もどる

資料2

侵害行為の立証の容易化のための方策について

1   議論の背景

   知的財産戦略大綱において、「知的財産関連訴訟における侵害行為の立証の容易化を図るために、2005年度までに、知的財産関連訴訟の特性を踏まえた証拠収集手続の更なる機能強化について、証拠に関する憲法上の裁判公開原則の下での営業秘密の保護を含め、総合的な観点から検討を行い、所要の措置を講ずる。」とされたことを受け、現在、司法制度改革推進本部知的財産訴訟検討会において、特許権等侵害訴訟における証拠収集手続の更なる機能強化について検討が行われている。

   これまでに、経済界からのヒアリングにより、
   ・    特許権など知的財産権侵害に係る証拠は被告側に偏在しており、原告が十分に把握することは困難であるため、訴訟対象物を明らかにする限度において、営業秘密であっても速やかに証拠収集し、侵害を確実に特定できるような制度改革を行うべき。
   開示された営業秘密については適切な保護措置が必要であり、機密を保持するために守秘義務を課し、違反者に罰則を科す仕組みをつくるべき。
   代理人に加え、当事者にも、守秘義務を課した上で営業秘密の開示を認めるべき。
   インカメラ審理の強化、拡充をすべき。
   技術鑑定ができる専門家(専門委員等)にも営業秘密資料の確認をさせるべき
   営業秘密を理由に証拠調べの非公開審理ができるようにするべき。
という意見が得られており、これを踏まえ、主に以下の3点について検討することとされた。

1    文書提出命令における文書提出義務の範囲
2    インカメラ審理における文書の開示と同審理において開示された営業秘密保護の方策
3    営業秘密が問題となる事件の非公開審理


2   論点1及び2:文書提出命令及びインカメラ審理の改善について

1.    現行制度
   民事訴訟法の特則である特許法は、侵害行為について立証するため必要な書類等について、提出を拒むことに「正当な理由」がある場合を除いて、これを提出を命ずることができると定めている。
   裁判所は、この正当な理由に該当するか否かを判断するために必要がある場合には、当該文書を提示させることができるが、秘密保護の観点から、当該文書については裁判所(及び所持者)以外の何人も開示を求めることができないとされている(特許法第105条2項等)。これをインカメラ審理手続という。
   現行制度においては、裁判官以外の何人も文書の開示を求めることができないことから、現行法上、それ以上に秘密保護の規定は設けられていない。

2.    問題点
   侵害行為及び損害の立証のためには、より幅広い文書提出義務が必要であり、特に、立証に必要な文書に営業秘密が含まれている場合には、「提出を拒むことについて正当な理由がある」として提出を拒まれる可能性がある。
   また、「正当な理由」の有無について裁判所が判断するインカメラ審理には、申立人等について立会い等の手続が保障されておらず、申立人の反論なしに文書提出義務の有無が判断されることになる。

(参考条文)

○民事訴訟法
         (文書提出義務)
   第 二百二十条   次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
 
   当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
   挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
   文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
   前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
 
   文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
   公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
   第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
   専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
   刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書

         (文書提出命令等)
   第 二百二十三条   裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。
   2    裁判所は、第三者に対して文書の提出を命じようとする場合には、その第三者を審尋しなければならない。
   3〜5   (略)
   6    裁判所は、文書提出命令の申立てに係る文書が第二百二十条第四号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された文書の開示を求めることができない。
   7    (略)

   第 百九十七条   次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
 
   第百九十一条第一項の場合
   医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合
   技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
   前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。

      (公務員の尋問)
   第 百九十一条   公務員又は公務員であった者を証人として職務上の秘密について尋問する場合には、裁判所は、当該監督官庁(衆議院若しくは参議院の議員又はその職にあった者についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣又はその職にあった者については内閣)の承認を得なければならない。

○特許法
      (書類の提出等)
   第 百五条   裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、当事者に対し、当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。
   裁判所は、前項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、書類の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。
   (略)

○著作権法
      (書類の提出等)
   第 百十四条の三   裁判所は、著作権、出版権又は著作隣接権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、当事者に対し、当該侵害の行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。
   裁判所は、前項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、書類の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。
   (略)


3   論点3:営業秘密が問題となる事件の非公開審理

1.    現行制度
   憲法第82条は、第1項で裁判の対審及び判決は公開法廷で行う原則を定めている一方、第2項で「公の秩序又は善良の風俗を害する虞」がある場合に、対審を公開しないことができると定めている。また、裁判所法第70条は、対審を非公開とした場合には、公衆を退廷させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなくてはならないとするとともに、判決を言い渡すときには、公開しなくてはならないとする。
   憲法第82条の趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにあるとされている(最高裁判所H1.3.8)。
   なお、尋問の非公開を定めている例に人事訴訟法がある。

2.    問題点
   知的財産訴訟における証人の尋問などについて、特に営業秘密が問題となる場合、その漏洩を懸念することなく証拠の提出ができず、訴訟が円滑に行えないおそれがあるため、非公開審理を導入できる旨を明文化すべきではないか。
   憲法第82条の「公の秩序又は善良の風俗を害する虞」の意義については判例もなく、学説も多岐に渡っているところであるが、産業界からはこれを広く解し、非公開審理を広く認めるべきであるという主張がある一方、平成8年の民事訴訟法改正で非公開審理の規定の導入が検討された際には、消費者団体やマスコミ、弁護士会の一部から強い反対意見が寄せられた経緯がある。

