ウラノ委員提出資料

在日ブラジル人移住者とグローバルな社会空間:— 越境的な社会政策枠組みの必要性 —

2010年2月5日

上智大学外国語学部
ウラノ・エジソン

 グローバルな労働市場の再編によって構造化された、ラテンアメリカ人労働者の移動過程がはじまってから早くも約25年が経っている。現在日本における日系外国人の教育、社会保障、労働市場での位置づけを考えると、次世代も含めて日本社会の底辺に固定化されるといった可能性に直面している。次の四半世紀にこうした傾向を打開するためには、現在構築・計画されている諸制度、政策は決定的な役割を果たすであろう。

課題

  • 越境的な社会空間で生活する移住者の実態を把握。労働、社会政策面新たな枠組みの創造の必要性
  • トランスナショナルな要素を「制度」に反映させる(例:社会保障における二国間協定)
  • グローバルな社会動態に左右されながら生活する人々の「市民権」を保障しうる政策枠組みの発展

 2004年労働者派遣法改正と在日ブラジル人 

「私は17年間この会社で働いてきた。その見返りにもらえるのは予告手当だけ?」
 自動車部品メーカで解雇通知を言い渡されたブラジル人女性、2009年2月愛知県岡崎市にて。

“在日ブラジル人の事例を通じてこの問題を考えると、製造業への派遣解禁が雇用、アウトソーシング市場にもたらした影響は、不安定雇用の増大と賃金水準の低下であることがわかる。従来請負業により労働者を雇用していた会社は派遣部門をつくり、逆に派遣大手が請負部門に参入するなど、労働者を柔軟に雇う手段が増え、それまでも異常なまで不安定な雇用がさらに不安定なものになっていった。当初は、「請負」といったグレー ゾーンの是正、政策当局の企業への指導強化で雇用の適正化の強化も法改正の一つの狙いとしてあげられていたが、新たな競争要因を市場に導入した効果はそれらを大きく上回り、雇用破壊をもたらしたのである。今回の大量解雇のオンパレードは、だれもが予想しなかった「100年に一度」の経済危機の結果だけではなく、ある程度予想できて、数年に渡り実施されてきた雇用政策の結果でもある”ウラノ(2009b)。

エスニック・コミュニティと危機

 “現在、ブラジル人コミュニティが対面している危機は、冒頭でも述べたように、彼・彼女たちの製造業における間接雇用への依存度が高いため、このスケールの失業は、個人・家族・企業といったミクロレベルを超えて、危機が及ぼす特定のコミュニティへの影響を象徴するものである。大量解雇、子供の不登校、エスニック・コミュニティの弱体化、ブラジル人コミュニティが対面している諸問題は、アウトソーシング市場のロジックと、それが社会にもたらす弊害を象徴している縮図といってもよい”ウラノ(2009b)。

 移住過程の流動性と反復性

  • 合法的に日本で生活ができて、活動に制限がないこと
  • 非常に不安定な雇用に従属しながら生活しているため、二国間を往来する人々や家族が離散したかたちで生活設計をたてている
    「負の遺産」とされている在日ラテンアメリカ人の「集住」と言語問題についての見解
  • 日本語の習得とインテグレーション(どこへ、どのようなかたちで)
  • 移住過程、ライフサイクル、縁辺的労働市場への従属
  • バイリンガル教育の重要性とトランスナショナルな文脈での「市民権」、生活戦略

 日系人の合法性

  • 在外ブラジル人(例えば米国、イギリス在住)の在留資格を考えると、日本に在住のブラジル人たちの一つの特徴は、合法的に滞在できることである

一般的な批判:

