新しい形の図書館-PFI-(三重県桑名市立中央図書館)

新しい形の図書館 -PFI-
桑名市立中央図書館

1.PFI手法導入前の図書館概要

  ア 地域の状況

 桑名市は、三重県の北端に位置する地方都市で、2004年12月に近隣の多度町・長島町と合併し、現在人口約14万人、面積136.7キロ平方メートルあるが、日本で初めてPFI(Private Finance Initiative)手法で市立図書館を建設・運営しようとしていた2000年当時の桑名市は、人口約11万人、面積約57キロ平方メートルであった。以下、ここで述べる「桑名市」は合併以前の桑名市の状況である。桑名市は、古代から交通の要衝で、江戸時代には東海道の宿場・桑名藩の城下町、そして、東海道中唯一の渡海「七里の渡」を有する湊町として栄えた所である。現在においても、JR関西線、近鉄名古屋本線、近鉄養老線、三岐鉄道北勢線、国道1号線、国道23号線、国道258号線を始め、高速道路は東名阪自動車道、伊勢湾岸自動車道が走り、名古屋へは30分、大阪へは2時間という交通至便の位置にあり、名古屋のベッドタウンとなっている。

  イ 図書館の概要

 現図書館の前身である桑名市立図書館は、戦災で荒廃した中から市民の強い要望と基金の寄附を受け、1947年に旧図書館法による認可を受けたが、1959年の伊勢湾台風によって多くの蔵書を失い、1973年に市役所旧庁舎を利用してやっと図書館らしい体裁を整えた。しかし、図書館の機能を備えているとは言い難く、「第4次桑名市総合計画」(1998年~2007年)を策定するにあたって実施したアンケート調査でも、図書館建設の要望が最も高かった。このため、総合計画で図書館を「総合的な生涯学習施設の拠点として施設の機能・内容等を協議し、乳幼児から高齢者まで自ら学べる施設づくりの建設に向けて努力します」と位置付けた。
 1997年、桑名駅から徒歩5分という中心市街地の工場跡地購入の話があり、図書館建設を念頭に置いて先行取得が行われた。土地単価が高く、駅や大型ショッピングセンターに近いこともあり、当初から複合施設の構想であったが、この時点では図書館運営は直営の想定であった。

2.PFI手法導入決定

  ア 導入の経緯

 1999年2月に、話題になりはじめていたPFI手法を研究するため「PFI推進検討会」を立ち上げた。7月には、「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(通称PFI法)」が制定されて追い風となった。検討会は2000年1月にPFI手法を行財政改革の一環と位置付け、図書館を中心に保健センター、勤労青少年ホーム、多目的ホールから成る複合施設として検討すると結論付けた。そして、検討会は、複合施設に関係する担当各課長、政策課長、財務課長、契約調達課長、建築住宅課長及び政策員から成る「図書館等複合公共施設整備に係る庁内会議」に移行し、政策課に専任職員を置いた(2002年4月にはPFI推進係を設置)。

  イ 導入可能性調査

 導入可能性調査は、2000年9月から翌2001年2月まで行われた。図書館を含む複合施設をPFI手法で建設するのは桑名市が最初であると判っていたため、前例に頼ることができず、調査は当初から困難が予想された。PFIの事業期間は30年間、事業の方法は「サービス購入型」(注1)、施設の所有形態は「BOT方式」(注2)とした。そして、一番の特色は、図書館業務をPFI事業の範囲としたことである。これらの条件で調査した結果、正式にPFI手法を取ることに決定した。

  ウ 入札結果

 2003年4月落札者名を公表した。結果的には、6グループの応募の中で、鹿島グループが2位に6.22点という大差をつけて落札した。図書館運営は、同グループの構成員である図書館流通センターが担うこととなった。
 桑名市では、この事業においては図書館の運営能力を高く評価することとし、図書館運営は提案方式を採用した。図書館運営の基本コンセプト、図書館運営の経験の有無と内容、職員の配置、図書の整理、サービスの向上、AV機器、コンピュータシステム、機器の保守・管理、広報活動、貸出・返却、デジタル化などについての提案書を点数化して評価した。その結果、審査の明暗を最終的に分けたものは、図書館運営を担う事業者の設計への関与の度合いであったと思われる。

