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育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会(第13回) 議事要旨

1.日時

平成26年3月17日(月曜日)15時00分~17時00分

2.場所

文部科学省 3階 講堂

3.議題

  1. これまでの議論を踏まえた論点整理(案)について
  2. その他

4.出席者

委員

安彦座長,無藤副座長,市川委員,西岡委員,松下委員,村川委員,吉冨委員

文部科学省

前川初等中等教育局長,塩見教育課程課長,大杉教育課程企画室長,橋田教育課程企画室専門官,西辻主任視学官

5.議事要旨

(1)これまでの議論を踏まえた論点整理(案)について,事務局より説明があり,その後,意見交換が行われた。

【委員】 委員提出意見について,汎用的なスキルに関する御指摘については,私もこの例示で重要なものが押さえられているか気に掛かっていた。また,教科等の本質に関して今後オープンに議論していくべきという御指摘にも同意したい。

【委員】 教育目標・内容の整理に係るア~エの記述については,御提案のように簡略化し,補足1や参考4などの詳細については枠囲みに入れても問題ないのではないか。

【委員】 ア~エの順序については,カリキュラム全体で考えるのがア,次に重要なものがイ,エに関してはカリキュラム全体から各教科までを貫くものと捉えていた。順位付けは難しいが,原案のままでよいのではないか。

【委員】 ア~エをどの程度まで記述するかという判断は,論点整理(案)の性質にもよる。余り簡素にしてしまうと分かりにくくなってしまうため,「今後の議論の深化・発展をいささかも制約するものではなく,これまでの意見をまとめたものである」という注意書きをした上で,原案くらい書かなければ議論が先へ進まないのではないか。今後更に研究や議論を深めるための材料を提示したものと捉えれば,原案のように丁寧に書いても問題はないと考える。

【委員】 厳密に書きたいという御意見もよく分かるが,専門家と専門ではない人との間で受け止めが異なる。

【委員】 今回の論点整理は,答申のようにきちんと定めるものではなく,これまでの議論について枠外に整理しつつ,個人の意見も枠内に残すという趣旨のものであるため,具体的な方が読み手にも分かりやすく,議論の活性化にも資すると考える。

【委員】 順序については,ウ,イ,ア,エの方が論理的に自然。ただ,イの「教科等の本質」として,「転移可能な概念」と「複雑なプロセス」の二つに限定されるのかという点は議論が詰められていないため,例示であることを明記した方がよい。

【委員】 「教科等の本質」として括弧内の二つだけというのは違和感がある。「例えば」という語を加えることで膨らみを持たせた方がよい。また,全体としても,具体的な言葉がもう少しあった方が,議論の話題が分かりやすい。

【委員】 ア~エの記述の程度については,御提出いただいた修正案よりは,むしろ原案通りとし,何らかの注意書きを付すという御意見が多数ということでよいか。

【委員】 イについて,転移可能な概念と複雑なプロセス,本質的な問いの関係性を考慮すると,タイトルは「教科等の本質」のみとし,括弧書きの部分は「具体的には」の説明の中に加えてはどうか。

【委員】 一案として,「具体的には,各教科における包括的な『本質的な問い』とそれに答える上で重要となる転移可能な概念やスキル,処理に関わる複雑なプロセス」としてはどうか。

【委員】 「教科等の本質」の中に「転移可能な概念」を入れた趣旨は,「その教科の中で転移が可能な概念」という意味か。各教科を超えるものは入らないとすると,アは「教科を横断するもの」,ウは「教科横断ではない個別的なもの」,イは「教科の中ではあるが余り個別的ではない,ある程度転移可能な重要概念」という整理でよいか。

【委員】 汎用的スキルから教科に下ろしていく視点と,教科から汎用的スキルにつなげていく視点の両方で整理する必要性の観点から,定義は曖昧にしておいた方がよい。例えば,国語科で論説文を書く場合,国語科の本質に関わる複雑なプロセスである一方,教科だけで用いられるスキルではない点においては教科を超えるものとも捉えられる。

【委員】 改めて読者になったつもりで読んでみると,エのメタ認知は,心理学の立場から見るとむしろ教科を横断する汎用的スキルのようにも見えてしまい,メタ認知だけを取り出した理由が分かりにくく感じてしまう。

【委員】 原案では,教科を念頭に置いた順番で並べられており,エでメタ認知として教科を超えたものが置かれている。これとは逆に,アで汎用的な面を強く出していき,次第に教科における重要な概念,教科固有の知識やスキルの順に並べていく考え方もあり,議論の中でも委員によって見方が異なっている。注意書きとした方がよいか。

【委員】 この四つについては,点線枠囲みの中でそれぞれ具体的な事例を挙げて説明されているが,複雑なプロセスについては国語の作文,本質的な問いについては折れ線グラフなど,取り上げている事例が異なっている。これを,ある学年・教科の具体的な内容にそろえる形で説明した方が,違いが分かりやすくなるのではないか。原案は抽象的な論理でまとめられているため,一般の方が読んだときに十分に理解されない懸念がある。

【委員】 代案としてア,イ,ウの三つに絞り,エのメタ認知を「教科横断的に育成すべき資質・能力」としてアの中に入れ込んではどうか。アは教科横断的なもの,イは教科の中で本質的なもの,ウは個別的な教科の中における知識やスキルとして整理すると,教科の抽象度によって流れることとなり,一般の方にとっても分かりやすいのではないか。

