宮崎委員提出資料2

夜間中学校の現状と課題

2009年12月9日

関本保孝(東京・墨田区立文花中学校夜間学級)

 日本政府の「非識字」問題に関する様々な文書を見ると、ほとんど全く発展途上国の問題として述べられている。しかし、夜間中学校関係者の推計では、非識字者を含む義務教育未修了者は日本国内に百数十万人いるとされる。この義務教育未修了者は、高学歴社会日本の中で、大変過酷な状況におかれている。このような現状を踏まえ日本弁護士連合は、国に現状の改善を求める意見書を提出しており、義務教育未修了者への国の抜本的な改善策が強く求められている。

1、義務教育未修了者をめぐる課題

(1)義務教育未修了者数をどう把握するか。

 2000年国勢調査によると、「未就学者」は158891人となっている。しかし、 これは「小学校に入学したことがない者及び小学校を中途退学した者」の数であり「小学校卒業者」も含めた義務教育未修了者全体ではない。また、1985年中曽根首相国会答弁書で、義務教育未修了者数を約70万人としているが、その明確な根拠が示されていない。

 夜間中学校関係者が文部科学省の学校基本調査等を利用した推計では、百数十万人の義務教育未修了者がいると考えられている。国勢調査の項目を現在の「小・中学校卒業」から「小学校卒」と「中学校卒」を分ける形にし「未就学者」と合わせ、「義務教育未修了者」全体がわかる方向への改善等、 国としての義務教育未修了者数の十分な把握が求められている。

(2)義務教育未修了者の置かれた過酷な現状とどう向き合うか。

 日本が高学歴社会であるが故に、基礎教育を全く又は十分得ることができなかった方々は、社会生活の様々な場面で、大きな苦痛と不便を味わい、さらに人格を否定されるような場面も少なくない。国として、このような義務教育未修了者の置かれた現状をどう受けとめ、どう対応していくかが問われている。以下、義務教育未修了者の”悲痛な叫び”の一部を紹介する。

 1.(和歌山県在住・65才男性〈故人〉)

 読み書きができないので、手紙は全て捨てており、人に説明するときなど、情けなくて生きている価値がないと感じていた。選挙では誰がどんなことを言っているか、誰がいい人なのかもわからずだだ名前を書いているだけだった。訪問販売が家に来て、いろいろ説明を聞いてもよくわからないまま、「うん、うん」といって契約してしまった。肉を買いに行っても豚肉か牛肉かわからないまま買って食べている。市役所へ行って名前や住所が書けなくて窓口にいる人に書いてもらうのが恥ずかしかった。病院で問診票を書いたことがない。」 

 2.(大阪府在住・58才男性)

 「肢体不自由という「障害」のため、学校に行きたかったが就学免除・猶予にされ学校に行けなかった。また、家庭が貧しかったため家でも学習できず、文字の読み書きが全くできなかった。両親の健康状態が悪くなり、「障害」者の施設に入れられ、母の葬式にも兄の結婚式にも出席させてもらえなかった。施設でも文字が読めないことで差別を受け、何度も悔しい思いをした。

 3.(元不登校・22才女性)  

 「 ”死ぬ前にもう一度だけ勉強がしたい。”・・・しかし文部省から言われたことは、夜間中学は埼玉県にはなく、そして東京都には八校あるけれども、東京都に在住か勤務している人でないと入学できないと断られた。・・・電話を切ったあと、涙が止まらなかった。

(3)日本弁護士連合会の国への意見書をどう把握するか。

 義務教育未修了者、自主夜間中学や公立夜間中学校の関係者、識者等282名が申立人となって、全国各地への公立夜間中学校開設を求めて、日本弁護士連合会へ人権救済 申立を行った。日本弁護士連合会はそれを受け、関係者の声や提出資料等を広く調査し、2006年8月10日に国へ「学齢期に修学することのできなかった人々の教育を受ける権利の保障に関する意見書」を提出した。

 この意見書は関係者の声を広く反映したもので、以下の点を柱としている。 

 1. 義務教育は全ての人の固有の権利であり学齢超過か否かにかかわらず義務教育未修了者は、国に教育の場を要求する権利を持つ。2. 国は義務教育未修了者について、全国的実態調査を速やかに行わなければならない。3. 国は実態調査を踏まえ、夜間中学校設置に関し地方行政に対し、指導・助言・財政援助等を行うべきである。4. 普通教育(義務教育)を受ける権利の実質保障のため、国は様々な手段を尽くさなければならない(既存の小学校・中学校・盲ろう学校・養護学校の活用や自主夜間中学への施設・財政等の提供・支援、個人教師の派遣など)。5. 諸条約やユネスコ学習権宣言等に基づいて、国籍を超えた教育保障をしなければならない。6. 中高年齢者、障がいのある人、中国帰国者、在日韓国・朝鮮人、15歳以上の新渡日外国人(いわゆるニュー・カマーの外国人)の5つのカテゴリーの人々に対し、それぞれの実情に応じ、個別具体的に教育を受ける権利を保障しなければならない。