3.図書館のPFI事業

  ア なぜ図書館でPFIか

 PFIの一般的な効果としては、財政負担の圧縮(民間ノウハウによるコストの削減)と支払いの平準化(均等払い)があげられる。
 参考までに、桑名市における今回の事業の主な削減数値をあげると、建設費16億7千万円、図書館運営6億5千万円、維持管理・修繕6億1千万円などで、事業全体では21億5千2百万円(約22パーセント)の削減効果がある。
 今回桑名市が図書館を PFI手法で行うこととしたのは、図書館の運営をPFIの中に組み込むことにより、30年間の図書購入費の確保と30年間の人材・人員確保を狙ったためである。
 以下の比較で解るとおり、蔵書・面積・開館時間・開館日数の増大による人員の確保が行政では困難と判断した。また、メディアの変革に行政判断がついていかないので、民間ノウハウに期待した面もあり、さらに、リスク分担の明確化のため、決定権以外の全ての図書館業務を PFI事業の業務範囲とした。

  旧図書館 新図書館
蔵書 約13万冊 約30万冊
面積 約1,000平方メートル 約3,200平方メートル
開館時間 午前9時~午後5時 午前9時~午後9時
開館日数 約270日 300日以上

参考として図書館の主な業務分担とリスク分担等をあげる。

項目 PFI事業者
責任者 館長設置 責任者必置
図書等の選定・収集等の方針 方針の決定 方針に基づく企画・立案
図書等の購入 提案による購入の可否決定 方針に基づく選定提案
閉架・廃棄 提案による閉架・廃棄の決定 方針に基づく選定提案
貸出・返却・整理・配架等   まる
郷土資料・行政資料の収集 まる まる
読み聞かせ等NPOとの協働 まる  
コンピュータ・ホームページ   まる
トラブル、苦情対応 さんかく まる
図書等の盗難・紛失リスク 簿価価格の0.3パーセント以内 簿価価格の0.3パーセント以上
職員数 6名
(内 嘱託3名、司書3名)
延30名
(技術職を除き司書率95パーセント)
技術革新リスク 5年ごとに限度額も設けて双方で協議する
運営・選書等の方針 3年ごとに協議して見直す
瑕疵リスク 契約書に定める要件ごとに双方が負う

  イ 導入後の状況等

 開館後1年間の利用状況と旧図書館との利用状況を比較すると、開館時間や蔵書数など違いが大きすぎて比較にならないが、予想以上の利用者であった。注目すべきは、午後7時から9時の利用者が1割を占めることである。名古屋への通勤圏にあることから、ビジネスマン層を想定した開館時間延長が効果として現れていると思われる。
 新図書館に対する評判は非常に良い。利用者からの苦情も聞かれない。これは、前述の開館時間の延長や蔵書の増加なども要因であるが、ICチップ導入による自動貸出機による迅速な処理や事業者職員の丁寧な応対なども大きな要素となっている。

  ウ モニタリングと職員の質

 モニタリングは、PFIの運営管理には最も大切な作業である。サーベイランス結果の客観性・公平性・透明性を保つためには、モニタリングを出来る限り数値化することが望ましいが、難しい項目も多い。そして、サーベイランスする市職員の質も問題となる。市職員が専門知識を有し、バランス感覚がないと公平なモニタリングができない。このためには、市職員にも絶え間ない研修と努力が必要である。
 公平なモニタリングを行う手法の一環として、桑名市では公募のモニターを採用している。1回の公募は5名で任期は半年である。モニターの採点や意見はモニタリング点数として反映される仕組みを組んでいる。
 また、選書のチェック機能として、学識経験者や公募の市民を含む図書等選定審査委員会を設け、1ヶ月に1度事業者からの選書及び利用者からのリクエストを、一定条件以上の図書・AV資料等について審査を行っている。

  エ モチベーションをどう保つか

 いかに優秀な事業者であっても、緊張感を持続し、サービスの向上を図ることは大変である。このため、桑名市では、モチベーションを保つためのしかけを用意した。それは、運営業務のサービス対価を利用者(注3)の増減によって変更する、というものである。即ち、事業者は、利用者が多ければ多くのサービス対価を支払ってもらえ、反対に利用者を多くする努力をしなければ最低の対価しか払ってもらえないことになる。

