兵庫県教育委員会 研究概要

幼児の遊びを通した「確かな学び」を培う指導と評価

1 研究の目的

 幼稚園教育要領の改訂内容を踏まえた幼児教育を充実させるため、幼児の遊びを通した「学び」を把握するための視点を明らかにし、学びの把握・評価に基づく保育や指導計画の改善、更には家庭との連携や小学校との接続の在り方について次の実践研究を行う。

(1)遊びを通した「学び」を捉える視点を明確にし、教師の援助や環境の構成を工夫した保育実践
(2)「学び」を確かなものにしていくため、幼児の発達の理解と教師の指導の改善の両面からの評価の在り方
(3)評価をもとにした保育や指導計画の改善
(4)「学び」の評価の活用(家庭との連携・小学校との円滑な接続)

2 研究の内容及び方法

(1)事業全体の内容

 実践協力園を指定し、幼児の確かな「学び」を培っていく実践研究に取り組む。また、学識経験者からなる幼児教育支援委員会を設置し、実践協力園の研究の深化を図るとともに、幼児の遊びを通した学びの姿や、その評価の方法について検討を行い、指導資料としてまとめる。
 教員研修では、就学前教育の充実を図るという観点から公立幼稚園の教員だけでなく、私立幼稚園の教員、保育所保育士、認定こども園教員等にも参加を呼び掛け、研究実践の発表とともに、成果を踏まえた今後の幼児教育の在り方等について講演等を行うことにより、普及・啓発を図る。

1 実践協力園の指定
 「学び」を捉える視点を明確にした保育実践、「学び」の把握・評価に基づく保育や保育計画の改善、家庭・小学校との連携を行う

2 幼児教育支援委員会の設置
 本研究に対する助言及び教員研修への支援等を行う

3 教員研修の内容
 全県的な幼児教育研修会を開催し、研究発表及び講演等を行う

4 指導資料の配布
   県内公立幼稚園等を対象に配布する

(2)具体的な内容

 幼児の遊びを通した「学び」を具体的な保育活動を通して把握・評価し、保育や指導計画の改善を行うとともに、「学び」の適切な評価を家庭との連携や小学校との円滑な接続に活用する実践研究を行う。

1. 遊びを通した幼児の「学び」を捉える視点の設定

  兵庫県においては、幼稚園教育要領に示された内容に向かう姿を遊びを通した確かな「学び」の姿であると捉えた。幼児の気付きから表現・行動に至る過程に着目して、新たに幼稚園教育要領の各領域を貫く評価の視点「感じる」「考える」「表す」を設定した。
 具体的には、幼児の内面における学ぶ能力は、発達の段階に応じて感覚、記憶、思考と変化することに着目し、このうちの感覚と思考を取り上げて、感覚が「感じる」、思考が「考える」とした。
 幼児期は、最も感覚の力が活性化される時期であり、視覚、聴覚が非常に鋭く、身近で知覚可能な周囲の環境に注意が向く。また、その注意が想像力の発達と深く結び付いていて、幼児は次第に見えない世界、聞こえない世界に関心をもつようになる。さらに、他者が何を感じ考えているのかに、関心が向かっていく。見えない世界、見えない他者について、想像し、考える力が思考の力である。「感じる」「考える」というのはこうした視点から捉えている。また、行為としての「表す」を併せて設定することとした。
 ねらいをもって保育した場面で、幼児のつぶやきや仕草等から、「心のつぶやき」を読み取り、そこから、幼稚園教育要領に示された5つの領域のねらいや内容に示された姿に向かう「感じる」「考える」「表す」のそれぞれの過程での「学び」を捉え、一人一人の「学び」をより適切に把握するために、整理することとした。
 なお、ここで設定した視点は、本研究を進めるために設定したものであり固定的なものではない。本研究と同種の研究を行う場合には、研究に取り組む組織が共通理解に基づき、学びを把握するための視点を設定することが望ましいと考える。

2. 遊びを通した幼児の「学び」の把握・評価

  兵庫県では、過去の実践研究において、幼児の発達の過程を3つの時期として捉えることによって、幼児の育ちに基づいた教師の援助がいかに大切であるかを明らかにした。このことに基づき、本研究においてもそれぞれの時期における事例を収集し、それぞれの時期における「学び」を評価することとした。

【発達の時期】
1期:初めての集団生活の中で、様々な環境に出会い試す時期
2期:遊びが充実し、自己表現を楽しむ時期
3期:人間関係が深まり、学び合いが可能となる時期

【事例を検討した際の手順】

ア  保育の場面における設定した「ねらい」を表記する。

イ  保育の場面からありのままの幼児の姿を記録する。
この時に主観的な記述にならないように気を付ける。さらに、幼児の姿から「心のつぶやき」を読み取る。

ウ  読み取った「心のつぶやき」から、感じたこと、考えたこと、表したことを整理し「学びの評価」(図1)の欄に記入する。この際、全ての領域に記入する必要はなく、ねらいに即した領域を中心に記入する。

図1 学びの評価

領域

 健康

人間関係

環境

言葉

表現

内面

感じる

 

