資料4‐1 防災教育支援に関する懇談会(第3回)議事概要

1.日時

 平成19年5月22日(火曜日)15時~18時20分

2.場所

 宇宙開発委員会会議室

3.出席者

(1)委員

 林座長、川本委員、小林委員、諏訪委員、中川委員、永山委員、福和委員

(2)外部有識者

 牧准教授(京都大学防災研究所)

(3)事務局

 板谷審議官、土橋課長、阿部室長 他

4.概要

冒頭

-事務局より資料3-1に基づき、第2回の概要を説明-

-小林委員、牧准教授より、机上資料に基づき前回懇談会中の疑義について説明、以下は主な意見-

【林座長】

  • 災害が発生した後だけではなく、事前の備えの重要性や、災害が起こった場所へ助けに行く、といった一人称以外の視点もある。
  • 生きる力の方針は、防災教育のビジョンでも強調していただきたい。

議題(1)「防災研究成果普及事業」における防災教育支援の事例について

-福和委員より、資料3-2-1に基づき説明、以下は主な質疑応答-

【林座長】

  • スライド19「防災教育の場と対象」にはPTAを入れてはどうか。

【「愛知県の取組」について】

【福和委員】
  • 愛知県については、3千万円の予算を獲得し、データを入れて使うことができるウェブサーバの立ち上げができている。
  • 市町村は現在、耐震改修促進計画の作成に際して、ハザードマップ作りをすることによって耐震化を促進すれば国土交通省が補助金を出すという流れでシミュレータに乗るというシナリオを描いている。

【「シミュレーションによる効果」について】

【福和委員】
  • まだ完成してから2~3ヶ月しか経っていないが、耐震診断をした人は多い。
  • これは地域の学習には使えるが、学校に使ってもらえるかどうか。自分達で内容を入れることもできる。
【小林委員】
  • スライド18「学校教育の役割」には、総合的な学習の時間を入れていただきたい。扱いやすいというか、そこでなら時間数をまとめて確保できる。

-事務局より資料3-2-2に基づき説明-

議題(2)防災教育支援のあり方について

-事務局より資料3-3、3-4に基づき説明、以下は主な質疑応答-

【中川委員】

  • 資料3-4について、1.(1)の「ライフラインが途絶した環境で」という表現は範囲が狭い。
  • 2.(2)3の「能動的学習による問題解決能力の育成」は、みずから問い、調べ、まとめる中で、体験的な学習も含まれるのならば、そういう表現もあった方がよい。
  • 3.(1)の「自主防衛活動」は、「自主防災活動」の方がよい。
  • 3.(4)は教員の話に偏らず、地域での人材の育成にも触れた方がよい。「教員個人で作成されている教材等」は教員に限らない表現にしてはどうか。また、「教員のニーズ」とあるが、主体には地域も含まれるので、地域社会のニーズや限界も把握する必要がある。
  • 3.(5)に「災害時の学校現場や恐怖感を知る」とあるが、恐怖感だけではなく、理学的・科学的な知識や災害から立ち上がる力、自然災害がもたらしてきた地域の恵み等の観点も教えることで、子ども達が地域を愛し、守る気持ちにつながる。
  • 4.(1)は学校、家庭、地域という3段階のステップアップのイメージで書かれているが、地域で発散するのではなくまた学校へ戻ってくるイメージの方がよい。また、警察・消防関係者のネットワークと、PTA・自治会・青少年団体等の地域のネットワークとあるが、この2つの分類という議論ではなかったように思う。
  • 4.(2)に「子どもを使い」という表現があるが、直した方がよい。大人のボランティア精神の育成、という表現も言葉として気になる。

-事務局より資料3-5に基づき説明、以下は主な質疑応答-

【諏訪委員】

  • 背景として災害が多いことは分かるが、個々人は自分だけは災害に遭わないと思っている。また、脅しだけで防災教育を広めることには無理がある。先ほど、備えの視点の必要性、助けに行く必要性が述べられたが、それは脅しの対象外の地域で助かったからこそできることであって、それも背景としてほしい。
  • 学校・地域・家庭・企業という4つのセクターがあるが、私は学校・地域・家庭はもう少しつながっていると思う。学校・地域・家庭には共通して子どもがいる。現在の論点整理では、学校や地域、家庭が別立てにされているが、学校で学んだ子どもが地域でそれを教え、地域を活性化させる、あるいは子どもを通して親が変わる、という連携が見えるような章立てにできないか。

