暴力行為のない学校づくりについて(報告書)

平成23年7月
暴力行為のない学校づくり研究会

はじめに

平成21年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によれば、小・中・高等学校における暴力行為の発生件数は約6万1千件と、前年度(約6万件)より約1千件増加となり、平成18年度以来連続して増加するとともに、小・中学校においては過去最高の件数に上っている。特に、小学校における暴力行為の発生件数は、7,115件で、その増加率は9.7パーセントであった。

暴力行為の増加の要因については、児童生徒の成育、生活環境の変化、児童生徒が経験するストレスの増大、最近の児童生徒の傾向として、感情を抑えられず、考えや気持ちを言葉でうまく伝えたり人の話を聞いたりする能力が低下していることなどが挙げられ、同じ児童生徒が暴力行為を繰り返す傾向などが指摘されているところである。その背景には、規範意識や倫理観の低下、人間関係の希薄化、家庭の養育に関わる問題、あるいは映像等の暴力場面に接する機会の増加やインターネット・携帯電話の急速な普及に伴う問題、若年層の男女間における暴力の問題など、児童生徒を取り巻く家庭、学校、社会環境の変化に伴う多様な問題があるものと考えられる。

本研究会においては、教育現場における暴力行為への効果的な対応の在り方について、暴力行為に至る児童生徒の抱える問題や暴力行為の発生した学校が抱える課題に関して協議したほか、暴力行為発生後の対応により落ち着いた学習環境を取り戻した事例についてヒアリングを行うなど、様々な観点から検討を行った。その過程において、学校の指導体制の重点に関する協議とともに、児童生徒が暴力行為を通じて訴えようとしていることは何かなど、暴力行為に至る原因等についても十分な配慮がなされる必要があること、発達上の課題など配慮を要する児童生徒についての教職員の十分な理解が重要であることなどを踏まえ、学級(注1)づくりの観点からの対応などについても協議がなされた。

検討を重ねる中で、暴力行為に対する実効的な対応を図ることは、学校における児童生徒の学習環境を改善することになり、ひいては不登校やいじめといった暴力行為以外の児童生徒の問題行動等の改善にも資することが確認された。

本報告書をまとめるに当たっては、現在、暴力行為への対応に苦慮している学校の参考となるばかりでなく、暴力行為が表面化はしていないが、何らかの対策を検討している学校や教育委員会においても活用していただくことを想定した。また、近年、若い教職員の割合が急速に増加している地域も見られることから、改めて暴力行為への基本的な対応についても内容に加え、この問題に関する一般的な研修に役立つよう配慮した。

さらに、近年の傾向として、暴力行為の低年齢化が指摘されていることから、特に小学校段階からの一貫性のある指導について重視し、「学校種間の連携」の項目を設けたところである。

なお、できるだけ教育現場の参考となるよう、実際に学習環境の改善に取り組んだ学校の事例や、暴力行為の減少に向けてチームで学校を支援している教育委員会の事例、既往の暴力行為に関する実践研究資料の抜粋などを加えた。特に、実際の改善事例については、各学校・教育委員会の日々の御努力が切実に伝わってくる、大変参考になるものと考えており、多大の御協力をいただいた学校・教育委員会に深く感謝する次第である。

本報告書では、以上のような趣旨から教育現場における暴力行為への効果的な対応の在り方の基本を示したものであり、各学校における創意を生かした指導に役立てられることを期待するものである。

1 「暴力行為が発生する学校」を「落ち着いた学習環境」に改善するための基本的な考え方

(1)指導に当たっての基本的な考え方

ア 基本姿勢

学校の秩序を乱し、他の児童生徒の学習を妨げる暴力行為に対しては、児童生徒が安心して学べる環境を確保するため、適切な指導、措置を行うことが必要である。(参考:「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」(平成19年2月5日付け18文科初第1019号文部科学省初等中等教育局長通知))

児童生徒に関わる暴力行為については、従来と同じ指導では、これを防止し、あるいは効果的な指導が難しい例が増えている。

各学校においては、生徒指導を進めていくために、教職員それぞれの立場から児童生徒理解を深め、暴力行為の背後にある要因を踏まえた上で、児童生徒の内面に迫る指導を進め、関係機関等との連携の下、この問題の抜本的な解決に取り組むことが大切である。特に、暴力行為が発生した場合には、教育的配慮を根底に置きつつ、毅然とした姿勢で加害児童生徒への指導に臨み、全ての児童生徒が学校生活によりよく適応し、充実した有意義な学校生活を築けるようにすることが求められる。

イ 個に応じた指導

個々の暴力行為の背景には、児童生徒の抱える様々な課題、個人を取り巻く家庭、学校、社会環境などの要因があるものと考えられる。その指導の際には、関係する児童生徒の多面的、客観的な理解に立ち、自己指導能力を育てることに重点を置いて教育的に指導を進めることが必要である。

暴力行為を起こした児童生徒への指導では、とかく対症療法的指導になりがちである。表面化した暴力行為の沈静化を図ることは重要であるが、当人への事後の指導や、再発防止に向けた予防的指導の観点からは、個別な事情を抱えた児童生徒への配慮の下、児童生徒の内面に迫る指導を行い、また集団に対する指導もきめ細かく行い、抜本的な解決を目指すことが求められる。

一般的に、児童生徒は、学校内外の多様な集団の中で諸活動を展開し、個性の伸長が図られていくが、暴力行為の加害者となる児童生徒は、相手の気持ちが分からない、自分の思いを伝えられない、自分の感情を抑えられないなどの課題を抱える場合が多い。これらの児童生徒に関する理解が不十分であるために、教職員や周囲からの指導・援助が不適切なものになり、暴力行為に至る事例も見られる。

それぞれの学校の体制、児童生徒や家庭・地域の状況に応じた具体的な指導を進めるためには、暴力行為への指導経験が乏しい教職員を含め、学校全体で指導の考え方を共有し、指導を十分に機能させるための体制を構築していくことが必要となる。

ウ 教職員と児童生徒の人間関係の重視

教員は、教科の学習指導の専門家であるだけにとどまらず、教育全般の専門家であることは言うまでもない。このことから、問題の有無に関わらず、一人一人の児童生徒の人権に配慮し、教員と児童生徒、児童生徒間で、信頼関係に基づく好ましい人間関係が成立するように努めることが肝要である。

また、管理職や生徒指導主事(注2)等だけでなく、全ての教職員が生徒指導上の諸問題を自分の問題としてとらえ、日頃から関心をもって自主研修に努めるとともに、校内研修の質的充実を図っていくことが求められる。

学校全体として児童生徒理解を深め、生徒指導に関する指導力の向上を図っていくためには、事例研究、具体例に則した実践課題、対処スキルの獲得・向上を意識したワークショップ型研修などが効果的である。また、それぞれの学校における暴力行為発生時の対応指針を明確にし、全ての教職員の間で共通理解を図り、意思統一を行って組織的対応の整備をすることが重要である。

エ 新しい傾向の暴力行為への対応(家庭や関係機関等との連携による対応)

近年の暴力行為の状況を見ると、その背景には、児童生徒の学校外における活動範囲の拡大や、インターネットや携帯電話の普及に伴う問題などがあり、その指導には、学校と家庭や地域社会、関係機関とをつなぐ行動連携のシステムづくりが必要である。

学校が、暴力行為の問題に適切に対応するためには、日常から関係機関等との連携を密にすることによって情報を収集し、新しい傾向に対応できる指導体制を整備するとともに、家庭訪問をするなどして保護者と十分に話し合い、学校の指導方針についての理解と協力を得ること、信頼関係を確立することが不可欠の要件である。また、地域社会の青少年関係機関等と有機的な連携を保ち、協力関係を築いていく努力も必要である。

(2)校内指導体制の在り方

学校の規律が保てなくなった状態を検証すると、往々にして以下のような課題が浮かびあがってくる。

○児童生徒理解の不足…暴力行為を起こす児童生徒の抱える問題の理解不足

○指導方針に対する共通理解・認識の不足…学年間や個々の教職員で指導方針がそろわない

○個人の力量に頼る指導…一人で問題を抱え込む、対症療法的な指導           

○生徒指導重点目標及び指導基準の不明確さ  

校内指導体制については、全ての教職員が共通理解した「どのような児童生徒に育てるのか」という目標の下、児童生徒に対して毅然とした粘り強い指導が求められる。また、校内の生徒指導の方針や基準を定め、年間指導計画に基づき、研修や日々の打合せで教職員が指導方法や考え方を共有し、一貫性のある校内指導体制を作る必要がある。何よりも、全教職員が自らの役割を自覚すること、教職員間の温かい人間関係と互いの信頼感が大きな力となる。

