幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究
近年の子どもを取り巻く環境の変化に伴い、地域で隣近所の子どもたちが群れて夢中になって遊ぶなど、同年齢集団や異年齢集団が地域の中で形成されにくい現状がある。地域の群れ遊びの消失は、子どもの遊び文化や人とのかかわりの知恵や面白さが伝わりにくくなることにつながっている。このことから、幼稚園においては、周囲の環境に積極的にかかわる意欲や態度をはぐくむとともに、これまで地域の群れ遊びが果たしてきた役割を意識化して、遊びの中での目的意識の共有やテーマのある系統性をもった遊びの充実など、教育活動を工夫し、創造していくことが求められている。とりわけ、集団内や多様な集団とのかかわりの中で「協同性の芽生え」をはぐくむことが喫緊の教育課題である。
また、年少から年中、年長と、各時期における発達の課題への保育的なかかわりを通して、集団がもつ諸特性及び集団相互の関係性などの「集団性」と「協同性の育ち」という観点から、指導上の検討が求められている。
そこで本研究では、集団の規模と担任の指導に関する意識調査(質問紙調査法)を中心に、研究協力園における実地調査を通じて、一人遊びや群れて遊ぶ中から、どのようにして協同性がはぐくまれていくかについて、集団の規模等も含めた集団の特性、特に集団の凝集性や集団相互の関係性について、幼児の学びなどに着目しながら明らかにすることを目的とした。
また、教師の指導に対する意識との関連で友達、仲間、グループ、学級などの集団の協同性がはぐくまれていく教育効果という観点からも検討することとした。
幼稚園において幼児が集団を形成し、集団内や多様な集団とのかかわりの中で「協同性の芽生え」をはぐくむために、幼児とかかわる教師や園長はどのように教育環境を整えようとしているのであろうか。このことが、幼児の集団形成や協同性の育ちと大きく関連すると考えた。
そこで、以下のように意識調査及び実地調査を行い、幼児集団の規模と教師の指導に対する意識の関連を明らかにし、協同性をはぐくむ教育の推進に資する資料を得ることとした。集団の力動関係(グループダイナミックス)と協同性の発達の状況について、以下のように意識調査を行い、分析・考察するとともに、実地調査を行い、幼児集団の規模と教師の指導に対する意識の関連を明らかにすることとした。
なお、集団の力動関係については、保育の質に左右されることに鑑み、意識調査による統計的な数値による量的考察に加えて、研究協力園における実地調査による幼児集団の力動関係と幼児の学びの質的考察によって研究の客観性を担保できると考えた。
以上のような考えを基に、「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究検討委員会」及び「同検討委員会作業部会」を設置して研究を推進した。
教員が保育の中で、自分が担任している学級集団の規模や指導の成果についてどのように感じているかを把握するため、「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究(意識調査)」を行うこととし、以下のような予備調査及び本調査を行った。
各幼稚園に検討委員会委員・WG委員2~3名が協力園を訪問し、幼児の遊びの様子を記録し、保育後の協議会において、当日の保育の記録と共に、その前後の幼児の様子を基に、学級集団の様子や協同性に関する検討を行った。
各幼稚園での調査結果を総括して、
<実地調査先> |
<調査の内容及び調査から見えてきた課題> |
10月25日 東京・鹿本幼稚園
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保育の記録、保育に関する担任・園長との協議を行った。記録の取り方の課題、集団の育ちに関する状況聴取の必要性が課題となった。 |
以降、全ての協力園における調査において、幼児の行動を記録すると共に、「学級の幼児の協同性にかかわる状況」及び「一人一人の幼児と交わした言葉で最も印象的だった言葉」の記録を依頼した。 |
a 3歳から5歳の幼児集団の形成過程と協同性の育ちの状況について、
ア 集団の中での学びの状況 イ 集団の力動関係 ウ 協同性の育ち
