のホームページでは,1年前から「出産・育児」に関するリンク集を作成,提供している。現在約150件であるが,地域に密着した出産・育児に関わる病院・行政などの情報に限定しているため,「困ったときにすぐに役に立った」などの声が寄せられているそうだ。
  ホームページにある説明によれば,このリンク集は,県立図書館が作成したガイドラインにそって,「出産・育児」について,有用で信頼性の高いサイトを職員やボランティアが厳選したものらしい。
  なお,県立図書館では,こうしたサイト集を分担して,県内の情報についての目的別リンク集を作り上げようと考えている。A市(e図書館)では「高齢者の健康」を担当,B市の図書館では「小学校の英語学習」を担当することになっている。
ホームページでの情報発信もしている
  ホームページでは,このほか,図書館の利用案内,開館日時,案内図,新着図書や集会・講座等の紹介・案内なども公開されている。集会・講座等は,電子メールで受講予約が可能となっている。
  e図書館ホームページには,現在,1日200〜300件ほどのアクセス件数がある。1/3ほどが県外からの利用だそうだ。また,ホームページには英語版もあり(英語に堪能なボランティアにより作成されている。職員が内容を確認したうえで,半年前から正式に公開された),「焼き物」についての質問の電子メールが海外から届くなど,海外からの利用も増えている。
  もちろんホームページは24時間利用できるので,夜間・深夜などの「閉館時間帯」にも100件を超える利用がある。
  さらに,携帯電話からも利用可能なページが設けられており,機能は限定されているが,蔵書検索も可能なため,好評を博している。
  なお,従来,紙(印刷物)で提供してきた「図書館だより」「図書館要覧」などは,ホームページによる提供に変わってきた。特に「図書館だより」はメールマガジン形式で登録した会員へ送付されている。
電子メールによるレファレンス・サービスもある
  Jさんは,ホームページで紹介されている図書館のサービスについて見てみた。レファレンス・サービスは図書館内の専用カウンターで行われているだけでなく,電子メールでも質問を受け付けていることがわかった。Fさんは,昼間出かけたときに,レファレンスコーナーに司書がいて忙しそうに立ち働いていたことを思い出した。レファレンスコーナーには,1日100件ほどの質問があるそうだが,これとは別に電子メールでも1日20件ほどの質問が来るという。電子メール以外に,電話でも実施しているが,A市居住者や通学・通勤者以外の利用者からの質問に対しては,居住地に図書館がある場合は,そちらに尋ねてもらうよう,促すこともある(ただし,「A市に関すること(地域情報・行政情報など)」と「e図書館がホームページで公開しているデジタル資料(貴重書など)に関すること」については,原則として回答をする),とレファレンス・コーナーに注意書きがあった。
  e図書館だけで回答できない質問は,県立図書館などに電子メールや電話で依頼をすることになっているそうだ。急ぎの場合は遠隔会議システムを使ってやりとりをすることもあるようで,このバックアップ体制は,利用者としては心強い。
  また,「質問・回答集(Q&A)」をデータベース化して,ホームページで公開している。現在,約300件のデータがあり,よくある質問は,このデータベースを検索すれば間に合うこともある。なお,全国の焼き物産地にある図書館と共同で,焼き物関係レファレンスのデータベースを構築する計画がある。今年はe図書館が幹事となって,現在,メーリングリストで,今後の進め方について意見を集約中とのことだ。
文献配送サービスもある
  図書館では,新着の図書の情報をメールマガジンで配信するサービスを行っている。現在,図書以外に雑誌や新聞の記事に対象を広げることを検討しているほか,利用者が自分の関心のある分野(ジャンル)を登録すると,その分野の図書や雑誌記事,新聞記事などの選択した情報を紹介するサービスも検討しているそうだ。こんなサービスは,デジタル化やネットワーク化が進む以前には人手がかかり,公立図書館ではとてもできない話だったが,今では容易になったということである。
  また,図書館では文献配送サービスも行っていることがホームページで紹介されていた。一部の雑誌の記事については,著作権者や出版者との契約によって,そのコピーを自宅や職場まで郵送やファックスで届ける,またはスキャナで取り込んだイメージファイルを電子メールによって届けるサービスが行われている。図書館の利用登録者に限り,所定の料金を払えば利用ができるそうだ。ただ,サービス自体が2ヶ月前に開始されたところで,提供可能な雑誌タイトルも現在は数タイトルしかない。
相互貸借サービスもある
  e図書館にない資料については,相互貸借サービスが利用できる。e図書館の分館とは毎日,コンソーシアムを組んでいる近隣の5つの市町村立図書館とは隔日で連絡車が運行しており,e図書館では所蔵していない資料が,早ければ即日,最長で2日で取り寄せられる。毎日,十数冊のやりとりがあるそうだ。また,県立図書館や県内の市町村立図書館とも相互貸借を行っており,概ね2日〜1週間で取り寄せが可能だという。こちらは毎週,数件のやりとりがあるそうだ。雑誌などは記事のコピーを取り寄せることができる。コピーも図書と同じくらいの件数のやりとりがある。さらには,国立国会図書館から図書を借り出すことが可能で,年に十数回の利用があるそうだ。