  滞在期間や移動が自由すぎて、管理が難しい
  コミュニティに固まってしまい、言葉を覚えない、定住過程が曖昧

  • 自由であることは、移住者間・金融・流通・文化・メディア・通信などの分野で、大変活発なネットワーク形成を可能にした
  • 移住者がホスト社会の言語を習得することは、社会統合において間違いなく重要な課題である。しかし、「人間」の「性質」として、自分にとって使い心地のよい文化、言語を使って生活することのほうが自然である。それは人々のライフヒストリー、アイデンティティと関係している。在日ブラジル人たちが母国語を使って生活することを可能にしているのは、日本で生活するための基本的な権利がある程度保障されているからである。また、経済危機による失業対策や帰国支援の実行も、合法性により効果的なものとなっている。
  • 合法性は、これからの移民政策、社会政策の実現を考える上でも、重要な前提条件である。
  • 「多文化共生」、「多文化矯正」
  • 多言語、多文化社会の実現は多様性を認めること、多様性のへの「許容」を高めることから
  • 越境的な社会空間で生活する人々とバイリンガル教育
    ブラジルと日本の外交・経済関係が活発になりつつある現在、両国にとってプラス面をもたらす。ポルトガル語、スペイン語などを日本の「国際化メニュー」に盛り込む
    (脱国際化=英語教育)
  • 日系人受け入れへの規制が予想されていますが、30万人以上のラテンアメリカ人が日本にすでに在住している。入国基準の改訂には、入り口規制の論理を先行させるよりは、大きなコミュティの存在とその影響を総合的に考える必要性(離散家族の発生、子供の教育への影響)

 今回の経済危機と移住過程:帰国者は今(2009年9月の現地調査から)

 2007年頃からほとんど機能しなくなっている旅行業者(ブラジル、サンパウロ州サンパウロ市、東洋人街にてヒアリング)。これまでの斡旋組織に変化(休眠状態?)

  • 斡旋組織・ルートの適正化のための機会
  • 帰国者は今どのような問題に対面しているのか
     現地の労働市場への復帰が困難、移住過程によるdeskilling、母国への再適応、
     ネットワークの欠如
     帰国者の一部は、タイミングよく起業に成功している
     例:パラナ州マリンガ市で、2009年にファーストフード店を開店した帰国者
  • ブラジルの経済成長、不平等の是正(約2千万人が近年貧困層からCクラスへ)
     (参照 図2)


ブラジル政府の在外ブラジル人政策

  • 在外ブラジル人コミュニティを世界各国とのつながりを強化するために積極的に活用する方針
  • 2009年、2010年に「在外ブラジル人コミュニティ学会」をリオ・デ・ジャネイ ロで開催 (米国、南米、欧州、日本、オーストラリア、アフリカ、中東から参加者)
  • ブラジル政府が日本に“Casa do Trabalhador”(労働者の家)を設置する構想 
     

今後の課題、提案

  • 国の受入・統合政策の実現の第一歩:在日ラテンアメリカ人を公式に移住者として認めること
  • 受入・統合政策は単なる社会的コストではなく、日本社会への投資である
  • 受入政策には、子供の日本語教育だけではなく、大人にも一定期間・時間、教育を与えるシステム(中央政府・企業・地方自治体・市民団体等)
  • 教育問題の改善は生活基盤の安定化からはじまる
    (就労・社会政策・セーフティ・ネット)
  • ブラジルと日本の経済・外交関係の強化過程で在日ブラジル人を積極的に活用する
  • 労働組合への取り込みを促進する。ブラジルのナショナルセンター、ILOとの協力関係、提携を強化(ナショナルセンター、コミュニティ・ユニオン、NPOなどとの連携)
  • IOMなどの国際機関、二国間の連携を通じて国際的な社会政策を目指す(移動ルートの適正化)
  • Sabja(在日ブラジル人を支援する会)やAbrah(浜松市ブラジル人協会)など、NPOの役割を強化、ネットワーク化
  • 二国間協定・協約の促進(社会保障、教育制度・カリキュラム、労働)

  移住過程を個人レベルの意思決定によるものとして捉えるのではなく、グローバルな経済構造の再編、越境的社会空間の形成から生まれる新たな動態として理解することこそが、移民問題研究、公共政策の計画と効用性を考える際に重要である。極めて流動的な実態を、研究者、政策立案者等が、越境的な観点・フレムワークを通じて見極めることが最重要課題である。

参考資料

ウラノ・エジソン(2008)「ブラジル人移住者とグローバルな社会空間:越境的な社会政策の可能性の検討」、上智大学 外国語学部紀要 第43号(ポルトガル語)。

ウラノ・エジソン(2009a)「ブラジルにおける所得分配、フォーマル雇用と内需拡大」、堀坂浩太郎(編著)『ブラジル消費市場と新中間層の形成』、財団法人 国際貿易投資研究所。

ウラノ・エジソン(2009b)「在日ブラジル人労働者の現状と経済危機 — 労働組合に期待される進化」、DIO 連合総研レポート、No.237、4月1日.

お問合せ先

大臣官房国際課企画調整室

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