資料3 戦略分野の設定について(案)

平成21年7月22日
次世代スーパーコンピュータ戦略委員会

 次世代スーパーコンピュータ戦略委員会においては、次世代スーパーコンピュータの計算資源を必要とし、かつ、社会的・学術的に大きなブレークスルーが期待できる分野「戦略分野」について検討を行った。検討に当たっては、

  1. 次世代スパコンの能力でなければ出来ない課題があるかどうか
  2. 社会的・国家的見地から見て高い要請があるかどうか
  3. 次世代スパコン稼働後5年間で具体的な成果を出せる見通しがあるかどうか

ということを判断の軸としながら、我が国における研究開発の現状と研究者コミュニティの広がり、世界の研究開発動向と世界における我が国の立ち位置等を考慮した。
 また、戦略分野の研究開発を担う戦略機関については、我が国の計算科学技術を牽引し世界を先導していくことが求められる。戦略機関を中心に関係機関が連携をし、我が国全体として力を発揮できる体制を整えることが必要であり、このような体制整備の観点もあわせて考慮した。
 以上のような検討の結果、本委員会として戦略分野を以下の通り決定した。
 分野1 予測する生命科学・医療および創薬基盤
 分野2 新物質・エネルギー創成
 分野3 防災・減災に資する地球変動予測
 分野4 次世代ものづくり
 分野5 物質と宇宙の起源と構造

 上記戦略分野においてレベルの高い研究を行っていくためには、計算科学技術の幅広い分野を支える共通基盤的な研究開発について、研究ポテンシャルを蓄積・形成していくことが重要である。具体的な取組としては、計算機アーキテクチャ、並列化コンパイラ、ミドルウェア、最適化ツール、GRID、ストレージ等に関する研究開発、シミュレーション研究のための超並列アルゴリズム、数値計算ライブラリー、自動チューニング等の研究開発などが挙げられるが、このような取組を計算科学、計算機科学、応用数学等の研究者が一体となり、戦略分野の研究者と密接な連携をしながら実施していく拠点の整備が必要である。次世代スパコンの設置者である理化学研究所が中心となり、次世代スパコン施設を中心にこのような拠点を整備していくことが望まれる。
 以下、それぞれの戦略分野において期待する取組について記す。

分野1:予測する生命科学・医療および創薬基盤

 ライフサイエンス研究では、ゲノムや生体分子、細胞、臓器といった様々な階層における個々の研究が進められており、それらの研究結果は、創薬や医療の現場へも直接応用されている。一方、これら個々を対象とした研究だけでなく、それらを統合した、より複雑で高次の機構を解明し、生命をシステムとして理解することも求められている。
 このような多階層における個々の要素での生命現象の予測とその統合的理解のためのアプローチとして、シミュレーションによる取組に大きな期待が寄せられている。生命科学分野におけるシミュレーション研究では、タンパク質の構造や酵素機能の解析、細胞内の代謝反応解析、組織や臓器の作動解析等に加えて、これら多階層のシミュレーションをつないでいくことが大きなテーマとなっており、欧米においても国家的な取組が始まっている。さらに、最新のゲノム解析技術により生産される超大量の実験データに対する大規模ネットワーク解析や全ゲノム関連解析も進んでいる。一方、創薬プロセスの加速化・効率化と医療の高度化は、生涯健康な社会を目指す我が国にとって重要な課題である。薬物が分子レベルの受容体によって認識された後、細胞レベルから臓器・全身へその薬効を発揮する状況に対しては、多階層シミュレーションによる解析が期待される。さらに、このようなイン・シリコ創薬だけでなく、臨床における診断と予測医学としての治療や手術の最適化にも、シミュレーションによる支援が進められている。
 ペタフロップス級のシミュレーションによって初めて到達が可能な生命現象の予測と統合的な理解とあわせ、疾患メカニズムの解明等のための多階層の解析手法の開発とその応用は、医療や創薬プロセスの高度化に大きく貢献する。これらの研究には大規模なシミュレーションが必須であり、世界に先駆けて早期の実用化をおこなうため、重点的な取組を行う必要がある。