【中川委員】

  • 1.から4.までの大きな柱はこれでよい。1.の背景の切迫性や重大性の中で、これから起こることだけでなく、日本が繰り返し経験してきた過去の自然災害とそれに関わる我々の歴史等についても触れた方がよい。
  • 3.(1)~(4)の学校、地域、企業、連携という課題の前に、すべてを取り巻くという考え方として、学校や地域、家庭、企業と、それの連携の話をした上で(1)~(4)に入ればよいのではないか。
  • 子どもを中心に考えれば、最初に学校が出てくることはいいのではないかと思うし、場としての学校の重要性もある。(2)や(3)にも学校で考えられている現状や課題が被さっている気がするので、地域でも同じような問題が考えられる。
  • 教材等の問題は、地域や企業でも見られるので、学校や地域を別々のものとして捉えない方がよい。会社員の役割は地域では親でもあり、企業の地域社会の構成員としての役割も含め、前提として書くか、横断的に少しずつ書けば、重なり具合がよく見え、だからこそ(4)の連携が重要になる、という整理ができる。

【永山委員】

  • 1.の背景については中川委員と同様である。地震だけでなく、水害であれば日本全国で発生している切迫感もある。
  • 章立てについては、4.が2.や3.と重複する。今後の肉付けの仕方、具体的なやり方を書くのかどうか等を、明確にした上で議論した方がよい。

【林座長】

  • 子どもにフォーカスすると、違った視点が出てくる。現在、必ずしも子どもにターゲットを置いているわけではなく、防災教育というキーワードを対象に、学校や地域、家庭での内容について議論してきた。防災教育を推進する主体として、他に企業等がある、という考え方である。
  • ところが、諏訪委員の意見のように、子どもを鍛えるということは切迫したことでもある。首都直下地震や東海・東南海地震等を考えると、その時の主役は現在の子ども達である。学校、地域、家庭をベン図で書き、共通部分に子どもがいて、将来の災害が切迫している日本の現状、それを乗り切る主役を育てることを考えるのか、それとももう少し普遍的・一般的な、どの時代でも生き抜いていくための防災教育のあり方を考えるのかは少し異なる。
  • 中川委員はどちらかというと後者の意見かと思うが、前者の意見についても重要なので、議論してもいいかもしれない。

【諏訪委員】

  • 学校で防災を学んだ子どもが地域に出向き、防災を教えていくことも考えられる。教員の負担軽減とあったが、実際には負担は増える。しかし、子ども達がそういう可能性を持っているという意味で、防災教育は教育改革だと考えている。
  • 上から言われたことだけをこなす子どもが増えており、災害時に果たして生き抜けるのかどうか。できれば、判断力のあるあまのじゃくをもっと育てることも防災教育の役割ではないか。
  • 現状、生涯学習で一生学んでいくサイクルを身に付けた子どもが育っているとは思えない。少なくとも防災教育にはその可能性があり、自分で課題を発見し、調べてまとめ、発表して、それが教員による評価だけでなく、生徒同士の評価にもさらされる。それを調べ直そうとすれば、サイクルとしてつながる。
  • 中学生が小学生を、高校生が小学生を教えるということもある。生徒は、教えられる役割ばかりを期待されるが、教える側に立てるだけでなく、そのために自分で学習するということも考えられる。

【林座長】

  • 自分で判断できる子どもを、ということは、皆納得しているし、生きる力そのものだと思う。一方で、当面の自然災害の切迫性というか、背景に掲げているようなものはなくてもいい、とも聞こえる。

【諏訪委員】

  • それは必要である。それがなければ、単なる教育改革であり、防災教育ではなくなってしまう。きちんとした防災教育を施したから被害が軽減された、という事実は残さなければならない。科学的知見も必要である。ただ、子ども達にそれをつなぐファシリテーターや担い手に関する議論が避けられてしまっている。

【川本委員】

  • 30年後の自然災害の場で活躍してくれる子どもを育てたいという思いで、県の住宅室や防災危機管理部もどんどん学校へ出て行っている。子どもを中心に置くという考え方はある。
  • 防災教育であるので、1.の背景においても、長期評価や被害想定だけでなく、人を育てる必要性が表現されていなければならない。

【中川委員】

  • 子ども達だけがこの場のミッションの対象ではないが、ネットワークを考えていく時に、自分の子どもでなくても地域を守って次代につなげていくことを考えると、どの立場からでも子どもは対象になり得るので、子どもをターゲットとすることは一つの方法である。
  • ただし、子どもを教育することは有効で、求められていることは確かだが、学校の現場だけが全てではないので、その他のものを排除する形にならないようにしなければならない。
  • 私はどうせ死ぬから、という話を聞くが、子ども達が地域を守っていくためにも、あなたには生きてもらわなければならない、将来への展望から備えましょう、ということもある。そこに子ども達を上手く主役に持っていくと、より有効である。子どもを媒体、メディアにするという方法論的なもののような気もする。