の3点を視点として、分析・考察した。
b 研究協力園の事例を、幼児の集団性、協同性に関して考察した。
8月に実施した予備調査と、その結果を受けて実施した本調査、及び研究協力園に出向いての実地調査の結果を総合して考察すると、次のようなことが言える。
本研究では、「幼児集団の形成過程と協同性の育ちに関する研究」をテーマに、幼児集団の形成過程と協同性の育ちとの関連性を問いつつ、幼児の協同性をはぐくむ教員の教育活動の工夫に関して、質問紙による意識調査(予備調査及び本調査)を経て、研究協力園を対象とした実地調査を実施した。
その結果、園や学級の規模と、そこでの幼児の集団性、協同性の育ちが関連し合っていることが確認できた。また、教育効果を高めるために望ましいと考える学級の人数については、単なる人数の問題に終始するのではなく、各教員が担任学級の規模や幼児の発達の状況に応じて指導を工夫し、個や協同性の育ちを保障しようとしている姿が読み取れた。そして、総じて、本研究のねらいである、園生活を通しての幼児集団の形成過程、そこでの協同性の育ちを踏まえつつ保育の質を高めていくことにつながる基礎資料が得られた。以下、詳細に述べることとする。
教員の意識調査において、1学級の望ましい人数に関する理由として、「集団でのかかわり」とする回答が多い。それは、遊びが発展・充実することと、それと呼応しながら集団が形成されていく過程の重要性を教員が認識しているからであろう。
こうした教員の認識には、協同性の育ちへの洞察が前提となるであろう。すなわち、3歳で入園し次第に園生活に慣れ、基本的な生活行動を身に付け始めると、周囲の人への関心をもつようになる。そして、次第に人と生活をすることを意識し、見る、気付く、まねるなどの行動が始まり、経年とともに、誘い合う、互いを必要とする、共に行動する、力を合わせるなど、幼児自身の人とかかわり合う姿が顕著になっていく中で、協同性の育ちが進んでいく。こうした協同性の育ちへの見通しが教員に内在しているからこそ、上述のような回答となって現れるのである。また、こうした集団形成力を教員自身が認識し、そこに働く力動関係や、そこから芽生える協同性の育ちを見失わない保育力が教員の一人一人に求められていることは言うまでもない。
「集団でのかかわり」と選択している教員の多くは、集団のかかわりに係る基盤を重視し支えていくことが大切であり、幼児を受け入れて幼稚園生活を展開する者の役割であると考えて日々取り組んでいるものと思われる。ちなみに、教員の保育経験年数の違いは、今回の調査では、特に結果を左右する因子にはならず、教員の資質に係るものとして捉えることもできるであろう。
幼児期に集団でのかかわりが十分確保されるためには、一定の集団の大きさが必要であると、園長、担任とも認識している。
このことは、特に、5歳児に関する回答は設置者にかかわらず、共通である。発達の段階を考慮すれば、3歳児は基本的な生活習慣を個々に身に付けることがまず優先される。また、4、5歳児は友達関係が徐々に広がり、集団を形成して生活ができるようになっていく。こうした発達の過程を考慮すれば、3歳児は20人以下、4、5歳児は20人以上、中でも5歳児は25人以上が望ましいということであろう。
また、学級の幼児数が31人以上の場合には、各項目で「多すぎる」という回答であった。これには、担任経験として31人を超えて保育することが少なくなっているという現状が反映しているのかもしれない。そして、担任が自分にとって「ちょうどよい」と感じる人数が、さまざまな保育活動を考えたとき、この選択された数の範囲になっていると考えられる。その意味で、現状の幼稚園教育に合った結果が得られたと言うことができる。
本研究の方法としては、集団の規模と担任の指導に関する意識調査を中心に、研究協力園を対象とした実地調査を用いた。
質問紙調査法による教員の意識調査は予備調査、本調査と実施したが、予備調査後に質問内容の再検討、調査対象者の再検討をし、それを本調査に反映させ実施した。
予備調査においては995名からの回答を得られ、本調査では国公私立幼稚園をあわせて5,108名(園長929名、担任4,179名)からの回答を得た。それによって、学級集団の大きさ、それに関する園長や担任の意識、幼児の育ちの背景を把握することができた。全国の全幼稚園をベースにおいての対象園抽出であったことにより、本調査で得られた結果の信頼性は高いと考えられる。