【委員】 エの扱いについては,御提出の修正案では特段指摘されていない。

【委員】 反映版26ページの「育成すべき資質・能力と教育目標・内容との関係」(全般)の一つ目の丸が,本論点の関連箇所であり,汎用的スキルとメタ認知とは区別するのが一般的という御説明だったと記憶している。例えば,アの中に「教科等を横断する汎用的なスキル(コンピテンシー)やメタ認知に関わるもの」というように両方書く方法もある。

【委員】 当時の御説明の御趣旨は,アで挙げられている具体の項目群とメタ認知とでは少し性質が異なるということだと理解していた。教科横断的に育てたい資質・能力であるという点ではメタ認知も同様であり,アのタイトルとしての妥当性を問う議論ではなかった。

【委員】 それでは,アの「教科等を横断する汎用的なスキル(コンピテンシー)に関わるもの」の中に,まず問題解決に関わるものがあり,その下位項目としてメタ認知があるという位置付けになるのか。

【委員】 1,2と分けてもよいし,幾つか並べる中に,例えば「自己調整能力」のような形で加えると,明らかに教科等を横断して育てたい汎用的なスキルと読むことができる。「メタ認知」という言葉が異質なのは,他の用語が活動や行動,スキルを表す中で,「メタ認知」が内的過程を表す心理学の説明概念であるためである。「自己調整能力」や「メタ認知能力」という言い方をすれば,やはりアに含まれるものと考えられる。

【委員】 メタ認知とは,例えば,「ある問題解決をしているときに,この知識やスキルを使うことが正しいのかについて考えること」だとすると,アやウの活用に関して別の視点で物を見る見方であると捉えることができる。そのような整理であれば,メタ認知がアの中に含まれるのはおかしいのではないか。

【委員】 見え消し版の26ページに記載されているメタ認知の説明は非常に一般的。メタ認知には「メタ」という語が付いているように,自分の認知過程に関する認知であるが,アで挙げられている問題解決や論理的思考,コミュニケーションなどは,ある対象に対する認知活動である。したがって,形式的には,アで挙げられているものが認知活動であり,エのメタ認知は「認知についての認知」というように,レベルに違いがあるのではないか。確かに,教科を横断して汎用的に使えるスキルという面では,メタ認知も汎用的であるため,アと近い性質といえるが,「認知についての認知」という面では,両者は区別できると考える。

【委員】 アについて,委員提出意見にもあるように「認知的・社会的・情緒的」という言葉を補うべきではないか。

【委員】 ア~エの順序について,心理学の伝統的なやり方として,低位のものから上位のものへという流れがあるため,ウ,イ,ア,エの順の方が分かりやすい。

【委員】 汎用的なスキル(コンピテンシー)と,メタ認知や自己調整については,最近の考えではおおむね連続的なものとされている。したがって,両者を分けてもよいが,「教科横断的・汎用的」というように大きくまとめ,その中に複数の種類があるという書き方もできる。

【委員】 汎用的スキルとメタ認知を連続的なものと捉えるのは最近の傾向なのか。

【委員】 ここ20年ぐらいの間ではあるが,メタ認知がクリアな概念になってきている。

【委員】 メタ認知は「認知についての認知」であるという意見もあったが,両者には次元の違いがあると考えてよいのか。

【委員】 確かに次元の違いはあるが,程度問題と捉えている。
【委員】 ア~エの四つで考えるのであれば,順序はアとエがある程度連続的であるという御意見を踏まえ,ウ,イ,ア,エとした方がよいのではないか。

【委員】 アで述べられている問題解決や論理的思考,コミュニケーションにおいて,メタ認知が不可欠である点が引っかかる。アのような活動では,自らの解決状態やコミュニケーションに関する内省が重要である。メタ認知の中でも特に,自分の学習の仕方についての認知(モニタリングとコントロール)が不可欠だとすると,結局は自分の学び方についての内省と改善の問題につながってくる。この点については,学校でもよく「教科横断的に育てる力である」と言われるところであるため,アで「教科横断的」という言葉を用いるならば,メタ認知もアの中に入れたくなってしまう。

【委員】 ア~エの順序について,教科等の本質よりも,教科等に固有の知識,個別スキルの方が先に来るというのは余り好ましくない気がする。例えば,アを「教科等を横断する,認知的・社会的・情緒的などの汎用的なスキル(コンピテンシー)等に関わるもの」とし,その中の例示として,「問題解決,論理的思考」のところを「論理的・批判的思考」に置き換え,コミュニケーション,チームワーク,その次に情緒的なスキルの具体例を補い,「等」で締めることで,「これらの汎用的なスキルを発揮し活用するときには,メタ認知を伴った自己調整が行われる」という趣旨の記述とするのはどうか。アの見出しに「情緒的などの」を入れることで,「また」以下の一文が不要になる。そこに,代わりにメタ認知が密接に関わっていることを説明する一文を入れてはどうか。

【委員】 今提案いただいた修正案で,これまでの各委員の御意見は大体含まれているように思われる。

【委員】 「また」以下の説明にメタ認知と情意的なこととを併せて入れておくということか。

【委員】 「情意的」を見出しに入れるのであれば,むしろ「例えば」の方に,情意的なスキルの説明を入れた方がよい。委員提出意見にも,「教科等を横断する,認知的・社会的・情緒的などの汎用的スキル(コンピテンシー)に関わるもの」とある。

