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第3章 第1節 5.スクールソーシャルワーカーの活用

  現在、公教育制度においては、様々な課題に対応するシステムが幅広く整えられている。毎年12万人を越える不登校児童生徒対策としては、スクールカウンセラーや適応指導教室が設置されるだけでなく、都道府県レベルで独自の相談員制度を導入しているところが少なくない。
  また、深刻化しているといわれる問題行動については、「問題行動に対する地域における行動連携推進事業」がモデル事業として立ち上げられ、サポートチームにより地域支援システム作りが進められている。そして、いうまでもないが、校内では伝統的に生徒指導主事が問題行動に対応をしてきた。
  さらに、障害のある児童生徒への対応として、学校には、特別支援教育コーディネーターが導入されつつある。身体的な健康面でのケアを行う養護教諭の存在までも挙げると、実に多様な施策が学校制度内で生起する問題に対して備えられている。このような多くのシステムが存在することを考慮すると、児童生徒を手厚く保護するシステムが整備されつつあると考えてもいい。
  ところが、比較的新しいとされる児童虐待に関しては、未だ学校内の姿勢が整わず、目下、対応策を模索しているというのが現状である。平成14年度から15年度にかけて文部科学省科学研究費補助金を受けて実施された「児童虐待に関する学校の対応についての調査研究」において、学校内での虐待対応の遅れや、教員の認識の希薄さ、そして他機関との連携体制の脆弱さが明らかにされた。
  この調査研究では、調査データを踏まえて様々な提言を行っているが、既存の対応システムに依拠した対応では限界があることを示唆している。そこで、ここでは、第2章第4節で言及されている海外における取組例としての「スクールソーシャルワーク」について少し詳しく述べ、我が国における児童虐待問題のみならず、その他の児童生徒が抱える課題対応策としての可能性について論じることとする。

(1)視点・方法

  スクールソーシャルワークが従来の施策と異なるのは、以下の点である。

  1. 第一に児童生徒との関係性である。これまでは、「無力あるいは非力な子どもを大人が指導、教育する」という視点で対応の枠組みが組み立てられてきた。だが、スクールソーシャルワークでは、職業的価値観である「人間尊重の理念」のもとに、「問題解決は、児童生徒、あるいは保護者、学校関係者との協働によって図られる」と考える。スクールソーシャルワーカーは、問題解決を代行する者ではなく、児童生徒の可能性を引き出し、自らの力によって解決できるような条件作りに参加するというスタンスをとる。
  2. 第二に、問題を個人の病理としてとらえるのではなく、人から社会システム、さらには自然までも含む「環境との不適合状態」としてとらえる。ゆえに、対応としては、「個人が不適合状態に対処できるよう力量を高めるように支援する」、あるいは「環境が個人のニーズに応えることができるように調整をする」という、「個人と環境の双方に働きかける」という特徴を有する。

  環境に働きかけるプロセスにおいては、連携、仲介、調整などの機能が不可欠であり、それらの機能を発揮することがソーシャルワーカーの特性であり、役割でもある。
  そもそも、児童虐待の論議において提示される施策は、これまで、大人が大人の視点で子どもの問題を論じ、考案され、実施されてきた。そのような、これまでの取組において、「児童生徒が、自ら人間として有する潜在力を信じ、自発的に問題解決に協力する」というスクールソーシャルワーカーのスタンスは、現在の学校現場に新たな見方をインプットすることができると思われる。
  また、人と環境との関係において問題をとらえる考え方は、エコロジカルな視点として現在のソーシャルワークの考え方を決定する主要な理論的枠組みとなっているが、この考え方は、学校教育制度の中で取り組まれてきた従来の方法を否定するものではなく、むしろ強化する働きを期待することができるはずである。
  先に述べたように、学校現場には問題対応策としてさまざまな施策が導入されている。ところが、それぞれの施策は、特定の問題に焦点を当てた関わりをするものとして期待され、領域にかかわらずに包括的に介入するものではない。
  例えば、特別支援教育コーディネーターは、虐待問題には積極的に関与しない場合もあろうし、スクールカウンセラーのすべてが意識的に特別支援教育の対象児童生徒の援助に携わっているわけではないであろう。ひとりの子どもが領域にまたがる問題を複合的に抱えている場合は、多数の専門家が個人に関与する可能性もある。したがって、分担した業務だけでとどまることなく、全体の状況を見きわめながらそれぞれが連携して取り組めるように、管理職が留意して対応することが重要である。