大学図書館とも連携している
  公共図書館だけでなく,隣のB市(県庁所在地)にあるX大学とY大学の図書館とも連携しており,県立・市町村立図書館にない資料や,取り寄せに時間がかかる資料は,紹介状を出して,大学で閲覧してもらう。紹介状発行は週に20件程度ある。県内の公立図書館や大学の図書館等との相互貸借が増えたのは,インターネットで公開された所蔵情報が,横断検索の対象となったことが大きいらしい。
  特にY大学とは協定を結んでおり,大学所蔵の一部の資料については,相互貸借で取り寄せが可能で,週に5冊程度の利用がある。コピーの取り寄せも週に5件程度。いずれも学術的な図書,雑誌がほとんどで,大学の通信教育課程に在籍している利用者が使うことが多いようだ。公立図書館側の郷土資料等はホームページでデジタル資料を見ることができるため,現物の貸出というよりは,大学生や大学教員が直接e図書館に足を運んで閲覧している場合が多い。
学校とも連携している
  また,市内の小学校,中学校,高等学校には,調べ学習などのために,依頼に応じて資料を提供したり(団体貸出),最近では学校の司書教諭と連絡を取り合って,司書が学校に出向いて,「地域の資料を調べよう」といった授業のティームティーチングを行うこともある。
  調べ学習などのために直接,来館して授業が行われることもある。司書は,館内ツアーをするなど,協力している(月に2〜3回)。特に依頼があった場合,資料を別置しておくこともある。学校の司書教諭や職員とは,電子メールなどで普段から連絡を取っている。学校図書館では,子どもたちが作ったデジタル資料などを蓄積しており,公立図書館が作った体系的なデータベースを活用しながら授業で使う教材づくりに役立てているそうだ。
  数年前から小・中学校の電子化も急速に進んでいる。1さんの小学校,Jさんの中学校も例外ではない、学校図書館でも所蔵情報の公開の動きは進んでいて,e図書館では郷土資料の目録データをダウンロードして利用できるよう便宜を図っており,郷土資料の小・中学校版の作成への協力も行っている。最近では学校の教員からの相談も増えている。
ネットコミュニティができている
  ホームページには「e図書館サポートクラブ」の文字があった。説明によれば,図書館では「e図書館サポートクラブ」という「サークル」(いわば,バーチャルな「図書館友の会」)を運営しているそうだ。これは図書館のIT関係の講習会の受講者等のなかからボランティアグループが発生し,生まれたものらしい。
  e図書館サポートクラブでは,図書館の運営しているサーバを使い,主に電子掲示板とメーリングリストによって,図書館に関する意見・発言やメンバー同士の情報交換が行われている。図書館の呼びかけに応じて,リンク集の作成に協力したり,図書館活動について意見を述べたりする。なかには,実際に図書館に出向いて,図書館のホームページの作成や更新に協力するメンバーもいる。
  e図書館サポートクラブのメンバーは,多少の出入りがあるが,だいたい300人ほどが登録しており,書き込みやメールの発信を頻繁にするアクティブなメンバーは数十人程度のようだ。特に図書館に実際に出向くメンバーが20人程度いる。ときどきメンバーの懇親を深めるため,実際に顔を合わせる会(オフ会)を開催したりもしているらしい。
  また,郷土資料を利用する者が参加する全国的なサークルや,市内に在住する子育て中の親たちのサークルなど様々なサークルもあり,メンバー同士がいろいろな意見交換をしているそうだ。
職員の研修や民間との連携なども行われている。
  ホームページでは,図書館の日常業務を紹介したページがあり,利用者には見えない職員の努力の様子が窺えた。
  e図書館では,県立図書館が開催する研修(年十数回開催)や国や県の教育委員会等が実施する研修(年数回)に職員が積極的に参加しているそうだ。特に国や県が実施するものは,約1/3程度がエル・ネットや遠隔会議システムなどを利用して,e図書館にいながらにして受講が可能になっているそうだ。 また,これらの研修の成果を踏まえ,館内で職員相互の研修も行われているそうだ。
  また,今年から市内にあるコンピュータ関連会社と新しいデータベースの開発について研究を始めたそうだ。利用者の利用動向や要望を聞きながら,他の公立図書館でも導入してもらえそうなデータベースの開発やインタフェースの改善を図るものである。また,市内の個人や企業からは,図書館がコンピュータを新しく導入するときなどに,寄付金が寄せられる。なかには,コンピュータなどの物品で寄付を受けることもある。現在,利用者用に設置しているコンピュータのうち20台は昨年の寄付や寄贈によるものだそうだ。
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  Fさん一家は,図書館が地域の住民,学校,各種施設,そして企業とそれぞれに関わりながら,従来の紙媒体等による資料・情報と電子化された資料・情報とを有機的に連携させ,「地域の情報拠点」としての役割を果たしていることを実感した。そして夕食後のひととき,これからも図書館をいろいろと利用しようと家族で話し合ったのである。

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