【林座長】

  • メディアにするのではなく、科学技術的な知見から自然大災害の切迫性が叫ばれていることにどう立ち向かうかという防災力強化である。国民のレベルアップの上で投資効率を考えると、吸収力も高く、次代の担い手でもあり、今の若い世代や子どもを育てることは何にもまして考えるべきである。
  • 将来、今の子ども達は社会に出ているわけだから、現在は将来の本当の担い手が子どもという形をとっている、という視点で、これからの10年、20年、30年でどのような教育システムが必要かという整理になっていてもいい。
  • 10年前の定義とはいえ、先ほどの「生きる力」については残しておいてもいい。生きる力の必要性を謳った理念が実現されないままでいることが問題であり、それをどう具現化するかを、新しい枠組みや科学技術の知見を踏まえて謳うべきである

【中川委員】

  • 想定される大きな災害は、関係する地域とそうでない地域があって、地域によっては諏訪委員の言われるように我が事でなくなってしまう。
  • 助けに行く側としても担い手にならなければならない。ただ水害のように繰り返される災害や、高齢化による社会の脆弱化を考えると、だからこそ人を育てないといけない、その中核が次世代である、という整理はいいと思う。そういう話が背景にあれば、林座長が諏訪委員の発言でひっかかったところは解決するのではないか。ただ、現在の1.(1)から(3)にはそういう人の視点が見えない。

【永山委員】

  • 明日災害が起こるかもしれないという中で、例えばハザードマップを作れば、逆にうちの信用が落ちる、というようなことを言う人も依然としている。そういう人達の意識改革も当然必要である。子どもは重要であるが、子どもが一番という捉え方は若干極端かもしれない。

【川本委員】

  • 例えば住宅の耐震化は大人達が今すぐにでもやるべきことで、一方で子どもを育てることも重要である。その2つの側面から背景を記載してはどうか。

【牧准教授】

  • 4.の当面取り組むべき課題として、子どもを対象とすることが一番効率的ではないかと考えていた。もう一箇所書くとすれば、2.(2)防災教育支援の目指すもののところに今の議論を反映させて、子どもをターゲットとして書いてはどうか。

【小林委員】

  • 私は学校と地域の関係は別々ではなく、地域の中に学校があると考える。子ども達は弱者として捉えられがちであるがそうではない。生きるためのたくましい力を無限に持っている子ども達を、地域を担っていく存在に育てたい。
  • 親も教員も、ほとんどの者が災害を体験しておらず、イメージできないため、教えることができない。科学的な知見は、やはり専門的な方々に教えてもらうことが大切である。
  • 地域は、細々とではあるが定期的に防災訓練を実施している。それと現実の子ども達の活動がつながっておらず、地域に学校が協力的でなかったりする。机上の学習だけではなく、地域の先輩として高齢者等が努力している姿も子ども達に学ばせたい。子ども達は、その地域に限らず、どこにでも出て行く存在なので、そういう視点で学ばせることが重要である。

【永山委員】

  • 担い手なり指導者なりが一定数日本全国にいるのであれば構わないが、大人が知識を持っていなければ、子どもが誰から学ぶのか、ということになる。そういうことに関心を持つ人を増やすことも防災教育支援の役割ではないか。最終目的に子どもがいることはいいが、子どもだけを対象としてしまうと、それは結局誰がやるのか、という絵に描いた餅になってしまう。

【小林委員】

  • 学校では、校長や副校長に対する、人権に関する研修は毎年あるが、防災に関する研修はない。教員のサポートの話が多く書かれているが、管理職をどうするのか。安全教育はともかく、教育課程に管理職を位置付けないと学ぶ場を作れないので、定期的に行われている避難訓練を教育課程に位置付けるとすれば、管理職にももう少し積極的に働きかけていくことが重要ではないか。

【林座長】

  • 福和委員の絵をもとに考えると、子どもは地域の防災力の象徴であるが、それを高めていく場として家庭と学校と職場と地域がある。それに関わる大人のステークホルダーが、地域の部分にいる。そのもうひとつ外周を回っている研究者や体験者や専門家、あるいはメディア等がいる。
  • 確かに体験のないことは教えられないが、体験がないわけではなく、つい最近でも他の地域で体験している人がいる。それを地域の中で全て持たせるということは無理であるが、科学技術は色々な使い方ができ、時空を縮めたり、無いものが鮮明に出したりできると考えると、外周を回っている人達が自分の地域にあたかもいるように、内側の円の人達と同じような振る舞いをしてくれる、そういう使い方もできるのではないか。
  • そして、本当の最後は子ども、ということを置くかどうか。それぞれが地域の防災力の象徴である人達に対して、何をメッセージとして発することができるか、というような形の参画はあるかもしれない。
  • 各委員は、これらの主体の連携を考える時に、通り一辺倒の議論になることを危惧されているかもしれないが、一見、子ども相手に作成されているテレビや書籍といったものが、実は一番分かりやすいこともある。子どもは今後成長するポテンシャルを持った器と考えると、キーワードとしては中心に置くべきかもしれない。
  • そうすると、自分は子どもに対して何ができるかという、中心に向かった円ができる。例えば行政の人は地域で何をするか、学校で何をするか、職場で何をするか、といったことでもいい。
  • 外側にいる大人達は、意識調査を見る限り、なんとなく他人事だと思っている人が多いが、1.の背景にしても、本当に切迫している、極めて短時間に効率よく中心の子ども達に対してその能力を高めることが必要である。円の内部の人達は体験がないというが、もう一つ外周にある知見等を、地域がどう取り込んで子どもへ伝えるのか。教育は人から人へ伝えることと考えれば、この周回軌道が違う人達がどうコラボレートするか、という問題ではないか。

