2.我が国における中性子利用の現状

(1)中性子利用研究の経緯と現況

中性子利用研究の始まりとその本格化

  我が国の中性子利用研究は、1960年代前半から日本原子力研究所(現JAEA)が有する研究用原子炉JRR-2及びJRR-3により開始され、1960年代半ばからは、京都大学原子炉実験所の研究用原子炉KUR、及び東北大学原子核理学研究施設における電子線型加速器を試験的に利用したパルス中性子源がそれぞれ利用を開始し、本格的な中性子利用研究が始まった。
  その後、1980年には、高エネルギー物理学研究所(現KEK)において陽子シンクロトロンを利用した世界初の本格的なパルス中性子源KENSによる研究が始まり、また、1980年代後半には、JRR-3が改造され中性子ビーム実験を主目的とする原子炉として1990年に運転を再開した。
  こうして、1990年には、我が国は原子炉の定常中性子源及び加速器のパルス中性子源の両方において、世界でも有数の中性子源を有し、低次元磁性体や強相関電子系などの基礎研究から、残留応力測定や材料内部構造イメージングなどの産業利用、さらに中性子イメージングプレート、磁気レンズや新しいパルス中性子計測手法などの技術開発研究に至る広範な分野での成果を創出するとともに、人材育成に貢献してきた。

現在の中性子利用研究の状況

  パルス中性子源KENSは、J-PARC中性子利用施設の完成が近づいたことを受けて2006年3月に運用を終了したが、年間約200を超す大学共同利用課題申請があり、全体で約1.5倍の競争率となるなど、大学等の研究者を中心に活用されてきた。また、KENSの運用が終了した現在も、共同利用実験等は海外のパルス中性子施設を利用し、継続して行われている。
  現在、我が国における定常中性子源を利用した研究は、主としてJAEAの有するJRR-3において行われている。JRR-3の実験装置は、JAEAが設置している装置が20台及び大学が設置している装置が13台あり、それぞれJAEAの施設共用の枠組み及び東京大学原子力専攻と物性研究所を窓口とした全国共同利用の枠組みを通じて、官学の研究者を中心に活用されている。同炉における中性子利用課題の申請数は増加傾向にあり、平成19年度では、炉の利用延べ日数約5,000日に対して課題申請日の総数は約7,300日と、全体で約1.5倍の競争率となっているなど、中性子利用全体についてのニーズが高まっている。

(2)産業利用の状況と期待

産業利用の現状

  中性子科学全体の発展に伴い、その産業利用も行われてきている。特にJRR-3における産業利用は、平成18年度にJAEA施設共用制度及びトライアルユースプログラムを開始したことにより、着実に増加しており、産業界の研究者・技術者が代表となっている課題による利用時間は、平成17年度は全利用時間数のうち5パーセントであったが、平成19年度には同割合は10パーセントを占めるに至っている。

産業界における中性子利用の期待

  本年12月のJ-PARCにおける中性子ビーム共用の開始を控え、産業界の様々な分野において中性子利用に対する期待はますます高まってきている。

製造業における期待

  例えば、製造業においては、機器・配管などの溶接部等の構造健全性に関わる残留応力測定、次世代磁気ディスク装置開発に貢献するナノ磁性・ナノデバイスの研究開発、貴金属やレアアースメタルの使用を極力抑えた透過高分子膜等の燃料電池構成材料の開発、水素脆化を抑制した超高強度鋼板の開発など、中性子利用を通じた様々な技術革新への期待が高い。

医薬品業における期待

  また、医薬品の分野では、水素やプロトンの状態や水分子の影響も含めたタンパク質の立体構造の詳細な解析、酵素反応の解析などによる医薬分子設計(SBDD)への貢献が期待されている。

    さらに、産業界の研究者・技術者の直接利用のみならず、医薬品製剤の物理化学的な性質の理解の向上や超伝導物質に関する機能の発現機構の解明など、産業に関連する分野における基礎科学の研究は、これが産業技術にとって不可決な基盤となることから、その発展に対しても大きな期待が表明されている。
  こうした、産業界の期待の高まりを受けて、J-PARC及びJRR-3の産業利用に関する産業界の要望を施設や国に対し提案・提言し、利用の促進を図る組織として、本年5月には、「中性子産業利用推進協議会」が設立されている。
また、茨城県では「サイエンスフロンティア21構想」の一環として、J-PARCに中性子産業利用を目的とした2本のビームラインを整備するとともに、産業利用に向けた普及啓発のために研究会活動を推進している。また、本年12月の供用開始に向けて、産学官共同研究施設を整備するとともに、産業支援を推進するコーディネータを配置するなどの産業利用促進の取組を強化している。

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研究振興局基礎基盤研究課量子放射線研究推進室

(研究振興局基礎基盤研究課量子放射線研究推進室)