次世代スーパーコンピュータ戦略委員会(第4回) 議事録

1.日時

平成21年1月28日(水曜日)17時~19時04分

2.場所

文部科学省3F2特別会議室

3.出席者

委員

土居主査、宇川委員、小林委員、小柳委員、寺倉委員、中村委員、平尾委員、矢川委員、米澤委員

文部科学省

磯田研究振興局長、倉持大臣官房審議官(研究振興局担当)、舟橋情報課長、奈良振興企画課長、井上スーパーコンピュータ整備推進室長、飯澤学術基盤整備室長、中井課長補佐

オブザーバー

理化学研究所 次世代計算科学研究開発プログラム、茅プログラムディレクター、姫野副プログラムディレクター、泰地生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チームリーダー、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター、笹井細胞分化・器官発生研究グループディレクター、末松慶應義塾大学医学部長、西島持田製薬株式会社医薬開発本部主事

4.議事録

【土居主査】

 それでは定刻になりましたので、ただいまから第4回次世代スーパーコンピュータ戦略委員会を始めさせていただきたいと思います。当委員会の主査を仰せつかっております土居でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 まず事務局より本日の配付資料につきまして確認をお願いいたしたいと思います。

【事務局】

 それでは、お手元の議事次第と照らし合わせて資料のご確認をお願いいたします。
 本日の配付資料は、まず「ライフサイエンス戦略分野~バイオスーパーコンピューティングの新時代に向けて~」という理研から後ほどプレゼンテーションがあります資料でございます。それと、「次世代スーパーコンピュータの医学生物学への応用」と題するプレゼンテーションの資料で、後ほど末松先生から発表をいただく資料でございます。3つ目でございますけれども、「次世代スーパーコンピュータ戦略委員会 生命科学分野でのスーパーコンピューティングへの期待」という資料で、後ほど西島先生から発表をいただく資料でございます。それと、また前回までの配付資料につきましては、いつものとおり机上のピンク色のファイルにとじてございます。配付資料について欠落等がございましたら、事務局までお申しつけ願います。
 以上でございます。

【土居主査】

 どうもありがとうございました。よろしいでしょうか。またそのときになって足りなかったら、お声をかけていただければと思いますので、先に進ませていただきたいと思います。
 議事次第に従いましてと申し上げましても、議事次第1で「戦略分野について」しかございませんので、本日はライフ分野について理化学研究所次世代計算科学研究開発プログラムから茅プログラムディレクター、姫野副プログラムディレクター、泰地生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チームリーダー、それから理化学研究所発生・再生科学総合研究センターから笹井グループディレクターにお越しいただいております。それに加えて慶應義塾大学から末松医学部長、持田製薬株式会社から西島主事にそれぞれ戦略分野としてふさわしい課題についてお話を伺うことになっております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 まずは、理化学研究所から始めさせていただきたいと思います。茅先生は物理化学をご専門とされ、東北大学、慶應義塾大学で教育研究に従事された後、分子科学研究所所長を経て、現在は独立行政法人理化学研究所次世代計算科学研究開発プログラムプログラムディレクターをお務めになっておられます。また、姫野先生は数値流体力学をご専門とされ、日産自動車を経て、現在、理化学研究所次世代計算科学研究開発プログラム副プログラムディレクターでいらっしゃいます。泰地先生は、計算生物学をご専門とされ、統計数理研究所等で研究教育に従事された後、現在、理化学研究所生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チームリーダーでいらっしゃいます。そして、最後になりましたが、笹井先生は神経発生学をご専門とされ、京都大学等で教育研究に従事された後、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター細胞分化・器官発生研究グループグループディレクターでいらっしゃいます。
 それでは、恐れ入りますが、理化学研究所として4名の方々にお願いしているわけですが、計30分程度でよろしくお願いいたしたいと思います。それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

【茅PD】

 土居先生、ありがとうございます。理化学研究所の茅でございます。
   私、ここの経歴にありますように、理化学研究所で4年間所長をやりましたが、実際にはその間にナノバイオロジーのプロジェクトを含めて、それなりに関心を持って見ております。そういう結果で、私が現在このディレクターを引き受けていますライフサイエンス分野のコンピテーションの問題については、いろいろな意味で客観的な見方ができるという意味で、2分だけお話をさせていただきたいと思います。
 まず、私がマテリアルサイエンスとしては結構リーダーシップをとっている人間だということは認知していただきたいと思いますが、そこから見ても、いかにライフサイエンスが複雑であるか。物理の言葉で言えば超多体系であると。つまり、我々が多体系と言うのは3体、4体、5体という程度だと思いますが、多分場合によっては100体と言ってもいいような大きなインタラクションを通した非常に複雑な、しかも一見秩序がないように見える系からとてつもない秩序までということで、しかもそれが環境にセンシティブであり、形にセンシティブだという非常に重要な問題を持った、まさしく21世紀に挑戦すべき問題だということがありますが、その中で特に申し上げたいのは、今言った超多体系であるということ以上に多階層問題ということでありまして、これもある意味では社会的な宇宙の観点から言うとあれですが、まさしく分子レベルからあらゆるレベルに対して非常に巨大なシステムであり、そこにやはり多体系の問題特有の問題、つまりいかに粗視化を正しくやるかという問題があります。
 その問題は、実は私は初め人体を使ってやろうと思ったのですが、ここに書きましたように宇宙でありますが、地球からスタートして理研に行くと。また転じていただきますと、申し上げたいことはつまり、こういう大きないろいろな階層を持った問題を見たときに、どういう大きさでどういう分解能を見るか。そこをどういうふうに解釈するというのは別に生命科学だけの問題ではなくて、本質的にそこには固有の問題としての方程式があり、いろいろなやり方をやって、それを接続していかなければいけないということは代表的な、またチャレンジングであるものが生命科学だということを申し上げたいためにこの図を持ってきて、最終的にこのように見ていただきましたように、だんだん分解能を上げていくことによって、個々が見れる。
 しかし、全体を見るときの目は別にすべての分解能が必要でないという本質的な問題をこれからやらなければいけないという立場で、これは神戸のコンピュータセンターのところに落ちるようにしておりますので、そこまでおつなぎいたしますと、こういう角度からこれから姫野さんがいかに挑戦的なコンピテーションをやるか。しかし、それと同時にライフサイエンス固有の実験がどのように重要かということを笹井さんにお話しいただく。その後、医療に関しての重要性を末松先生、そして医薬品という立場だと信じておりますが、西島先生に挑戦をお願いするという段取りでやりたいと思います。
 では、姫野さん、よろしくお願いします。

