修士レベルの教員養成課程の改善に関するワーキンググループ(第3回) 議事要旨

1.日時

平成24年11月26日(月曜日)10時~12時

2.場所

文部科学省16F3会議室

3.議題

  1. 教職大学院の教育課程の見直しについて
  2. 教員養成系修士課程の改善について
  3. 教職大学院における教員組織の見直しについて
  4. その他

4.出席者

委員

村山座長、加治佐委員、熊木委員、酒井委員、高田委員、竹原委員、長島委員、野木委員

文部科学省

常盤審議官、池田大学振興課長、藤原教職員課長、茂里教員免許企画室長、鍋島教員養成企画室長、君塚室長補佐、栢森専門官 ほか関係官

5.議事要旨

教職大学院のカリキュラム全体について

○ 教職大学院の最低取得単位数45単位は維持するという考え方に立ち,共通科目,選択科目の両方とも柔軟なカリキュラム構成とし,学生からのニーズだけでなく,教職経験や抱えている課題等を指導教員が見極め,履修指導することが重要。よって,学生ごとに履修する科目に大きな差が生じるため,個別の履修カルテ(ポートフォリオなど)を作る必要がある。

○ 各大学の資源,様々な地域のニーズに応じて,設置するコース及び対象学生を選定してはどうか。すべて揃(そろ)えられる大学は,ほとんどないだろうから,教科,生徒指導,特別支援,学校経営などの分野を選んで設置するとか,ストレート又は現職教員だけを対象にすることもありうる。

○ 企業と異なり,教師の場合は,新人への要求定義が,文科省の指導要領に基づいて指導ができることとはっきり決まっているので,入ってからでなくても教育できるはず。やめていく教員は,実習ができていないことが一番大きい要因ではないか。

○ ストレートマスターは,共通科目,教科,インターンシップを中心とした1年コースを必要として,教員の資格を得ることができるという形に持っていくべきではないか。

○ 現職の人に対しては,いじめの問題など現場だけではできない部分や管理職養成をやるべきだ。その際,専門的なとこに特化するべきで,共通科目は余り要らないのではないか。現場では2年間は出せない。

○ 日本ほど教育の中にICTが取り入れられていないところはないのではないかと思うので,ICT体系を取り入れていただきたい。

○ 1年だけの実践のインターン的コースでいいという議論はあり得るが,実際上,それは修士課程としていかがなものか。学位として最初から1年で設定するというのについては,今回の答申では柔軟な可能性も否定はしていないが,基本的には教職修士の課程と考えて,2年が基本という理解で行くものと考える。

○ 現職の中でも,管理職候補者と一般教員として学校に戻る方を,分けて考える提案はすばらしい。

○ 教育実践研究報告書(仮称)の作成と発表については,一般大学の修士課程と区別していく上でも非常に重要なものになっていくと考えるが,特徴である「理論と実践の往還」をどういうふうに担保していくかについて,明確な合意が今のところない。実習と演習の評価と単位についても検討する必要があるのではないか。

○ 協働する学校づくり,社会との連携ということについては,ベテランの教員でも新しい学びになるので,現職教員,ストレートマスターともに必修にすべきである。共通科目の必修の中で,現職教員,ストレートマスター両方が学ばなければいけないものは何なのか,今まで知っていたつもりだったけれども,今,求められているものとしてやらなければいけないものは何か,またストレートマスターにとっては,後天的に学べるものと,今,入れておかないと土台が崩れてしまうものは何かという捉え方で考えるべきだ。

○ ストレートマスターと現職の交流という言葉があるが,交流という段階ではなく,現場というのはまさにそういう人が混ざった組織であるので,ワークショップや実践を踏まえた学習をするならば,共に学ぶことが実践になるのではないか。文化が通じない,言葉が通じない若い職員が多くいる現場に戻って,組織を動かしていくのが管理職だと思うので,それが教職大学院で学べれば,1つのヒントとしてつながるのではないか。

○ 例えば医師養成だとコアカリキュラムというものがあり,卒業するまでにきちんと修得すべきことが非常に細かく設定されており,それに基づいてカリキュラムが組まれ国家試験もそれに準じて出されるという体制になっている。一方,教員養成もプロフェッショナルをつくるという意味であれば,そういうものを念頭に置いた上で設計していかないといけない。名前は教科になっているものの中身がよくわからない,先生の好きな研究をしているだけじゃないかという批判が多いようだから,きちんと教科の教育をしているのだということを見せていく必要があるのではないか。

○ 新しい形の教職大学院で獲得されるべき高度専門職としての教師の資質を具体的に書かなければならない。学部は今,教職スタンダードとして各大学で詳細なモデルカリキュラムをつくっている。修士についてもちらほら出ているが,教職大学院について,今回包括的にそれを打ち出さなければ,何のためのコースなのか,教職大学院なのか,改革をするのかということが見えてこないと思う。