[想定される具体的研究内容]

‐分子シミュレーションによる生体超分子の構造変形と機能の相関
‐細胞機能の時空間シミュレーション
‐循環器系や呼吸器系などの臓器・全身シミュレーション
‐分子、細胞から臓器・全身をつなぐ多階層シミュレーション
‐新薬候補探索や分子設計などの創薬基盤シミュレーション
‐脳神経系の情報処理シミュレーション
‐ゲノム、プロテオーム情報や医療データ等の大規模データ解析
‐臨床における診断・治療および予測医学の支援

分野2:新物質・エネルギー創成

 新物質、新物質相、新現象の発見が絶えず行われていることは、物質がもつ無限の可能性を示唆している。これらの発見は、基礎科学に新局面をもたらすのみならず、いずれは産業、ひいては社会における変革を引き起こすことに通じる。新物質創成に関わる研究は分子科学、物性科学をベースにして発展をとげてきている。わが国ではこれら領域はそれぞれが大きなコミュニティーを形成し、基礎研究から応用研究、素材、部材の実用化にいたる全ての段階において世界のトップレベルを堅持しており、我が国製造業の国際競争力の源泉ともなっている。
 物質科学の応用分野は多岐にわたり、あらゆる分野の基盤となっている。特に、機能性分子創成、物質変換・反応制御、医療への応用やドラッグデザイン、電子デバイス開発、ものづくりにおける新材料開発などへの期待が高く、このような応用を見越した他分野との連携は不可欠である。
 物質科学は、新規エネルギー開発にも重要な貢献をすることが期待されている。低炭素社会、循環型社会、自然共生社会づくりにより、地球環境の危機を克服する持続可能な社会を目指していくことは大きな国際的課題である。この実現のための重要なアプローチとして、各種電池(2次電池、燃料電池、太陽電池)、熱電材料等への期待が急速に高まりつつあり、より一層の性能向上が緊急の課題となっている。具体的には、効率および耐久性の向上、コストの低下が問題である。エネルギー関連の課題としてはその他に、バイオマスの有効活用、低エネルギー消費デバイスの開発、などがある。これらの課題には多様な側面があるが、本質的な問題解決には物質科学的な革新が必須である。
 新物質・エネルギー創成にはシミュレーションはなくてはならぬ研究手段である。分子科学と物性科学の協力により新物質創成の一層の進展を図るとともに、上記の広い応用分野との連携による産業への貢献、さらには新規エネルギー創成のための基盤的技術開発と持続可能社会の構築につながる研究開発が求められ、このような取組を重点的に行う必要がある。

[想定される具体的研究内容]

‐新量子状態・新規物質探索
 物質変換・新規触媒設計,新超伝導物質(高温超伝導、界面超伝導),強相関とフラストレーションの共存,マルチフェロイック物質(交差相関)
‐ナノサイエンス・テクノロジ
 新規ナノ物質の探索,機能性分子・分子集積化による物質開発,ナノバイオ,酵素反応・ウイルス制御の全原子シミュレーション,ドラッグデザイン・DDSナノキャリアー材料開発,次世代電子技術:スピントロニクス、分子素子

‐エネルギー・環境に関する物質・材料開発
 環境調和型の高効率なエネルギー収集・変換・貯蔵,2次電池、燃料電池・太陽電池・熱電変換・バイオマス:高効率エネルギー変換,高効率光触媒、ナノ化学反応場の創成,超低エネルギー消費エレクトロニクスの開発