【姫野副PD】

 では、引き続いて。今、見ていただいたように、ライフサイエンスというのは超多体系の多階層の問題であるわけですが、当然ライフサイエンスの分野はこれまで実験的な研究が盛んに行われていました。そこでも生命現象の個々の要素は急速に解明が進展しています。
 現在、ライフサイエンスの大きな課題は、個々の生命現象の要素の発見や理解から、多階に関連する複雑な現象の統合的かつ定量的な理解へと進化してきています。同時に、こういう非常にたくさんの現象が互いに同時に起こるということから、世界的にも計算科学的アプローチによる統合的な解明、あるいは定量的な予測ということが求められています。言いかえれば、現象を記述する生物学から、新たな現象を予測できる生物学へと脱却することが、今、求められています。これこそが21世紀のサイエンスの最重要課題であろうと我々は信じています。
 一方で、このライフサイエンスの分野は社会的に見ても生命現象を統合的に理解し、それによる予測が可能になれば、病気の理解が進み、診断や治療に貢献することができますし、ひいては医薬品の開発も可能になるというものであります。同時に、従来から医工学的シミュレーションというのが盛んに行われてきましたけれども、この分野も当然これから進展が期待されている部分で、治療機器の開発や術前の検討、あるいはトレーニングというものを内視鏡手術や血管内治療で行えるような計算科学的アプローチというのが期待されています。
 翻って、ライフサイエンス分野と他の分野の違いを考えてみますと、計算シミュレーションの分野では、ライフサイエンスではミクロな原子・分子のスケールとマクロな臓器や全身スケールでは基礎方程式が存在し、この分野を中心に計算科学は発達していました。しかしながら、これまでわかってきたことを確認し、実証することがこれまでのライフサイエンスでの計算科学の主な問題だったわけですが、やっと我々は十分な計算力を得ることができ、新しいことに挑戦できるようになってきました。一方で、生命現象の根幹を担う細胞の現象では、残念ながら我々はまだその基礎方程式を理解していないわけで、これに関しては特に発生や分化、免疫、進化という分野では今でも無力であります。
 一方で、実験研究はこのハイスループット実験機器や蛍光技術、分子イメージング等々、実験技術が急速に進歩して、生命現象の個々の要素は急速に解明が進展してきています。一方で、非常に複雑に絡み合い、隠れた代替機構がある現象を理解し予測するために、計算科学的手法が切望されているところでもあります。
 まとめて言いますと、ライフサイエンス全般では、これまで計算科学の応用範囲というのは限定的でありました。しかしながら、やっとスーパーコンピュータの性能が十分な性能に達しつつあり、今、やっと問題が解け、役に立つところまできました。これによって有望な新規応用問題が多数あります。今、世界中で同じ状況にありますから、今、ここに取り組めば、日本が世界をリードすることが可能です。
 ここからは、ライフサイエンス分野における計算科学研究開発の世界の状況についてご紹介いたします。世界的な研究の中心はアメリカ、ヨーロッパ、日本の三極であります。アメリカではDOEが基礎科学、生物学や計算科学を担い、NIHが医療を担当するというふうに進めているために、それぞれの分野で見ると非常に先進的なことを行っていますが、残念ながらというか、幸いなことに互いの協力は希薄であります。ヨーロッパでは、個別患者の治療を目的とした大きなファンドをつけたり、脳科学ではスイスがBlueBrainプロジェクトを推進する等、世界をリードしつつあります。
 この状況の中で世界的に取り組まれているのはタンパク質の構造やその変化などの解析でありまして、一方で大量の実験データに基づく多次元因子解析も行われています。
 現在ホットな研究開発の話題は、マルチスケールという言葉でありまして、NIHやEUでも2つ以上のスケールをつなぐ研究開発にファンディングするということが行われています。2つ以上というのは、分子スケール、細胞スケール、あるいは全身で見たときのスケールという意味でございます。
 我々日本では、このグランドチャレンジとして既にマルチスケールに挑戦しており、方程式を忠実にモデル化することでスケールを超えるということに挑戦しています。まともに取り組みますので、膨大な計算量を必要としますが、そこは次世代スーパーコンピュータの圧倒的な計算力によって解消しようというコンセプトです。
 一方、欧米では医療機関で行うことを前提に、簡略化したモデルが一般的でございます。こういうところから戦略分野としてライフサイエンスが指定されれば、日本が世界に貢献することができると信じています。
 これはもう少し細部にわたってそれぞれの状況を諸外国と比較したものです。例えば、このスケールではアメリカが超並列計算で先行しましたけれども、MD-GRAPE-3のような専用計算機による計算や、粗視化モデルによる計算、あるいは全電子を入れたタンパク質の量子化学計算等で日本はリードしている等、そのほかのスケールや研究領域でも日本が先行しているところがございます。
 現在、我々はライフサイエンスのグランドチャレンジとして数万並列規模の計算能力を持ったソフトウェアの開発を行っています。これによって次世代スパコンの性能をフルに発揮し、その威力を世界に示すことができると信じています。
 一方で、分子・細胞・臓器全身の各スケールと実験データ解析、脳神経系等を同時に取り扱っております。これはマルチスケールをグランドチャレンジの中で既に取り組んでいるわけで、世界的にも全くない試みです。これらを同時に研究開発することで、それぞれの手法やソフトを互いに利用することができ、研究開発を加速することができます。この表は、それぞれのチームと互いのチームの間でどのような貢献ができるかということをまとめたものです。
 このように、次世代スパコンで世界をリードする絶好の位置に、今、日本はあると思います。ライフサイエンス分野で戦略分野を立てるとこういうアクティビティーがさらに加速され、世界での研究をリードできるものと思います。
 それでは、これからグランドチャレンジでの取り組みを少しご紹介させていただきます。グランドチャレンジとして、次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発を平成18年から行っています。これは理化学研究所を中心に13機関が参加したプロジェクトであります。ここでは、分子スケール、細胞スケール、臓器・全身スケールという基礎方程式に基づく解析的アプローチと、大量の実験データに基づく、データドリブンのアプローチ、これらを同時に取り組むことで、ペタスケールのシミュレーション技術と相まって生命現象を統合的に理解しようと。それによってヘルスサイエンスに貢献する技術基盤をつくっていこうとしています。
 これは研究開発体制を示していますが、理化学研究所の中に全体を統括するし、かつリードするチームを置いていますが、同時にオールジャパンの研究体制を構築しています。それぞれのチームに対応するワーキンググループを設けて、オールジャパンで取り組んでいます。
 ここにはそれぞれの分子スケール、細胞スケール、臓器・全身スケール、データ解析融合、脳科学研究というふうにそれぞれの研究テーマに対してどういうことに取り組んでいるかを概略でまとめさせていただきました。我々の1つの特徴は、そのほかに生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チーム、HPCチームと以後あらわしますが、High Performance Computingに強い人たちを泰地先生に集めていただいて、分子動力学や量子力学の高速化のために必要なコアの部分のライブラリーの開発であるとか、あるいは並列ミドルウェアや大規模データの可視化システム等の開発、同時に各チームの開発したソフトウェアの高並列化・高速化をここで対応していきます。
 このチームの持つポテンシャルですが、ハードウェアに寄り添った最適化を武器とし、さらにはハードウェアに向いた計算アルゴリズム、特に生命体のシミュレーションの中で出てくるポアソン方程式や酵素反応、あるいは薬剤の結合エネルギーを予測するための大規模な量子化学計算で必要なオーダーN手法の開発等もこのチームが担当して行っています。
 このチームの他の研究チームへの貢献の中で、どうしても避けて通れないのが重点化とか、あるいはどれを先にやるかということですが、我々は科学的なインパクト、並列化の難易度、ソフトウェアの完成度、アルゴリズム・ソフトウェアの汎用性の観点からそれぞれのソフトウェアの順位づけをして、上位のソフトウェアから順番にチューニングを行っていくということを取り組んでいます。
 ここは我々のグランドチャレンジの目標と課題を説明している部分です。現在2009年ですが、ゆくゆくは生命のシステムの統合的理解、統合的解析による理解の深化やヘルスサイエンスへの貢献をねらっているわけですが、途中の2012年にグランドチャレンジとしてライフサイエンス分野に貢献できるソフトウェア・ツール群を用意するということを中間的な目標に置き、それぞれの課題は実験データの有無や検証可能性等で最適なものを選ぶという方針で、各チームで課題設定をしてきました。
 例えばデータ解析融合のチームは、肺癌に対する薬を見つけるということに必要なソフトウェアの開発を行う。分子スケールでは、膜タンパク、あるいは代謝酵素の働きを分子レベルで解析していく。細胞スケールでは、単純な血球からスタートし、肝細胞へ挑戦していく。臓器・全身スケールは、細胞スケールの血球・血小板を取り込んだ循環器系に挑戦していく。脳神経系では、細胞チームと一緒に神経細胞に取り組み、感覚情報の処理に挑む。こういうふうに考えています。肝細胞を中心に肝小葉や肝臓へと至るルート、分子スケールでは細胞へ至るルートというふうにマルチスケール化をねらっており、さらにはいろいろな分野で生命システムの定量的計測やデータの蓄積が進めば、生命現象を記述する数理モデルを今以上に発展させ、この大きな目標に到達しようとしているわけです。
 さらに、グランドチャレンジのその先も見据え、計算性能の向上というのはどういうことによって成り立っているかということから、アプリケーションのソフトウェアに関してもこれから先もっと高性能化したスーパーコンピュータに対応できるものを開発しつつ、さらに次世代機ではライフサイエンス分野のキラーアプリともなるであろう分子動力学計算、あるいは分子軌道法等のキラーアプリに適した高並列プロセッサを同時に考えていくということをねらっています。我々はMD-GRAPEやRSCCの開発を通じて、よりハードウェアに対してもコミットしていくということを考えています。結果的にできるハードウェアとしてはこういう革新的な省電力・省スペース・高信頼性、これは当たり前のことでありますが、ライフサイエンス分野で重要な通信のない並列大量ジョブに対しても、I/OやOS等も含めた高速化を図るということが重要ではないかと思っています。
 ライフサイエンス分野のさらなる発展の方向性をここに書いています。これは理研内外の方々に集まっていただいて検討した結果でありますが、今後の生命科学が目指す重要課題として、生命現象のシステムとしての統合的理解、シミュレーションによる予測、さらにはその制御、最後に有用な生命システムを設計していこうという、この4つの目標設定を行っています。これらをスーパーコンピュータを使った新しい分野であるバイオスーパーコンピューティングということを提唱し、いろいろな研究者を結集して取り組もうと考えています。
 具体的な研究開発の領域として、ここに例を挙げさせていただいていますが、これは個別で煩雑ですので、例として分子でのマルチスケールシミュレーション、細胞でのシミュレーションの例を2つ具体的に挙げさせていただきます。
 これは次々世代機を目指した分子シミュレーションの説明であります。現在、100テラフロップスを持った計算機で、全電子計算に基づくタンパク質の構造変化の解析が行われていますが、残念ながらまだナノ秒のオーダーであります。ここにはタンパク質内の酵素反応のサイクルの第一原理計算の例を挙げていますが、この6つの絵はそれぞれスナップショットで、これらすべてを時系列的にずっと追いかけて計算したものではありません。我々が目指すべき方向は、まずは2012年の10ペタフロップスで、ミリ秒以上の計算を実現する。こうすることで、生体内の結構素早く起こる反応については計算ができることになります。
 さらにその先、2017年ごろ、1エクサのシステムが開発できると想定し、これはちょうど100テラから10ペタが100倍、この10ペタから1エクサが100倍になっています。当然のことながら、計算性能が100倍で、実際の計算として100倍の計算ができたというと、ソフトウェアは一体何をやっているのだという話になるわけで、我々は当然ここに書いているような改良を施し、ソフトウェアの改良、計算方法の改良によって、さらに10倍の性能を達成しようと思っているわけです。次々世代機では、秒から分というオーダーのシミュレーションを実現することで、なかなか変化のゆっくりした現象、例えばアルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドの凝集機構等の解析がここまでいくとできるだろうと。もちろんここでもかなりの部分が解析できるということです。
 細胞に関しては、今、パソコンレベルのシミュレーションというのが率直なところです。これを次世代スーパーコンピュータのできる2012年までに細胞を区画して、100万の微小空間に分解し、それらの間の関係を解析できるソフトウェアを実現していきます。そうすることで、細胞内の区画されたそれぞれのオルガネラの役割、あるいは空間距離がある場合のそれぞれの速度の違い、輸送等を考慮できるようになります。
 さらに2017年ごろ、さらに100倍の計算機ができたとすると、そこではここで実現できた以上に細胞の形態の変化等のシミュレーションも可能になり、こうすることで代謝病やがん、免疫疾患、再生医療などへ貢献できるような未来が開けてきます。
 我々はこういう研究の実現のために、戦略分野としての連携体制として中核的ライフサイエンス研究拠点を置き、それぞれの大学やそれぞれの研究所の人材と研究体制を結集して取り組み、同時に他の戦略分野とも共通した方法論や開発の共同研究等を行い、ライフサイエンスだけでは解決できないいろいろな問題に取り組んでいきたいと思います。
 最後に、ライフサイエンスでは実験研究が非常に重要で、未知な部分がありますので、実験研究者との連携は必須の事項であります。これについて、笹井ディレクターのほうからご紹介させていただきます。

