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育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会(第2回) 議事要旨

1.日時

平成25年1月21日(月曜日)10時00分~12時00分

2.場所

中央合同庁舎第7号館 文部科学省 東館3階 3F2特別会議室

3.議題

  1. 「<新しい能力>と学習評価の枠組み」(松下佳代委員より発表)
  2. 教育目標、指導内容、学習評価を一体的に捉えた教育課程の在り方について
  3. その他

4.出席者

委員

安彦委員、天笠委員、市川委員、奈須委員、西岡委員、松下委員、無藤委員、村川委員、吉冨委員

文部科学省

山下大臣官房審議官、塩見教育課程課長、神代国際教育課長、奈良参事官、大金教育課程企画室長、田中主任視学官、勝野国立教育政策研究所教育課程研究センター長、橋田教育課程企画室専門官

5.議事要旨

(1) 松下委員より、資料1「<新しい能力>と学習評価の枠組み」について発表があり、その後、質疑応答が行われた。

【委員】 小学生から社会人まで、また、初等中等教育から高等教育・職業教育まで広くつながりを意識してお話いただいた点が印象的であった。新しい能力についても、全体としてつながっているのか、それとも学校段階ごとに固有の課題があると捉えるかをお尋ねしたい。 

【委員】 これまで、初等中等教育と高等教育とは別個に議論されてきたが、特に最近、両者の議論には共通する部分が多くなっていると感じており、各学校段階における類似性と固有性を併せて見ていく必要があると考えている。例えば、大学の場合は、各学問分野の固有性が強く出るが、小学校の場合は1人の教員がほぼ全ての教科を担当するため、各分野を超えたつながりを見ることが重要である。また、職業教育では、職務能力に特化されるという限定性もあるため、各学校段階や領域の固有性を見ていく必要がある。これらの点については、今後この検討会の中で議論する必要があると思う。 

【委員】 ルーブリックについて、私自身は小学生から成人まで同じような枠組みで通して評価する方がいいと考えていたが、本日の話では、初等教育、中等教育、高等教育の各段階で基準を変えた方がいいという印象を受けたが、そのことを教えてほしい。今後の作業に当たって重要になる。 

【委員】 例えば、コミュニケーションや批判的思考などは、学校段階を問わず目標化されている。しかし、共通した能力概念を使って捉えられる部分もある一方で、各学校段階で特に重要なものもあってよいかと思う。一貫して同じ能力概念で通して見ることがいいのかどうかについて、この検討会で議論してほしい。 

【委員】 キー・コンピテンシーは、具体的な問題解決場面の中で実践的に培われていくものと思うが、結局は要素的・分析的に評価せざるを得ないところがあると思う。このあたりの矛盾についてどのように考えるか。

【委員】 オルターナティヴ・アセスメントの1つの評価法である、パフォーマンス評価においては、統合的な課題を設定する一方で分析的な評価基準を用いることによって、そこに表れている能力や学習上の困難さなどを見ていく。例えば、ピアニストの能力を見る際には、実際に演奏させて評価するが、訓練の際には部分的に取り出して練習するというように、つまずいた部分を特に指導することも並行して必要になる。

【委員】 ルーブリックやパフォーマンス評価については、前回の中教審の学習評価の報告書で頭出し程度に触れたが、十分に議論できなかった。次回、学習評価の改訂を図る際には、重要なポイントになると思う。パフォーマンス評価は、学習や授業での実践と結び付きが強いという意味で有効だが、信頼性や予測性は非常に低い。ハイ・ステイクスな試験や、国全体なり大規模に学習のレベルをチェックする場合にはあまり向いていない。その使い分けや組合せをどう考えるか。

【委員】 例えば、医学・歯学・薬学教育では、臨床実習を行えるだけの知識・能力が備わっているかをみるために、知識の獲得の程度を評価するCBT(Computer Based Testing)に加え、実際に患者を診察する場面をシミュレーションで設定し、そこで学生がどう行動するかを評価する試験(OSCE)が行われている。これは、標準化されたパフォーマンス評価である。したがって、ハイ・ステイクスであるからパフォーマンス評価ができないというわけではないが、ハイ・ステイクスになると、学生が「傾向と対策」的な学習を行うようになりがちであることが問題だと思う。これは世界的に見てもそういう問題がある。

【委員】 思考力を、現在の学習指導要領の思考力よりもう少し広げて考えたらどうかと提案されている点をもう少し詳しく聞きたい。思考力は一番上位の抽象的な概念としてはいいが、具体的な授業との距離が遠い。そこをどのように具体化するかが1つの課題だと思う。 

【委員】 思考力・判断力・表現力以外の能力として、大学教育段階ではあるが、例えば、アルヴァーノ・カレッジでは、8つの能力(資料1 P.23)の中に、意思決定における価値判断、グローバルな視野の発達、効果的な市民参加、美的な関わりなどが挙げられている。また、広い範囲の大学教育で目指される目標として、VALUEルーブリックの15領域(資料1 P.41)も参考になる。考え方としては、思考力・判断力・表現力を具体化してもよいし、他の能力を入れてもよいかと思う。