【委員】 メタ認知をアに加えるならば,例の一つとして,「また」以下に「これらを自律的に行うためのメタ認知能力等」などの形で入れてはどうか。「モニターとコントロール」という言葉は適切ではないかもしれないが,「自己診断して自分で改善していくためのメタ認知的な能力」という趣旨の記述を加えれば,「例えば」以下に例示した活動を具体的に行うために,自ら内省して改善していく力が必要であるということがうまく伝わるものと考える。

【委員】 「教科等を横断する汎用的な」に係るものを「スキル」に限定してしまうと,メタ認知とマッチしないイメージがあるため,「スキル(コンピテンシー)等に関わるもの」として,「等」でアとエの概括的な記述であることが読み込めるようにしてはどうか。

【委員】 「情緒的な汎用的スキル」のイメージが湧きにくいため,「チームワーク」の後に,情緒的な汎用的スキルの具体例を二つほど示した方がよい。

【委員】 「情緒的」よりも「情意的」の方がよい。心理学では,「情意的なもの」の極めて簡単なスキルとして,例えば,「眠くなったときに自分の目を覚ます」,「逆に興奮し過ぎたときに穏やかにする」などが挙げられる。これらは赤ちゃんから始まって大人でも必要なスキルであり,心理学用語で言うと「情動制御」ということになる。

【委員】 これまでの御意見を踏まえ,事務局にて文章化していただき,後日委員に御確認いただくこととしたい。確認すると,柱は大きく三つとし,エのメタ認知をアの中に入れることとしたい。順番については,原案通りでもその逆でも構わないが,資質・能力として強調したい重要性の観点からは,原案通りの順番の方がよいと考える。

【委員】 原案ではウのみ説明が全く書かれていないが,少し例を挙げた方が,アとイとの違いが鮮明になり,形式上も整うと考えるがどうか。

【委員】 ウは比較的分かりやすいという前提であり,下手に例示をすると,他の例はどうかという議論になりかねない。

【委員】 ウについて,前回の資料には「事実的」という言葉が入っていたが,今回削除されたのは何か意味があるのか。この記述は,後に出てくる参考4と対応したものであるため,ウで「事実的」を削除するならば,参考4も併せて対応させた方がよいのではないか。

【文部科学省】 御指摘の修正は,「事実的」とすると限定的に見えてしまう懸念があり,本来は「教科等に固有の知識」という形で広く捉えられるものと考え,事務方の判断で削除させていただいた。その観点では,個別的の「的」の部分も,同様の理由で事務方の整理の中で削除させていただいたが,こちらの修正の要否についても御確認いただきたい。

【委員】 今回の修正理由は,参考4の「知の構造」の図からそのまま持ってきてしまうと,特定の説の概念として使われていること,かつ,知識として事実的なもののみでは狭くなりすぎるという2点である。

【委員】 イではほとんど参考4の図と対応した形をとり,「本質的な問い」や「転移可能な概念」,「複雑なプロセス」などが挙げられている。もし,ウで御指摘のような気遣いをするのであれば,イでも同様の気遣いがあってもよいことになる。

【委員】 確かに,片方のみの配慮ではおかしくなってしまう。補足として参考4の図が後ろに入っているため,ウは元の「事実的知識」に戻すこととしたい。

【委員】 事務局の説明にあった懸念について,事実的な知識のみとすると,逆に概念的な知識はどうなるのか。事実的知識に含まれるのか。

【委員】 概念的な知識はイに入ると考えていた。

【委員】 ただ,細かな教科特有の概念的知識についてもウに含めたいという配慮から,「事実」という語を取ったのだと解釈した。

【委員】 「事実」を取った趣旨は御指摘の解釈のとおりと考えられる。個別的の「的」の削除については,「的」が入ることで広がってしまうという理由からか。

【委員】 参考4には出典が明示されており,どの委員の意見かが分かるものであるが,本文は委員の合意がとれる範囲にとどめておく方が有効であるため,参考4と厳密に対応していなくてもよいのではないか。

【委員】 確かに,イは参考4と対応しているが,ウは対応すべき参考や補足の部分がないため,結論としては「事実的」を取り一般的な「知識」のみとしたい。「個別的」についても,「的」が入ることで曖昧になるため,「個別スキル」とし,修正案については後に御確認いただきたい。

【委員】 溶け込み版の11ページの一番下の丸の2段落目の「具体的には,例えば」以下の文章について,「他者と協働する力など」のみ鍵括弧内に「など」が入っているのは,他と並びでおかしいため,取った方がよい。また,「グローバル化に対応する力(外国語によるコミュニケーション能力,日本の伝統や文化に対する深い理解など)」についても,異文化理解の重要性の観点から,「諸外国と日本の伝統や文化」と訂正してはどうか。

【委員】 溶け込み版12ページの上から四つ目の丸について,「人間の限界を踏まえつつ」とあるのは,環境問題などを考えたときに,人間が何もかもできるというような発想はやめてほしいという趣旨の御意見を反映させたものと記憶しているが,ここだけ見ると,発達可能性の限界を念頭に置いているようにも読めてしまう危険性を感じる。したがって,これを削除するか,そのような意味ではないことが分かる記述にした方がよいのではないか。

【委員】 「人間の限界を踏まえつつ」の部分は,最近の社会的な課題を考えたときに,人間の在り方をもう一回考えなければいけないという警鐘を鳴らす意味を含めたものであるが,確かに言葉が走っている感じはする。削除してもよいが,この問題意識をどこかに残しておきたい。点々の枠組みの中に書いておけばよいか。