【笹井GD】

 よろしくお願いいたします。この四半世紀、ライフサイエンスは特にウェット実験の研究において目をみはる進展を示してきました。このポイントとなりますのは、特に分子生物学的な研究、すなわち遺伝子研究を中心に複雑な生命現象を単一の要素に分解するという方向において、強力な武器を持ちまして進めてきたわけであります。それは、例えば数年前にヒトの遺伝子の全ゲノム情報が解明され、3万程度の遺伝子のすべてが同定されたわけです。
 したがって、これから新しい遺伝子が発見されることはありません。しかも、これらの遺伝子をマウスのレベルでノックアウトするということが一昨年、スウェーデンでノーベル賞が出たわけですけれども、どんどん進んでおりまして、あと数年以内に大体主要な遺伝子のほとんどはノックアウトされて、マウスのレベルでその遺伝子の機能というのが同定されるという時代が来ております。
 しかし、それで実際私たちライフサイエンスのウェットの研究者がライフサイエンスの基本的な生理機構がわかったかというと、ますますなぞが深まるばかりだというところがございます。すなわち、個別要素の同定ということにおきましては、ある種の壁にぶつかっております。
 そこで、私のようなウェットの研究者がなぜここにのこのこと出てきたかといいますと、ぜひ計算科学との連携によりまして、新しい時代のパラダイムシフトというものを期待しているからでございます。それは、高次・複雑化でありまして、実際生命が生命らしいのは決して1個のタンパク質というものの中にある不思議さだけにとどまらず、全体としての複雑な生命現象や形、その他のことに引かれるからでございます。
 例えば遺伝子から遺伝子のネットワーク、3万遺伝子同士の間のインタラクションというのは膨大なものになるわけでございますが、そうしたものや、細胞の理解から、今度は細胞の社会、すなわち組織や器官の理解であったり、あるいは幹細胞から組織や臓器の再生といった複雑な生命現象をこれまでのように個別に分解するのではなく、複雑なままシステムとして理解し、操作するということに非常な期待がなされているわけでありまして、そこはこれまでの説明にございましたように、超多体問題であり、またたくさんの時系列データを処理する必要があります。そこで、私たちのようなどウェットの人間が計算科学との連携というものを、今、ほんとうに真摯に求めているところでございます。
 本日は、私自身の専門でありまして、またかつ今まで例えば遺伝子ネットワークとか、あるいはこの後末松先生からご説明いただくような機能的な部分とは違いまして、こういった計算科学との連携が非常に遠いと思われていた部分におきましても、実はどんどんこの計測などの技術の進展によりそのギャップが近づいており、現実的な共同研究体制を敷くところに来ているということをお話しさせていただきたいと思います。
 例えば、細胞レベルにおきましては、この後末松先生からお話しいただけるような細胞の中の機能シミュレーションであったり、あるいは分化、そしてまた先ほどもご説明がありましたような合成生物学と呼ばれる新しい制御系を設計していくことなどが期待されております。
 そこで、私自身の専門であります分化について少しお話しさせていただきたいと思いますが、最近このウェットの生命の中でも非常に研究がどんどん進んでいる中では細胞のレベルの研究がありますが、その代表格は、例えばES細胞やiPS細胞等でございます。これらは未分化の細胞であり、そこから体中すべての細胞に分化する能力を持っているということはご周知のとおりかと思います。
 これらの細胞は、未分化の状態から分化に向かって坂を転げ落ちるように分化していくとよく言われますが、その際に、例えば心臓になる細胞は、脳あるいは血液や血管などの細胞に順次なる能力を失っていく。そういう中で、こういった隘路の中に入っていくという形が分化と考えられておりまして、これは分化のランドスケールと申します。しかし、これは連続的な過程ではございませんで、実は踊り場のような中間的なステップがたくさんございます。これはいわば準安定的な転写ネットワークを一つ一つが示しておりまして、その中では細胞がある一定の状態を保つということになります。
 例えば、ES細胞ならES細胞で、ここではその一番ES細胞性を持たせる制御のコアを示しておりますが、コアの部分で数十個、それと関係したところで数百個の制御遺伝子が、それ自体の活性が時系列的には揺らぎながら分化特異的なネットワークを形成しております。
 今、この一個一個の細胞の中でどれだけ一つ一つの遺伝子が活性化され、RNAを何個つくっているかということを絶対値として測定できるようになってきました。こうなってきますと、個々の準安定ネットワークのモデル化というのが、今、非常に期待されておりまして、その開発なども理研などでどんどん進んでいるところでございます。
 しかし、さらに計算量として大きなことになるのが、実はこの準安定的なネットワーク間の遷移ということを理解するところでございます。ここにおきましては、いわば時系列の大量なデータが必要であり、またたくさんの遺伝子の活性を同時にイメージングしていく。ここでは例えば収縮を示していますが、そういった生きたまま細胞を時系列で遺伝子、あるいは遺伝子産物がどのような活性状態にあるのかというのを調べる計測が急激に進展しております。
 こういうことが計算論とつながっていきますと、この遷移状態の微視的な可逆性を制御する。すなわち、例えば血液の状態から心臓の筋肉に体の中で変えていくといったことが決して夢ではなくなってきているということでございます。
 また、細胞の社会、すなわち組織のレベルにおきましては、形の問題であったり、臓器形成の問題であったり、あるいは新規の臓器の設計であったり、さまざまな夢がございますけれども、そこの中で今のことと関連いたしますので、最後に臓器形成について少しだけお話しさせていただいて、終わらせていただきたいと思います。
 細胞は臓器や組織の中では一個一個が個々に働くのではなくて、お互いに結合したり、連絡したりして働きます。これは接着によってシート化し、上皮化し、管腔形成、そして多層化したりいたします。その中で、例えばこれは腎臓の芽をマウスの胎児からとってきまして、器官培養、in vitroで培養したものですが、このようにどんどん分岐化をしていきまして、腎臓の集合管が形成されます。ここで重要なことは、これはヒトでもそうなのですが、それができるときには、大体1ミリぐらいのスケールです。しかも、細胞として10の5乗から、後になっても10の6乗程度の細胞でありまして、これらの細胞の間のインタラクション、力学的なことも含めまして計算していく上で、この形というものを理解できるということが、私たちの大きな夢であります。
 ところが、今までそれを定量化することが難しかったのが、今、ライブイメージングの技術によって、例えば細胞の間の力ということについても、リアルタイムで見ていくことがある程度できるようになってきております。これは例えばほかの臓器、肺などでも同じような状況であります。このことがわかるのは、発生という生命現象を理解するということでもすばらしいのですけれども、それを実際使って、非常に小さな器官の芽とかを実際につくれるだろうと私たちは思っています。
 それを思わせる1つの私たちの最近の実験なのですが、これはヒトES細胞から無血清浮遊培養法というものを用いまして、今、9割以上の細胞を神経にすることができます。しかも、大脳の神経にすることができるようになったのですが、それは今までは細胞のばらばらのレベルでした。これを3次元立体培養していきますと、こういったウェットの研究成果が、今、非常に進んでいまして、私たちの最近の例では、ヒトES細胞から胎児の大脳皮質そっくりな4層の構造、ここで1個1個染め分けてはいませんが、組織などをつくることができるようになりました。これも実際には1ミリ程度の大きさでありまして、10の5乗程度の細胞でございます。しかし、これでも4層という胎児型をつくることができますが、6層のデザインというものをしていく上においては、何か幾つか足りないようなパラメータがあります。
 こうした自己組織化的にできていくようなプロセスを、イメージングを使って実際のいろいろなパラメータを計測し、それをモデル化し、またそこから予測することで6層の大人型の大脳皮質をつくっていくような設計ということは、決して夢物語ではないと私たちも考えております。ぜひ私たちのようなウェットの人間からの、少し素人的な言い方になるかもしれませんが、ぜひ計算科学とのライフサイエンスの強い融合研究ということを期待するものとして、お話しさせていただきました。ありがとうございます。

【土居主査】

 以上でよろしいですか。どうもありがとうございました。
 それでは、ただいまの理研のほうからのご発表を踏まえまして、ご質問あるいはご議論いただければと思いますが、いかがでしょう。どうぞ。

【宇川委員】

 特に一番最後の笹井先生のお話というのは非常に夢のある話で、こういった方向性というのは計算が大きな役割を果たしていくことは間違いないだろうと思うんですけれども、例えば細胞ネットワークのシミュレーションはパソコン程度というお話がありましたけれども、現時点ではどのくらいまで取っかかりができているんでしょうか。これは将来的にこういった方向に行きたいというお話なのか、現時点である程度取っかかりができているお話なのか、そこを私としては質問したいと思います。

【土居主査】

 いかがでしょう。

【姫野副PD】

 すいません、今の全般の話でしょうか。

【宇川委員】

 最後の笹井先生のお話に限ってで結構です。

【笹井GD】

 こちらの自己組織化的なところから言いますと、今、1つリミットになるのが、細胞計測のほう、ライブイメージングの定量化のところであります。実際には、例えばこれは細胞10の5乗でありますので、今、ワークステーションでやっと計算ができるようなものを10の5乗に上げていくとすぐペタになってしまうわけですけれども、そういう単純な意味合いではなくて、計算することに意味のある定量データ……。

【宇川委員】

 まずモデリングの段階があって、それから計算があると思うのですけれども、モデリングに関してはそれなりの基礎的な研究が既に行われているということなんですか。それとも、そこ自体がまだこれからのテーマなのでしょうか。

【笹井GD】

 例えば、ここら辺のブランチングや上皮化についてはモデリングがある程度あります。しかし、実際のところとしては、例えばそこに力学的や形態的なパラメータを入れていくというのが、今、小さなスケールでの計算でチャレンジがあるところでありまして、ここはペタというよりは、どちらかというと夢だと思っています。
 しかし、例えばこちらのほうのネットワークのことにつきましては、次世代スーパーコンピュータとともに出てくる次世代、あるいは次々世代のシーケンサーというものがありまして、これがものすごい計測力があるのです。そちらのほうで例えばこのネットワークの中でどういった意味づけをするかという形でのデータマイニングというのは、まさにペタが要求されるようなこととして期待されているところです。

【宇川委員】

 1点だけいいですか。

【土居主査】

 どうぞ。

【宇川委員】

 もう1点、こういった方向に関して、実際の研究者グループのサイズといいますか、何人ぐらいの方々がまずは日本でやり始めていらっしゃるのか教えていただければと思います。

【笹井GD】

 こちらのネットワークについては、例えば横浜のオミックスセンターというものが1つセンターを挙げてやるという形ですので、非常に大きな動きとして、例えばFANTOM4と呼ばれるような国家プロジェクトに当たるようなものを動かそうというような世界とリンクしていますけれども、実際の例えば臓器形成みたいなところというのは、まだまだどういう方向から向かっていくかということの取っかかり、モデリング自体は個々の小さなグループで行われているところであって、これが将来的に統合というか、流れをつくっていくというものには、ある程度の時間がかかると思います。

【土居主査】

 ありがとうございました。ほかには。

【平尾委員】

 よろしいでしょうか。

【土居主査】

 平尾先生。

【平尾委員】

 姫野先生のお話の中かもしれませんが、ミクロとマクロに関しては基礎方程式がはっきりわかっていると。だけれども、細胞のレベルのところはまだそのあたりはっきりしたものがない。これは、基礎方程式よりもモデルの問題なのでしょうか。突き詰めていけば、量子論か古典論かで、あのあたりだと拡散とかいろいろな方程式があるのでしょうけれども、そのところをもう少し。

【姫野副PD】

 おっしゃるとおりです。微視的に見れば物理法則に従っているわけなので、分子論的な原理。それから、マクロで見ると拡散や輸送というものが成り立っています。でも、残念ながら細胞の中で分子モーターによる輸送であるとか、シグナル伝達とか、膜における輸送というものは適切なモデル化がなされていないがために、まだコンピュータでちゃんと解けるようにはなっていないというのが確かに正しい表現です。

【平尾委員】

 わかりました。

【土居主査】

 ほかにはいかがですか。矢川先生。

【矢川委員】

 よろしいですか。2つございまして、最初は姫野先生のお話の中でのエクサあたりまでえいやと言わんとされたことは大変すばらしかったと思います。これはなかなか言いにくいことなのですが、思い切って言われたことはよかったという感じがしました。
 それから、ウェットとの連携につきまして、これは半年ぐらい前、中間評価のときにもいろいろな方から議論が出たのですが、やはりウェット、あるいはお医者さんとコンピュータサイエンス側との連携がちょっと見えないということがあったのです。今日のお話でも、笹井先生のお話はウェット寄りで、姫野先生のほうはコンピュータサイエンスで、これはほんとうに連携するというのはものすごく大変で、まず違う世界の方々ですよね。それがちょっと今日も見えなかったのです。半年前の中間評価か何かでも同じことがあったのですけれども、もうちょっとどういう連携をつけようとされているかが見えないという、これは勝手にそれぞれが別々の研究をやっているみたいに見えますけれども。

【土居主査】

 姫野さん、お願いします。

【姫野副PD】

 ご指摘のとおり、現在、ほんとうに生物が理解していて、かつ計算科学もわかっているという、ある意味ダブルメジャーの人たちが必ずしもいるわけではなくて、どちらが主で、後に移ってきたという人が、今、この分野にいるわけです。ですから、とりあえず今のこの時点では、やっぱり互いにメジャーの異なった人たちが同じ興味を持ち、連携していくしかないんだろうと思います。
 今言っているのは、ウェットの立場の実験研究者と計算科学の研究者は互いにコラボレーションするしかないんですが、新しい拠点をつくって、ここで人材育成からちゃんと取り組みたいというのが1つのメッセージであります。どういうふうにして複数のメジャーを持った人たちをつくっていくかというのは、やっぱりどこか特定の大学だけだと領域として狭いので、こういうたくさんの大学が協力することで、自分たちの得意な分野のレクチャーがちゃんとできる体制をつくってやっていかなければいけないのじゃないかと思います。とはいえ、すぐにこれが実現できるわけではないので、今、グランドチャレンジでは大学や医学研究科等と一緒にスタートさせていただいています。

【土居主査】

 よろしいでしょうか。

【笹井GD】

 私のほうからも1つよろしいでしょうか。実際、私も神戸の研究所のすぐ500メートル南に次世代スーパーコンピュータが来るということで大喜びはしたものの、初めはほんとうに言葉が通じるのだろうかと姫野先生たちとも思って、幾つか会をやり出したのですけれども、そこで感じたことは、案外共通の問題意識を持っているということが1つと、もう1つは明らかにお互いが両方でシェアできる領域として計測ということがあります。例えば私の培養法を姫野先生に理解してもらうという必要は全然なくて、そこから例えば細胞情報を取り出すというときに、例えば泰地先生や姫野先生と僕らが一緒に考えて、そこで計測から一緒にやっていくという部分で、ほかの物理の計測屋さんも含めて、同じ土俵で話ができるということを感じていまして、今、そこの研究レベルが非常に進んできたために、実際同じ土俵で話せるような環境ができつつあるという感じを持っています。

【土居主査】

 ありがとうございます。ついでに、10ページを出していただけますか。姫野さんにちょっとお伺いしたいのですが、「ライフ分野で戦略分野をたてることが必要」とあって、それでマトリックスが出てきているのですが、これは全面展開をするのが前提になっているのですか。その右下のマトリックスですよね。

【姫野副PD】

 この図は、現在グランドチャレンジとして取り組んでいる研究チームを縦横に並べて、それぞれが取り組んでいることを挙げています。

【土居主査】

 それは理解したのですが、今後ともこれを全面的に展開していくというのが全体のストーリーの前提ですか。

【姫野副PD】

 そうです。例えば特に分子だけを強化してやっていくというつもりはなくて、幅広いライフサイエンスの分野をちゃんとカバーしながらやっていきたいというのがメッセージです。

【土居主査】

 先ほどの矢川先生のことにも関係してきますが、全体的にそれを全面展開するにして、要するに研究者が数的には十分いらっしゃるのですか。

【姫野副PD】

 もちろん強弱はあると思っていまして、数もやっぱり多い少ないがあります。実は例えば臓器・全身スケールというのは結構いるんですが、分子スケールはそんなに……。

【泰地TD】

 思ったよりいます。

【姫野副PD】

 結構いるか。すいません。必ずしも多くないところもあると。

【土居主査】

 トータル何人ぐらい?

