【資料1】秋田委員発表資料

保幼小の円滑な接続のあり方のために諸外国における幼小移行の動向

2010年4月23日
秋田 喜代美(東京大学教育学研究科)

  

1<はじめに>

2000年以後の保幼小移行の国際的動向については、前提として次の矛盾の了解と2点の特徴を指摘できる。

 基本的矛盾:移行を滑らかにすることと各学校種での教育の独自性を保つこと 

1 カリキュラムの接続という議論ではなく、子どもと保護者が新たな環境移行(子どもがある教育の様相から別の様相に移るにあたっての環境や関係性の変容過程:ユネスコレポート)をどのようにサポートしうるのかと言う観点から語られているのが、欧米の近年の動向である。すなわち、就学のためのレデイネスとしての技能を子どもに育てることを強調するのみではなく、子どもにとっての社会的資本、文化的資本として、園と学校、地域との連携、そのための良質な幼児教育ならびに学校教育カリキュラムや移行のための特別プログラムなどが議論されている。

2 小学校以上の教育に対して有効に機能しうる保育とは、どのような保育の質をもった教育プログラムであり、それはいつまでなぜ効果を持ちうるのかという議論が実証的になされていること。また接続期だけに特化した議論では小学校低学年教育のあり方までを射程に入れた議論がなされている。

 

 2<移行のために子どもに求められる能力>

学習に必要な認知的能力だけではなく、社会的能力としてのResilience(可塑性、柔軟性)が移行を支える能力の基本。

独:Griebel & Niesel, 2003 Resilienceとしてのコミュニケーション能力ならびにストレス対処能力が社会的な能力(対人葛藤能力)、問題解決力、批判的思考力や自立性、目標志向性、自己調整能力を発達させる。

英国:Sylva et al. 2010  EPPE Study Resilience(新たな環境に対する可塑性)を育てることで、いかに学ぶかを保育の場で学ぶ。ハンデイ等をもった子どもで、質のよくない保育で育った子どもは、中あるいはそれより良質の小学校教育を受けたとしても、11歳児時点でも改善されない、それはレジリエンシーを獲得することによって、学び方を学んでいないために、効果的な小学校での学習機会を自分で手に入れることができないためであることを指摘。

UNESCO  Fabian & Dunlop,2007:移行における社会情動的な安定感(SOCI0-EMOTIONAL WELL BEING)のために感情的リテラシーを育成すること。自己の情動的な安定。友人と活動できる感情的基盤としてのコミュニケーション能力の育成が重要

  

3<移行・小学校移行に有効な教育プログラムへの試み>

1 保育プログラムの小学校以後の学習への有効性

  質が高い保育を継続してうけた期間が長ければ保育の有効性は持続する

 アメリカ(NICHD study、CLASS study),イギリス(EPPE1999-2008, REPEY,2002,EPPESE,2007-2011)、ニュージーランド(1992-)等での縦断研究から示されている。

米国 CLASS 研究:教師の感情的/社会的支援と学級の組織化および教育支援が移行ならびにその後の小学校教育において重要である。しかしながら、幼児期ならびに小学校低学年において、子どもは感情的・社会的支援と学級の組織化は受けているが、対照的に教育的支援は低く高次思考を刺激する教育支援を受けることが少ない。今後一人一人にあった高次の教育的支援のあり方を検討する ことが重要。.