【委員】 音楽を例に、言語力の強調がかえって弊害となると指摘されている点は、同感である。言語活動は狭くなりすぎた面があり、音楽固有の言葉を日本語の言葉より広げて考えるべきであったと思う。また、学習指導要領の改訂でも、言葉と体験といっており、体験や感性、感覚などと結び付いた音楽固有の用語が問われるべきであろうと思うが、そのあたりをどう考えるか。

【委員】 各教科には、その文化領域ごとに固有の“言葉”がある。現在の表現力では、「言語活動の充実」という形で、日常言語としての言語活動に重きが置かれているので、各教科の文化領域の特徴を生かした表現がもっと注目されるべきではないかと思う。

【委員】 現状の社会で問題解決に貢献できることを出発点としているが、社会は変わっていくものであり、今後産業や経済の構造が変わっていったときに対応できるか。つまり、市民や家庭人といった能力の一般性・普遍性の広がりはどの程度のものか。また、現状の社会でうまくやれる人を育成することで、将来の社会が今の社会を再生産することにならないかというポリティカルな批判もある。

【委員】 その点は本当に重要な論点で、OECD-DeSeCoでキー・コンピテンシーを選択するときも随分議論になった。事実としての能力から価値(目標)としての能力に変えていくときは、必ず含まれなければならない視点だと思う。多くの場合は、「学習する能力」を入れることで対応しようとしている。能力を目標化する際にはどうしてもある社会をイメージしながら考えざるを得ない。本質的にその問題を乗り越えるのは難しいと思うが、これからどのような社会に変わっていくかという社会像を組み込みながら目標化するとともに、その社会を作り変えていく能力も併せて目標化していくことが必要かと思う。

【委員】 資料1のP.10に示されている能力は、50年前から求められていたものであり、学校でどう対応するかが課題となってきた。私自身はトータルな力を育成するというときに、コンテンツ(教育内容)自体をそれほど変えなくてもよいのではないかと考えている。しかし、それなりの指導や授業が必要だと思う。改めて大事だと思ったのは、アメリカの大学がルーブリックに取り組み始めたこと。日本の大学でも、例えば、松下先生の大学では、しっかりと目標を据えてルーブリックを作成し、その中に科目を位置付けていくという方向にあるのか伺いたい。

【委員】 日本の学校教育、特に初等中等教育では、確かにチューニング・プロジェクト(資料1 P.10)にあるような能力を身に付けようとしてきており、その意味で特に目新しさはないかもしれないが、これまでは意識しながら身に付けさせたり、特に重要な部分については評価したりといったことが、あまりなされていなかったように思う。私の知っている、ある小学校の先生は、前の教科では教師中心の授業を行ったから、次の教科では子ども同士の討論を取り入れてみようというように、教科を超えて、1日・1週間という単位で、子どもたちにどのような力を身に付けさせたいかを意識して授業を行っていた。このような視点で授業や指導を行うことで、より具体化しやすくなるのではないかと思う。アメリカだけでなく日本でも、既に具体的に取り組んでいる大学もあれば、ほとんどこのような取組を行っていない研究大学もある。今日は、新しい能力を直接的にカリキュラム化している典型的な例を紹介したが、カリキュラムの作り方としては、もっとバリエーションがあってもいいと思う。

【委員】 欧米圏においては、人格特性や態度を直接的な目標と設定したり評価対象にしたりするという発想はないと理解しているが、それでよいか。

【委員】 人格特性や態度を直接、教育目標にすべきではないと思う。こういう人格を育てたいという教師の思いはあっていいと思うが、それは具体的な教育活動に思いを盛り込むという形で、間接的に子供に作用していくべきものである。

【委員】 資料にある管理職のコンピテンシー・モデルでは、まさしく人格特性に入り込んで評価するように感じるが、経営の場面では誰がどのように人格特性の評価を実践しているのか。

【委員】 企業では、上司だけでなく、同僚や部下など、様々な人の視点で評価を行うというやり方を取っているようだ。そういった評価法を取り入れている大学もあるが、これを学校や大学に取り入れるのは不適切だと思う。

【委員】 本日の議論を踏まえ、発達的な観点、実行可能性と理論的厳密性との関係を詰めるとともに、「測る立場」からの議論と「育てる立場」からの議論との兼ね合いについて、本日発表いただいた内容を前提に今後進めていきたい。

(2) 教育目標、指導内容、学習評価を一体的に捉えた教育課程の在り方について、事務局から学習評価に関する補足説明、西岡委員から資料3「パフォーマンス評価について」の補足説明があった後、自由討議が行われた。