校内指導体制づくりのポイント

  • 組織的な生徒指導の推進…学校の教育目標を達成するため、校長を中心に、マネジメントサイクル(PDCA)で組織的に取り組むシステムをつくる。
  • 生徒指導の目標・方針の明確化…指導方針、指導基準、指導目標を明確にするとともに、文書化して全教職員に周知し共通理解を図る。
  • 開かれた学校づくり…学校の情報発信をはじめ、保護者、地域、関係機関等に開かれた双方向の連携を図る。
  • 体制の見直しと適切な評価、改善…定期的に児童生徒理解を深める機会を設ける。また、生徒指導及び教育相談体制を見直し、教職員自らの内部評価とともに児童生徒や保護者をはじめ、地域住民や関係機関など外部の意見や評価を取り入れる。

(3)生徒指導主事・学級担任の果たす役割

ア 生徒指導主事の役割

校内指導体制の構築に関しては、生徒指導主事の位置付けが極めて重要である。指導力のある教員が転出した後で学校が荒れるような場合があるとすれば、それまでの指導体制に課題があったものと考えられる。したがって、そうしたときこそ、全校指導体制を構築することが必要となる。学校組織としての総合力が問われるのであり、そういった力を発揮するために、生徒指導主事には、学級担任をはじめ関係教職員、関係各部と調整し、全体をまとめる力、児童生徒の状況をはじめ、情報を収集し、児童生徒の問題の見立てを行い、指導の見通しを立てる力、生徒指導部会などの会議において、話を整理し、参加者の認識を確認しながら、合意形成を図り、相互理解をサポートする力などが改めて求められる。

生徒指導主事の基本的な役割(任務)

  • 年間指導計画の立案・推進
  • 生徒指導部会の定期的開催及び校内の教職員との連絡調整
  • 生徒指導に関する研修の推進
  • 学級担任への支援・援助
  • 児童生徒の個別の指導資料の作成・保管
  • 関係機関等との連絡・調整及び緊急事態への対応

以上の役割については、それぞれの内容をどのように機能させるかが問われる。そのためには、前述の三つの力や親和的な姿勢などが必要とされている。

また、生徒指導主事は、日常的に教職員とコミュニケーションを図り、双方向に思いを伝え合い、教職員間の意識のズレを調整するとともに、みんなで協働する喜びを実感できる雰囲気をつくることが大切である。

イ 学級担任の指導と役割

児童生徒にとっては、学級は学校生活の中核をなし、1年間が楽しく、思い出深いものになるかどうかが一番の関心事である。自分の学級が、安心で安全な居場所であり、仲間から肯定され、自分の個性を伸ばせる存在であってほしいと願っている。その成否の鍵は、学級担任が握っている。学級担任は児童生徒に「自己決定の場を与える」「自己存在感を与える」「共感的人間関係を育成する」といった生徒指導の機能を作用させ、仲間の絆に支えられた学級づくりを行うことが大切である。

学級担任の基本的な役割

・児童生徒理解の深化

児童生徒理解は、教職員と児童生徒との信頼という人間関係の中で着実に作り上げていくものである。単に児童生徒の家族構成、得意不得意教科、趣味、健康状態、家族の状況だけではなく、児童生徒がどのように感じ、考えているのかなど日常の活動や会話から得ることが大切である。また、児童生徒がどうして暴力行為に及ぶのかなど、その背景に迫るとともに、発達の観点からも検討しなければならない。

・学級における人間関係づくり

児童生徒の人間関係を調整し、よりよい集団づくりを進めていくことは学級担任の重要な役割である。児童生徒が健全に発達するためには、母体となる学級集団が機能することが大切である。時には児童生徒同士のあつれきからトラブルが生じることもあるが、話合い活動を進め、児童生徒の考えや気持ちを言葉でうまく伝えたり人の話を聞いたりする能力を高め、開かれた人間関係づくりを進めることが大切である。

・教育相談活動の充実

成長途上にある児童生徒は、学習、身体、家族、友人関係、将来についてなど様々な悩みや不安を持っている。定期的な教育相談をはじめ、日常の学校生活の中で、児童生徒の不安や悩みに耳を傾けるなど積極的な関わりを持つことが重要である。

・規範意識の醸成

「社会で許されない行為は、学校でも許されない」という基本的な方針の下、児童生徒の発達の段階を踏まえ、児童生徒及び保護者に「暴力は絶対に許さない」など、明確なメッセージを発信し、社会の一員としての責任と義務をしっかり伝え、児童生徒の自己指導能力を育てることが重要である。また、指導に当たっては、学校教育のあらゆる場面で温かく粘り強く指導することが大切である。

(4)課題を抱える児童生徒に対する指導の在り方

日常的に関わる仲間や兄弟姉妹の数の減少、日常的に様々な緊張を受ける機会が増えることによって、課題を抱える児童生徒が増える傾向にある。また、児童生徒の養育に当たる家庭においても変化が認められ、例えば、保護者が不安定な雇用や勤務の状況にある家庭などでは、子どもの養育に十分な時間がかけられず、細かな配慮に乏しくなる、といった場合が見られるようになっている。そのような場合、子どもは情動が不安定になり、人の話を真剣に聴いたり、自分の気持ちや考えを相手に伝えたりすることを苦手とすることが多くなる。メディア等の影響もあって、生活や遊びにおける児童生徒の暴力的な傾向を抑止することが難しくなっていることを、学校として十分に理解することが大切になっている。その上で、問題を抱える児童生徒に対する指導・対応に際しては、個々の児童生徒の抱える問題と同時に、こうした実態の理解に立って、柔軟に指導を進めることが必要になっている。

児童生徒が暴力的な行動を起こすとき、その背景には様々な要因があり、課題を類別し専門的観点も含めた実態把握をすることが必要である。例えば、暴力行為の多くが、学習された不健全なストレスの対処法であると言われることがある。ストレスが極端に高い状態が続くと、その緊張状態を解消するための行動が、暴力行為という形態で現れる場合がある。児童生徒はこれらを健全に表現し克服できるように、適切な対処法を学ばなければならない。また、一方で暴力行為は、その児童生徒の発するサインであるともいえる。個々の家庭環境・生育過程や人格が異なるように、彼らの暴力行為の背景も、個々に異なると考える必要がある。

ア 発達障害がある児童生徒への対応

LD、ADHD、自閉症などの発達障害や、それに類する困難を有する児童生徒にとって、それぞれの障害の特性により、抱える課題も異なっている。それらを背景として暴力行為が発生した場合は、個々の児童生徒の困難に応じた対応が必要である。そのためには、本人の状態の実態把握を正確かつ分析的に行うことが重要である。また、障害の特性や不適応感(困り感)に適切な対処がなされないことで、二次的障害として暴力行為が起きていることもある(下記実践例参照)。学校で日常的にみられる「気になる行動」についても、例えば自閉症に見られる「状況の変化に即応できないこと」やADHDに見られる「多動性・衝動性」など、個別の児童生徒が持つ特性は、ひとくちに発達障害といっても、適切な対応は個々に異なる。学級担任・教育相談担当者・特別支援教育コーディネーター・生徒指導担当者らが、学校外の関係者とも連携し、その児童生徒の抱える困難や不適応について、具体的な課題を明確にし、その対処を行うために計画的に取り組むことが必要である。学級担任は、特別支援教育や医療などの専門家からの助言を受けるとともに、児童生徒と最も多く関わる教育の専門家として、仲間のサポートを引き出したりしながら、その児童生徒の特性を学級全体が受け入れられるように示す必要がある。

実践例:通常の学級に在籍する高機能自閉症のある児童が、たびたびいさかいを起こすことがあった。予定変更があると混乱し、周囲といさかいになり友達を押したりしていることがわかった。学級担任は予定変更には事前の説明で明確な見通しを持たせる個別指導をした上で、その学級全体を対象に、自分の気持ちを言語化し、感じていることを言葉で表現できるような演習を取り入れた。学級全体の雰囲気がより温かいものになり、混乱しているときの児童に優しく声をかける児童も出てきて、暴力行為が減少した。