 

 

 

 

考える

 

 

 

 

 

行為

表す

 

 

 

 

 

エ  記入した「学び」を総合的に評価したものを「幼児の学び」とする。

3. 指導と評価の一体化

 幼稚園における評価とは、保育の中で幼児の姿がどのように変容しているかを捉えながら、その姿が生み出された様々な状況について適切かどうかを検討し、保育をよりよいものに改善することである。そのために本調査研究では、指導のねらい、教師のかかわり方、環境の構成等について、継続的に反省・評価し、改善するPDCAサイクル作りを図った。
 長期的な見通しのもと、実践を振り返り、学びを評価したことを基に、次の時期のねらいや環境の構成・教師の援助を考える。

4. 家庭との連携や小学校との円滑な接続

 幼児の「学び」を具体的に家庭や小学校に伝え、その効果とポイントを明らかにする。

(3)具体的な実践事例 

事例:ドングリ迷路を作ろう

1. ねらい

ア  友達と共通の目的をもち、見通しをもってドングリ迷路を作る。
イ   ドングリ迷路について互いの思いやイメージしたことを伝え合う。

2. 環境の構成と教師の援助

ア   ドングリ迷路に必要な材料を幼児と共に準備したり、遊びを広げていく場の確保をしたりする。
イ   言葉で伝え合っている様子を見守り、状況に応じてそれぞれの思いが伝わるように仲立ちをする。

3. 幼児の姿の記録

 A児の背景:長子で穏やかな性格で、自分の思いよりも周りの状況に合わせることが多い。

 段ボール板を斜めにし、板に箱で道を作り、斜面の下にゴールを決め、斜面の上からドングリを転がしてゴールに入れるゲームを作って遊んでいた。
 A児は、他児が作る様子を見て「そんな長い箱をくっつけたら面白くないやん、だって、転がしたらすぐにゴールになってしまうよ」(a)と言う。他児が「そうか、迷路やもんな、道を曲げようか」と答えると、A児はぱっと表情を変え「それがいい」と答える(b)。他児が「ねぇねぇ、道を長くするんやったら、箱をつなげたら」と言い、別の箱を指さして箱と箱をそのままテープで貼ろうとした。数人の幼児が「それやったら、底で止まって転がらへん」「そうか、じゃあ、どうする」「この箱の底を切ってもう一つの箱の端を切ってつなげたら」と互いの思いを言い合う(c)。A児は「それ、いいな、私が箱切るからテープ切って」(d)と箱の端を切り開こうとするが、固くてなかなか切れない。その様子を見ていた他児が「先生、箱が固いから切ってほしい」と言う。すると、A児はもっていた箱をさっと教師に渡した。教師が箱を切ると、一人が箱を持ち、もう一人がテープでつないだ。A児は、じっと見ていたが、つながるのが分かると続きを作り始めた(e)。片付けの時間になり、A児が「ドングリ迷路いいな」と言うと、他児が「こっちの迷路も面白いな、明日もやろか」と答え、傍にいた教師も一緒にほほえみ合った。

4. 読み取った幼児の「心のつぶやき」

a.遠回りした道がある迷路をつくりたい

b.道を曲げるのって、いい考えだ

c.そうか、箱をつないだら転がるんだ

d.箱のつなぎ方が分かった、私がしたい

e.うまく箱がつながってよかった

5. 学びの評価

領域

健康

人間関係

環境

言葉

表現

内面

感じる

 

 (c)友達のやりとりから箱をつなぐと面白くなると感じる。

 (a)面白い転がり方をする迷路を作りたい。

 (a)自分がイメージした迷路ではないと感じる。

 (e)工夫したいことが分かり合うことが楽しい。

考える

 

 (d)役割分担して作業しようと考える。

 (c)見通しをもってどのように箱をつなげればよいか考える。

 (b)友達の言葉をイメージして理解しようとする。

 (e)今までの経験の中から一番ふさわしいと思うものを選び出す。

行為

表す

 

 友達が言ったように箱を切り開こうとする。

 箱の底を切り、別の箱の端とつなぐ。

 どうしたら転がるか相手に分かるように言葉に出す。友達の提案を受け入れる。

 迷路づくりの続きをする。

 

6. 幼児の学び

ア  転がり方を予想したり、うまく転がるように見通しをもって工夫したり考えたりした。
イ  友達にわかるように理由を付けて話したり、友達の話を理解して聞き、相手の考えを受けて自分なりの考えを伝えたりした。

7. 次の期のねらい

ア   様々な素材を組み合わせ工夫しながら友達と一緒にドングリ迷路を作ることを楽しむ。
イ   互いの思いを出し合い、友達のよさを認めたり折り合いをつけたりしながら遊びを進め
  る。

8. 想定される環境の構成と教師の援助

ア  遊びを進めていく様子を見守りながら、新たな素材や仕掛けなどを提案する。
イ  考えたり工夫したりしながら繰り返し遊べるような場や時間を十分に確保する。

【家庭との連携】

具体的な例
 ただ遊んでいるのではなく、遊びの中に見通しをもって考え作ったり、考えていることを相手にわかるように伝えたり、相手の考えを受けて、自分なりの考えを伝えたりする力が育っている姿を通信や写真の掲示等も利用して伝える。