【委員】 「踏まえつつ」という言葉が強いのかもしれない。あるいは位置の問題か。「人間の限界を自覚しつつ」ではどうか。

【委員】 「限界を」という言葉によって,発達可能性に制限を掛けてしまうニュアンスで読めてしまう点が問題ではないか。

【委員】 「最大限に発揮できるようにすることを目指し」とする案も考えられるが,枠囲みの外の文としては,なかなか難しい。

【委員】 この点は大きな議論になるため,「人間の限界を踏まえつつ」の部分をこの段落から外し,点々の枠囲いの中に個人の発言として入れていただきたい。修文については後日提出する。

【委員】 見え消し版の12ページについて,最初の白丸の後段では,社会の変化への対応として具体的に求められる資質・能力について,その二つ下の白丸では,学習意欲や自立の意識の観点で同様に重視すべき資質・能力について取り上げているが,「主体性」や「創造力」など,一部が重複している。ただ,両者は取り上げる角度が異なっており,原案のままでよしとするかどうか。

【委員】 前者は能力論を中心とした文脈,後者は指導論・方法論の文脈であり,一部の重複はあるが,主張していることは異なる。原案のままでよいのではないか。

【委員】 前者は「例えば」に続く形で例示されているが,後者はより全体的な方針を書いているため,具体的な中身としては同じであるが,分けておいてもよい。

【委員】 溶け込み版13ページの(「教科固有の要請」と「社会や経済の要請」との関係)の二つ目の丸のうち「すなわち,発達と個人差の視点から」の一文について,委員の御判断によるところではあるが,「個別の能力に応じて習熟度別でも何でもよく,有能な人は有能なように育てればよい」という差別的な解釈につながる危険性を感じたため,例えば,「発達と個性の視点から」に修正した方がよいのではないか。

【委員】 これは私の意見であるが,ここで言う「個人差」は能力差ではなく,質的な個人差を念頭に置いていたため,「個性」と修正しても問題ない。情報化やグローバル化の観点から,高い資質・能力の育成を求める要請が社会の一部からあるが,そこに焦点を当て過ぎると,社会全体として小学校から取り組む必要があるのか,あるいは,社会に出てからそれらの資質・能力がどれだけ求められるのかという議論になる。つまり,将来の生活における個人的ニーズには人によって大きな差があるため,○○能力を求める一部の要請があるからといって,それを義務教育段階のカリキュラムに含めるかどうかは慎重に考えねばならないという趣旨であった。また,発達の観点からも,本当にそれが必要だからといって,いつから始めたらよいかという議論は慎重に行うべき。「ただし」以下については,そうは言ってもレベルの低いことにとどめるという意味ではなく,ほとんどの日本人にとって必要な,これまでの日本の教育で不十分であったものについては,早くから重点的に取り上げてレベルアップを目指す必要があるということを指摘したかった。

【委員】 今の御説明を踏まえ,「個性」ではなく「個人的ニーズ」としてもよいか。「個人的ニーズ」の方が広義の意味になる。

【委員】 「ニーズ」という片仮名言葉では分かりにくさを感じる。「個人的必要性」でも構わない。

【委員】 見え消し版18ページの1番目の「諸外国における」から始まる丸について,2行目から3行目にかけて「『コンピテンシー』概念の能力形成で終わらせず」という表現があるが,日本語として違和感があるため,「『コンピテンシー』概念に基づく」のように修正すべきではないか。

【委員】 見え消し版18ページの1番目の丸の後段で,「無目的ないし無批判に『活用力』さえあればよいのではないことを明確にする必要がある」まではよいが,「『活用力』の効果を経済的だけに考えては,生き抜く上での『ずる賢さ』に流れる危険もあり,むしろ,人間の『生存の持続発展』に貢献するものでなければならない」の部分については問題があると思う。ここで言う「コンピテンシー」がOECDの「キー・コンピテンシー」を指すならば,「キー・コンピテンシー」は経済的な発展のみを考えて出されているわけではないため,この記述は正確ではない。また,同ページの三つ下の丸に,公正性や社会的統合,持続的発展性について追記したことと整合性を取る観点からも,一つ目の丸の「『活用力』の効果」以下については削除すべきではないか。

【委員】 見え消し版27ページの二つ目の白丸で「『統合的・文脈的アプローチ』の方に引っ張りすぎると,いわゆる『ゆとり教育』として批判を受けた前学習指導要領において,思考力ばかり強調された時代に後戻りしてしまう危惧がある」というところが引っ掛かる。前学習指導要領は思考力ばかりを強調していたわけではなく,教えるべきことは教えること,不易と流行(りゅうこう)ということも説明しており,この白丸の必要性が気に掛かる。

【委員】 この一文は,前学習指導要領の一部改正を行った責任者の一人として意識的に加えたもの。一部改正後は基礎・基本と思考力等のバランスをとる方向を明確化したが,それ以前は,基礎・基本については全体として非常にネガティブに受け止められ,総合ばかりにウエートが置かれて展開されたため,このような批判を実態として受けた。すなわち,学習指導要領自体の文言の問題ではなく,実態として批判を受けたということを前提でこの文章を考えている。

【委員】 「いわゆる『ゆとり教育』として批判を受けた前学習指導要領において」という言い方は慎重に書かれているが,前学習指導要領イコール「ゆとり教育」であると認めたかのような印象を受けなくもない。「思考力ばかり強調された時代」についても,時代としてはそうだったとしても,学習指導要領自体はある程度のバランスを考えて書かれているため,「こうした受け止め方があった」という指摘はよいが,もう少し慎重に書けないか。