イ 受験ストレスのある児童生徒への対応

児童生徒にとって受験期は、常態的に高いストレスがかかっている時期であると言える。そのようなときには心身が緊張状態に長時間置かれることで、些細なことでも感情的になりやすく、そのことが暴力などの行動として現れる場合もある。そうした暴力の矛先は、周囲の友人や家族に向けられることも多く、傍からはそのような状況が理解されないままに、本人もそれを止められず、特定の対象が暴力を受け続けることもある。対応にはカウンセリングなどで内省の機会を作ることも有効であるが、それ以上に、受験期に先駆けて、「ストレスマネジメント教育」(注3)や「ソーシャルスキルトレーニング」(注4)などの予防的取組を行うことが大切である。小さな変化を見逃さず、保護者ときめ細かな連携をとって早期に介入することによって、自らストレスを克服し、あるいは周囲に助けを求めることができるようにすることが望まれる。

ウ 愛着に課題を抱える児童生徒への対応

様々な事情から不適切な養育を受け、愛着に課題を抱える子どもたちは、心身への大きな負担を受けており、そのことが当該児童生徒の行動に大きな影響を与えることが多い。「虐待」と明確に認識されるに至らずとも、継続的に近親者から不安定な愛情を受けたり、十分な愛情を得られる経験が欠落している場合、その児童生徒の暴力行為が示す意味をよく理解することが重要である。愛着に課題を抱える児童生徒の中には、人と関わりたい欲求を暴力行為で表してしまうケースも少なくない。それらに対処するには、安定した他者との基本的信頼関係を作り直すことが有効であるが、支援者側には大変に大きな負担となり得ることから、可能なら保護者の協力を得て、校内外のチーム等で対応策を検討し役割分担して支援することが好ましい。

課題を抱える児童生徒の対処には、日常的な児童生徒の様子を把握できる学級担任が最前線で早期に実態把握をすることと、それを総括する教育相談担当者・生徒指導担当者・学年主任などの必要に応じた助言との兼ね合いが重要になる。(下記実践例参照)課題を抱える児童生徒に対しては、課題の背後にある状況を的確に把握し、その状況に応じて適切に対応できるよう、学級担任と学校内外の関係者とが連携して支援を行うことが求められる。暴力行為に至るサインを早期に把握し、未然に防ぐことが、当該児童生徒の学校及び社会への適応力の向上にもつながる。

実践例:問題発生時には、以下のような対応が考えられる。

1 問題発生以前の状況はどうか。

(例:隣の子どもからヒソヒソ声でからかわれる。)

2 起きたのはどんなことか。

(例:「うるさい!」と言って隣の子どもを小突いた。)

3 その結果どんなことが起こったか。

(例:小突いた子どもの行為だけが教員に見とがめられた。)

という3つの事象を把握することで、課題の背景が理解され、適切な対処の手立て

の検討がしやすくなる。これらの観察を関係者が共有し、対応を検討することで、

より適切な対応ができ、児童生徒の適応感を高めることにもつながる。

2 早期発見、早期指導・対応の実際

(1)早期発見、早期対応のための指導

ア 未然防止

(ア)指導体制の整備 

各学校では、校内指導体制における既存の指導方針や指導マニュアルなどについて、現状に見合ったものかどうか、形骸化や画一化により機能が停止していないかなども含め、きまりや暴力行為への対応の基準の明確化と周知などによる未然防止への取組が求められる。

なお、校内指導体制の整備に当たっては、教職員が早期対応の重要性を認識した上で、暴力行為の兆しの段階から管理職への報告・連絡・相談のシステムが機能しているか、情報の交換や分析が必要に応じて行われて情報の共有化や指導方針の確認が行われているか、教職員間で意思疎通が図られ担任が一人で抱え込まない体制が整っているか、などの具体的項目について点検することが必要である。

また、暴力行為を引き起こすことが懸念される児童生徒が在籍する学校では、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの助言・援助を受けたり、関係機関等の専門家を入れたチームを設けて対応を検討し、その場において確認された対応方針が、全教職員に周知され共通理解の下で実践される必要がある。

さらに暴力行為の発生時においては、その初期対応の成否がその後の指導に大きく影響することを十分に認識することが必要である。このことを踏まえて、発生後における緊急性や事案の軽重の判断、当事者や周囲に対する当面の対応、正確な事実の確認などについての初期対応をマニュアル化し、あらかじめ教職員の役割分担を明確にするなど周知を徹底し、全教職員の協力の下で組織的かつ迅速に対応できる体制づくりが重要となる。

(イ)学級、学年、学校全体における取組

日常生活における継続的な取組としては、あいさつ運動や児童会・生徒会活動の活性化などが校内の落ち着いた状況に結びついているという報告も見られた。

さらに正義感、公正さ、命の大切さ、人権の尊重、倫理観の育成などをテーマに取り入れた道徳教育の充実、新たな視点からの取組として、人間力育成のために社会技能科の新設、学級枠を取り外した少人数による指導なども試みられている。

一方で、体験活動を通じた取組として、地域の行事等への参加による地域の一員としての意識の向上、ボランティア活動で感謝された体験による自尊感情の向上、異年齢集団との共同活動による社会性の育成なども報告されている。

また、児童生徒の社会性を身に付けることを目的とした、対人関係の形成に主眼を置いた「グループエンカウンター」(注5)をはじめ、グループによる「ライフスキルトレーニング」(注6)や異年齢集団とのピア・サポート活動、暴力防止教育プログラムを導入するなど多様な活動が実践されて一定の効果が報告されている。

いずれの取組においても、児童生徒の現状を十分に把握した上で教職員が検討し工夫を重ね、長期的に取り組んでいくことが一定の成果を生んでいることがうかがえる。

イ 早期発見のポイントと方法

(ア)児童生徒の発するサインへの気づき

暴力行為は、突発的に起きたように見えることがあるが、日常の学校生活においてその予兆が見られる場合が多い。

全ての児童生徒は、心身の発達途上にあり個人差はあるものの心と身体の変化を経験し、また、自立という発達課題に向けての悩みを持つこともよく見受けられる。このような発達上における心身の変化に加えて、身近な家族の問題を抱えたり、友人関係の変化によるトラブルの発生などから不安やストレスが生じ、精神的に不安定な状態になることがある。

児童生徒が精神的に不安定な状況になると、周囲に対してそれまでには見られなかった心のサイン(例えば、落ち着きがない、不機嫌でイライラしている、興奮しやすい、投げやりになる、神経過敏になるなど)を発することがある。

そして上記のサインと前後して、行動のサイン(例えば、欠席する・遅刻する・早退する・授業を抜け出す、急に成績が落ちる、集中力がなくなる、宿題をしてこない、忘れ物が増える、きまりや約束を守らない、服装・髪型などが乱れる、帰宅時間が遅れる、付き合う友人が変化する、周囲から孤立する、自暴自棄な行動をする、教員に対して嘘をつく、無視する、反抗する、チックなどの神経症的習癖が見られるなど)が出現することがある。また、明確には病気とは認められない頭痛、腹痛、発熱、下痢、不眠、吐き気などを訴えることもある。

大切なことは、このようなサインを日頃ありがちなことと見過ごすことなく、児童生徒の精神的な不安定さに起因している可能性を踏まえた上で、本人の状態をよく観察し、慎重に判断して適切な対応を図る必要がある。

(イ)早期発見の方法

このようなサインを早期に発見するためには、日常の学校生活における児童生徒の観察、質問紙形式のアンケートによる日常生活、家庭環境、交友、悩みなどの把握、教職員間の情報交換、保護者などからの情報、児童生徒との個別面談のための定期的な教育相談週間の設置、指導に役立てるための各種検査など標準化された資料を活用した児童生徒理解などの取組が求められる。

また、予兆の把握から支援までの体系的プログラムの策定や、カウンセリングやソーシャルワークなどに関連した研修の恒常的な取組などが早期発見に効果を上げていることが報告されている。

ウ 早期対応

暴力行為に及ぶ背景は個人により様々であるため、上記イ(イ)に記載した様々な方法により当該児童生徒の心のサインを読み取るとともに、本人についての多角的資料の収集に努めることが必要である。そして、それらの個別資料に基づいて背景要因を検討し、具体的対応を導き出していくことが求められる。