【コラム】 スクールソーシャルワークの沿革

  スクールソーシャルワークは、1906年にニューヨーク市のセツルメント・ハウスでの活動に起を有する。背景には、アメリカにおける児童の労働禁止法と義務教育法の制定があった。当時、多数の児童が過酷な労働条件のもとに労働を強いられ、教育の機会を奪われるという社会状況があった。いわば社会そのものが虐待的な環境にあったといえる。そうした劣悪な状況に対して、19世紀後半からアメリカの東部の州を中心として、児童の労働を禁じる法律や義務教育制度が順次整備されていった。
  それらの法律や制度が施行されたことを背景にして、学校へ通うことができない子どもたちの教育を受ける機会を保障する動きが生じた。ただし、全米的な展開を見せるまでには若干の時間を要し、合衆国全土に定着したのは第二次世界大戦後である。
  草創期のソーシャルワーカーの役割は、主として子どもたちが教育を受けることができるよう支援する活動として始まったため、訪問教師(visiting teacher)という呼称が用いられることも少なくなかった。
  この職能団体が、全米ソーシャルワーカー協会(NASW)の一部門として編入され、スクールソーシャルワーカーという肩書きに統一されたのは1978年になってからのことである。
  アメリカでは州による教育システムの独自性が強いため、スクールソーシャルワーク制度導入の実体には大きな差がある。シカゴ市があるイリノイ州では3,000人に及ぶスクールソーシャルワーカーが活動しているが、南部の州やアラスカ州などでは極めて少ない。また一部の州では、未だにソーシャルワーカーを配置していないところもある。現在、全米で約15,000人のスクールソーシャルワーカーが活動している。
  アメリカ以外では、カナダや北欧諸国・東欧諸国などで取り入れられている。アジアでは1970年代に香港で導入され、1999年からはモンゴルで全学校に配置されている。また、隣国の韓国では制度化されるまでには至っていないが、地方レベルでは積極的に展開がなされている。

(2)我が国における取組

  20世紀の初頭に起源を有するスクールソーシャルワークの我が国における取組は、我が国では同世紀の後半になってやっと形として現れた。第二次大戦後、福祉と教育の連携に関する取組は幾つかのところでなされたが、いずれも局所的かつ短期的な活動に終わり、広がりのある展開を示すことはできなかった。スクールソーシャルワークを明確に前面に打ち出した活動は、昭和56年にスタートした埼玉県所沢市における取組が初めてのことであった。
  この活動は、当時学校現場で頻発していた校内暴力への対応策として導入されたが、すでに増加傾向にあった不登校への支援も対象とした。この活動の特徴は、児童生徒への直接的な関わりを中心としつつ、継続的な家庭訪問による家族への支援と、学校と子ども、および家族間の関係調整や仲介機能を担った点にある。さらに、児童生徒の問題と関わる児童相談所や家庭裁判所などの外部機関との連携活動を行うとともに、地域社会内に自助グループやフリースペースなどの社会資源を創出するなど、幅の広い活動が展開された。
  この活動は、特定の問題や方法論に固着した取組ではなく、問題解決に必要とされるあらゆる方法がとられた点にも特徴がある。この方法は、ソーシャルワークの分野ではジェネリック・アプローチとして位置づけられるが、個人やグループ(子ども・保護者・教師など)に対するカウンセリングや、学校関係者に対するコンサルテーションから、多様な形の研修機会をとらえ、具体的対応のみならず、予防的な活動も意識してなされた。例えば、学校単位ごとの教員の学内研修、PTA、家庭教育学級における講義、教育委員会レベルにおける管理職研修会、生徒指導主任研修会、教育相談主任研修会などがある。このような多岐にわたる活動は地域社会での認知度を高め、家庭や学校関係者にも一定の安心感を与えたといえる。
  所沢市における取組は平成10年まで続けられたが、活動がなされていた時期は虐待ケースがまだ顕在化しておらず、社会的な関心も高くはなかったため、特に虐待を意識した取組はなされなかった。