【委員】 個人の意見として原案どおりということであれば構わないが,例えば,「統合的・文脈的アプローチの方に引っ張りすぎると,思考力ばかり強調しているとの誤解を受けてしまう危惧がある」という修文も考えられる。

【委員】 言いたいことは含まれているため,修文案で問題ない。

【委員】 見え消し版24~26ページで用語の説明が続いているが,一般的に使われている用語と,固有名を冠して使われる用語とが混ざっている。一つずつ出典が示されているが,例えば,24ページの「概念」や「転移」の説明については,わざわざ出典まで示さなくてもよいのではないか。一方,「複雑なプロセス」や「本質的な問い」は,ウィギンスやマクタイが用いたそれほど一般的でない用語であるため,出典を示した方がよい。また,26ページの「メタ認知」についても,一般的に通用している説明であるため,固有名詞は挙げなくてもよいのではないか。

【委員】 「転移可能な概念」については,用語自体が一つのタームになっており,意味を明確化する上では,「転移」と「概念」を説明しておかなければ,ターム全体がtransferable conceptであることが捉えられなくなってしまう。出典についても,辞典によって微妙に定義が異なっているため,「一般的な用語なのか」と問われることがないよう,正確に辞典の引用であることを示したかった。なお,「メタ認知」については,普通の方にはむしろ説明があった方がよいと考え,この定義を引用しているがどうか。

【委員】 24ページの「転移可能な概念」に関して,ウィギンスやマクタイが使っている言葉でありながら,「概念」や「転移」では別の論者の説明を引用している点に違和感を覚える。説明を引用するならば,ウィギンスやマクタイが用いている「概念」や「転移」の説明を使った方が,一貫性があるのではないか。

【委員】 「転移可能な概念」の定義を引用している文献には,「概念とは何か」という説明が載っていないため,他の文献の説明を幾つか組み合わせて記述しているが,主に『岩波 哲学思想事典』の説明をもとにしているため,著作権の観点から参照元として明記している。「転移」についても同様に特段の説明はなく,『心理学事典』の説明と,臨床心理で使われる場合と,『「学び」の認知科学事典』で使われる場合とで全て定義が異なるため,最も意味の近いものを参考に記述している。

【委員】 言語学的に見えるならば,最後の段落の「転移可能な概念とは」以下のウィギンスとマクタイの説明のみを残し,概念と転移の定義を取ってしまってもよいのではないか。

【委員】 原案くらいの説明があった方が無難と考える。「概念」も「転移」も一般の方には耳慣れない言葉であり,それぞれの説明があることで「概念」,「転移」があって「転移可能な概念」という新たなキーワードが出されたことが分かりやすくなる。また,一般的な言葉の説明を削除するとなると線引きが難しく,引用ではない形に書き換えようとすると書き方や執筆者の問題が生じるため,出典を明記した原案が最も無難。

【委員】 溶け込み版29ページの「重大な観念(big ideas)について」の中で,「テーマ(例:「勧善懲悪」)」と書いているが,余り好きな例ではないため,「平和・共生」に差し替えていただきたい。なお,ここで挙げる例は,教科を統一して示すことで各教科の専門家から異論が出ないよう,あえて混ぜている。

【委員】 溶け込み版33ページの下から2番目の丸について,「自分について」を「自分自身について」,「社会について」を「社会との関わりについて」,「自然について」を「自然との関わりについて」と置き換え,結びを「三つの柱で概括的に捉えて整理をすることも考えられる」としていただきたい。

【委員】 見え消し版46ページの差し替えた図について,本来この図はパフォーマンス評価とポートフォリオ評価についての説明図であるが,「ポートフォリオ評価」の文字しか出ていないため,一見どこがパフォーマンス評価なのかが分かりにくいように思うがどうか。

【委員】 パフォーマンス評価の範囲は論者によって異なり,今や「客観テストでも工夫次第で思考力,判断力,思考活用力を問う問題を作ることができ,それもパフォーマンス評価と言えるのではないか」という主張すら現れている。そこで,パフォーマンス評価とポートフォリオ評価のいずれかの囲みを削除することを検討し,論争的なパフォーマンス評価の方を消した方がよいと判断した。ただし,参考6の図の後ろで,知識やスキルを使いこなすことを求めるような評価方法が「パフォーマンス評価」である旨を説明しているため,パフォーマンス評価になり得る範囲についてはむしろオープンにしておきたいと考えた。

【委員】 参考6の図は,図の下に記載された2009年の出典の図とは異なるため,「2013年改変」などと書いておく必要がある。

【委員】 原案では図の下に「p.9参照」,図の左上の囲みの中に「配付資料を一部改訂」としているが,「p.9を一部改訂」に改めることとしたい。これに伴い,左上の囲みは削除した方がよいか。

【委員】 配付資料を使った証明でもあり,2009年の本からも配付資料からも一部改訂になるため,原案どおり残しておいてよい。

【委員】 見え消し版36ページの上から四つ目の丸の大手町小学校の取組について,一番下の行の「視覚カリキュラム」は,上越市の正式な固有名詞では「視覚的カリキュラム」であるため,「的」を追記することが必要。

【委員】 参考6の図について,前回指摘された問題点は「ポートフォリオ評価が全体を囲っているように見えることで,図全体がポートフォリオ評価であるというカテゴリー関係と誤解されかねないため,全体をポートフォリオ評価で囲むことはやめた方がよい」という趣旨であった。これに対し,「普通のペーパーテストであっても,それを時系列的に蓄積し後から振り返る使い方をすればポートフォリオになり得る」という回答であったが,本文と併せて読んでみても,そのように理解いただけるか心配である。