4.市と PFI事業者の協働事業

 PFIは委託ではない。市と事業者とは対等のパートナーである。この考え方で、桑名市では、協働事業を多く実施している。

1 レファレンス(特に郷土資料)に関する研修会開催
   開館前事前研修は集中講義で4回、開館後の2004年12月から2005年3月までは毎週1回(月4回)、同4月から8月は隔週1回(月2回)、9月以降は演習形式で月1回、現在も続行中である。講師は行政職員で、行政側と事業者側双方の司書が受講している。
2 出前講座
   学校からの要望に応じて、小学校や中学校の図書指導に行政側・事業者側双方から司書を派遣。また、図書館についての出前講座も開催。2006年度から学校へ司書派遣事業を行う予定である。
3 郷土資料・行政資料の収集・整理等
   郷土資料室へ収める資料の収集は共同作業で行っている。また、一般書架及び児童書架に郷土資料コーナーを設置している。
4 「桑名市調べる学習賞コンクール」開催
   事業者側提案事業。全国の「調べる学習賞コンクール」参加にむけて、メディアリテラシー講座や事前学習講座も兼ねて共催。05年度の応募は116点で、審査の結果全国大会参加は8点、内優良賞受賞2点。初めての取り組みとしては快挙と言えよう。
5 「昭和の記憶」収集
   事業者側提案事業。戦争や伊勢湾台風など風化しつつある「昭和の記憶」を収集するため、語り部と聞き書き者を公募した。手順などの指導者派遣は事業者が担当し、ボランティア対応は市が担当する。
6 郷土資料のデジタル化とインターネット公開
   レファレンス充実のため、業務要求で市側が提案。資料抽出は市で、デジタル化は事業者が担当。現在古文書を中心とした図書館資料125件、博物館資料39件を公開中である。

5.将来展望

  ア 学校との連携

 昨年度は学校からの要望によって司書を派遣したが、2006年度は、長期的に事業者側の司書を配置し、学校司書やPTA・ボランティアなどと協力して、学校図書館を整備する事業に着手する予定で、将来的には公立図書館と学校図書館との連携を考えたい。
 また、「桑名市調べる学習賞コンクール」の拡大・充実を図るため、学校へ積極的に働きかける。

  イ 合併による2図書館の指定管理者制度導入

 合併によって旧町の図書館2館が新市に加わった。現在システム統合作業中で、共通利用券の交付や書誌情報の共有を図る。将来的には指定管理者制度の導入を想定しているが、PFI事業との兼ね合いが検討課題である。

6.思わぬ落とし穴

 PFI事業を行うにあたって、思わぬ落とし穴があった。
 2000年時点ではPFIという考え方はまだ浸透しておらず、庁内(特に図書館職員)及び市議会議員の理解を得ることに苦戦した。このため、桑名市では全職員を対象にPFIに関する研修を実施した。また、片手間に行える事業ではないので、できれは専任セクションを設置することが望ましい。桑名市では、複合施設をPFIで行うと決定した時に政策課へ専任1名を置き職員2名がフォローしたが、翌年4月には係に昇格させ2名を配置した。図書館担当の教育委員会ではプロジェクトチームを設置して対応した。図書館の前例が無いということもあって、作業が深夜に及ぶこともしばしばであった。
 実施方針作成で一番とまどったのは、「リスク」に対する考え方である。残念ながら、行政にはリスクという考え方が希薄である。リスク項目を列記するようコンサルタントから依頼された時、初めて事業者の目から図書館運営を見る、という視点に立った。これは、図書館に限らず、今後の行政運営にとっても大切な視点で、非常に勉強になった。

(注1) サービス購入型
   事業費の回収方法から分類されるもので、PFI 事業者が提供する公共事業に対して公共から支払われる料金(サービス対価)で事業費をまかなっていく方法。他に、「ジョイント・ベンチャー型」「独立採算型」などがある。
(注2) BOT(Build Operate Transfer
   施設の所有形態による分類で、PFI 事業者が自ら資金調達を行い、施設を建設し、所有し、事業期間中維持管理及び運営を行い、事業終了時点で公共に施設の所有権を移転する方式。他に、BTO(Build Transfer Operate)、BOO(Build Own Operate)、BLO(Build Lease Operate)などがある。
(注3) 利用者
   利用者とは、図書等を貸借した者、AV機器を利用した者、IT機器を使用した者、郷土資料室を利用した者、研修室を利用した者、コピーサービスを受けた者、対面朗読室を利用した者、レファレンス・サービスを受けた者、読み聞かせコーナーを利用した者、市又はNPOが開催する行事に参加した者をいい、事業者が事業年度において集計を行い、これを市が検証する。

写真1 図書館前景

 
写真2 3F児童サービスコーナー
写真3 4F開架書架
 
写真4 AVブース


 

-- 登録:平成21年以前 --