また、公私立幼稚園6園の研究協力園を対象とした実地調査を行い、幼児集団の形成過程、協同して遊ぶこと及びその展開について、幼児の遊びを観察記録することで把握した。さらにこれについては、担任がその学級集団をどう捉えているかを踏まえて把握した。ここからも、幼児自身が人とのかかわりを求め集団性を得ていく姿や、協同性の芽生えにつながると捉えられる事例等を得ることができた。
限られた期間での取組であったが、妥当性の高い調査結果が得られた。
今後の課題については以下のとおりである。
本研究では、教員の意識調査を行い、幼児集団の形成過程と協同性の育ちとの関連性について検討してきた。教育効果を高めるために望ましいと考える学級の人数を尋ねた際の理由として「集団でのかかわり」が最も多く選択されている。しかし、他の理由についてもそれぞれ選択されており、平均値ではあまり大きな開きはない。
このことは、集団性の育ちについてその必要な最低限の人数だけで考えるのではなく、「幼児期に必要な集団でのかかわり」がもつ意味内容から更に検討していく必要があろう。
各担任が自己の担任学級規模を「ちょうどよい人数である」と回答したときには、自分の力量に合致しているという思いが働いているように思われる。ほとんどの回答者から、教員の負担感の多少を幼児数の問題であると考えていないということが分かる。すでにそれぞれの担任自身が資質の高い教員としての保育を目指そうとする姿勢をもっているからと言えなくもない。
今回の結果からは、教員の保育経験年数差、園の規模の差による教員の幼児へのかかわり方とも、特にはその違いが認められず、教員の意識は、学級においてよりよい保育を実現するにはどのくらいの幼児数が「ちょうどよいか」という点に焦点化されていたと考えられる。
幼児数が31人を超える学級での担任経験が少なくなっていることなどを考えると、今後、担任、幼児各々の学級の適正規模を、さまざまな保育活動の場面について追跡し、そこから保育の在り方自体を探っていく必要がある。
「協同性」については、平成20年に公示された幼稚園教育要領の改訂の要点の一つとして、また『幼児期から児童期への教育』(国立教育政策研究所教育課程研究センター、平成17年)においてもその重要性が示された。しかし、教育現場においては、協同性と自己発揮が相反するものと考えられていたり、協同性と社会性が混乱して使われていたりすることが少なくない。このように「協同性」が様々な意味で使われている現状においては、特に幼児集団、またはその形成過程との関連で「協同性」の概念の検討が必要と考えられる。また、研究協力園を対象とした実地調査において、幼児集団の形成過程を詳細に見るには、協同性の芽生えを見極められる程の視点をもって観察することが必要である。その意味でも研究上「協同性」の概念の検討の必要性が課題として残っている。そのため、事例研究法等によって、幼児の具体的な姿から集団の育ちの質的な変容を捉える中で、そこに係る指導の在り方を含めて協同性とその育ちについて研究していきたい。
6園における実地調査の成果を上述したが、この事例研究法を更に確かなものとするためには、実地調査の体制を再検討する必要性がある。幼児集団の形成過程を詳細に検討していくためには、1、2回の観察では把握しきれないものがある。特に調査時期によって対象とする幼児やその学級の状況が変わることが多く、短期間での実地調査ではその変化を反映させることは難しい。幼児集団の形成過程における集団の質的な変容を捉えるためには、集団の育ちを追跡していく手法について是非とも研究手法上、工夫が必要である。
これには長期にわたる日々の保育について定期的に記録をし、蓄積することが必要であり、日々の幼児の姿や変容の過程を丁寧に探っていくためには研究協力園が果たす役割は大きい。特に、研究協力園の幼児の人への興味の示し方や人間関係を把握する定期的な記録の取り方や、記録の蓄積の仕方を工夫することで、学級の集団性の質的な変容を把握することができる。
初等中等教育局幼児教育課
-- 登録:平成25年03月 --