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3 古墳壁画対策について

 我が国の古墳の中には石室内等に装飾が施されたものがあり,その多くは線刻又は単色で幾何学的・抽象的な意匠等が描かれていますが,7世紀末ごろに築造された奈良県明日香村の高松塚古墳,キトラ古墳の壁画は,極彩色を呈し,四神(玄武,白虎,青龍,朱雀)や人物像(高松塚),十二支像(キトラ)などが描かれている点で,極めて貴重な存在といえます。

(1)高松塚古墳

 昭和47年に壁画が発見された高松塚古墳は,48年に特別史跡に指定され,さらに,49年に壁画が国宝に指定されています。
 壁画発見時の石室開封により永年保たれてきた石室内環境が変化し,度重なるカビ被害が生じてきました。昭和48年に専門家などによって構成された委員会により壁画の現地保存の方針が示され,点検・保存・修理のための施設を設置して保存対策を講じてきました。その後,石室内は,一時,安定時期はあったもののカビ被害の収束はなく,漆くいなどの劣化が進行中です。
 平成16年,壁画の現状を伝えるための写真集の刊行を端緒に,西壁の白虎の線の薄れなど壁画の劣化が指摘され,従来の保存対策の在り方が問われる事態になりました。
 これを受け,生物科学,考古学,絵画,保存科学等の専門家により,恒久的な保存のための対策についての検討が行われました。その結果,石室内でカビ・ムシなどの生物による食物連鎖を呈する状況になっていることが判明し,従来の方針である現地保存はこれ以上困難との結論に至り,「石室ごと壁画を取り出して解体修理を行い,将来的にはカビなどの影響を受けない環境を確保した上で現地に戻す方法」が最善の方策として判断されました。具体的には,石室ごと壁画を取り出した後,専用の修理施設において壁面の強化,漆くいの強化,石室の強化,カビ等の除去を行うことによって,これ以上の劣化を抑えるものです。
 この石室ごと壁画を取り出すという,かつてない事業を行うに当たっては,事故の危険性を極力回避するため,高松塚古墳と同規模の墳丘と石室を作り,石室ごと壁画を取り出すための実験をち密に実施しました。
 平成18年10月から,墳丘部の発掘調査を行い,文化財研究所等との連携協力の下,19年春の石室取出し作業に向けた準備を進めています。
 平成18年4月に報道された,13年の取合部工事の不手際,14年の西壁男子群像の損傷事故については,外部の有識者で構成された調査委員会により事実関係等を調査し,18年6月に報告書が取りまとめられました。その結果,情報公開と説明責任に対する認識の誤り及び組織の縦割りの弊害等の指摘を受け,積極的な情報公開や組織改革などに取り組んでいます。

▲高松塚古墳壁画 西壁女子群像
平成18年9月奈良文化財研究所撮影

(2)キトラ古墳

 キトラ古墳は,昭和58年に盗掘穴からファイバースコープを挿入したところ,北壁に「四神」の「玄武」が見つかり,日本で高松塚古墳の発見に続いて,2番目の壁画古墳であることが判明しました。
 その後,平成10年の調査で,「青龍」,「白虎」,「朱雀」及び十二支と見られる獣頭人身像や天井に東アジア最古の現存例の「天文図」を確認しました。当時の東アジアとの交流を考える上で重要であり,美術史学・天文学的にも貴重であることから,平成12年11月に特別史跡に指定されました。
 キトラ古墳の調査は,発見以来,明日香村教育委員会が行ってきましたが,平成13年6月に考古学,美術史学,保存科学などの専門家による「特別史跡キトラ古墳の保存・活用等に関する調査研究委員会」を文化庁に設置し,文化庁が調査・修復を行うようになりました。
 委員会で壁画の保存方法について検討を行った結果,現地の石室内で壁画の保存修復作業等を行うこととし,そのための仮設保護覆屋を設置することになりました。
 平成15年8月に仮設保護覆屋が完成し,同16年6月から行われた石室内部の発掘調査で,金象嵌鉄製刀装具や人骨片などが出土しました
 石室内の壁画は,漆喰が3センチメートルほど壁から浮いているなどの状態のため,委員会で,一部はがれている壁画のはぎ取りを決定し,「青龍」などをはぎ取りました。その後の委員会で再検討した結果,完全なカビ防止が困難であることなどから,壁画をすべてはぎ取って,保存・修復を行う方針が決定され,平成19年2月現在,「青龍」,「白虎」,「朱雀」,「玄武」,「子」,「丑」,「寅」,「午」,「戌」,「亥」のはぎ取りが終了しています。
 はぎ取った壁画は,今後の委員会で最終的な修復方法を検討しますが,当面は,保存状態の良い壁画を修復後に順次公開する予定です。なお,平成18年5月に,「白虎」を明日香村にある飛鳥資料館で公開し,約6万人の来館者がありました。
 石室内には,従来のヘラでははぎ取れなかった「朱雀」などが残されていましたが,平成18年11月の委員会で,カビなどの生物環境の悪化が予想されることから,ダイヤモンドの粉末が付いたワイヤーを電動で動かすことによりはぎ取る方法を決定し,同年12月に「寅」,平成19年2月に「朱雀」のはぎ取りが終了しています。今後も,キトラ古墳の保存・修復に万全の処置を行うとともに,壁画の状態を見ながら積極的に公開していきます。

▲キトラ古墳壁画 白虎
(裏打ち後 現状)

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