【中川委員】

  • 一方で、私の地元でも、要援護者の支援の必要性を感じて皆が勉強しており、誰をターゲットにするかということを考えると、「実際町内にこんなにも支援しなければならない人がいる」ということが分かり、対応しなければならないということになった。
  • 教育の中で子どもは非常に大切で、次世代につなげていかなければならない、ということは位置付けてもいいが、そこまで書いてしまうと、例えば今地域の中で取組が進みつつある地域の中で起き始めている要援護者の問題とつながらないような気もする。

【諏訪委員】

  • 私は子どもの力はもっとあると考えている。外から中へ様々なものが注入され、子どもが次世代を担うという部分はあるが、逆にその子どもが地域へ出て行って地域を変えることもある。地域の防災教育を支援できるのは子どもではないか、とも考えられる。
  • 大人は子どもに対し、姿勢や気持ち等、そういうものを教えるべきである。気付きがあって学びがある、という話があったが、気付きのない科学的知見ではいけない。その気付きの部分については、子どもは大きな役割を果たすと思う。

【林座長】

  • 背景をどう捉えるかは事務局への宿題である。
  • こういうことが必要だ、ということが、皆に納得できるような論理構成をお願いする。そこに、自然科学や理工科学、社会科学等、色々な知見も使えるはずである。それがあるから災害の切迫性や被害の甚大性、複合性が意識され、それに立ち向かう社会にするための戦略なり方策を問われている。そのためにはハードだけでは無理で、人も必要、という整理になるのではないか。

【中川委員】

  • 親も教員も、イメージできないものは教えられないという話があったが、そこは科学技術が役に立つと思う。これは基礎的な話でこの場の目的にも近い。体験した人を連れてくることは可能でも、イメージを伝える翻訳装置としては科学技術が必要で、体験を伝えるという意味では社会学的な視点も必要である。伝わりやすいように伝える必要性も背景として掲げれば、教育の支援が必要であるということにつながると思う。

【永山委員】

  • 阪神・淡路大震災を取材して気付いたのは、最初におにぎりが何日も運ばれてきて、そうした食生活の中で一番嬉しかったのは焼きたてのトーストだったということ。目から鱗で、食べ物であれば何でもいいのではなく、暖かいもの、違うもの、という想像力が、国民にはなかった。想像力の原点になる体験であり材料であり、というものを皆が持っていれば、次からの備えにつながるのではないか。

【林座長】

  • それは、想像力がないというより、自分のこととして思っていない。自分がそこにいたら、ということを考え、行動を起こせばいい。「被災者は」というテンプレートがあって、固定観念にとらわれると、自己満足のまま終わってしまう。されて嫌なことは人にはせず、してほしいことは他人にもする、ということは原則的なところで、それは災害の場においても同じだということを理解してほしい。

【中川委員】

  • 1.(3)に科学技術の進展と防災への貢献の可能性とあり、それの際たるものが福和委員の説明されたシミュレーションで、そこまでは到達している。しかし、先ほどまでの話というのはそこには見えてこない。
  • 4.に国民のニーズが高く、とあるが、イメージが十分でない人には、何が本当のニーズなのかは見えない。隠されたニーズがあって、科学技術や社会科学でもっと貢献できるものを専門家が作る必要がある。あるものをただ整理するのでなく、こんなものがほしい、ということも考え、作り出していくことが必要である。

【諏訪委員】

  • 科学技術の知見により防災教育を支援するとされているが、過去の災害の教訓を生かしながら、科学技術の知見をどう使うかを忘れてはいけない。
  • 能登半島に行った人の話を聞くと、1週間くらいで高齢者の元気がなくなってきたという。それは被災者の役割を演じさせられているからである。被災者に被災者の役割を期待してはならないという教訓が活かされていない。神戸から行った者は、とりあえずエプロンをつけてもらって布団を上げて掃除して元気を出させようとした。Supporterとしての防災教育で伝えたかったのはそういうことで、科学技術の知見を使う場合でも、そういう視点は落としてはならない。
  • 過去の災害の教訓を活かし、という文言が一言あるだけでも、それを読むことはできる。