分野3:防災・減災に資する地球変動予測

 スマトラ沖大地震やハリケーンカトリーナに見られるように、自然災害は依然として、人間社会に大きな脅威を与えている。それに加え、地球温暖化に伴う気候の変化により、自然災害の増加が想定されている。被害は社会基盤の弱いところに及ぶことが予想され、効果的な対応策を実施するためにも、大規模シミュレーションによる地球変動予測が不可欠となっている。
 現在、緊急の課題となっているのは、地球温暖化に伴い台風が増えるのか、否か、また、その強度はどうなるか、という問題である。台風は雲の集団運動であり、この問題の回答を得るためには、雲を陽に表現する数値モデルを用いて研究する必要がある。また、昨今激化している集中豪雨に伴う被害は、都市化と地球温暖化に伴い増加することが懸念されている。この集中豪雨に対する予測を可能とするためには、観測データの迅速な処理や地形や地表面状態等の詳細なデータを組み入れた、高精度の予測システムの開発が必要となる。さらに、地震多発地域に位置する日本では、地震・津波による被害の軽減に取り組むことも、重要課題の1つである。現在地球シミュレータを用いた計算でも、東南海地震等による強震動・津波のシミュレーションが行われているが、これをさらに発展させ、実際の防災・減災対策につなげていくことが必要である。
 これらの課題に対し、次世代スパコンを使った研究によって、例えば、地球温暖化予測の高精度化と、それに伴う台風の変化に関する結論が得られれば、世界での議論を終了させることが出来ると同時に、温暖化に対する対応策の実施に大きく貢献することになる。また、集中豪雨・土砂崩れに関し詳細な予測が可能になれば、国民生活の安全や安心の確保に大きく寄与する。加えて、地震・津波についても、地盤の液状化や構造物の破壊等に関する詳細解析、さらには被災時の人間行動等を加味した災害評価等が可能となれば、国の防災計画の策定に寄与するなど、より効果的な防災・減災対策に資することが予想される。以上のように、次世代スパコンを用いることにより、これまでの地球変動予測研究に飛躍的な進展をもたらし、実際の防災・減災に資することが期待されるため、このような取組を重点的に行っていくこととする。

[想定される具体的研究内容]

‐全球雲解像モデル(1キロメートル以下)による、地球温暖化に伴う台風の変化に関するシミュレーション
‐地球システム統合モデルによる対応策検討のための予測情報の高度化
‐集中豪雨の予測システムの高度化
‐広域大気化学予測システムの高度化
‐沿岸域の海況影響評価システムの開発
‐地震・津波・風水害による広域被害推定、強震動推定の高度化
‐津波予測システムの高度化
‐構造物や社会基盤施設の詳細損傷・破壊解析と減災技術の評価
‐広域複合災害による被害推定と避難行動シミュレーション

分野4:次世代ものづくり

 食料、資源を海外からの輸入に頼る我が国において、製造業の国際的優位性の確保は産業立国としての生命線である。我が国のものづくりの強みは、経験から得られた知識に基づく信頼性の高い設計力と現場で培われた優秀な技術者による卓越した生産力のコラボレーションにあると考えられている。これによって世界に類をみない高品質製品を世に送り出してきたが、その優位性を維持・発展させるためには、製品の飛躍的な省資源・省エネ化、高機能化、軽量高強度化、静音化という社会ニーズに対してブレークスルーが可能な先進的要素技術の開発とそれらを複合・統合利用する革新的製品設計力の強化が必要である。
 上記の新しいものづくりの仕組みを構築していくに際して、ITは必要不可欠なものである。ITを活用するものづくりは、ペタフロップス級のシミュレーションが実現するに至ると、解析による実物試験代替を中心とした利活用方法から、先端的要素技術の創生~組み合わせ最適化~丸ごとあるがまま性能評価・寿命予測というものづくりプロセス全体をシミュレーション主導でシームレスに行うという利活用方法へ飛躍していくことになる。たとえば、第一原理計算によるナノレベル現象の究明(新材料要素・デバイス構造探索)、流体・構造超並列計算による超高速・大規模パラメータサーベイ(大規模多目的最適化)、アセンブリ構造複合連成解析(製品丸ごと解析)が可能になる。このようなシミュレーション技術は革新的製品の早期創出を牽引する役割を果たすのみでなく、設計段階から生産面を考慮するデザインフォーマニファクチャリングや、エコロジカル・フットプリント低減のための方策を導くための重要な手段になり得ることを意味する。このようなものづくりプロセスの改革は製造業など狭義のものづくりプロセスに限定されることなく、ナノデバイス開発や創薬設計など広義のものづくりプロセスに展開されるものであり、さらに、原子力施設等の際立った安全性・信頼性の求められる大規模プラント開発に革新をもたらす手法でもある。これらに加え、超大規模乱流シミュレーション、マイクロトライボロジーシミュレーションや分子動力学シミュレーション結果に基づき、流体現象や界面現象などの高精度マクロモデルの構築に挑戦するなど、次世代のものづくりのための学術的基盤の進展を図ることも重要な課題である。次世代スパコンを用い上記のような取組を行うことにより、我が国の強みであるものづくりのプロセスに大きな革新をもたらすことが期待され、これを重点的に行うこととする。