児童生徒一人一人への面談を進めていくに当たっては、まずは落ち着いた雰囲気や場所を提供し、精神的に不安定な状況を共感的に受け止め、丁寧に話を聴きながら精神的混乱を鎮めストレスの軽減を図るなど、教育相談の手法により進めることが重要となる。

(2)深刻化を防ぐ指導の展開

学校内で規律の乱れが軽視できない段階に至ったり、実際に暴力行為が起きたりした場合に、そのさらなる深刻化を防ぐためには、次のような指導の展開が必要となる。

ア 深刻化を招く要因

暴力行為や規律の乱れの深刻化を招く要因として、学校内で規律の乱れが軽視できない段階に至ったり、実際に暴力行為等が起きたりした場合に、学校として迅速な対応が要請されるにも関わらず、対応の基本方針が定まっておらず、対応が後手後手になったり、場当たり的になってしまったりする学校の実情が往々にして見られる。したがって、学校としては、普段から、もし暴力行為等が起きた場合にはどのような指導体制を組んで指導に当たるかについてあらかじめ十分に検討しておくことが必要である。

イ 深刻化を防ぐ指導

学校内で実際に暴力行為等が起きた場合、速やかに適切な指導をする必要がある。この指導において目的とされるべきは、暴力を起こした児童生徒本人の成長発達と他の児童生徒の安全・安心の確保による学習権の保障である。

(ア)校内指導体制の整備

暴力行為があった場合にはいずれにせよ学級担任等の単独での対応・指導ではなく、複数の教職員による対応・指導が大前提となる。校内指導体制の整備に当たっては、まず、起こった暴力行為等が一人ないし特定少人数による単発的な事案なのか、集団での暴力行為・いじめや学校外の反社会的集団、不良集団との関係のもとで発生している事案なのかなど、事案の重大性や性質を検討する。次に、その検討結果を踏まえて、既存の生徒指導部による校内指導体制で足りるのか、あるいはこれに加えてより拡大したプロジェクトチームをつくるのか、という校内指導体制を決定する。その上で、決定された校内指導体制により指導方針を決定・実施していく必要がある。

(イ)事実の確認と原因・背景の把握

当該事案に向けて作られた校内指導体制の下で、まず、事実の確認と原因及び背景の把握が必要となる。ここで重要なことは、暴力行為を行った児童生徒を成長発達の途上にある存在とみる教育的観点に立って、その暴力行為を表面のみで捉えて一方的に叱責するのではなく、児童生徒との信頼関係を前提とした対話を通じて、事実関係を聴き取るとともに、暴力行為の原因・背景をも把握しようとすることである。この点で、家庭や地域からの聴き取りが必要となる場合もあるし、この聴き取りについて心理学や精神医学の専門家の協力が必要となる場合もある。

また、暴力行為の被害者を始め、周囲の児童生徒についても事実の確認と原因背景把握のために聴き取りをするとともに、これら児童生徒の学習権を保障する視点から、被害感情や不安感等を聴き取ってその後の対応に生かしていく必要がある。

(ウ)指導方針の決定

事実の確認と原因・背景の把握を踏まえて、指導方針を決定することになる。この際に、単なる外面的な事実確認にとどまらず原因・背景の把握を踏まえた指導方針を決める必要があること、指導方針の策定において、校内での児童生徒の指導、家庭への支援、関係機関連携等をケースに即して定める必要があることが重要である。

(エ)児童生徒への指導

暴力行為を起こした児童生徒とその保護者、暴力行為による被害を受けた児童生徒とその保護者、及び周囲の児童生徒とその保護者それぞれへの指導・支援が必要となる。

1 暴力行為を起こした児童生徒とその保護者に対して

まず、暴力行為を起こした児童生徒への指導については、「社会で許されない行為は、学校でも許されない」という一致した指導方針の下、毅然とした態度で繰り返し粘り強い指導をすることが必要である。その際、暴力行為を一方的に叱責するのではなく、暴力行為によって相手を傷つけてしまったことを反省させ、児童生徒自らが社会のきまりを守ろうとする態度を育てることが必要である。

また、暴力行為を起こした児童生徒とその保護者への指導においては、基本的に児童生徒本人の存在を肯定的に受けとめるコミュニケーションを図ることが必要である。さらに、暴力行為の背景にある本人の抱える問題(学習の遅れ等による自己肯定感の低下、家庭の問題に起因するストレス、発達障害等)の克服や、自らの行動を反省した上で将来への目標を見出すことを支援していく必要がある。児童生徒の抱える問題の性質によっては、心理学や精神医学の専門家や児童相談所や子ども家庭支援センター等の諸機関との連携による支援が必要となる場合もある。

2 暴力行為による被害を受けた児童生徒とその保護者に対して

特に被害を受けた児童生徒とその保護者に対しては、学校として、暴力行為を絶対に許さず被害者を守る立場に立つことを明確にして、児童生徒本人の受けた被害を十分に理解し、心のケアを図るとともに、暴力行為の防止に向けての学校組織としての指導方針及び具体的な対応策について、適切に伝達することにより、学校への信頼を回復し、連携を図っていくことが重要である。

3 周囲の児童生徒とその保護者に対して

暴力行為が起きた場合における周囲の児童生徒とその保護者は安全・安心感を脅かされた状態にあるので、その指導・支援においては、暴力行為を許さないという姿勢を示すとともに児童生徒の安全・安心を確保することを伝える必要がある。

(オ)保護者・地域・関係機関等との連携

暴力行為の指導に当たっては、児童生徒の暴力行為との関わりに応じて、前述したとおりの指導・支援が必要となる。特に暴力行為を起こした児童生徒の保護者との関係では、学校の指導方針への理解と課題意識の共有によって、共に指導に当たる協力体制づくりを目指し、児童生徒の抱える問題を把握するための聴き取りや児童生徒への指導についての理解を得るための説明等の連携が必要となる。また、周囲の児童生徒の保護者との関係においても、一体になって指導を展開することができるよう、問題の状況とその指導についての理解を得るための説明が必要である。この問題の状況とその指導についての理解を得るための説明については、地域に対しても必要となることがある。

また、学校だけでの解決が困難であったり、専門家との連携が必要な場合には、関係の深い機関等が個別の児童生徒の問題行動等に対応し支援を行うサポートチームの結成を図るなどの様々な形の連携を進めることも検討すべきである。

(カ)出席停止について

児童生徒が暴力行為を繰り返すなど性行不良であって、「他の児童生徒の教育に妨げがあると認め」られる場合に、市町村教育委員会は保護者に対して当該の児童生徒の出席停止を命じることができるとされている(学校教育法第35条。第49条により中学校に準用。)。この出席停止制度は、本人に対する懲戒という観点からではなく、学校の秩序を維持し、他の児童生徒の義務教育を受ける権利を保障するという観点から設けられている。その実施にあたっては、出席停止中の当該児童生徒に対する指導体制を整備し、学習の支援など教育上必要な措置を講じるとともに、学校や学級に円滑に復帰することができるよう指導や援助に努める必要がある。

暴力行為等を繰り返す児童生徒に対し、学校が指導を継続しても改善が見られず、正常な教育環境を回復するため必要と認められる場合には、教育委員会は出席停止措置についても検討すべきである。

また、特に、家庭の監護に問題がある場合などでは、サポートチームによる援助等についても検討する必要がある。

(参考:「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」(平成19年2月5日付け18文科初第1019号文部科学省初等中等教育局長通知)、「出席停止制度の運用の在り方について」(平成13年11月6日付け13文科初第725号文部科学省初等中等教育局長通知))

(3)暴力行為が発生する学校を落ち着いた学習環境に改善するための指導の展開

ア 回復過程と指導の留意点

(ア)管理職がリーダーシップを発揮する。

暴力行為が発生する学校において、その拡大を防止するためには、まず何よりも管理職がそのサインを見逃さず、それらが一部の児童生徒や教職員にとどまらず学校全体に関わる問題であるとの認識に立ち、教職員全体に投げかけることが大切である。そして、「社会で許されない行為は、学校でも許されない」との一致した指導方針の下、教職員の適性や指導力を生かした校内指導体制を確立する必要がある。また、保護者や地域住民からの苦情への対応や警察や児童相談所などの関係機関との連携においても管理職がリーダーシップを発揮することは学校に対する信頼を確立していく上で不可欠である。