【中川委員】

  • 先ほどの社会科学を含めた、という部分を考えることである。

【林座長】

  • そのレベルだと、昔の教訓集と変わらないと言われても困るので、今の生活等の具体的な文脈の中で、繰り返し発生するような場面をきちんと括りだせる、ということが重要である。
  • 広告の効果でAIDMA(アイドマ)モデルというものがある。広告の最終目標はAction(モノを買わせること)だが、AIDMAというようにActionの前の4つのステップがある。まずAttention、Interest、Desire、Motivate、Actionと続く。福和委員の話は、ビジュアルに、自分に関わりがあるように、どうやってInterestを上げるかが、次につなげる上で重要だという点がポイントである。
  • 中川委員の意見は、災害、あるいは防災に関わる広い事象があり、それが普通の人や子ども達に関心を引き出させるような表現でないといけない、そういう形に成果がまとめなければならないということである。その時に、まとめやすいからといって、ハザード系のものだけをまとめるのではなく、いざ実際に被災した、どう対応した、どうすれば被害を減らせるかというところを、「ぶるる」のような実体で、納得し、シミュレーションでも、ドラマ仕立てのものに没入してそう思うのでもいいかもしれない。InterestとDesire、そしてそれをMotivateするまでのところをどう見せられるか、それが科学に与えられている大きな使命ではないか。
  • 小林委員の意見を聞いて、皆さんが体験していないことは教えられないと言ったとすると、それは「這い回る経験主義」と言うらしい。自分が体験しているところだけでイメージを閉じようとすると狭くなってしまう。言語等を介して時空間を広げてきたことが、生物としての人間を生き残らせているわけであるから、外周の人達を中へ引き込むという能力を我々は持っているという意味で、外周の人達が、自分達が見ていることをきちんと伝える努力も必要であるし、外周の人を内周の人と結びつけるのが担い手、つなぎ手なのかもしれない。それをターゲットの人につなぐのが、本当の意味での指導者かもしれない。そういう関係性が本日の議論を通じて見えてきた。
  • これまでステークホルダーは同じ平面の上に載っているように思っていたが、周回軌道が違うものだと理解すると、それは本来ぶつからないで回っているが、ぶつけてやるとそこで色々なことが起こるような状態なのかもしれない。

【中川委員】

  • つなぎ手は担い手とも指導者とも違う。これまで防災教育に使うツール、専門家から発信されるものは、いきなり国民一人ひとりや子どもの方向を向いていたような気がする。例えば、教員が伝えたいと感じるメッセージになっていない。いきなり子どもに伝えよう、地域に伝えようとすると、あまりに分かりやすくなりすぎて、間に入る人が伝えていく材料としては薄くなる。間に担い手なり指導者を置き、その人達が伝えるときに役立つようなツールをイメージする。これまでのインターネット等は子どもに直接という感じがする。指導する側、伝える側がほしいものをイメージすると違ってくるのではないか。そういうものは少ない。

【小林委員】

  • 本校では、初めての試みとして宿泊の中でどう防災教育を取り入れるかを考えており、職員にはあまり情報がないが、危機管理に詳しい方に聞くと適当な専門家を紹介してもらえる。中越のときは、子どもの命を救ったレスキュー隊の人を、つてを辿ってお願いした。子ども達があこがれたのは、生命の尊重もそうだが、その人の仕事の職業教育である。そういう人に出会わせたい時にコーディネートしてくれる方がいるとありがたい。

【川本委員】

  • 我々もよく現場へ行くが、子どもに上手く使えるものがなかなか見つからないので、自分達で工夫して作らざるを得ない。色々な科学技術の知見や研究の成果は出てきているが、それをそのまま絵にするのではなく、小学生の子どもに何を伝え、学ばせたいのか、どういう発見をさせたいのかという狙いをもった教材を、学校の教員とすり合わせながら提示していく必要がある。

【小林委員】

  • 小学生も1年生から6年生までいるので、1年生に生命尊重の中での防災を教えるのと、6年生とでは異なる。そのたびに同じ人を呼んできてもそれは違う。
    地域にある各区の防災センターは各学校が必ず行っている。地域の防災センターの充実はもう少し図ってもよいのではないか。東京で言えば各区が持っているような最新の情報がそこに提供されればよい。