(参考条文)

○日本国憲法
   第 八十二条   裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
2    裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
○裁判所法
   第 七十条(公開停止の手続)   裁判所は、日本国憲法第八十二条第二項の規定により対審を公開しないで行うには、公衆を退廷させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなければならない。判決を言い渡すときは、再び公衆を入廷させなければならない。
○人事訴訟法
      (当事者尋問等の公開停止)
   第 二十二条   人事訴訟における当事者本人若しくは法定代理人(以下この項及び次項において「当事者等」という。)又は証人が当該人事訴訟の目的である身分関係の形成又は存否の確認の基礎となる事項であって自己の私生活上の重大な秘密に係るものについて尋問を受ける場合においては、裁判所は、裁判官の全員一致により、その当事者等又は証人が公開の法廷で当該事項について陳述をすることにより社会生活を営むのに著しい支障を生ずることが明らかであることから当該事項について十分な陳述をすることができず、かつ、当該陳述を欠くことにより他の証拠のみによっては当該身分関係の形成又は存否の確認のための適正な裁判をすることができないと認めるときは、決定で、当該事項の尋問を公開しないで行うことができる。
   裁判所は、前項の決定をするに当たっては、あらかじめ、当事者等及び証人の意見を聴かなければならない。
   裁判所は、第一項の規定により当該事項の尋問を公開しないで行うときは、公衆を退廷させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなければならない。当該事項の尋問が終了したときは、再び公衆を入廷させなければならない。


4   司法制度改革推進本部知的財産訴訟検討会における検討状況

   1   文書提出命令及びインカメラ審理の改善について

  文書提出義務の範囲の拡大 インカメラ審理参加者の拡大 営業秘密の保護の確保
A案 「正当な理由」に営業秘密を含まないことを明文化する。
(営業秘密を含む文書はインカメラ審理の対象とならない。)
裁判所は命令によって、秘密保持義務(目的外の使用及び第三者への開示を禁止)を課すとともに、義務違反には罰則を科すこととする。
B−1
「正当な理由」の判断要素となる事情を明文化する。又は秘密保護手続の拡充により、実質的に文書提出義務の範囲を拡大する。 申立人又は訴訟代理人 裁判所は命令によって、秘密保持義務(目的外の使用及び第三者への開示を禁止)を課すとともに、義務違反には罰則を科すこととする。
(インカメラ審理参加者のみ)
B−2
同上 訴訟代理人 同上
B−3
同上 第三者の専門家 同上
※インカメラ審理で開示された文書に加え、証拠として提出された文書についても秘密保持義務を課すことも考えられる。

(主な意見)
○A案
   ・    いかなる営業秘密であっても「正当な理由」に該当することがなく、営業秘密の保護に欠ける。

○B−1案
   ・    裁判所の裁量に委ねられるとしても申立人側が営業秘密の特性や技術の難易度・重要度等を考えて、提示される者の範囲について意見が言え、自由度が高いのでよい。
   申立てには本人や訴訟代理人のほか専門家も選択できるようにすべきである。

○B−2案
   ・    産業界より、代理人から自信がないといわれることもあり、任せきれないという意見があった。

○B−3案
   ・    弁護士会より、適切な者がいないのではないかという意見があった。

○   なお、B各案について、以下のような修正意見があった。
   ・    「正当な理由」の判断要素として、1記載されている営業秘密の内容、2訴訟における当該文書の提出の必要性、3他の証拠による証明が当該文書により証明と比較して困難である事情、4当該文書の提出が著しく困難である事情、の4点が事務局より例示されたが、実際には事件毎に判断することになり、また細かく規定すると解りにくくなることから、明文化は困難ではないか。


   2   営業秘密が問題となる事件の非公開審理

1    裁判所は、憲法第82条の制限の範囲内で、裁判官全員一致により、決定で、特定事項についての尋問を公開しないで行うことができるものとする。
2    裁判所は1の決定をするに当たっては、あらかじめ、当事者の意見を聞かなければならないものとする。
3    裁判所は、1により当該事項の尋問を公開しないで行うときは、公衆を退廷させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなければならないものとする。当該事項の尋問が終了したときは、再び公衆を入廷させなければならない。

      ○    どのような類型の営業秘密について、非公開審理が要求されるのか。

   口頭弁論一般にみとめるのか、証人尋問等に限るのか、どのような訴訟の手続について、非公開審理が要求されるのか。

   弁論準備手続などの活用により、非公開審理がないことによる不都合はまれである旨の意見についてどう考えるか。

   裁判所が非公開審理の決定をする際の手続(当事者・証人の意見を聞く必要はないか、3の他に必要な手続はないかなど)

   憲法第82条の観点からすると、非公開審理の要件はどうあるべきか。

   などについて、引き続き検討がなされている。

ページの先頭へ