(イ)学校の全教職員が問題を真正面に受け止め、総合力で対応する。

暴力行為が発生する学校がまず何よりも取り組まなければならないことは、「暴力行為を許さない」とする学校全体の毅然とした姿勢を確立することである。したがって、全教職員が暴力行為を見過ごしたり、曖昧にしたりすることがあってはならない。毅然とした姿勢を貫いていくためには、生徒指導主事や学年主任のリーダーシップが不可欠であるが、一方、それら一部の教職員に頼り過ぎたり、学級担任に任せきりにせずに全教職員が真正面に受け止め、指導の際には常に複数の教職員が当たるようにすることが大切である。また、暴力行為などが発生した場合の指導マニュアルを作成するなど、全教職員の共通理解を図り、総合力で対応することは問題を先送りにしないことにつながる。

(ウ)多面的な課題に対応できる校内指導体制を確立する。

暴力行為の背景には、児童生徒の家庭環境に起因する問題や児童生徒の生育歴、発達上の課題、学校・教員の指導力や校内指導体制に起因する課題など様々なものがある。特に、最近は発達障害を背景とした行為も多く指摘されている。したがって、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、警察のスクールサポーターなどの専門家との密接な連携により、児童生徒個々の暴力行為の原因に応じた適切な指導を進めていけるよう多面的な校内指導体制を確立することが求められる。その際には、最近の心理学の成果を取り入れ、社会的スキルを学ぶ手法を積極的に活用することも有効な場合がある。

なお、児童生徒の状況によっては、保護者の協力を得て校内の秩序を回復するための校内巡視を行うなど学校と保護者が連携して対応することも考えられる。

(エ)基本的な生活習慣・学習習慣の定着を図る指導を徹底する。

児童生徒が学校生活を支障なく送るためには、まず何よりも「遅刻をしない」「挨拶をする」「人の話を静かに聞く」「チャイムが鳴ったときには着席している」「不要物は学校に持って来ない」「忘れ物をなくす」「清掃活動にしっかりと取り組む」などの基本的な生活習慣や学習習慣の指導を徹底する必要がある。また、当初は教員が率先垂範の姿勢で臨み、徐々に学級や児童会・生徒会に問題を投げかけて児童生徒の自発的、自治的な活動を促すことも大切である。

(オ)規範意識の醸成や校内規律を確立する指導の充実を図る。

最近の児童生徒の規範意識の低下は、校内規律の乱れの大きな原因にもなっている。そして、その背景には最近の家庭や地域社会の教育力の低下があると指摘されている。したがって、学校は、その実態を家庭や地域社会に伝えるとともに、「学校生活の手引き」や「家庭教育のために」などを配布し、積極的に協力を訴えたり、児童生徒の実態に即し、学級活動や道徳の時間に「きまり」や「ルール」を取り上げ、内面的な指導の充実を図ったりすることが大切である。

(カ)児童生徒と保護者がつくる体育的・文化的な学校行事を工夫する。

体育的・文化的な学校行事は、児童生徒の様々な能力が発揮されるとともに児童生徒同士の協力や団結心が生まれる場でもある。また、その学校独自の伝統的な学校行事に取り組むことで愛校心が醸成され、「よりよい学校づくり」を目指す児童生徒の意欲を高める上で適切な機会となる。それらの学校行事を児童生徒の創意を生かすとともに、保護者の協力を得て行うことで、児童生徒同士の人間関係、児童生徒と教職員及び保護者と教職員の信頼関係をより強いものにすることができる。

イ 暴力行為克服の継続(教員の指導力向上と教科や道徳の授業及び学級経営の充実)

落ち着いた学習環境を維持するためには、児童生徒が毎日を安心して安全に過ごせることが大切であり、そのためには、分かる授業が展開されるとともに、学級における児童生徒の人間関係がより豊かなものでなければならない。そこで教員に求められるものは、分かる授業を展開するための各教科等の指導力であり、さらに、その基盤となる学級経営に関する指導力である。学級経営に関する指導力を高めるためには、児童生徒一人一人の個性を的確に理解するための児童生徒理解や、最近の心理学の手法を取り入れた、対人関係調整能力を育むための指導のあり方などについての研修を深める必要がある。また、児童生徒の豊かな人間関係を育むためには、学校全体における道徳教育を推進するとともに、その要となる道徳の時間の指導の在り方についての研修を深め、その充実を図ることが大切である。

(4)集団指導と規範意識の醸成に関する指導

暴力行為の問題を含めて、学校として生徒指導を進めるために肝要なことは、児童生徒に基本的な生活習慣を確立させ、規範意識に基づいた行動様式を定着させることである。学級だけでなく学校全体で校内規律を維持することは、児童生徒に安心感を与え、生徒指導上の諸問題を未然に防止することになる。

校内規律は、校則や教員からの指導によって守らされているという受け身の意識ではなく、規範の意義を理解し、児童生徒自らの意志により規範を守り行動するという自律性を育むことが重要である。一般に、暴力行為等の問題を起こす児童生徒は、規範意識が低く校内規律から逸脱した行動をとることが多い。このような児童生徒に対しては、組織的に効果的な指導を行うことによって暴力行為に及ぶことを防ぎ、全ての児童生徒にとって学校を安全・安心な居場所とすることは学校教育の基盤であり、健全な児童生徒を育成する際の基本といえよう。

ア 基本的な生活習慣の確立

社会変化が著しい現代、家庭や地域社会においても価値観の多様化が進行している。学校では、これらの社会の動向に目を向け、一般社会と乖離しないような校内規律とすることが重要であるが、その前提となるのが基本的な生活習慣を確立させることである。

基本的な生活習慣は、様々な要素からなっているが、学校・家庭・地域など様々な生活の場において、大人や他者との関わりの中で、発達の段階に応じて身に付けることが大切である。一般的に、児童生徒は家庭生活を中心として培った生活習慣を踏まえて集団生活を経験し、学校における基本的な生活習慣などの社会性を身に付けていく。

しかし、近年、基本的な生活習慣が十分に培われないまま小学校へ入学する児童が増加しているために、学校が家庭教育の役割を担わなければならない状況が生起している。この現状に対応するためには、学校が、家庭や地域と一層連携して取り組んでいくことが重要となる。

また、小・中・高等学校が、児童生徒の発達段階の特質を踏まえるとともに、児童生徒の現状に対応した各学校の具体的な取組を行い、相互に連携して基本的な生活習慣の確立に向けた生徒指導を進めていくことが必要である。

イ 集団指導と校内一体の指導体制

暴力行為の加害児童生徒の中には、授業の内容が理解できず学業不振となっており、学校生活に意義を見出せない者も少なくない。

教員としては、このような児童生徒の実態を的確につかみ、学習指導を一層工夫し、「分かる授業を」という児童生徒の声に応えるように努力する必要がある。

また、暴力行為を起こす児童生徒を「困った児童生徒」と見るのではなく、学年相応の社会的技能が、身に付いていない、教えられていないなどの理由により、学校生活に適応できずに「困っている児童生徒である」というように見方を変えると、適切な社会的技能を学ぶ場を保障していくことも求められる。

これらについては、個別指導ではなく、学校生活を送る上での基礎的な集団である学級における集団指導として実施することが効果的である。例えば、児童生徒同士が助け合うグループ学習・協同学習、児童生徒の社会性を育むための教育など、児童生徒の実態に応じた指導方法の工夫改善に取り組むことが大切である。そのためには、それぞれの学校の生徒指導全体計画、児童生徒の発達の段階に配慮し教育課程に位置付けられた年間指導計画の作成など校内一体の指導体制が必要になる。

ウ 道徳教育、特別活動

道徳教育は、児童生徒の道徳的心情、判断力、実践意欲や態度などの道徳性の育成を直接的なねらいとしているのに対して、生徒指導は、児童生徒一人一人の日常的な生活場面における具体的な問題について指導することが多くなる。このことから、生徒指導は、道徳的実践の指導の重要な役割を担っている。生徒指導の働きは、道徳教育で培われた道徳性や道徳的実践力を、生きる力として日常の生活場面に具現できるように援助することであるといえよう。

特別活動は、集団や社会の一員としてよりよい生活や人間関係を築こうとする自主的、実践的な態度を育て、自己の「人間としての生き方・在り方」について自覚を深め、自己を生かす能力を養うことをねらいとしている。この目標を実現するには生徒指導の充実が不可欠な要件となる。また、生徒指導のねらいと特別活動の目標には、重なる部分もあり、両者は密接な関係にある。学級活動・ホームルーム活動、児童会・生徒会活動、クラブ活動、学校行事それぞれの特質を生かして、集団への帰属意識の醸成を意図的かつ計画的に進めていくことが大切である。