[想定される具体的研究内容]

‐超小型高性能デバイスのデザイン
‐マルチスケールシミュレーションによる材料設計と高精度信頼性予測
‐流体・構造連成計算による多目的最適化と逆問題解析
‐次世代航空機,高速鉄道,船舶,自動車の丸ごとシミュレーション
‐機械・機器における騒音発生メカニズムの高精度予測に基づく超静音設計
‐高機能燃焼器,エンジンの丸ごとシミュレーション
‐流体現象や界面現象などの高精度マクロモデルの構築
‐原子力施設における安全性,健全性評価シミュレーション

分野5:物質と宇宙の起源と構造

 物質の基本構成要素や宇宙の成り立ちに関する研究で明らかにされる自然の根本原理は、人類共通の知的財産であり、科学および技術全般の礎となる。このような基礎科学研究において、数値シミュレーションは、理論・実験と並ぶ重要な研究方法として大きな役割を担い、研究の進展を牽引してきた。素粒子物理学において、6種類のクォークから陽子・中性子等の成り立ちや対称性の破れを解明する格子量子色力学計算、原子核物理学において、陽子・中性子から多様な原子核の性質を極める量子多体系計算、宇宙物理学において、銀河やブラックホールの形成過程を追及する計算などはその重要例であり、またこれまで我が国における研究が世界をリードしてきた実績がある。
 今後実現するペタフロップス級の計算は、素粒子における物質・反物質の非対称性や宇宙誕生後の最初の天体の形成過程など、物質の各階層における長年の研究課題に大きなブレークスルーをもたらす。さらに、クォークから超新星爆発に至る多階層を連結したシミュレーションや、クォーク第一原理に基づく核力を用いた中性子過剰核の構造・反応計算による元素合成の解明等により、極微の素粒子から宇宙の全体に至る基礎科学分野を融合し、物質と宇宙の起源と構造を統合的に理解することが初めて可能になることが期待される。
 もとより、基礎科学研究は研究者の自由な発想に基づき行われるべきものである。しかしながら、そのような基礎科学研究の中でも、世界の動向や我が国の研究レベルの進展に鑑み、ペタフロップス級の計算をすることにより世界に先駆けて特に大きな進展が見込まれる物質と宇宙の起源と構造の統合的理解に係る分野については、国としてもこれを重点的に取扱うことが必要であり、戦略的に取り組むこととする。

[想定される具体的研究内容]

‐格子量子色力学による素粒子シミュレーション
‐超弦理論と時空構造のシミュレーション
‐クォークから超新星爆発に至る分野融合型多階層シミュレーション
‐ストレンジ原子核の精密計算による高密度天体の構造
‐中性子過剰原子核の構造および反応計算による元素の起源
‐数値磁気流体・数値相対論による宇宙物理シミュレーション
‐重力多体計算による構造形成過程の解明
‐宇宙、天文分野におけるプラズマ物理シミュレーション

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