  しかし、「家庭に対して積極的な関与をする」という活動スタイルや学校を基盤として様々な機関との連携を実行する役割は、「虐待問題に関して少なからぬ示唆をもたらす」と考えられる。
  所沢市の活動は、埼玉県や神奈川県を中心としていくつかの市町村の施策に影響を与えたが、スクールソーシャルワークを明示した活動は平成12年まで現れなかった。平成12年度から兵庫県赤穂市教育委員会と関西福祉大学の協力によってモデル事業が開始され、ひとりのソーシャルワーカーが実験的に配置された。今回の調査においても、虐待事例が生じた場合にはコーディネーターとして環境改善を図る存在として位置づけられていることが明らかにされている。
  さらに、翌平成13年度には香川県教育委員会が「健康相談活動支援体制整備事業」の一環としてスクールソーシャルワーク制度を導入した。当初1名であったソーシャルワーカーは平成16年の時点で8名にまで増員されている。
  東日本では平成14年度より、茨城県結城市に2名と千葉大学附属小学校においてスクールソーシャルワーカーが配置された。結城市では不登校対策要員としてソーシャルワーカーを配置しているが、学校現場内での連携や他機関とのネットワーキングに効果的な役割を果たしているとしている。平成17年度からは大阪府で6人のスクールソーシャルワーカーが活動を開始した。この事業によりソーシャルワーカーが配置された教育委員会によっては、スクールソーシャルワークの有効性を評価し、増員を要望している。
  平成18年度からは東京都の杉並区と兵庫県教育委員会でも導入されることとなった。このほかにも、スクールソーシャルワーク制度と明言はしていないが、愛知県豊田市のように、社会福祉士(ソーシャルワーカー)3名が教育センターで主として教師に対するコンサルテーションを実施しているところもある。
  さらに、私立学校でもスクールソーシャルワーカーを配置しているところもある。社会的な認知が十分とはいえる段階ではなく、人材養成システムも整っていないにもかかわらず、新たな児童生徒支援システムとして徐々に広がりつつある。
  ただし、今後、スクールソーシャルワークの導入が検討されるにしても、既存の児童・生徒支援システム、特にスクールカウンセラーとの役割や機能の相違点を明確にし、その有効性を証明できない限り、新たに制度として取り入れることには、慎重に検討する必要がある。
  また、既存のシステムや人材をスクールソーシャルワーカーとして転用する場合、その業務については特徴を明らかにし、理解したうえで実施されなければ、形骸化した制度となる危険性が十分にある。そうならないために、スクールソーシャルワーク活動に携わる者としての人材養成やリカレント研修システムの充実が欠かせないであろう。

(3)今後に向けて

  問題解決のために、これまでに投資された人材と予算を効果的に生かすためには、様々な施策をダイナミックに連動させる機能と役割が必要とされている。被虐待児童生徒たちは、力による抑圧に対する防衛反応として、ストレスを内向させさまざまな形となって現れる心身症や、リストカットなどの自虐行為を示す者もいる。また逆に、怒りを外に発散させる形をとり暴力行為やいじめなどの攻撃的な行為に転嫁することもある。
  場合によっては、ストレスを回避するための方法として、不登校やひきこもりという状態を選択するということもありうる。そうした複雑な態様を念頭に置くと、断片的な関与では明らかに限界があるといえる。問題に対して特定の領域や対象に限ることなく、包括的な活動スタイルを有するスクールソーシャルワークが、欧米を中心として世界各国で取り入れられていることには、それなりの根拠がある。
  学校教育とソーシャルワークは、管轄省庁が異なるため、スクールソーシャルワークが論議のテーマになりにくいという側面があった。だが、近年、省庁間の協働関係も活発になされるようになってきているがゆえに、かつて指摘されていた縦割り行政の壁による導入の阻害条件は解消されつつあるといえる。こうした動向を踏まえて、様々な国々で導入されている根拠を検証してみる価値があると思われる。
  そもそも社会的認知度が低かったこともあって、スクールソーシャルワークはこれまでさしたる注目をされてこなかった。だが、人々の孤立が浸透し、お互いの関係構築が困難になり、そのことにより虐待を始め数々の問題が生じているという現実があり、学校現場における教員の取組を困難にさせている。
  虐待という深刻かつ複雑な問題に対処することは、教員に多大な精神的負担を負わせることにもなる。そういった意味では教員を支援するという観点からも、新たな施策が求められているといえる。
  すでに導入した地域で、増員を要望するなど肯定的な評価があるということを考慮すれば、きわめて一部地域での活動に留めてしまうには惜しいと思われる。スクールソーシャルワークはひとつの選択肢として、少なくとも論議されてしかるべき課題だといえよう。それがすべての問題を劇的に軽減するということはいえないが、新たな視点と方法を導入することによって、少なくとも既存の施策を活性化することに寄与しうるということはいえる。

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初等中等教育局児童生徒課

-- 登録:平成21年以前 --