英国 EPPE研究:園での園長や教員の資質、リーダーシップ、長期継続スタッフ、仕事の共有とコミュニケーション、カリキュラムの多様性、認知的課題の水準、思考共有支援(sustained shared thinking:教師が子どもと一緒に探究している対象と向き合い、子どもの理解や能力に目を向ける、子どもが自分は何を達成できそうかをつかめる、考えやスキルを能動的に協働構築できること。必ずしも学びを意図しなくても、自己表現や自由な発見、探究の中でこれらは培われる。)以下の条件を保育中に満たさなくても、子どもの能力が高い園では、保護者が文化的文脈の中で子どもの学びに関わる思考共有支援の基礎を与えている。

 

2 有効な幼小移行プログラム 

移行のための統合レベル:省庁の所管(教育庁での統一)、施設(建物の共有)、教員研修の合同化、カリキュラムレベル、子どもや教師の合同活動や交流プロジェクト

(Fabian & Dunlop,2007 UNESCO STUDY, CIDREE,2007)

1)共通理念:子どもが新たな状況をよく知っていること、親もその情報を事前に知らされている、教師は子どもの発達や就学前の経験について情報を持っているときに子どもは学校により適応しやすくなるという哲学のもとに形成されるべきである。家庭・学校・地域の関係によるサポート。子どもと保育者がスクリプトを事前に獲得できる(見通しを持って動ける)。親から学校の神秘性をとりのぞき学校を利用しやすくする。学習と学校を肯定する態度の育成(特に社会的に不利な立場にある児童や家族に対して)。移行プログラムとして連携や、学習方法として遊びと学習の違いなど先を見通した情報を提供する。

2)移行の成功プログラム例として紹介されているもの

a 教師と子どもの交流連携型

  スコットランド(幼小教職員、子どもの連携(小学校訪問)子どもと親のための学校訪問)
Step by STEP 幼児が1年生の遊びに参加し1年生が幼児に経験を話す、教員による相互のカリキュラム理解

b 就学準備前倒し型

  ネパール、バングラデシュ、カンボジア(入学数ヶ月前から入学後に必要とされる活動や技能を習得するプログラムの導入)

c 保護者との連携

  ドイツ(保護者と教師の期待の相違を埋めるために学校の学習についての対話の実施)
  オーストラリア(学校と家庭の連携により学校的な経験や環境を共通に持つことを強調)

d 小学校低学年教員の教師研修

  スウェーデン(学校が子どもの個別の学習ニーズにより応じられるように、就学前の学習の哲学を小学校に取り入れる。教育・教授と言う思想からケアと発達と学習の統合と言う視点へ小学校のパラダイムシフトが大切。)
  ケニア、ウガンダ、ギニア、パキスタン(小学校低学年教員の教授法のトレーニング、担任や小学校校長の幼稚園派遣プログラムなど) 

e 小学校側のカリキュラムの変化(CIDREE,2007)

  オーストリア(フレキシブルスタート年長―2年生 一つのクラスカリキュラムSchuleingangで低学年教育をより柔軟にしていく。2007年に幼稚園が教育機関として政府にとってもより高く認知されてきた異学年混合2007-2010)
  イタリア(小学校低学年最初の部分の改革 National Framework for a personalized curriculumを導入。基礎的達成レベルの基準は決定する。Uniform learning standardsを入れると同時にpersonalized learning courses)
  スペイン(年長第2学期サイクルと小学校教育の間のコアカリキュラムを設定。発達させねばならないスキルによって、学習対象、内容を規定している。各学校が自分たちでカリキュラムの要素はきめて発展させる)

  

4   <まとめにかえて>

  幼児教育の質の向上、移行期における、子どもだけではなく、保護者ならびに教員、校長への研修のあり方、移行期プログラムの存在や小学校低学年カリキュラムの変化などを全体を通して指摘することが出来る。ただし、カリキュラムそのものの内容をどのようにつなぐかと言う議論は、個別の教科内容レベル(算数、言語など)ではなされているが、むしろ全般的な議論が各国共になされているといえる。

  最も重要な点は、日本の文化に応じた良質な保育のあり方と良質な学校教育のあり方を議論することである。接続はそれをつなぐ潤滑油とて内容規定というよりも、移行期間に育てておきたい能力、子どもの育ちのすがたを規程し、そのための活動を自立的に園や学校が考えていくという方向がありえるのではないかと考えられる。

                                      以上

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