図書館とまちづくり(滋賀県愛知川町立図書館)

図書館とまちづくり
愛知川町立図書館

1.愛知川町立図書館の概要

  

  ア 地域の概況

愛知川町は滋賀県の中央部に広がる湖東平野に位置している。三重県と滋賀県の境界となる鈴鹿山脈に源を発する一級河川の愛知川と宇曽川に囲まれた扇状地性の平野が大部分を占めている。東西2.68キロメートル、南北5.83キロメートルで面積は約12.94キロ平方メートルである。
主要都市までの直線距離では県都の大津市まで直線で50キロメートル、京都市まで60キロメートル、大阪市・名古屋市・津市・岐阜市・福井市等の各府県庁所在地まで100キロメートル圏内となっており交通上利便性の良い地である。古くから中山道の宿場町として栄えた商業地と街道の背後地の農業地帯として栄えてきた。また、近年では日本のほぼ真ん中に位置することからそうした交通の要衝の立地を活かした企業が昭和60年代頃から進出している。人口も1955年の新愛知川町誕生から多少の減少時期もあったものの最近では増加傾向にあり、2005年の国勢調査(速報値)では11,715人の人口となっている。教育環境としては小学校2校、中学校1校、県立高校1校がある。
 
滋賀県愛知川町所在図
図1

  イ 図書館の概要

 愛知川町立図書館は2000年に開館した歴史の新しい図書館であり、ようやく開館5年が経過したところである。図書館は町内唯一の町立愛知中学校の直ぐ傍に建設されたが、2校ある小学校からほぼ等距離にあり地理的にも町の真ん中に位置する。伝承工芸品の資料館である「びんてまりの館」と公園及び図書館からなる複合施設であるが、敷地面積約13,000平方メートルと建物部分の延べ床面積約3,400平方メートルの大部分は図書館活動のために使用されている。従来の他の複合相手施設の脇役としての図書館ではなく、図書館が主役で他が脇役であることが愛知川町の複合施設の特徴である。図書館の利用状況は00年の開館以来年々増加し続け、2004年度の年間貸出冊数は約23万5千冊程である。職員は正規職員5名、嘱託職員2名、臨時職員が2名の9名でそのうち司書資格者は8名である。2001年~2004年度までの各年度の年間資料購入費は約3,000万円が確保された。

  ウ 図書館の方針、目標

 図書館の方針として3つの柱があげられる。
 まず、第一の柱は、社会教育法の精神を踏まえ、図書館法の定める趣旨の実現を図るとともに町民の教育文化向上に寄与することに努める。第二の柱は、愛知川町総合計画の達成に努め、いつでも、どこでも、誰でも学べる体制の具現化である町じゅう生涯学習の基盤作りに努める。第三の柱は、様々な資料・情報提供や資料を介在とした交流の場作りに努める。という3つの柱である。
 なお、愛知川町立図書館のサービス目標は次の6項目を重点としている。

1 だれでも利用できる開かれた図書館とする。
2 貸出をサービスの基本とする。
3 多様な資料要求に応えることを基本姿勢とする。
4 子どもの読書を大切にした運営とする。
5 愛知川町の情報庫とする。
6 町民の生涯学習の拠点とする。

2.事例の概要と背景

 愛知川町立図書館がまちづくりの取組みをするに至った背景には、1987年の長期総合計画の「草の根図書館」の構想や、1996年に策定された愛知川町総合計画の「生涯学習のまちづくりを推進していく拠点としての図書館建設」、愛知川町都市計画マスタープランの「文化活性化の施設としての図書館の建設」、2001年9月に策定された「まちじゅうミュージアムの構成員の位置付けとしての図書館」等々に示された諸計画がある。とりわけ2001年9月に策定された第3次総合計画は図書館建設前の構想であったそれ以前の総合計画とは大きく異なり、具体的な取組みが示された内容となった。そうした状況を踏まえ、図書館のまちづくり事業はこれまで展開されてきた。この総合計画(第3次愛知川町総合計画書p.158)には次の図のように図書館がまちづくりを担う施設として位置づけられている。

町じゅうミュージアムのまちづくりの図
図2

 個人、学校、企業、団体、来訪者に単に資料提供するに留まるのではなく、より積極的にまちづくりに図書館が取り組むことが、図書館の方向性として示されているのである。とりわけ第3次総合計画の重要プロジェクトの「町じゅうミュージアムのまちづくり」では図書館が拠点施設として位置づけられている。
 そうした背景の上で開館以来地域の活動に参画し、役場産業課との共催事業、商工会との共同企画、社会福祉協議会との協賛事業等の取り組み等を実施してきた。また、日常の資料の収集事業として多面的な資料の収集にも配慮してきた。
 町内企業の業務案内に関する資料、求人案内関係資料、町内食堂メニュー、新聞の折込広告、自治会広報、自治会誌、カタログ、古写真、まちのこしカード、中山道関係資料、鉄道沿線情報、主題別各種新聞記事等々を収集している。当然のことながら、これらは町じゅうミュージアムの推進に欠かせない資料群でもある。