○ モデルカリキュラムは基本中の基本であり,現在でも,教職大学院の多くは,それが公になっているか,一般化されているか,知られているかどうかは別にして,内部的にはそういう共通認識を持ってやっていると思う。ただ,これがコアカリキュラムと言われるわけであり,共通性を持たなければいけないので,学部ではいろいろな大学が取り組んでいるが,大学院レベルでも,教職大学院でも,そういうものを明確に打ち出す必要がある。

○ 教職大学院において各科目や各講義を深めていくのは,現場ともっと連携をとれば,大学に常に座っていなくてもできるのではないか。

○ ストレートについては免許を既に持っているので,学校の中でほかの教員と一緒に協働して授業をして,腕を磨いていくということは可能。それを徹底したのが福井大学の学校拠点方式であり,一気に全てでやるべきとは思わないが,より学校の場を学びの場に日常的にしていくということを今後強調していきたい。従来型の大学講義が大学人としてはどうしても頭に浮かんでしまうが,学校をベースにした教育課程を高度専門職養成としてもっと工夫してはどうか。

○ 4年制で教員養成にかかわっている者から見ると,今回の答申でなぜ修士レベル化でなければならないかが示されているところであるが,修士レベルで何を,どう学べば,新しい力がつくのかというところを,より明確に示していく必要がある。そのためには,共通科目の見直しももう少し必要なのではないか。特に,従来の4年制でもできていることに加えて,例えば新しい学習方法をきちんと指導できるような指導力をつけるために,修士レベルでやらなければいけないとか,複雑な状況の中で,より実践的に対応できる指導力を高めなければいけないとか,あるいは,新しい課題についての対応とか。共通科目のところも,従来のようにただ並べるだけでは,必要性がなかなか見えてこない。

共通に開設すべき授業科目について

○ 共通科目の履修範囲,取得単位数について,現職の教員とストレートマスターと区別するべきである。ストレートマスターについては,現行5領域の範囲が変わろうと,全ての領域を必修とすることになるのではないか。現職の教員については,それぞれの課題に応じて一定の領域(少なくとも2領域以上)を必修とする。取得単位数は,共通科目ではストレートマスターより現職教員は少なくなるであろう。連動して,選択科目の取得単位数はストレートマスターより現職教員は多くなる。

○ 共通科目は今の5領域をそのまま維持し,加えて,現代的教育課題(いじめや特別支援教育等)に関する理論と実践など,学校現場を取り巻く状況に関する領域を加えてはどうか。

○ 共通科目の単位についてストレートマスターが何単位までかということは検討する必要がある。

○ ストレートマスターは現行の単位数でいいのではないかという意見もあるが,ストレートマスターも,中高になると,専門的科目が手厚く必要なので,メスを入れた方がいいと思う。

○ 共通科目の単位数をストレートマスターについても減らすと,一般の修士課程との違いというものがあやふやになっていくのではないか。ストレートマスターについては多めでいいのではないか。

○ ストレートマスターについて多めに設定してもいいと思う。基本の考え方として,アメリカのプロフェッショナルスクールは全てそうなのだが,ストレートマスター,現職教員にかかわらず,個人の課題やニーズは様々である。免許を既に持っているわけであり,そのときに持っている力量とか課題はそれぞれなので,それに応じて履修指導が大事であることを忘れてはいけない。個人ごとにカリキュラムが違っていてよいのだということが基本になる。

コース専門科目について

○ 教科専門の科目について,ストレートマスターの中学校・高校の教員希望者が多く,小学校教員希望者が少ない教職大学院では,中学校,高等学校の教科の専門性を高めるためのカリキュラムの充実が必要との指摘もあるが,その教科専門の科目を教職研究科のカリキュラムに設置することを検討した場合,全ての教科について科目を用意することは人員的にも財政的にも科目数や教員配置の点で私学にとっては難しい。また,それを充実させていくと,教育学研究科との違いも不明確になる。

○ 多様なコース等の設定について,現職教員とストレートマスターを分けて考える必要があるのではないか。ストレートマスターは,教職大学院を修了して教員になったときに,どんな学校に配属されるか,それから配属された学校でどんなことが求められるかというのは,配属されてみないとわからないところがあり,コース化するのがいいのかどうかという考え方もある。

○ もしコース化した場合には,それに関連した実習をやることになるが,学生が多い場合に,例えば教科指導ということで実習生を受け入れる連携協力校が確保できるのか,生徒指導ということを課題として実習をする連携協力校が確保できるのかという問題がある。

○ 現行案では,教科指導コースと生徒指導コースに分けてあるが,授業の中で子供のことを理解する児童生徒理解は,教育相談や特別支援教育の分野だが,授業,教科指導の中に必要な力でもある。一方,生徒指導を中心に行っている先生も当然授業を持っている。あなたは生徒指導,あなたは教科指導とどこまで特化するのか,それとも教員は両方を求められているのだと定義するのか。

○ 特別支援教育コースについては,現在,特別支援学校の教員は行き場がなかなかないと聞いているので,価値があると思うが,特別支援学級の先生はどうするのか。また,免許を持っていないが,特別支援学級などに割り当てられている,普通免許を持っている教員はここに入れるのかどうかというところも論点となる。