【姫野副PD】

 現在、理研で行ったシンポジウムで、研究者として200名弱。

【土居主査】

 それは実際にかかわっている方々?

【姫野副PD】

 はい。

【土居主査】

 ありがとうございます。どうぞ。

【平尾委員】

 今日はあまり出てこなかったのですが、私は今の生命科学においては情報の爆発というのが非常に進んでいると思っています。90年からスタートしたゲノム計画があって、そこで出てくるいろいろな有用なデータが認識されるようになって、その意味では、その後、今はもう4,000を超える生物種についてゲノム計画がなされていると思いますし、ポストゲノムのいろいろな情報が出ているのです。そういう網羅的な生体情報に関するデータそのものが非常に有用であることはわかるのですが、その情報を有効に活用するということとはまた別の問題だと思うのです。現在、ほんとうにデータ爆発というか、知識爆発が起こっていますし、データベースについても、聞くところによると1万以上のデータベースができているということを聞いております。
 そういう意味では、別の言い方をすると、まさに情報の大洪水の中で、本当に生命科学の先端がどういうところにあるかというのはなかなかわかりづらくなってきているのではないかと。もちろんこういうシミュレーションの片方で生命の根源を追求するということは非常に重要なことなのですが、もう片方で、今、非常に爆発的に増えている情報をどうやってその中から有用なデータを取り出すかということも非常にある意味では大きな課題ではないかと思うんです。
 これがペタコンのほうでやるべきなのか、あるいはもっと別の形でやるのか、それはわかりませんが、そのあたりについてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

【茅PD】

 私がこんなことを言っていいのかわからないのですが、私が一番いわゆるインフォマティクスの世界がわからなかったのですが、今、実はインフォマティクスの信者になっているのは、先ほど申し上げたように、分子科学、マテリアルサイエンスその他から見て、ない世界というのは多体問題が本質的だということ。しかも、それが時々刻々変化するようなダイナミクスであるということでありまして、今、このインフォマティクスの本質をとらないでやっていくということは、生命科学にとっては致命的になるという意味では、ボブ・ラフリンがインフォマティクスというのはフーリッシュであるということを言ったという有名な話がありますが、私は全然そうは思っておりませんが、確かに無駄に見えるほどの多体問題があるという現実をどう処理するかというのは、ペタと言わなくても、計算科学が持つこれからの大きな問題だと思います。
 その中の重要な部分についてどうやって定量化した方程式やモデルがつくれるかという挑戦はやられるべきだということでありますし、例えばこの中でも、今、我々が考えている1つは、系統樹をつくり直すという問題であります。
 今、メタゲノムが非常に進歩するということは、いろいろな意味で今までわからなかった生物系についての情報が得られるということを含めると、そういうことも含めたところに、やっぱり新しい意味はたくさんあると思いますが、もちろんすべてのデータを受け入れるという世界ではないとしても、やっぱり今ある現実をいかに正当にしてやるかということに対する思い、つまり、そういう意味では私はものすごくこんなに分野融合が必要なところはないのではないかと感激するぐらい、逆に言うとどうしていいかわからないぐらい大変な問題、またおもしろい問題が起こっているものだと思いますが、ぜひこういうところにいろいろな方が入り込む、そういうシステムをどうつくるかという議論がまずされるべきだろうと思っております。

【土居主査】

 ありがとうございました。最後に。

【中村委員】

 今の平尾先生のことにお答えするのは、多分ここの中で私が一番最適かなと思いますが、今、ライフサイエンスのデータベースに関しましては、内閣府が取りまとめていまして、省庁連携で文科省、厚労省、経産省、農水省、そういうところで出てきたデータベースを日本の研究者なり一般の人たちがよく見えるような形、使いやすいようにするということがずっと進んでおります。
 それで、文科省は一番早くそれを進めて、ライフサイエンス統合データベースセンターというものがもう既にできておりまして、そこのポータルから日本中のいろいろなライフサイエンスのデータベースにアクセスできるというふうに進んでおります。
 当然そこでこれだけの情報爆発があると、それをどうやってきちんと整理していくかという問題があって、もちろんすべての解析にペタコン級のスパコンが必要ということではないのですけれども、ある場合には当然それが必要だろうと。それをうまく連携することが必要ではないかということが提案され始めておりますので、何とかそういうことにもこれがうまく使えるといいなと思っております。

【土居主査】

 ありがとうございました。
 それでは、時間もちょっと押しておりますので、次の末松先生のご発表に移らせていただきたいと思います。末松先生は、グローバルCOE生命科学in vivoヒト代謝システム生物学拠点のリーダーで、現在、慶應義塾大学医学部長でいらっしゃいます。どうぞよろしくお願いいたします。

