資料3 産業界における2020年のアプリケーション利用について(笠委員提出資料)

スーパーコンピューティング技術産業利用協議会企画委員
HPCIコンソーシアム理事
笠 俊司

 

1.ものづくり分野におけるHPCの現状

(1)HPCの利用場面

  • HPCの活用や有効性を確認する実証計算として,数千~1万コア程度のシミュレーションを,「京」やその他のHPCI資源提供機関の産業利用として実施している。
  • 上記実証計算の目的は,シミュレーションの精度検証と従来解析では実現できなかった事象の解明(例えば旋回失速の精度良い予測など)。前者は自社内で実施している小規模解析を保証する用途として活用を考えており,後者はより本格的なプロセスイノベーションにつなげる意図がある。
  • 自社内のシミュレーションでは,1000コア程度のシミュレーションが最大規模であり,計算時間も最大数日程度に留まる。
  • 計算規模が上記に留まる理由は,企業内でHPC資源が未だ潤沢に整備されている状況でなく,一つのシミュレーションで多くの計算リソースを占有して解析する環境ではないため。
  • この規模のシミュレーションでは,オープンソースコードの利用がほとんどで,市販ソフトウェアを利用したHPCは構造解析における衝撃分野など,限られた利用に留まる。プリポストは市販ソフトウェアで,ソルバーはオープンソースコードでという組み合わせである。
  • 上記理由は,市販ソフトウェアを多コアで実施するためのライセンス料の問題もあるが,そもそも多並列環境で十分なパフォーマンスが出ないとの認識であり,市販ソフトウェアの利用は小規模解析(Max100コア程度,通常は32コア,16コア程度)に留まる。
  •  MD計算でもGUIは市販ソフトウェア,計算実行はオープンソースソフトウェアで数百~数千コア程度のシミュレーションが可能となっている。
  • 解析の目的は、流体や伝熱などの性能評価、構造強度などの信頼性評価、騒音や振動などの環境性能評価がメインであり、単一の流体、構造、音響などの解析から、複合現象を取り扱うMulti-Physics解析の要求が増えている。

(2)企業内でのHPCの現状

1)ハードウェアの状況

  • 汎用CPUベースの数千コアレベルのPCクラスターが稼働して数年が経過
  • トータルの性能は,初代地球シミュレータ程度(数TFlops~数十TFlops)であり,当時の最速マシンが10年後には企業内で整備され始めるという感覚。
  • 最大1000コアのシミュレーションをバッチ処理ベースで運用
  • CFDとFEMでそれぞれに適したシステム構成(コアあたりのメモリ搭載量や通信バンド幅など)が異なるため,ハードウェア資源量が増えるに従って,特徴を持たせた構成とし,両者がマシン上で混在することを避ける傾向にある。
  • 一般のPCクラスターは,汎用のインターコネクトで構成されており,これの律速で,並列性能も数100コアで頭打ちになる傾向がある。通信ネットワークの速度以外に,ハードディスクやメモリへの書き込み速度など,全体の性能がバランス良く改善されなければ,この規模以上の並列解析を実施するのは難しいと感じている。

2)ソフトウェアの状況

  • 依然として市販ソフトウェアの利用が大部分。
  • 懸案のライセンス料の問題も,大規模ジョブ用のライセンス設定がなされるようになり,市販ソフトウェアを使って100コア程度の計算はされるようになってきた。
  • この規模のシミュレーションを日常的にやろうとすると,ストロングスケールを実現する規模の解析モデルが必要となり,リファイナー機能がない市販ソフトウェアでは,(結局元に戻って)相変わらずモデル作成に苦労している。
  • 大規模モデルの計算格子作成では,品質の良いモデルを入手しようとすると,数週間を要することが普通であり,解析モデルの作成(プリプロセッシング作業)がシミュレーション実施の律速となっている。
  • さらに大規模シミュレーションでは計算結果の可視化で,相変わらず良いアプリケーションが少なく,これも解析規模の律速となっている。
  • オープンソースコードを中心としたシミュレーションシステムの整備に着手しつつあり,CFDでは,東大生研等で開発されているFrontFlowシリーズやOpenFOAMをシミュレーションのコアソルバーとし,構造解析では,ADVENTUREやFrontISTRをベースとするシステムを指向している。プリポストには、市販ソフトウェアを利用し、市販のCADを含め、これらとオープンソースコードを統合して、シミュレーションシステムを構成する方向性である。
  •  これとは別に自社開発やアカデミアとの共同開発による専用ソフトウェア(特定機器のシミュレーション用)も運用されており,こちらの方が大規模なプロダクトランを行うことが多い(1000コア超×数十ケース×十数時間程度)。
  • 計算時間は数時間から十数時間で結果が入手できることが良好と考えており,数日を要するジョブは稀。
  • 上記の理由は,解析実行者の1日の業務が,午前中に前日から夜半にかけて実行したジョブの結果確認・評価を行って,シミュレーションの戦略・方向性を考え,夕方にかけてモデル・条件修正等を実施してジョブを再投入というサイクルで業務を行うことが多いためである。このサイクルで,少なくとも1日1ジョブを処理していくことが心地よいペースとなっている。
     