【委員】 思考・判断・表現という観点は、いわゆるB問題レベルのものと、レポートやプレゼンテーションのようなレベルのものとではかなりイメージが異なる。両者をどのように区別していくのかが今後課題になる。
  能力と内容をどうクロスさせていくか。高次の思考力・判断力・表現力についてはパフォーマンス課題で評価するというような発想が登場してきており、この整理は何らかの参考になるのではないかと思う。
  関心・意欲・態度については、2通りの位置付け方があると考えている。一つは、繰り返し課題に取り組む中で、一定のメンタリティや創造性が育つということが見られるので、個々の教科レベルに位置付けるのとは違うレベルで関心・意欲・態度を位置付けるという発想である。もう一つは、イギリスのナショナル・カリキュラムに見られたキー・スキルといった発想を取り入れて、教科横断的にどこかで身に付くように育成・評価するという発想である。
  諸外国においては、ルーブリックを大学入試といったハイ・ステイクスな評価にも用いている例がある。ただし、ルーブリックを用いる評価者の力量形成プログラムとセットにしないと使えないだろうとも思う。
  ポートフォリオを媒介にして総括的な評価の対象を絞り、その中身は授業中に評価するという発想を取り入れることで、現場における評価の負担減にもつながるのではないかと考える。 

【委員】 本当に達成(評価)すべき目標と、それぞれの学習者がこうなりたい、あるいは教師が授業を通して身に付けさせたいが厳密に評価する必要がない目標という、2つの目標が存在するということでよいかを確認したい。私自身ルーブリックを興味深く見ている。子ども自身が目標を設定し、評価をすることが学習改善につながる一方で、子ども自身の評価を教師がどこまで取り入れるか、目標と評価の一体化をどこまで守らなければいけないかが重要だと思う。

【委員】 現状の教育内容でも教育方法を工夫していけば、より高次な思考力や能力を高めることが可能だという話が実践的には出てくる。オーソドックスなタイラーのカリキュラム定義は「目標」「内容」「方法」「評価」であるが、日本の教育課程政策は、「目標」「内容」「評価」を基本としていて「方法」は現場の自立性と創造性に委ねている。前回改訂の際の言語活動も指導方法に踏み込んだものを記述する挑戦だったのではないかと見ているが、教育課程としてどこまで記述できるか議論せざるを得ない段階にある。

【委員】 検討会の視点として、目標、内容、評価とあるが、実は方法こそが非常に大事なのではないか。方法は非常に記載しにくいということは聞いたが、押し付けではなく、工夫してくださいという形で出すことが求められている。例えば、こういう目標に即してこのような指導方法があると示した上で、現場の教員がそれを参考に主体的に授業を組み立てるということもある。検討会の議論の射程に入ってくるかと思うが、そのような理解でよいか。

【委員】 学習指導要領の「指導計画の作成と内容の取扱い」には、指導方法のようなものを参考として示しているが、能力の示し方との関係においても、今までの示し方でよかったかという点も含めて、今後議論したい。

【委員】 実際に、目標をしっかりと設定し、その目標を達成するために、具体的に指導方法を議論している学校は効果を上げている。ただし、学習指導要領のレベルで指導方法について記述することは、各教科教育において様々な流派や流儀があるため、そのあたりが大きな障害になると思う。

【委員】 西岡委員の資料にある、包括的な「本質的な問い」がキーコンセプトになる部分だと思うが、これを学習指導要領の内容と関わらせて具体化することについてはどう考えるか。

【委員】 単元ごとの「本質的な問い」を学習指導要領で規定するのは非現実的だと思う。しかし、例えば、物理領域の内容の理解をどう深めていくのか、方法として実験をどうするかというふうに、学年を縦に貫くような形でつなげていくというレベルであれば、学習指導要領で包括的な「本質的な問い」を記載することは1つのオプションとして考えられるのではないか。

【委員】 これもいざやり出すと、特に社会科学・人文科学系の場合などではいろいろなものが出てくるので、ぜひ一度議論したい。

【委員】 一般的能力のルーブリックがあって、例えば理科におけるコミュニケーション、あるいは理科における問題解決を、学年を超えて縦に貫く。そうすると、小学校6年生における問題解決はどう理科の中で育てるのか。それは内容を育てることと組み合わせて考えられる。

【委員】 長期的なルーブリックでは、発達段階に応じて次第に能力が伸びていくモデルになっているが、例えばU字曲線のように、かつてできていたことが、一旦できなくなって、その後もっと高次のやり方でできるようになるという発達のプロセスをたどる場合もある。現時点では、そのような考え方がルーブリックに反映されていないので、発達論まで見据えたルーブリックの記述が可能かどうかについても考えていきたい。

【委員】 私は、発達段階に応じた積み上げの部分もあるし、そうでない部分もあるだろうから、どちらかに限定するのは非常に危険だと思っている。この点は幅広く見ていきたい。

【委員】 中学校、高等学校の定期テストでは、単語の穴埋めが評価の中心を占めており、少なくともパフォーマンスが全く評価されていないところ。普段のパフォーマンスをどう変えていくか。何か方策はあるか。

【委員】 実現できている例はあるが、カリキュラムマネジメントと併せて改革しなければ難しいかと思う。

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課教育課程企画室

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-- 登録:平成25年03月 --