【末松先生】

 それでは、お話しさせていただきます。
 私どものところは、2003年から2007年の5年間、文部科学省の細胞・生体機能シミュレーションプロジェクトというリーディングプロジェクト、これは安西祐一郎塾長が全体の統括をやられていたプロジェクトで、拠点形成をさせていただいておりました。その後、先ほどの理研の細胞グループのところのお仕事を一緒にやらせていただいております。
 今、お話しました理研のプロジェクトが始まる前でございますけれども、環境情報学部の冨田勝教授がつくられたE-cellという代謝のシミュレーションをベースにして仕事を始めたのが、もうかれこれ10年ぐらいになるのではないかと思います。非常に簡単なモデルでありまして、これは赤血球の代謝モデルであります。細胞・生体機能シミュレーションを始めたときに、こういう代謝モデルを使ってものの予測をしたり、新しいことを見つけることを目標にしてくださいと言われて、多くの先生方からそんなことできるわけないだろうという指摘を受けました。
 私自身も、最初に冨田教授のつくられたE-cellを見て、「これはたまごっちですか」と申し上げて大変怒られたのですけれども、実際に5年たってみますと、このモデルを拡張していくと、非常に有用であることが分かりました。実験生物学で作業仮説を立てて、それを実証実験で証明するというのは非常に重要なことなのですけれども、仮説を立てるために、このモデルと実測実験の比較をやって、その整合性、あるいは齟齬に着目して、そこから未知の仕組みがないかどうかを見つけていくというところは、間違いなくできるということを今は確信しております。
 そこのプロセスについて簡単にお話ししたいと思います。シミュレーションの実験仮説の実証をするために、例えばこの代謝の研究では何が必要かというと、やはり代謝物の測定であります。これは曽我朋義当時准教授がインターフェースをつくられたCE/MSと呼ばれる代謝物の網羅的解析のマシンであります。詳細は省略いたしますけれども、これとメタボロームチャートとキャピラリー電気泳動の電気泳動時間をX軸にとって、Y軸に質量数をチャージで割った科学分析のデータで、X、Yの平面上にすべての代謝物の分布を表現することによって、メタボロームチャートというものができます。
 こういった計算ソフトで、病気のメタボロームから正常のメタボロームを引くと、病気のときに特異的に上がるもの、下がるものが実測実験データの中から峻別することができます。
 また、質量標識体というものを使って、例えばブドウ糖が何に変わるか、何分後にどういうものに変わるかということをスナップショットのように計測していくと、ある特定の物質が細胞の中でどういう順番でどのぐらいのスピードで代謝されていくかというあらましが、きちんと実測データでとれるようになります。
 こういった技術ができてくることによって、先ほどのような代謝モデルとの比較をやることによって、幾つかの重要な発見がここ数年間でできるようになりました。詳細は省きますけれども、例えば大腸菌にも人にもない結核菌のエネルギー代謝経路の中に、非常に結核菌に特異的なものがあって、そのうちの1つが結核菌のエネルギー代謝に非常に重要な役割を果たしていて、これが結核菌の治療標的になる可能性があることを示唆した仕事ですとか、肝臓の急性の薬剤性肝障害モデルを使って、血液中に出てくる代謝物の同定を行ったりとか、このモデルと実際の大腸菌の大量培養系の実測実験データを比較することによって、特定の遺伝子を欠失させた際に、代謝システムが非常にロバストであって、システムがどのように安定の方向に向かっていくかということのメカニズムに触れるといった仕事が生まれてきました。
 ここで赤血球の新しい代謝システム制御機構の発見の例をお示しします。バーチャルリアリティーとリアリティーの間のキャッチボール実験を行うことによって、赤血球に未知の低酸素センシング機構が存在したことの証明に至ったのは、小さな例ではありますが重要な予測生物学の成果と考えております。赤血球は酸素濃度の高いところから低いところを繰り返し流れているわけですけれども、非常に短い時間の低酸素の環境にさらしてやりましたときに、モデルの代謝物の変動パターンと、メタボロームによって計測された代謝物の変動パターン、これは解糖系のところだけを示しております。
 図はグルコースが乳酸になるところの10段階の反応のうちの一部を上から順番に示しています。このモデルで最初にでき酸素センシングの存在しないモデルですと、この緑色の線に従って動くのですけれども、実測実験では赤血球というのが非常にドラスティックに低酸素に反応して、上流側の解糖系の代謝物が低下して、下流のものが増えて、そして最終的にそれが安定化していくという反応を示します。こういった実測データの変動パターンは、解糖系の活性化を示唆していたので、10個のうちの反応のどの反応を、どのタイミングで低酸素応答性の活性化させたら実測実験の再現ができるかということを、順列組み合わせで幾らでも考えられる可能性を計算実験させることが可能です。
 その予測実験結果の中で、実測実験パターンに非常に合致したのは赤いパターンなのですけれども、これは解糖系の10個の反応系のうち、ちょうど真ん中あたりに属します3つの酵素を同時に2倍ないし3倍反応を活性化させてやるというモデル計算をやった結果です。代謝物の変動パターンが実測実験にほぼ一致するということを示しています。このような予測実験結果から、こういった酵素が実際の赤血球でどのような挙動変化が起こるかを実測実験するとこれらの解糖系酵素が膜に結合していたものが、低酸素で細胞質全体に広がるという反応が起きることが分かります。
 結果をまとめます。赤血球は低酸素に曝されると解糖系の酵素を膜から解離します。酸素の低下はヘモグロビンの構造変化でセンシングされ、膜に結合することで解糖系酵素の解離が起こります。これらの酵素反応の生成物も実際に生成速度が増加することが実測実験データで証明できました。つまり、「バーチャルリアリティーから予測したところから作業仮設を立てて、実測実験データに戻っていく。そこから実験戦略を考えてまたモデルに実装し、進化させる」というキャッチボール実験をやるということが非常に有用であるということがわかってきました。
 現在、我々の拠点では、代謝の計測データをフルに活用して、究極の代謝ユニットである肝臓の代謝モデルをつくっています。この肝臓というのは、上流から下流の小さな肝小葉という単位が多数集まって全体の臓器をつくっています。隣り合う小葉間、隣り合う細胞同士の間で、低分子の代謝物が非常に活発に交換さていますけれども、これが肝硬変とかになりますと、特定の領域に線維化が起こって、代謝物の交換が非常に悪くなる。それから、例えば大腸癌が転移しますと、ブドウ糖の消費系の全く異なる細胞集塊が肝臓の中に点在する、そういうモデルになっていきます。
 この肝臓のモデルを使って、理研と協力をして、まず単一の肝細胞代謝モデルをつくり、それから、類洞単位という酸素の高い、低いのグラデーションのある環境にモデルを置いてみる。さらにこれを肝小葉レベルまで持っていって、最終的には臓器レベルの大きさに持っていったときに、臓器全体の肝臓としての機能が1個1個の細胞の代謝システムでどう支えられているかということをモデル化するというところを2011年までにやろうと考えています。こういったモデルが実際に臨床に役立たせるためには多くの課題があります。しかし多くの応用が可能と考えております。例えば門脈域と呼ばれる肝小葉の六角形のへりの部分に当たるところに大腸癌の微小転移というのは高頻度に起こります。こういった微小の癌転移の起きた肝臓の予備代謝能をどのように見ていくか。あるいは、肝臓の部分切除を行ったときに残った肝臓の機能がどのぐらいになるか。それから、再生シグナルが入ったときに、肝臓の代謝がどのようにリモデリングされるかということもこのモデルを使って考えることが可能になると思われます。
 現在、今日の時点で入っている反応系というのは、このぐらいの数のものが入っていて、細胞の内外でのアミノ酸の交換ですとか、ガス交換、酸素代謝、こういったものを今実装した形で、ミトコンドリアのモデル、サイトゾルのモデル、これを別々ではなくて一緒に組み合わせた形で細胞の代謝シミュレーションが動くようになっています。
 肝臓の上流側と下流側、酸素の高い側と低い側には、このようにいろいろな酵素の不均等分布が存在しています。こういう不均一性がなぜあるかというメカニズムそのものがまだ未知でありますけれども、この図は今までの実測実験データに基づいて、それぞれの酵素の案分をあらあらに示したものです。
 肝臓の場合には、上流側の細胞と下流側の細胞をエルトリエーションという方法で非常にきれいに分けられますので、精密な実測実験データをとることが、すべての代謝系ではないですけれども、かなりの部分、計測することが可能です。こういった上流側を反映したモデル、下流が私を反映したモデルは、最終的には仮想空間で培養していきますと、エネルギーが枯渇していきますけれども、上流側の場合にはアスパラギン酸、下流側の場合にはマレートといったものを補給してやりますと、定常状態がしっかりとれると。であれば、細胞を周回、ソサエティーをつくってやったときに定常状態がとれるかというと、一定の代謝物を補てんしてやりますと、そういった組み合わせたことによって、定常状態が補完できるというところまで進捗しています。
 まず、我々の目標は、1個1個の細胞の代謝を精緻にモデルとしてつくっていく、ここは十分可能であります。現状の計算能力では、例えば1秒間のこういう代謝のプロセスを計算するのに、その数百倍の時間がかかります。非常に遅いプロセスなのですけれども、ここにさらに物質の拡散というのを入れていきますと、さらに計算能力が必要になってきます。しかし、我々は今、まず1個1個の細胞のモデルを精密につくって、高速の計算機を使って、こういった代謝モデルが実際に動くように並行して持っていきたいと考えております。
 最後に、実測実験でどこまでこういうものがきちっとエビデンスがとれるかということなのですけれども、すべての代謝物に全部異なる拡散の速度があるとすると、実測計算はできません。しかしながら、分子量が1,000以下の低分子の有機酸のアニオン、こういったものがどのぐらいのスピードで動くかということは、こういった有機アニオンの蛍光色素を使って実際のIn vivoで、動物が生きた状態で肝臓に取り込まれ、毛細胆管に入り、最後は毛細胆管のところだけに全部排せつされる。これは生きた状態でずっとモニタリングしています。こういったパラメータを使う。あるいは、肝細胞に入った色素にこういうふうにレーザーブリーチングというのを行いまして、周りの細胞からどのぐらいのスピードで蛍光がバックアップするかというのをはかることによって、細胞間のこういった物質の移動のスピードをある程度実測化することができます。
 今このようなバイオイメージングの技術が非常に進んでおりまして、臓器の表面だけではなくて、少し深い部分の代謝情報ですとか、血流速度、酸素濃度を計測することができます。これは、脳の表面の画像でありまして、これを特殊なオプティクスを使って、数百ミクロンの深さのところまで追っかける。脳の表面から奥底までどういうふうに血流が行っているか。1本1本の毛細血管がどのぐらい開いているかということの計測も可能です。
 こちらは肝臓の例ですけれども、グルコース代謝と密接な関係のあるNAHD、これはアルコールを付加する前、付加した後という反応ですけれども、我々、アルコールを飲むたびにすさまじいスピードでこういうNADHの生成が行われます。これはアルコールの代謝によってこういうことが起きるわけですけれども、こういった情報を細胞の深い部分まで、少し表面から深い部分まで実際の計測データをとることができるようになっています。
 こういったスーパーコンピューティングとリアリティーの実験のキャッチボール実験のときに、実測実験データでどれだけ補強できるかということは非常に重要なのですが、すべての代謝物ではないですけれども、顕微質量分析という方法を使いまして、エネルギー代謝の状態、ATPですとかADP、AMPといったものは、こういう顕微分光という方法を使って計測ができますし、実際の患者さんからとってきた大腸癌を光らせておりますけれども、その大腸癌の転移が肝臓のどのような部分に起こるかというのを、こういうスーパー免疫不全マウスで再現してやる。実際にがんの転移が起きたときに、糖代謝がどのようなリモデリングを受けるかということを実測実験データとモデルで比較をすることも可能になりました。
 最後になりますが、医学、医療への応用を推進し当該領域の人材育成を複数の大学が共同で推進するためには、でき得るならばペタコンのリモート利用を可能にするようなクラスター・オブ・エクセレンス型の研究組織のようなしくみがどうしても必要なのではないかと思います。どうもありがとうございました。

【土居主査】

 どうもありがとうございました。ただいまの末松先生のご発表を踏まえまして、ご自由に。どうぞ。

【米澤委員】

 先ほど理研の話は病理的なリアリティーがあまりなくて、スケール感はわかったのですけれども、こちらのお話、今の末松先生のお話ですと、ほんとうにペタコンの計算量とかメモリー量を必要としているのかどうかという、計算量的なあれが全然見えないので、少しお話いただきたいと思います。

【末松先生】

 ざっくりとしたお話になりますけれども、先ほどの肝臓の小葉のモデル、細胞が十数個並んで、立体的な肝臓の代謝の最小単位を、1秒で起きていることを1秒で計算するためには、おそらくペタ級のコンピュータが間違いなく必要になると思います。
 いろいろな問題を解かせたときに、ここは省略していい、あそこは省略していいというのは、やっぱり全体のモデルができてからでないとわからない。これは問題の難しさによると思いますけれども、そういう省略なしで、計測可能なすべての代謝系を包含したモデルをつくって小葉レベルまで拡張すると、間違いなくペタ級の計算が必要になると考えています。

【米澤委員】

 先ほど姫野先生がおっしゃったのですけれども、メモリーというか記憶容量をどのぐらい使う。今度のペタコンの設計上、それが得意かどうかちょっとわからないんですけれども、どのぐらいメモリーを使いそうか。あるいは、この種の話は幾らでもあればあるだけいいのか。その辺の感覚を教えていただければと思います。

【末松先生】

 冨田先生が最初につくったE-cellのレベルで初歩的な代謝システムのシミュレーションを細胞レベルで行うのであれば、パソコンレベルで充分可能でしょう。しかし、今回の開発では代謝物の移動の方向性などが実装されます。肝細胞の場合には血管から胆汁排せつ空間に拡散があるわけです。実は、代謝モデルで拡散を考慮したモデルというのは、まだ世界じゅう、どこもつくっておらず相当ハードルの高い挑戦と考えておりましたが、今回、理研の皆さんのおかげで、細胞内の物質のベクトリアルトランスポートに入れた代謝モデルというのをつくることが可能になりました。これを完全に肝臓の中に入れ込んで動かすということになると、一体どれぐらいの計算コストがかかって、どれぐらいのメモリーが必要でというのはやってみないとわからない。間違いなくペタコンが必要だと、そういう観点からも言えると。

【土居主査】

 姫野さん。

【姫野副PD】

 私の資料に細胞スケールのシミュレーションの現在、10ペタ、エクサのときの図でありますが、そこに書いてあることは、1細胞を100掛け100掛け100に分解して計算したときに、やっぱりペタ級が必要である。一方で、先ほどのように、肝細胞を10の5乗個とか6乗個集めた計算は、当然、何らかの組織化が必要ですが、それだけでペタ級が必要で、両方、細胞も精密に、それから、それでもって肝臓をというとエクサかなという感じですね。メモリーに関しては分散できるので、多分大丈夫だろうと思っています。

【土居主査】

 寺倉先生。

【寺倉委員】

 臓器のシミュレーションというのは、どのレベルのシミュレーションをやるのかによって全然違うと思うのですけれども、E-cellでやっているのは、今の段階、言ってみるとほとんどは現象論ですよね。例えば肝臓なら肝臓という実態があって、その中で起こっていることを非常にリアルにシミュレーションしようとしたら大変だと思うのですが、臓器シミュレーションと言われているときに、どの程度のことを想定しておられるのか。
 例えば私の知っているところだと、土居先生がJSTでやっておられるプロジェクトの中に、久田先生の心臓のシミュレーターがありますね。あれは非常に実態がはっきりしたシミュレーションだと思うのですけれども、肝臓のシミュレーションの場合、例えば本当に現実の肝臓というものがあって、その中で起こることをきちっとシミュレーションしようとしたら大変だと思うのですが、どこら辺までねらっておられるんですか。