【林座長】

  • そういう意味では、自分の外周にいる人と自分をつないでくれるリソースがほしいというのが、小林委員の言われるニーズである。

【中川委員】

  • 熱心な地域は学校と関わっており、次は学校から地域という話があった。色々な人が持っている、ネットワーク化されていないものを体系化し、様々なところで使えるものにしていくべきである。
    今求められているのはそのステップなので、小林委員は多くの教材を集められているであろうし、舞子高校は人材のターミナルであると思うが、まだ必要なもの、探すべきものはたくさんある。人をつなぐという視点は常に必要だとは思うが、知の方の体系化も必要であると思う。

【林座長】

  • 軌道ごとにやるべきことは異なる。一番外側の人は非常に広い範囲、あるいは長い時間を対象にして活動しなければならないから、今のような体系化は彼らの仕事であると思う。
  • 中心のサイクルを回っている人達がそれぞれの地域の資源で、例えば川本委員はその役割を担い、必要であればさらに内側に出向く等して、色々なものを注入したり、内側からの希望に応じて提供したりというつなぎ役になっている。もう一つ内側で、毎日の活動や、様々な分野が狙っている、そういう中で時間をどう割くかということをしているのが教員や親である。今日の議論で、立場によって内を向く人と、外を向く人がいるということが分かった。

【中川委員】

  • 子どもを中心に置くといろいろなものがつながりやすいということはあるが、校長や教員や親等、一度それぞれを全部中心に置いてみてはどうか。先ほど言ったように、真ん中の部分の「子ども」はあまり狭く考えずに、広く考えた方がよい。

【小林委員】

  • 学校は自分のやっている教育活動を広げていく、やったことを自分の学校だけのものにせずに広げる努力をする必要がある。防災もあれば、福祉もあり、それぞれ力の入れ方は違うと思うが、それも大きな役割であると思う。

【中川委員】

  • 学校は、あまり外に向けた宣伝はしていない。

【川本委員】

  • 上手に資料提供している学校も増えてきている。

【林座長】

  • そういうものをまとめて提供してくれるサポーターがいればいい。なかなか体験を共有して一般化するというところまでいかないかもしれない。

【小林委員】

  • 成果だけではなく、課題もたくさんあるわけだから、課題も投げかけて、助けてもらわなければならない。

【諏訪委員】

  • その部分は一つの学校の一人の教員の努力だけに期待するのではなく、それこそ文部科学省がそうしたいと考えている教員を集めて研修をして、仕事の一環で気持ちよく持ち帰って実施してもらうシステムが必要である。

【牧准教授】

  • 専門家、体験者について、そこと間をつなぐ目利きは千差万別であり、それぞれ思いがあるから、一番外側の方達がややこしいというか、いかに分かりやすくコーディネーションするのかということは重要なテーマである。福和委員の研究も、源栄先生の研究もご自分の味が出るが、我々であれば自分の専門性が入るので、それを味付けするような専門家が必要であると思う。

【林座長】

  • それは筋からすると、防災の全体の体系化ということになるのだと思う。それができるだけの能力と見識を持つ人が存在するかというと難しい。ただそれはシステムとしてはやらなければならない。

【牧准教授】

  • そういう方がいれば、その次の段階までは上手くつなげる。

【中川委員】

  • これまでの成功例の中には、いろんな人が役割を果たしており、先ほどの軌道を外れた、もとはこの軌道にいた人が外れてつなぎ役をしてくれたりしている。

【川本委員】

  • 独立行政法人教員研修センターが全国の教員を集めた研修を実施している。おそらく行かれたことがあると思うが。

【諏訪委員】

  • あれがすべてだと思うのはよくない。避難訓練についても、どうすればよいのかを知りたがっている教員が全国から集まると聞いたが、文部科学省が全国から教員を集めてそんなレベルの研修をしていてよいのか、というのが素直な感想である。

【林座長】

  • あるものを無にしてはいけないが、安住してもいけないというのも分かる。

【川本委員】

  • 今年は、これまで生活安全、交通安全と一緒にしていたものを、災害安全を別メニューにしている。

【林座長】

  • 冒頭で3つの話をした。柱立ての話は出たが、家庭や企業の話は相変わらずあまり出ていない。その説明上、こういう軌道が違うという話をしたので、先へ送りたいと思う。
  • 4.の当面取り組むべき課題について、教材作成、つなぎ役、連携手法、資金的な援助等が書かれているが、これでよいか。かならずしもこれだけというのではなく、もっとたくさんあることは分かっている。引き続き検討していかなければならない課題もある。とりあえず、当面、文部科学省が表に立って進めていくべきものとして、この4つを考えた、というものである。中間報告ではここに力を入れて、というところは前に出したい。

【永山委員】

  • 順番としては、人材が一番ではないかと思う。人がいないことには、どんなツールがあっても仕方がないので、まず人をどう確保し、育てるのかということを最初に考え、次のその人達の道具を、そして道具を作るための資金等をどうするか、という論理の順番ではないかと思う。

