資料7

「文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会 平成19年度・中間まとめ」に対する意見書

2007年10月10日

文化審議会著作権分科会委員
社団法人 日本書籍出版協会
副理事長 金原 優

 このたび文化審議会著作権分科会において「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 平成19年度・中間まとめ」(「中間まとめ」)が審議されるにあたり、中間まとめに一部事実とは思えない部分があること、ならびに審議の経過が必ずしも十分であるとは思えない部分があることから、以下の意見を提出致します。文化審議会著作権分科会においては以下の意見を含めて十分ご審議を頂きますようお願い申し上げます。

1 薬事関係

 医薬品が適正かつ安全に使用され、患者の生命・身体を救うことは何事にも増して重要なことであり、そのための情報が十分に提供される必要性については理解しますが、医薬品は民間の営利会社が販売するものであり、その情報を提供する義務を負っているのも当然製薬会社であります。その意味においてこの部分に対する権利制限は慎重、かつ的確に判断する必要があると考えます。

  1. まず基本的な大前提として、権利制限の対象となる医学専門書誌の目的は、医師、薬剤師等の医療関係者に医薬品の安全・適正使用、臨床応用例等を含む医学専門情報を伝えることであり、その情報には薬事法77条の3において医薬品等の製造販売業者に提供の努力義務が課せられている医薬品等の適正使用に必要な情報を対象としたものも含まれています。換言すれば、医学専門書誌は、医療関係者が常にこういった医学専門情報を必要としていることから発行されているものであり、それが基本的に医師、薬剤師等の医療関係者に有償で購読して頂くことを前提としている以上、薬事法77条の3に該当する情報提供を目的とした複製を権利制限とすることは権利者の通常の利用を妨げるものになり、ベルヌ条約第9条に違反する可能性が非常に高いものであります。
    「中間まとめ」でも薬事法77条の3に該当する情報提供を目的とした複製が必要な著作物のうち海外著作物はその7割、国内著作物についてもその5割が下記2.にあるいずれかの管理団体が管理している、としており、これらの利用の多くは許諾を得ることによってその対応が可能となっています。
  2. 「中間まとめ」では、権利制限を必要とする理由として「患者の生命、身体に対して迅速な対応が求められる場合には事前の許諾に時間をかけることが不適切である」ということを挙げていますが、学術著作権協会、日本著作出版権管理システムの両団体とも、利用者は年間の基本契約さえ管理団体と事前に締結しておけば複写の都度の許諾手続は不要であり、許諾に時間がかかるということはありません。つまりこの部分は事実に反する理解ならびに記載であり、事実に反することを前提とした権利制限の審議は適切とは言えません。また、医療の現場で必要な情報を医療関係者が製薬企業に対して求め、製薬企業がその情報を検索しその複製物を作成あるいは入手し当該の医療関係者に提供するためには通常でも数日の時間が必要ですが、緊急に必要な情報をこのような形で提供していたのでは患者は死んでしまいます。つまり、「患者の生命、身体に対して迅速な対応が求められること」は許諾にかかる時間とは無関係であり、権利制限の要望理由は別のところに存在すると考えます。従って、現時点では権利制限には反対であり、法制問題小委員会において現状の許諾システム、ならびに複写の実態と権利制限要望の根拠を再度検証して頂くことが必要と考えます
  3. 更に「中間まとめ」では、権利制限を必要とする範囲は「薬事法77条の3に基づく情報提供」であるとしていますが、上記2.の通り権利制限を必要とする理由が「患者の生命、身体に対して迅速な対応が求められる場合」である以上、「薬事法77条の3に基づく情報提供」の要件を満たすものを全て権利制限とすることは不適当と考えます。「薬事法77条の3に基づく情報提供」には医療関係者が製薬企業の製品である医薬品の情報やその医薬品の臨床応用例等、効果等、緊急性のない一般的な医学情報も含まれ、医療関係者が情報を求めさえすれば薬事法上の要件を満たしてしまうことは明らかに権利制限の拡大運用です。上記1.の通り、医療関係者はこういった情報を常に求めており、本来は医療関係者が自らあるいはその属する医療機関等が出版物の購入によって情報を事前に用意しておかなければならないものですが、それを権利制限によってその都度複製物で第三者に提供することは明らかな購入の代替です。このことについて特に海外の権利者は大反対しており、このような権利制限が行われることは国際的な問題にまで発展する可能性がありますので慎重に対応して頂きたいと考えます。法制問題小委員会は「薬事法77条の3に基づく情報提供」のうち一体どの範囲までが「患者の生命、身体に対して迅速な対応が求められる場合」なのかを限定明確化し、購入の代替とはならないこと、ならびに製薬企業の営業行為ではないことを権利者に対して明示し、製薬企業がどのようにそれを運用するかを明らかにすることが必要であると考えます。
  4. また、仮に「薬事法77条の3に該当する情報提供」のうち限定明確化された部分を権利制限とし、補償金の支払を伴うものとした場合においても、管理団体に委託されている著作物ついては権利者の意向(金額)が明確であるので、補償金の額はそれに従うべきであると考えます。
  5. 管理団体に複写にかかる権利が委託されていないものについては医療関係者が情報を必要とする状況から、権利制限することは必要かも知れません。この場合は著作権法第67条(裁定による利用)とほぼ同等の考え方であるべきであり、それに準じた法制度とすべきと考えます。