【末松先生】

 実証実験で強化された範囲ということになると、やはり一番重要なところはエネルギー代謝。肝臓のバイアビリティーですとか、肝臓は血液空間と非常に活発にアミノ酸の交換をやっております。そういうものはメジャラブルなパラメータであります。
 実は、患者さんの肝疾患で、生体の中にある基本の20個のアミノ酸と、それにカルボン酸が硫酸に変わったようなものを含めると全部で40個ぐらいのアミノ酸があるわけですけれども、そういったものの代謝の変動パターンを患者さんで大量にとっている企業があり、そこの特定の患者さんでこういうパターンがあるという現象論のデータは収集できているようです。これらの血液中の代謝物の動きはほとんど肝臓や腎臓の代謝を反映している場合が多いと思われますが、そういった反応パターンがどうして起こるのかとかの理解にこういうものを使ったりとかいうことは十分できると考えております。
 それから、一言言わせていただくと、心臓の代謝シミュレーションというのは私もリーディングプロジェクトや海外の成果などで拝見しよく知っておりますけれども、基本的には酵素と基質が全部フィックスされていて、チャネルの機能に関しても心臓のコントラクティリティーに関係するところは精密に強化されていますけれども、代謝の部分はほとんどフィックスされた単純なモデルであると私は理解しております。
 我々の代謝シミュレータは目的志向型に精緻化されており、肝臓の場合には、ベクトリアルトランスポートですとかアロステリックエフェクターの効果の他に、低酸素・低栄養時の代謝システムのリモデリングも実装させることによって十分精密にする予定です。肝臓は残念ながら拍動いたしませんので、リアリティーがありませんけれども、開発されるモデルはエネルギー代謝の諸問題を解決することに十分対応できるものになるだろうと考えております。

【土居主査】

 よろしいですか。では、平尾先生。

【平尾委員】

 最後のほうに7テスラのMRIの図がございましたけれども、私は特に代謝を見るという意味では、MRIというのは非常に強力だと思いますし、それとスーパーコンピュータを組み合わせれば、非常に多くの、ほんとうに有用な情報が出てくるのじゃないかと思います。
 特に今7テスラですか、7テスラありますけれども、11.7ぐらいまで上げると、ほんとうにカーボンが見えますから、そうすると代謝が見えるのですね。それとシミュレーションを組み合わせると、ほんとうにいろいろなことがわかると私は思いますので、ぜひそういう方向も追求していただければと思います。

【末松先生】

 ありがとうございます。代謝システムだけじゃなくて、MRIの情報、やっぱり空間分解能が抜群にいいので、ペタコンの技術と非常にいいマッチングする可能性が僕はあると思っていますので。どうもありがとうございます。

【土居主査】

 ほかはよろしいでしょうか。E-cellというのは私が研究総括を仰せつかったACT-JSTの成果なのですよ。ありがとうございました。
 それでは、最後になりましたが、持田製薬株式会社の西島主事から、産業界の立場からお話を伺いたいと思います。西島主事は、新薬への創薬研究、研究企画をご専門とされ、現在、持田製薬株式会社医薬開発本部でご活躍中ということでございます。どうぞよろしくお願いいたします。

【西島主事】

 持田製薬の西島です。今日は、産業界の考え方を少しご紹介いたします。また私は持田製薬に所属していますけれども、せっかくの機会ですので、製薬協の研究開発専門委員という立場も踏まえて、スパコンをはじめとする国家的な先端研究施設をどういうふうに産業界は使おうとしているのか、あるいは期待しているのかということをお話ししたいと思います。幸い、私はここに書きました先端研究施設につきましては、一通り関与していますので、少しそういう話ができるかなと思います。
 今日は非常に限られた時間ですので、創薬研究の概況説明に続いて、合理的な創薬プロセスあるいは最先端科学技術を駆使する創薬におけるスパコンの話を中心とします。さらに、スパコンがほかの宇宙環境とかJ-PARCとかXFEL、こういうところと連携することが大変重要だなということをあえて産業界からお話ししたいと思います。
 これは新薬の研究開発のプロセスと成功確率ということで、皆さん、どこかで見たことがあると思うのですけれども、2001年から2005年の5年間におきまして、たとえば50万の化合物をつくって32個しか新薬ができなかったということです。ということは、その確率は1万5,000分の1であるということです。研究開発期間は、平均をとると15年ぐらいかかるということです。私が30年ぐらい前にこの業界というか持田製薬に入ったときは、10年間で100億投資して成功確率1万分の1と言われましたけれども、どれもこれも難しくなりまして、2001年から2005年では、研究開発期間は15年ぐらい、開発費用は、これは失敗したものの回収も含んでいますけれども、大体500億、そして、新薬誕生の成功確率は1万5,000分の1でした。
 さて、最近のデータはどうなっているかといいますと、その確率は2万分の1です。この数字そのものが増えたことはあまり問題にはならないのですけれども、何が問題かといいますと、臨床といういわゆるヒト試験を始めたものが新薬として承認を受けたものが少ないという、31%という数字です。この成功確率を上げることは企業としては大変重要ですし、国民の期待にもこたえることになります。
 しかしながら、この部分というのは、ヒト試験ですから、製薬産業が頑張っても、なかなか思うように進まないというのが実情です。製薬産業が頑張るとするならば、臨床試験を始める前の非臨床の段階、あるいは探索の段階でいかにすぐれた開発化合物を臨床の場面に送るかということが重要だと思います。したがって、創薬の加速というのは、まさしくここです。ここに企業努力が十分に反映されるし、こういうところで産学官連携によるスパコンなんかを使っていきたいと考えております。
 それでは、合理的な創薬プロセスというのは最近どうなっているかといいますと、私たちが昔、10年、20年前に会社へ入ったころには、病気の症状があって推定する受容体、即ち、疾患関連の標的タンパク質に対して、多くの化合物から新薬を探索しましたけれども、最近はご存じのように、標的とするタンパク質、疾患関連タンパク質の構造を精密に決めて、そして機能情報を十分に知り、合理的に新薬を探索することが実施されています。重要なところは、やはりゲノム情報を使っていくとか、最近よく使われますジーンターゲティング技術とかRNAを使うということです。
 さらに、先ほどから出ていますような分子イメージングを使って、生体内でほんとうにそれがどういうところへ到達しているかということを知る。こうすると、副作用をなくすことはできないのですけれども、標的部位への選択性が向上した結果として副作用も軽減された新薬というものを創製できるのじゃないかと考えています。そして、こういうところにスパコンというものを使っていって、速やかな構造決定を行って、速やかな情報を得て化合物を選択していくという過程が重要だと思います。
 これは私どもが関与しました第一期の蛋白質構造解析コンソーシアムを中心に創薬の流れを纏めました。王道としては疾患メカニズムから創薬をつくりますけれども、私たちは疾患関連の標的タンパク質、この構造を決めて、これをたとえば阻害する化合物を探して創薬をやっています。以前は各社が自社内のX線装置によって構造解析をしていましたけれども、SPring-8という施設ができましたので、私たちは製薬企業22社が集まりましてコンソーシアムをつくり、自分たちの専用ビームラインを1本つくるということをしました。幸い文部科学省のタンパク3000プロジェクトが動き始めて、理研がSPring-8に2本ビームラインをつくるということで、製薬協が同時建設すれば、全く同じものをつくれるという幸運に恵まれて、私たちは1本分のお金を出して理研の2本と全く同じビームラインを1本つくってみました。
 また、経産省の膜タンパク関連プロジェクトとの連携、厚労省のプロテオームファクトリーへの関与、および宇宙環境利用とか、2000年から2007年は一通りの実績をあげました。今はどうなっているか。これからJ-PARCの中性子、宇宙ステーションの「きぼう」、播磨のXFEL、神戸のスパコン、こういうところとの連携を真剣に検討すればいいなと考えております。
 これが世界一のSPring-8に1本つくりました製薬協の専用ビームラインです。ビームラインというのはこの部分ですけれども、これを10年間使用します。まさに今使っているところで、第2期に入っています。どういう会社が使っているか。第1期のときは22社だったのですけれども、これは別に減ったわけじゃございません。ご存じのように合併というものがありまして、山之内と藤沢がアステラスになったり、第一三共が設立とかいうようになりました。むしろ第2期から味の素が入ったことによって20社ということです。私たちが建設経費さえ準備すれば理研と同じものを使えるということで、このビームラインの設計について私たちは素人でした。けれども、理研が立派に2本つくったときに、一緒につくれたことについて、タンパク3000プロジェクトの貢献というものを私たちは随分受けたなと感じております。
 建設費用としましては5.5億円ということですけれども、1社にすれば2,500万円という非常にリーズナブルな金額ですし、年間維持費としては1億ぐらい集めていますけれども、1社500万です。この1億の中には、私たちの研究者がここに行ったときにすぐ使えるように、待機するスタッフ、事務員とか、そういう方の人件費を含めて大体1億です。
 実際は、私たちはここで使った成果というものは簡単には公開できないということで、成果専有ということで実験データは非公開です。成果非公開の場合には、専用ビームラインであろうとも、1シフト(8時間)について約25万円、使用料を払うということです。例えば1社が20シフト、年間160時間、これの全部成果を専有して非公開にした場合は、年間経費500万円が必要ですけれども、製薬会社の場合は迷ったら非公開ですので、そういう意味では1社1,000万円の年間予算を計上して、世界最高レベルのSPring-8を自由に使えるという環境の中で私たちは構造解析をしています。
 それと同時に、先ほど言いましたように、せっかくつくったこのコンソーシアムとしていろいろな機関、即ち理研とか宇宙とか大学とかと連携して、NMRも使いました。いろいろなところと共同研究等もやりまして、途中では米国調査とか欧州調査をやりました。こういった活動を続けた結果として、各社は最先端研究施設が大変重要なツールであると認識しました。構造解析を行いつつ、そこに計算科学を導入して、合理的に創薬をつくるために重要だという認識によって、日本で一番大きい武田は、構造解析による合理的創薬を実施する世界三大バイオベンチャーの一つSyrrxという会社を買収しました。また、アステラスはつくばに1社で専用ビームラインを建設中と聞いています。私たちがつくったコンソーシアムがこういう方向に発展して、ますますこの分野は加速しているのかなと感じております。
 先ほど成果は非公開であるということですけれども、さすがに国の施設に専用ビームラインをつくってもらって、「その成果をすべて公開しない」と突っぱねるのはいろいろな状況が許さなかったので、2005年に成果発表会をやりました。これは10年間において最初で最後ということで、貴重な成果発表会でした。私はこのとき幹事長として英断しましたので、これで十分、文科省にも義理を果たしたかなと考えております。
 次、NMRを使うということを言いましたけれども、私たちが先んじて横浜市大などのNMRを使うことによりまして、タンパク3000の1つの大きな成果である理研NMRという先端施設を利用したいということが産業界の大きな要望となりました。その後、文部科学省の産業戦略利用の先端研究共用イノベーション創出事業が、私たち産業界のニーズに合わせて今動いているということに対しては、文部科学省の非常なご努力というものは高く評価したいと考えております。
 では、そういった構造情報をどういうふうに使っているか。これは、私ども、in silico screeningというコンピュータ上のスクリーニング、この後にはもちろんIn vivoとかがあるのですけれども、例えば標的タンパク質の3次元構造と、数十万とか数百万とかの化合物データベースを利用した、いわゆるin silico screening、ここで計算科学を使うのですが、ヒット化合物を大体10個なり100個が選択されます。そして、その中の幾つかの化合物と複合体構造解析実施して、さらにリード化合物へ磨いていって、そして最適化を行いつつ臨床開発化合物を得ます。1回ではすっといきませんので、これを何回も繰り返していって、さらに知的財産化、DDS等の製剤技術も考えながら、構造情報を最大有効に使って、迅速に化合物を供給するという体制は製薬企業しかできないと私達は自負しております。
 日本において合理的創薬、計算科学というのは、残念ながら新薬にはまだ結びついたものはございません。しかし、新薬誕生には10年、15年の時間経過が必要ですから、今まさに進行中とご理解ください。
 では、世界レベルはどうかといいますと、たとえば、スイスのノバルティスファーマが開発したグリベックというのが代表例です。これは100%合理的創薬とは言えないのですけれども、構造情報を使ったということで非常に金字塔です。細かいことは抜きまして、こういったキナーゼの部分、このATPの部分にグリベックというものが入っていくことによって、癌を抑えることができます。大変すぐれた薬です。すぐれているということで、これはどのぐらいの社会貢献をしているかというと、2007年、全世界の売り上げは3,050億です。数ある品目の中で22位。日本でも410億で、前年比14%増加しています。
 このノバルティスが実施する合理的創薬のすぐれているところは、次のところです。実は先ほど言いました大変すぐれたグリベックというものにだんだん効かない、耐性のものが出てくる。その効かない理由というのは、グリベックが標的とするタンパク質に十分入っているように見えるのだけれども、実はここに空間がある。これによって効かなくなるという仮説によって、構造解析と計算科学を駆使しまして、グリベックを発売してからわずか1年後にタシグナという新薬をつくりました。欧米ではもう発売になっていたのですけれども、昨年11月、ようやく日本でも承認されたということです。これはまさしく構造解析を活用して、計算科学を駆使して合成したという、総力を使った1つの成功じゃないかと思います。日本の製薬会社もこれに匹敵する新薬候補化合物を海外あるいは国内の治験で進んでいるとお聞きしています。
 次に、膜タンパク質の重要性ということを、その経済効果も含めてお話しします。
 これは、血圧を上昇するときには、一番高い昇圧物質、アンジオテンシン2というものが血圧の受容体にくっつくことによって、血圧が上昇して臓器障害が起こることを示しています。標的タンパク質は、酵素阻害あるいは膜タンパクの二箇所ですけれども、最初に開発されたACE阻害剤というものが有名なカプトプリル、ここが阻害しますと、血圧は確かに上昇がとまりました。しかし、残念なことに、副作用として空咳とか、生体内キマーゼによるアンジオテンシン2の産生によって、最終的に少しずつ血圧が上がって臓器障害が起こる。そこで、膜タンパク質に対するアンタゴニスト(拮抗物質)が注目され、武田が最初の拮抗化合物を発見しました。それを契機として全世界の製薬企業が開発競争した結果として、1999年から2004年、これだけの新薬が出ました。そして、驚くことに、これが3,000品目ある日本の中の1位、3位、9位、14位と、非常に売り上げを上げているということです。つまり、ACE阻害剤というものの売り上げは落ちましたけれども、A2拮抗剤が出て、血圧降下剤は5,000億円市場。薬効別市場は1位。当然、これに見合うだけの患者が治療効果を得て、国民の健康に供しているということになっています。
 すなわち、酵素阻害で形成された薬剤市場が受容体拮抗で一変したということです。したがって、今後、重要な疾患関連の膜タンパク質が構造解析されて、そこにスパコンを駆使した計算科学が新薬誕生に貢献すれば、この金額から見ると、国が投じたスパコンのお金に十分見合った成果であり、国民も大変喜ぶと思います。
 では、これからどういう分野が必要なのだということなのですけれども、降圧剤を含むこの部分はもう良い薬がそろいましたし、製薬会社もある程度の利益は得たと思います。そうすると次は何かというと、やはり治療の満足度が低い、良い薬剤がないというこの部分、たとえば、抗アルツハイマー病薬とか糖尿病薬、こういうところが重要です。
 したがって、次世代スパコンというものは、やはり治療の満足度が低い分野での新薬創製に貢献することが重要です。具体的には、イメージングによる診断とか、創薬に貢献する脳科学のシミュレーション、こういうところが私は重要だと思います。いきなりここに来るのはなかなか難しいんですけれども、国家基幹技術はここを目指すべきだと考えています。
 2000年から2007年、こういう形のオールジャパンで取り組んできましたけれども、2007年以降はどうなるか。タンパク3000以降のターゲットタンパク研究が文部科学省においてまた新たなステージを迎えると聞いています。また、今お話ししていますスパコン、あるいはほかの国家基幹技術のXFEL、あるいは宇宙ステーション「きぼう」、こういうところを使っていって、私が言うのも変な話なのですけれども、第4期科学基本計画はこういうところを十分駆使する形で創薬が進んでいけばいいのじゃないかなと考えております。
 これは理化学研究所の資料ですけれども、スパコンの活用によって、3カ月の作業が1日で終わるとか、非常に早くなっていけば、その恩恵は大きいです。たとえば、研究者がSPring-8へ行って、標的タンパク質の測定が終わり、その後、新幹線を使って会社に帰ってきて、3日ぐらいかかって一生懸命ドッキングスタディーをやって、よし、これは合うぞと、もう1回、ヒット化合物とタンパク質の複合体の測定を目指してSPring-8へ行くということが現況です。将来、ちょっと隣にある同じ兵庫県のスパコンを使わせていただくならば、出張期間中に構造の最適化、さらにドッキングスタディー等をやってしまうことが可能となるでしょう。したがって、それが実現すれば、今、例えばSPring-8を使うためにコンソーシアム会費500万円、成果占有非公開で500万円を予算計上している製薬会社が、あと500万円、1,000万円をスパコン利用予算として計上しておけば、これまで通りにSPring-8を使っているうちにごく自然に次世代スパコンを使っていくことが可能になります。つまり、我々ユーザが次世代スパコンを意識しなくても、SPring-8を使っているときに、ちょっと希望すれば、産業利用枠のスパコンを使えるということであれば、予算も確保しやすいし使いやすいし、恩恵をこうむるということを考えています。
 これはシミュレーションに関しても全く同じで、やっぱり膜タンパク質などにつきまして、我々が使うような疾患関連膜タンパク質に対して、理研がそういった戦略的な使用によって事例を示していただければ、それで私たちはその成果を使っていくことができるのかなと期待しています。
 宇宙につきましても、私たちは結晶化ということについては、ある程度、恩恵を受けましたけれども、やはり宇宙環境ということを考えれば、単に結晶化というよりは、すべての生物における重力の影響とか、生物の進化解明とか、そういうアプローチに次世代スパコンのようなものを使っていって、地上でのスパコンと宇宙でのリアルタイムの進化の実験データ等を結びつけることが大変重要かなと考えています。
 また、J-PARCの大強度中性子におきましては、なかなかこれに見合った大型のタンパク質をつくるのは大変ですから、非常に貴重なデータをいかに有効に使うかということに関しては、やっぱり複合体、分子間、こういったシミュレーションを十分使っていく必要があるのじゃないかと思います。
 そして、同じ国家基幹技術であるX線自由電子レーザー(XFEL)において、いきなり一分子解析にはいかないかもしれませんけれども、イメージング解析等には、スパコンとXFELの連携が早い段階から必須であり、私たちがXFELを使うときには、同時にスパコンが連動して、すぐにシミュレーションができるという環境整備が重要です。つまり、我々が国家基幹技術であるXFELとスパコンを利用する際、両方に課題申請しなきゃいけないなんていう無駄なことはやめていただきたいなと考えております。
 これは最後ですけれども、残念ながらスパコンがあれば何でもできるということではありませんので、探索ステージの不確実性は極めて高いというのは、ずっとこれから続きます。しかしながら、合理的な創薬プロセスというのがだんだんできますし、最先端研究施設を使うということが重要だと思います。そこにおそらくスパコンは役立ってくるのじゃないかと。私たちがスパコンを特に意識しなくても先端施設の一環として使える、そういう環境を実現すべきです。そして理研を中心とする戦略的なシステム整備とかシミュレーション技術とか、こういったことを私たちがうまく使っていって、創薬というものをやって、いい薬をつくれればいいと考えております。最先端研究施設を広く研究者に公平に使っていただくというのも一案ですけれども、私は研究者に公平に使ってもらうということは、実は結果として不公平なことになるので、使えるところが積極的に使うべきと思います。たとえば、理研が戦略的に使っていって、いい結果を残していって、製薬企業はそれについていくのだというぐらいの強い意思を持って、理研は戦略的枠組みを比較的多目にとって、そして結果を出すという形を進めていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