2.2020年のアプリケーション利用について

(1)ハードウェアの状況

  • 現状のアナロジーから,2020年で入手できるハードウェアが「京」の1/50~1/10と仮定すると,現状「京」で実施している産業利用実証解析を企業保有のハードウェアで実施できている可能性が高い(クラウドサービスを利用するとしても同様の環境が入手できている可能性が高い)と予測している。
  • 特に製品開発を担当する事業部門がシミュレーションの有効性を認識している高付加価値品では,京の一桁落ち程度の投資を行い,専用化した形態で運用していることが想定される。
  • これらを適正なコストで実現するために,ハードウェアの構成機器の性能が,バランスよく改善されることが期待される。
  • 上記ハードウェアが入手できた場合も,一般製品の研究開発では,「京」規模シミュレーションでプロダクトランを実施するまでには至らず,相変わらず小規模モデルの保証計算として数千から1万コア規模のシミュレーションが実行されていると思われる。一方で,専用マシンを有する高付加価値品の開発では,複数台の導入により大規模なプロダクトランが始められていることも十分考えられ,企業のHPCに対する姿勢により明確に明暗が分かれるのではないかと思われる。
  • さらに,真のプロセスイノベーションを目指した実部品交差を取り込んだシミュレーションが実行される環境が整い,性能や信頼性の予測精度が格段に向上した真のあるがまま解析が実現できている可能性がある。
  • MD計算などの分野では、汎用プロセッサ+GPGPUの組み合わせで効率的な計算が実行できる環境が進捗すると期待している。

(2)ソフトウェアの状況

  •  市販ソフトウェアを用いた数十コアレベルのプロダクトランは,依然として解析の主たる部分を占めると考えるが,現状の大規模シミュレーション実施で律速となっているプリポストの問題が解決されれば,「京」規模シミュレーションを企業内で実施することが可能になると考える。
  • その際,オープンソースベースのアプリケーションソフトウェアが主流となるか,市販ソフトウェアの大規模並列対応が実現しているかは,未知数であるが,シミュレーションの主流が数百コア程度の並列計算に移行すれば,市販ソフトウェアもライセンス料設定の改善を含め,対応の機運が生まれるのではないかと予想している。
  • シミュレーションの真の価値を獲得するために,高精細な形状モデルを採用する動きが加速すると考えるが,CAD上でのトポロジーやパッチの数が格段に増えれば,計算格子作成がやはり律速となる可能性が高い。これを解決する方向として,CAD上でメッシュを意識せずハイエンドなシミュレーションを行う環境整備が必須と考える。
  • 2020年頃のシミュレーションソフトウェアの研究開発状況は,ソルバーとしての改良は引き続き行われるとともに,上記CADへの集約が進むものと考えられ,この面での開発競争が惹起しているのではないかと思われる。主要なCADベンダーは3グループ程度に集約され,これを中心とした大規模CAEソフトウェアが整備されるのではないか。
  • 企業は,自身の製品特性に応じたハイエンドCADとそれを中心とする大規模CAEのユーザーとなり,ハードウェアリソースの有効活用を図ると思われる。その際,国産CADが主流となっていないハイエンドCADの状況では,国プロ開発のオープンソースソフトウェアの資産を十分生かしきれないことも考えられ,国によるソフトウェア整備やその支援でも,この点を意識した強化が強く求められる。
  • 一方で,2020年ごろに整備される次世代スパコンでの産業利用は,数万コア規模の実証解析が行われている可能性が高いと考えられるが,ソフトウェア開発や利用技術の面など,企業単独での実施は難しく,引き続き産官学連携での推進が強く求められる。
  • 産業利用としてハイエンドな計算課題は上記実証を経た後,企業における保証計算,プロダクトランへ移行していくと考えられ,2020年以降,そうした動きが加速すると思われる。

以上

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