 この意見書は、義務教育未修了者の救済にとって画期的な意味を持つものであり、国としての誠実な対応が求められている。

(4)国内的視点を欠如した国の識字・義務教育未修了対策をどう転換していくか。

 日本弁護士連合会が国に意見書を提出した後も国の基本的な方針は変わらない。つまり全国各地への公立夜間中学校開設を初めとした義務教育未修了者への教育保障に関する積極的な方針は出されていない。日弁連の国への意見書提出後、2名の国会議員が国会質問を行い、「義務教育未修了者数がわかるようにするための国勢調査の区分改善をして欲しい。」「国として自治体を指導して欲しい。」という趣旨の質問をしているが、2回とも、否定的又は消極的な答弁に終わっている。2003年から2005年の3年間の教育分野における低開発諸国へのODA援助実績は、フランスに次いで世界で2番目に多い(30億6800万ドル)。しかし、約70万人と国が表明した国内の義務教育未修了者に対しては、教育保障の視点は驚く程、弱い。

1. 少年院

 神奈川県の久里浜少年院は全国五十二カ所の少年院で唯一、「国際科」があり、外国人専用の寮を備えた矯正施設である。ここには「社会復帰のため特別に日本語指導を要する」と判断された少年たちが全国から送られてきている。国際科には、南米などから出稼ぎに来た日系人の子が多くいる。南米からの日系人が多数住む26の市・町で構成する外国人集住都市会議では、2006年11月21日に「よっかいち宣言」を出し、「働きながら学び直す機会の確保」や義務教育年齢を超過した者のための「夜間中学校開設」等を国等に強く求めた。

2. 刑務所

 長野県の松本少年刑務所には、刑務所内に全国唯一の中学校がある。これは矯正施設内にある公立中学校としては唯一のもので、受刑者で義務教育を修了することなく刑務所に収監された者がここで学習する。設立された背景に受刑者が就学機会の低さのため犯罪に走る傾向があったためで、更生の一環として行われている。入学について、年齢には関係なく50歳、60歳でも入学する者がいる。他刑務所に収監している者でも、入学するために一時的に松本少年刑務所に移送・転入する。

 上記少年院と刑務所は政府(法務省)の機関でありそれ自体は評価に値するが、国のリーダーシップによる成人等への義務教育や識字教育をこれらの枠から大きく超え、拡充することが求められている。

2、今後に向けての提案

 現在、全国には公立夜間中学校は8都府県に35校しかない。そのため入学のため全国から転居したり遠距離通学をしいられたりしているほか、圧倒的に多くの方は入学を断念している。また、中学校の卒業資格の得られる通信制中学は全国に1校しかなく、しかも東京都に住んでいるか仕事をしている人でないと入学できない。さらに行政に代わり全国約20カ所で行われているボランティアによる自主夜間中学にも十分な行政の手が行き届いていない。

 このような現状を踏まえ、校長を含む公立夜間中学校全教職員で構成する全国夜間中学校研究会は、2008年12月の研究大会で「すべての人に義務教育を!21世紀プラン」を採択した。

 日本人中高齢者、元不登校・ひきこもりの若者、障がい者、中国帰国者とその家族、在日韓国・朝鮮人、仕事や国際結婚等で来日した外国人とその家族(新渡日外国人)など、様々な人々が、生活や資格、進路等のため、そして、人間として当たり前に生きる権利として求めている義務教育の保障を国等に求め、提案したものである。

 以下、その具体的内容である。

1. 「夜間中学校の広報」を行政施策として求める。

  夜間中学校の存在を知らない義務教育未修了者すべてに「教育を受ける権利があること、義務教育を必要とする人々のために夜間中学校があること」を知らせること

2. 「公立夜間中学校の開設」を行政施策として求める。

    (1)全都道府県及び政令指定都市に最低1校以上の公立夜間中学校を開設すること

    (2)公立夜間中学校開設を求める自主夜間中学のある自治体に公立夜間中学校を開設すること

3. 「自主夜間中学等への援助」を行政施策として求める。

 行政に代わって義務教育未修了者の「教育保障」を担っている自主夜間中学への行政からの十分な施設提供や財政援助等の実施

4. 「既存の学校での義務教育未修了者の受け入れ・通信制教育の拡充・個人教師の派遣 等の推進」 を行政施策として求める。

    (1)小学校、中学校、特別支援学校等で、広く義務教育未修了者を受け入れること

    (2)各都道府県での通信制教育の実施

    (3)全国各地の通学困難な義務教育未修了者のための個人教師派遣

    (4)その他、義務教育保障にとって必要なこと

 「何歳でもどこの国籍でもどの自治体に住んでいても」すべての人が基礎教育としての義務教育が保障されるよう国に十分なリーダーシップを望みたい。

 

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