【土居主査】

 ありがとうございました。ぜひ、立ち上がりの3年以内に薬を1つ開発していただけるとありがたいのですが。ありがとうございました。
 ただいまのご発表に関しまして何か。どうぞ。

【矢川委員】

 先ほどのグリベックという例ですか、これは合理的な創薬の例ということになっているのですけれども、これはなかなかわからないことではないかと思いますけれども、計算リソース、人的リソースはどのぐらいかけてこれに成功したかということをご存じでしたら教えていただきたいのですが。

【西島主事】

 実は、私、先ほど言いましたけれども、グリベックは完璧な合理的創薬ではないということなのですけれども、私が世話人をやった日本薬学会のシンポジム開催時に、グリベックの研究者がいましたが、最初は5名ぐらいで進んだと聞きました。ただし、グリベックの骨格となるリードというかシード化合物というのは実はもうあったのです。類似化合物も300ぐらいつくってあったのです。そこから最適化するときに計算科学を使って、あるいはX線構造解析情報を使ったという意味では完璧ではなかったのですけれども、合理的創薬を実践したといえます。80年代ぐらいからそういうところをねらっていましたから、そういう意味では時間をかけました。
 しかし、最後のほうの最適化の部分で、溶解性を増すとか、この部分をいじったら活性が落ちるというときに、複合体モデルを使ったということです。しかし、私たちが目指しているのは、シード化合物あるいはリード化合物を初めから合理的に探索するので、そういう意味では、これからまだ5年、10年先で出るかどうかわかりません。けれども、今、タンパク3000から見るともう10年ぐらいになっています。つまり、新薬誕生には少なくとも10年かかるといったって、もうそろそろ10年になっちゃいますから、そういう意味では、私たちも結果を出さなきゃいけないと思っています。現況下、今、合理的創薬の事例は何かないかと、しかも、新薬として貢献しているものは何かと問われれば、私はやっぱりグリベックあるいはその次のタシグナというのは成功事例であると感じています。

【矢川委員】

 そうすると、全体をやるとすると、チームの人数は何人ぐらいのチームが必要で、チームの数としてどの程度のものを想定すればいいかということに関して、何かお考えはありますでしょうか。

【西島主事】

 薬はハイリスク・ハイリターンですので、一番最初の1プロジェクトにかける研究者は5名から10名ぐらいで済むと思います。たとえば、弊社ではある薬をフェーズ3まで持っていったのですけれども、研究所で最初は5名で進みまして、最大は25名という体制をつくりました。そこで重要な点は、特許を意識した化合物を供給するスピードです。おそらく、知的財産の専門家と相談しつつ、適切かつ迅速に化合物を合成するという企業の創薬体制は大学とかなり違う点です。創薬のまねごとを大学がやるのは勝手ですけれども、なかなかその域には達しないと私は考えています。
 この5名から25名を持っていくというのは、大手製薬企業も大体同じだと思うんです。何が違うのかというと、そういったプロジェクトの数が違うんです。例えば弊社が10個ぐらいとすれば、武田は100個、ファイザーは400個ということです。つまり、400個プロジェクトを動かして、最終的に新薬として何個成功するか。例えばファイザーが400個やって新薬を2個しかできないときに、弊社が10個程度で最後まで成功するのかということです。しかし、創薬における最初の部分については、そんなに差がないと私は感じています。だからこそ、欧米大手製薬企業では開発候補化合物の半分以上をベンチャー等から買っているのだと思います。

【土居主査】

 ほかにはいかがでしょう。どうぞ。

【小林委員】

 ちょっと脳科学のことでお聞きしたいのですが、西島さんのお話の中で、脳科学等の躍進、脳、神経系理解の進化、これが新しい薬に対する何かを与えてくれるかもしれないというお話がございましたね。理研のプログラムの中でも脳科学が入っていて、これに対するご説明はあまりなかったように思っているんですが。つまり、脳科学に関係するシミュレーションがここ10年ぐらいの間にできて、それが新しい薬の成立にコントリビュートするかしないか、しそうか、難しいか、その辺についてはどういうふうにお考えですか。