【川本委員】

  • 順番としてはそれに賛成である。それから、1)に防災教育支援のための教材作成と流通とあるが、これだと防災教育はこういうプログラムで行うという確固たるものが出来上がっていて、それに使える教材を作成して流通させると読める。教材の作成の前に教育課程の作成なのかプログラムの作成なのかカリキュラムの開発なのかがあって、その上で教材を教員が使いたいようにアレンジできる、そういう流れだと思う。

【林座長】

  • 防災教育において教育すべき内容の体系化がまずあって、それを効果的な教材として作成し流通させるということである。

【川本委員】

  • そこに、いわゆる理科系の科学技術もあればよいし、社会科学系の知見もあればよい。例えば三重県の津波に関する碑等を調べている先生がいて、我々としても知っておきたかったというものもある。

【諏訪委員】

  • 当面取り組むべき課題とあるが、この意味は何か。体系化というものは当面ではなくメインの話である。

【牧准教授】

  • 体系化の話であるが、学問としての体系化と、やり方というか教育方法の体系化の2つの意味で使われていると思う。その方法を防災で作り上げれば、環境でもどこにでも打って出ることができる。

【林座長】

  • 日曜日に、NHKでロケットガールズというものを見た。あれはまさしく生きる力である。2.2メートルのロケットを女子高校生に作らせる。数ヶ月間特訓させるもので、エンジンを作る人や、発射台を作る人や、飛び出すものをデザインしている人等、チームで作っている。無事飛んだが分離失敗。皆が泣き出して慰めて、という。実体教育を宇宙でやっていると思って見ていた。
  • そういう意味では、様々なプログラムの開発があるというのは事実である。

【中川委員】

  • 教材作成で、ありものを集めるということになってしまっては違うと思う。どんなものが必要なのか、ないものも含めての整理がないと、小さくなってしまう。

【川本委員】

  • ニーズがあるものと、ニーズはあまりないが必ず学んでほしいことがある。

【中川委員】

  • ニーズに気づいていないこともあるから、気づいてもらうためにこんなツールが必要、ということもある。例えば、マップができたからようやくそういうニーズが見えてきたということがある。
  • できていないことは社会の課題でもあると思うし、研究上の課題もある。そうであればまさに文部科学省の役割である。

【土橋課長】

  • 前回の斎藤先生の話を踏まえれば、例えば女性をターゲットにした防災教育というものもあるかもしれない。

【中川委員】

  • 担い手の育成と確保とあるが、実は担い手は母親であったり、会社員であったりということもある。子どもも担い手になり得る。

【林座長】

  • 防災教育支援のための恒常組織が必要なのではないか。例えば国土地理院には地図センターが、気象庁には日本気象協会や気象業務支援センターまであって、推本には地震予知総合研究振興会みたいなものがある。共通しているのは、国土地理院や気象庁、推本は結果的には知財を生み出すような活動をしている役所であるが、それの普及活用のための別組織が必要だということが挙げられる。
  • 防災教育にはいろんな試みがあって、教材も作り、10年前のこの冊子にもたくさん載っているが、誰も見向きもしていない。指導者もたくさん育てようとしている。しかしなかなか上手くいかない。連携も当然上手くいかないということを考えると、恒常的にそういうことをプロモートしてくれる組織がないからではないか。
  • それぞれの個々の努力を吸い上げて、再生産、流布させるようなところに対価が発生して、活動に皆が乗っていけるようなそういう組織がいるのではないか。公益法人の役割を集めてみると、以下のようなものが考えられる。
    • 防災教育実践事例の収集
    • 防災教育教材・ツールの提供(コンテンツビジネス)
    • 防災教育支援に関する相談等への対応(ソリューションビジネス)
    • 防災教育の普及広報活動
    • 防災教育の推進にあたる人材の育成
    • 防災教育支援教材・ツールの検定・顕彰
    • 防災教育支援に関する調査・研究の実施
    • 防災教育支援に関する調査・研究の助成
    • 防災教育の円滑な実施及び健全な推進の支援
    • その他防災教育を推進するために必要な事業
  • 誰か熱心な人がいるときにこういう会合があって報告書が出て、またそれが10年寝たりするのではなくて、良い事例を競い合うような場を作るという議論は、少なくともこれまではなされていない。
  • 平成10年の報告書にはいいことがたくさん書かれているが、線香花火的にその場限りの取組になっている原因はそこにもあるのではないか。