2 障害者福祉関係

 今回、提案されている視覚障害者、聴覚障害者およびその他の知的障害者、発達障害者等に関係する権利制限規定の見直しは、これら障害者が著作物を享受することを容易にするための措置として理解できるところであり、その方向性について反対するものではありません。ただし、法改正にあたっては、以下の点につき留意することが必要であると考えます。

  1. 当該使用する者が自ら複製することが不可能な場合、一定の条件を満たす第三者が録音等による形式で複製することを認める際の「一定の条件」としては、著作権法第31条1号の図書館に当たる施設に限定すること、複製の対象になる著作物は、その複製を行うことができる施設が所蔵しているものに限定することが必要であると考えます。これらの施設外から持ち込まれた資料は、それらが適法に複製されたものであるかどうかが担保できない場合もあると考えられるため、当該施設でそのような資料を元に複製することを認めることは適当でありません。また、このような複製を行うことを営利目的で行う施設については、権利制限の対象とすべきではないと考えます。
  2. 複製の方法を録音に限定せず、デイジー化を含むことに関しては、必要な措置であると考えますが、法改正に当たっては、既存の技術の範囲に限定して認めるべきで、将来開発される可能性のある媒体や伝達手段までも含めて広範に権利制限することは適当ではないと考えます。著作物の伝達手段のユニバーサルデザイン化は、今後も進展していくことが予想されますが、その過程で開発される技術の中には、障害者のみならず健常者も区別なく利用できる環境を提供するものが現れる可能性があります。そのこと自体は、望ましいことであると考えますが、権利制限は専ら障害者が利用できるものに限定しておくことが必要であると考えます。
  3. 「中間まとめ」の中でも指摘されていることでありますが、本来は障害者も利用できる形態の著作物が数多く市販されるようになることが望ましいことはいうまでもありません。このような方向に対するインセンティブを阻害することがないように、録音物あるいはその他障害者にも利用可能な形態の著作物が市場で入手可能な場合には、権利制限の対象から除外することが必要であります。
  4. 対象者の範囲を、視覚障害者に限定せず、その他の様々な障害を持つ人々に広げることは、公益性を有する措置であると考えます。ただし、対象となる障害者の範囲は、公的機関等によって認定された者に限定するなどして、明確化しておく必要があると考えます。障害者と認定されることによって、社会生活上不利益を蒙ることをおそれてあえて認定を受けようとしない障害者も多いとの指摘も一方であることは承知していますが、その問題は障害者の社会参加を促し支援していく措置を充実していくことで解決していくべき問題であり、著作権法の権利制限とは別に考えるべき問題であります。

3 ネットオークション関係

 インターネット上で公売を行う場合、あるいは商品の販売を行う場合に取引の対象となる商品情報を提供することが必要であることは理解いたします。但し、その対象が出版物にまで広がる場合、出版物は美術作品と異なり情報を伝えることが目的ですので複製あるいは公衆送信によってもその目的は達成させられますので、状況によっては購入の代替となる可能性があります。
 また、インターネット上のショッピングサイト等で販売されているものの中には、著作権者等の許諾を得ずに不法に複製されたものや、譲渡権を侵害して不法に入手されたものも含まれている可能性があります。このようなものの取引を認めることはできません。
 立法化にあたっては、インターネット上での取引の実態を十分勘案し、かつ関係する権利者の意向を尊重した上で慎重に制度設計を行うことが必要であると考えます。

以上