3.事業の概要・方法

 愛知川町立図書館のまちづくりの取り組みは多岐にわたっているが、町関連資料収集という館内の取り組みと館外でのサービス活動に大別できる。
 館内での取り組みとしては、まちづくりの前提となる地域理解が円滑に達成できるようなシステムを考慮している。例えば、見やすいボックス型ファイルを約1,000個用意し、テーマ毎に色分けして見やすいように工夫して、それぞれのコーナーへ配架している。具体的に設置されたコーナー及びファイルの内容は以下のとおりである。
 愛知川町が中山道を活かしたまちづくりを目指していることから中山道関連の70個のファイルが並ぶ中山道コーナーの設置、自治会の活性化を支援するための各自治会のコーナーの設置、愛知川町内の各企業の活性化を支援するための各企業のコーナーの設置、生活関連支援として日々の新聞の折込広告及び自動車のカタログのコーナーの設置、字情報の収集コーナーの設置、就労を支援するためにハローワークの求人情報コーナーの設置、まちの自然・文化情報を収集するための「まちのこしカード」のコーナーの設置等である。
 上記のうち、とりわけ愛知川町立図書館の特色の一つである「町のこしカード」の取り組みを詳しく紹介する。「町のこしカード」とは、愛知川町内の歴史的、文化的、自然的な地域資源を記録し地域の財産目録として活用するというフランス発祥のエコミュージアムの手法を取り入れたものである。愛知川町では、これにさらに図書館の基本的な業務である地域資料の収集、保存、活用の働きを加えたシステムにしている。身近な地域の資産の発見・調査情報を利用者が記載し、ファイルに収集保管されたカード情報をいつでも検索できるシステムである。記載された情報の時間、場所、形状、数量等の事実の記録そのものが時間とともに大きな価値となるのである。単なる「地域の宝探し」で終わるのではなく正確な情報が収集・記録できるように、あくまでも事実に立脚した情報収集となるような配慮をしている。
 取り組みが第一段階ということもあり、この開館後の5年間は「ホタル」「セミ」「お地蔵さん」「きつね」「タヌキ」「トンボ」「茅葺屋根」等の誰でも直ぐに取り組めるような発見情報が寄せられるようにしている。重要な点としては研究者等の専門的な水準ではなく「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」見たという事実の記録なのである。「小川でホタルを見た」というような個人が確認した一つ一つの情報は一見無価値に見えるかもしれないが、町全体で集められた情報は自然環境の保全に役立てることにも繋がるのである。こうした取り組みに参加することそのものがまちづくりでもある。今後「町のこしカード」が質、量とも充実すれば各方面への影響が期待できる。なお、2004年度からはインターネットを通しての情報の提供が可能になった。
 次に館外での取り組みであるが、図書館が収集した資料の積極的な提供をしている。役場各課、議会、商工会の業務等に役立つ資料リストの配付や各自治会への支援活動、福祉団体との連携、観光協会への支援、学校訪問、学童保育所訪問、町文化祭への講師派遣、自治会活動文化事業への協力、町内イベントへの協力等を実施している。

4.現在の状況・実績・成果・問題点

 まちづくり活動の取り組みの成果としては、情報収集のために用意されたシステムが少しずつ稼動し始めていることがあげられる。
 図書館に集められたホタル情報をもとにホタル鑑賞会が実施されたり、字支援活動が契機になって集落だよりの縮刷版が刊行されたりするような動きが出始めた。何よりも開館前に比して、情報の収集が格段に得やすい環境となった。集められた情報は図書館を介して更に広い範囲に提供されることにより、情報発信の機会が増加している。因みに04年度に新聞、テレビ、ラジオ等で活動が取り上げられた回数は53回にも及んだ。もちろん、こうした動きが顕著になっていくにつれ、当然のことであるが図書館の利用も増加している。図書館がまちづくりの拠点となっても、利用者が一部の人々だけという閉鎖的な図書館であってはならない。住民に開かれた誰でもが利用できる施設でなければ、図書館の意味を失う。そうした利用環境が整備されているという大前提があって、初めて図書館におけるまちづくりの事業の価値がある。
 誰でも利用できる図書館と一口で言っても、実際には誰にも利用されるような図書館の実現はなかなか困難な課題でもある。誰にでも門戸を開くことは、比較的容易かもしれないが、例え門戸を開いたとしても、誰もが実際に図書館を利用するとは限らないのである。
 要は図書館に魅力がなければ図書館は利用されないということである。図書館を全ての人々に魅力的な空間とし、いかにして図書館に足を運んでくれる人々を増やすかなのである。これまで図書館は誰でも利用できる図書館という命題に対して、赤ちゃんから老人までの年齢階層別の利用という視点に力点が置かれていた。確かに赤ちゃんから老人までの利用が拡大しているのは事実である。しかしながら年齢階層以外にも職業別、地域別、興味関心別、地域を取り巻く種々の環境等々様々な角度からの利用者分析の視点からの運営が不充分であり、分析を踏まえた多面的な取り組みが必要なのである。そのためには、利用者や利用エリアの実態の把握が欠かせないのである。地域固有のサービスや館独自のサービスが、図書館を次のステツプへ押し上げる試金石なのである。こうした点に着目して様々な事業を企画したことが功を奏し、00年の開館以来着実に利用を延ばし人口一人当たりの貸出し冊数は全国平均の約3倍から4倍以上の数値を示すという実績を挙げている状況にある。これは人口別の利用実績(03年度実績)によれば、全国的にも高水準の実績でもある。評価尺度を住民一人当たり貸出し冊数のみに頼るのは危険だが、開館前の図書館計画書の目標値を大きく上回っている。また、利用者アンケートに50代の人から「普段着や野良作業の途中のような(私達の図書館のイメージを覆す)人々が日常的に利用している」という声が聞かれるようになった。このことは別の評価尺度からも、開館5年時点の一つの到達点に近づいた状況にあることを示している。即ち図書館が日常的に利用される姿も、広義の「まちづくり」の成果と言ってよい。また、別の成果としては開館5年目にして、図書館で作成した博物館における展示図録に近い冊子が図書館から発行できるようになったことがあげられる。これは図書館の日常業務が、消えて行く作業が中心の中にあって、唯一仕事が記録される仕事への取り組みの成果なのである。愛知川町立図書館が目指す目標の一つでもある、愛知川町の情報庫への職員の関わり方の一形態なのである。
 今後の課題としては、現在の到達点を維持発展できる体制が今後とも確立されることである。