【委員】 図には表題を入れ,簡単な説明を付けてほしい。原案では,図が独自の情報を示しており,本文を読んでも図の説明がされていないため分かりにくい。本文の流れと図が対応するよう,説明を追記した方がよい。

【委員】 参考6の図について,これまでの御意見を総合すると,ピンクの囲みを全て取ってしまってはどうか。その上で,「パフォーマンス評価」は図には記載がないが,本文中で説明されているし,「ポートフォリオ評価」についても見え消し版47ページに説明があるため,「評価課題の分類」という見出しを付けられると思うがどうか。

【委員】 タイトルについては,例えば,「様々な評価方法」や「評価方法の分類」といったタイトルを付ければよい。「ポートフォリオ評価」を消すと,「1枚ポートフォリオ」も「プロジェクト」も消えてしまう。「1枚ポートフォリオ」は自由記述式の問題を組み合わせて1枚のシートにしたものであり,「プロジェクト」は書いたり活動したりする様々な取組を組み合わせるという,それぞれよい評価方法であるため,どちらも残しておきたい。また,図として見たときに,ピンクの部分を取ってしまうと,間が抜けた図になってしまう。

【委員】 この図が一人歩きしたときの誤解の大きさは計り知れない気がするが。

【委員】 可能であれば,図の下の参照注のすぐ上に,「*ポートフォリオについては様々な資料を時系列で収集・編集などするもの」のような説明を加える形でお許しいただきたい。

【委員】 「プロジェクト」は残してもよいが,「1枚ポートフォリオ評価」は削除した方がよいと考える。自由記述式の問題には,「1枚ポートフォリオ評価」に入るもの以外にも様々なものがあり,例えば,「コンセプトマップ」などは「1枚ポートフォリオ評価」と関係なく使われているものであるため,限定を掛けない方がよい。原案では,「ポートフォリオ評価」の説明として使うために「1枚ポートフォリオ評価」をここに位置付けているが,外側のピンクの枠を削除し,「1枚ポートフォリオ評価」も外してはどうか。ただし,「パフォーマンス課題」としてプロジェクト的なものが使われることもあるため,「プロジェクト」は残してもよい。

【委員】 思い入れのある部分であり,どちらも消したくない。合意がとれないのであれば,点線囲みの中に移していただけると有り難い。

【委員】 枠内に移してもよいが,結局はこの図がよく分からないという簡単な話であるため,いずれにせよ表題と説明を入れてほしい。極めて素朴な問題として,例えば,「ポートフォリオ評価」という言葉を左下に残し,ピンクの部分全体を「ポートフォリオ評価」であるとすると,上に乗っているものが「ポートフォリオ評価」の種類に見えてしまうため,異なるのであればその点を説明する必要がある。

【委員】 このような図は一人歩きしてしまうため,図を削除して文章化した方が逆に安全ではないか。

【委員】 御自身の御意見として,主な意見に入れるという方針を優先したい。確かに,解釈が多様にあり過ぎるとかえって誤解される懸念があるため,説明を加えた上で主な意見の枠に入れることとしたい。

【委員】 「1枚ポートフォリオ」という言葉がなくても,「自由記述式の問題」という枠が残ることは問題ない。つまり,「パフォーマンス評価」いうことで,ペーパーテスト的ではなくパフォーマンスで見ようとする評価がこれだけ多様にあることを見てもらうのが一番の目的。さらに,それを時系列にためていくことで「ポートフォリオ」という形式にもなり,振り返りなどにも使えることが伝わればよい。第一義的には現在の「パフォーマンス評価」の多様性を,二義的には「ポートフォリオ」という時系列的な要素を,それぞれ誤解のない形で図と表題に示し,本文に立ち返らなくても通じる形にしていただきたい。

【委員】 図中にKJ法が含まれているが,KJ法は一つの確立された考え方があるため,ここに入れることが適切なのか。実際,KJ法は複雑な情報整理の際の一つのツールとして使われているが,評価の方法ではないため,ここに入れない方が安全かもしれない。

【委員】 KJ法にしろ「1枚ポートフォリオ評価」にしろ,日本で編み出された方法として非常にユニークであり,世界に発信していくべき財産だと考えている。諸外国や日本の評価関連の文献を読み合わせた結果としてこの図を作っており,出典は全て図の下に記載している学事出版の本に掲載されている。確かに,KJ法は議論や思考などを整理することが主ではあるが,例えば,総合学習などで子供たちの発想の広がりなどを評価する際に非常に有効であるため,一評価方法としても使えると考えて位置付けている。

【委員】 溶け込み版43ページの最初の丸について,本文でいきなり「『知の構造』で言うところの原理や一般化」という記述がなされているため,「参考4,p.23」といった注記が必要。ただ,これが特殊な意見と位置付けられる場合は,主な意見の方に移してもかまわない。

【委員】 溶け込み版の44ページの【ルーブリック】について,二つ丸が挙げられているが,「評価基準は全てルーブリックであるべき」という主張ではないため,三つ目の丸として,「評価基準としては,ルーブリックとチェックリストを組み合わせて用いることが有効だと考えられる。個々の知識やスキルの習得についてはチェックリストを用いる方が適切であろう」という趣旨の記述を入れていただきたい。

【委員】 評価基準がルーブリックだけではないことは指摘した方がよいが,「個々の知識やスキルの習得についてはチェックリストを用いる方が適切」までは言わなくてもよいのではないか。

