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道徳教育の充実に関する懇談会(第10回) 議事要旨

1.日時

平成25年12月2日(月曜日)13時00分~15時00分

2.場所

東海大学校友会館 阿蘇の間

3.議題

  1. 道徳教育の充実に関する懇談会の報告案について
  2. その他

4.出席者

委員

今田委員,押谷委員,貝塚委員,坂元委員,白木委員,鈴木委員,銭谷委員,高橋委員,土井委員,鳥居委員,中村委員,西村委員,長谷委員,細川委員,無藤委員,山縣委員(山田委員は欠席)

文部科学省

上野大臣政務官,戸谷大臣官房長,その他関係官

5.議事要旨

(1)事務局から配布資料1~3,参考資料の説明。
(2)議事に関する主な発言は,以下のとおり。

(道徳教育の意義,現状,目標について)

○ 我が国は伝統的に道徳を大切にしてきた風土等がある。本当に,今,道徳教育をしっかりやっていかなければいけないという意識を国民にもってもらえるような記述をすべき。

○ 道徳教育の充実は,単にいじめの問題の解決のために行うのではなく,昨今の日本全体の状況を見る中で,喫緊の課題であるという認識の下,幅広く検討を行ったという形で,いじめの問題への対応だけではないということを補足すべき。

○ 歴史的経緯に影響され,いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があるということは,かなり大きな問題。このことを反省し,検証すべき。

○ 今後どれだけ社会が劇的に変化しようとも,一人一人の自己の判断基準である価値観形成が必要。

○ 「道徳性」と「道徳的実践力」という言葉自体が大変分かりにくい。今後,学習指導要領を改正して,分かりやすく記述していく際に,こうした言葉をどうするかということも視野に入れておくべき。

○ 「道徳的価値」という表現は,違う言い方にした方が,もう少し分かるようになるのではないか。

○ 道徳教育が学校教育の中で十分に行われていなかった一つの理由は,言葉が一般化しなかったことによるのではないか。しかし,言葉を分かりやすくすることで,現在の道徳教育が,より行動を求めるものになる可能性がある。実践力に支えられて実践のできる子供たちを育てていくという考え方は,大切にすべき。

○ 道徳の時間の中に,スキルを身に付けさせるロールプレイングをするのであれば,特別活動とのすみ分けはどうなるのかというような,大きなカリキュラム上の問題が出てくる。

○ 宗教科では,教科書もなくて免許だけがあるという制度的にも異質なところがある。この機会に,宗教と「特別教科 道徳」(仮称)との制度的な関係及び宗教との在り方について検討を加えるという記述があってもよい。

○ 「補充,深化,統合」が,何を補充し,何を統合し,深化するのかということが余り理解されていない。この言葉を明確にすることで,他の教科等との関係性も理解できるのではないか。

○ 道徳教育は,自ら気付き,考え,判断し,意欲をもって道徳的実践ができる子供を育てていこうとするものであり,道徳の時間は,自ら感じ,考え,判断する,意欲する部分を計画的,発展的に指導するのだということを示すべき。

○ 他教科と道徳の時間のすみ分けをはっきりさせることで,道徳の時間は,より内面性が重視されるということが分かりやすくなる。
 
○ これまでの道徳の時間は,内面を育てるということが重視される傾向にあったので,今後は,行動ができるようになるということを取り入れないと,今求められていることが示せない。

(道徳教育の内容,指導方法,評価について)

○ 「特別の教科 道徳」(仮称)では,より効果的な指導を行えるようにすべき。例えば,知識理解に関する教育,行為や振る舞いに関する指導,また問題解決を図っていく学習も必要。そういったものをうまくつなげて,各教科等の学習と統合していけるように書いておくべき。

○ 児童生徒の発達段階をより重視した指導方法の確立・普及ということは,今回,内容,方法面で一番やらなければいけないこと。小学校低学年と中学校が全く同じような内容,方法での指導ではいけないということを明確に打ち出したということは大変よい。