効果
 保護者から幼稚園での出来事をよく話すようになり自信を持ってきたようだと具体的な変化の様子を伝えるお便りが届く。

ポイント
 保護者と共に幼児の成長を喜び合えるよう、幼児の育ちを通信で伝える。

【小学校との接続】

具体的な例
 ドングリ迷路の活動では、試行錯誤をする過程で今までの経験を応用したり、工夫を重ねたり、考えを伝え合ったりしている。これは、思考力の芽生えであり、話し合い活動の基礎であるということを、写真なども掲載した園だよりにより、小学校や地域に伝える。

効果
 幼稚園の様子がよくわかると小学校や地域の方々から評価をいただいた。

ポイント
 活動の様子を知らせる通信に「学び」の内容が伝わるように工夫し、幼稚園に関心をもっていただく。

3  研究の成果と課題

(1)成果

1. 遊びを通した「学び」の内容の整理

 実践協力園の実践の中より18事例を検討し、その事例に見られた「学び」の評価と教師の援助・環境の構成を「学びの一覧表」に整理した。「学びの一覧表」の内容を視点と発達の期ごとに要素を選び出し、特徴となる姿をまとめた(図2)。

図2 特徴となる「学びの姿」

図2特徴となる学びの姿

「学び」の内容を整理することで以下の2点が明らかになった。

ア  発達の時期に応じて、「感じる」「考える」「表す」が相互に関連し合い「学び」があることが分かった。
イ  幼児は「感じる」「考える」「表す」の順に経験しているだけではない。遊びを通した「学び」は、「感じる」 「考える」「表す」の順になされる場合がよく見られるが、必ずしも順番通りになされるとは限らないことが分かった。

2. 評価を保育の改善に役立てるための留意点の整理

ア  指導計画をたてる際には、ねらいを具体的にたてることが必要である。「ねらい」を具体的に たてることによって、幼児の発達する姿を評価しやすくなったり、教師間の評価にズレが生じにくく なったりする。

イ  環境の構成や教師の援助を具体的に考える必要がある。環境の構成や教師の援助を具体的に考えることで、段階を踏んだきめ細かな指導が可能になる。例えば、「寄り添う」「見守る」という教師の行為にも、教師が感性を豊かにして、幼児の感じた瞬間を捉え、言葉を掛ける場合や、気持ちの変化を受け止め、考える時間を与えるという場合などがある。

ウ  「感じる」に対する援助には、幼児が感じた瞬間を捉えて、教師が共感することが重要である。そのためには、教師の感性も磨く必要がある。特に、1期には気持ちが安定し幼稚園で安心して生活することが基盤となるので、受け止めるという援助が大切になってくる。

エ  「考える」に対する教師の援助には、考えることを促すような言葉や振り返るための言葉を掛け たり、周りの友達に考えを広めたりするなどがあり、環境の構成には、話し合える時間や場所を確保するなどがある。考える内容だけではなく、考えようとする態度を支えることも大切である。

オ  「表す」ことに対して周りの幼児に認められたり、保護者に報告したりできるような環境の構成や、認めるや一緒に喜ぶなどの援助が必要である。特に「表す」に対する教師の援助によって、自信や次への意欲につながるような配慮が必要である。

カ   記録は幼児の仕草やつぶやきの事実を丁寧に記録し、評価の手掛かりとすることが大切である。例えば「満足そうに」「喜んで」といったような表記については、どのような幼児の仕草やまなざし、つぶやきがあり「満足そうに」「喜んで」と捉えたのかを根拠をもって記録すると、評価をする際に役立つ。事実を記録することにより家庭や小学校・関係機関との情報共有がより具体的にできる。

キ  事実の記録から「学び」を総合的に評価し、幼児の育ちを把握する必要がある。ねらいが達成されたかどうかの評価により、次のねらいが生まれる。「学び」の評価は、一人一人について検討する必要がある。幼稚園での学びの積み重ねが、小学校の学習に継続していくことが分かった 。 

(2)今後の課題

 幼児の「学び」には、人とのかかわりにおける社会性の発達の側面と、考えを深める学習の芽生えという側面がある。幼児は、自分一人でも様々なことを学んでいくが、集団生活の中で、周りにいる友達の言葉や動きなどを目にしたり耳にしたりし、影響し合って、「学び」を広げ、深めている。「協同して遊ぶ」とは、人とのつながりだけで終わるのではなく、学び合うという関係から生まれてくると考えられる。本研究においては、遊びを通した「学び」の実態を知ることができたが、主に個々の幼児を対象とした分析が主な研究内容となった。そこで、今後は、「学び」を育む上で極めて重要な言葉や表現に着目し、幼児が集団の中で「伝え合う力」を発揮することで、「学び」が広がり、深まることについて研究していきたい。

お問合せ先

初等中等教育局幼児教育課

-- 登録:平成24年08月 --