【板谷審議官】

  • その議論は、最初からではなく、どうしても最後に必要であれば考えればいい。時代や個人の考え方が変わり、大人も含め、子どもにどのようなことが必要なのか。防災教育の根本には、自分で生き抜く力や相手を思いやる心が欠けてきていることが挙げられる。美しい日本、日本人が本来持っていた心というか、防災は生き抜くためには最も必要なことであるから、そういう場を通じて個人の教育をやろうとすると、相当膨大になってしまう。
  • 一方で画一的に行っても意味はないから、防災教育の共通の部分について何らかの経験をさせていく、そして後は頑張っている自治体が活動を拡大させていくとか、学校が共通の部分を上手く取り入れて地域を指導するとか、あるいは何もないところであれば共通の何かをベースにして新しい一歩を踏み出せるような、そういった手伝いができることが期待されているのではないか。
  • 初中教育から生涯学習に至るまで、すべて絵を描こうとすると、それは体系化という意味では理想ではあるが、相当無理がある。基本的に各地域等でフリーの部分が多いと考えるが、その中でも共通部分をどう考えるかということをしっかりと出していただいて、政策的に支援すべき部分を考え、それでメンテナンスする組織がどうしても必要であるということであれば、恒常的な組織というのは最後に行き着く点ではないかと思う。

【土橋課長】

  • 実際に財団等を作るのは難しいということもあるが、結局は組織論より機能論として考えるべきではないか。

【林座長】

  • 実際にここに掲げたのはその機能である。
  • 知恵を生み出して社会に定着させていくというプロセスを見ると、ここにあるプロセスを上手く回し続けなければならない、という指摘である。

【中川委員】

  • おそらくそれぞれの機能を担っているところはあって、それらを上手くつなぐ機能を考えていけばよい。

【板谷審議官】

  • 今の機能が必要ということは分かるが、その原因は何か。何百年も昔の話を出すのは適当でないかも知れないが、災害の中でお互いが助け合いながらやってきたと思う。ところが最近とみに、こういう議論が求められている、それを第三者組織が恒常的にメンテナンスしなければならないという時代になってきたことの根本に何があるのかを考えなければならない。

【中川委員】

  • 昔は分からなかったことが、科学技術で見えてきた、ということもある。だからこそできることもある。

【林座長】

  • 現在の公教育が産業革命以降の産物であると考えると、都市へ集住していくことを前提にした中での労働力の再生産という機能を学校は持っている。それが人口を増加させてきている。現在はグローバルに相互依存するような社会を作ってしまったから、それを支えているのが科学技術的なところもあって、自分達が片方で蒔いてきた種のネガティブな側面として、災害の激化や頻発化、あるいは通常の人間の感性で出来ていた防備なり通常の備えのスケールを超えたようなレベルで様々な問題が発生するようになってしまったというのは事実である。
  • そういう社会に住んでいるという認識を持たなければならないし、それに対するソリューションが求められるとなると、ソリューションも科学技術的なものになってくる。そういう社会全体の額進行を捉えきれていなくて、メタファーだけは古い農村社会の形であることが露呈している気もする。
  • 日本は科学技術立国を目指し、単純労働力の時代は終えており、もっと付加価値の高い人間を生み出していかなければならない中で、災害の負の部分とどう付き合うのかということは、ある意味では人間性の復活でもある。生活の質を上げることにもつながるし、グローバルな意味でのトレンドを変えることにもポテンシャルを持っているような、文明と文明の端境期の中の状況もあると思う。
  • ここまで西欧近代を中心に進めてきた中で、合理性や科学性というものはあってもいい価値として残せるのではないかと考えると、もっと自分の人生を豊かに、安全にするための、そういうもののグッドユーザーとなってもらい、それを増やすということも必要になってくる。
  • 永山委員が言われた、防災で実現して他分野にも、というように、知財を活用するための社会に移行するための担保があってもいいと思い、恒常組織というものを念頭に置き、逆算して考えてみた。その中で、どこを文部科学省が担保すべきなのか、今後20年の課題なのかということは出てくるから、まずアクティビティとして整理をし、そういうものの中にいろいろ当てはめていくと、抜けているものが何かということも見えてくるのではないか。

【板谷審議官】

  • 社会の発展における不可逆的なところについては、やはりこうした議論の前提に置いておかないと、個人の生活態様等は戻れないこともある。どこまでを前提にしておかなければならないか、その前提から次に、防災の対応を考える必要がある。

【林座長】

  • その意味では生きる力、点数、受験のためというのではなくて、一人ひとりが生き延びていく力を、というところは、戻れないところでもあるし、伸ばさなければいけないところでもある。
  • 平成10年にこれを考えた時代とは変わっているし、今回はもっと備えるというか、科学技術でハザード・敵を知るという点では科学技術の得意なところである。また、そこだけに偏ると諏訪委員が言われるように、実は体験者が外枠にいて、その体験を取り込んでいないところが露呈するので、全般としては両方のバランスになるのではないかと思っている。

議題(3)その他

-事務局より資料3-6に基づき説明、次回は6月5日(火曜日)に開催することとした-

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