規範意識の醸成や校内規律に関わる指導では、学級担任だけでなく、全教職員の共通理解・共通実践に基づく協力体制を整えるとともに、外部の専門機関等と連携した生徒指導の確立が求められている。ある教育委員会では、暴力防止教育プログラムを所管する全ての小中学校の教育課程に位置付けて実施することで成果を上げている。また、落ち着いた学習環境に改善する過程で、社会的技能の教育を導入する事例も報告されている。これらは、生徒指導を進めていく上で参考になる実践といえよう。

3 家庭・地域・関係機関等との連携

(1)連携体制の確立

落ち着いた学習環境の学校をつくるためには、学校と家庭・地域、関係機関等との連携が欠かせない。

ア 学校に対する意識の変化

学校は、暴力行為が起きると、保護者に説明して指導の協力を求める。しかし、学校が、保護者・家庭に働きかけても、「家庭では忙しくて余裕がない」「学校に任せたい」などと、自分の子どもの実態を理解して健全育成に向けた指導をすることに協力が得られないことがある。また、保護者の中には、自分自身が児童生徒だったときに校内暴力等を経験しており、学校に対して不信感を抱いていることもある。さらに、小学校・中学校・高等学校での発達の段階を踏まえた指導方法であっても、それぞれの方法が異なることで、不信感につながっている場合もある。学校は、こうした事態を放置することなく、その状況の把握に基づいて、日常的な働きかけを工夫したり、説明の内容や機会について改善を加えたりするなど、努力を粘り強く重ねることによって、不信感を払拭し、一歩一歩連携協力の体制を作っていくことが必要である。

イ 保護者・家庭へのアプローチの必要性

学校が、それぞれの事例や家庭の状況に応じ、共に指導に当たることができるよう、家庭に積極的に関わることで、荒れた子どもの心のケアに結び付けることができる。家庭の教育力を回復させるためには、学校、家庭が協力し、相談的な配慮をもって児童生徒に働きかけるよう、家庭訪問の実施など、学校側の保護者へのきめ細かいアプローチが非常に有効である。

ウ 地域へのアプローチの必要性

地域社会の教育力の低下が指摘されているが、その改善のために、学校の児童生徒の指導に関する努力の様子(学校の日常の取組)を地域へ発信したり、学校教育活動の中で、地域社会の人々に市民講師や街の先生として活躍してもらったりするなど、地域の学校であるという認識を高め、地域社会の教育力を再生していくことも有効である。

エ 教職員間の連携

現在、地域や年代によっては、児童生徒の暴力行為に対応した経験が少ない教職員がいる。

暴力行為への対応については、教職員同士のコミュニケーション、すなわち親和的な人間関係が重要となる。課題のある児童生徒を担任一人に任せることがあってはならない。学校全体でチームとなって取り組むこと、管理職も含めて必ず誰かがフォローに入り、指導経過を記録に残し、全教職員で共有化していくことが必要である。 

オ 学校と地域の関係機関等との連携 

地域の小・中学校の連携については、組織の中でラインとして、管理職の部会、学力向上の教務関係部会、生徒指導部会、教育相談担当者の部会などを設け、常日頃から情報交換に努めている例やお互いに授業参観し、研修会を設けている例などがあり、形式的なつながりよりも、顔が見えるつながりが重要である。

学校と地域の関係機関等との関係においても同様である。事件・事故が発生してからの連携だけではなく、また管理職だけの関係ではなく、日常的に地域の関係機関等の担当者と教職員の顔が見える関係の構築が重要である。授業参観などを通して、お互いを理解し合うことが、児童生徒の健全育成や保護者・家庭へのアプローチにもつながる。

(2)家庭・地域・関係機関等との連携を生かす指導

児童生徒の健全な育成を支える学校と関係機関等との連携は、教育において重要な要素である。暴力行為の未然防止や発生時の対応に関しても、学校が関係機関等と積極的な連携を行うことにより、きめ細かな指導が可能となる。学校が連携する主な関係機関等は下記のとおりである。

学校は、課題を抱える児童生徒の指導において、こうした関係機関等を適切に活用し、家庭・地域・関係機関等の有効な連携を促進するよう機能させることが求められる。

関係機関等の例:警察署、少年サポートセンター、少年鑑別所、保護観察所、児童相談所、家庭児童相談室、民生委員・児童委員、少年補導センター、民間団体 ほか 

ア 連携活動の基本

学校での児童生徒の指導は、主に学級担任が中心となって行うが、学級担任だけが抱えこむことは、多面的な児童生徒理解という点からも望ましくない。深刻な課題を抱える児童生徒に対しては、チームで関わることが、連携活動の基本である。課題の内容によっては、関係機関等との連携を図ることが重要であり、関わるチームを外部に広げることも必要となる。

イ 情報連携

児童生徒の指導において、本人の持つ課題や、課題の背景にある状況は、欠かせない情報である。どのような背景から困難な状態に陥ったのか、どのような経緯で問題となる行動に至ったのかを共通理解すること、また、当該の児童生徒の家庭や学校での成長過程に関する情報を共有することは、関係者が協働するために不可欠である。

ウ 行動連携

情報共有に加えて、収集された情報を基に関係者で指導内容を役割分担した上で、児童生徒の指導を行うよう行動連携することがさらに重要である。相互に役割を理解した上で、自分の役割を果たすことで、指導の成果が最大限に発揮される。

エ 配慮事項

情報連携及び行動連携を円滑に行うには、指導に当たる者の間で日常的な情報交換を行い、十分な共通理解に基づいて指導に当たることが重要である。特に、課題が深刻な児童生徒の場合、保護者との間で密接な協力関係を築くことが必須である。また、関係機関等と連携する場合には、連携機関同士及び学校内における守秘義務について、「必要なことは十分情報交換するが、関係者以外には漏らさない」という明確かつ厳密な対応が必要である。

実践例:感情の起伏が大きく、しばしば劇高して暴力行為を繰り返す生徒について、教職員や保護者からの情報を集約し共有する(情報連携)。さらに、管理職、学級担任、生徒指導主事、教育相談担当者などが中心となり、保護者の了解を得て援助方針を立て(チーム援助)、集団守秘のもとで外部機関と学校の役割を相互に確認し、各自の役割を踏まえて支援する(行動連携)ことで、本人の状況にあった援助を行うことができる。

深刻な課題を抱える児童生徒に対し、外部の関係機関等と適切に連携した指導を行うことが「連携を生かした指導」である。これは事後対応に活用できるだけではない。例えば、遵法行為の促進に役立つよう、刑事司法関係機関も参加した学校行事を計画したり、医療機関のスタッフを招いてメンタルヘルスに関する情報提供や演習を行ってもらうなど、工夫により、予防的な活用も可能である。

(3)教育委員会との連携

暴力行為等の問題が発生した場合、学校は事案に応じて密接に教育委員会と連携して対応することが必要である。また、状況に応じて、教育委員会と学校を中心として関係機関等と連携して対応できる体制を整えておくことが重要となる。

ア 予防的取組

従前より各教育委員会においては、各校への事例集や手引書の配布、生徒指導に関する研修会などを継続的に行い、教職員に対する啓発を行っている。今後は、現在の暴力行為の傾向に即した、より的確で実効性のある予防的取組を行う必要がある。

実践例:独自の教育プログラムの展開

ねらい 現在紹介されている人間関係を円滑に進めるための手法を独自にプログラム化し、児童生徒の健全育成を図る。

方法 発達の段階や活動時間も考慮に入れ、作成したプログラムの各校における計画的な実践を図る。

実践例:ロールプレイを取り入れた実践的研修の実施

ねらい 児童生徒の暴力行為を素材としたロールプレイを行いながら、具体的にどのような対応をすることが効果的かを考える。

方法 研修参加者が児童生徒役、教職員役となり、交わす会話を通して、具体的解決策を考えていく。

 イ 初期対応

暴力行為をなくし、落ち着いた学習環境にするためには、生徒指導体制を見直し、再構築することが必要である。問題行動の増加や慢性化を防ぐためには、早期対応が重要である。そのためには教育委員会のサポート体制が最も有効な方策の一つといえる。