○ 道徳の目標に準拠した評価と,数値による評価を整理して分けて記述した方がよい。目標に準拠した評価であれば,「関心・意欲・態度」の観点別評価,パフォーマンス評価,自己評価,総合評価,ポートフォリオ,ルーブリック評価等の多様な評価の在り方が可能になる。
 
○ 評価については,内心,内面に触れざるを得ない部分が出てくる。その際には,評価の目的,あるいは評価の利用方法について十分配慮が必要。評価を,児童や生徒自身が自らを振り返り,教師が指導の改善に用いるという,教師と児童生徒との相互作用の枠内で用いる限りにおいては,必要な面がある。その場合であっても,児童や生徒をラベリングするような用い方は避けるべき。その種の評価が入学者選抜等,他の判断,評価の基礎とならないように十分注意が必要。

○ 行動については,一定程度,評価,判断の基礎となるのはやむを得ない場合があるが,内心や内面それ自体を評価,判断の基礎とすることがないよう注意が必要。

○ 道徳性というのは,極めて多様な心情,価値,態度の下で成り立っているものであり,3段階や5段階など数値として区分けするのは難しい。

○ 数値的評価ではなくて,道徳性をより高めるための記述的な資料,情報という考えの下で,言語的な記述に基づくものだということを,より明確に記すべき。

○ 指導と評価の一体化が重要。子供に対する評価をどのようにし,指導を充実させていくか。そして,その成果として,子供の伸びをどういう形で子供に示していくのか。それが,通知表等における評価になる。

○ 道徳に関する評価というのは,内心,内面にわたるというのは,危険なこと。行動の記録などを中心にした評価ということにならざるを得ないのではないか。

(教材・教科書について)

○ これからの道徳教育において大事な視点は,教材を充実し,それを子供たちに提供するということ。そのための制度としては,検定教科書ということが一つの方策である。

(教員の指導力向上方策について)

○ 中核的な役割を果たせる教員が配置されるような方策等も考えるとともに,全教員の参画,分担,協力の下にという部分も書き加えた方がよい。

○ 中学校で道徳の免許となれば,その免許を取得している教師だけが道徳の時間を担当するという誤解が生じる。免許を担当する教師だけが道徳を扱うということは,我が国のシステムとしてはなじまない。

○ 諸外国でも中学校では,むしろ専門免許を取っているところが多い。最初からその可能性を否定するのではなく,これからの問題も含めて検討していくべき。

○ 道徳教育を充実させた大学教育の中での専攻,道徳教育コースの設置は積極的に進めるべきだが,現実問題として,免許と連動しない形での専攻,コースというものが設置される可能性がどの程度あるのかということも考えるべき。

○ 「特別の教科」が設置されても,大学の教員養成とうまく連動しなければ,つまり,大学が変わらなければ,「特別の教科」がうまく機能しない。

○ 発達段階に応じてより複雑な内容を教えるということになれば,教える方も専門性が問われる。専門性が問われるのであれば,それを専門的に勉強した教員が対応するということも,制度的には一応担保しておくべき。小学校と中学校の段階では違うが,内容をより明確に,より効果的に取り扱うためにも,専門性を持った教員が対応するという方向性も検討しておかなければ,実態としてはうまく機能しないのではないか。

○ 教員養成課程におけるカリキュラム改善と履修単位数の増加は必要。小学校教員養成課程と中学校以上の教員養成課程では,内容等は若干違ってくるが,今の2単位を増加させるという記述にしていくべき。

(学校,家庭,地域の連携の強化について)

○ なぜ家庭での道徳教育が必要なのか,地域との連携がなぜ必要なのかということを,もう少し具体的に書くべき。

○ 家庭での道徳教育が十分ではないということをはっきりと書くべき。学校も,学校で,不足している道徳教育をきちんとやっていくという形で,家庭への訴えかけを明確にすべき。

※報告案については,基本的に了承。最終的な取りまとめは,座長に一任。取りまとめたものを各委員に確認いただき,報告として確定することを説明して閉会。

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課

-- 登録:平成27年02月 --