【委員】 「評価基準としては,ルーブリックとチェックリストを組み合わせて用いることが有効だと考えられる。」までを追記し,後ろの1文を取ることとしたい。

【委員】 溶け込み版45ページの一つ目の丸について,「『逆向き設計』論自体は,ミクロな設計とマクロな設計の両方を視野に入れており,マクロな設計レベルでいえば,いわゆるナショナルスタンダードを確定するところ」とあるが,実際の諸外国の例として,「逆向き設計」論が適用されるのはナショナルスタンダードに限らないため,「マクロな設計レベルにはいわゆるスタンダードを確定するところが含まれる」と修正いただきたい。「逆向き設計」論を適用してローカルスタンダードを開発している例や,国際バカロレアのようなインターナショナルスタンダードのところにも「逆向き設計」論が入っていることもあるため,「ナショナル」の削除をお願いしたい。

【委員】 6のタイトルについて,「学校全体としてのカリキュラム・マネジメントの促進と教員の支援」よりも,「教員への支援」として「へ」を入れた方がよい。

【委員】 見え消し版55ページの三つ目の丸について,削除されている文章のうち,大体は58ページに移っているが,「各校のカリキュラム・マネジメントを促進するための資料を国として作成することが必要」という意見がどこにも残っていない。国としてこういう資料を作りたくないという強い意思があれば別であるが,やはり,育成すべき資質・能力を前面に押し出した学習指導要領を改訂する場合には,各学校での取組と,それを支える指導資料が必要であることを強く主張してきたため,58ページの一つ目の丸の末尾に改行して,「そのためには,各校のカリキュラム・マネジメントを促進するための資料を国として作成することが必要である」という文言を入れていただきたい。

【文部科学省】 御指摘の修正は,59ページに「インターネット等による説明や資料提供の充実」という意見があるため,そこに全体として含まれるような位置付けで考えていたが,書きぶりについて検討させていただきたい。

【委員】 59ページの「インターネット等による情報提供」の記述は,諸外国において具体的な作成資料を随時発信している例を踏まえた文言だと捉えていた。やはり,きちんとした国の資料を紙ベースで作るべきと強く考えるため,どこかに残していただきたい。

【委員】 拘束力を持つものではなく,参考資料としてならば作る意味があると考えられるため,「参考資料」と明記するのであれば追記に賛成である。

【委員】 「参考」は付けなくてもよい。国が作成した資料の例として,総合的な学習の時間の場合は「指導資料」という名前を付けている。そのようなレベルの資料としてイメージ化しているため,現時点では「参考資料」ではなく「資料」という名前でとどめてもよいのではないか。具体的にどうするかについては今後の話であり,あえて「参考」という言葉は付けない方がよいと考える。

【委員】 この場合の「資料」は「マネジメントを促進するための資料」という意味か。「指導資料」は授業に使う場合の言葉ではないか。

【委員】 解説書や教師用の指導資料のようなものを意味している。総合的な学習の時間についても,解説書と,教師用の「指導資料」という名前が付いた小中高3部作がある。学習指導要領総則編では,各学校で教育課程編成を行うことが書かれており,総則編の解説においても同様の記載があるが,具体的に各学校でどのようにカリキュラム・マネジメントを行うかに関しては,現行学習指導要領の中では触れられていない。したがって,次の学習指導要領ではそうした記述を含めなければ,これまでの議論が実際の学校現場のレベルで実行されない懸念がある。

【委員】 実態として,多くの学校が様々なスタイルで取り組んでおり,もう少し効率的,効果的に行った方がよい事例も多いことから,資料の作成には賛成である。一方で,国として示される資料は,現場では往々にして非常に拘束力があるものと受け止められる印象があり,国立教育政策研究所の評価基準の資料も,「参考資料」と明示されていることで「たたき台にする」というニュアンスが伝わっていると考えられる。その観点から,やはり第一歩としては「参考資料」である旨を明示した方が安全ではないか。

【委員】 現場での受け止め方は飽くまで作り方の問題であり,何を作るかではなくどのように作るかを具体的に示すものである。「参考」を付けるかどうかは別にして,現時点ではそうした資料を国として作るべきという提案であるため,あえて「参考」という言葉は付けない方がよい。

【委員】 総合的な学習の時間の資料は,授業のためのものではないのか。

【委員】 授業というよりも,むしろ全体計画や年間指導計画,学校の体制,家庭・地域との連携などに関して,具体的な取組をどう作っていくかということが書かれている。子供に使うものではなく,教師が研修で使う資料として,「指導資料」という名前のものが小中高版の3種類作られている。

【委員】 現在国が作成するものの中には,「資料」と「参考資料」があるのか。その場合,両者は現場に対する重みやプレッシャーが異なるのか。

【文部科学省】 学習指導要領のように制度的に定まっているもの以外については,基本的には強制力のない「参考資料」である。ニュアンスが若干異なる名前が付いているものもあるが,位置付けとしては同様である。

【文部科学省】 国が出す資料は基本的に全て「参考資料」であるが,もし,実際には「指導資料」「資料」「参考資料」「補足資料」などのカテゴリーがあり,教育委員会や学校においてそれぞれ異なった受け止め方が定着しているとすれば,「参考資料」では弱いという御指摘も理解できる。一方,実態として,確かに名前は多様であるが,どれも参考資料であるという程度の受け止め方しかされていないのであれば,そこまでこだわらなくてもよいと考えられる。なお,総合的な学習の時間の指導資料の正式名称は,「今求められる力を高める総合的な学習の時間の展開」というタイトルの下で,「総合的な学習の時間を核とした課題発見・解決能力・論理的思考力・コミュニケーション能力等向上に関する指導資料」という副題が付いている。