実践例:生徒指導のサポートチームの設置

ねらい 暴力行為等の問題行動が発生したときに迅速的確な対応を図り、その解決を図る。

方法 教育委員会内にサポートチームを編成する。構成メンバーは、例えば、指導主事、警察官OB、教員OB、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、弁護士などが想定できる。しかし、すぐに全員の体制を取ることは難しいので、初動の担当を決め、学校の求めに素早く対応できるようにする。

実践例:学校支援チームの派遣

ねらい 暴力行為が発生している学校に教育委員会で組織した支援チームを派遣し、解決に向けて学校の指導を支援する。

方法 学校の抱える課題や要因、例えば、管理職のリーダーシップ不足、教職員・学年間の相互不信、行事等のマンネリ化、中核教職員・組織の不在などを明確にし、それに対する支援を組織的、継続的に行う。

4 学校種間の連携

(1)学校種ごとの指導の在り方

ア 小学校

暴力行為の低年齢化が指摘され、小学校段階においても指導の在り方を常に見直し、予防に努めることが大切である。そのためには、次のような視点から指導の在り方を見直すことが求められる。

(ア)学校全体としての共通した学習における規律の徹底

学級担任が代わると学習の決まりごとや具体的な指導の基本が変わるということは、児童の混乱を招くだけでなく、心身の安定を乱す要因ともなる。それがひいては、児童の規範意識を希薄にし、落ち着きのない学習環境を生み出す。

例えば、授業の始礼・終礼の仕方、朝の会や帰りの会の内容、挙手や返事の仕方、ノートの取り方など、学校全体で統一した形がとれていれば、児童に安定した状態をもたらし、学習に臨む体制作りが可能となる。「○○小 学びの約束」や「○○っ子 学習ルール」などとして学校として学習のルールをマニュアル化すると、継続した習慣形成が可能となり、規律の定着に効果的である。経験の浅い教員も指導の効率化を図ることができる。

(イ)全校体制での生徒指導体制の確立

学校は社会のルールを学ぶ場でもある。学校生活では一定のルールが必要である。そのルールに基づき、集団の一員として全ての児童が快適で安定した学校生活を送ることができるようにするために必要な行動の仕方を機会あるごとに指導し、習慣化を図る必要がある。こうした指導が不十分であるとき、徐々に乱れが生じてしまうことがある。例えば、廊下を走っている児童がいれば、全ての教員がその場で適切な指導をするというように、全教職員の毅然とした姿勢での生徒指導が大きな予防の方策である。これは、ひいては、児童の自己指導能力の育成にもつながっていく。

また、予防策をとっていても暴力行為が生じてしまうことも想定し、緊急時、教職員はどのような体制をとるのかを決めておくことも必要である。例えば、「○階で暴力行為があった場合、同じ階の先生はすぐに駆け付け、複数で対応する」ことや「暴力行為発生後の対策メンバーは、校長、副校長、生徒指導主任等、学年主任、当該児童の担任、養護教諭で、その日のうちに会議を開く」など年度当初に確立しておく必要がある。

(ウ)言語活動の充実

学習指導要領改訂の基本方針にも記されている内容である。言語に関する能力は学習活動の基盤となるだけでなく、豊かな心を育む上においても求められているものである。思考力・判断力を生かして状況を把握し、それを言語化することができれば、安易に暴力に訴える必要もなくなってくる。

各教科等における言語活動の充実はもとより、学校生活全体において、言語によって自分の考えを表現し、問題解決に生かすことができる力を育てるよう配慮することが大切である。特に、教職員と児童、児童相互における話し言葉を適切に使うこと、校内放送において適切な言葉を使って話すこと、教職員が正しい言語で話すことなどは大切な留意点といえる。

(エ)道徳の時間を要とした道徳教育の推進

道徳の時間において道徳的価値について理解し、自分との関わりで道徳的価値をとらえ、自分なりに発展させていくことへの思いや課題を培うことにより、道徳的価値を実践する内面的な資質が育成される。行動面の具体的な指導とともに、児童の内面を耕す指導も生き方の基盤づくりを担う小学校段階では重要なことである。週一時間の道徳の時間をその特質を理解し、確実に行うことが大切である。

イ 中学校

(ア)基本的な生活習慣の確立

中学校段階になると、精神的な自立とともに生活の自己管理が進み、生活習慣の自立化が進むが、食事・睡眠習慣などが不規則になることにより、焦躁感や無気力などの心理的な症状を引き起こし、問題行動の発生や学校の活動に対する意欲や行動に影響を及ぼすことがある。

<取組の視点>

1 生徒が自らの生活について、客観的に見つめ直す機会をつくる。

2 他者との意見交換を通して、生活の具体的な改善策を考え、実践に努める態度を養うように指導することが大切である。

(イ)規範意識に基づいた行動様式の定着

教職員は、学校生活は規律や社会的ルールを学ぶ場であるという共通認識に立ち、生徒自らが学校のきまりを守ろうとする態度を育てるようにする。校内規律を保ち続けることは、生徒に安心感を与え、暴力行為、いじめや不登校といった問題を未然に防ぐことにつながる。

指導の在り方として、中学生の特徴と思春期の理解を基本とし、「個の育成」と「集団の育成」との、2つの観点を踏まえた取組が必要である。

(ウ)指導体制の在り方

全ての教職員が、規則違反や問題行動に対し指導できる校内体制をつくることである。その上で生徒への継続的な指導を行う必要がある。

また、家庭と学校が生徒に社会的ルールや責任を身に付けさせることを共通の目的として取り組むことも必要である。

なお、学校が指導を継続しても改善が見られず、暴力行為等を繰り返す生徒に対し、正常な教育環境を回復するため必要と認める場合には、教育委員会は出席停止措置を採ることについて検討すべきである。

ウ  高等学校

(ア)基本的な生活習慣の確立

高等学校においても、自己指導能力の育成や、暴力行為の予防的な面からも、生徒の基本的な生活習慣の確立は欠かせない。

<取組の視点>

1 社会的な自立に向けて、自らの生活習慣を自分でつくる力を育成する。

2 生徒相互の支え合いにより、人間関係を深め、生活習慣の改善を図るようにする。

(イ)規範意識の向上

個人の自由と責任や、権利と義務の意義についての生徒の自覚を一層深める指導とともに、規範意識の向上が重要な課題となる。具体的には、万引きは刑法の窃盗罪に該当することなど、問題行動と関係法規との関係を明らかにし、社会の一員としての責任と義務について指導することが重要である。

(ウ)校内規律の維持

学校においては、日常的に「社会で許されない行為は、学校でも許されない」といった毅然とした指導方針を示すことが必要である。

(エ)教育的見地による処分

退学、停学といった法的効果を伴う懲戒処分が校長に認められている。懲戒は、学校の秩序を維持するために行われることもあるが、いずれの場合にも処分を受ける生徒に自己の生き方を考えさせるなど、教育的配慮の下に行われるべきものである。

(2)小学校・中学校・高等学校の一貫性のある指導

暴力行為のない学校づくりを進めるためには、児童生徒を幼稚園段階から高等学校段階までのつながりの中で指導していくという視点が重要である。例えば、高等学校の中途退学者には、小・中学生のときに不登校の経験がある場合があることから、義務教育段階を含め、児童生徒の学力及び社会性を充分に育むためには、一貫性のある指導が求められている。

ア 一貫性を意識した指導

教職員一人一人が幼稚園段階から高等学校段階までのつながりの中での各学校種の役割を認識した指導が求められる。そのためには、各学校段階における指導の重点とともに、児童生徒の発達や心理についての一般的な傾向とその特徴について客観的・基本的な理解が必要である。

ところで、一貫性を意識した指導の中でも、学校段階を超えて重要なのは、児童生徒の基本的な生活習慣の確立に向けた取組である。さらに、どの学校段階においても、体験活動などを通して、達成体験や成功体験を積み重ねる取組を充実させるほか、自己理解、他者理解を通しての人間関係づくりの充実が求められる。

イ 学校段階に応じた指導

各学校段階の特徴を踏まえながら、学校種に応じて計画的、継続的に生徒指導を行う必要がある。その上で、それぞれの学校において直面する課題を的確に把握し、その改善に向けての指導の重点を明確にして、具体的な改善方策を年間指導計画の中に位置づけ、児童生徒の現状や各学校の特色に合わせた具体的な指導を行うことが必要である。