○ ストレートマスターについては,現実的に小学校だけでなく,中高も教科を入れて考えなければならないときに,教科ごとに枠組みをつくっていかざるを得ないのではないか。小学校の先生も,例えば数学と国語など一部科目だけでなく,ほかのコースの人々と一緒に,いろいろな複数の教科を受けていくことになると思う。その中で,自分の得意の教科をつくっていくという考え方に立っており,それに応じた実習も組むことになる。

○ コースの設定については,既に大学独自の具体的コースを設けているということが広く見られるが,今回は,特にストレートマスターなどを念頭に置いて,教科をメインにした教育課程もできるようにするというのが主なメッセージである。コースの設定という考え方については,誤解されないように,中身についてもう少し書き込むなど注意が必要。

○ 今回の新しい方向性として従来のジェネラリストだけでなく,教科のプロもつくろうという方向が出ているが,その場合,各教科,種類がたくさんあり,ストレートマスターと現職教員を別々に考える必要も,場合によってはあるだろうと考えると,相当多くのリソースを入れないと,いいものができないのではないか。私学だけでなく,地方の国立大学教育学部あるいは教育学研究科にとって,なかなか難しい話になる。

○ 既存の修士にない教科の指導力を持った中高の教員のためのカリキュラムとしては,かなり教科内容に行くべきだ。共通的な授業法,生徒理解ということを含んだ総合的な,ジェネラリスト的な側面の教職大学院のよさを生かした,中高も含めた教科指導というイメージをどうやってつくるか。これは,共通科目を何単位に設定するかにかかわってくるものであり,今,45単位の修了単位の中で共通科目が20単位,実習10単位ぐらいであり,コース専門科目は10単位しかない。せめて共通科目を10単位ぐらいにして,コース専門科目を20単位ぐらいにしなければ,中高の場合は教科指導を入れた意味がなくなる。

教員養成系修士課程との関係について

○ 教職大学院と一般大学の修士課程については,教職大学院に教科専門の科目を導入し,一般大学の修士課程に,「教職実践に関する科目」を導入する場合,両方が充実すればするほど課程の違いがあやふやになってくるし,中途半端になってしまうおそれもある。

○ 教員養成を教育学部のミッションとして考えるとき,それは教職大学院を中心としてやるのか,今まである修士はどうするのだということまで一緒に考えていかないといけない。今までの修士の教科教育の教員を,教職大学院へつぎ込んで,教員養成に全力を尽くしていただこうという枠組みを考えているのか。

○ 私なりの考えでは,今は一気に既存の修士課程も教職大学院化して全部改編するということは現実的ではなく,教科指導を入れていくというやり方には,幾つかのパターンがあると思う。3つぐらいがパターンとして考えられ,例えば,前回報告があった山梨大学のように,地域でニーズが高い理数科教育指導あるいはICTなど特色ある教科に関するコースを一部大学・地域で設ける。2つ目は英数国社理をやるなど二,三の教科指導,地域・大学で得意な分野について設定する。それから,計画的に二~五年の間に徐々に年次的に移行していく大学もあり得る。一律に号令をかけてやることができるような筋合いのものではなく,今回大事なことは,教科指導をきちんと位置づけて,新しい教職大学院の在り方を示していくことである。

○ 教職大学院の教員設置基準等を余り緩めてしまうと,教科指導コースが既存の大学院のように薄まきになってしまったら何のためにやっているのかわからない。一方,教科教育専攻の大学院も,一部のところでは,それぞれの教科の教員養成に役に立つ人材をつくらなくてはならないと頑張っているところもある。

○ 既存の修士はかなりの必要教員数になっており,特別支援とか,いろいろなものを入れると,85あるいは95とも言われている。既存の教育学部の修士課程と教職大学院との関係をどうしていくのかが大きな課題として残っている。この議論に関しては,大学教員の都合でという発想は乗り越えなければならない。日本の教員養成の質をどのように高めるか,そのために,今,経済的にも厳しい環境の中で,どうやって資源を有効に使って大きな転換をしていくのか考えていく必要がある。教育課題が複雑で多様化する中で,修士化という方向が基本的な将来方向として出たわけだが,それに向かって一歩をどう進めるかというときに,既存の修士と教職大学院が自分の都合だけで足を引っ張り合ったりすることは適切でない。

○ 今の教職大学院は学校教育専攻の設置基準の1.5倍ということが基本であるが,今度,教職大学院に教科が入ってくると,教科の必要人数が下がるのかもしれないが,それに1.5倍するという考え方は変わらないのか。いずれ教員養成系の修士課程は全て教職大学院になっていくということが基本であるといった場合に,今の教職大学院の人数というのは修士課程がもとになっているので,修士課程を下げると教職大学院もおのずと下がっていくことになる。特に教科が入ってくると,教科ごとに人数が決まっているので,これは重要な問題になる。

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