資料1-2 OIEの大学教育への貢献

(獣医畜産新報 Vol.66  No.1掲載文)

OIEの大学教育への貢献
国際獣疫事務局アジア太平洋地域事務所 石橋朋子

コメント

2004年よりOIEパリ本部に、その後、2010年よりアジア太平洋地域事務所に勤務しています。2年前に事務所が東大フードサイエンス棟内に移転して以来、大学の先生方、獣医学系の学会の方と仕事をする機会が増えました。次世代の獣医師が世界を視野に活動できるよう、微力ながらも貢献したいと考えています。

要約

動物衛生の向上と福祉の推進を目的に掲げる国際政府間機関として、OIEは近年、加盟国の獣医サービスの水準を向上させる活動に力を入れてきた。2009年に獣医学教育機関や教育行政からも多くの参加を得て、獣医学教育に関する国際会議を開催して以来、動物衛生の向上と福祉の推進のために獣医師に必要とされる基本的な能力のリストアップ、その延長であるコア・カリキュラムのひな型の作成、卒業後の継続教育のガイドラインの作成、獣医学教育機関のtwiningなどを精力的に進めている。日本の獣医学教育関係者には、OIEの動きに是非、関心を持って欲しい。

はじめに

動物の疾病を制御し、福祉を推進するためには、獣医サービス が機能していることが前提である。この視点から、OIEは近年、加盟国の獣医サービスの水準を向上させる活動に力を入れてきた。2005年に始まった獣医サービスの評価(Evaluation of Performance of Veterinary Services )はすでに110カ国以上に及ぶ。数多くの評価の経験に基づき、獣医サービスの質の向上のためには、獣医事法制の整備とともに、獣医学教育の適正化が必須であると認識された。本稿では、OIEの獣医学教育の向上に向けた取り組みを紹介する。

1.獣医科大学や教育行政への働き掛け

2009年10月、パリにて第一回のOIE Global Conference on Veterinary Educationが開催された。ここには、設立時から各国を代表してOIE活動に関与してきた獣医行政当局に加え、加盟国の獣医学系大学や学部の学長(学部長)、教育行政当局からも多くの参加を得た。これはOIEが推進する獣医サービスの向上と不可分の関係にありながら、従来関係が薄かった教育界とOIEが直接向かい合う画期的な機会だった。獣医学教育改善の必要性は多くの加盟国共通の課題であることが広く認識され、OIEが獣医学教育に関する国際基準の作成を検討するべきである旨の勧告が採択された。これを機に、地域の大学で作る協議会(Asian Association of Veterinary Schools, South East Asia of Veterinary Schools Associationなど)や各国の教育行政当局からのOIEへの接触も増え、協力してより良い獣医学教育を作っていこうとする機運が高まってきた。
 Global Conferenceでの議論を受け、OIEが着手した仕事について述べる前に、Global Conferenceのその後について補足する。2011年は、フランスのリヨンに世界で初めて獣医学教育機関が設立されて250周年に当たる年だったことから、これを祝う意味を込め、5月にリヨンにて、第2回のGlobal Conferenceが開催された。第1回のコンフェレンス後にOIEが進めてきた仕事についての議論のほか、唐木英明東京大学名誉教授による、日本の獣医学教育の改革の必要性について講演もあった。2013年12月には、第3回のGlobal Conference がブラジルにて開催される 。OIEが獣医学教育機関や教育行政当局と仕事をする基盤が整いつつある。

2.“獣医学教育の課程終了後、一日目から備えているべき能力”(Competencies of Day 1 veterinary graduate)

 Global Conferenceの勧告を受け、獣医学教育の課程終了後、一日目から備えているべき能力(ただし、OIE基準に沿った仕事をするために必要な範囲に限る)を特定することを目的とし、獣医学教育専門部会が設けられた。獣医学教育の実情を反映させるべく、専門家委員会には、ヨルダン、セネガル、パラグアイ、ベルギー、カナダ、ベトナムの大学の学部長や教授を含む10名の委員が選ばれている。専門部会の作成した草案は2011年10月に公表され、2012年5月に“OIE recommendations on Competencies of graduating veterinarians (`Day 1 graduate`) to assure National Veterinary Services of quality”として発行された。2012年の総会では、OIE陸生動物衛生基準(OIE Terrestrial Animal Health Code)中の獣医サービスの評価にかかる章(Chapter 3.2)が修正され、獣医サービスの評価ポイントの一つである獣医学教育に関して、「そのカリキュラムが“獣医学教育の課程終了後、一日目から備えているべき能力”を考慮したものであること」という項目が追加された。これにより、Competencies of Day 1 graduateは加盟国が獣医学教育の内容を検討する際の指針となった。

 さらに2012年の総会で採択された決議32号(Resolution 32 -Good governance and veterinary education)には、1)OIEが加盟国の獣医当局及び獣医学教育機関などと協力し、初期教育を終えた後の継続教育の質を高めるべきこと、2)コア・カリキュラムのひな型を作成すること、3)獣医学教育機関のtwinningの手続きを作成することとなどが挙げられている。以下、これらの進捗状況に触れる。

3.卒業後の継続教育についてのガイドラインの作成

 Competencies of Day 1 veterinary graduateは新卒の獣医師が備えているべき能力であり、国の獣医当局で働いている獣医師にはより高い能力が必要であろう。国から委託を受け、時に家畜防疫に関与する民間獣医師にとっても継続教育は必要である。そこで、専門委員会は、卒業後の継続教育についてのガイドライン(Post-Graduate and Continuing Education for Graduate Veterinarians to assure ongoing delivery of high-quality national veterinary services)を草案した。どのような人に、どのようなトピックの継続教育が必要なのかの参考になる。

4.コア・カリキュラム・モデルの作成

 教育機関がカリキュラムの作成にCompetencies of Day 1 veterinary graduateを反映させるときの手助けになるよう、専門委員会はコア・カリキュラムのひな型(Model Veterinary Core Curriculum)案を作成した。生化学、遺伝学、解剖学、生理学、免疫学、生物数学、動物福祉・行動学、寄生虫学、薬学・毒性学、病理学、伝染病学、微生物学、疫学、地域経済学・経営学、診断技術、獣医法制、群の健康管理、公衆衛生、食品衛生、職業倫理、コミュニケーションの22科目を挙げ、内容の説明や教育課程のどの時期に教えるべきか、などが示されている。

5.獣医学教育機関のtwinning programmeの実施に向けて

 水準の低い獣医学教育機関を、少なくともCompetencies of Day 1 veterinary graduateを教えられるような水準まで引き上げるため、OIEは獣医学教育機関のtwinning programmeを検討している。水準向上を望む教育機関とこれを助けようという教育機関をペアにして、両者で2~3年間のプログラムを作成し、OIEに提出。実効性があると判断されれば、必要な資金が供与されるという仕組みである。専門部会がtwinning programmeの指針案を作成しており、資金供与予定の世界銀行とも議論をしている。

 これら3,4,5の案は専門部会の議論とともに、OIE陸生動物基準委員会の2012年9月会合の報告書 にAnnex XXIXとして添付され、加盟国に回覧されている。

おわりに

2009年12月の第1回のGlobal Conferenceから3年ほどの間に、OIEの獣医学教育への取り組みは大きく進展してきた。日本の獣医学教育関係者にも、是非、OIEおける議論を追っていて頂きたい。2013年12月の第3回Global Conference には日本の教育関係者にも積極的に参加して頂けることを願っている。


(Journal of Veterinary Medicine: Vol 66. No 1, 2013)

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