【西島主事】

 これはちょっと私の説明が足らなかったかもしれませんが、これは、今、ここの部分で高血圧とか高脂血症、もういい薬が出ているので、次は、製薬会社、もちろんここで進んでいます。進んでいますけれども、例えばアルツハイマーの薬に関しましては、アメリカで大体80臨床が走っているのですけれども、診断基準とか判定のバイオマーカーとか、その辺がわからないので、多くのものがまだフェーズ1、フェーズ2でかなり中断しまうことが多いのです。
 そう考えてみると、結果としていろいろな理由はありますけれども、原因を考えたりするときに、こういった部分をもう一度原点に戻ってしっかり考えていく必要があるということで、アミロイドタンパクが蓄積することは、結果としてそうかもしれないのだけれども、年をとるとともに当然アミロイドタンパクも自然と蓄積しますから、そういうところの神経の脱落なんかは、その因果関係も含めてしっかり、これからやったほうがいいということです。私がむしろ言いたかったことは、理研の脳センターの次の10年は、スパコンと協力して、よりいい結果を出していただきたいという、これは私たちの願望ですね。今までの10年間、脳センターももちろんそれなりの結果を出したとは思っていますけれども、脳、いろいろあちこちでやっていますけれども、理研の脳センターは理研ならではの、ちょっと一味違うぞというところを出すには、やはりこういうところをしっかり、せっかくスパコンもありますので、やっていく必要があるのじゃないかということです。お答えになっていないのですけれども、この部分は重要なので、ぜひ取り組んでほしいという願望とお考えください。

【土居主査】

 ありがとうございました。西島さん、お席にお戻りになっていただいて、そこにいらしても結構でございます。皆さん方おそろいのところで、全体の討議といいますか、議論をさせていただければと思いますが、全体にわたっていかがでしょうか。どうぞ。

【矢川委員】

 今のお話と最初のお話も関係しますが、人の問題ですね。SPring-8は本格的に薬品業界で入り込んで使われているということで、これはどちらかといえば実験系ですよね。ですので、薬の会社の方々は、どちらかといえばつき合いやすいという、私、素人から思うとそう感じるのですね。だけど、コンピュータの場合、かなり異質なものですよね、ある意味。

【西島主事】

 例えばJ-PARCとか宇宙とかは確かに私たちには、かなり異質ですけれども、SPring-8の場合は社内にも実際に使われているX線装置があるので、親近感があるのですけれども、スパコンも同じだと思うのです。社内で今使っているコンピュータの部分がより早くなるという形であれば、私はそんなに違和感がないと思います。今、実験をやれば何らかのデータはとれるのです。SPring-8でも多くのデータは取れます。ところが、どういうデータをどう解釈するかというところが重要で、そこにインフォマティクスとか計算科学を使っていく必要があるだろうし、ソフトの開発も必要でしょう。私たちは非常に大ざっぱな計算をかなりやっているのですけれども、それでも時間がかかります。スパコンが出てくれば、かなり緻密になっていって、水の関与とか、全電子とか、そういうところをより精密な、生命の、いわゆる病気の疾患というもの、メカニズムを考えた創薬ができるのじゃないかということで、原因治療の域の部分の創薬を目指せるのじゃないかなとは考えております。

【矢川委員】

 そうですか。では、かなり本気でこれに入り込んでいこうと伺えるのですが。

【西島主事】

 SPring-8を使って構造解析をやって、その情報を有効活用するには、必ずドッキングスタディーなどで計算科学を使いますので、合理的創薬の実践にはスパコンをぜひ活用したいと思います。もちろんスパコンをある程度安く使わせてもらうということが前提になっていますけれども。

【土居主査】

 ほかにはいかがでしょう。どうぞ。

【小柳委員】

 西島さんのお話ですが、先ほどSPring-8とスーパーコンピュータの統合利用ということについてお話がありました。ただそばにあるかどうかというのは今後のネットワーク技術などを考えれば、あまり重要な問題ではなくて、むしろ現在あるコンピュータ資源の有効利用ということで、10ペタのパワーをそうやって実験とともに使うことがほんとうにプラスになる。サイクルが早まるとか、人間の思考、研究のスピードに合うということだったら、それはありますけれども、そうでもないなら、例えばそれの20分の1使えばいいというのだったら、独自に持ったほうがはるかにフレキシビリティーが高いと思うのですが、その辺の計算機の必要な能力と実験なんかとの関係についてどういうふうにお考えでしょうか。

【西島主事】

 これはちょっと極論かもしれませんけれども、これからそのために製薬業界がスパコンをつくってくれという嘆願書を書けというのであれば、これは冷静に考えます。けれども、これからスパコンができるというものであれば、私たちは一番いいものを使って、1秒でも早く結果を出して、1秒でも精度を上げたいということです。SPring-8レベルの放射光はほんとうに必要かということですが、確かに世界に30個程度ある放射光を対象にすれば、もう少し料金が安く、もっと弱い放射光でもデータはとれますが、私たちはどうせ専用施設をつくるのであれば、世界一レベルにつくって、一番いいデータを出してやるということです。
 先ほど言いましたように、新薬の誕生には500億ぐらいかかりますので、それを考えれば、他社に負けられないし、世界に負けないためには、日本にある一番いいものを使っていくということが一番私はいいと思います。それは、結果としてそこまで要らないかもしれませんけれども、それを使うということを最大限に考えてやる意気込みが私は成功につながると思います。

【土居主査】

 平尾先生。

【平尾委員】

 ドラッグデザインの世界で、要するに候補がたくさんあって、例えば1万ぐらいあったときに、シミュレーションによってターゲットをある程度絞るということはできると思うのですが、例えばそのときにどのぐらいの数まで絞れるのか、そしてその後、実際に合成をするわけなのですが、合成の段階でまた非常に困難が出てまいりまして、実際問題、大体割合というのはどの程度なのかというのを西島さんのほうで経験があれば教えてください。

【西島主事】

 実は、私はもともと合成が専門ですのでお話ししますけれども、大体のシミュレーションに基づく、in silicoスタディーを、例えば10万とか100万の低分子化合物を対象として実施した場合、ヒット数が少ないとむしろ心配です。つまり、ヒットした数が少ないというのは、我々が容易に考えるか、合成が難しいかどっちかなんです。むしろ10個から100個というヒット中に、私たちがこんなものがどうして引っかかってきたのだろうかというところから、それを試してみようというところからヒントが得られると考えております。in silicoで引っ張ってきたものがすぐに薬になるとは思いませんけれども、それがヒントになると思います。
 そうすると、問題は何かというと、化合物データベースが今度は重要になってくるのですね。データベースに関しましては、各社各様のものがあって、市販のものでも100万程度はありますけれども、それを単純に使うのじゃなくて、多くの場合は、例えば共同研究先の大学あるいは化学会社等のサンプルを入れて、特徴あるデータベースを構築しています。 もう1つは、やはりそういう実サンプルを自分のところで抱えていることも重要です。すべてがバーチャルで実施されて、いざヒットした化合物をつくろうと思ったら全く合成できないというのじゃなくて、合成できる、そこに実存しているものを取り込んだようなデータベースで、いいものがあったら、すぐに動物実験をやって効くか?という検証を重ねていくということが重要だと思います。

【土居主査】

 泰地先生。

【泰地TD】

 前の小柳先生の質問に対する答えにもう少し足すと、XFELの1つの大きなターゲットは、単分子での結晶構造解析なのですが、これについては、原研の郷先生がアルゴリズム開発をされていまして、そこでの計算量推定によると、かなりペタFLOPSに近いクラスの性能がないと追いつかないという結果が得られているということで、やっぱはりこのXFELとペタコンの連携というのはかなり重要ではないかと思っております。

【土居主査】

 ゴウ先生というのは郷信広? さんですね。どうぞ。

【矢川委員】

 ちょっと現実的な質問で恐縮なのですけれども、蛋白コンソーシアムは20社ということでしたけれども、コンピュータを使った合理的な創薬というものを考えたときに、やはりこの20社はそれぞれ同じように意欲的に取り組む方向であるのかどうか。非常に現実的な質問で申しわけないのですけれども。

【西島主事】

 そこまではやるのですけれども、臨床試験に入ったときに単独でやるかどうかということに対しては、答えは出せないと思います。つまり、動物試験の段階であれば、20社あるいはそれ以上、ベンチャーも、こういった合理的創薬の設計をやって供給するところができます。しかし、それを臨床に持っていって、全てのヒト試験をグローバルに展開できる会社は、日本では残念ながら今3社ないしは4社しかございません。
 特に弊社のような中堅企業は実施してもフェーズ1までです。つまり、健常人に投与する。そのデータを持って、ここまでやったのだけれども、一緒にやりませんかということを国内の大手メーカーとか海外のメーカーにもちかけて一緒にやっていかないと臨床は乗り切れないと思います。そのぐらい今臨床試験はお金がかかるということです。しかし、その前の開発候補選定に関わる合理的創薬はむしろ加速する方向で私は実施できると感じます。これはベンチャーを含めてです。

【矢川委員】

 そうすると、その前の段階に関しては、20社、さらにはベンチャーもかなりの規模のコミュニティが取り組む方向にあると。

【西島主事】

 私は逆に言うと、それをやらないと、新薬メーカー、創薬ベンチャーとしては生き残っていけないと思います。一方、今合併とかなんかやりますけれども、新薬のため、特に臨床のところですごくお金がかかるということで、その費用確保を見据えた合併ともいえます。先ほど新薬誕生に500億と言いましたけれども、ヒト試験に入ってから発生する費用が研究開発経費全体の70%です。従って、臨床前の創薬では全体の30%の経費で優れた開発候補品を早く見出して、臨床で落ちないようなものを探すということが重要だと考えております。

【土居主査】

 ありがとうございました。ほかには何かありますか。よろしいでしょうか。
 それでは、そろそろ時間も参りましたので、理化学研究所の皆様方及び慶應義塾大学の末松先生、また持田製薬株式会社の西島主事には、大変長時間にわたりましてありがとうございました。この後、実は我が国としての利用、活用といいますか、次世代スーパーコンピュータの利用、活用に関しまして戦略分野を絞っていき、それに対して今度は戦略機関というのを選定していくということがこの後続いてまいりますので、また本日、いろいろとお伺いしましたけれども、具体的にそれらのことを行うときに、改めてまたご相談させていただきたいということが起こると思いますので、そのときにはまたどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、次回ですが、次回は地球環境、地震防災分野についてのお話を伺うことになっておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 本日の議題は以上ですけれども、何かほかにございますか。よろしいでしょうか。
 そういたしますと、事務局から連絡事項等ございますか。

【事務局】

 それでは、次回、第5回の戦略委員会は、2月5日木曜日、午後5時から午後7時までの開催を予定しておりますので、よろしくお願いいたします。
 それと、机上に配付しております配付資料なのですけれども、いつものとおり、次回以降も戦略委員会で使用させていただきたいと思っておりますので、机上にそのままお残しいただきたいと思います。ただし、ご自宅等で参照いただくためにお持ち帰りいただいても構いませんので、その際は事務局に一言声をかけていただければと思います。
  以上でございます。

【土居主査】

   それでは、本日の戦略委員会はこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

— 了 —

お問合せ先

研究振興局情報課計算科学技術推進室

(研究振興局情報課計算科学技術推進室)