5.事業にまつわるこぼればなし-市公民館だよりの予想外の展開

 前にも述べたように図書館未設置の愛知川町に2000年に図書館が初めてできたが、当然図書館と地域との関わりは少なく、地域に如何に定着させるかが図書館の開館時点からの課題でもあった。また、古い資料や地域の資料の収集を後回しにして、とりあえず新しい資料は揃えて開館を迎えたような準備状況であった。開館直後、そうした状況の中で思いもかけない資料が飛び込んできた。愛知川町立図書館が所在する地元自治公民館からの、「市公民館だより」の寄贈である。地元の自治公民館が自治区内に新設された愛知川町立図書館を一つの事業所の扱いとして、毎月図書館のポストに投函してくださるようになったのである。図書館がもっとも身近な地域に認知戴けた瞬間でもあった。こうした図書館の基盤となる地域の資料群が欲しいと思っていた矢先の出来事であった。早速、この広報を地域行政コーナーの各自治会情報としてファイルすると同時に図書館の玄関付近の人目につく場所に掲示した。ところが、この最初の自治会広報を掲示して1ヶ月も経たないうちに、別の自治会からも広報の提供の申し出があり、その後次々に集落広報が集まるようになって現在は集落の3分の1ほどの広報が定期的に寄贈されるようになった。当然現在は開館から5年分の各集落の広報紙が保管されている。また、図書館は町内の多くの人々が集まる場所でもあり、各集落の広報が話題となって、良い意味で競い合いの状況になり、年々広報のレベルが向上してきている。また、同じ町内でも知らない他の自治会の極めてローカルな情報を、図書館で気軽に楽しんでいる姿を散見するようにもなった。
 そうした事態から更に展開していく出来事があった。それは開館の一年前後に町内の長野西の広報紙が、図書館へ届けられたことに始まる。長野西の広報紙には500号目前の番号が付けられていた。何と25年もの歴史のある広報紙である。図書館にとっても開館前の欠落している部分の地域資料である。こうした資料は保存という視点がなければ、消えてゆく資料である。残部があれば複写してでも図書館に欲しい資料なのである。広報紙そのものが長野西の歴史を語る貴重な証人でもある。タイミングを見計らって長野西に出向き、そうした事情を区長さんに説明したところ、「集落の公民館には全部は保存されていない」という回答であった。そうしているうちに500号が発刊したら、全号を集めて縮刷版を作るという方向に動き始めた。長野西自治区の2003年度の事業として、縮刷版発刊の決定がされ、500号記念の700頁にも及ぶ縮刷版が刊行されたのである。地域でも大きな反響を呼び、地元の地方新聞にも大きく報道された。その縮刷版は図書館の地域資料として寄贈されたことは言うまでもない。
 寄贈された長野西の縮刷版はコミュニティを研究テーマとする研究者の間でも評判になり、わざわざ現地を訪問調査したり、縮刷版を求めて大学からの問い合わせが相次ぐ事態となった。
 いわば図書館が情報と情報、更には外部社会とを結ぶ橋渡しの場の役割を果たしているのである。これは、図書館のコミュニティ作りへのささやかな支援でもある。
 たかが広報紙の収集と受け取られるかもしれないが、こうした活動が愛知川町立図書館と地域とを結ぶ大きな足がかりになったことは事実である。この広報紙の掲示以外にも、地元の高校の広報紙、商工会の広報紙、観光協会だより等が自然な形で集まるようになった。そうした町内の様々な機関と図書館との結びつきも広がりつつある。
(なお、愛知川町は平成18年2月13日に秦荘町と合併して愛荘町となる。)



 

-- 登録:平成21年以前 --