ウ 学校種間の連携

一貫性のある指導のためには学校種間の連携を図ることが大切である。この連携を円滑に推進するために、市町村教育委員会の主導で進めているところが少なくない。

実践例:市町村教育委員会主導により予防的取組を取り入れた例 

1 小中の各学校段階に応じて、児童生徒の社会的スキルの育成を目的に、グループ・アプローチを通して、集団へのかかわり方や集団成員間のコミュニケーションを学ばせる指導プログラムを策定、指導を図っている。

2 小中一貫プログラムとして「感情理解教育(「アンガーマネジメント」(注7))」に取り組んでいる。プログラムは、「初期(小1から4年生)」、「中期(小5から6年生、中1年生)および「後期(中2から3年生)として、それぞれが組まれている。

(3)学校種間の連携を意識しての指導体制の確立

ア 幼小連携

幼児期と児童期とのつながりを「接続期」として捉え、(「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)」(平成22年11月11日 幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議) )幼小連携の視点を重視して関連する指導を進めることが重要である。

小学校の段階においては、小学校入学後の環境の変化に対応できにくい児童もおり、小学校入学前から虐待を受けているケースも見られるなど、小学校と幼稚園・保育所等との連携が重要になってきている。そこで、困難を抱える家庭および児童について、幼稚園・保育所と小学校とが情報を共有することで、継続性、一貫性のある指導が可能となる。

イ 小中連携

(ア)日々の連携

小学校と中学校とは、いわゆる「中1ギャップ」などの不適応の解消を図るためにも、日ごろの連携が必要である。中学校区を単位にして「小中協議会」等を設置し、日常的に情報交換を行い、密接な連携を図ることによって統一的で組織的な対応ができるようにする取組が大切である。

実践例

1 中学校の学級編制

小中合同による中学校入学者の学級編制の試みである。中学校では複数の小学校との連携を進め、入学する児童間の人間関係等を把握して学級編制案を作成し、この案を基に調整を図っている。

2 共通の校則づくり

中学校区内の全小学校および中学校の学校生活のルール(校則)をすり合わせて、9年間を通した生活規律や規範意識の醸成を図っている。中には、行動連携までへと進み、毎月2回、小中合同の登校指導を行っているところもある。

3 部会(管理職、教務主任、生徒指導主事等)の設置

それぞれの組織のラインにおいて「顔が見える関係」をつくっている。

1つは、小学校及び中学校の管理職の部会である。教頭会が校区内の小中学校で共通項目を設定し、生徒指導上の課題や授業の在り方などの相互理解を進めている。2つは、児童生徒の学力という面で教務主任、学力向上を目的として部会をつくっている。3つは、養護教諭も参加する生徒指導担当者、教育相談担当者の部会で、月に1度は会議を行っている。中には、中学校との連携のために、校務分掌に「連携主任」を新設した小学校もある。

4 合同の研修等

一貫性のある指導を図るために、中学校区内の小中合同で研修を行う必要がある。その結果、双方が教育や指導の連続性を理解し合い、ときには中学校での生徒指導のノウハウが小学校へ導入される。さらに、授業参観交流、出前授業などの行動連携も成果を挙げている。小中教員の人事交流を積極的に図っているところもある。

(イ)課題を抱える児童生徒についての連携

いろいろな困難を抱える児童生徒について、長期にわたって継続的な支援ができるように、情報の共有等を図る取組が必要である。また、発達上の課題がある児童生徒の暴力行為について、一貫した指導ができるような連携体制も大切である。

ウ 中高連携

高等学校段階での暴力行為や生徒指導上の課題の予兆が、既に中学校段階で現れていることがある。さらに、発達障害がある生徒への支援も課題となっている。それゆえに、中高の連携はますます重要になっている。

(ア)連携を生かした指導

高等学校段階では、特定の高等学校に課題をもつ生徒が集まることが指摘される。そこで、中高間においては、互いに情報の共有を図り、中学生に対して十分な学校説明と体験入学などを行い、入学希望の生徒に学校の特徴を理解させ、高等学校での中途退学等の不適応を防止する必要がある。

実践例

1 入学時における中学校との情報連携を生かし、特に困難を抱えた生徒にはきめ細かな指導が出来るようになっている。中学校においても、このような生徒が高等学校でも一貫した支援、指導が受けられるように連携している。

2 高等学校が地域の中学校と連携し、学校行事への協力、部活動指導の協力、地域行事への協働参加などの取組を進めている。

実践例:入学時の工夫

入学時での適切な関わりが重要となるので、入学時には、「全生徒の名前を覚えて呼ぶ」という取組を行い、生徒の自尊感情を高めてスタートしている。

(イ)継続性のある指導

中学校段階とのつなぎ(継続性)を意識し、高等学校段階でも計画的、継続的に生徒指導を実施する必要がある。そのためには、教職員が他の学校種の教育活動についてさらに理解を進める必要がある。

実践例:継続した指導例

中学校段階から行われてきた「ソーシャルスキルトレーニング」や、ストレスをうまく表現する「ストレスマネジメント教育」などの取組を行っている。

(ウ)保護者、地域、関係機関との連携

中高が連携して、保護者、地域、関係機関との日々の連携を進めることも大切である。

実践例

高等学校が、地域の中学校の保護者向けに学校参観の場を設け、学校種の違いについて理解を深めている。

(注)本文で使用されている用語等

(注1)「学級」

本報告書における「学級」は、高等学校等における「ホームルーム」を含むものである。

(注2)「生徒指導主事」

生徒指導主事について、学校教育法施行規則第70条第1項に「中学校には、生徒指導主事を置くものとする。」とあり、同条第3項で「生徒指導主事は、指導教諭又は教諭をもつて、これに充てる。」、同条第4項で「生徒指導主事は、校長の監督を受け、生徒指導に関する事項をつかさどり、当該事項について連絡調整及び指導、助言に当たる。」と規定している。

高等学校や特別支援学校等については、学校教育法施行規則第104条第1項、第135条第4項及び第5項に、中学校における第70条に規定する内容を準用すると示されており、生徒指導主事の位置付けなどは中学校と同じである。

なお、小学校については、生徒指導主事に当たる職の規定はないが、学校教育法施行規則第47条の「・・・のほか、必要に応じ、校務を分担する主任等を置くことができる。」という規定を受けて、生活指導の主任を置いている学校もある。本報告書における「生徒指導主事」は、小学校において、名称を問わず、校務分掌上の規定により生徒指導の中心的役割や、生徒指導の計画的・継続的推進のために校務の連絡調整を図る役割等を付与された教職員を含むものである。

(注3)「ストレスマネジメント教育」

様々なストレスに対する対処法を学ぶ手法である。始めにストレスについての知識を学び、その後「リラクゼーション」「コーピング(対処法)」を学習する。危機対応などによく活用される。

(注4)「ソーシャルスキルトレーニング」

様々な社会的技能をトレーニングにより、育てる方法である。「相手を理解する」「自分の思いや考えを適切に伝える」「人間関係を円滑にする」「問題を解決する」「集団行動に参加する」などがトレーニングの目標となる。障害のない児童生徒だけでなく発達障害のある児童生徒の社会性獲得にも活用される。

(注5)「グループエンカウンター」

「エンカウンター」とは「出会う」という意味である。グループ体験を通しながら他者に出会い、自分に出会う。人間関係づくりや相互理解、協力して問題解決する力などが育成される。集団の持つプラスの力を最大限に引き出す方法といえる。学級づくりや保護者会などに活用できる。

(注6)「ライフスキルトレーニング」

自分の身体や心、命を守り、健康に生きるためのトレーニングである。「セルフエスティーム(自尊心)の維持」「意思決定スキル」「自己主張コミュニケーション」「目標設定スキル」などの獲得を目指す。喫煙、飲酒、薬物、性などの課題に対処する方法である。

(注7)「アンガーマネジメント」

自分の中に生じた怒りの対処法を段階的に学ぶ方法である。「きれる」行動に対して「きれる前の身体感覚に焦点を当てる」「身体感覚を外在化しコントロールの対象とする」「感情のコントロールについて会話する」などの段階を踏んで怒りなどの否定的感情をコントロール可能な形に変える。

また、呼吸法、動作法などリラックスする方法を学ぶやり方もある。

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