【委員】 「参考資料」という名称で,国が出しているものはあるのか。

【文部科学省】 例えば,国立教育政策研究所の評価基準の関係では,「参考資料」という形で示している。

【委員】 あえて「参考」を付したり,「指導資料」などの名称を付けたりするのは何らかの意図があると考えられるが,現時点では資料の性格までは決められないため,そういったものの総称として「資料」というところにとどめた方がよいのではないか。

【委員】 基本的には,最も広い意味で用いられる「資料」という言葉でよいのではないか。

【委員】 御意見の御趣旨を踏まえ,「資料」について追記するのであれば,見え消し版59ページのどこかになると考えられる。「これからカリキュラム・マネジメントが資質・能力を重視するという上で大事である」という理屈を書いた上で,どのような施策を展開する必要があるかということで,後段に御趣旨を踏まえた記述を入れるとよい。

【委員】 追記する箇所については,先ほど,58ページの最初の丸の最後に入れたいという御意見であったため,それでよろしいのではないか。

【委員】 御指摘の箇所では座りが悪いと考える。

【委員】 見え消し版59ページの「このほか」から始まる丸が,「力量を高めていく上での参考資料」という観点から座りがいい印象がある。

【委員】 58ページの方が座りがよい。こだわるようであるが,6の後半は,教員個人に対する支援の必要性に関する指摘であり,58ページの一番上の丸は,各学校がそれぞれの条件を適切に活用し,教育課程や指導方法を不断に見直すことが求められる観点から,学校単位できちんとカリキュラム・マネジメントを行うよう支援すべきだという指摘である。やはり,「資料」に関する文言は後者の流れの中で追記する方が座りがよいと考える。

【委員】 村川委員の御趣旨を踏まえ,6の最初の丸の末尾に加えることでよろしいのではないか。

【委員】 溶け込み版50ページの下から2番目の丸において,「教師も実践において,表面的に異なる学習活動や領域が重要な観念のレベルでは」とあるが,「重要な観念」等の用語は「重大な概念」に統一しており,「重大な観念のレベルでは」に修正いただいた方がよい。

【委員】 各教科等との関係について,これまでの議論では,資質・能力をある程度整理・統合したとしても,資質・能力に応じた各教科等の再編成を行うということではない旨は,おおむね合意していたと認識している。その中で,見え消し版32ページの下から二つ目の丸で挙げられている大手町小学校では,まさに資質・能力の育成を目指した教科等の再編成が行われており,「各教科等の再編成を行うものではない」という本検討会での議論との関係でどのように位置付ければよいか。

【文部科学省】 論点整理(案)全体のトーンとしては,各教科等の再編は基本的には行わないという前提で書いており,例えば,溶け込み版29ページの下から三つ目の丸などにそのような趣旨の記述が出てきているが,本文中では余り明確に記載していない。

【委員】 溶け込み版32ページの(教科等の再編の可能性)に,主な意見として,最初の四つ目までは「教科等の再編成は行わない」という意見,五つ目に「深めて議論しなかったため今後検討すべき課題」,さらに,「現行の教科の枠組みを全く否定するものではないと少し書ければよい」,「うわさが流れるのは避けたい」というように並べられている。ここから,両論併記ではあるが,意見としては,再編は行わない方が多いことが分かるのではないか。

【委員】 溶け込み版32ページの記述により,教科等の再編の可能性について議論をしたことが分かる。結局,枠外の本文の方に明記していないということは,どちらとも言っていないということであり,それを言語化して本文に入れた方がよいかという問題になる。

【文部科学省】 大手町小学校の取組の記述は,事例発表の内容を事務方として整理させていただいたものである。

【委員】 大手町小学校の紹介が事例発表の整理であることは理解したが,資料2の25ページの本文の一つ目の丸には,「なお,育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容の構造を考えるに当たっては,『教育課程全体で育成すべき一般的な資質・能力を設定し,それを各教科等の中で,教科等の特質に応じてどう選択し具体化するかを検討する』という手順」とあり,各教科の枠組みを前提としていることが分かる。また,同じ丸の後段も,「『各教科等の中で重要な資質・能力(教科等別能力)を抽出し,その集積・結合・再編を通じて,教育課程全体でどのような資質・能力を育成していくかを検討する』との手順がある」とあり,教科からのボトムアップか,トップダウンによって教科を位置付けるかは別にしても,教科があることは大前提になっている気がする。したがって,暗示的には,「各教科を再編しようということではない」ということが全体のトーンとしてあると理解しており,明示的に書くかどうかは特段考えていなかった。

【委員】 この論点の書きぶりは,このままでよいと考える。本検討会の趣旨として,教科再編をするかどうかについて現時点で明示しない方がよい。個人的に教科再編をしたいわけではないが,小中高全てについて非常に細かく考えたときに,部分的な教科融合の可能性が100%ないとは言えないという観点から,この程度の書きぶりが妥当ではないか。

【委員】 大手町小学校の例は,飽くまでも資質・能力をベースとしてドラスティックに作り直したという例であり,こうした取組を行ってほしいという記述として誤解されるのは困る。

【委員】 例えば,「何年から何年までの研究開発学校」という旨を明記しておけばよいのではないか。

(2)座長より,全体としての基本的な内容については委員の同意が得られている旨確認があり,論点整理(案)のとりまとめについては座長一任とする旨了承された。

―― 了 ――

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-- 登録:平成26年08月 --